タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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銀幕・4

「お袋さんがいた東部の研究所では、人間を戦闘マシーンに作りかえる技術を色々と研究していたらしい。内蔵された武器まで含めての自己修復を可能にするナノマシンとか、そういった類のものを。だが何かのきっかけで、彼女はそれが嫌になった――そういうことらしい。それが何だったか、までは分からんが」

 

 平均時速六十キロで疾駆する装甲車の中で、グレッグは大まかな事情をアリサに説明してやった。

 

「……それで研究所を辞めて、西部で開業する事にしたのね」

 

「だろうな。だが彼女の研究に目をつけた悪人が、『(ブラック)ハンター』のヴォネガットに依頼をした。サマンサ・リー・スチュアート博士を拉致しろ、と」

 

「信じられない。ママがそんな事に関わってたなんて……」

 

「嘆く事はない。そうした技術は正しく使えば、多くの人間を幸せにすることができるんだ。スチュアート博士は人類の宝といっても大げさじゃない。たとえば――自己修復する素材で義手や義足を作る事を想像してみるといい」

 

 サマンサを悪人の手に渡したり殺させたりしてなるものか。アクセルを踏み込むグレッグの足に力がこもった。

 ヘッドライトに内蔵された強力なハロゲンランプの放つ、二条の光が剣となって夜の闇を切り裂いていく。

 

 四時間ほど走ってさすがにグレッグは疲労を覚えた。この辺りは起伏の多い台地が広がっていて、夜間に高速で走り回るのはあまり楽ではない。

 

「アリサ、車を停める。運転を変わってくれ」

 

「わかった。少し休んで」

 

 ドアを開けて一旦車を降りる。運転席に上がりかけて、突然アリサが怪訝そうに辺りを見まわした。

 

「どうした?」

 

「何か来るわ、早く乗って!」

 

 ドアを閉めて急発進すると、一瞬遅れて軽装甲車のいた場所を砲弾がえぐった。その衝撃で一瞬、タイヤが地面から跳ね上がる。

 

「何だ!?」

 

「あそこよ! 四時方向、少し上!!」

 

 闇にまぎれて大きな岩と見えていたそれが、正体を現した。ライトに照らされて浮かび上がるその巨大な影は――

 

「ガンタワーか!!」

 

 全高十数メートルの丈高な車体に機銃、レーザー砲、ミサイルと多彩な武装を持ち、最上部に高性能の三次元レーダーを装備した、この一帯では最強のAT(自動戦車)だ。

 大破壊からそろそろ百年以上、いいかげん活動を停止してもよさそうだが、こうした自動機械の『生態系』の中には、ATの補修や弾薬の補給等を行う、メカニコプターなどのようなモンスターが存在する。

 一台一台破壊して廻らなければ、なかなかATは減らないのだ。ガンタワーは装甲も厚く、今装備している武器では倒すのにかなり時間が掛かる。

 

 軽装甲車のルーフ上に装備された二十ミリ機関砲に弾薬を装填しながら、グレッグは奥歯を軋むほどきつく噛みしめていた。

 

(なんてこった! 運が悪いにも程がある)

 

 この車輛でこういう相手と戦うには、機動力を生かしてアウトレンジから攻撃し続けるしかない。だが、辺りの地形は岩壁や窪地が多く、走り回るにも逃げるにも都合が悪い。

 

 ファブニールならこういう地形でこそ踏破性と防御力を頼みに腰を据えて戦えるだろうが、この車では崩れた岩に足を止められでもしたらもうアウトだ。時折飛来するミサイルを、自動迎撃モードにした機関砲で防ぎつつグレッグは死を意識していた。

 

 なんとかアリサだけでも逃がさなければ。このままでは二人とも死ぬ。

 

 と、ガンタワーの戦闘塔部分で榴弾の直撃らしい爆発が起きた。一瞬遅れて発射音が響く。

 

「何だ?!」

 

 グレッグは我が目を疑った。ようやく白み始めた空を背景に、ガンタワーのミサイルランチャーのうち、一基が破壊されて煙を上げているのが見えた。

 

「グレッグ、フォックストロット回線に!」

 

 ハンター用の車にのみ装備される、変調周期同期式の通信回線。誰からか、その回線で呼びかけている事を示す黄色のランプが点灯している。

 

「えらいモンにとっ捕まってるな、お二人さん。ここは俺に任せて、先を急ぎな」

 

 聞き覚えのある声だ。「テアトル電気館」で出会った大男のハンター、キーロフの声だった。

 

「あんたか! 何故ここに?」

 

 グレッグが問うと、野太い笑い声が通信機のヘッドセットに飛びこんできた。

 

「いやあ、この辺りに出るモンスターには、高級な部品や貴重な物質を落とすヤツがいるんでな。『ロジーナ』の修理も出来あがったんで、昨日夕方から狩りに出てたのさ。で、ハンターオフィスとの定時連絡であんた達の事を知ったってわけさ」

 

 少し離れた高台に、緑色をした車高の低い戦車が、大き目の砲塔から長大な砲身を突き出してこちらを向いているのが見える。ファブニールに比べるとやや小ぶりのようだが、あの主砲だけは互角かも知れない。

 

「ありがとう。助かった」

 

「礼はいい。こいつからは時々強力なミサイルやそこそこ使える機銃を頂けるんだ。ま、俺が引き付けている間にここを離れな」

 

「解った。良い狩りを!」

 

 ファブニールよりも機動力に優れていると見えるキーロフの戦車が、たくみにガンタワーの砲撃をかわし、的確に主砲を命中させているのが見て取れた。やがてその戦闘の光景は一幅の絵のように、後方に遠ざかって行く。

 

 

 荒地の彼方、遥か東の山脈に日が昇る頃。二人はロックヘッドまであと半分ほどを残す位置にある、放棄された給油所に差しかかった。

 

 こうした古い施設は人口の激減に伴って使われなくなった物が多く、時折幾ばくかの物資が残されている事がある。グレッグは燃料計に一瞥を呉れた。満タンにして来てはいるものの、ここで予備の燃料を調達できれば後々の行動に柔軟性が持たせられるだろう。

 

「給油できるかもしれん。ちょっと寄ろう」

 

 アリサがそれに応じてハンドルを切り、軽装甲車を給油所へ寄せていった。

 

 辺りは荒涼としていた。大破壊前の映像に残る「ガソリンスタンド」とは違って、申し訳程度にコンクリートを流して固めた空き地に、鉄条網と鋼板の柵に囲まれたドラム缶の集積場と、監視塔付きの小屋が隣接しているだけだ。

 

「ポンプが見当たらないな……ま、多分小屋の中だろう。ここで待っててくれ」

 

 アリサにそう言うと、グレッグはショットガンを手に小屋へ近づいていった。

 

「止まれ!」

 

 突然、小屋の中からしゃがれたわめき声がした。年老いた男が一人、銃身の長い旧式の狙撃用ライフルをこちらに向けている。

 

「こいつは全部わしの石油だ! 取り上げようったってそうはいかんぞ、盗っ人野郎!!」

 

 グレッグは素早く彼我の位置取りを確かめた。

 

(ダメだ。ポジションが悪すぎる)

 

 仕方なく立ち止まるとショットガンを地面に投げ出し、両手を上げる。

 

「撃つな!」

 

「つまらん事は考えるなよ。後ろの車の奴もだ!! その砲身をこちらに向けたらこいつの頭が吹っ飛ぶと思え」

 

 誤解だ、とグレッグは叫んだ。

 

「占有者がいるとは思わなかったんだ。この給油所があんたの物なら、こちらに異存は無い。ただ、燃料を少し分けて欲しいだけだ。代価が必要なら払う」

 

「……ふん、少しは論理的に話ができるらしいな。山賊にしてはましな方か」

 

 手入れの悪い汚い歯をむき出して笑いながら、老人は小屋から出てきた。

 

「ここの石油につられて、てめえのようなヤツが月に一人二人は寄ってきやがる……おかげで金や食い物にありつけるがな。昨日の変な戦車のヤツらは人数がいたから隠れるしかなかったが……」

 

「変な戦車?」

 

 グレッグは思わず聞き返した。

 

「てめえの知ったことじゃねえ……細っこい機関砲を二門もつけて、いきなりぶっ放してきやがった。よし、あいつらの分もてめえから貰うとするか。構わんだろ?」

 

 理不尽な事を言ってくる。だが老人の言っている戦車とはゲパルトだろう。してみると、ヴォネガット達も昨日ここを通ったのだ。

 

 老人は銃口をグレッグに向けたまま距離を保ち、じりじりと周りを廻っている。

 

「何を渡せばいいんだ?」

 

 無駄とはうすうす知りながら、グレッグは尋ねた。この老人はこうして、単独で給油に来た者から物資を奪い取って暮らしているのだろう。 手に余る相手にはとことん隠れ通してだ。客観的には弱者だが、なんとも毒虫のようなやつだ。

 

 視界の隅を白い物が動いた。アリサだ。何時の間にか車から降りて、例のでかいスパナを手にしている。走ってきて老人を殴り倒す気だろうか。

 

(止せ、アリサ!)

 

 言葉にならない内に、飛来した鉄色の物体が老人の手からライフルを跳ね飛ばし、そのまま顎の部分を強打した――たった今アリサの手中にあったスパナだ。

 

 昏倒した老人に馬乗りになってその手から銃を奪う。駆け寄ってきたアリサがスパナを拾って振り上げ、老人の頭に一撃を見舞おうとした。

 

「コロス!!」

 

「やめろ!もういい、もう終わったんだ!!」

 

 ひどく非人間的な叫びを上げるアリサを、抱き止めるようにしてようやく押さえた。

 老人は白目をむいて倒れているが、幸い生きているようだ。回復カプセルを一個、口の中に押し込んでやる。下顎の骨が砕けているが、生きているなら二日もあれば修復するだろう。

 

 アリサは憑き物が落ちたようにポカンとして立っている。自分が何をしていたのか、解っていないかのようだ。

 

(年頃の少女というのは不安定なものだとは思うが……この娘は一体?)

 

 

 ポンプは小屋の中だった。集積場から転がしてきたドラム缶から予備燃料タンク一杯にガソリンを補充して、二人は給油所を後にした。

 

「燃料が手に入ったのはいいけど、とんだ寄り道だったわね」

 

 平静に戻ったアリサがけろりとして言う。グレッグは彼女のほうを見なかった。気になるが、今はサマンサの救出が先決だ。

 

(これが無事に済んだら帰りにまた寄って、ガソリン代をあの老人に払ってやるとするか……)

 

 といっても今のところ、代金に見合うほどの金や食料は持っていない――あれだけの大怪我をさせた分の上乗せにできる程には。

 

 やがて日は高く昇り、ロックヘッドの廃墟がそのゴツゴツとしたシルエットを、山あいの低地の奥に覗かせ始めた。

 

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