ある日の……   作:スポポポーイ

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ある日の合コン鎮魂歌

 総武高校を卒業し、早半年が経とうかというある日のこと。

 かつての同級生であり、依頼者であり、誠に遺憾ながら知り合いでもあるソイツは俺の前に現れた。……間違っても友達ではない。ここ重要。

 

 

 

「八幡! お主に我と合コンに行く権利を与えよう!!」

「帰れ」

 

 

 

 これは、大学生になった俺と材木座のある日の物語。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 大学生が大学へ何しに行くのかと問われれば、それはもちろん勉強である。

 大学に普通科は存在しないのだ。何故ならそれは、自らで専攻した分野をより深く学ぶ場であるからに他ならない。

 例外はスポーツや部活関係。だがこれも、スポーツや部活をやるという確固たる目的があってのもの。

 

 ──が、なかにはそうでない者もいる。『まだ就職したくないから』『とりあえず大学に進学しただけ』『マジ卍』、そんな理由で大学へと通う輩もいる。なんなら俺が先に挙げた方がマイノリティで、そうでない者の方がマジョリティなのかもしれない。知らんけど。

 まあ、ろくでもない言い方をすれば、彼らは金で時間を買ったのだ。高校卒業後の数年間という時間を、働いて金に代えるか、それとも金で猶予を設けるか。そういうことである。

 だから、今日も今日とて容易くはない受験戦争に勝ち残り、安くはない授業料を支払って、講義の出席だけ確定させたら早々に退出していく彼らが金で買った時間をサークルなり飲み会なり合コンなんてものに費やそうとそれは彼らの勝手なのだ。

 そんなことは俺には関係ないことだし、なんなら働きたくない一心で大学への進学を決めた俺も同じ穴の狢であると言える。ただ、俺の場合は講義をサボった場合にフォローしてくれる友人知人なんてものは存在しないので、マジメに講義を受けているけども。

 どうも、大学生になっても絶賛ぼっちの俺です。

 

 周囲では講義終わりの学生達がやれサークルだ、やれ飲み会だと騒ぐ中をステルスヒッキーを発動させるまでもなくスススっとすり抜けて、早々に帰路へ着くため足早にキャンパスを後にする。

 そんな俺を待ち伏せするかのごとく、正門前で一人の男が胸の前で腕を組み、仁王立ちしていた。

 

 高校生のときと変わらない、その姿。白髪めいた長髪を首辺りで括り、眼鏡に指貫グローブ、中二病的なトレンチコートを羽織って『ヌワハハハ』とウザったい笑い声をあげる人物。

 

「我、参上!」

「それ日本語の使い方間違ってんぞ」

 

 ──材木座義輝。

 高校時代からの腐れ縁。単なる知り合い、顔見知りだ。決して友達などではない。断じて違う。大事なことなので二回言いました。

 

「……え? マジで?」

「えらくマジだ。おまえ、大学は文学部だろ。それでどうやって合格できたんだよ……」

 

 材木座とは高校を卒業して別々の大学へと進学したはずなのだが、なぜかこうして偶に顔を出してくるのだ。そういうのは戸塚だけで間に合ってます。というか、戸塚だけでいいです。戸塚だけが良い……。

 戸塚! 俺だっ! 結婚してくれーーーっ!!!

 

「まあ、それは置いておいてだな。今日は八幡に相談があって来たのだ」

「断る」

「そ、そんなこと言わずに! ハチえも~ん!! 我を助けてよーーー!!!」

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 とりあえず、あのまま正門で話していては俺まで今以上に不審者扱いされ兼ねないので、大学近くのファミレスへと場所を移すことにした。

 ……選ばれたのは、お手軽イタリアンないつものファミレスでした。

 

 お互いにドリンクバーで喉を潤わせつつ、材木座がふんすふんすと鼻息荒く語る説明をへーへーほーと聞き流し、長い煩いウザい一行でまとめろと催促した俺はきっと悪くない。

 

「んで、つまりはどういうことだってばよ?」

「我と契約して合コンの引き立て役になってよ!」

「おまえはどこのインキュベーターだ」

「いや、八幡と我であれば六対四くらいで我の方がマシかなぁ~って思ってもらえるかなと……」

「よろしい、ならば戦争だ」

 

 俺はテーブルの隅に置いてある塩が入った容器を手に取ると、上蓋ごと開けて材木座が飲んでいた黒くて甘い炭酸飲料に塩を大量投入する。

 え? ドリンクが醤油になった? 仕方ない、ならガムシロで甘くしてやるよ。俺は抵抗する材木座のコップへ十個ほどガムシロをぶっかけたところで溜飲を下げた。

 

「……で、合コンだっけか」

「我のドリンクが甘じょっぱいというレベルでなく大変なことになっておるのだが……」

 

 高血圧一直線なドリンクを飲んでパ●スの断末魔のような叫び声を上げている材木座をサクッと無視して、俺は材木座から聞いた話について思案する。

 そも、材木座と合コンするという相手の女子は実在するのだろうか? 非実在女子大生ではないのだろうか? そこまで考えたところで結論が出たので、俺は可哀相なモノを見るような目でそっと材木座に語りかけた。

 

「……目を覚ませ材木座。おまえはきっと疲れてるんだよ」

「いや、我は別に超常現象オタクのFBI捜査官とかじゃないから」

「いいか、材木座。二次元の嫁に囲まれて食事をとることを合コンとは呼ばない」

「……八幡は我を何だと思っておるのだ。同じ講義をとっておる女子から誘われたのだ」

「まさかとは思いますが、その『女子』とは、あなたの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか」

「頑なであるなっ!?」

 

 そして、材木座がテーブルに届いた辛味チキンをムッシャムッシャしながら語ったところによると、それは本当に実在する女の子からの誘いだったという。

 いつも教室の最前列でポツンと一人で講義を受けていた材木座。その日最後の講義が終わり、さてリア充軍団にノートを強奪される前にさっさと逃げるかと席を立とうとしたところで突然話しかけられたらしい。

 艶のある黒髪を腰元まで伸ばし、他の女子学生とは違い、けばけばしい化粧もしていない。清楚という言葉が思い浮かぶが、顔は美人というより可愛い系。どこか幼さを感じる笑顔で、彼女は材木座に言うのだった。

 

 

 『ねえ、良ければ今度、一緒に飲みに行かない? わたしの友達と、ざい?…ざ……キミの友達も呼んでさ!』

 

 

 突然のお誘いに焦りパニくり取り乱し、なんかもうウンウン頷いて今に至るというのが材木座の説明だった。

 そして、その話を聞いた俺は眉間に皺を寄せ、自然と表情が険しくなっていくのを自覚する。これはあれだ。どう考えてもあれだ。間違いない。断言できる。真実はいつも一つ!

 

「……おい」

「なんであるか、八幡?」

「おまえも、本当のところは分かってんだろ?」

「…………うん」

 

 そう言って、材木座が悲し気に視線を伏せる。

 そうだ。こいつだって気が付いているのだ。それでも、夢を見てしまったんだろう。縋ってしまったんだろう。伊達に大学生になっても中二病を続けていやしない。

 

「どうせ、当日なって意気揚々とお店に行けば、誰も来ないか、イケメン共が待ち構えておるのであろう?」

「だろうな」

「我だって、分かってはおるのだ。我に話しかけてきた子の後ろで、こちらをニヤニヤしながら眺めておるリア充軍団がおったからな」

「なら……」

「それでも、嬉しかったのだ。声を掛けられて、可愛い子と話ができて、嘘だと分かってても、逃したくなかった」

「……」

「それに、我のような輩に『断る』という選択肢がないことぐらい、八幡なら分かっておろう?」

「……ああ」

「ならば、あとは道化にでもなって乗り切るしか道は残ってはいまい。まあ、それに八幡を巻き込んでしまうのは申し訳ないとは思うのだが……」

 

 材木座が語ったことは一つの事実だ。この場合、目を付けられた時点で試合終了のお知らせなのだ。俺や材木座のようなカースト最底辺に『断る』なんて選択は許されない。断ったら最後、『慈悲の心でもって手を差し伸べたのに、相手はそれを振り払った』という罪業が残るのみ。正義や大義は向こうにあり、こちらは断罪を待つばかり。

 まあ、俺の場合は目を付けられるほど認知もされていないのでまったく問題ないわけだが……。あれ、おかしいな? 目から汗が……。

 

「ただ、まだ問題があってな。我と八幡以外に、あと三人ほど生贄が必要なのだ」

「五対五ってことか……。なら、おまえのゲーセン仲間を誘えばどうだ?」

「確かに合コンとだけ伝えればホイホイ来るであろうが、罠と分かっているのに呼ぶのは気が引けるし、多分あとで我が袋叩きに合うから無理だ」

「だよな」

「まあ、どうにもならなければ、素直に誘える人がいませんでしたで、我が顰蹙を買うだけでどうにかなると思うのだが……」

「……」

 

 それはそうだろう。別に材木座を誘った彼女たちだって本気で合コンがしたい訳ではないのだ。生贄が俺と材木座だけであっても特段問題はないはずだ。彼女たちが求めているのは人形であって人間ではない。ただ自分たちの一時の愉悦を満たすための人形があればいいだけ。

 だから、俺たちがその期待に添うように道化であれば彼女たちは満足するのだろう。その対価として、材木座は大学内での一時の安寧が約束される。

 材木座だってそれを理解しているからこそ、俺のところに来たのだ。お互いにWIN-WINの関係。誰も不幸にならず、みんな幸せ。それが材木座を取り巻く世界の秩序。それだけのことである。

 ただ、なんというか。こう、あれだ。

 

 

 ”むかつくんだよ”

 

 

「……材木座」

「ふむん?」

「おまえは、どうしたい?」

「……どうしたい、とは?」

「今回はこれで乗り切れたとしても、そいつらが飽きるまで、きっと同じことの繰り返しだぞ?」

「……」

 

 押し黙る材木座を尻目に、俺はいくつかの解消案を挙げてみる。

 例えば、その講義の単位は捨てて、以後出席しない。つまりは、そいつらと距離をとるということ。だが、恐らくこれは難しい。大学一年目は単位取得のために結構な数の講義を取っているはずだし、一つ二つ講義を捨てたところで無駄だだろう。ましてや、必修科目が重複した時点で詰みだ。

 あるいは、どこかのサークルに所属して庇護してもらう。ただ、これはそもそも材木座を受け入れてもらう必要があるし、その団体にとって材木座を守るだけのメリットがないなら成立しない。

 他に、イメチェンという手もある。俗に大学デビューというやつだ。要は中二病を卒業すればいい。そもそも、大学生になっても未だ中二病から抜け出せず、孤立しているから目を付けられたのであって、それならばそれを捨て去ってその他大勢の有象無象へと埋もれてしまえば相手も材木座を見失うのではないだろうか。……ま、これができるんだったら、とっくにやってるだろうけど。何が楽しくて現在進行形で黒歴史を積み上げてるんだか、俺にはまったくこれっぽっちも理解できんが……。

 最後に、全部放り出す。大学を中退して就職するなり、来年別な大学を受験するなりすればいい。今年度分の学費はドブに捨てることになるけどな。

 

「……随分投げやりであるな」

「あー、思いつきで言ったからな。最後の方は途中で考えるのが面倒になった」

「……」

「で、どうする? このままそいつらの道化であり続けるか、他の手段をとるか?」

「それは……」

「まあ、ごちゃごちゃ言ったけどな、別に道化でもいいと思うぞ? どうせ四年後には相手も材木座のことなんて覚えてないだろうし。当座をしのげばそれで終わりかもしれん」

 

 そう言って、ミルクガムシロましましにしたアイスコーヒーを一口啜る。口内に広がる甘ったるいはずのコーヒーが、何故だかひどく苦く感じた。

 

 別に材木座を助けたい訳じゃない。俺はヒーローではないし、義憤に駆られて正義を振りかざすような度胸も信念も持ち合わせてはいない。

 そもそも、材木座がどうあろうと、俺には関係ないことだ。だから、選ぶのは材木座で、決めるのも材木座だ。そこに俺は関与しないし、そうであるべきだ。

 

 だって俺は材木座の家族ではないし、友達でもない。高校を卒業して、奉仕部が無くなった今となっては依頼者ですらない。

 だから俺と材木座の関係は、単なる知り合いで、顔見知りの元同級生。

 

 

 そのはずだ──

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 自然と、その言葉は口から零れ落ちた。

 

「なあ、材木座」

 

 

 ──俺は、材木座義輝という奴ほど、打たれ弱い男を知らない。

 だって、ネットで叩かれるのが嫌だというだけで、自作の小説を読むように依頼してくるようなクソ雑魚メンタルな奴なのだから。

 

 

「俺は、おまえを鬱陶しいと思ってるし、ぶっちゃけ今回の件だって至極面倒臭い」

 

 

 ──俺は、材木座義輝という奴ほど、情けない男を知らない。

 だって、後輩に正論で論破された程度で、奉仕部へ助けを求めてくるような奴なのだから。

 

 

「高校のときからそうだった。やれ小説を読めだの何だの……」

 

 

 ──俺は、材木座義輝という奴ほど、ウザい男を知らない。

 だって、呼んでもいないのに現れて、勝手に首を突っ込んでは絡んでくるのだから。

 

 

「だから、おまえはどう思ってるのかは知らないが、俺にとっておまえは友達なんてものじゃない」

 

 

 ──俺は、材木座義輝という男ほど、お人好しな奴を知らない。

 だって、普段あれだけぞんざいに扱っていたのに、俺が依頼に行き詰まったとき、何度も助けてくれたのは材木座だったのだから。

 

 

「それでも、俺なんかを頼るって言うなら……」

 

 

 ──俺は、材木座義輝という男ほど、カッコイイ奴を知らない。

 だって、俺が常識や世間の目に屈して捨ててしまったモノを、今も貫き通しているのだから。

 

 

「おまえが考えて、自分で決めろ」

 

 

 ──俺は、材木座義輝という男ほど、勇気のある奴を知らない。

 だって、一年生のとき、孤立して体育の授業でペアを組めない俺に、堂々と、真っ先に声をかけてくれたのだから。

 

 

「俺は、その結論を尊重するし、否定もしない」

 

 

 一度、手元のコーヒーに目をやりながら、また正面へと視線を戻す。

 

 

「なあ、材木座」

 

 

 俺は、ジッと材木座の目を見据え、静かに問い掛けた。

 

 

「おまえは、俺にどうあってほしい?」

 

 

 暫しの間、黙考する材木座。

 

 

「八幡、我は──」

 

 

 材木座義輝が出した答え。

 その答えを聞いて、改めて手に持ったアイスコーヒーへと口を付ける。再度、口の中へと流れ込んだコーヒーの味に、俺は僅かに眉を顰めた。

 今度のコーヒーの味は、苦くない。その代わり、ちょっと甘過ぎた。俺は、まるで何かを誤魔化すようにストローでコップの中身を攪拌すると、それを一気に飲み干した。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 合コン、当日。

 俺と材木座は、材木座が通う大学近くにあるちょっとシャレオツな飲み屋の扉を開けた。

 

 いらっしゃいませと営業スマイル全開で出迎える店員さんへ予約である旨を告げて、案内されたテーブルへと足を運ぶ。

 簡易なパーティションで区切られたそのエリアで待っていたのは、材木座を誘ったであろう女子学生たちが五人。

 そして、その体面に座るどこの大学にも居そうな雰囲気イケメンな五人の野郎共。

 

「うわっ、本当に来たし!」

「マジうける~~~」

「ごっめーん! まさか、本気にするとは思ってなくって~」

「……キモ」

「てゆーか、合コンのときでもそのコートで来るとかマジ無いでしょ、うわぁ……」

 

 そんな予想通りな反応が女性陣たちから返ってきた。あー、うん。最後の反応には俺も同意する。俺ですら小町コーディネートの服装なのに。ないわー、材木座マジないわー。

 俺がそんな感じで我関せずと構えていたのが気に障ったのか、材木座の後ろでぬぼーっと立ち尽くしていた俺にも悪意の矛が向いた。

 

「ていうか、キミにも友達なんていたんだ?」

「あー、なんていうんだろ……うん、ないわー」

「だよねー。なんかこう、目が……ね?」

「……キモ」

「あのさー、せめて生きてる人間を呼んできなよ。いくら友達いないからってゾンビなんて呼んでくんなっての!」

 

 ボロクソですね。分かります。まあ、想定してたけど。

 ちなみに、野郎共はというと女性陣の反応に相槌を入れたり、ニヤニヤしたり、威嚇したりしている。イキってるわー。女子の前だからこれでもかってくらいイキってるわー。

 

「あー、あれか? 俺と材木座はお呼びでない感じか?」

「見ればわかるでしょ?」

「空気読めってwww」

「……そっか、なら俺らが呼んだのは無駄になっちまったな。なあ、材木座?」

「で、あるな」

「……は? なに、あんた等以外にも誰かいるわけ?」

 

 ちょうどその時、店員さんに案内されて追加メンバーがこの場に降臨した。

 華奢な体躯に銀髪の少女……と見間違うほどの可憐な男子。ボーイッシュなコーデが眩くて、なんかもうちょっとモヤモヤムラムラする今日この頃。

 

「八幡、材木座くん。来たよー!」

 

 戸塚彩加。

 俺の中で小町と並ぶ二大天使の一角が登場し、ざわ…ざわ……と場がざわついた。ついでに俺の胸もトキめいた。戸塚マジ天使。今すぐ合コンなんてぶっちして戸塚と二人で夜の街へ繰り出したい。そうしたい。

 

「……え? 誰、この可愛い子?」

「俺、モロタイプなんだけど……」

「いや、それよりなんで女子が? 呼ぶとしても男子だろ」

「戸塚氏は男であるぞ?」

「「「「「 ………… 」」」」」

 

 材木座のカミングアウトに絶句する野郎共。気持ちは分かる。

 

「あ、え…と。僕、男です」

 

「「「「「 はあっ?! 」」」」」

 

 よし、場が乱れた。

 だがまだだ! まだ俺のターンは終わっていない!!

 

「うぇーい! ヒキタニくんたち、おひさ──!!」

 

 新たな乱入者二号こと、戸部。相変わらずのウザさ。

 ただ、高校時代はウザったくふぁさぁふぁさぁさせていたロン毛を切り、今は何と言うか短髪スポーツ青年って感じになっている。

 正直、高校生のときもこっちの髪型だったらもうちょいモテてたんじゃねと思わなくもない。……いや、やっぱねぇか。だって戸部だし。

 

「なんか今日あれっしょ? 合コンっしょ? ヤベーわ! なんてーの? とりあえず、いぇ──い!!」

「い、いぇーい?」

 

 曲がりなりにも、総武高校で葉山と一緒にトップカーストグループに居た戸部である。

 野郎共なんぞ無視して、速攻で女子たちの方へ歩み寄ってノリで騒ぎ出した。正直、俺や材木座では百年経ってもできる気がしない。ベーわ! 戸部マジベーわ!!

 だがしかし、俺のターンはまだ終わらない。大分混乱している彼ら彼女らを尻目に、俺は更なる追撃を仕掛ける。

 

 戸部を召喚したことで、リア充フィールドを展開! リア充の王、リア王を召喚!!

 

「……久しぶりだな、ヒキタニくん」

「おう、悪いな。急に呼び出しちまって」

「いいさ。俺も皆にはまた会いたかったからね」

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

 葉山隼人。奴の登場で完全に場を支配したといっていい。

 ぶっちゃけ、彼女らと一緒に居た野郎共はイケメンはイケメンだが、あくまで雰囲気イケメンだ。髪型とか眉毛とか服装でそれっぽくしてるだけ。顔面偏差値で言えば精々が中の上とか、上の下といったところだろう。

 だが、葉山は違う。真なるイケメン。イケメンの中のイケメン。それこそ、レベルが違う。

 現に、葉山が現れてからの女子連中の反応がヤバいことになっている。自分たちが連れてきた男連中を見て、葉山を見て……を数度繰り返し、眼つきを変えた。

 

「あの! あたし、ざい…ざ?……彼と同じ大学のリカって言います!」

「あ、わたしも! ユリです!!」

「私はシホだよ! よろしくー!」

「……ミキ」

「ユカリだよぉー☆ もう、超ヤバイくらいカッコイイよぉー! きゃっ、カッコイイって言っちゃったぁ! テヘ☆」

「……ああ、葉山だ。よろしく」

 

 すげぇな、葉山の奴。登場しただけで女性陣の自己紹介が完了したぞ。ていうか君ら、そんな名前だったのね。

 一方、葉山が現れたことでポツーンと捨て置かれたのは男性陣。イキりたい……でも相手は自分たちを上回るイケメン。圧倒的格差を前に臍を噛む男達。くやしい……でも逆らえない。ビクンビクンッ! そんな心情が手を取るように分かる。

 

「じゃ、早速乾杯しよっか!」

「だね! ほら、葉山君座って座って!」

「ああ、ありがとう。……あれ? でも、そっちの彼らがいるから席は空いてないみたいだね?」

「あー、それなんだけどな。なんか、手違いがあったみたいで、俺らの席は無いみたい──」

 

 目をハートマークにさせた女性陣から促され、葉山が席に近づくが、そこに茫然と座っているイケメン(笑)たちを見て困ったような顔を見せた。

 その様子を見て、俺が事の次第を説明しようとしたところで、ハッと慌てた彼女たちが俺の言葉を遮る。

 

「ちょ、ちょっと何言ってんの! 違うから! そいつらは、偶々会っただけっていうか……」

「そ、そうそう! 葉山君たちが来るまで暇だったから、お話してただけだから!」

「ねえ、あんた達。いつまでそこ座ってるわけ? 私たちこれから飲み会だからどっかいってくんない?」

「……邪魔」

「ユカリ、空気読めない人ってなんかヤダなぁ~って思うなぁ」

 

「「「「「   」」」」」

 

 彼女らの手のひら返しに唖然とする男性陣。

 黙ってさっさと帰れよと、目力で訴える女性陣。

 それを何とも言えない表情で見守る材木座と戸塚と戸部。

 

「……ん」

「……はぁ」

 

 俺は葉山に目配せし、合図を送る。

 それに気が付いた葉山が僅かに溜息を吐きつつ、苦笑しながら頷いた。

 

「……それなら、問題ないかな。彼らも五人いるようだし。丁度、隣のテーブル席が空いているようだからお店の人に使わせてもらえるように頼もうか」

「え? それって……」

「実は俺もここに来るときに偶然友人と会ってね。彼女たちも是非ご一緒したいっていうんだけど、良いかな?」

「ご一緒にって、そんな突然言われても……」

 

 そう、彼女たちには申し訳ないが、まだこちらのターンは終わっていないのだ。

 まだだ! まだ終わらんよ!! ……これ使い方間違ってんな。

 俺がそんな益体もないことをつらつらツラランと考えていたからだろうか、まるで急かす様に苛立たしげな声が葉山たちの会話に割って入る。

 

「……いつまで待たせるつもりかしら。いい加減、待ち草臥れたのだけれど」

 

 そう言って威風堂々と姿を見せたのは、元奉仕部部長、雪ノ下雪乃。

 高校時代と変わらず、さらさらと伸ばした黒髪はまるで絹糸のように美しく、絵画の中から飛び出してきたかのように楚々とした佇まいは他を圧倒する。

 ゴクリと、生唾を飲み込むような音を響かせたのは、雪ノ下に見惚れる彼らだろうか、それとも戦慄の眼差しで固まる彼女たちだったのだろうか。

 だが甘い! こっちのターンはまだ終わらないぜ! ずっと俺のターン!!

 

「もう、ゆきのん! 一人で先に行っちゃわないでよー。いっつもそれで道間違えるんだからー!」

 

 まるで凍った時を溶かすように、ポカポカと太陽のような笑顔で雪ノ下に抱き着く由比ヶ浜結衣。その拍子にタユンと揺れて、雪ノ下の体に押しつぶされてポニョリと形を変えた二つのメロンに絶句する女性陣と目が血走る男性陣。……ちょっと、どこ見てんのよ!!

 

「……誰がいつ迷ったと言うのかしら。誹謗中傷は止めてほしいのだけれど」

「え? この間一緒にディステニー行ったときだって……」

「ごめんなさい何でもないわその話は止めましょうお願いヤメテ」

 

 あ、まだあの方向音痴直ってないんですね。分かります。

 相変わらず、卒業しても仲が良さそうで何よりでごぜいますです、はい。

 

「あ、先輩じゃないですかー! お久しぶりです!!」

 

 と、百合々してる二人を生温かい眼差しで見守っていたら、二人の後ろからヒョコっと顔を出して、あざとく敬礼してくる後輩がいた。というか、一色だった。

 ふんわり明るくあざとい感じのコーディネートで身を包んだ一色は所謂ガーリー系女子。……なんだよ、ガーリーって。寿司の付け合わせで出てくるアレ? 生姜なの? 酢漬けなのん?

 とりあえず、面倒臭いので無難に対応しておこう。そうしよう。

 

「おう」

「おうって……。久しぶりに会ったのにそれだけですか」

「つっても、卒業してまだ半年程度しか経ってないしな」

「それですよ! どうして、わたしがあんなに誘ってもガン無視なんですか!? おかしくないですかっ!!?」

「逆に聞くが、どうして卒業生の俺が生徒会の仕事を手伝わなきゃならんのだ。しかも、大学の講義をサボってまで」

「え、だって先輩だし」

「おい誰だこんなのを生徒会長にした奴。…………俺じゃん」

「ですです! だから、ちゃーんと責任とってくださいね?」

「……あざとい」

 

 そう言ってパチクリとウィンクしてくる一色を軽く小突き、盛大に溜息を一つ。

 まあ、今回は協力してもらった手前、あまり強く出れないのだが。というか、さすがに現役受験生をこんな飲み会の場に連れて来るのはダメだろうと誘わなかったのだが、どこから聞きつけたのかいつの間にか参加者に名を連ねていた。誰だよ、情報リークした奴……。

 

「……おまえ、絶対に飲酒だけはするなよ。あと遅くなる前に帰れ」

「先輩はわたしのお父さんですか。それに先輩たちだって飲酒はダメなはずですよー?」

「あのな……」

「わかってますよぉ。まあ、そこら辺は上手くやりますって! 大学デビューな男どもなんて手玉に取ってやりますよ!!」

「いや、そこは別に心配してないけど。おまえ、こういうパリピっぽいイベント大好物そうだし」

「……一度、先輩とは腹を割って話し合わなきゃいけないと思うわけですよ」

 

 一色が恨みがましそうな視線をザクザク突き刺してくるのを無視して、俺は次なる登場人物へと目を向ける。

 カツカツカッツンとタップダンスよろしくヒールを鳴り響かせ、『あぁん?』『やんのか、コラ?』『表出ろや、ボケェ』と言わんばかりの眼差しで会場に居る女性陣を威嚇する彼女を見て、俺は思わず視線を逸らした。だって、目が合ったら殺されそうな気がしたんだもん。

 

「……ねえ、誰に断って隼人にベタベタしてるわけ? ありえなくない?」

「ゆ、優美子……。ちょっと、落ち着いて! ね?」

「そうだな、俺もその方が良いと思うな。ほら、怒った顔より笑ってる方が優美子には似合うと思うしさ」

「え? そ、そう……?」

「さ、さっすが隼人くんっしょ! いやー、俺もそう思ってた的な? マジ優美子の笑顔ハンパないっしょー!!」

「戸部うっさい」

「……うっす」

 

 葉山いるところに、あーしさん在り。

 今回、葉山を合コンに呼んだことが由比ヶ浜経由で三浦にバレたため、葉山一筋三年の彼女も急遽参戦することとなった。どうでもいいけど、葉山一筋三年って聞くとめっちゃ歴史が浅く感じるな。実際はそんなことないんだろうけど、なんというか、こう……ミーハー感がハンパないです。

 登場したそばから半ギレ状態のあーしさんを由比ヶ浜と葉山が懸命に宥めていた。ていうか、葉山の宥め方が完全にあれだ。三流ラノベの主人公のそれだ。あと戸部は黙れ。いま葉山とあーしさんが良い感じだっただろ。

 

「こ、これが葉山くんのお友達?」

「あはは……。ミンナ、キレイナ子バッカリダネ……」

「ありえないから、これ」

「……ムリ」

「マジ勘弁しろよ……」

 

 そんな女性陣の嘆きとは対照的に、息を吹き返したのは男性陣。

 総武高校時代でも他の生徒たちとは頭一つ飛び抜けた容姿の彼女たちだ。そんな彼女たちと合コンとなれば俄然ヤル気になるというもの。たとえ葉山と言う格上が存在していても、『俺にもワンチャンあんじゃね?』と、思ってしまうのが男の悲しい性というものだ。

 

「いや、実はまだもう一人いてね……」

「……そう、ね」

 

 女性陣のぼやきに反応したのか、葉山が気まずそうに言葉を濁す。

 そして、それに釣られるように、それまで由比ヶ浜とお喋りに興じていた雪ノ下も微妙な顔をして口籠る。

 

 葉山と雪ノ下にそんな顔をさせられる人物など、一人しかいない。

 やるなら徹底的に、圧倒的な戦力差で、二度とこんなくだらないことを企もうなんて思わないよう完膚なきまでに敵を殲滅する。

 そのトドメとなる最後のカード。

 

 ドロー! フィールド上にいる葉山と雪ノ下と俺を生贄に、暴君たる魔王を召喚!

 

「ひゃっはろー、比企谷くん! あと、雪乃ちゃんと隼人たちも」

 

 ──雪ノ下陽乃。

 彼女の登場で、場が完全に静まり返る。

 先ほど雪ノ下が現れた時の比ではない。見惚れるとか、嫉妬とか、そんなちっぽけな感情なんて一切合財吹き飛ばし、ただただその場にいる全員を圧倒する。

 ……なにそのオーラ。覇王色の覇気が使えるとか聞いてないんですけど。ねえ、ちょっと。なんでこんな茶番に本気出してんですか、アンタ。おい、止めろ。俺の腕に組みつくな。あ、服越しでも柔らかい二つの塊が……「比企谷くん?」「ヒッキー?」「先輩?」ふぇぇ、小町ぃ…お兄ちゃん、尋常じゃないプレッシャーで圧し潰されちゃうよぉ……。

 

「それじゃ、役者が揃ったところで合コン、はじめよっか?」

 

 冷や汗なのか脂汗なのかよく分からない液体を汗腺からダラダラ垂れ流す俺を気にも留めず、ニコリとも、ニヤリとも言える笑顔で、陽乃さんがこのカオス過ぎる合コンの開始を告げたのだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 合コンが始まってから早三十分。

 それはもう、我ら総武高校勢の独壇場だった。

 元から予約されていた十人掛けのテーブルにはそのまま材木座の大学メンバーが座り、新しく用意されたテーブルの方を俺たち総武高校組が占拠している。

 

「……だからね、ヒッキー。あたし、ちょっと怒ってるんだからね?」

「……ッス」

「別々の大学へ進学したのだから、会う頻度が減るのは理解できるのだけれど、ゼロというのはどういうことなのかしら?」

「いや、そのバイトが……」

「してないよね、バイト。だってヒッキーだし。それに、小町ちゃんもヒッキーの口座にここ数ヶ月給与振込なんて無かったって言ってたし」

「ねえ、待って? なんで俺の銀行口座の入金状況が把握されちゃってるの? おかしくない? このままだと、スイス辺りに隠し口座とか作らないといけない感じになっちゃうんですけど……」

「残念だけれど、あなたが思っているような秘密口座のようなサービスはスイスに行っても存在しないわよ? そもそもスイス銀行からして通称だもの」

「え? マジで?」

「元ネタになりそうなものはあるけれど、ほとんどはフィクションが独り歩きしたようなものよ」

「なん…だと……」

 

 えー、じゃああの某スナイパーの人とかが御用達の口座もないのか……。ちょっと、ショックだわ。やっぱり、現実って夢も希望もないんだなって思いました(小並感)。

 とりあえず、通帳とキャッシュカードが無いのにどうやって小町が俺の口座状況を管理しているのかを問い詰めないとな……。なんか色々と俺の個人情報が危うい。セキュリティがガバガバだわ、これ。

 

「あれ? でも、僕はちょくちょく八幡と遊びに行ったりしてるよ?」

「当たり前だろ、戸塚! 俺は戸塚とならエブリデイがフリーダムでワンダフルだからな!!」

「この男は……」

「相変わらず、さいちゃん好き過ぎだし」

「ちょっと何言ってるか分からないですねー、先輩」

「ふむん? それなら我も週二ぐらいのペースで八幡と戯れておるぞ?」

「おまえの場合は押し掛けてくるの間違いだろ」

「んあれ? でも、俺と隼人くんも二ヶ月に一回ぐらいで遊びに行ったりしてるっしょ?」

 

 そんな戸部のカミングアウトと同時、俺の正面に座る三人が放つプレッシャーが一段上がったように思えるのは気のせいだろうか。

 ちなみに席順はと言えば、横並びに端から俺、材木座、戸塚、戸部、葉山となっている。なぜ戸塚と材木座の席順が逆ではないのか。小一時間ほど問い詰めてやりたい。材木座マジ空気読め。

 そして、俺たちに相対する形で、雪ノ下(妹)、由比ヶ浜、一色、雪ノ下(姉)、三浦という並び順となっている。

 

「さいちゃんと中二はまだ分かるけど、ヒッキーと隼人くんたちってそこまで仲良かったっけ?」

「別に仲良くなんてない。こいつらが勝手に絡んでくるだけだ」

「その割には、二ヶ月に一回は遊ぶのでしょう? 私たちは放っておいて」

「その言い方は色々な方面で誤解が生じるから止めろ」

「……ははっ、安心していいよ。ヒキタニくんは相変わらずだから」

「そうそう! ヒキタニくんってば俺らが誘っても基本反応してくれないし。だから講義終わりの時間を見計らってヒキタニくんの大学で待ち伏せしてんの。んで、拉致る」

「……こいつら、マジで洒落にならないからな。戸部が運転免許取ったからって、わざわざレンタカーで黒塗りのバンを借りてきて、白昼堂々俺を誘拐してくんだぞ」

 

 俺は若干遠い目をしながら当時のことを振返り、雪ノ下たちに話す。

 

「その日の講義が終わって大学を出たと思ったら、正門そばに止まってた車が突然こっちに突っ込んできて急停車したんだよ」

「あー、なんかテレビのドラマとかでそういうシーンありますよね」

 

 俺は一色の相槌に頷きつつ、適当に注文されたピザを手に取りつつ続きを語る。

 

「んで、車の後部ドアが勢い良く開けられたと思ったら、目出し帽を被ってどこぞの特殊部隊みたいな恰好した二人組が降りてきてな、抵抗する間もなく羽交い絞めにされて車に押し込められた」

「大学前だったのでしょう? それでよく通報されなかったわね」

「あー、そのときは隼人くんが目出し帽とって、『これ、映画サークルの撮影なんです。ご協力ありがとうございました』って言ったら拍手と歓声が起きて一件落着だった」

「……比企谷くん。あなた、大学選びを間違ったんじゃないかしら?」

「俺も切にそう思う」

 

 あの時はマジで殺されるかと思って超ビビったんだからな。

 いくら映画の撮影だって言ったって、周りにカメラを持っている奴もいないのに、どうして信じるんだよ。

 あれか、葉山だったからか? イケメンだからか? イケメン無罪とか法治国家としてもはや破綻してるだろ。

 

「で、その後はどうなったんですか、先輩?」

「ああ、目隠しと猿轡をされて、手足縛られたまま暫く運ばれてな。どっかの空き倉庫みたいなところへ連れ込まれた後に、目隠しを外されたんだよ」

「うわぁ……、それまたありがちな……」

「ヒッキー、大丈夫だったの?」

「だいじょばない」

 

 当時のことを思い出したらイラッとしたので、手元にあったピザをむしゃむしゃやけ食いする。

 

「やっと視界が開けたと思ったら、強制的に椅子に縛り付けられて、目出し帽被った奴らが銃口を突き付けてくんだぞ。ガチのときってあれだ。悲鳴すら上げる余裕もないぞ」

「あのときのヒキタニくん。マジビビりだったもんな」

「ちなみに、そのとき使ってたのはただのモデルガンだよ」

「何やってるし、隼人たち……」

 

 あーしさんが呆れたように嘆息しているが、戸部と葉山は気にする様子もなく、やけに楽し気だった。

 まあ、お前らはそうだろうよ。やられるこっちは堪ったもんじゃないけどな。

 

「んで、俺の正面にはライダースーツにフルフェイスのヘルメット被ったいかにもな女が仁王立ちしてんだよ」

「……女?」

「それって……」

「あー、わたし、なんかこの先の展開が読めたんですけど……」

 

 雪ノ下たちが『女』というワードに反応し、三人揃ってスーっと視線を横に向ける。

 その視線を受け止める様に、陽乃さんがニヤッと笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「どーもー! 悪の黒幕ことお姉ちゃんでーす!!」

「つまりはそういうことだ」

「その後は四人でメシを食べに行って解散だったかな」

「そーそー! で、二回目のときはあれだっけ? ヒキタニくんがヤクザの跡取り設定で、俺らが舎弟のチンピラ役でお出迎え的なやつ」

「ちなみに、わたしは着物着て極妻役をやったよ!」

「……おまえらの所為で、俺は大学の知らない奴らから『あのときの映画っていつ完成すんの? 俺ら観に行くから!』って声掛けられんだからな。ありもしない映画の完成予定を聞かれるこっちの身にもなれってんだ」

「え? なら、ホントに映画作っとく? お姉ちゃん、張り切っちゃうよ?」

「映画か……最近はハリウッドでもスマートフォンで撮影とかするらしいからね。やろうと思えば俺たちでもできるかな?」

「うっそ、マジかー! そーすると、あれっしょ? 俺たちもハリウッドデビュー的な? 赤いカーペットの上とか歩いちゃう感じじゃね!?」

「マジで止めろくださいお願いします」

 

 おい馬鹿ヤメロ、葉山! 陽乃さんがガチで目を爛々と輝かせてるだろ! あの人、本気でノリ気だぞ!?

 あ、ほら、スマホを取り出してレンタル機材の検索とか始めだしてるし、誰かぁぁぁ! あの人止めてぇぇぇ!!!

 

「ふむん、そう言うことなら我も脚本家として助力しようではないか! 設定集は任せろー!!」

「あ、なら僕も参加しよっかな! なんか楽しそうだし……」

「え、戸塚も参加するの? ……よし、材木座。主演は戸塚な。相手役は俺がやるから。他の役者はいらん」

「……八幡。お主、少々業が深すぎではないか?」

 

 俄かに騒がしくなる俺たち五人と陽乃さん。

 いまここに、『戸塚が主演で助演が俺で』製作委員会が発足したのだった。

  【主演】戸塚彩加

  【助演】比企谷八幡

  【脚本】材木座義輝

  【雑用】戸部翔

  【監督】葉山隼人

  【スポンサー】雪ノ下陽乃

 見ろ、この夢のラインナップ。これはもうあれだ。全米が泣いちゃうやつだな。CMとかで『絶対! もう一回! みる~!!!』とかヤラセ臭い感想を垂れ流す感じの映画だ。……なにそれ駄作確定じゃん。

 

「……随分楽しそうね、比企谷くん」

「むー、ヒッキーが楽しそうなのは嬉しいけど、ちょっと複雑……」

「なんかムカつきます」

 

 あの、一色さん? 君だけちょっと感想おかしくない? なんでその台詞と一緒にシャドーボクシングとか始めちゃってるの? おいこらこっち見てジャブ打つの止めろ。

 そんで、どうしてそこで陽乃さんは一色に『腰の捻りが足りない』『もっと脇を閉めて』とかアドバイスしてるんですかねぇ……。ほらー! なんか見る見るうちにパンチが鋭くなってるじゃないですかー! ヤダー!!

 そんな風にワイワイガヤガヤと盛り上がる総武高校勢を見ながら、ポツリと材木座が呟いた。

 

「……なあ、八幡」

「どうした、材木座?」

「これ、合コンというか…もはや単なる同窓会なのではないか?」

「……だな」

 

 そう相槌を打ちつつ、俺はチラリと隣のテーブルへ目を向けた。

 隣のテーブルは、最早お通夜状態だった。

 

「……なに、これ」

「うち等、なんかバカみたいじゃん」

「……なら、隣に混ざってくる?」

「……ムリ」

「あの同窓会みたいな空気に混ざるとか、できる訳ないじゃん」

 

 ちなみに、彼女たちが座っているのは俺たちの真後ろの席なので、小声の会話でも耳を傾ければ辛うじて拾える。

 

「んだよ、これ。話がちげぇよ……」

「おまえ、雪ノ下さんだっけ? あの子に声掛けて『……誰? 気安く話しかけないでもらえるかしら』とか言われて、バッサリ斬られてたもんな」

「そういうテメェは、あの胸が大きい娘に話しかけて、露骨に避けられてたじゃねぇか」

「……なあ、俺、この際『オトコの娘』でもアリなんじゃないかって思えてきたんだけど」

「待て! 気持ちは分かるけど、落ち着け!! 二度と帰ってこれなくなるぞ!!」

「俺、陽乃さんに踏まれたい」

 

 その体面に座っている野郎共もわりと重症だった。

 なぜなら、合コン開始とともに全員が撃沈したから。雪ノ下に声をかけた奴は秒で袖にされ、由比ヶ浜に絡みにいった奴はドン引きされながら視線を逸らされる。

 一色に至っては、『なんですかわたし狙いですか鏡見直して一昨日きやがれってんですよ。あ、でも何かの役に立つかもしれないので連絡先だけ置いてとっとと失せてください。ごめんなさい』とお得意の長台詞でお断りする始末。あーしさんはそもそも葉山以外興味ないので声を掛けられてもガン無視だし、陽乃さんはもうなんか言葉にできない。俺の語彙力じゃ無理。ただただ可哀相と言うか哀れと言うか……。明らかにオーバーキルだった。若干一名、新しい扉開けちゃったし。

 なんか、もう全員が荒みきって真っ白になっちゃてるんだもん。正直、同情する。……だが、戸塚を狙っている奴。テメェはダメだ。

 

「……おまえらの所為だからな。俺らは協力してくれって言われたから来ただけなのに」

「は、はぁ!? あんた等だってバカみたいに笑いながらノリノリだったじゃん!」

「そうだよ。それに、あの子たちに相手にされないのだってそっちの問題でしょ? わたしたちの所為にしないでよね」

「ハッ、お前らもあのイケメンにまったく相手にされてないけどな。あんだけ慌てて掌返したクセに、ダッセェ……」

「煩いわね! あんた達なんか呼ぶんじゃなかった!! マジありえないから!!」

「……ウザ」

「それはこっちの台詞だっつーの。はあ、マジあっちが羨ましいわ。全員、化粧なんかしなくても、お前らより断然美人だし。ウチの大学レベル低過ぎじゃね?」

「あー、それね。俺もそー思うわ。ぶっちゃけ、微妙な女ばっかだよな」

「は? こいつ等なら兎も角、ユカリ的にそれ聞き捨てならないんだけど」

「うわ、出た本性! こいつ絶対メンヘラ入ってるって」

 

 ……なんていうか、千葉村のときのルミルミ達を思い出すな。

 あのときと同じで、こんなことをしても材木座を取り巻く環境は何一つ変わりはしないんだろう。けど、そんなのは百も承知だ。

 ただ、材木座が選んだから。だから、俺は俺にできる最善手でもってそれに応える。それだけだ。

 

「……あのデブ、何者なんだよ」

「だよな、あのイケメン野郎は仕方ないにしても、他のメンツだったら俺らの方が上だろ」

「……ちょっと、これ以上アイツに絡むの止めてよね。望みゼロのアンタたちと違って、あたし等まだ葉山君のこと諦めた訳じゃないんだから」

「そーそー。現状、あの葉山くんとの窓口があのデブだけってこと理解してんの?」

「いや、お前らこそ現実見ろよ。どうやったら、お前らレベルの女があの美人集団に割って入れんだよ」

「バァーカ! 葉山君はアンタたちみたいに、女を外見だけで判断するようなクズとは違うんです~! 葉山君ってホント紳士だから」

「知ってる? 葉山君の両親って医者と弁護士らしいよ! 葉山君も将来は弁護士だって!! それに比べて……あーヤダヤダ、なんでウチの大学こんなレベルの男子しかいないんだろ」

「……お前らが俺たちに言ってること、全部ブーメランだからな」

 

 うーんこの地雷臭……。どうにもならねえな、こいつら。

 ま、当座はしのげたんだから、いいだろ。葉山を餌にしておけば暫くは大人しくしてるだろうし。

 あとは材木座が上手いこと逃走できることを祈っておこう。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 その後も合コンという名の同窓会は盛り上がったものの、陽乃さん以外は全員未成年ということもあり、遅くなる前に本日はお開きと相成った。

 男女不平等な割り勘で会計を済まし、全員で店を後にする。最後の解散の辺りで葉山や雪ノ下たちの連絡先を巡って一悶着ありはしたものの、あーしさんや陽乃さんにあしらわれ、材木座の大学メンバーはスゴスゴ退散していった。

 

「それじゃあ、比企谷くん」

「ヒッキー、おやすみ」

「おう」

「……偶には、あなたからも連絡くらいよこしなさい」

「そーだよ、ヒッキー! あたし達だって、色々心配なんだからね!!」

「お、おう」

 

 ムスっとした様子の雪ノ下と由比ヶ浜。

 その点については、こちらの不徳の致すところなので誠に申し訳なく思っていると申しますか何と言うか…………男の子にだって色々あるんだよ、察しろ。

 

「……先輩。いつまでもそんなんだと、お二人に愛想を尽かされちゃいますよ?」

「うるせぇよ。……そのときは、そのときだ」

「ふーん……。なら、そのときはわたしが胸を貸してあげましょうか? バブみます?」

「小町がいるので間に合ってます」

「うわぁ…実の妹にバブみを感じるとか……ないわぁ」

「おいマジトーンやめろ」

 

 ほら、おまえの所為で雪ノ下と由比ヶ浜が蔑むような眼差しを向けてきてるじゃん。

 どうすんだよ、この風評被害。最近、小町からも『お兄ちゃん、千葉の兄妹ENDはフィクションなんだからね? そこんとこ、ちゃんと理解してる?』とかガチトーンで言われるんだぞ。実家で俺の肩身が狭すぎて、もはや身内からも不審者扱いされる始末。

 

「それじゃ、雪乃ちゃんたちはわたしがお持ち帰りするから、比企谷くんは安心してね?」

「……それはそれで安心できない気がするんですが、とりあえずよろしくお願いします」

 

 陽乃さんがタクシーを呼んで、雪ノ下と由比ヶ浜、ついでに一色も乗せていく。

 今日はこのまま雪ノ下家まで連れて行って、お泊り会らしい。

 

「隼人ー! あーしもタクシーで帰りたい」

「駅まで近いんだから歩いていこうよ、優美子。……という訳で、俺たちもそろそろ行くよ」

「優美子は、俺と隼人くんでちゃんと送っていくから! またな、ヒキタニくん!!」

「ああ、その…今日は助かった。……ありがとな」

 

「「「 …… 」」」

 

 何でそこで三人揃って無言になるんですかねぇ……。なんなの? そんなに俺が礼を言うのがおかしいの?

 

「……デレたし」

「……デレたな」

「……デレたっしょ」

「うるせぇ帰れ」

 

 う、うぜぇ……。なんだこいつ等。おい、そのニヤニヤ顔ヤメロ。喧嘩売ってんのか。特に戸部と葉山。

 だが一応、今回は手伝ってもらった手前、怒るに怒れない。仕方がないので、心の中で悪態を吐くだけに留めておくことにした。

 か、勘違いしないでよね? 別にデレてなんていないんだからね!!

 ……なんか自分でやってて虚しくなってきた。

 

「じゃ、八幡。僕ももう帰るね?」

「と、戸塚!? も、もう帰っちゃうのか? よよよよければ、このまま俺と夜の街へ繰り出してサタデーナイトフィーバーでワンナイトカーニバルしないか?」

「あははは、ゴメンね? 僕、明日は大学でテニスの試合があるから、もう帰って明日に備えないと」

「そ、そうか……。悪かったな、そんな忙しいときに無理言って」

「ううん。八幡と一緒に遊べて楽しかったから、むしろモチベーションが上がったよ。僕、明日の試合頑張るね!」

「おう! な、何なら俺も応援に行くぞ!!」

「うーん……。八幡の気持ちは嬉しいけど、明日の試合は公式戦じゃなくて、部活内のランキング戦みたいなものだから。部外者は入れないと思うな……」

「そ、そうか。残念だ……」

「うん、だから気持ちだけ貰っておくね?」

「……ああ! 任せろ!! 明日は一日神社仏閣巡りして必勝祈願するぜ!!!」

「ありがとう! 八幡に応援してもらえるなら、なんだか明日の試合も勝てそうな気がしてきたよ」

 

 そして、非常に名残惜しくはあるが、戸塚とはここで別れることになった。

 よし、まずはお百度参りからだな。それから水垢離……は願掛けとは違うんだっけか? まあ、別にいいか。

 あとは……丑の刻参りでもして対戦相手を呪うか。よーし、八幡徹夜で祈祷しちゃうぞー!

 

「お主、相変わらず戸塚氏のことになると目の色が変わるな」

「ふっ、なにを今更……。俺は戸塚のためなら人間を辞めることも辞さないぞ」

「なにそれ気持ち悪い」

「気持ち悪い言うな」

 

 気がつけば、この場に残ったのは俺と材木座の二人になっていた。

 

「……なあ、八幡」

「あ? なんだよ?」

「…………いや」

 

 少しだけ、何かを言い淀んだ様子の材木座だったが、僅かに首を振るとフハハハと笑いだす。

 

「ところで八幡。我、少々食べ足りないのだが」

「そりゃ、宴会用のコース料理なんだから、そんなもんだろ。あれは腹を満たすというか、酒のつまみが目的だろうし」

「うむ。なので、ちょっくらラーメンでも食いに行かぬか? 今回は世話になったので我が奢るぞ」

「……トッピングは?」

「無論」

「よし、ならちょっと恵比寿まで行こうぜ。一杯三千五百円のラーメンって食ってみたかったんだ」

「あ、あの……八幡? それだと、我の財布が空っぽになるんですけど……」

「俺の懐は痛まないから気にするな」

「気にするポイントが違う!?」

「……急げ、材木座! 今調べたら閉店二十三時だった。このままじゃ間に合わねえ!!」

「こ、こやつ……人の金だと思ってマジで食いに行く気かっ!?」

 

 材木座の抗議を聞き流し、颯爽と駅へ走り出す俺。

 それを追いかけるように走り出して、一分足らずでゼーハー息切れしてストップする材木座。

 

「材木座、おまえっ! 牛歩戦術で閉店待ちする気だなっ!?」

「ヌワッハハハッゴホッブホァ! な、なんとでも言うがいい、八幡! 金を払う者こそが強者なのだ!!」

「は、話が違えぞ! 騙したな!?」

「いや、三千円越えとかマジ無理。そこの日●屋で勘弁してください」

「価格帯が十分の一近くまで下がってんじゃねえか」

 

 そんな俺の追求から逃れるように店舗へと駆け込んで行く材木座を追いかけながら、ふと、ここ数日の日々を振り返る。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 面倒で、騒々しくて、慌ただしいけれど、賑やかだった毎日。

 ただそれは、きっと俺の自己満足に過ぎない毎日なのだろう。

 

 俺がやったことなんて、問題の解決になんかなっていないし、なんなら解消すらしていない。

 ひどく幼稚で、拙くて、子供染みた暴力となんら変わらない。そんなお節介のようなナニかを材木座に押し付けただけ。

 

 多分、それが事実で現実だ。

 

 けれど、あのとき材木座が選んだ答え。俺と材木座の関係性、その在り方を考えるなら──

 

 

「おーい、相棒! 早く来ないと、八幡の分はライスのみで注文してしまうぞー!」

「おまえ、ふざけんなよ。絶対に三千円分注文してやるから覚悟しろ」

 

 

 友達でもなければ、家族でもない、まかり間違っても恋人なんかでは決してない。

 ただの知り合いで、腐れ縁な、ちょっと痛い中二病な俺の相棒。

 

 これは、そんな俺と材木座のある日の物語。

 

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