タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪―― 作:茅葺
巨獣・1
……その大きなヤツってのはこの位だったかい?
父ガエルはそっくりかえって大きく息を吸い込み,
お腹を膨らまして見せました――
(「イソップ物語」より)
ようやく雨季が明けた。二週間もこの小さな村で引きこもって過ごしたせいで、手持ちの金もずいぶん少なくなったし、体もひどくなまった気がする。
「まあ今こうしてられるのは、運がよかった」
例年より早く訪れた雨季のせいで、街道から少し外れた廃屋に閉じ込められる事になったグレッグ達だったが、その二日後に大きなトレーダーの一団がやってきて、グレッグとアリサをこの村まで運んでくれたのだ。
廃屋の納屋に隠してきたファブニールも、ちょうど今朝がたこの村まで回収して来ることができた。自走に問題なかったので、回収車を廻してくれたレンタル屋の男は燃料が無駄になったと少し不機嫌だったが、その分の金は払ったからそれ以上の文句は出ない。
エンジンが少し酸の雨で焼けていたが、何らかの支障をきたすほどではない。明日からすぐにでも荒野へ出られるだろう。
「稼がなきゃなあ」
グレッグは宿屋の窓の変色した枠に腕組みをしたまま、上体を預けて遠くを見ながらそうつぶやいた。
育ち盛りの年頃のアリサには、グレッグが普段口にするよりは良質の食事が必要だろうし、なによりファブニールをもっと強化しなくては、デュランの擁するであろう大部隊とは戦えない。
賞金首か駆逐キャンペーンの対象モンスターをしとめて、大枚を手にしたい所だった。
アリサはといえば昼からずっと、村の小さなドックでファブニールにかかりきりで、あちこちの錆を落としたり転輪のネジを締めなおしたりと整備に余念がない。 放っておけば明日あたりはエンジンをいじり出すだろう。
彼女に言わせればファブニールは、「戦車工学的奇跡」なのだそうだ。形状と装甲厚から概算した推定重量を支え機動させるには、ファブニールのサスペンションやエンジンは理論上非力に過ぎて、「何で走れてるのか不思議なくらい」らしい。
「いつも入念に整備してやらないと、いつ何どき壊れるかわかんないわよ」
アリサはグレッグの鼻先で手に持ったスパナを、人差し指でするように揺らしながら、そんな風に脅かすのだった。
雨上がりでぬかるんだ村の中の道をハンターオフィスまで歩く。
この「ラストマウンド」は、もともとトレーダー達が設けた補給所だったのが、次第に定住するものが多くなってできた村だ。車の修理や補給には便利だし、最近ようやく通信用のアンテナ小屋が建てられて、オフィスもサービスを始めたところだ。
オフィスで調べてみた限り、駆逐キャンペーンはしばらく行われていないようだった。最近は妙にモンスターの数が減ったという。
思い当たるのは、やはりデュラン大佐の機甲部隊の存在だった。この地域で活動する全てのハンターの車両を、優に越える数の戦闘車両が持ち込まれているのだ。移動の際に出会うモンスターと交戦しないわけはない。勢い、モンスターの数は減る筈だ。
(デュランめ、俺からジェインとリサだけで飽き足らず、稼ぎまで奪うつもりか)
勿論モンスターの数は減った方がいいに決まってはいる。ドリルワームに穴だらけにされたり、殺人アメーバに生きながら消化されたり、そんな目に会う人々が増えて欲しくはないのだ。グレッグはハンターであると同時に一人の父親であり、夫だった。しかし、今は一体でも多くのモンスターを自分で倒して稼がねばならない。
父親であり、夫であったことを全うするためにだ。長い道のりになるだろうが、デュラン達を生かしておく訳には行かない。
「オイルにはオイル、錆には錆を、だ」ハンターたちの古い合言葉を呟きながら、オフィスのカスタマー用端末を離れる。
係員を務めている中年の婦人が声をかけてきた。
「ああ、マイヤーさん。お電話ですよ」
「電話だって?」
グレッグは目をむいた。
この村で電話があるのはこのオフィスだけだ。つまり別の村か町からだが、有線の電話など、一体誰が?
たいていは通信機で事足りるし、長距離の通話はそれなりに料金がかかるというのに。
「ロングフォードのハンターオフィスから秘匿希望通話ですって。中のブースでどうぞ」
電話ブースといっても、古い乗用車の運転席を車体ごとちょん切ってきて、カウンターの奥に置いて防音してあるだけだ。本来はオフィス間の緊急連絡などで、周囲に聞かせられないときに使うものなのだが。
(待てよ、ロングフォードか。ひょっとすると――)
「もしもし?」
受話器を取った。
(グレッグか? 探したぜ、ようやく捕まえたよ)
懐かしい、陽気な声。アンディーだった。
アンディーとは、もう三ヶ月前にパインブリッジで別れたきりだ。
「久しぶりだな。どうしてるんだ?最近は街道筋でお前の噂を聞かないぞ」
アンディーの答えは意外なものだった。
(運び屋は辞めたんだ)
「辞めた? じゃあ今は……?」
(救急車の運転手さ。アルバトロスをレンタル屋にリースして、その配当を頭金に中古のバンを買った。スチュアート先生の診療所に怪我人を運んで、そう、一日に十回は出動してるかな。みんなに感謝されてるぜ)
「そいつは……いい仕事だな」
グレッグはため息を漏らした。なんとまあ、変われば変わるものだ。
(もっと驚くことがあるぜ。今、先生と付き合ってるんだ。今度プロポーズしようと思ってる)
「ホントか? おめでとう、アンディー!!」
グレッグは少し羨望を覚えた。時機こそ遅くなったが、アンディーは屈託なく人生の幸福を手にしようと前に進んでいるのだ。ハンターだからといって皆が皆、血塗られた道を進む必要などない。二人とも年はいってるが、アンディーと先生なら案外いいペアになるかも知れない。
(……お祝いにはまだ早いよ。これからだからな。あんたこそ、アリサとはどうなんだ? うまくやってるのか?)
「ああ、最高のメカニックだよ。ファブニールは彼女に任せれば、申し分ない」
(そういう意味じゃなくて、例えば――もう寝たのか?)
「……ばかな、よしてくれ。いくつ年の差があると思ってるんだ、娘みたいなもんだぞ。彼女だって、俺のことは父親に近い感じに見てるはずだ」
(さあ、どうかな? 色恋は年齢に関係ないし、今時あの年なら立派な女だよ。先生はアリサがあんたに惹かれてるといってる。確かだろうさ。なんせ母親だからな、子供のことには普段以上に洞察が働くだろうし。それにあんたも、動揺するところを見ると怪しいぞ?)
「……そういう事を言うな!……ジェインの喪だってまだ明けてないんだ。第一、お前と義理の親子なんてぞっとしないぞ」
それに、とグレッグは畳みかけた。
「わざわざ電話を使うんだ、今日は他の用事じゃないのか
どうにか話題を切り替えられそうだ。
(それだよ。あんたにとって耳寄りな話を仕入れた)
「ふむ、何だ? 戦車貧乏の中年にとっちゃ、どんな儲け話でも大歓迎だが――」
(戦車輸送車――大型トレーラーが手に入るかもしれんチャンスがある。どうだ?)
「何だって?!」
タバコのヤニらしいもので変色した乗用車のシートの上で、グレッグは頭を天井にぶつけかねない勢いで跳びあがった。
(輸送車か――その手があった)
散発的な略奪を小編成の部隊で繰り返す、デュランの機甲師団。その本拠地は、南に広がる広大な砂漠地帯の深奥と考えられる。
ファブニールのような燃料食らいの重戦車ではとても自走して行ける距離ではない。
よしんば燃料が持ったところで、車体が持つまい。なにせ「戦車工学的奇跡」である。
本当の意味での「戦車」を所有するハンターの間で、しばしば愚痴っぽく語られることだが、本来、戦車とは走っているだけで次第に壊れていくものだ。
重い車体を強力なエンジンで無理やり動かす、そのしわ寄せは結局走行装置にまわってくる。
だから堅実なハンターは極力車体を軽量化し、あるいは軽戦車や装甲車を選択する。つまり、無理をしないということだ。長い目で見ればそういうハンターの方が、長生きするし稼ぎも効率的になる。
以前出会ったハンター、キーロフは仲間内でグレッグが「大馬鹿野郎」と評されている事を教えてくれたが、それは結局のところ妥当な評価といっていい。重装甲、大火力の重戦車に固執するハンターを揶揄して「戦車病」などという言葉も使われるほどだ。
だが、普通のハンターとはそもそも戦う動機が違う。グレッグにとって、単身で多数の敵を相手にするためには、ファブニールの装甲と火力でも心許ない程なのだ。その重いファブニールを稼動可能なまま敵地に運ぶ方法として、確かに輸送車は最も現実的な回答だった。
「……詳しく話してくれ」
グレッグは楽な姿勢をとって、長話の態勢に入った。
(半年近く前のことだ。フォンダ市の戦車工場からロングフォードへ向けて、トレーラーが一台出発した……オーバーホールの終わった新品同様の戦車を積み込んでだ。もちろんそんな大型車輛じゃ例の『ロング・シックス』は通れない。フォンダからロングフォード方面へは上流の狭いところでホワイトリバーを渡り、ドラゴンズ・ヒルの北側を抜ける別ルートがあるんだが――)
「ふむ」グレッグは頭の中でこの地方の概念的な地図を描いた。
ドラゴンズ・ヒル。それはロング・シックスより上流の、ホワイトリバー北岸に広がる起伏の多い丘陵地帯だ。以前拠点にしていたぺトラのほぼ真北になる。
このラストマウンドはパインブリッジ市の北西百キロちょっとの場所だから、ドラゴンズ・ヒルからはほぼ真西にあたることになる。
(行きはよかった。戦車の持ち主のレンタル屋が護衛をつけていたし、これといったモンスターや山賊にも会わなかったからな)
「帰りはそうは行かなかった、というわけだ」
なるほどな、とグレッグは納得した。ドラゴンズ・ヒルといえば、とかく気味の悪い噂の有る場所だ。人口の比較的多いこの五十七号ハイウェイ沿いで、すっぽりと取り残されたようにそこだけ人の手が入らず、地図にも外縁部しか記されていない。
車輛では進入しにくい地形ではあるのだが、物好きに足を踏み入れたごく少数の傭兵やハンターがことごとく消息を絶っているのは、あながち不運な偶然だけとも思えない節があった。