タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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「何だ!?」

 

そう叫んだ次の瞬間、右手の崩れかけた廃ビルから、バラバラとコンクリート片が降ってきた。わずかに遅れて砲声がこだまする。

 

 さらに二発、そして三発。

 

 町の外から長射程の砲で、榴弾を撃ち込んで来ているらしい。おくればせにサイレンが町中に響き渡った。

 

「何てこった!」

 

 慌ててビルの下から離れながら、グレッグは毒づき、ドックへと走った。

 

 何人かの男たちが町の裏門のほうへと駆けていくのが見える。交易ルートの護衛車両らしいバギーに引っ掛けられそうになって、グレッグは地面に転がった。

 

 急ブレーキをかけた車が十メートル程スリップして停まる。

 

「馬鹿野郎!」

 

 先に怒鳴り散らしたのはバギーの男の方だった。グレッグは起き上がりざまそいつに駆け寄った。

 

「馬鹿はそっちだ、殺す気か」

 

 左ウィンドウから体を乗り出した男の首根っこを捕まえ、締め上げながら問い詰める。

 

「何が起きてるってんだ、説明しろ」

 

「知らんのか。ありゃこの辺を最近荒らしまわってるって噂だった、武装盗賊団だよ。どこで手に入れたのか、戦車(クルマ)を五台も持ってやがる――ご丁寧に車種を統一する念の入り様だ」

 

「五台も……」

 

「ここの水に目をつけたらしいな。この町はもう終わりだ、あんたも早いとこずらかったほうがいいぜ」

 

「……それでもハンターか」

 

 あきれ果てたグレッグが手を離すと、男は捨て台詞とともに走り去っていった。

 

「手向かえってでも言う気かよ! 勝てるもんか、くたばるがいいさ!」

 

 

 反対側の門へ向けて走り去る車を見送りながら、グレッグはため息をついた。

 

 

 あの男の言った事は正しい。今のグレッグには戦車五台をまともに相手取るのはかなり無理がある。だが、それをすんなり受け入れるには、今日のグレッグはいささか機嫌が悪すぎた。

 

(勝てないかどうか。やってみるさ、ここで死ぬくらいの器ならどのみちジェインの仇など討てはしないんだろうからな)

 

 

 ドックへ戻ってみると、ガレージは砲弾を受けて半壊していた。砕けたコンクリートの粒子がまだ空中に漂っている。砲撃は一旦止んで、オクタポンドの町に降伏を呼びかける拡声器からの声が、遠雷のように響いていた。

 

 瓦礫の下から何か突き出している。それがあの整備士の親父の腕だと気づいて、グレッグは一瞬めまいを覚えた。

 

「あんたとは短い付き合いになっちまったらしいな」

 

 考えてみれば、まだ名前も聞いていなかった。このファブニールが最後の仕事になってしまったが、満足だっただろうか?

 

 砲塔によじ登ってハッチを開けたところで、後ろからあの整備士見習の少年の声がした。

 

「どこに行くんだよ!まさかその戦車で……」

 

 買い出しに行ってきた帰りらしく、手には酒や食い物の入った袋をぶら下げたままだ。

 

「そうだ。こいつで奴らと戦う。」

 

「だってあんた、その戦車は一人じゃあ……」

 

 あの親父め! 要らんことまでペラペラとこいつに喋ったのか。

 

「それでもやるのさ。この辺で『戦車』に乗ってるハンターは俺だけらしいんでな」

 

 その時、グレッグの頭の中でひとつの考えが閃いた。

 

「坊主、お前の名前は?」

 

「ト、トミーだよ」

 

「よしトミー、お前を臨時にファブニールの装填手として任命する」

 

 何事かと恐怖に顔を引きつらせる少年にグレッグはさらに追い討ちをかけた。

 

「砲塔ハッチを開けて、乗り込むんだ」

 

 

 

「今の状態では無論、ファブニール(こいつ)で五台相手の機動戦は無理だ」

 

 ドックの親父とも話した事だが、本来この戦車には三人の砲塔要員が必要なのだ。

 

 戦車長。

 

 装填手。

 

 そして無論、砲手。

 

 だが幸いにしてファブニールを入手して最初にレストアしたときに、馴染みの整備士が戦車長用のスコープも砲手座から使えるように改造してくれている。つまり、索敵と状況把握は自力でやりながら、主砲も操作できるわけだ。

 

 エンジンの駆動音が響く車内で、グレッグは砲塔にいるトミーにそこまでを手短に説明してやった。

 

「だから装填手さえいれば、主砲は撃てる。動かずに戦う事さえ出来ればな」

 

「本気かよ」

 

 冗談じゃない、やられちまうぜ。そう言って怖気をふるうトミーに、グレッグは意地悪く

付け足した。

 

「戦車が好きなんだろう?こんな機会、そうは無いと思うぜ」

 

 

 

 町の門のそばまできて敵の姿を初認した時、グレッグは思わずほくそえんだ。どうやら敵の戦車の主砲は七十五ミリらしい。

 それなら側面に回りこまれない限りは、ファブニールの装甲は貫通されずにすむ可能性が高い。おまけに奴らは戦車を密集させすぎている――付け入る隙はある。

 

 

「いいかトミー、俺はこれから戦車を一旦停めて砲塔へ上がる。お前は俺の右側に付け。装填だけに集中すればいいからな」

 

 グレッグはファブニールを敵の予想火線に対して右三十度に位置させると、変速機のギアをニュートラルに放り込み、エンジンの回転を限界よりやや下、2800rpmまで上げてアクセルを固定した。

 

 これで砲塔はエンジンからの油圧を受けて敏速に旋回する事ができる。

 

「うわ、何だこの砲弾!こんなでかいのはじめて見た」

 

 車内通話装置のヘッドセットからトミーの驚きの声が響いて来る。

 

「八十八ミリ砲弾だ。実は俺もこのクルマに乗るまでは見たことがなかった。重いから怪我しないように気をつけろ。あと尾栓は装填後自動で閉鎖するから、指を挟むなよ」

 

「うう、わかった」

 

 トミーのほっそりした腰にはあの砲弾はかなり負担だろう。ヘルニアなど起こさないでもらいたいところだが――

 

 外ではまだ野盗どもの拡声器が、無法な要求を町に対してがなり立てていた。

 

「最後通告だ。十秒たって返答が無ければこの町を完全に破壊する。繰り返す……」

 

 

「下衆どもめ」

 

 グレッグの胸の内には静かだが激しい怒りがあった。

 

 モンスターや自動兵器だけでもこの世界はこれだけ糞っ垂れだというのに。水が欲しければ普通に買えばいいだろう。そして戦車がありながら、ハンターにでもなって人々の安全に貢献しようと、なぜ思わない?

 

「見てろよ……」

 

 ――5ぉ、4、3、2ぃ、1ぃ……

 

 拡声器から響くあざけるような声をかき消して、ファブニールの主砲がくぐもった咆哮を上げた。

 

 盗賊団の戦車の不恰好な砲塔が、車体からはじけ飛んでひっくり返るのが見える――まずは一台。

 

「トミー、次弾装填だ。早くしろ」

 

 熱い空薬夾を二重に軍手を嵌めた手で砲塔後部バッスルの弾薬ラックに戻すと、トミーはよろけながら第二弾を装填した。その瞬間、轟音とともに車体に伝わる衝撃。敵の初弾だった。だが貫通はしない。

 

「下手糞め」

 

 吐き捨てるような口調になるが、顔は笑っていると自分でもわかる。

 

 よりによって一番装甲の厚い前面部、しかも斜め方向からの着弾だ。貫けはしない。どうやら敵は戦車戦に関してはズブの素人なのだ。

 

 敵は自動装填装置を使っているらしく、かなりのペースで撃ってくる。車体の左側面下部で嫌な音がした。キャタピラ部分だ。履帯か転輪が破損したのに違いなかった。

 

「素人でもまあ、そのくらいのセオリーは知っていると見える……!」

 

 だがそれは野戦、尚且つ機動戦でこそ有効な戦法だ。グレッグはそもそも動くつもりなど無かった。

 

 戦車のもっとも原初的な意義は、移動トーチカとしての運用にある。彼はその「移動」さえも捨てて勝ちを拾うつもりだった。ファブニールの巨体に施された強固な装甲は、未だ一発の貫通弾をも敵に許してはいない。

 

 そして二射目。今度は機関室を撃ちぬいたらしく、敵の戦車は爆炎に包まれた。膝を折って崩れるような様で、その車両は動きを止めた。

 

 予想以上の戦果にグレッグの心は高揚した。勝てる。戦って、勝つ。

 

 砲塔旋回ペダルを踏みこんでファブニールの射界に敵の戦車を捉え、距離に合わせて砲の仰角を調整する。その一つ一つが今日の勝利と、明日の生とに直結している。

 

 それは戦うものだけが、獣だけが持ちうる充足の時。

 今、グレッグとファブニールは、始めて真の意味で一体となったのだ。

 

 第三射。   

 

 アンテナを幾つもつけた指揮車両とおぼしい敵戦車が弾庫に直撃を受けて沈黙し、残る二両はなおも遠慮がちに空しい砲撃を続けながら撤退を始めた。

 

 

 

 

 ハンターオフィスで受け取った報酬はそれなりに満足できる額だった。どこかの裕福な交易商人が、盗賊団にいくばくかの賞金をかけてくれていたのだ。

 

 これで、どこかの町でコンピューターユニットを手に入れられれば、一人でファブニールを操る事が出来るようになるだろう。鹵獲した敵戦車の砲塔からはやはり自動装填装置が出てきた。あれも、自分の戦車に合うように改造できるかもしれない。

 

 そうやって、少しづつでも自分の力を蓄える。そしていつか、ジェインを奪った奴らにふさわしい報いを呉れてやるのだ。

 

 

 オクタポンドの町の出口、数日前ファブニールが陣取った場所よりやや外側で、グレッグはトミーの見送りを受けて出発しようとしていた。 

 

「トミー、お前これからどうするんだ?」

 

「……勉強して親方のドックを再建するよ。戦車は好きだけど、乗って戦うのはもうご免だな」

 

少し逞しくなったように思える横顔をみせて、少年はグレッグの問いに答えた。

 

「そしたらまた来てくれよ!あんたの戦車、地上最強にしてやるから」

 

「ああ」

 

 地上最強か。

 

 そいつはいい、とグレッグは微笑した。いつかこの少年の助けを借りて、俺の最後の敵に肉迫する、そんな日が来るかもしれない。

 

 デュラン大佐。

 

 忘れる事の許されないその名に。

 

 オクタポンドの町を彼方後ろに見つつ疾駆するファブニールの操縦席に、グレッグの歌う、ハンター達お馴染みの進撃の歌が低く流れつづけた。

 

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