日輪に咲く花   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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日輪に咲く花

「フゥゥゥゥ……!」

 

 全集中の呼吸は、過去最大効率で発揮される。 

 吸い込んだ酸素が膨張した肺に送り込まれ、心臓がうるさいほどの音を立てて、血液を全身に送り込む。指先どころか、筋繊維一本一本、細胞の一つ一つまでが躍動し、全身を余すことなく強化していく。

 

花の呼吸……!

 

「うらあぁっ!」

 

 カナヲが飛び出すのと鵺鬼が腕を振り下ろすのは同時だった。

 

「!」

 

 海岸の小石交じりの砂が大きく弾けるが、そこには既にカナヲはいない。

 ただの大振りの一撃が当たるはずもなく、着弾した時には既に彼女は鵺鬼の足元に到達していた。

 鵺鬼の認識を上回る瞬発が、直後に急激に速度を落とし、

 

―――壱の型・桜散る足波

 

 舞い散る桜花の花弁のごとく、斬撃が叩き込んだ。

 急加速、急停止の緩急から放たれる乱斬撃。威力よりも速度の瞬発を重きに置いた、決殺にも牽制にも使える応用性の高い型である。

 

「ぐおおお!?」

 

 右の足首を滅多切りにされ、鵺鬼が膝をつく。

 その時、既にカナヲは飛び上がり、

 

花の呼吸―――捌の型・夕立の紫陽花

 

 唐竹割の大斬撃を夕立かのような怒涛の五連続で叩き込む。

 花の呼吸。

 元々水の呼吸から派生したそれは、元花柱胡蝶カナエが生み出した呼吸法だ。

 防御や対応力に長けた水の呼吸からさらに瞬発性と女性特有の柔軟性を特化させたもの。

 『捌の型・夕立の紫陽花』は水の呼吸の『捌の型・滝壺』から派生した型である。

 滝壺ほどの威力と攻撃範囲はないが、それでも振り下ろしの大斬撃が連発可能という点では使いやすく、威力にも長けた技だ。

 それを鵺鬼の右肩に叩き込み、

 

「っ斬れない……!」

 

 半分程度を両断するだけで終わっている。

 間違いなく、生み出された威力は過去最大だった。

 痣の出現により、カナヲの身体能力は大幅に上昇し、柱に匹敵ないし、それ以上なのは確かだ。

 それにも拘わらず、肩を切り落とし切れていない。

 固くて、体が大きすぎるから。

 いや、それに先ほどは気づかなかったが、

 ……斬った端から再生してる……!?

 鬼は共通して常識外れの回復力を持っている。四肢を落とした程度なら下級の鬼でも数十秒あれば新しく生えるし、強力な鬼であればなおさら早い。

 その点で見れば、鵺鬼はカナヲが知るどの鬼よりも速かった。蟲柱の継子として少なくない

鬼と戦ってきたが、それでも段違いの回復速度だ。

 おそらく、回復力に関しては上弦のそれに匹敵する。

 既に半ば完治しきっている肩を蹴り、大きく後退。

 首元で止めていたマントを脱ぎ棄てる。

 ……風圧で引っかかったら、冗談じゃない。

 攻撃速度、範囲もまた大したものだ。ギリギリの見切り回避で指に掛かってやられたらたまったものじゃないからだ。

 

「―――ははぁ。てめぇの剣じゃあ俺は殺せねぇようだなぁ? 足も肩も刀を通せないで首が落せるわけがねぇもんなぁ」

 

 ニタリと、己の優位を悟った鵺鬼が嗤う。

 

「……っ」

 

 悔しいが、事実だ。

 固いだけならいい。大きいだけでもいい。回復が早いのもいい。

 その全てを持っているからこそ、カナヲでは鵺鬼を殺し切るのは、それこそ痣を発現させても極めて困難。

 故に、鵺鬼は余裕を取り戻す。

 

「血鬼術――――三十六喰・無威徳鬼:海神逆蛇」

 

 ぱんっと、音を立てて鵺鬼が掌を合わせる。

 直後、変化は鵺鬼ではなく――――背後の海。

 渦潮が幾つも発生し、そこから螺旋の水が巻き起こった。

 水を操る血鬼術。それ自体は珍しくもないが、

 

「複数の能力を……!」

 

 眷属を生み出すだけではなく、本体の鬼自身もまた別の系統の血鬼術を用いるのは驚愕に値する。炭治郎が刀鍛冶の里で戦ったのも複数の血鬼術を操る鬼だったという話が過ぎり、

 

「海の暴虐に飲み込まれろぉ!」

 

「――!」

 

 幾つもの水の螺旋が海より昇り、カナヲへと殺到する。

 直撃すれば、間違いなくカナヲの肉体は粉々になるだろう。

 ……型を繰り出して相殺……!

 判断は一瞬。だが、問題はそれができる、ということだ。

 柔軟性や瞬発力に長ける花の呼吸だが、純粋な威力や防御性能は他の呼吸に比べて高いとは言えない。痣が浮かんでいるとはいえ、膨大な水の竜巻を凌ぎ切れるかは賭けになる所。

 それでも、呼吸を整え、

 

「―――あ」

 

 その光景を見た。

 海から逆巻く幾つもの水流が鵺鬼の背を超える直前、交わり一つになる、

 

ヒノカミ神楽―――火車・旋

 

 水流を焼き尽くすかのように放たれた、陽光の剣閃が鵺鬼の頸を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

「ぐあああああああ!?」

 

「炭治郎!」

 

「すまん、遅くなった!」

 

 頸に一撃を入れ、海岸に着地したのはずぶ濡れの炭治郎だ。 

 こほこほ、と軽く咳しているが、負傷や疲労の様子はない。

 

「大丈夫だった!?」

 

「あぁ! 正直溺れ掛けたが、さっきの水の竜巻が助かった! あれに乗って、技を繰り出せたからな!」

 

 ……いや、ほんとに溺れかけた! 軽く死ぬかと思ったし! 俺海で上手に泳げないし!

 川で泳ぐくらいならなんとかできるか、波の激しい海では難しかった。正直、軽く命の危機だったが、溺死直前で大量の水が巻きあがり、そこから呼吸する酸素も手に入れられた。

 竜巻に飲まれ、水の呼吸碌の型捩じれ渦の要領で水流を巻き上げ、ヒノカミ神楽に繋げられた。

 

「てめぇぇ……! まだ、生きてやがったのか……!」

 

「っ!」

 

 ……頸を断ち切りきることができなかった……!

 

「ぐぅ……てめぇ、何しやがった……傷の治りが、遅いじゃねぇか……!」

 

 大きな手で押さえた頸は、三分の二程度しか斬れていない。傷の治りが遅いと言っているが、それでも首自体は既に繋がっていて、完全に治りつつある。

 ……なんて回復力!

 確実に上弦、それも杏寿郎の命を奪った猗窩座に匹敵している。

 拙いと、炭治郎は眉をひそめた。

 今の一撃は、ただのヒノカミ神楽ではない。水の竜巻の螺旋運動を利用したある意味で実力以上のものだった。

 

「カナヲ、現状は!」

 

「動きは大振り、回避は容易い、戦闘技術無し、水を操る血鬼術――――首は私でも断てない」

 

「―――」

 

 それは、拙い。

 そもそも頸が断てなければ、鬼は斃せない。太陽の光は、しかしまだ日没から一刻と経っていない。夜明けまで長期戦をすれば、先に力尽きるのはこちらだろう。

 ――――だけど。

 ……それは、今までだってそうだった!

 上弦の陸も上弦の肆も。

 決して一人で斃せる相手ではなかった。何度も絶体絶命、勝ち筋は薄く、か細い微かな糸。

 それでも、いつだって、炭治郎は一人じゃなかった。

 上弦の鬼が相手の時だって限らない。

 仲間がいたから、何度も立ち上がり、その頸に刃を突き立てた。

 だから、

 

「たとえ、俺が断てなくても! カナヲが断てなくても! 二人でならできる! 悲しみの連鎖を断ち切れる! 俺はいつだって誰に背中を押され、これまで仲間と生き残ってきた! いつだって! これまでも! そしてこれからも! 俺は、仲間と未来を切り拓く!」

 

「――炭治郎」

 

「行くぞ、カナヲ!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

「うおおおおお! 鬱陶しい! 邪魔臭い! どいつもこいつも、俺が生きることを邪魔するな! 俺はまだ、死ねない、死にたくないんだ!」

 

 叫び吠える鵺鬼がその巨体を振り回す。

 動きは、実際の所雑だ。武術の素養もなく、素人のそれ。だが、その大きさは炭治郎とカナヲにとって致命のそれだ。

 必要なのは確実な回避と反撃。

 カナヲは目で、炭治郎は鼻で攻撃を先読みし、そして同時にそれぞれが反撃の技を繰り出すが、やはりどれだけ攻撃しても攻撃した傍から回復されてしまう。

 ……どうしよう!

 戦いながら、内心炭治郎は頭を抱えた。

 派手に啖呵を切ったは良いが、しかし打開策がない。

 首が固くて斬れない相手は今まで沢山いた。

 上弦の鬼は大体それだ。首に刀を突き立てて、斃したと思ったのに斃せない。二体同時に斬らないといけない上に、片割れがヒノカミ神楽を使っても碌に斬れなかったり、見つけるのが困難なほどに小さく、ずる賢く逃亡するものだったり。

 だが、鵺鬼のように首が斬れるのにもかかわらず、落とし切れない、というのは初めての経験だった。

 ……そもそも、なんなんだこいつは!

 思わず憤る。

 妙なことに一体のはずの鬼から複数の鬼の匂いがする。だからなのか、繰り出す血鬼術も複数だ。水流を操るもの、炎を飛ばすもの、衝撃波を生み出すものといった何かしらを放出するものが多い。

 それぞれの扱いは、武術と同じで拙くどれも単発だから回避や対処もできるが、それにしたって意味が解らない。

 いや、それは現実問題として今は問題にならず、結局の所、

 ……どうやってこいつの頸を斬るか、だ。

 一番簡単なのは義勇としのぶを待つこと。

 だけど、思い浮かんですぐにこの考えを消す。

 鬼殺隊の剣士としては間違っているわけではないのだろう。だけど、自分の目的は鬼撫辻無惨を倒すこと。その為に上弦の鬼を倒すこと。

 だから、

 ……こんな、再生力だけの鬼に負けるわけにはいかない……!

 

「ゴォォ……!」

 

 ヒノカミ神楽特有の炎のような呼吸が口から零れる。

 考える。考える。考える。思考を止めない。己の経験から、最適解を探し続ける。攻撃を回避し、反撃するのは難しくないのだ。

 そして、今、自分とカナヲにできることは、

 

「―――――カナヲ、思いついた!」

 

 鵺鬼の蹴りを弾きながら、その勢いで大きく後ろに飛ぶ。

 一瞬遅れて、カナヲも後退し、並んだ。

 

「あいつの頸を前後で挟むように、俺とカナヲで同時に斬る!」

 

 その為に、

 

「ヒノカミ神楽と花の呼吸で技を繰り出そう! それで呼吸を合わせるんだ!」

 

「合わせようって……そんなことできる?」

 

「できる!」

 

 問いかけには即答だ。

 根拠は、ある。

 

「俺とカナヲなら、できる!」

 

「――――解った」

 

 カナヲが静かに頷いた。

 その応えに、心が温かくなる。

 だけど、今はそれに浸っている暇はない。

 

「同じような動きの技を何度も繰り合わせて、動きをすり合わせよう」

 

「うん」

 

「よし。行こう、カナヲ」

 

「うん、行こう、炭治郎」

 

 行った。

 

 

 

 

 

 

「ゴォォ……!」

 

「フゥゥ……!」

 

 炭治郎のヒノカミ神楽とカナヲの花の呼吸が鳴り響き渡る。

 額に炎の、こめかみに花の痣を浮かべた二人は鵺鬼へと真っすぐに駆け抜け、

 

ヒノカミ神楽――炎舞

 

花の呼吸――壱の型・桜散る足波

 

 右足に二連撃と乱斬撃を同時に叩き込んだ。

 

「ぎゃあああ!」

 

 鵺鬼の悲鳴が上がる。右足を滅多切りにされ、明らかに痛みに耐性がない鵺鬼が膝をつく。だが、まだ完全に切断には至っていない。

 すぐさま瞬発し、左足へと移り、

 

――烈日紅鏡

 

弐の型・御影梅……!

 

 水平に薙ぎ払う二連撃と大きく円を描くような斬撃。

 膝の表と裏を同時に切り裂いた。二人の手に関節に引っかかった感触が伝わり、しかし振りぬききれない。

 難しいと、二人は同時に思った。

 ヒノカミ神楽と花の呼吸。

 二つの違う呼吸を、その場で合わせるは実行してみれば予想以上に難しかった。

 元より全ての呼吸は日の呼吸から派生している。それを神楽の形に遺したものがヒノカミ神楽であり、日の呼吸を模倣、派生劣化したのが水の呼吸、そこからさらに分岐したのが花の呼吸だ。

 繋がりがない、というわけではないが、しかし近くもない。

 さらに言えば、炭治郎とカナヲは合同任務が初めて共闘経験も皆無だから。

 

「っ……次は腹を!」

 

「うん!」

 

 振り回すような両腕をそれぞれ回避しつつ、

 

ヒノカミ神楽――灼骨炎陽!

 

 ぐるりと、炭治郎の黒刀が柄を中心に周り、右の脇腹を薙ぎ払い、

 

花の呼吸・伍ノ型・徒の芍薬

 

 薄紅色の刀から九連続の斬撃が放たれる。

 

「ぐおおああああああああ!」

 

「っ!」

 

「きゃっ!」

 

 流石に三連続の合わせ型を喰らったのはたまったものではないのか、全身から衝撃波を発生させながら二人を弾き飛ばす。

 中空で、姿勢を整え、着地し、

 

「血鬼術――――三十六喰・無威徳鬼:火鷹の嘴!」

 

 巨大な炎の鳥が二人目掛けて飛翔する。

 

「―――っカナヲォ!」

 

「……!」

 

 名前を呼んだのは、互いの拍を合わせる為。

 回避は簡単だが、しかし連携が崩れてしまう。

 故に、似た技で、

 

ヒノカミ神楽……!

 

花の呼吸・漆の型……!

 

 迎撃する。

 

―――陽華突!

 

―――誇り薔薇高嶺!

 

 右手で柄頭を押しだす両手突きと全身の関節を連動させ、手首で回転させた荊の如き螺旋突きにて火の鳥をぶち抜いた。

 

「―――あ」

 

 零れた声は、どちらのものだったのか。

 打ち出した刺突は、二人の想像以上のものだった。

 それは炭治郎が思い至った突破策に手をかけたもの。

 赫と藤の色の目が合う。

 到達しかけた何か。 

 

「ぐ、ぅぅ……血鬼術……!」

 

 鵺鬼が二人の共鳴を邪魔するかのように手を合わせ、血鬼術を発動する。

 

「三十六喰・無威徳鬼――――砂塵棘楼!」

 

 砂浜の砂が巨大な棘となって乱立する。

 しかし、最早二人はそれを見ていなかった。

 ただ、感覚を忘れないために、二人は全く同時に踏み出した。

 

ヒノカミ神楽―――日暈の龍・頭舞い

 

花の呼吸―――参の型・移ろい宿木

 

 とぐろを巻く火の龍と宿る場所を定めない花が、駆け抜けながら全ての砂棘を断ち切った。

 

「ゴォォォォ―――」

 

「―――フゥゥゥゥ」

 

 呼吸が―――重なっていく。

 

 

 

 

 

「なんなんだてめぇらは……!」

 

 腕を、拳を振り回し、炭治郎とカナヲへと叩き込む鵺鬼の内心は驚愕と戦慄に染まっていた。柱ではないが、しかし尋常ならざる痣を浮かべた鬼殺の剣士。

 それまでの鬼として、ほとんど鬼殺隊と戦ってこなかった鵺鬼にはまさに恐怖の対象だ。

 いいや、今の鵺鬼ならば。

 上弦に等しい力を手に入れた今の彼ならば本来、恐れるに足りない相手のはずなのだ。 

 巨体と超再生能力、複数の血鬼術を用いれば柱でさえ倒せるはずなのに。

 

「鬼血術・三十六喰・無威徳鬼:吹き晒し鎌嵐!」

 

 吹き荒れる鎌鼬。自身を中心に対角線を描き迫る二人へと放つが、

 

―――ヒノカミ神楽・幻日虹

 

―――花の呼吸・玖の型・鳳仙花袖あしらい

 

 炭治郎を切り裂いたかと思えば、陽炎のように霞み、避けられ。

 カナヲを捉えることなく、弾け散るように瞬発する足運びにすり抜けられる。

 そして、何度目かの鵺鬼への到達。

 しかし、動きが変わっていた。

 

ヒノカミ神楽・碧羅の天―――

 

―――花の呼吸・捌の型・夕立の紫陽花

 

 鵺鬼の懐に潜り込んだヒノカミの子が腰の円運動と共に左肩を下から切り上げ、花の少女が五連撃の振り下ろしを叩き込む。

 上下か同時に繰り出された演舞と肩が、

 

「ぎぃ―――――!?」

 

 ついに、鵺鬼の左腕を切り落とした。

 動きの変化――――いいや、それはまさしく進化だ。

 

渦桃―――

 

―――陽華突

 

 渦巻く花弁から日輪の刺突が。

 

日暈の龍・頭舞い

 

花の呼吸・拾の型・百花繚乱

 

 火龍のうねりに守られた百花の如き斬風の咲き誇りが。

 

弐の型・御影梅―――

 

火車―――

 

 鵺鬼の血鬼術を無数の斬撃で散らし、その直後に体ごと垂直に回転させた斬撃が鵺鬼を叩き斬る。

 

「こいつら―――――!」

 

 連携の練度が格段に増している。

 同じ技を繰り出すのではなく、別々の技を互いを活かしきりながら繰り出しているのだ。互いを呼びかけたり、目線で合図を出しあう様子すらない。

 鵺鬼を挟んで、お互いの姿が視界に入っていない時すらあるというのに、その連携は鵺鬼からすれば気味が悪いほどに完璧だ。

 

フゥゥゥゥ――――

 

ゴォォォォ――――

 

 日輪と花が交わり、照らし咲き誇る。

 

 

 

 

 

 

 

 世界が、透けて見えた。

 いいや、それは正確ではない。より正確に言えば、どこでどう動いても炭治郎とカナヲはお互いを感じていた。

 炭治郎は鼻、カナヲは目。それぞれ常人離れした感覚の持ち主であるが、しかしそれだけではない。呼吸を重ね交わらせ、全ての認識知覚がお互いを捉えている。

 鵺鬼も海岸も足場の砂も石も、認識はしている。どこに何があるのかは解る。

 されど、言葉にするのは奇妙だが、眼で見て、鼻で感じるのはお互いのことだけだった。

 認識が――――透き通っていく。

 お互いが、お互いだけを見て、感じている。

 

(――――あぁ)

 

 泣きたくなるような優しい香りを、炭治郎は感じた。

 それはまるで、咲いたばかりの花だ。

 ずっと閉じていた蕾が花開き、それまで閉じられていた全ての想いが一度に放たれている。

 それはありったけの怒りと悲しみ。

 これまで感じていたはずなのに、しかし心が閉じていた故に自覚しなかったカナヲの感情だ。 

 心の声が小さいと、いつかの自分は彼女に言った。

 無神経だったかなと、今更に思う。きっと、小さいだけではなかったのだ。きっとこれまで心が叫んでいることがあった。ただそれを感じることができなかっただけなのだ。

 泣きたくなるようなことがあったのだ。

 どうして泣けないのか、自分を責めたことがあったはずなのだ。

 心が花開き、戦いの中でそれを彼女は今まさに突き付けられている。

 それが、どうしようもなく切ない。

 呼吸だけではなく、心までも重なり、彼女の優しい匂いを感じるから解ってしまう。

 

(――――あぁ)

 

 泣きたくなるような優しい熱を、カナヲは感じた。

 それはまるで、全てを照らす日輪だ。

 だけど、その優しさはありったけの後悔と絶望の果てにある。

 眼を閉じても、どうしたって忘れることのできない絶望。

 もう戻れない在りし日の温もり。それでも尚、どれだけ失っても、どれだけ苦しくても、前へ、前へ進み続けてきた。

 失ったとしても、それでも残った大事なものを護りたいと、彼は戦う。

 それだけが生き残った自分に出来る唯一のことだから。

 それが、どうしようもなく切ない。

 呼吸だけではなく、心までも重なり、彼の優しい熱を感じるから解ってしまう。

 

(カナヲ)

 

(炭治郎)

 

 最早、鵺鬼のことは心にはなかった。

 世界の全てが透明となりながら、感じているのはお互いの心だけ。

 

(君は――――)

 

(貴方は――――)

 

 大切なものを失って、多くのものを失って、多くものが手から零れて。

 そして――――今、二人は一緒にいる。

 失っても、傷ついても、それでも守りたいものがあるから。

 あぁ、そうだ。

 今この瞬間、一番守りたいものは、きっと同じだ。

 どうしたって負けられない、負けたくない理由がある。

 何より俺/私は君/貴方の為に強くなれるから。

 

(――――ありがとう)

 

 心が重なる。

 この厳しい世界は悲しみだけではなく、誰かが誰かの幸せを、俺は君の、私は貴方の幸せを祈り願えるから。

 きっと出会いは運命で。 

 だからこそ、

 

(―――一緒に)

 

 運命の、その先へ共に進もう。

 

 

 

 

 

 

 それはヒノカミ神楽でも花の呼吸でもなかった。

 二つの呼吸が解けまじり合い―――二人だけの、全く新しいものを生み出していた。

 告げる名は、共に。

 

比曄連理―――天照・向日葵

 

 日輪に――――花が咲き誇る。

 

 




大正こそこそ話

向日葵/こうじつあおい(ひまわり)
花言葉:あなただけを見つめる。
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