ある日の……   作:スポポポーイ

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ある日の正門狂想曲

 正門についてどう思うかと質問されて、『危険地帯』と答える人間がどれほどいるだろうか。

 大抵の人が質問の意図に困惑し、聞き返すことだろう。お前何言ってんの、と……。

 

 だが、俺にとっては言葉の通り危険地帯なのだ。

 昼でも夜でも関係ない。人の目の有無など気にも留めず、奴らは今日も俺の都合など構わずやってくる。

 そいつらは、さも当然のように、それが自然であるかの如く、まるで既定路線であるように俺の前へと立ち塞がるのだ。

 

 例えばそう、今まさに俺の眼前へと現れたように──

 

「いい加減、素直に応じる気にはなったかしら?」

「……」

「……そう。残念ね」

「貴様ッ!」

「なんだその態度はッ!!」

「控えなさい」

「しかしッ!?」

「控えなさいと言ったの。二度も言わせないで」

「……失礼しました」

「うちの者が失礼したわ。ゴメンなさいね?」

 

「とりあえず、帰れ」

 

 

 これは、大学生になった俺が騒動に巻き込まれたある日の物語。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 最初の襲撃は、大学へ入学して二ヶ月程経ったある日のことだった。

 なんとなく、嫌な予感はしていたのだ。四月に入ってから、幾度となく送られてきた脅迫メール。だが、脅迫なんていう卑劣極まるやり方に屈する俺ではない、毅然とした態度で無視を決め込み、その全てを削除してやった。おそらく、犯人たちは業を煮やしたのだろう。脅迫手段がメールから電話へと変わるのに、そう時間はかからなかった。

 それでも、俺は屈しなかった。初志貫徹、奴らからの悪質な電話攻撃を悉く回避してみせた。もはや神業と言ってもいいだろう。その流れるような着信拒否設定の指さばきは我ながら惚れ惚れする。

 そして、ある日を境に奴らからの脅迫行為がピタリと止んだ。

 もしかして、ようやく相手も諦めたのか? いや、本当にそうだろうか? あれだけ俺に執着していた奴らが、そんな簡単に諦めるものだろうか? 疑心暗鬼に苛まれる俺。そんな俺を嘲笑うかのように、何事もなく穏やかに過ぎてゆく日常。

 平和な時間が、俺の精神を摩耗させる。

 

 

 ──それは、一瞬の出来事だった。

 

 

 その日予定していた講義が全て終わり、一人講堂から抜け出した俺。

 群れるようにそこ彼処で集団を作る学生たちを避け、その間を縫うように進み、正門へと差し掛かった、その時だった。

 

 正門から少し離れた位置に停車していた一台の車。それが突然急発進し、こちらへと突っ込んでくる。

 黒塗りのバンだった。急加速の勢いそのままに、猛然とこちらへ迫ってくる車体。

 

「っ……」

 

 逃げなければ、そう思った時には既に車はスキール音を辺り一帯に響かせて、その車体を俺の眼前へ急停車させていた。

 横付けされたバンの後部ドアが勢いよくスライドされると同時、大きな声が上がる。

 

「確保ッ!」

 

 車から飛び出してきたのは黒い目出し帽を被った二人組。全身を黒一色のタクティカルジャケットとズボンに身を包み、唯一露出しているはずの目元はゴーグルに覆われ、その顔を判別することすら叶わない。

 

「な、なにが……っ」

 

 不意の事態に、俺は抵抗することも、逃げることも出来なかった。

 俺が正面に陣取った一人へ気を取られている内に、残りの一人が背後から俺を羽交い絞めにする。同時、正面にいた一人が俺の膝を抱え、そのまま開け放たれていた後部ドアから車内へと押し込められる。

 

 ──拉致された。

 俺がその事実を認識したときには、既に車の後部ドアは閉められていた。

 一瞬だけチラリと車の窓から見えた光景。それは、俺を襲った犯人の一人が、何事かを周囲の人へ説明しているような場面。犯人の手が自らを覆うゴーグルと目出し帽に手を掛けて、素顔を晒すその直前、俺は視界を塞がれ、暗闇の世界へと落とされたのだった。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

「ふっ…ぐぅ……」

 

 どれくらい、時間が経ったのだろうか。体感なら一時間程だろうか、それとも、実際には三十分も経っていないのだろうか。

 手足を縛られ、目隠しと猿轡をされた俺を乗せた車は、しばらくの間、ひたすら走り続けていた。

 

「大人しくしていろ、馬鹿な真似をしようなんて考えるな」

 

 俺が僅かに身動ぐと、頭上から声がかかる。その声を聞きながら、俺は少しだけ冷静さを取り戻していた。

 まず考えたのは、救助について。犯行現場が正門前という人の多さであったことから、すぐに誰かが通報してくれるだろうと推測。なら、主要な幹線道路はすぐに警察の検問やパトロールの対象となるだろう。そう信じて、唯一塞がれなかった耳に全神経を集中させる。

 車外から聞こえる車の走行音。少しでも現在地や目的地のヒントを得るため、俺は必死になって耳を澄ませた。

 

「──ッ」

 

 パトカーのサイレン音が聴こえる度、一喜一憂する。

 遠くで聴こえたサイレン音が徐々に近づいて、また遠ざかっていく現実。

 そんな絶望を二度三度と繰り返して、ようやく車が止まった。

 

「着いた。降りるぞ」

「うぐ…っ……」

 

 車に押し込まれた時と同じように、二人に抱えられたまま移送させられる。

 そして、どこに運ばれるのかと戦々恐々としているうちに、椅子へと座らせられ、そのままロープのようなもので縛り付けられた。

 

「……いいわ」

 

 聞こえたのは、拉致されてから初めて聞いた女性と思われる声。

 女性と確信できない理由は、ボイスチェンジャーのようなもので声質が変えられているため。

 ただ、口調の癖がどこか女性的だと、そう思えた。

 

「っ……」

 

 目元を覆っていた布地が取り払われ、唐突に明るくなった視界に思わず目を顰める。

 次いで、猿轡も外された。自由になった目と口。未だままならない視界が正常に戻るのをジッと待つ。

 

「もう、いいかしら?」

「……ああ」

 

 一分程、そうしていたのだろうか。俺が正面に立つ人物へと目の焦点を当てたことで、俺を攫った黒幕だと思われる彼女が声を掛けてきた。

 その声に相槌を返しつつ、横目で周囲を確認する。俺の両脇には、こちらに銃口を向けたまま直立する二人の男。おそらくだが、この二人はあくまで実行犯なのだろう。指示を出したのは、俺の目の前にいるこの女……。

 

 そう、やはり女だった。

 声だけでは確信が持てなかったが、視界に収めてみれば一目瞭然。実行犯の二人組とは違い、黒のライダースーツにフルフェイスのヘルメットで正体を隠している。

 だが、そのシルエットは明らかに女性のモノ。あれだ、ル○ンに出てくる峰不○子とか、アベ○ジャーズのブラ○クウィドウなんかを想像すればいい。たぶん、美人だ。そんな気がする。知らんけど。

 

「どうして自分がここに連れて来られたか、理解できてる?」

「……ひ、ひひひと違いじゃないでしゅか?」

 

 それはもう盛大に噛みました。

 いや、無理だよ。この状況で漫画やラノベみたいに格好良く『……ふっ、知らんな』とか『当ててやろうか? ○○だろ?』なんて会話できる訳ないだろ。こっちは日常生活すらまともに会話できない生粋のぼっちだぞ。俺のコミュ力の低さを舐めるな! これが限界だよ!!

 

「……」

「……」

 

 おい、無言やめろ。目なんて見えないけど、なんかスゲェ憐れんでるような視線を感じるぞ。

 ぼっちは視線に敏感なんだからな。もっと壊れモノを扱うみたいに、丁重に扱わないとすぐに自分の殻に引き籠っちゃうんだぞ。

 

「……残念だけど、人違いではないのよ。比企谷八幡くん?」

「あ、ならやっぱり人違いですね。僕の苗字はヒキタニですから」

 

 よし、今こそ小中高と数多くの教師やクラスメイト達を惑わせた俺のヒキタニデコイの出番。

 何人も、この幻術からは逃れられ──

 

「……彼が所持していた財布に入っている学生証。フリガナは『ヒキガヤ』だ」

「ふーん……。そうだって、ヒ・キ・ガ・ヤ・くん?」

「お、おうふ」

 

 か、肝心なときに役に立たねぇーーー!

 心なしか相手から伝わる剣呑さが増した気がするんですけど、気のせいですよね……?

 

「次はないわ」

「……はい」

 

 気のせいじゃなかった。

 もうダメぽ……。

 

「それじゃ、早速本題に入りましょうか」

「ぐっ……」

 

 彼女がこちらに一歩踏み出し、なんら戸惑うことなく、俺の首へ片手を伸ばす。

 俺の首へそっと添えられた掌。レザーグローブ越しに伝わるひんやりとした感触。そして、徐々に力が加わり、締め上げられていく俺の首。

 

「単刀直入に言うわ。今回、貴方はどちらに付くつもり?」

「ど、どちらに付くって…なにが……っ」

「……惚けないで。日本政府か、それとも、わたしたち組織に付くのか。そう聞いてるの」

「だから、意味がわから──」

「分かるわ。分かるはずよ、貴方なら。いえ、貴方だからこそ、分かっているはず」

 

 こいつが何を言っているのか、さっぱりだった。日本政府? 組織?

 本当に人違いじゃないのか? いったい何の話をして……。

 

「貴方が『転生体』ということは、調べがついているのよ」

「──ッ」

 

 『転生体』

 その言葉が飛び出したことで、思わず息の呑む。

 同時、強烈なフラッシュバックが俺の脳裏を駆け巡る。

 

「……少し、昔話をしましょうか? 遠い遠い昔……遥か彼方、この世界の成り立ちのお話」

「……っ」

 

 瞬間、背筋がゾッとする。猛烈な悪寒が俺の背中で這いずるように蠢いた。

 ありえない。何故、こいつが知っている? そんなことは、ありえない……。ありえないありえないありえナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイ──

 

「もともとこの世界には七人の神がいた。創造神である三柱の神として『賢帝ガラン』『戦女神メシカ』『心守ハーティア』が、破壊神たる三柱の神として『愚王オルト』『失せ御堂ローグ』『疑心暗鬼ライライ』が、そして最後の一柱、永久欠神『名も無き神』」

「……め」

「創造神と破壊神、二つの陣営に別れた神々は何度となく争い、この世は常に繁栄と衰退を繰り返していた。今はちょうど、その七回目のやり直した世界」

「ヤメ……ろ…」

「神々は時代時代で転生を繰り返し、わたしたち人間の中に潜んでいる。だから、日本政府は今度こそ世界の滅亡を防ぐため、血眼になって神々の転生体を探し出そうとした」

「嘘だっ…そん…なはず……」

「既に、創造神たる三柱は日本政府が、破壊神たる三柱はわたしたち組織が確保したの」

「違うウソだそんなことあるはずないデタラメだだってそれじゃ……」

 

 困惑、焦燥、疑心、憂鬱、それらの感情が綯交ぜになって思考がまとまらない。

 

「だからそう、あとは最後の一柱。永久欠神『名も無き神』の転生体を確保した方が勝つ」

「……ヤメロ」

「貴方を探し出すのは苦労したわ。まさか、記憶ごと神格を封印していたなんて、ね」

「俺は…ちがう……。そんなの知らない。俺じゃない……っ!」

「言ったでしょう? 調べはついてるって……。比企谷八幡、貴方こそが永久欠神『名もなき神』の転生体なのよ」

「嘘だッッ!!」

「嘘ではないわ。その証拠に、貴方はこの世界の成り立ちを知っていた」

「そ…れは……俺のただの妄想で…」

「いいえ、それは貴方の魂魄に刻まれた記憶の欠片。どんなに封印を施そうと、決して忘れることなんてできないのよ」

 

 徐に彼女が空いてる方の手で胸元からナニかを取出し、俺の眼前へと突き付ける。

 

「……おそらく、何らかの要因で一時的に封印が弛んだのでしょうね。貴方は、まるでナニかに憑りつかれたかのように、その記憶の欠片をこのノートへと書き写した」

「なっ、ソレはっ…!?」

「正直、助かったわ。このノートが処分されずに残っていたのは僥倖だった。おかげで、貴方が転生体であると確信できたんですもの」

「……うやって」

「あら、なにかしら?」

「どうやって…? ソレは、他の黒歴史コレクションと一緒に、俺だけが知る秘密の隠し場所に封印したはず……」

 

 知らず、声が震えていた。言い知れぬ不安が、俺の心臓を激しく掻き毟る。

 その先を知りたいはずなのに、本能が知りたくないと警鐘を鳴らしている。

 

「……大変だったのよ。このノートを手に入れるために、いらない犠牲も強いられてしまったし」

「犠牲……?」

「そう、犠牲。まさか、貴方以外にノートを守っている存在がいるだなんて思わなかったんだもの。仕方ないわよね?」

「守る? いや、そんなのいるはず……まさか!?」

「比企谷小町さん……だったかしら。『それだけはヤメてあげてください! お兄ちゃんの大事な記憶なんです!』って、泣いて縋るのよ? 困ってしまったわ」

 

 ガンッと、頭をハンマーで殴られたような感覚に襲われる。

 あのノートは、俺の部屋に隠していたものだ。なら、こいつらは俺の家に侵入したということになる。

 もしそのタイミングで小町が家にいたんだとしたら……。

 

「こ、小町……」

「うん?」

「小町を…どうした?」

「安心してちょうだい。貴方のように拉致なんてしていないわ。別に、貴方の妹さんは組織のターゲットではないもの」

 

 その言葉に、最悪の結果を予想していた俺は、思わずほっと安堵の息を吐く。

 

「だから、残念だけれどその場で始末したわ。まだ、わたし達のことを世間に知られるわけにはいかないの」

「………………は?」

 

 脳が、言葉を、理解するのを、拒んでいる。

 

「ああ、そうだ。妹さんから貴方への伝言を預かっていたんだった」

 

 その言葉が合図であったかのように、俺の横にいた実行犯の一人が、女へスマートフォンを手渡す。

 スマートフォンを受け取った女は、画面にするすると指を這わせると、徐に画面を俺の方へ向けた。

 そこに映し出されていたのは、これまで俺が一度も見たことがない、恐怖に顔を引き攣らせ、泣きじゃくる妹の姿。

 

 

 『だ、だずげて……、助け、おにぃ…っ! たすっ…け……て、お兄ちゃんっっっ!!』

 

 

 あっ…あ、あああ? ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

「どう、安心した?」

「……こ、殺してやる! お前だけはッ! 絶対に殺してやるッッッ!!」

 

 目の前の女に掴みかかろうとして、椅子に縛られた俺は何もできず、ただ無様にバランスを崩して床に転がった。

 

「さて、茶番もここまでにして、そろそろ貴方の封印を解かせてもらうわね」

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるころしてやるころしてやるころしてやるころシてやるコろシてやるコロシてヤるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル」

「……大丈夫よ。封印を解けば、いまの『比企谷八幡』としての記憶も、人格も、何もかも消えて無くなる。貴方はただ、また永久欠神『名も無き神』として、人ならざるモノへと戻るだけ」

 

 何処から取り出したのか、紅く、朱い、真っ赤な怪しい光沢を放つ果実を手に持った女が、倒れ伏した俺の頭上に覆いかぶさる。

 

「さあ、口を開けなさい」

「ッ──!」

 

 拳大ほどもあるその果実を俺の口へとあてがう女。

 俺は、せめてもの抵抗とばかりに口を真一文字に結び、絶対に開いてやるものかと両目を瞑る。

 

「……手間を取らせないで」

 

 苛立った様子の女が俺の鼻を摘まむ。結果、一分程で耐えきれなくなった俺は、息継ぎのために口を開けてしまう。

 

「…………ぷはっ! んむぐっ!?」

「よく噛みなさい」

 

 僅かに開けた隙を逃さず、口内へと捻じ込まれた果実。

 鼻孔を塞がれ、口を果実で塞がれてしまった俺は、止む無く果実を咀嚼した。

 

「んぐっ……!?」

「あら、好き嫌いはダメよ? ほら、キチンと飲み込んで……」

 

 急速に口内へと広がる青臭さと酸味。弾力がある表皮をプツリと噛み抜く度、およそ人が食べるモノとは思えないドロリとした食感が舌の上を這いずりまわる。

 ……俺は知っている。この果実の正体を。何度記憶の彼方へ追いやろうと、忘れることなどできるはずがない。

 そう、この果実は──

 

「……んべっ!」

「うわっ、ちょっとここで吐き出さないでよ、比企谷くん!?」

「いや、トマトはマジ無理っす」

「……大丈夫か、比企谷?」

「おまえ、これが大丈夫そうに見えるか?」

「その、正直スマン」

「あー、ヒキタニくん。はい、これ水ね」

「おう、その前にこの縄解けよ。何もできん」

 

 こうして、俺のギブアップ宣言とともに、この盛大な茶番は閉幕となった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 場所を移して、どこぞの居酒屋で俺たち四人はとりあえず乾杯した。

 ちなみに、陽乃さん以外の野郎どもはソフトドリンクである。だって未成年だもの。

 

「それで、どこら辺から気が付いてたの?」

「あー、最初に違和感を覚えたのは、拉致られた直後ですね」

 

 俺の隣に座った彼女。

 女黒幕こと雪ノ下陽乃が悪戯めいた微笑みを浮かべて聞いてくる。

 

「え、そんなすぐ?」

「ええ。といっても、ん? って気になった程度で、すぐにそれどこじゃなくて忘れちゃいましたけど」

「へー、ちなみにどんなの?」

「そっちの実行犯A・Bのどっちか、俺を車に押し込んだ直後に周囲の野次馬に顔を晒そうとしただろ?」

 

 そう言って、俺は体面に座る実行犯役の二人へ視線を投げる。

 俺の正面に座るのが葉山隼人。そして、その隣に座っているのが戸部翔。二人は顔を見合わせると、お互いに肩を竦めて苦笑する。

 

「それ、隼人くんじゃん」

「……見られていたのか」

「ああ。でも、顔が見える前に目隠しされちまったから、正体までは分からなかったけどな」

「ん? なら、どうしておかしいと?」

「……拉致実行犯がわざわざ目撃者に顔晒すわけないだろ」

「ああ、そりゃそうか。でも、そうしとかないと通報され兼ねないからな」

「むしろ、どうして顔晒したぐらいで通報されなかったのか不思議だ。なんなの? 一人くらい疑って通報してもよくない? 最近の若者の通報離れが深刻過ぎるんですけど」

 

 俺はゲンナリした気持ちを誤魔化すように、目の前に置かれた唐揚げを箸で摘まみ、勢いよく口へ放り込んでゆく。

 

「ふーん……。なら、これが茶番だって確信したのは?」

「小町ですね」

「小町ちゃんって言うと、あの映像?」

「そうです」

「えー、でもお姉さん的に、あの泣き演技は良くできてたと思うんだけどなー」

「いや、もし本当に命の危険を感じるほど恐怖してたんなら、小町はあんな風に泣いたりしませんよ」

「そうなの?」

「そうです」

「うーんこのシスコンめ」

 

 まあ、実際は恐怖に慄いた表情とは裏腹に、目がランランと輝いていたからなのだが……。

 とは言っても、それも十数年と一緒に育った兄妹だからこそ感じ取れる違いだ。それと小町が本気で泣くときは、俺並みに目が腐るしな。……遺伝って恐ろしい。

 

「と言うか、どうやってあの黒歴史ノートを回収したんですか?」

「ああ、それ? 小町ちゃんに『何か比企谷くんの弱みになりそうなのない?』って聞いたら、あのノートが出てきたの」

「こ、小町ェ……」

「でも流石に渡してくれなくてね。ヨヨヨって泣き真似しながら『それだけはヤメてあげてください! (こんなのでも)お兄ちゃんの大事な(青春の)記憶なんです!』って……」

 

 ねえ、小町ちゃん。そう思うなら何で陽乃さんにそのノート見せちゃうの?

 そこは秘匿してあげよう? お兄ちゃん、うっかり自殺しちゃうよ?

 

「じゃ、犠牲っていうのは……?」

「そのノート借りるために、わざわざ銀座からお菓子取り寄せたんだからね。銀座ハ○スブルク・ファイルヒェンのテーベッカライ。五千円以上したんだから」

「いや、こんな茶番にあんな車まで用意する金持ちがそこ気にします?」

「それは必要経費だからね。知ってる比企谷くん? 経費削減するコツは、コストを圧縮するんじゃなくて、切り捨てるの」

 

 ……この人あれだ。コストカッターだ。なんかもう、将来の雪ノ下建設の社員たちに同情する。万が一、経営が傾こうものなら、なんの躊躇もなくリストラを断行するぞ、この人。

 俺は密かに、仮に将来就職することになっても、雪ノ下建設だけは止めておこうと心に誓うのだった。

 

「んー……。なあ、ヒキタニくん。途中で嘘だって気がついたんなら、何でそのとき言わなかったん?」

「……確かに。最後の方は鬼気迫るものがあったしな。あれには俺も驚いたよ」

「そーそー、わたしのこと絶対殺すとか言ってたもんね。……シクシク、あのときはお姉ちゃんショックだったよ」

「いやいやいや、雪ノ下さんがその程度でショック受ける訳ないでしょ」

 

 あんた、そんなタマじゃねえだろ。なんなら俺が本気で殺意を向けても鼻息一つで弾き返されるレベル。

 

「……あのな、こっちは帰り際をいきなり拉致られて、思い出したくもない過去の黒歴史を詳らかにされてんだぞ。そりゃ演技でも恨み言の一つや二つに三つ四つ八百万も言いたくなるわ」

「こらこら、途中で恨み言の数が神様レベルで肥大化しちゃってるぞ?」

「それだけ俺にとっては耐えがたいものだったと言うことです」

「まあ、確かにあれは黒歴史だな」

「……お、俺はカッコイイって思うぜ? ……なんだっけ、永久欠席?」

「それだとただの不登校児じゃねーか」

 

 きっとあれだ。学校に登校したら机と椅子を投げ捨てられて、『おめ゛え゛ーーのせき゛ね゛ぇーーか゛らー!』とか言われちゃったに違いない。

 良い子の諸君! あれは現実でやられると秒で心が折れるからな。自殺騒動を起されたくなかったら絶対にマネしちゃイケないぞ! 現実では手を差し伸べてくれる主人公なんていないんだからな!!

 

「それにな、もし俺があのタイミングで嘘だって指摘してみろ。絶対この人ヘソを曲げて余計に事態が悪化するぞ」

「あー……」

「ちょっと、どうして隼人はそこで同意するのよ」

「そこは、ほら。日頃の行いと言うか……」

「……はーやーと?」

 

 誰もが見惚れる妖艶な微笑みとは裏腹に、一切目が笑っていない陽乃さんと、漫画みたいに額から汗をダラダラ垂れ流して目を逸らす葉山。いいぞ、もっとやれ! 俺に被害が及ばなければ大歓迎だ。潰し合えー!

 

「ま、まーまー! それより、ヒキタニくん次なに頼む? ホッケ? ホッケいっとく? ここはいくっきゃないっしょ!?」

「なにその執拗なホッケ推し。おまえの家、ホッケ漁師かなんかなの?」

 

 戸部が卓上に置かれたコールボタンを連打しつつ、手を上げて『店員さーん! ホッケ! ホッケ一丁!!』と喚き立てる。

 おい、コールボタン押したんだから大人しく店員が来るの待ってろよ。お店の人に迷惑だろ。俺がやれやれと嘆息しながら、さてこちらの修羅場はどうなったかなと視線を戻せば、ちょうど陽乃さんが何事かをボソリと呟くところだった。

 

「……隼人が五歳のとき」

「ほら陽乃さんコップが空じゃないか次は何を頼むんだいビールに焼酎梅酒ロックにハイボールでいいかないいよねついでにホッケも頼もうか、店員さーん! ホッケあるだけ持ってきて!!」

 

 え、なに? いまホッケって流行ってんの? 空前のホッケブーム?

 とりあえず、葉山が五歳のときになにか人に知られたくない事件が起きたらしい。よし、今度機会があったら雪ノ下にでも聞いてみよう。

 

「え、えーと……。うぇーーい! ホッケにカンパーイ!!」

「カンパーーーイ!!!」

 

 テーブルに置かれた大量のホッケを前に、ノリと勢いだけで空気を変えようとする戸部と葉山。当然のことながら、二人ともシラフだ。酔ってもいないのに大量のホッケを一心不乱に貪る光景は正気の沙汰とは思えない。

 どうでもいいけど、このホッケどうすんの? テーブルの九割がホッケで埋め尽くされてんだけど。あ、更に追加分がきた。

 ……もうあれだ、持ち帰り用のタッパーとか用意してもらおうぜ。こんなのムリゲーすぎる。

 

 その日、俺たちは閉店間際まで無心でホッケを食べ続けた。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 衝撃の『比企谷八幡狂言誘拐ホッケ食い倒れ事件』から早二ヶ月の月日が経過していた。

 あの事件により、リア充たちとつるむと碌なことにならないと改めて実感した俺は、今日も今日とてぼっちライフの日々を満喫している。

 相変わらず、奴らからは電話やメール、LINEなどを使った多種多様な攻撃が後を絶たないが、その全てを受け流し、やり過ごし、『ゼロにする』の掛け声とともにそっとスマホの電源をオフにしてその場を凌ぐ。

 そんなある日のことだった。

 

「若、お勤めご苦労様です」

「っさまっーす!!」

 

 大学での講義終わり、正門を出たところで突然頭を下げられる。

 それは、いかにも堅気ではありませんと主張するかのような姿をした二人の男。

 

「……なにしてんだよ」

「もちろん、若をお迎えに上がりました」

 

 慇懃な態度でそう答えるのは、黒の開襟シャツに白い上下スーツとエナメル靴、金の喜平ネックレスという出で立ちの葉山隼人だった。

 流石イケメン。そんな一昔前のVなシネマに出てくるようなテンプレ衣装でも、こいつが着ると妙にシックリくる。何も知らないで、どこぞの組の若頭ですと紹介されたら信じちゃうレベル。

 

「おい、翔。若の荷物をお持ちしろ」

「失礼しやすっ!」

 

 一方の戸部はと言えば、ダボッとした上下お揃いの三本ラインなジャージにスニーカー。下っ端感が似合いすぎててハンパない。明日にでも鉄砲玉とかやらされて死んでそう。

 

「お車を用意してますので、こちらへ」

「車って……これかよ」

 

 恭しく葉山が案内する先には、前回の土方系バンとは異なり、黒塗りな高級国産セダンが待ち構えていた。

 そして、戸部がさささっとその高級車の後部座席へ近づくと、敬うようにそっとドアを開ける。

 

「遅かったじゃない。待ち草臥れたわ」

「……極妻かよ」

 

 泰然とした様子で現れたのは、血のような鈍い紅色で染められた反物を身に纏い、いつもとは違い、前髪を後ろに流してアップにまとめた雪ノ下陽乃。

 丁寧に仕立てられたその着物は、素人の俺でも分かるほど高級なものだと感じられる。きっとあれだ、大○紬とかだ。まあ、着物なんて○島紬以外知らんけど。

 もしこれが雪ノ下なら、着物の貫禄に負けてしまっていただろう。別に雪ノ下がダメなんじゃない。それだけ、人を選ぶというだけだ。なんなら陽乃さんでもギリだ。一応、着こなしてはいるが、陽乃さんの若さが前に出過ぎてコスプレ感が漂っている。

 

「……それ、似合いそうで似合ってないっすね」

「あ、やっぱり? これ、お母さんのなんだよね。雰囲気出そうと思ってちょっと拝借してきたの」

 

 それを聞いて、以前会った雪ノ下母の存在を思い出し、そして納得する。確かに、あの母親ならなんの違和感もなく着こなせるだろう。こう見るとあれだな、雪ノ下母が組長の正妻で、陽乃さんは若い妾とか愛人ポジションがしっくりくるな。組長の葬式にキャバ嬢みたいな衣装で現れて、遺産相続とかでモメる展開だ。……あれ? これ途中から火曜日なサスペンスになってね?

 

「いま、お母さんがこれ着た姿を想像してたでしょ?」

「ええ、そうですね」

「……ねえ、お母さんがこれ着て『ヤッチマイナァ!』とか叫んだら様になってると思わない?」

「ブフォッ!?」

 

 陽乃さんが言うことをそのまま脳内で再現してしまい、あまりの違和感の無さに思わず吹き出す俺。

 横を見れば、隣に控えていた葉山も肩を震わせて懸命に笑いを堪えている。そうか、おまえも想像しちまったか。ぶっちゃけ、はまり役だよな。

 あ、ヤバイ。思いついてしまった。

 

「……『ヤッチマッタナァ!』」

「っ……!?」

「ばっ、ばかヤメロ比企谷! なんでクー○ポコ……ぶはっ」

 

 俺の呟きにより、葉山が着物姿で餅をついている雪ノ下母を思い浮かべたのだろう。我慢しようとして堪えきれず、盛大に吹き出した。

 陽乃さんはと言えば、流石にこのネタで実母を笑うのは憚られるのか、必死で笑いを堪えようと両手で顔を覆い、蹲っている。この中で唯一、戸部だけが話についてこれずポカーンとしていたけど。

 

 そんな状況だったので、俺は前回と今回の意趣返しとして陽乃さんへ追い打ちをかけるべく、今も断続的に過呼吸へと陥っている葉山へ目配せをする。……笑い過ぎだよ。どんだけツボにハマってんだ、おまえ。

 

「……暇を持て余して、母親の着物を着て遊び歩いている女がいるんですよ~」

「な、なぁーにぃー? ヤッチマッタナァ!」

「女は黙って……」

「内職!」

「女は黙って……」

「内職!」

「それ貧乏なだけだよぉ~」

 

「──ッ! ちょ、ふざけ……あっははははははっ! や、止めてよ! 想像しちゃったじゃん!! もう最っ高! ひ、ひぃ~、あー。ダメだお腹痛い」

 

 勝敗は決した。その場で腹を抱えて爆笑する陽乃さん。それに釣られて再び笑いの波に呑まれる俺と葉山。

 だからだろうか、俺たち三人は気付くことができなかった。自分たちの背後に、明確な『死』が歩み寄ってきていたことに……。

 

「……ん?」

 

 最初に気が付いたのは、笑いの輪に入れず、若干寂しそうに立ち尽くしていた戸部だった。それに反応して、どうしたと戸部に視線を向ける俺たち三人。

 

「いや、その……後ろ」

「「「 後ろ? 」」」

 

 その時だった。俺たちの背後から、囁くような、しかし周囲の喧騒をものともしない、力強く透き通るような声が響いたのは……。

 

 

「私の着物をネタに、随分と楽しそうね。三人とも」

 

 

 俺たち三人の呼吸が、同時に止まった。

 滝のように流れ出す汗を拭うこともできず、恐る恐る振り返った先。陽乃さんが着ているものとは色違いの、けれどハッキリと高級と見て取れる着物を着こなした極妻が、そこにいた。

 彼女は見惚れるほど美しい微笑を浮かべると、背後に控えていた黒服たちへと指示を飛ばす。

 

「ヤッチマイナァ!」

 

 その日、俺と陽乃さんたち三人は雪ノ下家へと連行され、四時間にも及ぶ説教地獄と、雪ノ下母による夜食を兼ねた物理的に息が詰まるテーブルマナー講座(ガチ指導)をやらされる羽目になったのだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 『比企谷組御曹司お出迎え説教テーブルマナー事件』から暫く経ったある日のことである。

 途中、材木座による合コン騒動なんてものがあったりしたが、俺としては概ね平穏と言って差支えない日常であった。

 それというのも、さすがに過去二回に及ぶ襲撃から学習した俺は、あの三人からの連絡に対して無視するのではなく、キチンと返事を送ることにしたのだ。『スマン、今日はレポートの提出期限が迫ってて無理だ』『悪い、その日はゼミの集まりがあるから……』『あ、バイトなんで難しいですね』といった具合である。

 そして、今日も葉山からきた遊びの誘いに対して『本日は体調不良のため自宅にて静養しております。御用の場合はまたの機会に出直してきてください。ごめんなさい』と丁寧に返した俺は、さて帰りにお手軽イタリアンなファミレスにでも寄っていくかと考えながら正門への道のりをテクテク歩いていた。

 

「……あ?」

 

 異変に気が付いたのは、あと少しで正門に辿り着く距離まで近づいたときだった。

 いつもより高い人口密度、何やら騒がしい学生達、そして何より、正門付近に設置された見慣れぬ簡易ステージ。

 そのステージにデカデカと掲げられた看板。アホっぽいPOP体フォントで描かれた文字を読み、俺は白目を剥いた。

 

 

 【はるのん☆ゲリラライブショ~!】

 

 

 すると、まるで俺が来ることを見計らっていたかのごとく、ステージ上でもくもくとスモークが焚かれ、ステージ脇に置かれた巨大スピーカーから軽快なイントロが流れ出す。

 

「「 はい! はい! はい! はい! 」」

 

 そして、ステージ前に陣取り、ライブを盛り上げるべく大声で合いの手を入れる二人の男。

 いかにもオタクですと主張するかのように、『はるのんLOVE』とプリントされたピンク色のはっぴと鉢巻を身に纏い、両手にはピンクに輝くサイリウムを装備している。

 誰あろう、葉山と戸部である。

 

「「 はい! はい! はい! ふふふー! 」」

 

 そして、彼らのコールに応えるようにジャンプ一番、ステージ下の昇降装置から飛び出すように、ステージの主がマイク片手に現れた。

 フリッフリのミニスカピンクドレスにあざといベレー帽。純白のロンググローブがノースリーブで露出した両腕を肘辺りまで覆っている。

 周囲の観衆へバチコンっとウィンクをかましながら、八十年代アイドルもビックリなTHE・アイドルな装いで登場したのは、皆さんご存知、雪ノ下陽乃こと、アイドル☆はるのんであった。……マジでなにやってるの、陽乃さん。

 

 

『チェックの キャミソールを着て』

 

 

 振付を交えつつ、恥かし気もなく堂々と歌い出す陽乃さん。無駄に上手い。

 ちなみに、彼女の背後では四人ほどの給仕服を着たお姉さんたちがバックダンサーよろしく踊っている。全員が『私、なにやってんだろ……』という心情を物語るように目が死んでいるのが実に印象的でした。

 

 

『今夜』

 

「「 今夜! 」」

 

『ねえ』

 

「「 ねえ! 」」

 

『遊びにゆくわ』

 

「「 ふーふふっ、ふっふ! 」」

 

 

 周囲の学生を置き去りに、一人と二人によるゲリラライブは勝手に盛り上がってゆく。

 それにしてもこの三人、ノリノリである。

 

 そこでふと気が付いた。戸部と葉山の二人が立つ位置関係。人ひとり分くらいが入れるように空けられたスペース。

 その空間には、綺麗に畳まれたピンク色のはっぴと鉢巻、そしてサイリウムが地面に置かれていた。

 

 ……どう考えても罠である。もしくは嫌がらせの類。

 現に、コール中にも関わらず、さっきからチラチラこちらを窺っている葉山と戸部。おいヤメロ。こっちみんな。おまえらの所為で、他の学生たちも俺に注目し始めたじゃねえか。

 

「っ……」

 

 それはまるで、水面に波紋が広がっていくようだった。

 呆然と立ち尽くす俺の存在に気がついた学生が周りの人間へヒソヒソと耳打ちし、徐々に伝播していく。

 俺とステージの間にいた群衆が、まるで俺に道を譲るように左右へと移動し、『モーゼの十戒』でモーゼが海を割るように、俺の前で群衆が二つに割れた。

 

 ──ほら、行けよ。

 ──空気読めって。

 ──どう見てもおまえ待ちだろ、これ。

 

 そして浴びせられる同調圧力。

 正面の三人、更には左右の観衆たちから放たれる無言のプレッシャーが俺を襲う。

 

 だがしかし、こっちだって伊達に小中高とぼっちしていない。

 そういう同調圧力への対処は慣れたものだ。なんなら俺の後からやってきて、この状況にポカンと呆けている冴えない感じの学生A君を捕まえて、『君のことだよ。ほら行って行って』と背中を押して、俺自身はこの場からフェードアウトすることだって可能だ。

 

「チッ──」

 

 けれど、どうにもそんな気にはなれなかった。

 俺の中からふつふつと込み上げてくる怒りの感情。ふざけるなと、怒鳴ってやりたい。いい加減にしろと、声を荒げて叫んでやりたい。

 俺はひとつ舌打ちすると、苦虫を噛み潰したような顔のまま、大きく一歩踏み出した。

 

「葉山の野郎……。ぬるいコールしやがって……」

 

 忌々し気に呟いて、どんどんと歩を進めていく。

 そして、ついに俺用に誂えられたオタグッズの前まで辿り着くと、無言でそのはっぴをばさりと羽織り、鉢巻を頭にキュッと巻く。次にサイリウムを手に取ると、俺はそれを装備せず、ポケットへと仕舞った。

 訝しげに俺の行動をチラ見する戸部と葉山をガン無視し、俺は右手を肩の辺りで掲げて指パッチン。

 

「召喚《サモン》! 材木座ッ!!」

「呼ばれて飛び出て、ヌワハハハ! 我、参上!!」

 

 おまえ、いまどうやって現れたとかいうツッコミは横に置いておき、俺は懐から取り出した二本のキ●ブレを構えながら、傍らに居る材木座へ声を掛けた。

 

「……似非王国民どもに、『本物』の王国民ってやつがどんなものか教えてやる。手を貸せ、材木座」

「かんらかんら。……委細承知した。背中は任されよ!」

 

 材木座はそう言って俺の背後へと移動すると、腰元から刀を抜くようなジェスチャーで同じくキ●ブレを抜き放つ。

 え? なんで俺らがキ●ブレなんて常備してるのかって? ……王国民の嗜みだよ。察しろ。

 

 流れている曲はちょうど間奏部分。

 俺は大きく息を吸い込み、一瞬止め、そして解き放つ。

 

「「 はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! 」」

 

 ステージの上で踊る陽乃さんが、俺の横でサイリウムを振り回す葉山と戸部が、驚愕の表情で瞠目する。そんな三人の反応に俺と材木座は一切怯むことなく大声を張り上げ、全力でキ●ブレを突き上げた。

 馬鹿がっ! サイリウムはな、ただ闇雲に振り回せば良いってもんじゃねえんだよ! おまえらがやっているのは、ただのオタ芸を真似たパフォーマンスだ! こういうのはな、まずは全力で声出すんだよ。応援するのが目的ってこと忘れんな。目的と手段を穿き違えてんじゃねぇ! そしてキ●ブレやサイリウムは他の人の迷惑にならぬよう、ジャンプとコールに合わせて突き上げる。それがマナーだ!!

 

「「 はいっ! はいっ! はいっ! ふふふっ! 」」

 

 俺と材木座によるコールに圧倒され、茫然とする三人。

 だが、時間は待ってはくれない。そろそろ間奏が終わる。それに気が付いた陽乃さんが、取り繕うようにマイクへ口を近づけた。

 

 

『カートに あふれてしまうほど』

 

 

 見せてやるぜ、王国民の本気ってやつを──!

 

 

『今日は』

 

「「 今日はっ! 」」

 

『ねえ』

 

「「 ねっえーっ! 」」

 

『お買い物の日』

 

「「 ふーっふふっ、ふっふーっ! 」」

 

 

 もはやここは、大学の正門ではない。

 彼女がいて、俺たちがいる。ならば、ここは立派なライブ会場だ。例え簡易なステージであろうと、そんなことは関係ない。誰憚ることなく、威風堂々と、声を枯らして拳を突き上げる。

 そんな俺たちに巻き込まれるように、葉山たちも声を張り上げ、コールのボルテージが上がってゆく。やがてその流れはじわじわと拡散し、徐々に観衆からも声援が飛びはじめる。

 

 

『大きなハートが欲しい』

 

「「「「 ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! 」」」」

 

『ホントはちょっと弱虫よ』

 

「「「「 ハイッ! ハイッ! フッフッ! フッフフーッ! 」」」」

 

 

 いま、俺と材木座を中心に、会場はひとつになろうとしていた──

 

 

「「「「 もっとーっ! 」」」」

 

『愛される』

 

「「「「 スィーガール! 」」」」

 

『女の子』

 

「「「「 ねっえーっ! 」」」」

 

『目指したい from my heart』

 

「「「「 フローム マーイハーーッ! 」」」」

 

 

 会場を、ピンクの灯りが、埋め尽くす──

 

 

『Happy! fancy baby doll!』

 

「「「「 オォォォォッ! イェイッ! 」」」」

 

『Love me! fancy baby doll!』

 

「「「「 オォォォォッ! 」」」」

 

 

 満面の笑みを浮かべるはるのんへ、俺たちが伝えたい想い──

 

 

「「「「 世界一可愛いよーっ! 」」」」

 

『ほーんとにぃーー?』

 

「「「「 ウオォォォーーーッ! 」」」」

 

 

 熱狂するオーディエンス。弾けるような笑顔で歌うはるのん。

 すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。

 風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。

 中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃん。

 この会場には沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。

 信じよう。そしてともに戦おう。

 大学の警備員や邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ。

 

 

「「「「 イェイッ! イェイッ! イェイイェイッ! 」」」」

「「「「 イェイッ! イェイッ! イェイイェイッ! 」」」」

 

 

 ギターソロが鳴り響く会場。何処から取り出したのか、眼つきの悪いアホ毛な少年をデフォルメしたようなヌイグルミを観衆へ投げまくる、はるのん。ハイパー餌付けタイム!!

 

 

「「「「 フフッ! フフッ! フフッ! フフッ! フッ!」」」」

「「「「 フフッ! フフッ! フフッ! フフッ! フッ!」」」」

 

 

 そして、ライブは佳境へと差し掛かる。

 途切れぬコールの嵐。一糸乱れぬピンクの輝き。そのどれもが、彼女へ向けたエールのかたち──

 

 

「「「「 もっとーっ! 」」」」

 

『夢見せて』

 

「「「「 もっとーっ! 」」」」

 

『そばに来て』

 

「「「「 とぅーないっ! 」」」」

 

『二人きり Let’s Party!』

 

「「「「 レーッ パァーティーーッ! 」」」」

 

 

 俺たちは、最後の気力を振り絞り、ありったけの想いを込めて、全力全開で咆哮する。

 

 

『Happy! fancy baby doll!』

 

「「「「 オォォォォッ! イェイッ! 」」」」

 

『Love me! fancy baby doll!』

 

「「「「 オォォォォッ! 」」」」

 

 

 この想い、君に届け──

 

 

「「「「 世界一可愛いよーっ! 」」」」

 

『どーもありがとぉーー!』

 

「「「「 フゥーーーッ! 」」」」

 

 今まさに、俺の大学は最高にフェスティバっていると言っても過言ではない。

 乗るしかない。このビッグウェーブに!! 

 

「俺たちのライブは、これからだーーー!」

 

「「「 うおぉぉぉぉっーー! 」」」

 

 その後、調子に乗って追加で二曲目を歌おうとして、いい加減にしろと大学側に怒られたためゲリラライブは中止となった。どうやら、一曲だけという約束で許可されていたらしい。

 ……いや、そもそも許可出すなよ。こいつらうちの学生じゃなくてただの部外者だぞ。俺が自分の大学への不信感を募らせている横で、ライブの余韻冷めやらぬ陽乃さんと葉山たち。そんな彼女たちと目が合い、交わされるアイコンタクト。

 

 その日、俺たちはカラオケ店へ向かい、五人で朝までカラオケはるのん生ライブが開催されることと相成った。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 驚愕の『はるのんゲリラライブ事件』以降も、奴らは事ある毎に正門前に陣取っては騒動を起こしてゆく。

 それはもはや、うちの大学の風物詩となりつつあり、正門前で何が起きても『ああ、またアイツらね。はいはいおっぱいおっぱい』程度の扱い。なんならイベントの開始を肌で感じとる猛者も出始めており、挙句の果てには教授自ら講義を休講にして参加する始末。

 

 例えば、ある日は選挙カーが正門前で陣取り、立候補もしていないのに俺の被選挙権が勝手に行使されていた。

 選挙カーの側面や上部には『ヒキタニはちまん』とデカデカ書かれており、窓部分には加工されて異様に目が輝いている俺の顔写真とともに、『ぼっち党公認候補者 ヒキタニはちまん』という選挙ポスターが幾枚も貼られている。

 

「応援ありがとうございます! ヒキタニはちまん! ヒキタニはちまん! どうか! どうか、よろしくお願いします!」

 

 ウグイス嬢となった陽乃さんが俺の名前を連呼し、声援に応えてゆく。

 その周りでは、『ヒキタニはちまん』と書かれたのぼりを持った葉山と、同じく『ヒキタニはちまんをヨロシク!』と書かれたポケットティッシュを通行人に配る戸部の姿が……。

 思わず回れ右して引き返そうと思ったが、それより先に陽乃さんに俺の存在が気付かれてしまう。

 

「皆様、後ろをご覧ください! 我らがヒキタニはちまんの登場です! どうぞ、熱い拍手でお迎えください!」

 

 割れんばかりの拍手とともに、『ガンバレー!』『投票するぞー!』『つーか、選挙日いつだよー?』という声が乱れ飛ぶ。

 俺は普段の五割増しで目を腐らせながら、その歓声の中を憂鬱気に歩いていく。

 

「……なにしてんすか、陽乃さん」

「なにって、選挙応援?」

「なんの選挙なんですかね、それ……」

「この大学のぼっち総選挙」

「潰れてしまえ、そんな碌でもない選挙」

 

 なにその晒し者感満載な選挙戦。立候補した時点で社会的に死んでるんですけど。

 ……俺もう立候補させられてるじゃん。詰んだ。

 

「あ、大丈夫だぜ? さすがの俺らだって勝手にヒキタニくんの個人情報ばら撒くのは悪いと思ったからさ、ちゃんと偽名と偽造した顔写真にしてあるべ」

 

 俺が絶望に打ちひしがれていると、俺の心情を察したらしい戸部が励ますように言った。

 ああ、だから名前が『比企谷』ではなく『ヒキタニ』なのね。選挙ポスターも目が異常に輝いてるし。なるほど、これなら誰も俺だと気が付かない……あれ?

 

「……なあ、戸部」

「ん、どったのヒキタニくん?」

「ちょっと俺の本名言ってみてくれ」

「うん? 比企谷八幡っしょ?」

「だよな。そうだような」

「いやいや、どったのヒキタニくん。記憶喪失にでもなった的な?」

「違う、そうじゃない。むしろ戸部の認知症を疑ってるんだが……」

「え?」

 

 待て待て待て。なに? 無自覚なの? なにそれ怖い。

 

「おまえ、俺の本名が『ヒキタニ』じゃなくて『比企谷』だって知ってたのか?」

「そりゃ知ってるっしょ。高校時代はクラスメイトだった訳だし。あれ、もしかして俺ってばクラスメイトの名前も憶えてない薄情なヤツだと思われてた系? うわー、ヒキタニくん。それ普通にショックだわー」

「いや、スマン……じゃねえ。ならなんで『ヒキタニ』呼びなんだよ。おかしくね?」

 

 俺がそう指摘すると、戸部はバツが悪そうにしながらガシガシと頭をかいて視線を横に逸らした。

 おいこら、こっちみろ。

 

「あー……、実は気がついたのが二年の終わりくらいでさ。訂正しようか悩んだんだけど、もう俺の中ではヒキタニくんは『ヒキタニ』でインプットされちゃってたから……。まあ、今更かなって」

「戸部ェ……」

「で、でもあれだべ? 最初に『ヒキタニ』で覚えたのって、隼人くんとか海老名さんがそう呼んでたからだべ? 俺、てっきりそーいう渾名なのかなって……」

「……おのれ葉山」

 

 いま明かされる衝撃の事実。

 俺は諸悪の根源たる葉山へと恨みがましい眼差しを向けた。それに対して、嫌味なほどのイケメンスマイルで応える葉山。

 

「すまない……、ヒキタニ(・・・・)くん。悪気はなかったんだ」

「出てる出てる。スマイルからめっちゃ悪気が滲み出てる」

「……計画通り」

「その腹黒スマイル止めろ。ノートに名前書くぞ、コラ」

 

 残念ながら死神のノートが手元にないので、家に帰ったら絶対許さないノートに今日のことを書き記そうと心に固く誓う。

 

「ところで、このポスターを見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく…大きいで……おい、海老名さんが喜ぶようなネタフリは止めろ。いま、一瞬背筋に悪寒が走ったぞ!?」

「ハハッ、姫菜がこの辺りにいるはず──

 

 

  ぐ腐腐腐……

 

 

 ──ッ?!」

 

「なあ、おい葉山」

「……きっと幻聴だ」

「だ、だよな……」

 

「……」

「……」

 

「そ、それで、ポスターの話だけど」

「お、おう。ポスターな。良いよな、ポスター。いま流行ってるもんな、選挙ポスター」

「落ち着け、比企谷。別に流行ってはいない」

 

 冷静さを取り戻すために深呼吸を繰り返す。油断していた。高校卒業後はその手の話題とは縁がなかったから、BL耐性が下がるどころか過剰反応してアナフィラキシーショックを起こすレベルになっていた。ヤバイな、これ。もし同窓会なんかで海老名さんに会ったら発作起すんじゃね? 死因がBLアレルギーによるショック死とか嫌過ぎる……。

 

「……うっし」

 

 何度かスーハーして心を整えた俺は、葉山から渡された選挙ポスターを改めて観察してみる。

 ……なにこの選挙ポスター。よく見たら、ちゃんとマニフェストまで記載されてるんですけど。さすが政治家の娘、芸が細かい。

 

  【ぼっち党 マニフェスト】

   ・ぼっち優遇制度の導入を大学へ提案していきます!

   ・食堂はすべて一人席にして、グループ席の廃止を訴えます!

   ・ぼっち保護を目的として、人気の無いエリアへのリア充の立入禁止を求めます!

   etc.

 

 ……どうしよう。ちょっと、ぼっち党を応援したくなってきちゃった。

 でもこれ、どれも実現を確約してはいないんだよな。例え選挙で当選しても、提案して、訴えて、求めてみたけどやっぱりダメでした。テヘ☆ ってなるのが目に見えてるし。汚いなさすが政治家の娘きたない。

 俺が選挙ポスターを見ながら遠い目をしていると、それまで笑顔で手を振りながら選挙活動に勤しんでいた陽乃さんがマイクを持ってこちらにやってきた。

 

「それじゃー、ヒキタニ候補者。一言お願い!」

「……マジかよ」

「ほれほれ、ビシッと頼むよ。噛まないようにね?」

「ええー……」

 

 俺は渡されたマイクを受け取り、ゲンナリと項垂れる。

 周囲から向けられる期待の眼差し。おまえら、俺みたいな陰キャに何を期待してんだよ。噛むわ、こんなん。もぅマジ無理。リスカしょ……。

 

「……あー、これからは各々頑張って生きてください。解散ッッッ!」

 

 翌日から、なぜか俺は一家離散してダンボール生活をしているという噂が飛び交い、誤解が解けるまでの暫くの間、周囲から異様に優しく接されるのだった。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 また別のある日は、西洋風の甲冑を身につけ、騎士然とした葉山と戸部が俺を出迎えた。

 二人の傍らには馬が待機していることから、ここまで馬でやってきたのだろう。

 ……はい? 馬?

 

「陛下! さぁ、こちらへ」

「女王陛下がお待ちです」

 

 そう言って彼らが指差す先、四頭引き馬車の前で西洋風のドレスに王冠と錫杖を携えた陽乃さんが、満面の笑みで手を振っていた。

 いや、馬車って……。現代日本の公道で馬車の走行って合法なの? え? 軽車両扱い? マジで!?

 俺が馬って間近で見るとデケェな……。あと鼻息がスゲー掛かる。とかどうでもいいことを考えて現実逃避していたら、いつの間に準備したのか、葉山たちとは異なり西洋風の騎士服を着たエキストラの皆さんが抜剣して花道を作っていた。ああ、映画とかで観たことあるな、こういう光景……。茫然とする俺を葉山たちが無理矢理エスコートして連行する。

 

 その日の居酒屋のチョイスはなぜか馬肉がメインのお店だった。悪意がハンパない。でも、陽乃さんオススメの馬刺しは正直美味しかったです。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 その日は、もう見るからに異様だった。

 正門前のメインストリートに設置された競馬で使われるようなスターティングゲート。

 ゲートに括り付けられた看板には『ギネスに挑戦! 三〇秒間パンツ履き選手権!!』と綴られており、俺は気が遠くなった。

 

「それではこれより、ギネス『三〇秒間パンツ履き』にチャレンジしていただきます。参加者はゲート前に並べられたブリーフを三〇秒以内に一六枚より多く履ければギネス認定となります」

 

 ギネス認定員っぽい雰囲気を醸し出しつつ、陽乃さんがルールの説明をする。

 よく見れば、ゲートから正門までの間にはブリーフが一列に等間隔で幾枚も並べられており、ゲートから飛び出した参加者がこれを履いて正門を目指すのだろうと予想できた。

 一つ気がかりなことと言えば、スターティングゲートが三つあるということ。既に一つ目と二つ目には馬面の被り物をしてブリーフ一丁となった男が二人スタンバイしており、残る一つが埋まるのを今か今かと待ち構えている。

 

 ……無理だ。さすがの俺でもこんな公衆の面前で人間辞めたくない。

 おい、手招きすんな。被り物してるから戸部か葉山どっちか知らんけど。やる気まんまんでストレッチとかするの止めろ。

 

「……どうしました?」

「いや、どうもしませんので話しかけないでもらえます?」

「安心してください。まだここ空いてますよ?」

「そんな心配は微塵もしてないです」

 

 どうして俺が出場枠が埋まってしまったかの心配をしていると思ったのか。

 その後もどうにか出走させようとする陽乃さんと、拒否る俺。すったもんだの問答の末、陽乃さんが切り札を切った。

 

「ちなみに、ギネス認定の暁には景品の用意がございます」

「だから、そんなものいらない……」

「本日ご用意したのは……こちら! 【戸塚彩加と行く一日遊園地デート券(※お泊りNG)】でーす!!」

「俺は人間をやめるぞ! 戸塚ーーーーッッッ!!」

 

 結果? ……馬の被り物は、視界が最悪だったということだけここに記しておく。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 その後も、ある日は参勤交代。またとある日はバイオでハザードな世界。またまた別な日はフラッシュモブ。その他にもミュージカルやドミノ倒し、エレクトリカルなパレードと奴らの襲撃は尽きることなく繰り返された。

 

 一度だけ、なぜこんなことをするのか真面目に問い質したことがあった。

 それに対する三人の回答はひどく単純なモノ。

 

『だって、ヒキタニくん。俺らが普通に遊びに誘っても無視するべ?』

『そーそー。だから、比企谷くんが構ってくれないなら、わたしたちから絡んでやろうかと思って』

『まあ、そういうことだ』

 

 三人の言葉に、俺は答えに窮し、何も言えず黙り込んでしまったのを覚えている。

 きっと、放っておいてくれとか、一人にさせてくれとか、いくら言葉で言っても無駄なんだろう。こちらの心情を見透かしたような笑みを浮かべる三人に、俺は力なく笑うのだった。

 

 そして、今日もまた奴らは俺の前にやってくる──

 

 

「えぇい! 静まれ、静まれぇーい! この紋所が目に入らぬか!」

「ここにおわす御方をどなたと心得る! 恐れ多くも雪ノ下家が長子、雪ノ下陽乃嬢にあらせられるぞ!!」

「……ふふん」

「お嬢様の御前である」

「頭が高ーい!」

「控えおろう!」

 

「うるせぇ帰れ」

 

 

 これは、大学生になった俺と暇を持て余したリア充どもとのある日の物語。

 

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