タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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巨獣・5

(グレッグ、何が起きてるんだ?)

 

 通信機からガープの声がした。

 

(いかん。奴らのことをすっかり忘れていた)

 

 グレッグの額を冷汗が流れる。

 

(お仲間が何台も大慌てで飛び出してきて、ぶつかりかけた。どうしたってんだ?)

 

「うわさの怪物が出た。ドラゴンズ・ヒルの主だ。馬鹿でかくて空は飛ぶし、生体レーザーまで撃って来る」

 

(何かいるとは思ってたが、それにしてもとんでもないモンが出てきたな。……手伝おうか?)

 

「気持ちはありがたいが、無理だろ。非武装の輸送トラックじゃあ……」

 

 ちょっと待て、ジョッシュと替わる――ガープがそう言ってすぐに、ヘッドセットにジョッシュのぼそぼそした声が飛びこんできた。

 

(使い捨てのロケット砲で撃ち出す麻痺ガス弾があるんだけど、どう? かなり濃い煙を出すから、レーザーをかく乱する効果もあると思うけど)

 

「そいつはありがたいが――」

 

 いや、値段のことなど今は聞くまい。

 

「よし、買った。だがくれぐれも気をつけてくれ。ここまで来る間にヤツに察知されたら……」

 

(心配いらない。こっちで撃つよ、ここからね。トレーダーやってりゃモンスターと戦うことも、別に珍しかないんだぜ?)

 

「……解った。だが撃ったらすぐ離脱しろよ」

 

(了解、うまくやるよ)

 

 

「キーロフ、聞こえるか。今どこにいる?」

 

 通信機で呼びかけるとすぐに返事があった。

 

(注意不足だな、マイヤー。あんたの斜め後ろに回ったところだぞ。何かいい手でも?)

 

「ああ。今からガープ達が麻痺ガス弾で支援してくれる。どれくらい効き目があるか判らんが、動きはもう少し鈍くなるだろう」

 

(そいつはいい。で、とどめは俺達で刺そうって訳だな?)

 

「そうだ。射撃の腕に自信はあるか? そのミサイルの命中精度は?」

 

(何だ何だ。なけなしのミサイルを二発とも使えってか……?)

 

 その時、独特の噴射炎の尾を引いて、麻痺ガス弾頭を積んだロケットが飛来し、怪物の至近距離で炸裂した。白煙が噴き出し、「主」の周囲を包む。苦しそうに頭を振り、動きがひどく鈍くなった。

 

(まあ、議論する暇はなさそうだな、だが俺のミサイルじゃヤツの装甲には――)

 

「解ってる。俺が穴を開ける、そこにぶち込め」

 

 キーロフは半信半疑ながらも、とにかくグレッグの作戦を承知してくれた。

 

「アリサ、ファブニール前進!」

 

 「主」に対し同じ距離近づいても、ロジーナに倍する装甲をもつファブニールの方が、鉤爪や大顎に対して持ちこたえられる。レーザーはどうしようもないが、それは運を天に任せるしかない。

 煙は次第に晴れてきている。さきほどの八十八ミリ徹甲弾が怪物の胴にうがった穴が、すでに塞がりかけているのが見えた。

 

「化け物め」

 

 語尾が歯ぎしりと一つになる。

 

(よし。とびきり熱い一発をお見舞いしてやろう)

 

 「主」の側面をすれ違うように移動しながら、ファブニールの主砲が、再び怪物の胴に黒い穴をうがった。

 

 命中の瞬間、食いこんだ徹甲弾の運動エネルギーは熱に変換されて肉を焦がし、ある程度止血の役目も果たしてしまっていた筈だ。だが内部でさらに成形炸薬弾の高速メタルジェットが肉を切り裂き、重要器官を破壊したならば――

 

「今だ、キーロフ!!」

 現在の技術をはるかに越える誘導性能をもつ旧世界のミサイルは、寸分の狂いもなくファブニールが用意した通路を通り、怪物の体内へと吸いこまれていった。同時に、アリサがファブニールを限界まで加速し、離脱にかかる。

 

 川床の低地にドラゴンズ・ヒルの主の断末魔が長くこだました。

 

 

 

(――マイヤー、無事か?)

 

「ああ。済まなかったな、ミサイルを使わせてしまった」

 

(いいって事よ。あんなモンは所詮使う為にあるんだし、ミサイルより大事なものだって世の中にはいくらもあるさ)

 

「またガンタワーを狩るなら、手伝うよ」

 

 情けない。レッグは己をひどく小さく感じた。結局いつも、周りの人間に助けてもらってばかりだ。

 金やモノで済むうちはいい。いつか、誰かが命と引き換えに自分を助けてくれるような事があったら、どうやってそれに報いればいい?

 オイルにはオイル、錆には錆を――だが自分の戦いにそれほどの価値があると無邪気に確信できる程には、グレッグはもう若くはない。

 今日もそうだ。不注意と不運の結果とはいえ、三人死んだ。そして自分はトレーラーを我が物顔で乗りまわすのか。

 

 何人もの血を吸った車を。

 

 黙りこんだグレッグに、キーロフが静かに言った。

 

(何を考えてるか想像はつくがな、気に病むなよマイヤー。ハンターはいつだって、そういう稼業じゃないか)

 

 明るくなったらトレーラーを見に行こう。キーロフはそう言い終わると通信を切った。

 

 いつの間にかアリサが砲塔に上がってきている。左手の上に重ねられた小さな手を、グ

レッグはためらいながらも手のひらを上に向けて握りなおした。

 

 


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