【自由ノ地平線】Oath of Promise   作:暁月 輝路

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やぁ。
大変長らくお待たせ致しました。
前回からひと月経ちましたが、やっとの思いで投稿です。
今回は10000文字に迫る大変長い1話ですので、じっくり読んでもらえると、自分もとても嬉しく思います。



第18話「広い空の下、共に過ごす」前編

 1日目

 

 集落の森からはとっくに遠く離れ、時間もあっという間に流れて行く。

ただ見るものもなくて、山を登り、不安定な山道を行く中で私は静かに馬車に乗って進んでいた。

「………」

 湖まではこの山道を越えて行かないといけない。

 でもこの速度だと、ちょうど日が真上に行く時に辿り着けそうな気がした。

この子達の調子がいいのか、荷物が軽いのか分からないけど今日は凄く早く感じる。

アカツキくんは山を登るまでは喋ってくれていたけど、今は静かになってる。

いつも朝早くから降りてきて、皆に会いに来てるからやる事は沢山。

 けど…今はそんな事は出来なくて、とても退屈だと思う。

だから眠っちゃったのかな。

耳を後ろに傾けてみる。

寝息らしいものは聞こえなくて、ただ道の凸凹で荷物が揺れてるのが聞こえるだけ。

 だから少しだけ振り向いて見た。

「え?」

「ん、どうかしたの?エスメラルダ」

 アカツキくんは背中にナイフの箱を背負って、荷車から降りて荷車を押していた。

「え、えっ?おわっ…!」

 振り向いて居たせいで、少し太い木の枝を車輪が乗り越えてしまった。

「よっと…」

 それをアカツキくんは爪先でその枝を蹴り上げると、一瞬だけ手を離してそれを掴み、眺めていた。

「お、いい枝だね。それで、エスメラルダどうかしたの?」

 その枝を荷車にアカツキくんは入れた。

いつの間にか、荷車の空いていた空間には小さな木の枝が何本も入っていた。

私は前に視点を戻して、聞いた。

「アカツキくん…なんで…降りてるの?それにナイフの箱も背負って……」

「山だと荷物の重みと僕の体重で馬達が疲れて速度も落ちるかなって思ったんだ。だからこの箱を背負って、荷車を後ろから押してたんだ」

「そんな…いつから?」

「山が見えて、登り始めた頃かな?」

 山に入ったのは多分2時間くらい前。

その時からずっとアカツキくんは荷車を軽くして、押していたんだ。

「疲れたでしょ…?いいよ、もう乗っても…」

「ううん、平気だよ。エスメラルダこそ疲れてない?ずっと同じ体勢で疲れるでしょ?」

「大丈夫だよ…私はアカツキくんの方が心配…」

 けれども、私はこれを侮辱に近い発言だと薄々気づいた。

夜明け前にアカツキくんは言った。

『僕は皆と違うから』と、それはアカツキくんにとっては皮肉というよりは自虐に近かったと思う…そう思った。

なら、私の心配は彼を信頼していないという事にも繋がる。

 でも…この考えを何故私は何度も繰り返してるんだろう。

「へへ、いつもは鍛錬とかあるから体も動かさないといけないからね!それに馬達も押される方が進むのは楽なんじゃないかな?」

「はは…アカツキくんも大変だね…」

 ふと私は馬を見ると、しっぽを振って少しだけ速度が上がっていた。

 アカツキくんの気遣いは、動物でさえも嬉しくさせていた。

「もっともっと強くならないといけないからね!」

そうして、アカツキくんはまた荷車を押していた。

 

 

 ちょうど日が真上に来た時に湖に着いた。

 そこは先程通ってきた山より標高が低い場所に位置している湖は今は標高が高い山に囲まれて居る。

この先の高い山を何個か越えると平地に出て、穏やかな道のりを行く事になるから、ここを頑張ればあとは大丈夫。

私は荷車に繋いでいた馬達を離して、そうして私達も水辺に座って休憩を取った。

ここまで来てアカツキくんは汗1つかいていなかった。

そんなアカツキくんはというと、隣で棒と糸を組み合わせて何かを作っている。

「アカツキくん…もしかして…釣り竿作ろうとしてるの?」

「そうだよ!糸はあるし、棒が無かったからちょうどいい棒を道中探してたんだ」

 アカツキくんの手には根元から折れたであろう長い木の枝があり、その先端に糸をグルグル巻いて簡易的な釣り竿を作っていて、そして、釣り糸の先には茶色い生々しい何かが付いていた。

「ひっ…ミミズ…」

 そのミミズは半分に切れていた。

私の反応に何かを察したのか、アカツキくんは私に釣り糸の先が見えないように手元を移動させる。

「ごめん、エスメラルダ。虫は苦手かな」

「いや…えっと……ただびっくりしただけだから…大丈夫だよ…」

「そう?でも一応こっち側で作るよ」

 アカツキくんは背を向けて、私からミミズが隠れるようにして、釣り竿作りを再開していた。

そのアカツキくんの背を眺めてから、私も荷物に入っている小さな携帯食料を食べる。

味は美味しくない。

けれど、栄養もあれば、長持ちもして、手軽に食べられる。

食感はまるで粘土のようにモチャモチャとしていて、不快な食感ではあるけれど、噛む事でお腹が満たされるような感覚は得られた。

小さい時から時々食べるけれど、あまり慣れない食べ物。

「それ、美味しい?」

 釣り竿を作り終わったのか、アカツキくんは私が携帯食料を眺めながら食べてる間に釣りをしていた。

「あんまり…美味しくないかな…。でも夜はもう少しいいもの食べれられるから、今はこれでいいんだ…」

「じゃあ夜は楽しみだね!」

「うん。だから今はこれで我慢しなきゃ…」

 そう言って、私はまた粘土のような携帯食料に目を移して、齧りつこうとした。

「あっ、待って、エスメラルダ!」

「ん?」

 マントを捲り、腰にあるポーチから私の持つ携帯食料と同じくらいの小さな袋をアカツキくんは取り出した。

「これ1口食べてみなよ、気に入ったらそのまま食べていいからさ!」

「え…うん…ありがとう……」

 私は袋を破いて、中身を確認すると長太いクッキーのような見た目をした食べ物が入っていた。

それを1口、齧ってみた。

「あ…美味しい……」

 サクサクしていて、ほんのり甘い味、噛むと砕けて口の中を転げ回る。

私の持つ携帯食料と同じ形、同じ大きさでありながら、とても美味しくてついつい2口目も行きそうになった。

「アカツキくん…これ……」

「美味しかった?良いよ、そのまま食べて!」

「え、でも…アカツキくんのなのに……」

「大丈夫。ちゃんとあと3個あるから!ほら!」

 ポーチからは同じ袋が3つ、アカツキくんの手でこちらを覗くように飛び出していた。

「そう……?ごめんね…いただきます…」

「うんうん!」

 私はアカツキくんから貰ったものを食べながら、少し残った携帯食料も口の中で口合わせながら食べ続けた。

 

 

 そうして、食べ終わって少し休憩した後、また馬車に乗って進み始めた。

気がかりなのは、アカツキくんは何も食べてないという事で、釣りでは何も釣れず、ただミミズが釣り糸からすり抜けて消えていただけだった。

 なのに、アカツキくんはとても元気だった。

「エスメラルダ!次はどういう所で休憩するの?」

「次は……森の中だけど、少し開けた場所があるからそこだね…あと……そこは近くに滝と川もあるし…おじいちゃんが置き残してる鍋と三脚があるから…夜は温かいスープと…頑張れば魚を食べられるよ…」

「おお!良いところだね!そこは夕方にはつけるのかな?」

「ううん……そこは日が沈んで少ししてから着くことが多いから…着く頃には周りは真っ暗だと思う。でもそこだけだから…他のところは夕方過ぎには辿り着けるよ」

「そっか~、でも少しでも明るいうちに辿り着けるといいね!」

「うん。そうだね…」

 緩やかな下り斜面を進んで行く。

この時感じたのは、私一人だとこんなに長い道のりと合間合間の休憩を楽しむ事はできなかったと思った。

 でも、アカツキくんが沢山話し掛けてくれるから、暇にはならないし、ただの休憩や食事もなんだか楽しみに思えてきた。

 

 * * *

 

 道中、ふとアカツキくんが私の左隣にやってきた。

「エスメラルダ、こっち向いてくれる?」

 私は道の先の様子を少し確認してから、アカツキくんの方を向いた。

 向いた矢先にアカツキくんは私の垂れ下がった前髪を左端から右に流すように手ぐしをした後、そのまま右に纏めてヘアピンで前髪を留めた。

「…よし!これでエスメラルダの目がちゃんと見えるね!」

 髪が退かされた私の左眼が露わになって、前髪で遮られていた視界は一転して明るく、目の前にいるアカツキくんの事を意識してしまう。

「エスメラルダ、前髪長いね。纏めても目が隠れちゃうよ」

「ううん…私はこれでいいよ。片目だけでもしっかり見えるのはなんか変な感じだから…」

「そう?今なら他に見る人いないからと思ったけど、隠れてる方に慣れちゃってるんだね。エスメラルダの目は魅力的だから、常に見えてる方が好きなんだけどな!」

 

 

 馬車の席で交わる永く刹那の瞬き。

ゆっくりと流れ行く澄んだ青空と陽光に照らされる木々の翠達。

大自然の中で流れる2色は、彼らの互いの瞳の中にも存在した。

暁月の遥か彼方まで続く青空のように澄んだ瞳。

エスメラルダの美しい宝石が如く、穏やかで凛とした若葉ような瞳。

その持ち主は、片やにっこりと優しく光のように明るい表情を浮かべ、片や顔と耳を日焼けするかのように紅潮させていた。

 

 

 アカツキくんは何事も真っ直ぐで、純粋で、平気と『好き』という言葉を使う。

でも、その心は確かに真っ直ぐで、純粋で、それを本当に偽りなく『好き』だから。

 けれど、何故私はそれに応えれないんだろう。

 

 

 * * *

 

 日はとっくに暮れて、馬車のランタンを灯しながら、着実に進む。

アカツキくんは私の隣で周りに耳をすませていた。

「滝の水しぶきの音が近くするね、もう少しかな?」

「うん…滝があるならもう近いよ…あとはここを下れば良いだけだから…」

 小さな下り坂をゆっくりと下る。

昼なら先が見えて早く行けるけれど、夜は障害物があると大変だからゆっくりと進む。

 そうして、辿り着いた。

「ここだよ…ほら、あそこに三脚と鍋がある…」

「ほんとだ、ここならゆっくり休めそうだね!」

 馬車を近くに止めて、昼と同じように馬達を放すと、流石に山道を動き回るのは疲れたのか、餌になりそうな草に寄って、すぐに座ってしまった。

「お疲れ様…今日は良く頑張ったね…」

 私は2頭の頬を撫で、荷物の中に少しだけ入れていた角砂糖を取り出した。

これには2頭とも大喜びで、興奮を抑えきれずに我先にと私に口を寄せてきた。

「ちゃんと2つあるから…大丈夫だよ」

 それを1つずつあげると、大人しく口の中で砂糖の甘さを感じながらゆっくりと休み始めた。

私達もこれからゆっくりと休まないといけないけれど、その為にやる事も多ければ、時間も掛かるから大変だ。

「エスメラルダ」

 後ろからアカツキくんに声を掛けられる。

手には三脚に吊るしていた鍋を持っていた。

「鍋に雨水溜まってるけど、川で洗う?」

「うん…お願い。洗えたら、そこに水を汲んでくれると嬉しいな…」

「わかった!」

「私はその間に焚き火に使う薪探してくるよ…遠くには行かないから安心して…」

「あ、それなら荷車に積んでるのを使いなよ!乾いた枝を拾ってあるからそれでいける筈だよ!」

「え?……あっ……」

 途中アカツキくんが荷車を押してくれていた時にも荷車に積まれたその木の枝を確かに見ていた。

 アカツキくんは先を見据えて、木の枝を集めていた。

「ありがとう…すぐに火を起こすね…」

「うん、お願い!気をつけてね、エスメラルダ」

「うん…アカツキくんも暗いから気を付けてね…」

 アカツキくんは笑って川のある方へ向かって行く。

 その時、私はハッとした。

「アカツキくん…」

「ん?どうしたの?」

 私は荷物からジャガイモとニンジンを取り出す。

「これも……洗ってきてくれないかな…」

「うん!わかった!じゃがいもと人参でいいんだね?」

「うん…お願いね…」

「あ、エスメラルダ。僕今鍋持ってるから、このフードの中に入れてくれない?」

「え、うん…」

 私はアカツキくんの纏っているマントのフードに2つを入れた。

「よし!じゃあ行ってくるね!」

 アカツキくんはフードから見えているニンジンの葉を揺らしながら、川の方へ向かって行った。

その様子はなんだか面白かった。

私は荷車にある木の枝を確認しに向かうと、そこには昼間見た時より数も増え太い枝も少なからずあって、火を維持する分も十分にあった。

「……ありがとう。アカツキくん」

 アカツキくんが集めてくれた薪を抱えて、三脚の元へ向かう。

三脚の下は黒く焦げていて、周りに石を並べてある。

私は黒焦げている地面の所に小さい枝を組み並べて、

その上に少し大きい薪を乗せた。

「マッチ……あった…」

 荷物の袋の下の方に潰されるように入っていたマッチを使って、火を起こし、下に並べれている小さな枝達に着火させる。

空気穴に空気を送るように、手でパタパタと扇ぐ。

消えそうになったり、燃え移りそうになったりを繰り返して、やっと小さな枝に点火して、ひとりでに燃え始めてくれた。

 後はじっくりと上の大きな薪に燃え移るのを待つだけ。

 

 

 徐々に大きな薪にも焦げ目がついて、燃え移ってきた頃にアカツキくんは帰ってきた。

「ただいま、エスメラルダ!鍋と…食器も洗って水も汲んできたよ」

「あ…おかえり、アカツキくん…。器は鍋の中に入ってたんだ…もう座って休んでていいよ…後は、私がやるよ」

「そう?特に手伝うことはない?」

「そうだね…今はもう水を沸騰させて、滅菌してから、具材を軽く煮込んだりするだけだから、大丈夫だよ…」

 沸騰させれば菌はほとんど無くなるけど、少しだけ不純物は残っちゃうから、完全に綺麗な水ではないけれど、そのまま飲むよりは良い。

本当なら濾過して、綺麗な水にしてアカツキくんにスープを振る舞いたいけれど、道具が足りなかった。

「そっかー…あっ、エスメラルダ。確かここの川って魚捕れるんだよね?」

「うん…小さい魚だけど、ちゃんと居るよ…。ただ暗い中、見つけるのは大変だし…捕まえるのも一苦労だよ」

「ふむふむ…じゃあ、エスメラルダがスープ作ってる間に魚でも捕まえてくるよ!夜なんだから、良いものいっぱい食べないと!」

「え、え…?」

 そう言って、アカツキくんはランタンも持たずに、颯爽と再び川へ走って行ってしまった。

 

 ・ ・ ・

 

 グツグツとお湯が沸騰する鍋と焚き火の明かり。

 その近くでジャガイモの皮をナイフで剥き、1口大に切って鍋に入れ、ニンジンも同様に入れる。その時、鍋の上からニンジンの葉を少しだけ振りかけるように切って彩りも足した。

根茎の辺りは使わなった茎部分と一緒に焚き火の燃料にした。

長く煮つめてから、浮いてきた灰汁を取り除いて少量の塩と少量のお肉を切り取って入れる。

お肉と言っても、既に燻製された硬いお肉で少し煮込まないと柔らかくならない。

けれど、煮込むことで燻製されたお肉の出汁がお湯に染み出して、良い風味を出してくれる。

 そんな時だった。

フッと視界の端に何がやって来た。

それに反射的に驚いた私は、その端に居た物を中央に捉えながら尻もちを着いた。

 そこに居たのはアカツキくんだった。

「うわっ!どうしたの、エスメラルダ!」

 私が反射的に動いたせいで、アカツキくんも何が起きたのか分からない様子だった。

「ご、ごめん…鍋を見つめてたら視界の端に何か音もなく来たから…そのびっくりしちゃった…」

「ん…あぁ!こっちこそごめんね、夜になると無意識に音を殺して歩いちゃうからさ、声かければよかったよ」

 アカツキくんがこっちに手を差し出してくれた。

私はその手をゆっくりと掴み、体を起こした。

「良かった、腰は抜けてないね」

「はは…そうみたい……」

 互いに笑いあったあと、アカツキくんは手に持っていたものを見せてきた。

「ほら、魚。こんなに獲れたよ!」

草を繋ぎ合わせた縄のようなもので魚のエラを通して、宙ずりになっている魚が7匹。

「凄い…暗い中よく取れたね…」

「久しぶりに魚を手掴みで獲ったから、楽しかったよ!」

 おじいちゃんが明るいうちに頑張っても2匹なのに、こんな暗い中7匹も獲れるのは驚きだ…。

「エスメラルダ、スープは出来てるの?」

「ううん。でも、もう少しだよ…」

「なら、今焼くとちょうどいいかも知れないね!」

 アカツキくんは丸太に座って、薪に使う細い枝を7本取って、アカツキくんが持つ望月(クリップポイントナイフ)を使って削り始めた。

私も丸太に座って、スープをかき混ぜながらアカツキくんを見ていた。

魚に刺すための細い枝はどんどん鋭利になって、木の皮を全部削り取り、まるで店に売っているかのように綺麗な串になった。

 それらを一本一本作っては、魚の身をくねらせながら串を通して、大きい葉の上に並べていく。

「エスメラルダ、塩はあるかな?」

「あるよ、はい…」

 塩の入った瓶をアカツキくんに渡して、そのついでに私もスープの味を付けるための調味料を取り出す。

アカツキくんは塩を魚にまぶしてから、焚き火付近の地面に串を突き刺した。

私はキューブ状のコンソメを取り出して、それをスープの中に入れて、ゆっくりかき混ぜながら溶かす。

 それを私達はじっと見つめていた。

 

 

 先に出来たのはスープで、魚はまだしっかりと焼けていない。

私は器にスープを掬い入れ、アカツキくんに渡した。

「はい…アカツキくん、熱いから気を付けてね…」

 すると、アカツキくんはキョトンとした顔で私を見つめていた。

「いいの?食料はエスメラルダの分しかないんでしょ?」

 その言葉に今度は私が困惑した。

「だからって…荷車押してもらったり…お昼だってくれた…先を見据えて薪も集めてもらったのに…それで何も食べさせないっていうのは……それに…アカツキくん、お昼食べてないでしょ…?」

 それではまるで不釣り合いだ。

私はアカツキくんに何もしてあげられなくて、出来るのはこれくらいの事だ。

「…ははは、集落を出る前に『気にさせない』って言ったけれど、心配されて凄く気にされちゃった」

 アカツキくんはいつもの笑顔とは違う弱々しい笑顔で言った。

「元々、この魚を食べるつもりだったんだ。けど…エスメラルダの言葉に甘えていいかな?」

「うん…それにアカツキくんには色々して貰ったから…あとね」

 それはふと自然と出てきた言葉だった。

アカツキくんと一緒に楽しくご飯を食べてみたかったんだ

 私達は会って話す頻度が多い訳でもない。

私は店番をしてるから、集落を回るアカツキくんをあまり見てない。

アカツキくんも色々集落を回ってるし、用がある時にしか話さない。

 けど、アカツキくんは店の前を通る時は絶対にこっちに手を振って笑顔を見せてくれる。

だから、少しでも長く居られる今は凄く私にとっては夢のような時間だった。

 

 

 

──頂きます!

 アカツキくんは合掌してから、器と一緒に洗ってきたスプーンでスープを掬い啜った。

「──うん!美味しいよ、エスメラルダ」

「そう?良かった……」

 アカツキくんは"ふーっふーっ"と冷ましながら、具材も食べて、スープも飲み、食べ進める。

 私も器にスープをよそって、アカツキくんと同じように食べすすめる。

スープの味は良く、塩味と野菜の甘さ、お肉の出汁と風味が今日の長い道のりとお昼の質素な食事を癒すように贅沢な味と食感、そして温もりが心も癒す。

 お昼の質素な食事と言っても、アカツキくんに貰ったあのクッキーみたいな携帯食糧はとても美味しかった。

食後のデザートとして食べてみたい……なんて贅沢な事を考えたけれど、あれはアカツキくんのもので数も無いから欲しいなんて言えない。

 アカツキくんなら言えば分けてくれそうだけれど、なんだかそれは良いように使ってるようで少し嫌だった。

少しスープを味わったところで、私から話しかけることにした。

「アカツキくんは…嫌いな食べ物とかあるの?」

「嫌いな食べ物?うーん…特に無いかな。けど、臭いが強いはちょっと苦手かな。食べるけどね!」

「臭いが強い……?例えば?」

「長く発酵したもの限定だけど、煮物とか納豆、ブルーチーズとかかな?」

ナットウ…?ブルーチーズ…?

「はは…でも、色んなものを食べるんだね。だから背も大きいんだ…」

「『好き嫌いが無いということは、自分を成長させるのと同時にあらゆるものに対応出来る』なんて事をルナ姉には言われたよ!」

「ふふ…確かにその通りかもしれないね…」

 ルナ姉…その人は確か、眼帯をして銀髪のもの凄く美人な人だったはずだ。

話したことは無いけれど、凄く怖そうな人だったのは覚えている。

「──なら好きな食べ物は…?」

「オムライスかな~。……あとは揚げ物とか味噌汁も好きだよ!」

 ミソシルは分からないけれど、オムライスは街で食べたことがある。

ふわふわの卵の下にケチャップで赤く染ったライス、シンプルな見た目だけどそれ故に綺麗な形で、とても美味しかった思い出がある。

……作り方は簡単なのかな…?

「エスメラルダは、何かある?好きなものと嫌いなもの」

 作り方を想像しているとアカツキくんに同じ問いを返された。

「えっと…私は……クリームシチューかな。冬に食べるものはとても好き」

「クリームシチュー…いいね!」

「嫌いなもの……生野菜とか、食感が変な感じなのは嫌いかな…」

「食感が変?それじゃあ、あの携帯食糧もやっぱり苦手なんだ」

「うん…でも保存期間とか栄養の事を考えると、あれは遠出する時にはとても重宝するから…」

「なるほど、じゃあ必然というか。あれを作った人は色々な工夫してたんだろうね」

「うん…聞いた話だと昔は味は美味しいゼラチン質なものだったらしいんだけど、『長持ちしない』とか『食べた気がしない』『栄養のバランスが悪い』って事で改善されたらしいよ…でも…代わりに味と食感は損なわれたけどね」

「それじゃあ、次は栄養も食べ応えも長持ちもして、味と食感も良い携帯食糧が後々に出てくるんだろうね!」

「そうだと…私も嬉しいな…」

 携帯食糧の話で少しだけ盛り上がってから、また私達は食事を進めた。

ゆっくり食事を楽しみながら、他にも色々と話した。

今の生活、街のこと、私の知らない集落の世間話とか些細なことではあるけど、それでもアカツキくんと話すのは楽しかった。

 こんがりと焼けた魚と温かいコンソメスープを手に、集落で人気かつ大忙しなアカツキくんと静かな場所で2人きり、故にその遠路、長い旅路は人生の中で1番暖かく楽しいものになるはずだ。

そう、まだこれが1日目。

明日や街、帰路の数日がまだまだ私を幸せにしてくれるのだろう。

 

 * * *

 

 食事を済ませて、食器も洗い、あとはゆっくり身を休めるだけになった。

夜はより一層暗さを増して、月も随分と移動していて、時間としてはもう少しで日付が変わるだろう。

 私は丸まっていた寝袋と毛布を荷台の空きにひいた。

「ん、エスメラルダはそこで寝るの?」

「そうだけど……あっ」

 私一人ならこの空間で寝れるけれど、私より休むべきアカツキくんが寝床のない所で寝るのもどうかと思った。

「ごめん…アカツキくん。積荷を降ろせば、窮屈だけど横になれるよ…。」

「え?あぁ、その事なら良いよ!ただ寒くないかなって」

「寒いけれど…ここなら夜風も凌げるから少しはマシだよ」

 確かにここまで夜が更けるととても冷えるし、山中だから尚更気温も下がるから毛布や寝袋あっても少しは肌寒い。

「あぁ、なるほど。確かにそこなら風もある程度凌げるね!」

「うん…アカツキくんは何処で寝るの…?」

「僕は焚き火の傍にいるよ!火は長持ちさせるから寒くなったら出て来れば、暖まれるよ」

 焚き火の傍…なら火が消えなければ暖は取れるはずだ。

なんだか、外で寝てもらうのは申し訳ないけど、アカツキくんはそれでいいらしい。けど…

「アカツキくん…毛布貸すよ。マントだけだと寒いでしょ…?」

「…ううん。エスメラルダは暖を取れないから、出来るだけ体温が逃げないように毛布を使うべきだよ。だから僕はいいよ」

 にっこりと優しい顔でアカツキくんは言う。

疑いようもなく、そうするべきであり、必要は無いとその顔を見てどうしてもそう確信してしまう。

けどその確信は同時に私の心を曲げてしまう。

 私はただ…心配だった。

「アカツキくん……おやすみ」

「うん!おやすみ!」

 アカツキくんは手を振って、焚き火の方へ向かった。

 私も寝袋に入り込み、寝袋と私を包むように毛布を羽織る。

 

 

 少しだけ眠れなかった。

今日アカツキくんとずっと一緒に居て楽しかった。

 だからこそ、彼の歪さをしっかりと感じてしまう。

一見優しさで溢れている言動と行動は、アカツキくん自身を含んでいなかった。

けど本人は本人で私達とは違う生き方と過ごし方をしている。

外見が恐ろしいならそれは出来ると考えてしまうけれど、アカツキくんは普通の男の子で見た目も良くて、笑顔だって眩しいし、その優しい性格も…。

 だから心配になった。

私からすると他人のために自分を犠牲にしてるようで…。

その歪さは正しい在り方なのか、それとも間違っているのか…私は分からなかった……。




お疲れ様です。
とてもとても長い文章かつ、暁月の知人であるエスメラルダの心理を描きながら書くのはとても苦労しました。
主人公である暁月の人柄、雰囲気を感じて、そして落ち着いて見た時にその在り方に疑問を持つエスメラルダ。
何気にこの二人を描くのは好きです。

次話ですが、まだどのように書くか決まってません。
故に申し訳ないですが、気長に待ってて貰えると嬉しいです。
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