【自由ノ地平線】Oath of Promise   作:暁月 輝路

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やぁ。
今回と次で一度エスメラルダと暁月の話を区切りをします。
今回もそこそこ長いので、よろしくお願いいたします。


第19話「人の温かみ」

 3日目 夜中

 

 エスメラルダは素早く上体を起こしてぐーっと体を伸ばすと、周囲を見ました。

馬車から漏れた微かな明かりで見えるのは、真横に城壁がそびえ立ってる程度です。

 しかし少し離れたところに門があり、軍服を着た1人の男性と少数の商人が集まって焚き火をしており、明かりが灯っています。

エスメラルダはそこで気付いたのです。

本来平原の道中にて泊まるはずが、もう街への入口である目印の城壁と門に辿り着いてることに。

「エスメラルダ、おはよう。よく眠れた?」

 その声に振り返ると、暁月は馬車の外に作られた簡易的なテントの傍にいました。

「アカツキくん…ここは……」

「僕が道を間違ってなければ、ここはエスメラルダの言う街の筈だけど…なんとか辿り着いたよ!」

「私が眠ってからも、ずっと進み続けたの…?」

「うん。走ってたらエスメラルダ起きちゃうかなと思ったけど、ぐっすり寝ちゃってたみたいだね!」

 暁月は笑って、そう言いました。

実際夕方頃に眠り、もう夜空の月は高く見えます。

「今夜はもう眠れそうにないくらい寝ちゃったかな…」

「夜更かしでもするの?エスメラルダ」

「あはは…そうするしかないかな…」

「それじゃあ付き合うよ!話の続きでもしようか?」

「アカツキくんは寝なくていいの?」

「うん、僕も寝つけないからね」

 暁月はエスメラルダに手を差し出すと、その手に添えるようにエスメラルダも手を重ね、荷車からゆっくりと地面へ降り立ちましした。

 その時、ふと"ぐぅー"っという音が流れ、その音源はエスメラルダのお腹でした。

その音にエスメラルダは顔を赤くしました。

「───………」

「そうだ、まだ夜ご飯食べてなかったもんね。待ってて、エスメラルダ。夕食取ってくるよ!」

「─あ ありがとう…」

 暁月は焚き火をしている集団へ駆けて行きます。

その後ろ姿を立ち尽くしたまま、エスメラルダは眺めていました。

 エスメラルダには集落を出る際に会ったアッシュ以来、凄く久々に他人の顔を見た気がしました。

そう感じるのは、長い道中の澄んだ景色と普段少ししか見られない彼の顔を長く見続けたからでした。

彼女は振り返って、テントの中に潜り込んでいきます。

中心に柱となる1本の木の棒に3方向に地面に刺さった杭にロープが行き来しており、その上に布を被せ、床にはシートの上に分厚い毛布を敷いた簡単なテントでした。

中は立ち上がるには窮屈ですが、寝転んだり座る程度には十分に広い空間です。

その中で灯るランプはとても温かに感じます。

 

 

 少し経ってランプに目を奪われていると、テントの入口である垂れ幕がゆっくりと側面から捲られました。

そこに居たのは暁月で、料理や飲み物の乗った木製のトレーを手に肘を使って垂れ幕をくぐって中へ入ってきました。

「えへへ、おまたせ!」

 暁月は入るなり、手にあるトレーをエスメラルダに差し出しました。

「ありがとう、アカツキくん」

 それをエスメラルダは受け取り、自身の前に置きます。

トレーの上には全て木製の食器が使われ、ナイフさえも木製だったのです。

 そこには温かく豪華な料理が広がっており、プレートにはスライスされた厚切りのパン3枚とふかした芋にバターとチーズ、厚切りのハム、スープ皿に具沢山のクリームシチュー、コップには水が入っていました。

焼き魚と携帯食糧、コンソメスープしか食べてない2人にとっては見ただけで唾液が溢れそうな感覚に襲われるほどです。

 エスメラルダは唾液を呑み込んで、会話を続けます。

「美味しそうだね…まさか、街に入る前にこんなに良いもの食べられるなんて……」

 オマケに中には大好物のクリームシチューもあります。

冷える夜には十分すぎるいい品でした。

「本当、美味しそうだよね。でも…ごめんね、エスメラルダ。勝手に荷物の中のじゃがいもを使っちゃった

 …」

 暁月もエスメラルダの前に座り、トレーを置きます。

ただじゃがいもを使った事で申し訳なさそうな顔をしていました。

「ううん、元々今夜使うつもりだったから大丈夫だよ。それにこんな豪華になって帰ってきたら私の方が心配だよ…」

 エスメラルダは暁月の身に付けているものを軽く見回します。

「何か交換した…?それともお金…?」

「良い人達だったから、『くれたらこれをあげる』って感じだよ。あ、でも交換といえばじゃがいもになるね」

 冗談事のように笑う暁月に、安堵するエスメラルダ。

「なら…良かった。それなら安心して食べられるかな…」

「うん!じゃあ、僕も頂きます」

「──頂きます」

 2人は合掌してから、トレーの上の料理を食べ進め始めます。

「───?」

 エスメラルダは一瞬、暁月に目を向けます。

合掌した時の暁月の手に確証はありませんが、違和感を感じていました。

「ん?どうしたのエスメラルダ?」

「ううん、なんでもないよ…」

 厚切りのパンとふかした芋にバターやチーズを乗せて甘みを楽しみ、厚切りのハムを小さく切って食感と香ばしさを楽しむ。甘くトロみのあるクリームシチューは体を温め、火傷しそうな口と沢山の味を感じた舌を水で整えて、パンにクリームシチューを絡める、クリームシチューにチーズを少し入れて味わいを変える、パンに贅沢に残りのハムと少し砕いた芋も乗せて齧り付く。

色んな味の変化をとことん楽しんでいきました。

 

 

 * * *

 

 

「美味しかった…」

「うん、道中食べ物は味気ないものが多かったから、沢山の味を感じれて面白かったね!」

「それにこの木製のナイフも凄いね…苦もなく切れるし、刃と木目も凄く整っててかっこいい、軽いし頑丈で丁寧に研磨とコーティングしてあるから木材のささくれが入ったり、コーティング剤が溶けだしたりしない…凄いなぁ……」

 そして一瞬の沈黙が流れると、それに先に気付いたのは、エスメラルダ自身でした。

「あっ…ごめんなさい。話題も変えて、勝手に1人で喋っちゃって……」

 エスメラルダは視線をナイフから彼へと移すと、暁月は微笑んだまま彼女の事を見つめていました。

「ううん、エスメラルダが熱心に語るの珍しいから少し真面目に聞き入ってたよ。このナイフ、何までなら苦もなく切れるかな?」

 そうして、暁月はエスメラルダに続けてその話を振ります。

「えっ…。──でも元が木だから力入れると簡単に歪んだり、欠けちゃうかも。だから多分生活で使う程度の斬れ味と耐久性しかないから、本来のナイフより限られそうだね」

「肉の塊には簡単に刃が入るかな?」

「お肉は少し雑に刃を入れても切れるけど、刺したりするのには先端が細いし折れちゃいそう…。だから活かすなら垂直に綺麗に刃を下ろす方が使い方的には合ってるかな?──うん、やっぱり普段の生活に使う刃物かな」

 エスメラルダは木製のナイフをじっと眺めます。

普段は鉱石が使われたナイフを眺めている為、木目の模様が真新しく見えたのです。

「エスメラルダ、このナイフ貰ってこようか?」

「え?で、でもこれ…誰かから借りたんじゃ…」

「交渉でもしてくるよ!もし何か要求されたら、エスメラルダに聞くよ」

 暁月は自身トレーとエスメラルダのトレーを手に取り、テントから出て行きます。

 

 

 

 数分経ってから、暁月が入り口まで戻ってくると、手には刀身が紙で包まれた木製のナイフが2本ありました。

「ほら、エスメラルダ!」

「──私の為にありがとう。…何も要求されなかったの…?」

暁月は顔を縦に振り、エスメラルダの言葉に反応します。

「うん!『使い道も少ない金にもならないものだ』って言って譲ってくれたよ!」

「そっか…良かった。本当に私の為にありがとう。アカツキくん」

「へへ!どういたしまして!とりあえず、これは荷車の荷物の所に置いておくね」

「うん。ありがとう。それと…荷物の袋の中から毛布取ってきてくれないかな…?」

「分かった!」

 暁月はテントから再度出て行くと、すぐに戻ってきて手には毛布がありました。

それを持って、今度こそテントの中に入って来ました。

「これで良かったよね?」

「うん。ありがとう、アカツキくん」

 暁月から毛布を受け取ると、エスメラルダは羽織っていた暁月のマントを脱いで、それを返しました。

「ごめんね…ずっと羽織っちゃった」

「ううん!今は大丈夫かな、寒くない?」

「大丈夫だよ。食べて体も温まったし、それにここも意外と暖かいから…」

「良かった!エスメラルダ、横になって休もうよ」

 暁月はマントを受け取ると、それを折り畳んで枕にしました。

「うん、そうだね」

 エスメラルダも毛布を被って寝転びました。

 

 

 低い天井を眺めてから軽く目を瞑るけれど、やはり眠れない。

「眠れないかな?エスメラルダ」

顔を傾けて、目をアカツキくんに届かせる。

「そうみたい…馬車で熟睡しちゃった……」

「ははっ、じゃあ少しだけ続きの話をしよっか?」

「あ、うん。聞かせて欲しいな…」

 アカツキくんは色んな地域の事を知ってる。

 私はあの集落と街くらいしか知らない。

だから、アカツキくんの教えてくれるもの、話してくれるものは新しいことばかりだ。

 続きというのは、私が眠ってしまったから。

 

 

 花。

『ゲッカビジン』という1年に一晩の数時間にしか咲かない白い花。その間しか咲かなくて本当に整った環境じゃないと咲かない幻の花。

 数も少なく貴重な花で、アカツキくんは昔何処かで見たその花をいつかまた見たいらしい。

私は女の子らしい趣味をあまり持っていない。

自然の植物とか服装、アクセサリーに関してもあまり馴染みがないから、花の形もあまりちゃんと想像出来ないけれど、きっと綺麗な形をしているんだろう。

 

 

 刀。

 これは私が鍛冶屋で働いているから、聞かせてくれたもので、おじいちゃんが造る剣は両刃直剣で重さを利用して力強く振り切るのが主流。その『刀』と言うのは反りの付いた片刃だけの剣で、重さも鋭さも頑丈さもある剣らしい。斬れ味を取るとどうしても耐久性に難があるけれど、その『刀』は折れず、曲がらず、よく切れるというのはある意味、叡智の結晶だと思った。

 けど、扱うのには技術が必要で武器相応の技術を人も会得しないと、どんなに質が良くてもなまくらになるのだそう。

 

 

 氷の大地

『氷』と言うのは知っているが、見られるのはとても貴重だ。

 街では高値で取引されて、見た目はガラスのように透き通った頭くらいの大きさ宝石で微かに白い煙が見えるものだけど、みるみる内に形は変わって、溶けてなくなる。

 今まで何故溶けるのかが分からなかったけど、アカツキくんが水がとても冷たい気温の中で固まったものが『氷』だと教えてくれた。

『氷』の冷気で食材や飲み物を冷やして長期保存したり、冷たくするのが、主な使用用途。

 そして氷の大きさは頭くらいだけじゃなくて、場合によっては大地ほどの大きさで辺り一面真っ白らしい。

 

 

 こんな感じにアカツキくんからは私が知らないものの話を聞かせてくれていた。

植物から動物へ、動物から刃物へ、刃物から技術へ、技術から世界という流れ。

「エスメラルダは海を知ってる?」

「うみ…?」

「水が遥か遠くまで続いてて、凄く深くて広い湖みたいな所でね。そこには多種多様な生き物が暮らしてるんだよ」

「遠くまで…深くて…広い湖……」

 言葉で想像は着くけれど、その想像はどれほど合っているのだろう。

「アカツキくん…『うみ』ってどれくらい広い…?」

「……うーん」

 アカツキくんが目を背けて、少し悩み混んでしまった。

質問がおかしかったのかな?それとも、アカツキくんも計り知れないほどにその『うみ』は広いのかもしれない。

 それを私に伝わりやすくする為に、言葉を探しているのかも。

「あっ、ごめんね…アカツキくん。アカツキくんが悩む所中々見ないから…例えを探してくれてるんだよね…?」

 それ台詞にアカツキくんは目を向けてきた。

「ははは…僕の勉強不足だよ、ごめんね」

「ううん…私の方が知らない事だらけだから、大丈夫だよ」

「でも、エスメラルダはあの景色をきっと気に入るよ。空と海だけが視界いっぱいに広がる景色は凄く気持ちいいし、それに水の色も一色だけじゃないんだ」

「透明な水に色がつくの……?」

「色が付くと言うより、水の中の物質がお日様の光に当たって光を吸収せずに残った物質が青く見えるんだ。水は透明だけど、場所とかお日様の位置と光の色、水の中の物質で変わるよ」

「うん……?」

 少しよく分からなかった。

ブッシツというのもそうだし、光が何かして青くなるっていう事しか分からない。

「ごめんね、僕も言ってて難しかったよ。簡単に言うと、海の水は光の中の青色を取り込めないんだ。だから零れた青色が海を青く見せるんだよ」

「光の中の青色……?」

 知らない事だらけで、アカツキくんに申し訳なく思う。

「うん。僕達は光で色を認識してる。白く見えるはずの太陽の光の中には7色も色があるんだよ。それがものに当たって反射したものが色として見えるんだ」

「……それじゃあ、葉っぱの緑とかも光の中の緑色が反射して見えてるの?」

「そう!すごいよ、エスメラルダ。理解が早いね」

 アカツキくんに褒められると、少し恥ずかしい。

「だから、海の色もその吸収されずに残った光の色になるんだ。だからあとは浅瀬だったり水の透明度が高いと色は綺麗な緑になる時もあるんだ」

「そうなんだ……青色も緑色もきっと綺麗なんだろうなぁ…」

「きっと綺麗だよ。エスメラルダの瞳みたいに」

 その瞬間、私の目は無意識に泳いでから、アカツキくんの目に視線が向かっていった。

凄く嬉しかったし、恥ずかしいとも思ったけど、やっぱり目を見られるのは慣れないし、しっかりと見えているのも慣れない。

だから私は目の逃げ場を作るために、前髪を長くしているけれど……。

「────あ…」

 彼にとっては前髪で眼を隠した所で、その人の瞳をしっかりと捉えようとする。

まるで眼だけで、あらゆる事がわかるように。

なら、これほどまでに綺麗で、蒼く、優しく、真っ直ぐな瞳を持つアカツキくんは穢れもなく誠実な人なのだろう。

──言葉で探るより目を見れば何でも分かるんだ。

 もっと……アカツキくんの目を見れば良かった。

「ねぇ……アカツキくん」

「どうしたの?」

「アカツキくんは…私の目を見て、何を感じてるの?」

 その答えはすぐに『言葉』として返ってきた。

「沢山の事だよ。『目は口ほどに物を言う』って言葉があるんだ。何も言わなくても、目は口で言うことと同じくらいの気持ちを伝える力がある。だから目を見ればその時の感情だって、伝えたい事だって、分かるよ。分からない時もあるけど、その時は言の葉で伝えてもらうんだ…。あっ、えっとね、僕と話してる時のエスメラルダは目がキラキラしてて、楽しそうだよ。それでいて何かを考えてる」

「──はは…凄いや、アカツキくん」

「凄くなんてないよ。僕の日常の一動作だからね」

 集落や街の事を知っていても、『人』自体を知らない、『私』を知らない。

けど、目の前にいる人は私すら知りえない『私』を知ってるんだろう。

「ありがとう、アカツキくん。うみの話から逸らしちゃってごめんね。私は色んなものを見たり知る前に私を見て知らなきゃ…その……相談とかしてもいいかな?」

 アカツキくんは少し驚いた素振りを見せると、真剣な目で私を見てくれた。

「うん。僕で良いなら、相談に乗るよ。僕も分からないことはあるかもしれないけど、答えを探すことは一緒に出来るから」

恥ずかしい話、私がアカツキくんの話を逸らしたり、折ったりして話の流れが凄く変な感じに思った。

学び舎でも先生の話を良く遮って喋ってしまう事が多かった。

話を遮るのは私の悪い癖なのかもしれない。

 それでも話を遮って、その事についても話してくれるアカツキくんは……。

 

 

「ありがとう、アカツキくん」

「大丈夫。今度はエスメラルダの話を聞かせてよ」

「──うん。えっとね……」

 

 

 彼女は沢山のことを打ち明けました。

座学の事、仕事の事、趣味の事、一人暮らしの事、ジェイドの事、両親の事、ちょっとした妄想の事。

それらの事を話してる間にも、エスメラルダは泣いたり、楽しそうだったり、悲しそうだったり色んな表情と声色を見せました。

それらを話したエスメラルダは泣き疲れて仮眠程度の短い睡眠に入りました。

 そんな彼女は彼の腕の中で護られるように眠るのです。

 

 

 

 




お疲れ様でした。
書き溜めは少し出来てるので、気まぐれで投稿します。

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