―――――夜が来る。
海へと太陽が沈み、世界から眩い光が消える。
空模様はあまり良いとはいえず、満月はほとんど隠れていた。
夕食にて英気を養った四人は、日が落ちるのと同時には森の中に足を踏み入れる。
「昼間、調べた所森には確かに鬼らしきものの痕跡がありました。奥は木々が密集していて、山に続いていたので昼間身を隠すところには事欠かないようでしたね。そこまでは調べきれませんでしたが」
片手を刀に添えながら、しのぶは歩みを進める。
森に入ってしばらくはまだ月や星明りがあるから、見えないこともないが常人であればまっすぐ歩くことはできないだろう。
だが、しのぶや義勇は勿論、炭治郎もカナヲも足取りに淀みはない。
夜にしか現れない鬼と戦う鬼殺隊は当然のように夜間、暗闇での戦闘、移動は慣れたものだ。
「おそらく大型、ないし異形の鬼でしょうね。痕跡はかなり大型のそれでした。血痕や衣服の散らかり具合から算出した限りでは」
しのぶは炭治郎に視線を送り、
「どうですか?」
「……かなり、強い匂いが奥からします」
炭治郎の鼻は鬼を探知する。
人の感情だけではなく、鬼の匂いからそれこそ鬼撫辻無惨、さらには鬼の強さやどれくらい人を食べたのかも読み取る破格の感知能力だ。
その鼻を持つ、炭治郎が顔をしかめながら、感じたことを口にする。
「下弦の鬼たちよりはよっぽど強い。……上弦のそれに近いです。でも、多分上弦ほどじゃない。今いるあたりはまだ薄いですが、進めば進むほどに濃くなります」
「なるほど。流石に、上弦はいませんか」
柱と対極たる鬼撫辻の側近、『十二鬼月』。
上弦と下弦の六体づつで構成されたそれは炭治郎たちが下弦の壱を倒した後は確認されなくなった。
代わりに、立て続けに上弦の鬼は確認され、炭治郎や柱と死闘を繰り広げている。
上弦の陸を音柱宇随天元、竈門炭治郎、吾妻善逸、嘴平伊之助、竈門禰豆子が。
上弦の伍を霞柱時透無一郎が。
上弦の肆を恋柱甘露寺蜜離、竈門炭治郎、竈門禰豆子、不死川玄弥が。
上弦のうち、半数が欠けている。
これは数百年柱でも上弦の鬼を斃せなかった鬼殺隊からすればまさに快挙。
今の所、残りは杏寿郎を殺した上弦の参猗窩座。
元花柱胡蝶カナエを殺した虹の瞳を持つ上弦の弐。
そして未だ謎に包まれた上弦の壱が残っている。
鬼撫辻との決戦の前に上弦が削られれば、大きかったが炭治郎の鼻で感知する限りは上弦はいないらしい。
「下弦以上、上弦未満というわけですか。……それならば、問題はないと思いますが、血鬼術もあります。気を抜かないでくださいね」
「そんなことをいちいち言うまでもない」
此処にいる四人が今更そんな慢心をするわけがなく、既に四人とも気力警戒心ともに完全であると、そう義勇は言いたかった。
言いたかったのだが、
「…………」
「し、師範。拳を収めてください」
言い方が悪すぎてしのぶに青筋が浮かんでいた。
「……?」
「あ、あはは……」
何か悪かったかと、義勇が炭治郎に視線を向けたが苦笑されるだけだった。
「全く、この男は」
嘆息しつつ、それでも四人の歩みは止まらなかった。
しのぶと義勇が並び、その後ろに同じように並んだ炭治郎とカナヲが続いている。
進む途中、乾いた血痕や破れた衣服の破片を見つけた。犠牲者のものだろう。それが視界に入り、鼻で知るたびに炭治郎の顔が歪んだ。
それでも進む。
あたりに散らばったのはもう失った、決して戻ってこない命だから。
「―――」
炭治郎だけではなく、他の三人も想いを新たにし、
「っ!」
まず、炭治郎が足を止めた。
いつの間にか、自分たちの周り前後左右に鬼の匂いが充満していたから。
そして気づいたのはしのぶと義勇だ。
炭治郎の鼻やカナヲの目のように超人的な感知能力は持っていない。しかし、柱として積み重ねた歴戦の経験が直感を超え、確信として周囲の状況を認識していた。
ついで、匂いから炭治郎が、暗視によりカナヲが周囲を包囲していたものを認識した。
「――――鬼」
それも一体ではない。
四人を囲むように、木々の間から現れたのは三十にも及ぶ。
通常、鬼は群れることはない。
ほとんどの鬼が単独で行動し、人を襲う。
にも拘らず、こうして群れているということは、
「頭目がいるのか、それとも……」
しのぶが思考しながらも刀を抜く。
義勇や炭治郎、カナヲも同じように。
深海のような青。漆黒。薄紅色。
そしてしのぶのそれは刀身が極めて細い、切先と柄の近く周辺はギリギリまで刃を落とされた特殊な形状の露草色の日輪刀だ。
それぞれが背中を預け、円を描くように構える。
「では―――行きましょう」
●
「――――蟲の呼吸」
誰よりも速く駆け抜けたのは蟲柱だ。
体格に恵まれなかったしのぶは鬼の頸を落とすことはできない。
だがそれは、身体能力が低いわけではなく、振る力は低くても、突く、引く力に関しては柱の中でも飛び抜けていた。さらに体が軽い故に、瞬発性、俊敏性も極めて高い。
その疾走は、空を舞う蝶のように美しい。
「蝶の舞・戯れ」
三体の鬼をすり抜けるように、一息に突きを三閃。
それの刺突は鋭いが、しかし鬼にとってはまるで致命傷ではない。肉体的な傷のほとんどは一瞬で回復する鬼からすれば傷にすら入らない程。実際与えた傷はかすり傷程度であり、人間相手でも負傷には入らないだろう。
三体の鬼もまた、背後に抜けたしのぶへ振り返り、襲い掛かろうとし、
「――――」
三体とも崩れ落ちる。
「ふむ、この程度で死ぬのなら十把一絡げですね」
一度納刀し、倒れた鬼を睥睨する。
頸を断てないしのぶはしかし、鬼を殺す毒を開発した女だ。
特殊な形状の鞘と日輪刀を用いることで、鞘内で毒を刀身に装填し刺突と共に鬼に叩き込む。通常の鬼は勿論、下弦の鬼でさえも殺し得る鬼への猛毒。上弦に試したことはないが、それでも確実に負荷を与えるだろう。
今叩き込んだのはしのぶとしては決して強力ではない、量も少ないが、それでも屠れたということはこの鬼どもははっきり言って強くない。
「おっと」
呻き声一つ上げず飛びかかってきた二体の鬼を、飛び上がることで回避する。
駆け抜けた道を舞うように跳ねる。当然鬼はしのぶを追ってくるが、
「――――水の呼吸」
するりと、流れるように水柱が踏み込む。
「肆の型・打ち潮」
一瞬、四連斬撃。
傍から見れば全く一振りの斬撃にしか見えないだろう。
よどみの欠片もない流水の如き肉体駆動。
二体の鬼の頸だけではなく、胴と腕もまとめて斬り飛ばす。
それを解っていたかのように、跳んでいたしのぶが義勇の背後に着地した。
背中合わせとなり、
「蟲の呼吸」
「水の呼吸」
「蜈蚣の舞い・百足蛇腹」
「玖ノ型・水流飛沫」
二人の影が掻き消える。
強烈な踏み込みから繰り出される変幻自在の足運び。
水飛沫のように跳びかける縦横無尽の足運び。
百足の蠢きと飛沫の飛沫が周囲十体の鬼へと放たれ、駆け抜け様に鬼の頸を断ち、毒殺していく。
二人が足を止めた時には、十の鬼が灰となって消滅していた。
柱としての圧倒的実力。
合同任務を何度も重ねているが故の阿吽の呼吸。
言葉を交わさなくても、視線を交わさなくても、この程度の鬼相手ならば意思疎通を必要とせずに互いの動きを先読みし、完璧な連携を可能としていた。
そして、彼らの弟・妹弟子も、この程度の鬼に後れを取るはずがない。
足が速いのはカナヲの方だ。
「花の呼吸」
息を吸う。
全集中の呼吸。
常人離れした心肺能力により強化された身体能力。それより生み出される鬼殺の剣技。
カナヲのそれは花と名付けられ、
「肆ノ型・紅花衣」
その名の通り、紅の花が刃となって花開く。
咲き誇りは迫っていた鬼の頸を一息で断ち切った。
「ふっ……!」
息を吐きつつ、さらに一歩踏み出し、灰となって消え始める鬼の隣にいた別の鬼の腕をついでのように斬り飛ばす。それには構わず、視界にいる鬼の位置を把握。木々に遮られ、曇り空故に月明りは少ないが、カナヲの目には完全に彼我の間合いを把握していた。
「水の呼吸・壱の型・水面斬り!」
腕を断たれ、態勢を崩していた鬼が首を断たれる。
炭治郎の一閃だ。
鬼を倒した彼は、しかし踏み込まず、
「カナヲ! 見えているか!?」
「うん。炭治郎は?」
「匂いで大体解る!」
「大丈夫?」
「正直ここまで暗い所で戦うのは初めてだから不安だ!」
弱音を勢いよく吠え、
「だが、これもいい経験になる! 視覚はまるで機能してないからトチったら助けてくれると嬉しい! 俺もなるべく邪魔にならないよう、カナヲの手助けをする!」
「……くすっ」
前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない。
それでも横に並んだ彼は臆していない。
あぁ、彼と共に戦うというのはこういうことかと、戦闘中でありながらカナヲの心が温かくなる。
「うん、行こう。炭治郎。私も助けるから、助けてね」
「もちろんだ!」
花が咲き誇り、日輪が輝く。
●
「……ふむ、妙な鬼どもでしたね」
三十近い鬼を数分で倒し、しのぶは首をかしげた。
「何がですか?」
炭治郎が首をかしげる。
「いや、鬼たちどいつもこいつも無言すぎませんでした? 埋めき声一つあげず。まだ冨岡さんの方が言葉が足りない上に余計なことしか言わないですが会話できるだけましというものでしょう」
「なるほど」
「確かに」
「……!?」
普通に鬼と比較され、おまけに頷かれた炭治郎とカナヲに思わず義勇が目を見開く。
しかし三人とも、それには構わず、
「いつかの那田蜘蛛山のように強い鬼が統率しているかと思いましたがそうでもないようですね。下級の雑魚鬼でも、人格自体はあるでしょう? ですが、断末魔もろくに上げなかった」
「……確かに、妙ですね」
「となると、血鬼術で眷属を生み出す類の鬼かもしれませんね。数は少ないですが、いることはいますし、この鬼どもの弱さもまぁ納得できますし」
肩をすくめしのぶが息を吐く。
当然、疲れた様子はない。他の三人も、この程度の鬼で疲弊するほど柔ではない。一対一だったら、文字通り一閃で終わった程度のものだったのだから。
「――――胡蝶」
「おやおや」
義勇が静かに呟き、しのぶが首を傾げながら日輪刀を抜刀する。
視線の先、前方から新たな鬼がさらに十体。
「……さっきのよりも匂いが強い」
「血気術持ちですかね……そんな眷属まで作り出せるとは」
しのぶの端正な顔が微かに歪む。
血鬼術が使える強さ、ではなくそのような鬼を配下として生み出せることに。そうだとしたら鬼としては非常に厄介だ。
血鬼術は、まさに千差万別だ。
物理的な攻撃手段のものもあれば、幻術の類、さらには物理法則に干渉しているんではないか、というものもある。故に呼吸の流派や個人の性質によっては相性もあり、鬼殺の剣士との実力差を埋めるどころか逆転するようなものさえあるのだから。
故に、四人とも警戒を強め、
「――――」
背後から、十尺もあろう巨大な人型が飛び込んできた。
大正こそこそ話
元々花も蟲も水の呼吸から派生したものなので連携としての相性はいいぞ!
それでも無言で完璧な連携が取れるのは柱の中でもしのぶと義勇くらいだ!
というか、義勇と問題ない連携や意思疎通が取れるのがしのぶしかいないしな!
「(胡蝶とは何度も一緒に戦っているし、こちらに合わせてくれるから穏当に戦いやすい。ムフフ、やはり俺は嫌われていないようだ。できれば他の柱とも胡蝶くらいの連携が取れるといいな。俺は柱としてはやはり未熟だし、必死で合わせなければならないだろうが。それでも、錆兎の想いを受け継ぎ、炭治郎が気づかせてくれたんだからな。これくらいの連携は)
……できて、当然だな」
「最初私が合わせるの滅茶苦茶大変だって解りませんか????」
炭カナよりぎゆしのがメインになっている気がする問題