タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪―― 作:茅葺
男が事切れるのを確認して、グレッグはゲートの操作パネルに向き直った。まだ、動悸と体の震えがおさまらない。ちょうど――ケイと初めて性交した時のような感じだ。もちろん、こっちの方がずっと後味が悪い。
人一人殺すということは、想像以上に心に負担がかかる行為だった。腕の中でびくびくと痙攣した男の肉の感触がまだ去らぬまま、胃袋の辺りから焼け付くような感じが上がって来て、グレッグは口の中に逆流してきたSレーション混じりのすっぱいものを、男の死体の傍らに吐き散らした。
パネルはごく簡単な配置になっていた。ほとんど字の読めないグレッグにも、これなら操作できそうだ。もっとも、このご時世に読み書きのきちんとできる人間の数なぞ、たかが知れているというものだが。
黒い操作パネルに白い塗料で、ゲートのそれぞれ「開」、「閉」の状態を表しているらしいマークが描かれたボタンがあり、その横に
「O P E N」
「C L O S E」
と描かれている。
「これが『開ける』、こっちが『閉める』だな」
グレッグは口元を袖でぬぐいながらほくそえんだ。
(「文字」の読み方を一つ覚えてやったぜ)
グレッグは傍らの死体のポケットを探ってライターをくすねると、それで発煙弾に火をつけた。ゲート詰め所の窓から空へ向かって、鮮やかな緑色の煙が一筋伸びていく。
さっき男が頬に当てていた箱が、パネルの横で甲高い耳障りな音を響かせた。なんとなく好奇心を刺激されて手に取り、男がしていたように頬に当ててみる。
「北ゲートコントロール? こちら中央管制室。今の煙はなんだ? 報告せよ!」
(うるせえなぁ)
グレッグはこういうキンキンした声でしゃべるヤツが嫌いだった。
「……フェルナンデスに伝えてくれよ」
なにかひどく大胆な気分になって、グレッグは箱に向かってしゃべり続けた。
「あばよ。ってな」
そのまま箱を下に戻す。再び呼び出し音が鳴ったが、もう出る気は無い。
しばらくするとゲートの外で鈍い爆発音が響いた。合図代わりに撃ちこまれた砲弾だろう。グレッグが開閉ボタンを操作すると、開いていくゲートをすれすれにくぐり抜けて、シルバーの戦車が姿をあらわした。
詰所から出ようとして外を見たグレッグは、町の奥からさっきの小型の機械が何台か姿を現したのに気がついた。雨どいのようなものを肩の上に構えた男達を、乗員以外にも何人か上に乗せている。
よく見ると「雨どい」の先端には、小さなバケツを二つ、口のところで向かい合わせにくっつけたような物体が取り付けられていた。そして、男達が「発射!」という声と共に一斉にその「雨どい」の把手を操作すると、ものすごい煙を噴き出しながら先端の物体が戦車に向かって空中へと飛び出した。
だが次の瞬間、戦車の上部の回転する部分の上に取りつけられた、銃身を六本束ねたグロテスクな機関砲が火を吹いた。
恐ろしい勢いで無数の弾が発射され、「雨どい」の発射体の幾つかが空中で爆発、さらに射線の奥で「雨どい」を抱えていた男達が、ばたばたとなぎ倒された。
機関砲の掃射がやんだあと二、三発の発射体が戦車に到達し、車体の表面で火を噴いた。だが、戦車の動きは止まらない。
そのまま詰所と敵の機械との間をさえぎるような形に停車し、
〈グレッグ。聞こえるか。ハッチを開けるから戦車の後ろに回れ。乗せてやる〉
詰所から飛び出し、車体の横をまわりこんで後ろへ行くと、分厚い装甲ドアが怪物の顎のように上下に開いていくところだった。駆け込むと後ろでドアがゆっくりと閉まる。薄闇に目が慣れてくると、そこは白っぽい塗料で塗り上げられた、奇妙に清潔感の漂うキャビンだとわかった。
「よくやった」
キャビンの奥、車体の前の方から声がした。
「戦車に乗るのは初めてか? これから居住区を解放する。飛ばすから少し揺れるぞ。ちゃんとその辺のシートに座ってろよ」
複雑そうな電子装置に囲まれた座席ごしに、シルバーの長い髪が見える。彼の前方には外の光景を映し出すディスプレイがあり、フェルナンデスの部下たちの乗った小型機械の群れを捉えていた。足元から感じる振動と共に戦車がその向きを変え、さらに前進を始めた。
ディスプレイの中の敵が次第に膨れ上がっていくのが見える。グレッグとシルバーの間にある、天井につながった円形のプラットホームがモーターの唸りと共に回転し、上のほうでくぐもった無気味な音がした。
「何だ?」
ディスプレイに目をやると敵の機械の一台が炎上している。
「撃破。照準を次目標へ」
シルバーの声と共に、プラットホームがまた少し回転し、例のくぐもった音の後でもう一台が動きを止めた。
「……これは?」
「ああ、今のか? この戦車の主砲、百二十ミリライフルを撃ったところだ……何だ、大砲を見たことはないのか」
ま、無理も無いか。ずっとこの町で働かされてたんだろうからな。そう呟く声が聞こえて、グレッグは少しみじめな気持ちになった。
(ほんとに俺は、何も知らないままにされて生きてきたんだな)
シルバーはしゃべりつづけている。どうやらこの男は、しゃべるときに相手が理解しているかどうかあまり気にしないらしい。
「もともとこのウルフには百四十ミリ滑腔砲が標準装備なんだが、オレはライフルのほうが好みでな。口径が小さい分弾丸も多く積めるし――いかん!!」
突然、戦車が急加速し、グレッグはすんでの所で横倒しに床に叩きつけられかけた。
「どうしたんだよ?」
いくぶん抗議も交えて尋ねた。
「建物の上から対戦車ロケットで狙ってやがった。こいつの砲じゃあそこを狙えるほどの仰角はつかないからな。グレッグ、戦闘を手伝ってくれる気はあるか?」
「あ、ああ。もちろんだ! どうすればいいんだ?」
「その、目の前の丸い床の上が砲塔だ。主砲の左側に六十ミリ迫撃砲がある。敵の位置と照準の合わせ方を指示するから、発射してくれ」
そいつまでは火器管制装置のスロットを廻せなかったんだ、とシルバーはまたグレッグには解らないことを言う。グレッグはプラットホームの上に立った。
「砲塔に上がったら、左側のヘッドホンをつけろ。……聞こえるか?」
左側を見まわすと、金属製の半円形になったベルト状の物に、耳当てらしい丸い物のついた装置が眼に入った。これがそうだろう。
手にとって頭にセットする。
「これか。よし、聞こえるぜ、シルバー。シジしてくれ。ハクゲキホウって、この天井に斜めに付いてるヤツか?」
「そいつだ。横に小さなモニターがあるな? そいつが迫撃砲本体と同調するカメラにつながっている。砲弾は斜め下の黒いケースの中だ、判るな?」
それらしいケースの中に、握りこぶしほどの大きさの、重そうな物体が並んでいる。
「本体の端のふたを開けて装填する。そのそばにあるボタンが撃発器だ――まだ押すな。砲の中ほどにあるハンドルを持って、モニターの真中にある交差したラインに目標が合うように調節するんだ。本来は直接照準で使うものじゃないが、こういう使い方も出来る」
恐る恐るハンドルを動かすとそれにしたがって、モニターの中で周りの景色が移り変わっていくのが見える。なるほど、こうか。
「ここからしばらく高い建物の間を通る。指示したらすばやく狙って、発射しろ……グレッグ! 右上六十度――目盛りを上へ三十だ!」
指示どおりに何とか動かすと、モニターごしに「雨どい」を構えた男が見えた。
「見えたぜ、シルバー!」
発射ボタンを押す。空気の漏れるような音とともに砲弾が飛び出していき、やがて上方で鈍い爆発音がした。
ばらばらと何か天井に当たる音がする。砕けたコンクリートの欠片が落ちてきたのに違いなかった。モニターを覗いたが「雨どい」の男の姿はもうそこにはなかった。
「よし、上手いぞ。初めてにしちゃ上出来だ……いたぞ、次!左前方、上に目盛り二十!」
「了解、発射!」
シルバーが教えてくれた新しい言葉も使いながら、グレッグは無我夢中で迫撃砲を撃ちつづけた。
旧時代の瓦礫と再建された建物の入り混じるパインブリッジの街中を、シルバーの戦車「ウルフ」は、そのくすんだ灰色の車体を慣性で振り回しながら、鉱奴居住区へと進んでいく。この辺りにはもうさほど高い建物は無く、グレッグはようやく迫撃砲を撃つ手を休めた。
「雨どい」を持ったヤツを十五人くらいは吹き飛ばしただろうか。その間にシルバーのほうも、主砲と二十二ミリバルカン――そんな名称らしかった――とで二十台くらいのソウコウシャと、徒歩の敵五十人あまりを片付けている。組織立った抵抗はもう殆ど止んでいた。
「さてと、カイルを探さなきゃならんな」
シルバーが呟いた。
「グレッグ、オレはこれから戦車を降りて昔馴染みを探しにいく。どうする? 戦車の中で待ってるか?」
グレッグは一瞬迷った。戦車の中は安全だ。だが、この二週間慣れ親しんだ柔肌の感触と心地よい柔らかな声、その二つへの執着がグレッグを強く駆りたてた。
ケイを連れていく。いっしょにここを出て、二人で――
「シ、シルバー。俺も降りるよ。連れていきたいヤツがいるんだ、俺にも」
「ほう? ……いいだろう。で、何者なんだ?」
シルバーの何気ない視線が、ひどく鋭くグレッグを貫いた。
ああ、きっと――町の外ではそんなことは行われていない。
男とオンナは誰かの都合で割り当てられるのではなく。きっと自由に出会って、そして自由に――
後に続くべき言葉を、グレッグは知らなかった。その無知が急に悲しくなってグレッグの喉はつっかえた。
「俺の……巣守りだ」
やっとのことでそれだけを、しぼりだすように告げる。だがシルバーは気にも止めていないようだった。
「急げよ。それから俺がいない間、戦車は周りに近づくものに無差別に機銃を撃つ。戻ってきて俺がいなかったら、少し離れて待て。」
「わかった」
駆け出すグレッグを見送りながらシルバーはため息をついた。
(可哀想にな。愛するって事が何なのかわかりもしないうちに、セックスで縛られ合ってるんだ。フェルナンデスめ、酷いことをする)
事前の調査で鉱奴と巣守りのことは大体判っていた。
(ま、似たようなことは外でも別に珍しくはないが)
コックピットのパネルに並んだスイッチの一つを押す。あらかじめ録音済みのメッセージが拡声器から流れた。
〈不当に拘束され、抑圧と搾取に甘んじてきた、パインブリッジの労働者ならびに兵士諸君。
本日を以って犯罪的占有者、ドン・フェルナンデスの支配は解除される。合法的手続きを経てこの町はハンターオフィス連合の管理下に入り、然る後に民主的統治が布かれるであろう。
武器を捨てて互いに助け合い、秩序を持って行動せよ。簡略な手続きの後は、諸君には完全な行動の自由が保証される。当地域の市民社会には諸君を受け入れる十分な余地がある……〉
シルバーは薄笑いを浮かべた。
「全く、どうしてオフィスの連中は、いつもこういう言いまわしをしたがるかな」
おずおずと物陰から顔を出しこちらをうかがう鉱奴たちは、やがてゆっくりと戦車を遠巻きにして集まり始めた。
「よし、全員そこの広場に整列。戦車には近寄らないように。指示があるまでそのままで待機していてください」
まもなくオフィスから臨時編成の治安部隊が到着するはずだ。
志願したハンターたちと、審査済みの傭兵たち。そして近親者をこの町に捕らえられている可能性のある、有志の市民たち。
(後は任せておけるな)
シルバーは悠然と見えるよう努めながら戦車から降り立ち、懐かしい顔を探して居住区に分け入っていった。
部屋にたどり着くと明かりはなく、薄暗い中に人影があった。ケイだ。
「帰ってたのか。良かった、無事だったんだな」
グレッグはほっとして、体の力が抜ける感じがした。奥へと歩み寄りながら手を差し伸べる。
「ケイ、いっしょに行こう。この町とおさらばするんだ。二人で自由に生きよう」
ケイは答えなかった。
「外の世界を見て回るんだ。来てくれるだろう?」
「いや」
たった一言。引きつった声がそう告げた。
暗さに目が慣れると、ケイが肩から短い上着を羽織っているだけで、あとは何も着ていないことが見て取れた。そして、右手に不恰好な金属製の物体。ゆっくりと持ち上がった右手が自分の胸に擬せられて、グレッグにもようやくそれが銃であることが解った。
「シェルターにいっぺん入ったけどあなたが来ないから、きっと出て行くつもりだと思ったの。だからここで待ってたわ。外になんて行きたくない。怖い。あたしが外で何を見たか――」
後ろの方は涙でつまって声にならない。
「行かないで。ほら、あたしを見て、グレッグ。ここで一緒にいてよ」
「その銃は――?」
鉄板をプレス加工したものらしい、不恰好な物だ。まるでブリキ缶のように見えるそれは、グレッグの目で見てもひどくお粗末な代物だった。
「巣守りの訓練の後、一丁ずつ渡されたの。相手の男が逃げ出しそうになったら、これで撃てって。お笑いでしょ? 一発撃ったら多分壊れるわ。巣守りが銃を持って反抗するのも怖かったのね。でも、この距離ならあなたを殺せるわ」
馬鹿な真似は止せ、とグレッグは叫んだ。
「俺を撃って何になる」
「誰にあてがわれるのか決まるまで、すごく怖かったわ。でもあなたを部屋の前で初めて見たとき、とても嬉しかったの。二つ年下で、やさしそうで、可愛くて――」
肩を震わせて涙を流しながらしゃべりつづけるケイは、ひどく混乱していて、小さく、そして惨めに見えた。
「あなたを失いたくない。でも外に出るのはもっといや」
「やめろ。そいつをこっちに寄越せ。落ち着くんだ。シルバーと行くんだ、危険なんかないさ……ケイ!」
ケイの右手の銃が火を吹いた。四十五口径の実包が恐ろしい音を立て、グレッグは思わず目を閉じた――肩口に衝撃。
辛うじて気絶を免れ、グレッグは何が起きたか理解した。なれない女の細腕で、あのようなでたらめな銃をまともに撃つことなど、どだい無理な話だったのだ。 弾道はグレッグの胸から大きくそれていた。
くたくたとひざをついてへたり込んだケイに、グレッグは肩を押さえながら近づいた。苦痛にあえぎながらその粗製の単発銃をむしり取る。
「ひどいな。痛いよ、ケイ」
もういい、俺はなんと言われようと外へ出る。
「無理言って悪かった。でも俺は行くよ。ここは――ここは、おかあちゃんが俺を生み出してくれた世界じゃない。ついて来てくれないなら、俺は一人ででも行く」
手ひどい喪失感がグレッグを襲った。「ブリキ缶」はグリップの弾丸ケースに、まだ数発の弾を残していた。ケイの足もとの床にそれを放り出し、戸口のほうへ向き直ってそのまま歩き出した。
「撃ちたきゃ、弾を込めなおして撃ってもいいよ」
返事はない。出血して痛む肩を押さえながら歩くグレッグには、そのあと結局一発の弾も飛んでは来なかった。
(いや、一人じゃないな。シルバーと、ひょっとしたらカイルも来る……)
ケイとは、さよならだ。ケイといっしょに寝るのはいい気持ちだった。
戦車のところに戻ると、シルバーは一人で待っていた。少し離れたところに、鉱奴たちが固まって並んでいる。
回りには見なれない一団が鉱奴たちを守るように立っていて、何人かの負傷したものには応急手当が行われていた。
「一人か。どうした、怪我してるじゃないか」
あっちに行って、手当てしてもらって来い。シルバーはグレッグの方を見ずにそう言った。
「カイルは?あんたの探してたやつだったんじゃないのか?」
「カイルは――死んだ」
何だって。グレッグは息を呑んだ。
シルバーはむこうを向いたまま続けた。
「俺達が起こした騒ぎに乗じた鉱奴と、監視員との衝突が鉱区で起きたらしい。やつは子供をかばって、撃たれた」
と、鉱奴たちの中からグレッグを呼ぶ声がした。
「グレッグ! カイルが、カイルが僕のせいで……!」
ジョッシュだった。そうか――
「守ってくれたのか。俺との約束――」
とたんに目の前が真っ暗になって、グレッグはその場に崩れ落ちた。
目がさめると戦車「ウルフ」の車内だった。肩口には包帯が巻かれていて、かすかに薬の匂いがした。
「気がついたか」
操縦席から振り返って、シルバーがさびしそうに笑った。
「フェルナンデスは地下道から脱出したらしい。俺はやつを追うことになった」
「ここは?」
「隣の町へ向かう街道の途中だ。もう降りられんぞ。カイルがいない以上、おまえに代わりになってもらわなきゃならん。みっちり仕込んでやるからな。射撃、整備、操縦、コンピューターの扱い、ハンターに必要な知識と技術、全部だ」
そして、びっくりするほどやさしい笑顔で付け加えた。
「ああ、あと読み書きと言葉遣い、それと一般常識も必要だな、おまえには」
「よろしく……頼む」
「『お願いします』って言うんだぞ、そう言うときには」
笑いながら言うシルバーには応えず、グレッグは砲塔に上がった。ハッチから顔を出して、あたりを見まわす。
月が出ていた。冷たく澄んだ砂漠の夜の中を、銀色に輝く鋼鉄の狼が再び長い旅へと旅立つところなのだった。
* * * * * * * *
「そうして俺は、シルバーと一緒に五年の間旅をした。フェルナンデスはすぐに見つかったよ。街道でわずかな部下を率いて山賊の真似事をしていたんだが……」
いつのまにかアリサの相槌は途絶えて、規則正しい呼吸の音だけが聞こえていた。
「何だ、もう寝てたのか」
まあいい、とグレッグは目を閉じた。いささか子供には聞かせるべきでない話もしてしまった気がする。アリサがだいぶ前のほうで寝てくれていることを、グレッグはひそかに祈った。
「まったく、今日はどうかしてるよ」
大きくひとつあくびをすると、疲れていたグレッグは深い眠りに落ちていった。
ややあって、闇の中でアリサがパッチリと眼を開いた。
(へへ……寝たふり、得意なんだもんね……)
実のところ、彼女はグレッグの話を全部聞いていた。
(……ひどい話だったなあ)
涙は出ない。だが胸の奥に何か重く苦いものが固まっているような感じがする。
(グレッグも、ケイさんも、みんなひどい。自分の気持ち、自分の都合。そんなものばっかりでさ。二人は本当に愛し合うことだって、本当に家族になることだってできた筈だったんじゃないの?)
一番悪いのはフェルナンデスだけど――
(私だったら、そんなヤツの悪意に押し流されて、好きな人を手放したりなんかしないわ。絶対に)
寝袋の上に上体を起こしてグレッグの方を見つめた。
決して力強くはないが、いつも諦めずに最善を尽くす、悲しみに疲れた顔にどこかまだ澄んだ少年のまなざしを残す男がそこにいた。
今日語られた物語の中の未熟で不器用な子供から、どれだけの歳月と厳しい戦いを積み重ねてきたのだろう。
(……私、どうしてグレッグについてきてるのかな)
機械好きなアリサにとって、グレッグの戦車は強い興味と憧れの対象だ。だが無論、それだけではアリサのグレッグ自身に対する感情は説明がつかない。
母があまり話してくれない、あったことのない父のおぼろげなイメージに無意識のうちに重ねて見ているのかも知れないが――
(私、もしかするとグレッグのこと――)
途端に顔がカッと火照るのを感じた。
「……寝よ」
そのまま寝袋の中にもぐり込むように横になり、今度はさっきより幾分か小さな寝息があたりに響きだす。
外の雨の音は一度激しくなり、その後で次第に弱まっていった。