タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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巨獣・2

〈そういうことだ。トレーラーは結局フォンダ市には帰還しなかった。帰りの護衛についていたフォンダのハンターもだ。高性能の五十七ミリ砲を積んだ八輪装甲車を操る腕利きだったにもかかわらず、な〉

 

「うーむ」

 

 グレッグは唸った。

 

「五十七ミリ砲装備で行方不明か。険呑だな」

 

 誤解されがちだが、大砲や機銃の威力は必ずしも口径とイコールではない。五十七ミリは速射性を重視した良砲で、貫通力を強化した離脱装弾筒付徹甲弾(A P D S)を使用できるため、近距離での格闘戦において高い威力を発揮する。

 

 機動性に優れた装輪車輌との組み合わせは、ハンターの装備選択として一つの完成形といっていい。

 装甲防御を犠牲にする分は操縦技術でカバーする事になるから、その手の車に乗るハンターは、間違い無く第一級の「本物」のはずだ。そんな男がヘマをやるとは思えない。

 

〈ロングフォードではもうここ何ヶ月も、ハンター仲間じゃその話で持ちきりだった。だがさすがに捜索範囲が広すぎるのと、並みの装備では危険過ぎるって事で、誰も手を出さなかったのさ。だがこの間診療所に薬を届けに来たトレーダーが、貴重な情報を売ってくれた〉

 

「そいつを俺に話してくれるってのか」

 

〈今の俺にはどうでもいい情報だからな。わざわざそんなヤバい所まで出かけて、使えるかどうかも判らん車のために命を張るより、一人でも多くの患者を先生の診療所に運ぶほうがいいのさ。ただ、条件が一つある〉

 

「何だ?」

 

〈生きて戻って、式に出てくれよ。アリサと一緒に〉

 

「勿論だとも!」

 

(アンディーの奴め、先生からOKの返事をもらう確信があるんだな)

 

 オフィスを出ると日はすっかり傾いていた。夕暮れの大気の中にかすかに甘く、何かの花の香りがする。雨季が明けると、季節の変化に乏しいこの地方にも、春と呼べる短いひとときが訪れる。大地はまだ、死に絶えたわけではない。

 

 長い時間受話器を当てていたせいで、左耳の軟骨がズキズキした。アンディーの情報はかなり信頼できるものだった。思えばファブニールを手に入れたときといい、彼には世話になりっ放しだ。いつか、きちんと返せるだろうか。

 

 トレーダーのトラックが一台、新たに村へ入ってくるところだった。村のゲートはあと一時間もすれば閉まる。すべり込みだ。減速しながら接近してきたトラックの前輪が、まだ残っていた大きな水たまりの中を通って、酸を中和するため撒かれた石灰の混ざった泥水を、グレッグのほうへ跳ね飛ばした。

 

「!!」

 

 左半身、腰の辺りから下が水浸しになった。上着は防水の合成レザーだからいいが、ズボンは本物の木綿ツイル――アンディーに薦められて買った発掘品だ。恨めしげにトラックの方を振り返ると、向こうも気づいたらしく車を止めて降りて来る。

 

「いやはや申し訳ない! 水溜りが思ったより深かった」

 

 そう言いながら歩いてくる男はグレッグとさほど変わらない年のようだった。横幅の広いがっちりした骨格、人のよさそうな顔立ちだが程よい尊大さが見て取れる。そこそこの成功を収めた人物にはよくあることで、嫌味な感じはない。

 

「ハンターか? ひどく濡れたようだな。すまない、弁償するよ」

 

 と、グレッグと目が合ったとたんその男は雷に打たれたように硬直した。

 

「……グレッグか?」

 

 一瞬、何とも複雑な表情を浮かべたが、途端に数歩駈け戻ると、幌のかかったトラックの荷台の中に向かって叫んだ。

 

「ジョッシュ! 降りて来いよ、今すぐ!」

 

 男はひどく嬉しそうに言葉を継いだ。

 

「グレッグだ、グレッグがいたんだよ、この村に!」

 

 グレッグはようやくその男の顔に思い当たった。

 

 ガープ。パインブリッジの電子部品採掘場で一緒だった鉱奴仲間だ。手癖が悪く嫌われ者だった肥満児が、円満そうな風貌になってここにいるとは。

 

そして――

 

「グレッグ!あんたか、本当にあんたなのか!」

 

 泣き叫ぶような声をあげて走ってきた長身の男に抱きすくめられ、グレッグは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 

「じゃあ、そのトレーラーを手に入れに行くのね?」

 

 テーブルの反対側で脂染みたスパゲッティを飲み込みざま、アリサがそう尋ねた。

 

「そうだ。整備の方はどうだ?」

 

「うーん、特に問題なしよ。もっと程度のいい部品があればとは思うけど、こんなご時世だしここ田舎だしね」

 

「田舎のほうが食い物は安いし、無いものねだりをしても始まらんさ。決まりだ。明朝、出発しよう」

 

 宿屋の一階の食堂で、夕食を取りながら二人は今回の探索について打ち合せていた。食事は隣の酒場でもできるが、グレッグは酒を飲めない。

 植物油を切らしているらしく、スパゲッティのソースは獣脂がふんだんに使われていてかなりしつこい味がする。だが、酒場に普段集まる連中の顔ぶれを考えるとアリサのためにもこの食堂の方がましだ。

 

「口を拭けよ」

 

「ん」

 

 どちらも口元は香辛料とトマトの色に染まって、脂でてらてらと光っている。ごそごそとナプキンで口を拭って、二人は食事を終えた。

 

「ドックの前で立ち話をしてたけど、知ってる人?」

 

「ああ――」

 

 話したものか? まあいい。

 

「この間話した、パインブリッジで―鉱奴をやっていたときの仲間さ。今じゃいい年になったもんだ。トレーダーをやってて儲かってるらしいな」

 

「うあ、すごい偶然ね」

 

 いい年か。グレッグはふと可笑しくなった。もう二十年にもなるのか、あの頃から。ガープがすっかり好人物になっていたのも不思議ない。人は変わっていくものだ。

 

(一番変わってないのは、俺かもしれないな。)

 

「じゃあ、ケイさんのことなにか判った?」

 

 アリサが唐突に聞いてくる。グレッグは危うく口に含んだコップの水を噴き出しそうになった。

 

「何を言い出すかと思えば。――いや、まだ聞いてない。五百人以上の鉱奴や巣守りが解放されて、あちこちへ散らばったり、町に残ったりしたんだ。どのみち判らんだろう」

 

 廃屋に降り込められている間、退屈がるアリサに自分の昔話などしてやったのが間違いの元だ。

 解放前のパインブリッジでは鉱奴として働かされる男たちに、「巣守り」と呼ばれる女たちがそれぞれにあてがわれ、不満をそらすと共に監視を行う事で反抗を未然に防いでいた。

 グレッグにも二つ年上のケイという少女が与えられたが、彼女は解放されたときにグレッグと同行することを拒み――それっきりだ。生きていれば今頃は、何人かの子供の母親になっていることだろう。

 

「もうケイの事は俺には関係の無いことだ。アリサ、君にもな」

 

 なぜアリサがそんなことを気にするのか解らなかったが、不満そうな顔をする彼女をテーブルに残して、グレッグは二階への階段に足をかけた。

 

「明日は早いぞ。早めに寝ろよ」

 

 

 

 翌朝、グレッグが一階に下りると、食堂にはアリサと、それにガープとジョッシュの三人がいた。

 

「グレッグ、俺達も連れていってくれよ。儲けになりそうな話じゃないか」

 

 ガープが満面に笑みを浮かべてそう言った。ジョッシュは傍らで、やせた神経質そうな顔に、こちらを探るような表情を浮かべている。

 

(ジョッシュの奴、何だか陰湿な感じに成長したな)

 

 そう思いながら、わざとゆっくりアリサの方を向き直った。

 

「これはどういう事なんだ? 説明してくれないか、アリサ」

 

「えっと、その……」

 

 首をすくめて小さくなるアリサを庇うように、ガープが口を挟んだ。

 

「俺達が訊いたんだよ。グレッグ、あんたがどこへ行くつもりなのか。俺達は廃墟とか、戦車の残骸やらから使えるものを回収して売る、スカベンジャ-が主な稼ぎでね、ハンターと同行できりゃ、仕入れも楽で安全なんだ」

 

 ジョッシュもおずおずと口を開いた。

 

「砲弾も売ってるから、安くしておくよ。空の薬莢が有ったら、発射薬と弾頭も詰め直してあげるし。グレッグだったら、四割引にしとくよ」

 

 グレッグは思わず額に手を当てて嘆息した。こいつは、気苦労の多い旅になりそうだ。

 

「まあいいだろう、ついて来いよ。トレーラー以外でファブニールに使えなさそうな物はそっちの取り分だ、いいな?」

 

 冷静に考えれば長距離の移動を伴う危険な探索に、補給品を積んだトラックと人手が随伴してくれるのは悪いことではないのだが。

 

 ガープがにやりと笑った。

 

「トレーラーのエンジンが死んでたら、うちの商品を買って載せるといい」

 

 結局、ファブニールとガープ達のトラックのうち二台で同行することになった。

 

「よし、ドラゴンズ・ヒルへ出発だ。周囲への警戒を怠るなよ」

 

 

 空は晴れ上がり、大気は雨の後で埃もなく澄みきっている。だがグレッグは次第に垂れ込めていく不安と緊張の黒雲を払うことができないでいた。アンディーがトレーダーから得た情報によれば、例の北側を回るルートをずっと外れた地点に向かって何か大きな物が引きずられていった跡があったという。

 

 それが果たしてトレーラーの所在に結びつくものかどうかは定かではない。しかし、ドラゴンズ・ヒルには間違いなく何かが潜んでいる。

 

 ドラゴンとは旧時代の神話や伝説に語られる怪物だ。「ファブニール」もその眷属の一頭の名前なのだそうだが、そんなものがまさか今の世に実在するとは思えない。

 だが、少なくともあの丘陵地帯がその名を冠されるに相応しいだけの物――とてつもなく危険な、何ものかが、グレッグたちを待っているはずだ。

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