【自由ノ地平線】Oath of Promise   作:暁月 輝路

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やぁ。
2ヶ月ぶりです。
書き溜めたり色々と彷徨ってたら遅くなってました。
今回もよろしくお願いいたします。


幕間III「平穏を装う為に」

 焚き火を囲む彼らの食事は豪華でした。

プレートにはスライスされた大きめのパン一個とふかした芋とバターとチーズ、厚切りのハム、スープ皿に具沢山のクリームシチュー、コップには温かいミルクが入っています。

 そこへやって来たのは、一人の青年で『食べ物を分けてくれませんか』と言うのです。

青年は先程ジャガイモの調理の来ていました。

ある一人が『調理された芋を分けてくれないか』と言ったことで、他の面子とも物々交換が青年との間に起こりました。

青年はジャガイモと所持していたナイフ1本と交換で、それらを食事を手に入れました。

 ナイフが交換として持ち出されたのは、面子の一人が『何か面白いものを見せてくれ』と青年が見せた演武がキッカケでした。

座ったまま、そのナイフは青年の指や手をまるで蝶の如く動き回り、そのナイフの柄自体もを開いたり閉じたりと蝶のような動きもしていました。

演武が終わり、一人の細く痩せた商人がそれを手に取り眺めて、折り畳むと言いました。

『こいつをくれるなら、ここにあるもの全部私が立て替えよう』

 痩せた商人はそれを傍らに置き、ポットからコップに温かいミルク注ぎ、何かを入れてかき混ぜながら言いました。

青年は少し考えると、答えを出しました。

 厚切りのパンと厚切りのハムだけだったトレイには、クリームシチューやバター、チーズ、温かいミルクが増えていきました。

 

 

 

 2つのトレイを手に持ち、早歩きで馬車に戻ります。

急いでエスメラルダに届ける為でもありますが、1つはミルクに混ぜこまれた何かを探り出すための毒味です。

砂糖等であるのなら、問題はありません。

荷車にトレイを置いて、暁月は自身のトレイのミルクを一口啜ります。

──ほのかに甘いミルクに僅かな苦味があるのを、舌で感じ取りました。

 舌が少しピリつく苦味の正体は毒。

暁月はすぐさまそのミルクを投げ捨て、口の中から吐き出し、口を拭いました。

 とは言え、暁月には毒や薬物への耐性がある為、飲み込んでも限度こそありますが耐えられます。

これが命を奪うまでのものかは分かりませんが、これは口に含んだだけで効能を発揮する即効性の毒でした。

その結果として、暁月の人差し指は妙に強ばっています。

暁月でもしっかりと効果が発揮されたということは、エスメラルダに渡れば全身に匹敵するほどの効能を発揮します。

即座にエスメラルダのコップの中身も捨て、壁沿いの堀でコップを洗い、荷車の荷物の中にある水筒の水を注ぐのでした。

 その後、トレイを持って、テントの中に入り、食事を取ります。

暁月はエスメラルダには何も告げず、強ばった指先が自然になるように意識していましたが、合掌や食器持つと分かったのは、人差し指の意識がズレているという事でした。

 麻酔に似て非なる感覚ではあるものの、その指だけが本人の認識とは違う位置にいるのです。

 そのズレた位置と認識を正しい位置に戻しつつ、暁月はエスメラルダと食事を進めました。

 

 * * *

 

 食事を済ませ、エスメラルダが木製のナイフを気に入ったので、トレイを返却すると共に交渉する為、再度焚き火を囲む集団に近付きます。

その時にはもう暁月の指はほとんど元通りでした。

 そして当然、そんな彼の姿を見た痩せた商人は、目を一瞬見開いて俯きました。

暁月は器とトレイを返却し、感想を述べると、木製のナイフの所有者を尋ねました。

その所有者は、暁月に演武をさせた男でした。

 暁月は『このナイフを譲って貰えませんか』とお願いすると、男は『使い道も少ない金にもならないものだから、あげるよ』と微笑んで言ってくれました。

 暁月は全員にお礼を言い名前を教えてもらうと、素早くテントに帰っていきます。

 その際、ただ一人を顔を背けるまで見続けました。

 

 

 

 

 ほとんど世界の人間は自身の世界を知らない事が多いです。

彼女もその一人でした。

集落と街という世界の中のまた小さな世界で、過ごし生きて来ました。

彼女がこれから何十年と生きたとしても、それ以上の世界を知ることは無いでしょう。

 故に彼が伝える『海』というのは、未知の領域です。

ずっと続く大地しか見たことの無い人間は、水しかない海を見て何を思うのでしょう────。

 

 

小さな世界の中にはまた未知の世界があります。

それは彼がどんなに博識でも計り知れない世界と視点。

一人間の私生活までは知り得ないのですから。

 

 

 座学に関して。

彼女は文字を読んだり書くことが苦手ですが、聴くだけで全部覚えてしまうのです。

彼は──凄い才能だと褒めました。しかし書いたり読んだりすることでまた違う意味の取り方等が出来るとアドバイスもしました。

 

 仕事に関して。

彼女は綺麗好きであらゆる事を丁寧かつ慎重にこなします。けれども仕上げの加減が分からず、仕事は溜まり怒られやすいのです。

それゆえ、基本は店番ですが、こっそりと刀身を磨くのが仕事とも言えます。

彼は──彼女が磨いてくれる刀身は鏡のように綺麗でいつも汚してしまう事を申し訳なく思っていました。その研磨技術と気力がいつか力になると励ましました。

 

 趣味に関して。

彼女には目立った趣味はないものの、鍛冶屋に務めて刃物が無性に好きになったらしく、ついつい店のナイフを手に持って眺めるのだそう。

彼は──暇な時があれば家に寄っていいと言いました。色んな刀剣やナイフ、包丁等様々な刃物が家にはあるからと、彼女を誘いました。

 

 一人暮らしに関して。

彼女は小さな間取りの小屋に住んでおり、そこで寝袋を使って眠り、ご飯は配給や夜勤務の衛兵の焚き火を借りて調理したりします。暖かいお風呂は週に2回で基本は川で顔を洗ったり髪を解く程度。

けれども、他の同世代は親や友人等と住んで暮らしている為、やはり一人は寂しく感じるのです。

 彼は──集落の生活と文化レベルを知っていますし、お風呂に関しては彼もその習慣に合わせていました。

そして彼女の家は知っている為、時々顔を出しに来ては、美味しいものや話を持ってくると約束しました。

 

 ジェイドに関して。

彼女にとってジェイドは祖父ではありますが、血縁というより仕事の師匠の方が面影があるのです。

ジェイドは口下手であまり自身の事を話さないですし、患っている病気はどんどん体を蝕み、体を弱らせますが、それでも仕事を辞めないのです。

彼は──回答に困りました。しかしプライドの高く意地のあるジェイドの事です。治療法が分かっても拒むかもしれません。『尊厳死』という言葉が脳裏をよぎります。故に彼はただ見守ってあげてと言いました。

 

 両親に関して。

彼女は両親を知りません。親の事をジェイドに聞いても答えてくれず、冷たくあしらわれてきました。

まだどこかに居るのなら、会ってみたいと言うのです。

彼は──両親を知らない人間の過程を少なからず知っています。だからこそ、何かあった時彼女を支える為、会うことがあれば付き添うと言いました。

 

 ちょっとした妄想に関して。

彼女も当然、目の前にいる彼の事が好きです。集落の女子達も同じ事を思っています。そして皆がみんな彼に対する想いや劣情は個々として違う時もあります。

子供っぽい彼ではありますが、包容力のある人間であるには変わりありません。

そんな彼女は彼に甘えたい欲望があると言いました。

劣情が無いわけではありませんが、それはもっとちゃんとした過程と関係を築いてからと心を抑えました。

彼は──彼女の頭をそっと胸に引き寄せました…。

甘える事の出来ない彼女の環境の中で、ただただ彼は何も言わずに彼女の想いに応えるのです。

 胸の中で泣きじゃくる彼女を優しく護るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜────。

 とある宿で、一人の少年は冷たく何の感情もないかのように、木製のナイフで躊躇無くその人間を切り殺しました。

 

 

 

 

 

 




お疲れ様でした。
前話はエスメラルダの視点でしたが、エスメラルダが知らない裏の話を描きたかったのが今回の話です。
次の投稿は早くなりそうな気がします。(多分)
次もよろしくお願いいたします。

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