タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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銀幕・6

「さてと。あんたの依頼者について話してもらえるかな?」

 

 オフィスの記録では依頼者の名前は「ミュンヒハウゼン男爵」となっていたが、いくら何でも偽名だろう。本来は童話の登場人物の名前だったはずだ。

 

 ヴォネガットはニヤリと口元をひき歪めて笑った。

 

「答える必要は無いな、グレッグ・マイヤー。私の部下が帰ってきた。聞こえるだろう? あのキャタピラ音が」

 

(馬鹿な、まだ三十分ほどしか経っていない筈だ)

 

 だが近づいてくるキャタピラ音は聞き違えようがない。

 

(時計は?)

 

 慌てて時計を覗きこむと、やはり行動開始から三十五分が過ぎただけだ。すると、アリサは? 失敗したのか?

 

 それは彼女が死んだということとほぼ同義だった。軽装甲車も大破したことだろう。

 

 手痛い敗北だ。だが、まだ終わってはいない。グレッグは、アリサを死なせたことに対する後悔の念を必死で押し殺した。

 顔から血の気が引いているのがバレていない事を、今は祈るばかりだ。

 

「間違えてもらっちゃ困る、あんたの立場は何も変わってないぞ。そのままビルの外へ出ろ。走ったら撃つ」

 

 軽装甲車が戻らないとなれば、この際ゲパルトを奪うしかない。荒野を横断するのには車が必要だ。

 ヴォネガットは両手を頭の高さに上げたまま、ゆっくりとグレッグの数歩前方を歩いていく。キリキリと歯噛みの音がした。

 

 サマンサは幾分回復したようだった。ときおり手首をさすりながら、グレッグのすぐ斜め後ろをついてきている。

 

「スチュアート先生、足は大丈夫か? 後で多分走る事になるが」

 

「何とか」

 

 まだアリサのことは話せないな、とグレッグは思った。

 

 玄関まで来たとき、屋外の光をバックに人影が二つ踏みこんできた。さほど広くないエントランスホールの中で、二つのグループが互いに凍りつく。

 

「隊長と女を返せ」

 

 ヴォネガットの部下の一人、筋骨たくましい短躯の男が唸った。

 

「そいつは欲張り過ぎじゃないのか」

 

 グレッグが応じる。無論、ヴォネガットも渡すわけには行かないのだ。

 

 物騒な事に、目の前の男が手にしているのはミニガン――6本の七・六二ミリ銃身を束ねてモーターで回し、最大で毎分二千発の弾丸を発射する、ミニ

サイズのバルカン砲だ。

 

 普通なら人間が携帯するようなものではない。人質を手放せば、次の瞬間に確実にグレッグを挽き肉にしてくれるだろう。スチュアート博士も殺してしまって、彼らが困らなければだが。

 後ろからもう一人――姿勢の悪い痩せぎすの、サングラスをかけた男が一歩前へ出た。

 

「困った立場に追い込んでくれたなあ、マイヤー。俺たちに隊長と任務を両天秤に掛けろという訳か」

 

「両天秤だと?」

 

「その学者先生を確保できない場合は殺せ、ってのも、俺たちが受けた依頼に含まれてるんだよ――直接通信でな。むろん隊長を失うのは困るが」

 

「……そいつはなかなか、俺には分の悪い話だな」

 

「だろ?」

 

 グレッグの首筋を冷や汗が流れた。そうなるとヴォネガットに対する彼らの忠誠心だけが、グレッグとサマンサの生命を繋ぎ止める細い糸になる。

 

「だから、隊長と学者先生、両方返してくれ。そうすればあんたは武装だけ解除して荒野に放り出してやるよ。運がよけりゃあ、お仲間の車が拾ってくれるさ」

 

「仲間の車……!?」

 

 グレッグが聞き返したまさにその時、ビルの外で装輪車特有のブレーキ音と、けたたましいクラクションが鳴り響いた。

 

「戻ってきた!? 早過ぎるぞ、タイヤはつぶした筈だ!!」

 

 叫びながら慌てて外へ取って返す二人を追って、グレッグ達もビルの外へと跳び出した。

 

 ――そこに、居た。

 

 ゲパルトに至近距離まで寄せて停車し、運転席の窓から対戦車ロケットを構えて、ぴたりと狙いをつけている、アリサの姿。

 

「動かないで! それ以上前に出たら、大事な戦車にこれをブチ込むわよ。グレッグ、ママ、早く乗って!」

 

 ヴォネガットの部下二人――アントノビッチと、ブロンスキー――が顔色を変える。アントノビッチが叫んだ。

 

「くそっ!駄目だ、ゲパルトは困る!!」

 

 

「先生、走れ!!」

 

 ヴォネガットを蹴倒して、そのまま軽装甲車へと走る。乗り込むと同時に、ドアをあけたままの急発進。

 

(奴らは?)

 

 ウィンドウ越しに後方をうかがうと、地面に倒れたヴォネガットを助け起こしてゲパルトへ走る姿が見えた。

 

「アリサ、とばせ!!」

 

 この車輛の装甲ではミニガンはともかく、三十五ミリ機関砲は防げまい。だが、アリサは冷静に答えた。

 

「大丈夫よ。ゲパルトはしばらく動けないわ」

 

「なに? どういうことだ」

 

 アリサはクスリと笑って、芝居がかった口調で答える。

 

「お許しください、私は罪を犯しました」

 

「それは――」

 

 思い出した。パインブリッジで見た映画、「鋼鉄の幻影」の中で、ドイツ国から脱出する海軍大佐の一家を修道女たちが助けるシーンがあった。アリサが口にしたのは、その修道女の一人のセリフだったはずだ。

 

 劇中の彼女たちは、一家を護送するドイツ軍の車から部品を取り外して、走れなくしていたのだったが――

 

「これよ」

 

 ゴトリと音を立ててアリサがダッシュボードの上に置いたのは、数本のキャタピラ連結ピンだった。

 

 

 

「あまり長時間ロックヘッドを空にするのは、避けたかったみたいね。十五分もしたら、あいつらこの車のタイヤを撃ち抜いただけで、帰っちゃったのよ」

 

 そういうことか――グレッグは頷いた。それで納得がいく。

 

 トランク内に積み込まれたスペアタイヤと交換してロックヘッドまで戻り、先に徒歩で近づいてゲパルトの足を殺す――馴れない者にはかなり骨の折れる作業だが、アリサにとってはほんの遊びだった、ということか。

 

(怪力の持ち主なのは分かっていたが……まさかそこまでとは)

 

「よし、パインブリッジに帰ろう」

 

 ヴォネガット側にもメカニックはいる筈だ。ゲパルトはさほど時間を要せずに追撃を開始してくるだろう。そうなれば、ファブニールに乗り換えたほうが有利だ。

 

 運転をアリサと代わってグレッグがドアを閉めると、助手席にサマンサ・スチュアートが移ってきていた。

 

「話さなきゃならないことがあるわ。私をさらわせた依頼者について、私が知っている事」

 

「……聞こうか」

 

 グレッグは静かに先を促した。

 

 

「東部にアザーヘヴンと呼ばれる都市があるわ。知ってる?」

 

「ああ」

 

 グレッグも聞いたことはあった。この時代、最も文明的な場所の一つと言われる都市だ。

 

 ネットワークコンピューター。精密機械工業。医療機材。食料生産設備。ありとあらゆるものごとが大破壊前のレベルに近づけるべく、組織的に整備、維持されて活動を続けているという。

 資源が限られている今日、継続的に居住することはごく少数の市民にしか認められず入市にも厳重な審査が課される。それでも、周辺に住んでいるだけでその恩恵は計り知れない。まさに「もう一つの楽園(アザーヘヴン)」だ。

 

「あそこの医学研究所で、仕事をしていたの。二十歳から、十七年間」

 

「……例のナノマシン技術の研究か」

 

「ええ。でも私達の研究の本当の目的は、汚染された劣悪な環境を克服できる、次世代の人類を作り出すことだったの」

 

 サマンサは目を閉じて喋り続けた。

 

「ミトコンドリアを知ってる? 動物の細胞に存在する小器官で、生物にとって本来猛毒である酸素を無害化し、エネルギー代謝に利用しているわ。でも、もともとは独立した生物として酸素を利用して暮らしていた、原始的な細菌だったと言われているのよ。その証拠に、ミトコンドリアは内部にそれ自体の独立したDNAを持っている」

 

「ああ、聞いたことがあるぞ。ジェインが勤めていた学校の、生物学の教師がそんな話をしてくれた事があった」

 

「ジェイン? ああ、亡くなった奥さんね?」

 

「殺されたと言った方が正確だな……すまん、話を続けてくれ」

 

「……ごめんなさい。それで、これまでの人類の細胞が代謝できずに蓄積してしまっていた重金属や高分子化合物を、ミトコンドリアが酸素を処理するのと同じように無害化してくれる、そうしたナノマシンを開発して人類の細胞に新たな器官として組み込めないかと考えた。それが私達の研究テーマ。でも、あの男が研究所を支配して、半ば乗っ取ってしまった……」

 

「あの男?」

 

「デュラン。ヨアヒム・ルードウィッヒ・デュラン。研究所の同僚だったサイバネティクスの権威よ。人間の体を機械と結合する技術を研究していたわ。そして次第に、その技術で作り出した改造人間を私兵として組織するようになった」

 

「デュランだと!?」

 

「私は研究をこれ以上悪用されないために、アリサをつれて逃げ出したの。それで、途中潜伏していた町で会ったアンドリューさんに……どうしたの、顔色が真っ青よ」

 

 深い憎悪の念と、手がかりを掴んだ喜びとがグレッグの精神を引き裂きかけていた。

 

「そいつだ。間違いない。ジェインはそいつの率いる軍隊に殺された。五歳の娘はその日以来、行方不明だ。そいつは俺にとっても敵なんだよ、先生」

 

 重苦しい空気が車内に流れた。

 

 今から取って返して、ヴォネガットの依頼者たちにまみえたい。グレッグはその衝動を必死で打ち消した。今は二人をパインブリッジまで無事届けるのが先だ。

 ハンターとしての訓練された職業意識が、彼に任務を優先させる。生き残るため、そして戦いつづけるため。

 

 その時だった。後部座席から周囲を警戒していたアリサの声が、グレッグのその軽い閉鎖状態を打ち破った。

 

「何か来るわ! 何かが空を飛んでくる!!」

 

 くぐもったローターの回転音。低空を飛んで後方から接近する影。

 

 それは、武装した航空機だった――現在では珍しい、ヘリコプターだ。グレッグも他の二人も、見るのは初めてだった。

 

「糞ったれめ! 無線で連絡をとったな、当然考えるべきだった」

 

 辺りは遠くまで開けた地形が広がっている。互いの速度から考えてもふりきるのは無理だ。

 

 ヘリは威圧するように装甲車の上空を追い越していく。食い過ぎの魚のように膨らんだ機体下面から、前方へ突き出た物体がグレッグの目を射た。三本の砲身を束ねた、旋回可動式の機銃。

 

「くそ、ありゃあ二十ミリ三連ガトリングだ!」

 

 元々六連砲身だった二十ミリバルカン砲を、航空機用に軽量化したものだ。威力は――この車程度の装甲に対してなら圧倒的。

 

「そこ装甲車、停車せよ。指示に従わなければ攻撃する」

 

 Uターンしてきたヘリから、拡声器を通して若い男のものらしい、冷たい声が響いた。

 

「こっちも機関砲で……!」

 

 叫びながら銃座に上がりかけたアリサを、グレッグは押しとどめた。

 

「無駄だ、よせ。その機関砲は基本的に対地用だ、この距離であいつを狙えるほどの仰角はつかん。それより」

 

 ブウンと唸るような発射音とともに、進路前方の地面が弾着で爆ぜた。

 

「見ろ、威嚇射撃だ。奴らはヴォネガットたちとは違う指示で動いてる。おそらく、スチュアート博士を殺していいとは命令されていないのさ。やつを叩き落すチャンスが来るまでこのまま走るんだ!」

 

 グレッグ自身、その言葉を完全に保証できる確信はない。だが、少しでもチャンスのある方に賭けるのがハンターだ。

 

「あんまり喋るなよ、舌噛むぞ!!」

 

「ふぉ、ふぉう遅い(ほひょい)!」

 

 いうそばから噛んだらしく、気の抜けるような応答が返ってくる。

 

 威嚇射撃を繰り返しながら追いすがるヘリを、グレッグは急停止や加速、変針を繰り返し何とか機関砲の射界に捕らえようと試み続けた。そのせいで急速に心身を消耗しつつあったが――グレッグはヘリコプターがあまり安定の良くない乗り物である事を知った。

 

 操縦性はなるほど、たいしたものだ。空中停止や急上昇、狭い半径での旋回など、いとも簡単にやってのける。車両を相手にする感覚でグレッグが行った機動は、これまでことごとく阻止されている。

 

 だが――戦車もそうだが――操縦性と安定性は、どちらかを上げれば必ずもう片方が犠牲になるものだ。例えば、サスペンションを柔らかく設定しすぎた戦車からは、決して安定した砲撃はできない。

 

 付け入る隙があるとすれば、まさにそこなのだが――

 

(何とかやつのバランスを崩す方法はないか――?)

 

 必死に思考をめぐらしながら装甲車を走らせつづけるグレッグの視界に、崩れかけた数本の鉄柱がとびこんできた。

 

(あれは……?) 

 

 思い出した。来る途中で立ち寄った例の給油所の、すぐそばに立っていた鉄柱だ。もう何に使われていたものか見当もつかないが、あるいはかつての街道沿いに、広告か標識でも付けていたのか。

 さいぜんから制止を振り切って銃座についているアリサを、グレッグは車内通話用のマイクで呼んだ。

 

「アリサ、銃座はもういい。降りてきて後部ハッチの所に行ってくれ」

 

 『どうするの?』

 

 イヤホンの音声と肉声がいっしょに耳にとびこんできて、おかしな印象を受ける声になった。

 

「今朝のスパナみたいに、ものを投げるのは得意なのか?」

 

「スパナ? 得意だけど……今朝って?」

 

 不審そうにアリサが聞き返す。

 

 しまった――グレッグは首をすくめた。給油所での一件を、やはりアリサは覚えていないのだ。

 

「アリサ……あなた、また……?」

 

 サマンサがいつものことでしょ、と言わんばかりの調子でアリサを咎めた。やんちゃな娘をたしなめる母親の姿そのもの。

 

「キレちゃったかな……?」

 

 サマンサのほうを振り返り、アリサは眉根を寄せて首を傾げて見せた。二人のあいだでは了解済みのことなのだろうか。それにしてはアリサの、記憶の途絶振りが奇妙だ。だが、まあいい。

 

「……あのヘリの下に出てる翼みたいな部分に、スパナを投げつけるんだ。ただし、そこのウィンチのワイヤーのおまけつきで。出来るか?」

 

 グレッグの企てを理解して、アリサの顔がパッと輝いた。

 

「出来るわ、やらせて!」

 

 軽装甲車――レンタ7号の後部スペースには、擱座車輌の救出などに使うためのウィンチが取り付けられている。何回転分か緩めて繰り出したワイヤーを、アリサは例の大型スパナに結びつけた。

 

「用意はいいな? タイミングを見て減速するから、ヘリが上空を通過したところに投げつけるんだ。だがワイヤーを手足にからませないように気をつけろ、ヘリと車の間に宙吊りになるか、下手すれば腕や足をもぎ取られるぞ」

 

 減速して停まるかに見えた装甲車の上空をヘリがかすめ、半開きになっていた後部ハッチを跳ね開けて、アリサがスパナを投げた。狙いたがわず、ヘリのスタブウィングから突き出た兵装取り付け部(パイロン)にワイヤーがからまった。

 

「よし、成功よ!」

 

 アリサが快哉を叫ぶ。グレッグはレンタ七号をバギーを急加速させた。ヘリはバランスを崩しかけながらも、何とか持ち直して追いすがってくる。この状態では、車より前に出ることはヘリにとって危険だ。

 

「何の真似だ、ふざけるな! 操縦者、聞こえるならすぐに停車しろ!!」

 

 拡声器が冷静さを失った声でがなりたてた。かまわずに疾走を続ける。給油所にそびえる監視搭のシルエットが、次第に細部を明らかに見せ始めた。

 

 

 鉄柱の陰に人影が見えた。給油所の老人だ。鉄柱の根元に何やら置いて、急いで離れていくのが見て取れた。

 

「まずいな、どうやらこっちの手助けをしてくれるって様子じゃあなさそうだ」

 

 鉄柱の根元に置いたのは多分爆薬だろう。こちらを足止め、もしくは鉄柱の下敷きにするつもりらしいとグレッグは読んだ。鉄柱の先は、やや急な上り坂になっている。そして給油所には燃料の詰まったドラム缶。途中まではグレッグの目論見と共通しているが――

 

 パインブリッジで見た映画の、ラスト近くの一シーンが脳裏によみがえった。確信に近い嫌な予感。

 

(俺はへスラー大佐じゃないぞ!)

 

 グレッグはさらにスピードを上げた。もう次の指示を出す余裕はなさそうだ。

 

 爆発。

 

 衝撃が大気を震わせ、鉄柱がゆっくりと車の上に倒れてくる。本来ならば機関砲か対戦車ロケットを使ってやろうと思っていたことだが、あの老人のおかげでなんとも厳しいタイミングを要求される事になったものだ。

 

「二人とも、伏せろ!」

 

 かろうじて下をすり抜けたが、ルーフ上の機関砲が銃座ごとむしり取られた。

 

「うっわ、銃座にいなくて良かった!」

 

 アリサが恐怖に引きつった声をあげる。軽装甲車とヘリを繋いだワイヤーはちょうど鉄柱の下を通り、ヘリはそのまま引きずられるように着地した。傾いた機体の右側で、ローターがガリガリと地面を削っている。

 

「やばい、離脱するぞ! ワイヤーを切れ、その辺にワイヤーカッターがあった筈だ!!」

 

「了解!」

 

 大人の股下程もの長さをもつ大型のカッターが、より合わせた鋼線にくい込んでガツンと音を立てた。同時にグレッグがアクセルを目いっぱいに踏み込む。

 中速ギア特有の加速感を伴って目の前の坂を登ると、数個のドラム缶がすれ違うように横を転がっていった。

 ドラム缶をつなぎとめていたロープを切り落としたそのままの姿勢で、給油所の老人がこちらを見て驚愕に凍りついていた。ヘリの周囲にガソリンがぶちまけられ、砂地が黒く染まっていく。

 そして、グレッグがドラム缶に撃ちこんだ銃弾が、坂の下を地獄に変えた。

 

 炎上するヘリから立ち上った黒煙が、地平線に向かってたなびいていく。

 

 

「……へスラー大佐の最後ね、これ。そっくりすぎて笑っちゃう」

 

 映画の中で「キングタイガー戦車」の部隊を指揮していたドイツ国の大佐は、ちょうど同じような状況で戦車もろとも爆死していた。

 

「出来すぎだ、気に食わん」

 

 グレッグは渋面を作る。今回は偶然に助けられすぎた。本当なら、もっと計画的に事を運ぶべきだ。

 

「キングタイガーに乗ってるのは、こっちなのにね」

 

「……よしてくれ。映画のあれはニセ物だ」

 

 ともあれ、これでサマンサの身は当面安全だろう。

 

 

 

 明け方の暗い空を背景に、修理の済んだアルバトロス号がエンジンのアイドリング音を響かせていた。アンディーの傷もすっかり良くなったようだし、もうパインブリッジにとどまる必要は無い。

 

 スチュアート母子はロングフォードへ向かうのだ。願わくはサマンサが医者としてその職務のもと、これからの人生を全うせんことを。

 そしていつの日か、人類に新たな可能性をもたらしてくれれば。

 

「さてと。気をつけろよ、アンディー。この先は、俺はいないぞ」

 

「冷たいやつだな、ついて来て呉れないのか?」

 

「ファブニールでそんな長距離を自走したら壊れちまうよ」

 

 二人の男の手が旧来の友情を確かめて硬く握られ、そして離れた。アルバトロス号がその巨体をゆっくりと前へ進め始める。そして、やがて地平線へと遠ざかって行った。

 

 グレッグは傍らのファブニールを見上げた。砲塔の上には、ヘリの燃え残った残骸から取り外してレストアした、二十ミリガトリング砲。デュランがこれからも航空機を繰り出してくるならば、ぜひとも必要な装備だ。ユニット・エイダの取り付けも済んだし、これからは何とか一人でやっていけるだろう。

 

 グレッグは、またアリサの緑色の瞳を思い出していた。

 

(薄気味の悪いところもあったが、いい子だったなあ)

 

「ファブニール、また二人きりだな。よろしく頼むぜ」

 

 ぺし、と音を立てて、側面のスカート状装甲板を掌で叩いた。

 

「ひどいわ、ファブニールを独り占めしないでよ」

 

 砲塔の上から声がした。

 

「それとも、私の操縦と整備じゃ気に入らない?」

 

「アリサ!? いつからそこに……? お袋さんと一緒に行ったんじゃなかったのか」

 

「ママはママ。私の人生は私が自分で選ぶわ。とりあえず、グレッグの専属メカニックにしてくれる? この間そう言ってなかった?」

 

 そこまで言った覚えは無かったが、否定する気はしなかった。アリサが操縦と整備を手伝ってくれるのなら、とりあえずグレッグに異存は無い。

 

「デュランとかって悪人をやっつければ、ママも安心してお仕事できるのよね?」

 

「そうだな……よし、乗り込め。今日から君を俺の専属メカニックに任命しよう。しっかり頼む」

 

 

 新たに取り付けたファブニールの操縦パネルの上を、グレッグの指が各種スイッチを切り替えながら動いた。エンジンがその鼓動を響かせ始める。

 

(スチュアート先生、あんたとうとうアリサの事を、ちゃんと俺に話してくれなかったな)

 

 アリサには何か、サマンサしか知らない秘密がある。給油所の一件を思えば、何やら不穏な想像が広がった。だが、それでもいいさ、とグレッグは思う。

 多分それはサマンサとアリサにとって、容易には明かしがたい事に違いない。そして、そのことが余人に語られる状況は、決して愉快なものではあるまい。

 

 聞かずに済むならそれに越したことはない。

 

(何から何まで映画のようにすっきりとは、いかないよな)

 

 そうつぶやくと、グレッグはアクセルを踏み込んだ。 

 





 「銀幕」のエピソード、劇中のマッシュアップ戦争映画「鋼鉄の幻影」に使われている素材、というか元ネタは、

「チャップリンの独裁者」

「パリは燃えているか」

「バルジ大作戦」

「サウンド・オブ・ミュージック」

 などです。


 いやあ、バカな話だなあw
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