凡そ目算
身に纏うものは衣服と呼んでいいのか解らない襤褸切れを腰に巻いただけのもの。
巨体に見合う隆々とした筋肉は、腕一本分がカナヲやしのぶと胴よりもさらに太く、身長よりも長い。異形の鬼、と呼んでもいいのか分類に少し困る所だった。縮尺がおかしいが、人の形は保っており、しかしその巨大さはまさに異形だったから。
そんなものが、血鬼術使いの鬼に気を引かれた炭治郎たちの下に飛び込んできた。
「!!」
全員が、とっさに飛び退く。
森の地面が着地の衝撃で捲れながら亀裂が入る。
「水の呼吸―――っ」
「蟲の呼吸」
「花の呼吸ッ」
最早反射に近い奇襲への反応。
水の呼吸が二人、そこから派生した呼吸が二人。元より連携の相性は良く、個人個人としての関係性も深い。故に、どのような攻撃をされようともお互いがお互いを補助できるような動きだ。
だが、
「なっ!?」
「きゃっ!?」
その大鬼は―――――攻撃ではなく、その巨大な手で炭治郎とカナヲの体を掴んでいた。
そして捕獲したと同時に、一目散に駆け出した。
「炭治郎っ!」
「カナヲ!」
逃亡とさえ言ってもいい離脱。
暗闇故に鬼の詳細な相貌は解らなかったが、明らかに戦力を分散させに来ている。
当然、しのぶと義勇も後を追いかけようとしたが、
「ちっ……!」
血鬼術持ちの鬼がそれを邪魔するように飛びかかってきた。
狙われたしのぶは即座に抜刀。次の瞬間には一番手前の鬼の脳天と首に刺突を叩き込み、ありったけの毒を叩き込む。
態勢を崩し、しのぶへと倒れこんだが跳躍し、後方に宙返りで飛び退きながら納刀する。
キリキリと、鞘の中に仕込まれた絡繰りが音を立てる。
しのぶの刀は鞘内にて毒を装填する特別製だ。
即ち、戦闘中必ず納刀をしなければならないということに他ならない。
柱の中で最も斬撃速度に優れるのは恋柱甘露寺蜜離のしなる日輪刀であるが、敏捷性でいえばしのぶの右に出る者はいない。同時に鬼の頸は落とせないが、刺突の威力は岩をも貫くほど。蟲の呼吸の源流である水の呼吸最速技雫波紋突きよりもさらに速いほどに。
それくらい速くなければ、柱には至れなかった。
そこまで速くなっても、鬼を殺すためには必ず納刀の瞬間が生まれてしまう。
蟲柱胡蝶しのぶには切り離せない、生来の体格ゆえの隙。
原則一対一で戦う鬼とは、本来問題にもならないが、今回は徒党を組む眷属鬼たち。
「―――」
中空で納刀した瞬間、血鬼術が降り注いだ。
血の砲弾、黒紫の炎、さらには目で見えず、直感と経験より感知する不可視の衝撃波。
命中すれば負傷は確実。毒の装填をせずに即座に抜刀しても全ては撃ち落せない。刀を振っても、体重の軽さから中空での軌道修正にも足りない。
じわりと、怒りが滲む。
常に胸に沸いている、鬼への、自分への怒り。
体躯が足りない。身長が足りない。筋肉が足りない。重量が足りない。才能が足りない。
足りないものだらけ。
本当は蛹から羽化できなかった――――羽根を広げられない出来損ないの蝶。
どれだけ夢を見ても、現実を突きつけられる儚い胡蝶。
怒りが沸き上がり、
「――――水の呼吸・陸の型・捩じれ渦」
逆巻く渦潮が、血鬼術を飲み込んだ。
「――――義勇さん」
着地したしのぶの前に立つのは、技を放った水柱の背中だ。
助けられたことに、礼を言おうとし、
「あり」
「すぐに斬るぞ、胡蝶。炭治郎たちを追いかける」
こちらの内心などお構いなしに、彼は告げる。
いつも通り、ではない。
普段の無表情が、微かに険しい。
弟弟子の窮地に、彼もまた焦っているから。
それは、しのぶだって一緒だ。
「……えぇ、勿論。ですが、逸って無駄な怪我をしないでくださいね」
「お前がいるだろう」
「……」
本当に、この男は。
それはどういう意味なのか。
しのぶがいるから、怪我をしてもすぐ治療してくれるということか。
或いは――――胡蝶しのぶが隣に立つからそんなことはありえない、ということか。
どっちだろう。
後者だと、嬉しいなと思う。
「はぁ」
息を吐き、毒を装填した刀を構える。
血鬼術持ちの鬼は、少量の毒では死なない。装填可能な総量をぶち込み、一瞬で死んだということは一回の装填で大体二殺程度だろう。
その度に、隙が生まれると言うことだが、
「えぇ、往きましょう。悪鬼滅殺、眷属であろうとも逃すはずが無し。継子が窮地にあろうとも、その理は不変。―――背中を預けてもらえますか、水柱?」
「お前を於いて預ける者はいない、蟲柱」
あぁ、ほんとに余計なことを言う男だ。
●
「……!」
……あばらが、砕ける……!
鬼に捕まれた胴を力ませるために、炭治郎は呼吸を行う。
十尺近い巨体の鬼。
いつか、父が死の直前にヒノカミ神楽の深奥を見せてくれた時の熊よりもさらに大きい。片手で炭治郎とカナヲ軽々と掴んでいるのがその証。
気を抜けば、胴が握り砕かれるだろう。
暗闇に加え、鬼が走っている為に前後に振られているため、視界は機能していないがカナヲからも食いしばっている匂いを感じる。
……だが、これじゃ死なない……!
岩柱悲鳴嶼行冥の修行がなければ死んでいただろう。全身の筋肉強化とその連動。それにより肉体の頑強性を大幅に上昇している。頑丈さだけでなく蜜離との修行によって得た柔軟性、天元との修行で培った基礎体力。それらにより呼吸は途切れることなく、殺されず、戦闘にも問題ない。
つまり、それは、
……柱の人たちの教えは、俺の中で生きている……!
強くなっている。柱稽古を突破し、己の意思で痣を発現できるようになり、実力は大幅に上昇し、柱のそれに近い。おそらく、既に薄いだろうが痣も出現しているだろう。
自分たちを握り走る鬼も、それだけでは死なないことが解っている。
だから走り続け、柱から距離を取っているのだ。
ならば、解放される瞬間は義勇やしのぶがすぐには救援に来れない場所。
解放されるか、自ら抜ける、その瞬間、
……その頸を断つ……!
その時は近い。
土と樹の匂いが薄くなり、潮の匂いが強くなっていく。
海沿いに移動しているのだ。
……心を燃やせ……!
海岸沿いに辿り着いた瞬間に、刀を振るい握る五指を切り裂く。
心拍数と体温が高まる。
自分では見えないが痣が濃くなっていく。
昼間に出会った少女のような子を、もう二度と生まないためにも。
……激しく、心を……!
どくんと、ひと際高く心臓が鳴り、
「――――――え?」
海岸に辿り着く直前、炭治郎ごと腕を振りかぶり、海へと放り投げた。
●
「炭治郎!?」
炭治郎が投げられた瞬間、そちらの腕に集中したのだろう。
その瞬間を狙って、手を切り裂き拘束から抜け出した。
胴は軋み、内出血の痣になっているが戦闘には問題ない。
問題なのは、炭治郎だ。
かなりの陸から離れた所で海に墜落した。着水の衝撃も心配だが、
……炭治郎って泳げたっけ!?
日頃なら笑い話だが、この状況では笑えない。海が近い所ならともかく、波がある海を泳げるものは珍しい。特に、山育ちの炭治郎なら猶更だ。
カナヲは何度から鬼殺隊の隊服での着衣水泳の訓練を行っているから問題ないが、炭治郎がそうであるとも限らない。
できれば、すぐに助けに行きたいが、
「これで、やっと独りに出来た」
眼の前の鬼がそうさせてくれないだろう。
「くそくそくそっ……お前も柱か? あいつらはそうだろうが、お前はどうだ? 俺が握っても死なないなんてことは並みの鬼殺隊じゃないな? くそ、なんでだ、お前らの相手なんぞしたくないってのに……!」
体躯に見合わず、ぶつぶつと巨体の鬼は呟く。
改めて、木々のない所で見る限り、全体的な形は人と同じ。四肢があり、首があり、頭がある。その巨体から考えれば当然だが、切れる服がないだろう。大きな襤褸切れらしきものを下半身で隠している程度。服装としては伊之助が近い。
たが、露出している肌の至る所が異常だ。
ただれて居るとこもあれば、血管が隆起し発達した所、黒ずんだ個所や鋭い棘や魚染みた鱗、獣のような体毛。統一性のない、つぎはぎの体皮。鬼特有の縦に割れた瞳は二つだけではなく額にさらにもう一つ。その脇に二対のまっすぐな角が生え、頭部全体には髪を突き破って色々な形状の巻角があった。
その顔にしても、大きささえ気にしなければ中々精悍だ。鉢巻でも巻いていれば海の男にも見えるだろう。だが、やはり顔の各所の肌がの質感や色がズレている。
……なに、こいつ。
外見が滅茶苦茶な、それは絵巻物語に出てくる鵺を思わせるが、それよりもさらにでたらめだ。
「やっと、ここまで強くなれた。今なら十二鬼月にも匹敵するのに。それなのに、お前たちに殺されるわけにはいかない。あぁ、まだ死ぬわけにはいかない。俺は、こんなとこで死んでいいはずがない……!」
カナヲに構わず一人で呟き続ける鵺鬼に、一瞬で頭に血が上ることを自覚した。
「ふざけるな!」
喉から迸ったのは自分でも驚くくらいに怒りに満ちている。
殺されるわけにはいかない。
死ぬわけにはいかない。
死んでいいはずがない。
それは、
「お前が! お前が殺した人たちの方だ! お前がそんなことを言う資格があるものかっ! 他人の犠牲を強制してまで、生き延びていい命があるものか!」
心が、怒りに震えている。
感情の制御が甘い。
だが、見逃せるはずもない。
親を失った少女を思いだす。それは今日だけのことではない。これまで何度も見てきて、そしてどうでもいいと斬り捨てていた光景だった。
だけど、もうどうでもよくなんかない。
何も感じなかった白痴のつぼみは、優しい日輪が花開かせてくれた。
今まで感じなかった想いが、まとめて爆発する。
故に、怒りを止めようとは思わない。
この激情を以て、恥知らずの頸を断つ。
「――――黙れぇ!」
鵺鬼は、その異形の顔を歪ませながら吼えた。
己の三分の一程度しかない少女に向かって牙を向く。
「生きたいと思って何が悪い! 死にたくないと思って何が悪い! 生き残る為に他者を喰らって何が悪い! どうせ、死ぬんだったらせめて俺の糧となれや!」
腕が振るわれる。
それだけで、カナヲよりも大きい。先ほどは自分を握り潰せなかったが、しのぶたちから逃げることに全力を注いでいたというのもあるのだろう。
今、こうして目論見通り一対一という形式を作り出した故に、最早鵺鬼も全力でカナヲを殺すことに集中している。
ただ緩く開いた手を振り下ろす。それだけの動作でも、鵺鬼の巨大さと鬼の膂力が合わされた人を殺すのは容易い。
「―――花の呼吸」
対し、カナヲは軽い動きで跳躍した。
空中で身を捻り、振りぬかれた腕を触れる寸前で回避する。
卓越した動体視力あるが故に、可能な超絶回避。
「陸の型・渦桃!」
躱したばかりの腕の斬撃を叩き込む。
「ガアアアアアアア!!」
鵺鬼が悲鳴を上げて、後退するが、
……堅い……というか太すぎる!
固いのは勿論だが、問題は腕そのものの大きさだ。カナヲの筋力と速度では型を放っても三分の二を断ち切るのが限界だろう。となれば頸を落とすのも、難しいのが解る。鵺鬼の頸も、腕に負けず劣らずの太さだから。
「ふぅぅぅぅぅぅ―――――っ」
着地と同時に、呼吸を深める。
より速く、より鋭く、より無駄なく。
カナヲが一人で鵺鬼の頸を落とそうと思えば、型の連撃を繰り出すしかない。
その為には今の領域の呼吸では足りない。
故に呼吸を。
全集中。
息を吸い、吐き、肺を膨らませ、血の巡りを加速させ、肉体をより強靭にさせていく。
「許さない! お前のような小娘が、俺を殺すことは! 俺がお前のような小娘に殺されるなんてことは! 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」
その言葉に、頂点を通り越し、最早凪いでしまった怒りと共に、カナヲは薄く嗤う。
「はっ――――お前のようなちぐはぐが、生き恥晒してどうするの?」
カナヲは自分では気づかない。
嗤い細めた両目の周囲、両のこめかみに――――――花弁のような痣が浮かんでいることを。
大正こそこそ話
人間二人を握りしめて走るという間抜けな光景だったけど、
鵺鬼も握りつぶそうと頑張っていたらしいぞ!
それよりも柱二人から逃げること、男で力も強そうな炭治郎をさっさと海に投げ飛ばしたいという気持ちが強かったらしいが!
でも、その結果がカナヲの「お前生き延びてどうすんのwwww」だったけどな!!!
鬼滅の煽り力
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