タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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巨獣・4

 次の日の午前中一杯、四台の車は一団となって東へ進んだ。

 

 実際、キーロフの戦車「ロジーナMk-Ⅱ」の機動力はたいしたものだ。エンジンパワーに比して車体が軽く、サスペンションにも負担がかからないせいなのだが、ファブニールならはまって動けなくなりそうな軟弱な砂地なども難なく踏み越えるし、旋回、加速ともに実に軽やかな動きを見せる。

 

 新型なのか、という問いに、意外にもキーロフは首を横に振った。

 

「このタイプが俺の故郷で作られたのは、もう二十年近く前だ。大破壊に近い時代の車輛は複雑、高級過ぎて今の技術レベルと資材の質じゃ作っても役に立たん。古すぎる設計は無論のこと論外だが、丁度いいのは結局こいつと同じくらいの時期に設計されたヤツさ」

 

「なるほどなあ」

 

「昨日はああ言ったものの、あんたのファブニールには正直なところ多分、火力ではかなわん。砲弾を見せてもらったが装薬量が段違いだ。実際の威力は百ミリ級かも知れんな。装甲も厚い所は二倍近い。機動力だけじゃ戦車の性能は測れんってことよ」

 

「そういうものかね」

 

「もともと設計と運用に関して基本理念が違いすぎるのさ。互いの長所を生かして上手くやろうじゃないか、今回の探索は」

 

 キーロフはそう言って機嫌よさそうに笑った。

 

 

 足元で錆の塊がつぶれた。かなり長い年月、酸性雨にさらされ続けたその古い戦車の転輪は、グレッグ達の足の下で砂漠の赤茶けた砂の一部と化す緩慢なプロセスの一歩を踏み出した。

 

「聞きしにまさる薄気味悪さだな、ここは」

 

 丘陵の緩やかな斜面が始まる辺りに向かって、周辺の地形はやや窪んだ形になっていた。土砂の様子からするともともとはこの丘陵地の北側を流れる川があったのだろう。 

 

 降雨のため川床の土は少し湿っているらしく、所々にまばらに生えた草が生気を取り戻したように緑の色彩を強めている。といってもその多くは怪しげな変異体で、現に三メートルほど横の草むらからは、先程からしきりに黒っぽい色の花粉が飛んできて彼らを辟易させていた。

 

 人間サイズ以上の生物にはさして害がないが、小さな動物などはこの花粉を吸いこむと中毒して酔ったように眠ってしまい、普通はそのまま死んでこの草の肥料になるのだ。

 ここよりもっと南の地方に生える大型種は人間も餌食にし、「まどろみ草」と呼ばれて恐れられているという。

 

 涙目で一つ大きなあくびをすると、アリサが不快そうに一行に乗車を促した。

 

「ねえ、早く探し出さないと、みんなに先を越されるわよ」

 

 そう。

 

 アンディーと同じように情報を買ったハンターたちがグレッグ達の他にも数グループ、めいめいに持ちこんだ自分の車と、用意のいい者は牽引用の車両までチャーターして辺りを走り回っているのだった。予想はしていたものの、それはなんともやる気をなくさせる光景だった。

 

 グレッグはため息をついた。

 

「とにかくこうしていても始まらんな。ガープ、ジョッシュ、お前達はここで待機だ。キーロフ、俺達はあの岩場の向こうから手をつけよう」

 

 グレッグ達「戦車組」は二台に分乗してゆっくりと動き出した。湿って粘り気を帯びた土砂が足回りにへばりついて動きにくい。

 

 回転式ペリスコープの映像は操縦席のアリサに一任して、グレッグは砲塔上のハッチから上半身を乗り出し、辺りを直接見まわした。百メートルほど先行するキーロフも同様にハッチから乗りだし、双眼鏡を使っている。

 

(気をつけろよ、マイヤー。この辺りは地盤がゆるい。ロジーナが通過した地面をトレースした方が安全だ。そっちの方が重いから絶対確実とはいかんがな)

 

「すまん、助かる」

 

 岩場を迂回するルートを探し出して反対側に廻りこんだグレッグ達を待っていたものはなんともぞっとするような眺めだった。

 

 半径二百メートルをゆうに超える、ほぼ円形のスクラップの小山。錆び朽ち果てたものからまだ比較的新しいものまで、数えるのがイヤになるほどの戦車、装甲車、その他ありとあらゆる車両の残骸がでたらめに積み上げられているようだった。

 

 川床の湿った空気が風となって、錆びた鉄の匂いをグレッグ達の鼻腔に運ぶ。それは生き物の生々しさこそ無かったが、血の匂いを連想させた。

 

 戦車を降りて歩き回っていると、キーロフが小山の一角を指差した。

 

「見ろよ、マイヤー。例の八輪じゃないか?どうやら当たりを引いたらしいぞ」

 

 グレッグにもその残骸が目に入る。アンディーの情報にあった装甲車に間違いなさそうだ。とすると近くにトレーラーもある筈――

 

「何だ、これは?」

 

 グレッグはすぐ脇に横倒しになったバギーの残骸が、途中から半分にむしり取られたようになっているのに気がついた。ふと注意して見まわすと、そこいら中の残骸に同じような傷痕がある。

 

 新たに一台のバギーが岩場を回りこんできて、小山の影に消える。

 

〈こん畜生、見つけたぜ! 俺のモンだ!〉

 

 歓声が響いた。あのハンターがトレーラーを発見したのに違いない。グレッグはセルゲイと顔を見合わせた。

 

「やれやれ、無駄足だったって訳か」

 

「仕方ないさ。それにしても――」

 

 残骸についた傷痕のことでキーロフに意見を求めようとしたその時、小山の向こうから魂消る悲鳴が聞こえてきた。

 

 ようやく日が沈みかけ橙色に染まった大気の中、地に落ちた影と長さを競うかのように断末魔の叫びと、車両の炎上する爆裂音が尾を引いた。

 

「何だ!?」

 

「――判らんが、とにかく戦車に!!」

 

 ハッチに駆け込む二人の目の前で、夕日を背にした巨大なシルエットが、その悪夢のような姿をスクラップの山の影から現した。

 

 そのモノの全長は軽く三十メートル。怪物としか呼びようが無い。大型の肉食昆虫を思わせる、一対のハサミ状の顎。金属質に見えるウロコらしきものに覆われた長い体には、数本の指を備えた四対の足。そいつが屑山の上に体を伸び上がらせたのだ。

 

「何だコイツは!?」

 

「くそ、全速後退!!」

 

 日焼けしたキーロフの顔が、夕映えの中であってさえ青ざめて見える。

 

 背中には扇のように広がる透明な翼。ウロコの間からは錆の欠片や粉末がザラザラとこぼれ落ちているが、体の外に付着していたのか体内から排出されてくるのかは判然としない。

 

 そいつは顎にはさまったバギーの残骸の切れ端を首の一振りで投げ捨て、鉄でできた巨大な赤児――そんなものがいたとすればだが――を思わせる叫びを上げた。

 

 操縦席でアリサは混乱していた。直視ペリスコープからの視界は狭く、暗い。突然砲塔に駆け込んだグレッグの指示どおりにギアをバックに入れて、左右の操向レバーをいっぱいに引いたものの、何が起こっているかはさっぱり判らない。

 

「なんの声なの?!」

 

 車体が後方に下がるにつれて、何か大きなモノが前方の薄明かりの中にいるのが見えてくる――もっと強い明かりが欲しい。

 

前照灯(ヘッドライト)は点けるな、アリサ」

 

 彼女の心を読んだかのように、グレッグの無情な声がヘッドホンから飛びこんできた。

 

「目の前にいるのは怪物――ドラゴンズ・ヒルの主だ」

 

「まさか……本当に……」

 

「かなりでかい目玉が頭部についてたから、視覚への依存度は高いと思う。赤外視力を備えている可能性も否定できないが、わざわざこちらから位置を教えてやることは無い」

 

「……了解、次の指示は?」

 

 なまじ目がいいだけに「見えない」ことはアリサにとっては恐ろしかった。だがこと戦闘に関してはグレッグやキーロフはプロだ。任せるしかないと自分に言い聞かせる。

 

「機関微速。そのまま敵との距離を開けろ」

 

 怪物の能力がわからない今は、グレッグとしては接近戦を避けたいようだった。

 

 

 一方、キーロフは砲塔の暗視装置をパッシブに切り替えてグレッグ達から離れ、怪物に対して十字砲火を浴びせる位置へとロジーナを移動させつつあった。

 

「堅そうだな」

 

 赤外線による熱暗視映像をユニットに解析させる限り、怪物の体表温度は内部に比べかなり低い。戦車のような装甲というわけは無いだろうが、少なくとも血の通った皮と肉は、冷たい外殻の一枚下だ。

 

(ミサイルを使ったものかな?)

 

 ロジーナの砲塔側面に装備されたミサイルの装弾数は、二発。

 

 ガンタワーの残骸から分捕った旧時代の残存兵器で、高性能の成形炸薬弾頭を持つ、貴重品だ。通常装甲に対しての貫徹力は最強だが、ごくごくわずかな戦車が装備するセラミックなどの複合材を使った装甲や、一部の生物型モンスターにはそれほどの効果が発揮されない。飛翔速度がやや遅いのも欠点だ。

 

「まずは八十五ミリ砲から試してみるか」

 

 巨体には邪魔でしかない座席類をそっくり取っ払った特別あつらえの戦闘室内で、キーロフは仁王立ちになったままそう呟いた。

 

 

 付近のハンターたちもその怪物を視認していた。だが、その多くは小口径の機関砲や機銃、火炎放射器などを主武装とする軽装甲の車輌を持ちこんでいるだけだ。敢えて身を危険にさらして戦うには、この「主」はあまりにも彼らの想像力から隔絶した存在だった。

 

「近寄るな、遠巻きにして牽制しろ!」

 

 かろうじて戦意を保てた者は、互いに交信しながら川床の悪路を駈け回る。

 ロジーナが主砲を撃ちこんだ。だが角度が悪いせいもあってか、砲弾は「主」の体表で弾かれ、あらぬ方角へ飛び去る。ハンターたちの間からどよめきが上がった。

 

(停まったら殺られる)

 

 ハンターたちの勘がそう告げている。口惜しいが近接しての戦闘は、「戦車」使いの二人に任せるしかない。だが、彼らの判断は、一つの点で大きく誤っていた。

 怪物の頭部に光がきらめいた。一条の光芒が空間を走り抜ける、錯覚のはずだが確固たる印象――

 

走り回っていた内の一台、軽快な4輪装甲車が瞬時に爆炎を吹き上げた。

 

 

〈ルーディーがやられた!〉

 

 悲痛な叫びがファブニールの通信機にも飛びこんできた。

 

「何だ今のは!……レーザー!?」

 

 考えたくないが、他に説明のしようもない。旧時代から動き回っている自動兵器には、ガンタワーのように攻撃兵器としてのレーザーを搭載する物もある。

 

 グレッグにしてもつい先だって、レーザー照準式のアサルトライフルを借り出して使ったばかりで、レーザー自体は珍しいというほどのものではない。だが生物の能力としてお目にかかったのは初めてだ。

 

 怪物――「主」の複眼が、高速で動く車輛群の一台をその宝石のような切子面に映す。せせこましく動く小さな物体――それは「主」の脳にとっては敵か、もしくはエサだ。

 視界の中で「動き」として捉えられたモノだけが、無意味な情報の中から姿を現し、その認識の対象となるのだった。

 

 筋肉から変化した発電器官に蓄えられたエネルギーが、発光器に分化した単眼から光の矢となって撃ち出され、辺りの空気をオゾン臭で満たした。叫びとともに、また一人の命が炎の花となる。

 

「畜生、またやられたか!!」

 

 グレッグは砲手座で歯噛みした。ファブニールの砲塔が油圧式の動力旋回で一周するのに、最高速で約20秒。これだけの重量の砲塔としては破格の高速といっていいのだが、エンジンの回転数に左右されるのが難点だ。

 

 接敵した状態から後退して距離を開け、照準を合わせた今この瞬間までおよそ一分。その間にベテランのハンターが二人殺された。一発の砲弾を放つ時間の代価としては、あまりに高くつきすぎる。

 

「これ以上勘定書きを釣り上げられてたまるか」

 

 怪物の動きは捕捉できないほどではない。まともな生物ならば必ず重要器官が位置しているはずの胴部を狙う。

 

「ファイアー!」

 

 排夾とともに砲塔内に噴出する発射煙。すぐに天井のベンチレーターが回り視界が晴れる。照準器の向こうでは怪物が――まだ動いている!

 

「馬鹿な!」

 

 確かに胴部には八十八ミリ徹甲弾がうがった黒い穴が湿っぽい蒸気を上げている。だが、その開口部は次第に小さくなっているようだ。「主」の頭部がこっちを向く――

 

「いかん!!」

 

 グレッグは慌てて照準器から顔を離した。万が一、あのレーザーの照射域がほんの一部でも照準器のレンズをかすめれば、レンズで絞り込まれたビームがグレッグの目を灼く事になる。――そんな事になれば無論、目をやられずともグレッグは致命傷を負うのだが。

 

 再装填の済んだ主砲をもう一発撃ちこみ、グレッグはアリサに移動を指示した。怪物の肩辺りで炎が上がり、射線を逸らされたレーザーがファブニールのすぐ横の地面を焼く。

 

(マイヤー、無事か?)

 

「……キーロフ? 今の砲撃はあんたか、助かった」

 

(ああ。榴弾を持ってきてなかったんで、ミサイルをな。ロジーナの八十五ミリ徹甲弾は弾かれちまったんだ)

 

「ミサイルか……致命傷にはなってないようだな」

 

(畜生、やっぱりか。成形炸薬で穴が開くような外殻じゃないってわけだ)

 

「一応生物らしいからな。外側から爆圧をかけて弱らせればそのうち死ぬかな?」

 

(とにかくコイツは手ごわすぎる。みんなには離れろと言うぜ)

 

「わかった。少ないが榴弾ならこっちには何発か有る。撃ち込んで見よう」

 

 とは言ったものの、グレッグにも確信はない。ファブニールの主砲で使用する、八十八ミリ徹甲弾は厳密に言えば徹甲榴弾、つまり敵の装甲を貫徹した後、内部で爆発するタイプの物だ。

 生体にそれを食らうという事は、言って見れば―刺さったナイフを中でこじりまわされるようなものなのだが、それで動きつづける相手に、外からの爆発がどれだけ効くのか?

 

 いずれにしろ、二発や三発撃ちこんで片付く相手ではない事は確実だろう。

 

(レーザー、来なくなったわね)

 

 アリサが呟いた。

「撃ち尽くしたのかな――いや、多分体内で作った電気がエネルギー源だ、無限に撃てる訳じゃないんだろう」

 

 答えながらちょうど怪物の、多少なりとも柔らかそうな腹部に照準を合わせた。これで二発目の榴弾だ。

 

 命中。外殻の上からでも内臓全体を衝撃で揺さぶられているのだろう、「主」は苦しそうに身悶えし、動きが少し鈍くなる。

 

「粘着榴弾ならもっと効いたんだろうが……それでも一応の効果はあるか」

 

 だが、次の瞬間そいつは信じがたい動きを見せた。体長の五分の二ほどに達する尾を、体を廻してファブニールに叩きつけたのだ。七十六ミリ砲の着弾など比べ物にもならない激烈な衝撃が車内の二人を襲った。

 

「!……くそ、なんてヤツだ。アリサ、怪我はないか?」

 

「いたた、ちょっと擦り剥いた。……ああ、グレッグ! 見て、あれ!!」

 

 旋回式ペリスコープからの映像がグレッグの目を射た。

 

 怪物の背中の透明な翼――カマキリなどの昆虫のものを思わせるそれが、折り畳まれた状態から一気に展開し、空気を叩いて巨体を宙に浮き上がらせたのだ。

 

「おおっ、飛ぶ!?」

 

 とっさに二十ミリバルカンの発射トリガーに指を掛けた。だが反応がない。手元の火器管制モニターをチェックすると、バルカンの項目が赤く点滅している。

 「大破」を示す表示だ。今の尻尾攻撃の際に破壊されたのだろう。

 

「いかん、空へ逃げられたら打つ手がない!」

 

 だが幸いにして、「主」は二百メートルほど飛翔したあと、少し小さな別の屑山の上に着地した。さすがに三十メートルの巨体で長時間飛行するには、羽ばたき式は無理があるらしい。他のハンターは既に怪物の目が届かない位置まで離脱していた。

 

 

 

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