日輪に咲く花   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

3 / 7
愛しい匂い

 

 少しづつ海へと太陽が沈み、世界が黄昏色に染まっていく。

 

 炊事場の小窓から洛陽を見据え、日没までの時間を計算しながらカナヲは手を動かしていた。

 

「あと半刻(1時間)くらいかな」

 

「了解、こっちは四半刻(30分)もすれば出来上がるかな」

 

 竈門の前にしゃがみ込み、竹筒で空気を送り込んでいた炭治郎が、火から視線を外さずに応える。

 炊事場、竈門の上の大鍋で煮立っているのは海鮮と野菜の鍋、白米に、もう一つ小鍋がある。

 炭治郎とカナヲが行っているのは夕食の準備だ。

 元々民家にあった炊事場には、隠が気を効かせてくれたのか、調理道具や簡単な調味料が一式揃っていた。食材は干し魚や兎や猪の干し肉、少しばかりの野菜、米がある程度だったが、

 

「村長さんが色々な食材くれて助かったね」

 

「あぁ! 蝶屋敷の食材も良いものだが、流石に捕れたてのものは違うな! 匂いがまるで違う!」

 

 炭治郎の顔がほころぶ。

 先ほど出会った子供――女の子だった――を村長の家に送り届けた所、向こうも探していたらしく、驚くほどに感謝された。手が足りず、面倒が見切れないことを悪くも思っていたようで、お礼にと、村で捕れた魚や野菜を譲ってくれたのだ。

 その際に村長にも村の異変について聞いたが、隠から聞いた話と大差はなく、結局やることもなくなってしまったので調査に赴いている義勇としのぶの為に夕食をこさえているわけである。

 しかし、こうして二人で炊事場で並んで思うことは、

 ……想像以上に、炭治郎の手際が良い……!

 献立の選び方や、魚の捌き方に迷いがない。調味料に関しても見た感じ目分量で迷いなく入れていく。

 それぞれの匂いからどうすればいいかが、大体解るようだ。

 嗅覚が万能過ぎる。

 自分も目は人一倍良い自信があるが、凄すぎる。

 何より、火の起こし方が熟練しすぎていた。

 カナヲも野宿で日を起こすこともあれば、蝶屋敷の手伝いで料理の為の火を起こしたり、風呂の為の薪を燃やすこともある。

 だが、炭治郎はなんというか次元が違った。

 どう見ても無造作に竈門に薪を放り込み、竹筒で息を吹き込んでいくが感激するくらいに早く、大きな火を起こしている。

 あまりに手慣れて過ぎていて、しばらく見とれていたほどだ。

 

「これでも炭焼きの長男だからな。火起こしや火加減は得意なんだよ」

 

 と、いつものように日輪の笑みを浮かべていた。

 最も。

 見とれていたのは手際だけではなく、額に汗を流しながら火を見つめる炭治郎が、今まで見たことない雰囲気で、

 ……かっこよかったから……っ!

 あの横顔は、絶対的に永久保存だ。これほどまでに視力が良くて嬉しかったことはない。

 汗を浮かべた炭治郎を脳裏に焼き付けながら、火の通り易い葉物野菜を食べやすい大きさに刻んでいく。

 

「カナヲ、鍋に調味料を頼む」

 

「うん」

 

 味付けは、愛知では有名な濃い色の豆味噌だ。八丁味噌、というらしい。これも村長からの頂き物である。

 まず大鍋の蓋を開ける。

 空けた瞬間に、

 

「わっ、いい匂い」

 

「だな! 食べるのが楽しみだ!」

 

 煮込まれた海鮮の香りが広がる。

 白身魚を主軸に、貝類が鍋の半分を占めている。もう半分はニンジンやゴボウ、白菜、茄子、キノコ、少しばかりの山菜。冬というわけではないが、それも海に近いということで夜は思った以上に冷える。

 その為の鍋、というわけだ。

 

「よっ」

 

 お玉で味噌を救い、鍋の中で溶かしていく。

 広がるのは普段見る茶褐色ではなく、より深く濃い赤茶色だ。

 地域によって味噌一つとっても全然違うものになるのは面白いなとカナヲは思う。

 

「まぁまぁ随分といい香りですねえ」

 

「あ、師範。おかえりなさい」

 

「お疲れさまです、しのぶさん! 義勇さん!」

 

「はい、ただいまです、二人とも」

 

「……」

 

 しのぶと義勇が帰還する。

 二人とも隊服に汚れや傷の類はない。

 

「夕食ですか、嬉しいですね」

 

「もうちょっと出来上がるので、居間で待っていてください。カナヲ、二人にお茶を頼んだ!」

 

「うん」

 

 事前に用意しておいた湯飲みと急須をお盆に乗せ、囲炉裏の前に腰かけたしのぶと義勇の下へ運ぶ。

 お茶を淹れながら、

 

「お疲れ様でした、師範、水柱様」

 

「えぇ、ありがとうございます」

 

「感謝する」

 

 暖かいお茶に口を付けたしのぶがほっ、と息を吐く。

 

「やはり、冷えましたか?」

 

「えぇ。森の中はそうでもなかったですが、そこを出て、戻ってくるまではそれなりに。寒い、というほどではないですが風がありますからね」

 

「お疲れ様です」

 

「いえいえ。カナヲこそ、夕食の準備ご苦労さまです。炭治郎君とやっていたんですね」

 

「はい。ほとんど炭治郎がやってくれて、私は手伝いばかりですけど」

 

「なるほど」

 

 うんうん、としのぶは二度頷き、

 

「――夫婦ぶりが板についてきてますねぇ」

 

 がっしゃーん! っと、炊事場の横に溜められていた薪山を炭治郎が音を立てて崩した。

 三人分の視線を受けながら、顔を赤くした炭治郎は何も聞えないふりをして鍋に向かいなおした。

 

「し、師範……!」

 

「いいではないですか。先ほどのやり取りやこうしてカナヲがお茶を出してくれる所なんてまさに、ではないですか。料理する男性も、素敵なものです。冨岡さんは家事なんてできませんしね」

 

「……?」

 

 あれ、俺は今けなされたのか? と、義勇が首をかしげたがカナヲもしのぶも取り合わなかった。

 

「実際の所、今のカナヲの気持ちは?」

 

「っ、えっと、そのっ」

 

「うんうん」

 

「…………楽しい、ですっ」

 

「ですよねー!」

 

 顔を真っ赤にしてうなづくカナヲと満面の笑みのしのぶである。

 

 

 

 

 

 

 ……本当に、感情豊かになりました。

 顔を赤くしつつ、炭治郎の下に戻ったカナヲの背中を見てしのぶは思う。

 幼い頃、人に言われなければ何もできなかった彼女が、無自覚ながらも恋をして、あぁして並んで料理をして、楽しんでいる。

 ……まるで、ただの女の子のように。

 いつか、姉が言っていた通りだ。

 好きな男の子ができれば、彼女も変わると。

 花のような笑みを浮かた言葉を、その時はまるで信じていなかったけれど、炭治郎と出会い、カナヲは変わった。鬼殺の戦いはあるけれど、今目の前に広がっている光景はごくごく普通の、ありふれた少女の夢の形。

 ……私は、もう諦めたもの。

 だからこそ、カナヲには諦めてほしくなかったもの。

 鬼と仲良くなるという、姉の願いは炭治郎に託した。 

 そして少女としての願いは、カナヲに託すことができた。

 だからこそ、あの二人の背中はしのぶにとっては夢の具現に他ならない。

 

「胡蝶」

 

「はい?」

 

 ふと、義勇に名前を呼ばれた。

 彼は珍しくただの無表情ではない、真剣な表情を浮かべ、告げた。

 

「まだ、遅くはない」

 

「……」

 

 言われた言葉を咀嚼し、理解し、頭の中で反芻し、

 

「―――――つまりそれ、私が行き遅れと言っていますか?」

 

 とりあえずみぞおちに貫手を叩き込んでおいた。

 

 

 

 

 

 

「いたたきます」

 

 四人が声を揃えながら手を合わ、食事を始める。

 囲炉裏に掛けられた海鮮鍋と、炭治郎自身がふっくら炊き上げた白米。もう一つの鍋がまだあるが、

 ……それは〆で、とっておきだからな。

 兄弟子の為のとっておきである。

 

「あら! 美味しいですね、これ。あまり食べたことがない味付けですが、新鮮です」

 

「はい、俺も慣れない風味で少し濃いかなと思ったんですが、調査終わりのお二人には良いかと思いまして!」

 

「まぁまぁ、全く素晴らしい気遣いですね。いい夫になれますし、こんな人の妻は幸せでしょう。ね? カナヲ」

 

「は、はひ!?」

 

「うぉっほん!」

 

 横目、カナヲが頬を赤くしたのが視界に入り、自分は反射的に変な咳が出た。

 なんというか、

 ……昨日から、しのぶさんのこの手の弄りが激しい……!

 婚約という設定があるとはいえ、明らかにしのぶ自身が楽しんでいるようにしか見えない。自分とカナヲを弄っている時は常の怒りの匂いすらも減っている。

 その際、カナヲから漂う甘い香りにはなるべく反応をしないようにする。

 なんというか、その、うん。

 ……こ、困る!

 慌てながらも、話題を逸らそうとし、

 

「し、しのぶさんと義勇さんこそ!」

 

「はい?」

 

「?」

 

「俺とカナヲは婚約という設定で、まだまだうまくできている自信はありませんが、お二人はまさに熟年夫婦といった雰囲気かと!」

 

「―――炭治郎」

 

「は、はい?」

 

「熟年というほど俺もしのぶも年を重ねていない」

 

「そ・こ・で・は・な・い・で・す・よ・ね?」

 

 一言一言区切りながら、義勇の二の腕をつねるしのぶである。隊服は並みの鬼の攻撃では破けない程頑丈なのに、義勇の額から冷や汗が流れているあたり指の力の高さがうかがえる。

 ……義勇さんは言葉が足りないからなぁ!

 きっと、今の言葉にももっと含みがあったのだろう。

 冨岡義勇という青年が不器用という言葉では足りないくらい不器用だということは炭治郎だって知っている。それ以上に優しさを秘めた男だということも。

 そうでなければ、自分と妹に命を懸けたりしないのだから。

 

「まったくもう」

 

「……?」

 

 鼻を鳴らしながら鍋をつつくしのぶの頬は、一見して解らない程度だが赤味を帯びている。

 そして漂う感情の匂いは、

 ……恥じらいと……落胆?

 期待していた言葉ではなかった、というものだ。

 

「ほら、冨岡さん。仕方ないことは言ってないでもっと食べたらいかがですか? せっかく炭治郎君とカナヲが作ってくれたんですから」

 

「あぁ」

 

 いつもの無表情になった義勇を急かすように、しのぶが鍋の中身を彼の椀によそっていく。

 その様はどう見ても、

 ……姉さん女房に尻に敷かれている旦那だ……。

 

「……ははっ」

 

 思わず、その光景に笑みが零れる。

 

「炭治郎?」

 

 隣のカナヲが、どうしたのと、首をかしげた。

 

「いや……こんな時に言うのもなんだけれど、こういう時間が幸せだなって」

 

 カナヲがいて、義勇がいて、しのぶがいる。

 今はいないけれど、禰豆子や善逸、伊之助がいればもっと楽しいだろう。或いは玄弥や無一郎、蜜離、天元、蝶屋敷のアオイやすみ、きよ、なほがいたりすればもっとにぎやかになるだろう。行冥とも仲良くなったばかりだし、風柱の実弥とはまだ険悪なままだったが、義勇と一緒におはぎを渡せばきっと仲良くなれるはずだ。蜜離もいればきっと伊黒も一緒だろう。

 あぁ―――そんな光景はまるで夢のよう。

 暖かくて溜まらない、優しい匂いのする日溜り。

 竈門炭治郎はこんな瞬間の為に戦っているのだ。

 これが嵐の前の静けさだということは解っている。

 食事を終えた後には鬼殺が待っているし、その後には鬼撫辻無惨との決戦。全員が生きて帰ってこれる保証はない。寧ろ、誰が命を落としてもおかしくない。

 この先の戦いがどうなるかは解らない。

 解っているのは、戦わなければならないということ。

 失い、無くし、そして受け継いだものを胸に秘め前へと進まなければならないのだ。

 

 ―――だとしても。

 

 ……今、この瞬間を俺は忘れない。

 泣きたくなるような温かい優しさの匂いを。

 大切な人と過ごすこの刹那を。

 

「……うん、そうだね。私も」

 

 カナヲが柔らかく微笑む。

 

「――っ」

 

 その笑みに、自然自分の頬が熱くなるのを感じた。

 花のように、控え目に咲く微笑み。

 一瞬、目が奪われた。

 思わず目をそらしてしまった先には、優しく微笑むしのぶと、微かに笑みを浮かべる義勇が。

 なんて言っていいか、解らなくなってしまって、

 

「あ、あぁ! 義勇さん! 〆に鮭大根作っておいたんです! 食べましょう!」

 

「!!!!!」

 

 




大正こそこそ話

この日からカナヲの好きなものに「海鮮味噌鍋」が加わったみたいだぞ!


感想評価お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。