タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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巨獣・3

 五ヶ月と少し前。

 ちょうどフォンダからのトレーラーが帰路で消息を絶った日。

 

 そのトレーダーは急な用事でフォンダからパインブリッジへ向かって、オフロード用バイクを飛ばしていた。

 どんな用事で何を運んでいたのかは判らない。「ヤバい」荷物だったのかもしれない。情報を売る側は買う側に、余計なことは喋らないものである。肝心なことは、とにかくその男が旅の途中でバイクの不調に気がついたという事なのだ。

 

 エンジンからいやな匂いの煙が上がった。調べてみると腐食のせいでクランクケースにごく小さな穴が開いていて、少しづつオイルが漏れていた為に、エンジンがオーバーヒート寸前になっていた。

 

「クソ、うかつだった」

 

 男は毒づいた。

 

 穴を塞ぐにはどこかの町に行かないと無理だ。手持ちの工具では気休め程度の補修しか出来ない。それはまあいい。入れたオイルが空になるまで少なくとも三日は経っているから、補充さえ出来れば何とか持つだろう。補修は街に入ってからで十分間に合う。

 問題は、補充のオイルを今持っていないことだった。

 こんな時には落ちついて、何でもいいから周りに利用できそうなものがないか、辺りを見回してみることだ。今回も男はそうした。

 

 荒野の一角にそれはあった。煙を上げる黒っぽいシルエット。クルマだ。

 

 とっくに火は消え、わずかに残った可燃物や炭化した物がくすぶりつづけているが、まだ何か使える物が残っているかも知れない。

 近づいてみると幸運にも、転がり落ちたオイル缶があった。車が横転したときに、固縛が解けたのだろう。蓋はきちんと閉まっている。車はどうやらハンターの物のようだった。

 

「まだツキには見放されてないらしいな」

 

 そう言いながらフタを取り、中のオイルの匂いを嗅いでみる。上物だ。

 

 よく見てみると車は高機動の八輪装甲車のようだった。斜めに切り落としたような面で構成された、細長い車体が特徴的だ。

 武装は旋回砲塔に速射砲を積んでいる。

 

 してみるとこいつの主はそれなりの腕利きだ。だが車体には何やら大きな鋭いもので掻きむしったような痕が口を開け、機関部にまで達していた。砲塔のハッチからは黒焦げになった人の腕らしき物が突き出ている。

 

「げえッ」

 

 惨状に思わず目をそむけ、こみ上げてきた胆汁を砂の上にぶちまけた。ようやく落ち着きを取り戻して顔を上げたとき、男は辺りの地面に

なにやら大きな物を引きずったような跡が、彼方の丘陵地帯へと伸びているのに気が付いた。その痕跡の向かう先は――とかく噂のあるドラゴンズ・ヒルの方角だ。

 

「……ヤバいな」

 

 何事があったか知らないが、早めにずらかった方がよさそうだ。男は大急ぎでバイクのエンジンにオイルを飲ませると、その場を離れた。数週間後、帰り道になんとなく気になってその辺りを通りかかったが、装甲車の姿はもう見当たらなかった。

 

 

           * * * * * * * *

 

 

      さんさんと降り注ぐ太陽

      海岸へと続くハイウェイ

      

      僕は車に君と犬を乗せ

      ほんの少しスピード超過

      最高のドライブ日和

 

      ラジオを点ければ飛びこんでくる

      ゴキゲンなあの曲

      そいつは最新のヒットナンバーさ

      (口笛は苦手だけど気にしないよね?)

 

      このままこうして

      走りつづけていられたら

      最高なんだけれど

      残念ながらものごとには

      いつも必ず終わりがある……

 

 

「何歌ってるの?」

 

 ヘッドセットのイヤホンから、アリサの声がした。クスクスと声を殺して笑っているのが聞こえる。そろそろ北ルートの幹線部を離れて、ドラゴンズ・ヒルの

北側へと向かう分岐ポイントに差し掛かる所だ。

 

「しまった、マイクのスイッチを切っていなかったか」

 

 グレッグも苦笑した。ほんの小さな声で鼻歌程度に歌っていたのだが、ぺトラのドックでギルバート親方が付けてくれた車内通話装置のマイクは、喉元に接触させるタイプでやたらと感度がいいのだ。

 

「……『ルート99』って、そんな歌詞だっけ?」

 

「こいつがオリジナルさ。俺の外に知ってるのは、今じゃアンディと――」

 

 そこまで言ってドキリとしたが、後を続けた。

 

「娘のリサだけだ。」

 

(馬鹿な。まだどこかで信じているのか、俺は――行方不明の娘が、まだ生きていると?)

 

 挙句にルート99か。二重の悲嘆に捕らわれて、グレッグは右手で顔を半分覆った。

 

 廃墟にうち捨てられたジュークボックスから流れ出た、大破壊より遥か昔の古い音楽。

 ロックンロール。人類がその可能性を屈託なく夢見ていた黄金時代の遺産。

 

 ハンター達の間で口伝えに広まったものは歌詞とリズムがだいぶ変わり、フレーズの尺もいくらかオリジナルと違う。

 発見した時、その歌と自分達が生きる時代との余りのギャップに、グレッグは一人でむせび泣いた。何も考えられなくなりただひたすらに泣いた。それはこの時代に生きる大多数の人々にとってはあまりに残酷な代物だった。

 

 だから、敢えてオリジナルの歌詞は世に出さなかったのだ。

 

「……家族のしるしって感じね、その歌。聞いちゃったって事は私も家族でいいの?」

 

 アリサがいたずらっぽく聞いてきた。

 

 家族か。また家族を持つことがあるのだろうか。

 

 復讐を遂げて休める日が来たならば――俺一人がまた幸せになっても許してくれるか? ジェイン。

 

 

「見つかるといいわね、リサちゃん」

 

 答えられずにいるグレッグの胸中に思い至ったのか、アリサがポツリと言う。

 

「……ありがとう」

 

 視線を交わさなくとも互いの表情が見える、そんな感触があった。不安を押し殺すために出た鼻歌だったように思う。だが、思いがけないアリサとの共感が今、ここにある。

 

 アンディーにからかわれた件は気にならなくなっていた。旧友は知らない事だがどんなに煽られた所で、グレッグの主砲はどのみち大破したままなのだ。村が炎の中に消え、ジェインの亡骸が凌辱されるのを目の当たりにしたあの日から。

 

「……娘か妹で良ければ、末永く家族づきあいしてくれ」

 

 殊更に明るく答えたグレッグに、今度はアリサが答えに詰まったようだった。

 

 

 分岐ポイントを過ぎるころから空が少し暗くなった。まだ日没には早い。雨季のなごりの湿り気を帯びた灰色の雲が、丘陵地帯の上を覆うように垂れ込めて来たのだった。

 

「いやな天気だ」

 

 グレッグは眉をひそめた。通信機のランプが点滅している。ガープ達のトラックから入電らしかった。ファブニールの遅い巡航速度に合わせて走るのは燃料のロスが大きいので、二台の内一台が、エンジンを切ったもう片方を牽引して、ゆっくりとついて来ている。こちらとの車間距離は五十メートル程度と言った所か。

 

「どうした、ガープ?」

 

(左後方、地平線に土煙が見える。こちらへ近づいてくるようだ)

 

 ハンター式の省略表現を使っていないせいか、ひどく冗長で呑気に聞こえる。

 

「敵襲かな。戦闘準備、弾種……徹甲弾」

 

 自動装填装置の回転式弾倉がセレクターと連動して回転を始める。

 

「待って、車体に見覚えがあるわ。マーキングにも。敵じゃないわよ」

 

 全周旋回式ペリスコープの映像を見ていたアリサが、射撃準備に入ろうとするグレッグを制止した。

 

「相変わらず目がいいな」

 

 砲塔のハッチを開けて双眼鏡を覗いたグレッグにも、その土煙の中にいるものがようやくはっきりした形をとって見えた。

 傾斜した装甲を持つ緑色の車体。大き目の砲塔から突き出た長砲身の主砲。

 

「……ロジーナMk-Ⅱだ。久しぶりだな」

 

 それはパインブリッジで出会った戦車通の大男、セルゲイ・キーロフの愛車だった。ファブニールとロジーナが荒野でまみえるのは始めてだ。

 

(よう、マイヤー。お嬢ちゃんも一緒かな? 支援車輛付きとは豪勢じゃないか)

 

 通信機から流れるキーロフの声は、いつぞやガンタワーから二人を救ってくれた時と同じに不躾でがらがらして、それでいてひどく頼もしかった。

 

「別に俺の部隊って訳じゃない。道連れのトレーダーだ、知り合いだがな」

 

(ほう。何か買うものがあるかも知れん。停めてくれ、煙草でもどうだ?)

 

「煙草は吸わないが、停まるように言おう。……ガープ、お客さんだぞ」

 

 ガープからは了解の応答があった。車内通話装置でアリサに呼びかける。

 

「トラックに寄せて駐めろ。俺達も休憩にしよう」

 

 四台の車が形の崩れた円陣を組んでうずくまった。

 

「何だ、あんたもトレーラーが狙いか」

 

 トラックに積まれた補給品を物色しながら、キーロフはグレッグの方を向いて、つまらなさそうにそう言った。ガープから聞き出したようだ。

 

「『あんたも』って、どういう事だ?」

 

 グレッグは顔色を変えた。

 

「パインブリッジ辺りを最近うろついてるハンターたちは大抵、そのトレーラーを狙ってるぜ」

 

 情報を持ってたトレーダー、何重にも売って相当儲けたんじゃないかな、とキーロフはまた向こうを向いて喋りつづける。グレッグは少し落胆した。

 

(アンディーは人がいいからな、疑いもせずまたぞろ言い値で買ったんだろう)

 

 アルバトロスのキャビンにあった雑誌がそうだったように。

 

「じゃああんたもなのか、キーロフ?」

 

「うんにゃ、俺は――」

 

 そう言いかけてキーロフは訂正した。

 

「ロジーナはもともと足が長い。同じ量の燃料ならあんたの車の三~四倍の距離は自走できる、それも故障なしでな。どちらかと言えば俺が興味があるのは、生還してないハンターの車とモンスターそのものの方だ――おい、このガスケットはまだ新品同様じゃないか!少しここの所を切り取れば、ロジーナのエンジンにぴったり合いそうだ」

 

 めぼしい商品を見つけて値段の交渉を始めたキーロフに、グレッグは気乗りしないながら声をかけた。

 

「どうする、ドラゴンズ・ヒルまで同行するか?」

 

 キーロフがハンターオフィス発行のG小切手にサインしながら答えた。

 

「聞くだけ野暮ってモンだ。この辺で動いてるハンターの間じゃ、俺達二人の戦車は跳び抜けて主砲が強力な部類なんだぞ。組めば差しあたって怖い物無しだろが」

 

 そうなのか?

 

「自覚してなかったよ」グレッグは耳の後ろを掻きながら顔をしかめた。

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