日輪に咲く花   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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連鎖を断ち切って

その村は列車を降りて、駅からさらに3日ほど歩いた先の小さな村だった。

 3日、というが炭治郎たちの足で3日だ。常人離れした身体能力で日中駆け抜けての移動だった故に、本来であれば1週間ほど掛かっていただろう。

 村には宿の類はなく、商店の類も少ない。ほとんどが自給自足で、商売に関しては近くのもう少し大きな町で行っているそうだった。

 村の近く林までたどり着き、出迎えたのは、

 

「お待ちしておりました、水柱様、蟲柱様、竈門様、栗花落様」

 

 全身黒尽くめで顔を隠した人物。声からして男性だろう。

 『隠』。

 鬼殺隊隊士の戦闘を補助する補佐の役目を担っている隠密集団だ。

 通常、こうして出迎えることはあまりないが、柱二人に柱候補二人、また『柱稽古』の最中である為、迅速な解決を必要とする為に先んじて隠が潜入していたのだ。

 

「お疲れ様です、状況は?」

 

「鬼のはっきりとした目撃情報は依然ありません。まだ日中ですので詳細は、こちらが用意した民家でできればと思いますが」

 

「解りました。では場所は?」

 

「村を入った奥に。海に近い小さな小屋を確保しております。私が皆さまと連れ立って歩くと目立つと思いますので、後程」

 小さく頭を下げ、隠が小走り去っていく。

 その背中を軽く眺めた後、

 

「では、参りましょうか」

 

 しのぶはいつものように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ……皆、暗いな。

 村に入り、炭治郎が思ったことはまずそれだ。

 元々大きくはない、どころか小さな漁村だ。漁の為の拠点となる場所は海の傍にあるのだろう、こちらは民家らしきものが並んでいるだけ。

 それでも、活気というものは村の大小には関係ない。

 元々山奥の炭焼きの家だったからこそ、思う。

 在りし日、血の匂いと共に消えてしまったあの家は、小さくとも温もりと活気が確かにあった。

 けれど、今この村にはそれがない。

 ……悲しみの匂いだ。

 人の心を読み取る炭治郎の鼻が悲しみの匂いをかぎ分ける。

 鬼に家族や友人を殺された匂い。そして自分たちにはどうしようもないと、諦めているそれも。

 

「……」

 

「みなさん、表情と雰囲気が暗いですね」

 

 同じことを想ったのだろう、しのぶも常の笑顔を消して呟く。

 

「……早く、鬼を斃さないと」

 

「焦るな」

 

 噛みしめるように言葉を零した炭治郎に、義勇が小さく告げる。

 その表情はいつもと変わらない。

 けれど、思うことがないはずがない。

 彼もまた、鬼に肉親を殺されているのだから。

 

「今お前にできることはない」

 

「……はい」

 

 その言葉は、正直堪える。

 だが、事実だ。

 失ってしまった命はもう戻らない。

 

「……はぁ。ま、冨岡さんの言う通り日中では鬼が出ませんからね。焦っても私たちに出来ることは少ないでしょう。村の観察は後回しにして、早く隠の方と合流するとしましょう」

 

 しのぶが足を速め、カナヲもそれに続く。

 義勇も同じだ。

 だから、

 

「はい!」

 

 今できることをするしかない。

 

 

 

 

 

「先ほどぶりです、皆さま方」

 

 用意されていた民家で隠と合流する。

 囲炉裏がある居間と隣接する台所がある土間。それだけの小さな民家だった。

 正座をしつつ、綺麗に頭を下げるしのぶは、彼に話を促す。

 

「情報共有をお願いします」

 

「はい。今の所解っていることは村の西の森に出没する模様です。二週間前に初めて村民が行方不明となり、その後、続々と帰る者がいなくなり、既に10人ほどが犠牲となっています」

 

「そんなに……っ」

 

 炭治郎が顔を歪める。

 

「森ということは、村自体には被害は出ていないのですか?」

 

「はい。10人と言いますが、うち4人は先週森へ探索へ向かった男衆です。それ以降、村では森への出入りは禁じており、被害そのものは出ていません」

 

「なるほど……」

 

 自身の縄張りを持つ鬼、というのは珍しくない。

 食性か、鬼自体の能力故かは別としても、それぞれの餌場とでもいうべき場所を持っている。だが、この小さな村に出てきていないということは少し妙でもある。

 鬼は人型と異形の鬼がいるが、人型であれば日中街に出なければ鬼とバレないこともあるし、連中の食事もしやすい。逆に異形の鬼であれば目立つことは目立つが、それでも村を襲わないというのは疑問だ。

 ……或いは、私たち鬼殺隊に見つかることを恐れたのでしょうか。

 そうであったら、それなりの知性は働くということだ。 

 村の被害が広がっていないのは良いことだが、そうだとしたらそれはそれでやっかいでもある。

 

「森以外、我々隠で調査できる範囲は調べましたが、鬼の痕跡らしきものはありません。ですので、やはり鬼が巣くっているのは森であるかと思います」

 

「ありがとうございます、引き続き調査をお願いしますが、無理されないように」

 

「はい、お心遣い感謝します」

 

 隠の人間は調査や補佐能力は高いが、しかし戦闘能力はない。そもそも、鬼と戦えないが、鬼狩りを求めたのが彼らなのだ。隠と連携を取ることも多いしのぶだからこそ、それをよく知っている。

 

「さてと」

 

 隠が去ってから、囲炉裏を囲み三人を見渡す。

 

「どうするか、考えましょうか」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「おっ、お願いします」

 

 勢いよく返事をしながら額が床にぶつかるレベルで頭を下げる炭治郎とそれにつられて軽く頭を下げるカナヲ。

 その二人を見ると、思わず胸の内が暖かくなる。

 竈門炭治郎という存在は、本当にカナヲに良い影響を与えてくれた。

 笑みを深め、

 

「冨岡さん?」

 

「……?」

 

「何首をかしげているんですか」

 

 きょとんとした表情で首をかしげる義勇に溜息をつく。

 

「せっかく炭治郎君が元気を出しているのですから、兄弟子としてそれに乗ったらどうですか?」

 

「…………」

 

 義勇は、少し考えるように視線を下げ、

 

「―――――たのもう」

 

「喧嘩売ってます?」

 

 

 

 

 

 

 ……何が間違っていただろうか。

 なぜかしのぶが怒ってしまったことを不思議に思いつつ、話の進行をする彼女に視線を向ける。

 

「それでは、鬼は森にいるそうですし、まず私と冨岡さんが偵察に行きましょう。まだ日中なので戦闘はないかもしれませんが、鬼の痕跡は見つかるやもしれません。構いませんね?」

 

 こくりと、義勇は頷いた。

 

「はい! しのぶさん!」

 

「はい、炭治郎君。どうされました?」

 

「俺とカナヲはどうするべきでしょうか! 森の調査は手伝わなくていいんですか!」

 

「そうですね、炭治郎君とカナヲには村の調査をお願いします。聞き込み、ですね。そのあたり冨岡さんには期待できませんし、炭治郎君たちに任せたいと思います」

 

「待て、胡蝶」

 

「はい?」

 

「何故俺に期待できない?」

 

「それでは、日没前にはこちらで集合するとしましょう。はい、ではかいさーん!」

 

 パンッ、としのぶが手を叩いて音を慣らし、話が終わってしまった。

 解せぬ。

 炭治郎が立ち上がり、民家を出る。村で聞き込みをするカナヲともかく、調査に赴くしのぶは隊服に着替えなければならないからだ。

 炭治郎の後を追いかけようとした所、

 

「カナヲ、日中はちょっとした休暇だと思っていいんじゃない? 時間が多分余るだろうから少しは楽しんでね?」

 

「え? 師範、何を」

 

「だって炭治郎君と村を歩くもの、これは逢引と言ってもいいんじゃないかしら? ほら、例の設定のこともあるし」

 

「!?」

 

 しのぶのささやきに、カナヲが顔を真っ赤に染めた。

 ……なるほど、そういうものもあるのか。

 鬼狩りの任務で何を、とは思わない。先ほど炭治郎へ自分が言ったように、日中では鬼に対してできることは少ないのだ。ならば、休める時に休み、無駄な負荷を体や精神に掛けないようにするのまた鬼殺の為。

 そして何より、姉として妹の恋路を応援したいという想いがあるのだろう。

 ……なれば、俺もやることはやらねばなるまいて。

 

「炭治郎」

 

「はい! なんでしょうか、義勇さん!」

 

 家の外で待っていた炭治郎に声をかける。

 いつも通りの溌剌ぶり。

 果たしてカナヲの想いに気づいているのかどうか。この弟弟子は人たらしの気があり、柱を含め多くの人に好かれているが、炭治郎が誰かを個人的に好意を持っている気配はない。

 ……兄弟子である俺がそう思うんだから、間違いないな。

 音柱の天元が聞けば派手に反論しそうなことを、ムフフと笑いながら思いつつ、

 

「炭治郎」

 

「はい!」

 

「男ならば、果たさなければならないことがある」

 

「何故そこで錆兎!?」

 

 あとでしのぶに青筋付きで怒られた。

 やはり解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎と共に、村の中心部へと踏み出す。

 中心部といっても、聞いた限りでは村民は子供も併せて50人程度らしい。店の類も少ないから、調査にさほど時間が必要とは思えない。

 二人で、幾人か家の外に出ている人に声をかけ、話を聞いてみるが、

 ……やっぱり、あんまり聞けないな。

 こういう村は基本的に排他的だ。よそ者を好まない傾向がある。

 漁と農業によって成り立っているなら商人は出入りするだろうが、今の自分と炭治郎はとても商人には見えない。それも、謎の化け物に村民が殺され雰囲気が悪い。突然やってきた子供二人が、根掘り葉掘り聞こうとしても聞き出せないのは自明の理と言えるだろう。

 それでも、既存の情報とはいえ、話を聞き出せるのは、

 

「ありがとうございます! お話ありがとうございました!」

 

「お、おう。まぁ、にいちゃんたちも気を付けな」

 

 森が危ないと話してくれた中年に、頭を下げる炭治郎がいるからだ。

 初めは警戒されていたが、溌剌とし笑顔で話を進める炭治郎に、いつの間にか口を開き森での行方不明での一件に関して口を開いてくれた。

 ……凄いなぁ。

 これも彼の人徳故だろう。

 しのぶなら、同じようなことができるだろう。相手が男性なら猶更。

 けれど、自分には難しい。

 義勇は。

 うん、まぁ言うまでもない。

 中年にカナヲまた頭を軽く下げ、他に聞ける人を探しに歩き出す。

 

「……絶対に、鬼を斃さないと」

 

「……うん」

 

「しかし、新しい話は聞けないな。村の人たちが知っていることと俺たちが知っていることは大差ないらしい。義勇さんとしのぶさんが何か見つけてきてくれると助かるんだが」

 

「師範はそういうの得意だし、きっと何か見つけてきてくれると思う」

 

 彼と言葉を交わしながら、拠点ともなる民家に戻っていく。

 結局、目ぼしい情報はなかった。やったことといえば、軽食を買った程度。民家の方には隠がいくらか食材を用意してくれていたので今夜はそれを自分たちでどうにか調理して、森に繰り出すことになるだろう。

 ……料理かぁ。

 正直苦手だ。

 しのぶは上手だけれど。

 炭治郎は、上手だと聞いている。

 

「ん」

 

「炭治郎?」

 

 ふと、炭治郎が足を止めた。

 彼の視線の先、小さな納屋らしきものがあって、その陰からこちらを覗いていたのは、

 

「子供……?」

 

 まだ10にも満たない幼い子供だった。髪は背まであるが、整えられておらず、性別の判断がしにくい。来ているもの清潔とはいえず、数日は洗っていないのが見て取れる。食事も満足に取れていないのか頬や露出している首筋、手首、手足がやせ細っている。

 

 ―――ふと、飛び交う蠅を幻視した。

 

「っ……」

 

 視界をよぎった光景を、頭を軽く振ることでかき消す。

 

「どうしたんだい?」

 

「わっ」

 

 いつの間にか、既に炭治郎が子供へと話しかけていた。

 ……行動が早いなぁ……!

 

「……」

 

 話しかけられた子供は、そのことに驚いたのか驚いていないのか無表情で首を傾げて応えない。

 

「お父さんやお母さんは? はぐれちゃったのかい?」 

 

「……いない」 

 

「えっ?」

 

「もりにいっちゃってから、かえってこない」

 

「――っ」

 

 炭治郎が小さく息を飲んだ。

 鬼に両親を殺された子供。

 鬼殺隊として戦っていて、何度も見てきた。親を亡くして途方に暮れる幼子。親戚や知人に引き取ってもらえる子はまだ良い。引き取りてがおらず孤児になってしまう子も珍しくない。 そういった子は盗みに走ることも多く、そうでなければ野垂れ死ぬか―――鬼殺隊に入るか、だ。

 

「……そうか、今はこの納屋に?」

 

「そんちょーさんのいえにいるけど、おとなみんないないから」

 

「……そっか」

 

 小さい村で10人もなくなっている。仕事の穴が生まれ、子供の世話まで手が回っていないのだろう。親を亡くしたのはこの子だけじゃないはずだ。

 掛ける言葉、出てこない。

 この子の親は帰ってこないし、今はきっと心が麻痺しているだけだから。

 いつか、心の傷が開いて、血が流れていることを知ってしまう。

 それまでの時間が長ければ長いほどに、傷は広がり続けるから。

 ―――カナヲ自身、そうだから。

 胸の奥、鈍い痛みに緩く握った手を胸に当てて、

 

「―――大丈夫」

 

「―――」

 

 しゃがんだ炭治郎が子供の頭を優しく撫でる。

 

「君は辛いことがあって、これから沢山辛いだろうけど」

 

 それでも、

 

「悲しみの連鎖は俺が断ち切るよ」

 

 彼は、優しく微笑み、

 

「もうこんなことが起きないように。俺が、このお姉ちゃんが。君の未来を護るから。ごめんね、来るが遅くなって」

 

 その子の未来を約束する。

 気休めの言葉、といえば容易いけれど。

 竈門炭治郎という少年は、その言葉の為に命を懸けているから。

 その言葉は、まさしく真実だ。

 ……あぁ、こういう所だよね。

 竈門炭治郎は日輪のような人だ。

 その心は優しく周りの人々を照らし、優しく勇気づけてくれる。彼は自分の言葉に真摯だから。気休めやその場しのぎではなく、自分の命を懸けて果たそうとしているから。

 だからこそ、多くの人に認められ、慕われているのだろう。

 ……だから、私も。

 先ほどとは違う鈍い痛みではなく、甘い疼きを感じる。

 

「おにーちゃんとおねーちゃんは」

 

「うん? なんだい?」

 

「めおとさんなの?」

 

「!?」

 

 顔が赤くなるのを自覚した。

 めおと。

 夫婦。

 つまりは婚姻を交わした男女である。

 

「いい質問だな!」

 

 炭治郎が勢いよく立ち上がる。

 その表情はカナヲからは見えなかった。

 

「おにーちゃんはこのおねーちゃんと結婚の約束をしているんだ!」

 

 ばーん、という効果音が聞こえてきた。

 ……それが真実だったらいいんだけどなぁ!

 思わず心が暴走した。

 落ち着きつつ、それが今回の設定だったのを思いだす。 

 しのぶと義勇がそれぞれカナヲと炭治郎の姉兄の夫婦であり、炭治郎たちもまた婚約している男女、ということになっている。

 短期間の急な任務でこんな設定いるのか? と激しく思ったが、しかししのぶの激烈な推しもあって決まってしまった設定である。

 

「た、炭治郎。あまり大きな声で言うのは……」

 

「よもやよもや! 派手にすまんカナヲ!」

 

 なぜか炎柱と音柱が合体している。

 というか、

 ……た、炭治郎の顔も真っ赤……っ。

 あと動きが妙にカクカクしている。

 婚約である。

 結婚はまだだけど、

 ……竈門、カナヲ。

 

「!!!!」

 

 よぎった名前をぶんぶんと、顔を振り、振り払う。

 あくまでもこれは設定である。本当に婚約したわけではない。

 婚約にはちゃんと順序が必要なわけだし。親の同意も必要だ。いや、自分も炭治郎も親はもういないので、この場合後見人が必要だ。あれ、自分の場合の後見人ってだれだろう。しのぶか。しのぶでいいのだろうか。しのぶでいいだろう。炭治郎の場合は義勇……いや、義勇はどうだろう。よくない。そうなれば話に聞くお世話になった育手の鱗滝さんだろうか。或いは鬼殺隊の長であるお館様? 炭治郎の場合は禰豆子の許しもいるだろう。大丈夫だろうか。最近喋れるようになった彼女とは何度か会話しているが、流石炭治郎の妹ということもあって心が清らかな女の子だ。あんな子が妹というのはカナヲからしても本当にうれしい。お義姉ちゃんって呼んでほしい。

 えーと、つまり、

 

「ま、まずは鱗滝さんのとこへ……!」

 

「カナヲ、カナヲ、落ち着け! どうしてそこで鱗滝さんが出てくるんだ!」

 

「……なかよし?」

 

「あぁ! あぁ! 俺とカナヲは仲良しだぞぉ!」

 

「そ、そうだよぅ!」

 

 その後、幼子を村長の家まで送る為に、その子の両の手をそれぞれ握る炭治郎とカナヲの姿が村の人々に目撃された。

 暗く、淀んだ村が久方ぶりに暖かい気持ちに包まれたという。




大正こそこそ話

「ここは炭治郎君とカナヲは婚約の関係ということにしましょう! 婚前旅行というやつです!」

「……では、胡蝶。俺と胡蝶の関係は?」

「………………………………未来夫婦と一緒に旅行に来た兄と姉でいいのですはないですか?」

「婚前旅行についてくる兄姉っておかしくないだろうか」

「じゃあなんだったらいいんですか!」

「ふむ……夫婦でいいんじゃないか?」

「いいんじゃないかってなんですか!」

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