タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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歴戦・1

第五話 -歴戦-

 

      そして戦いの果てに幸運尽きれば

      最早我ら 故郷に帰ることなし

 

      死の弾丸が命中し

      かくて我らは運命に召される

 

      その日 戦車は我らの名誉ある墓とならん

 

      (ドイツ戦車兵の愛唱歌「Panzer Lied」より)

 

 

 

「おかしいな。また外れた」

 

 これで五発目だ。照準器の中心に捉えたはずだったにもかかわらず、砲弾は停車した目標にかすりもしない。

 飛来した敵の砲弾が防盾に跳ねて、砲塔が揺れた――いやな音だ。かなり重い弾なのだろう。

 

 過ぎ去った雨季の最後の名残か、低くたれこめた灰色の雲からはまばらな雨が降り注ぎ、辺りには金属の腐蝕する匂いと、薄い煙が断続的に立ち込めていた。

 鈍重な車体を時折わずかに動かし、敵の射線をずらす試みを続けながら、グレッグは小雨の中、敵とかれこれ五分ほど対峙していた。カメラ越しの視界は何もかも灰色に沈み、照準器の向こうの敵もただ黒い影にしか見えない。

 

 遠くの山の稜線に、時折稲妻が走る。あの辺りは豪雨かも知れない。

 

(距離1500。これ以上は危険だな)

 

 正体不明の敵戦車の主砲は、最近出会ったモンスターの中では特に強力なものだった。AT(自動戦車)なのか有人の物なのかも判らないし、これ以上接近されるといかにファブニールの装甲といえども、貫通される可能性が高い。

 

「アリサ、後退だ」

 

〈了解!〉

 

 前部フェンダーの近く、新たに取りつけた発射器から発煙弾を一個射出すると、ファブニールは煙にまぎれて敵の射界から逃れ、急速離脱した。

 

(今日のところは見逃しといてやる)

 

 ここから一番近いのは、以前に立ち寄ったことのある水源の町だ。

 

「オクタポンドに向かうぞ。――ひさしぶりにたっぷりの湯で体を洗おう」

 

〈賛成!洗濯もしなきゃね、もう服が塩でザラザラ〉

 

 操縦席でアリサが歓声を上げた。

 トレーラーをレストアする費用を稼ぐために、グレッグ達は久々に橋を渡って、川の南側へ舞い戻っていた。この辺りでは最近、また自動兵器の目撃例が増えている。

 

 だが困ったことにどうにもファブニールの調子が良くない。主砲が当たらないのだ。

 

(俺の射撃の腕が落ちたのか?)

 

 一時はそうも考えたが、その可能性はできれば否定したかった。射撃精度はハンターのプライドと稼ぎにかかわる問題だ。

 

 ついこの間までは、ファブニールの長大な88mm砲は、高初速と優れた弾道低進性によって、グレッグの要求によく応えてくれていた。 だがこの頃は、撃った弾の四割もきちんと当たれば良い方だ。千メートル前後の射程においてすら、である。これはファブニー

ルのような足の遅い重戦車にとっては命取りになりかねない。何度となく照準器も微調整したのだが、命中率の低下は次第にひどくなるばかりだった。

 

 

「音が変なのよね」

 

「女湯」との間を隔てる仕切り壁の向こうから、アリサの声がした。反響の良い作りの浴場の中では、ギョッとする程大きく響く。

 

「音?」

 

「主砲の発射音よ」

 

 早い時間のせいか、浴場の中には二人の他には誰もいない。最近この町にできたニホン式公共浴場――「セントー」で、二人は旅の垢と疲れを洗い流していた。

 

 トレーダーや定住の商人たちの中には、グレッグたちの使うアングリックとは違う、「チン・ピンニン」と呼ばれる言語を操る集団が存在する。彼らは特異な文化と慣習を持っていることで知られるが、その中でも「ニホン式」と総称されるやや傍流の系統が頑固に受け継がれているグループがあった。

 

 グレッグも昔使ったことがある「ドス」と呼ばれる反身の鋭利なナイフや、インテリアとして珍重される、大きなブラシで紙に描いた表意文字。そしてこの「セントー」などが、代表的な「ニホン式」文化の産物だ。

 

 桁外れに大きな造り付けのバスタブに大量の湯をたたえて使うこの方式は、一見贅沢なように思える。だが、体はバスタブの外で洗い、湯を汚さないように使うために、燃料さえ豊富にあれば水資源の節約の観点からもむしろ経済的といえる。

 

 狭苦しい戦車の中でガチガチに凝り固まった体を、存分に延ばして湯で温め、疲れを取り除いてくれるセントーは、ハンター達の間でこのところとみに人気があった。

 

「発射音がどう違うって?」

 

 今日替えたばかりだという新鮮できれいな湯を顔にはねかけながら、グレッグは聞き返した。

 

「前はもっと甲高い音だったような気がするわ、それに――撃った瞬間に車体がギュッとねじれるような感じがしてたのが、最近弱くなったみたい」

 

「本当か?よくわかるもんだな」

 

 ドポン、と水音が響く。続く一瞬の沈黙のあとで、アリサが呆れたように返した。

 

「……ファブニールが立てる音を耳で聞けって、前に言ってたくせに」

 

 こいつは一本取られた。

 

「……主砲を撃つことに慣れすぎてたらしいな。上がるぞ。着替えたら――」

 

 脱衣場に出ながら振り向いて、浴室へ叫んだ。

 

「修理ドックへ行って詳しく検討しよう」

 

 血行が良くなったおかげか、右膝の古傷もいつものように痛まない。この調子でしばらくセントーに通い、温浴を繰り返せば完治するのではないかとさえ思う。

 

 どこから持ってきたのか、脱衣場の壁には傷の入った大きな古い鏡が取りつけられ、室内を実際より広く見せている。パンツ一丁で立つグレッグの姿もそこに映っていた。

 右膝の傷と、左肩の色の薄れた傷痕。眉間の深い縦皺と、半白に変わった髪。ジェインの死以来、急速に老けこんだような気がする。

 

 着替えを済ませ、ため息とともにセントーを出た。白い肌を桜色に上気させたアリサが、乾いた風に髪をなぶらせながら、Tシャツに短パン姿で待っていた。

 

 

「この砲はもう寿命だね」

 

ファブニールを預けた修理ドックの女親方は、砲尾からライトで内部を照らしながら丹念に検分した後、駐退器のシリンダーを平手ではたきながらそう言った。

 

「寿命……?」

 

「大砲に限らず、実弾火器には砲身命数ってのがあるのさ。硬い弾を高初速で何発も撃っているうちには旋条も磨耗するし、肉厚の薄い滑腔砲なら熱やガス圧で膨れて歪んじまう。早い遅いの違いはあっても、いずれにせよ弾をまっすぐ飛ばすことができなくなってお終い。砲身は取り替えるしかなくなるんだよ」

 

 グレッグは呆然とした。そういう現象が起こると聞いた事はあったが、こんなにも早くその時が訪れるとは。

 

「まだ百発も撃っちゃいないのにか……ペトラで積みこんだ弾を撃ち尽くしてもいないのに」

 

「砂の中に何年も、いや、何十年も埋まってたんだろ? その前に使ってたヤツがどんな使い方をしてたかなんて、知れたもんじゃないさね」

 

 成る程、納得できる見解だ。なら、後は現実的な問題だけ考えることにした方がいい。

 

「この砲身の替えは手に入るかな?」

 

「どうかねえ。71口径の88mm砲なんて初めて聞いたぐらいだ、望み薄だね」

 

 88mm砲自体はさほど珍しいというほどの物でもない。つい最近キーロフが教えてくれたが、都市の防壁周りに設置されている例などもそれなりにはある。

 ただ、その種のものは大体56口径、つまり砲身長が内径のおよそ五十六倍で、ファブニールの主砲よりもだいぶ短い。

 

「砲架ごとはずして56口径に丸替えしちゃどうだい? 砲弾も手に入れやすくなるよ」

 

「そいつは論外だ」

 

 グレッグは即座に首を横に振った。56口径も無論強力な砲には違いない。だが、初速も有効射程もファブニールのものより格段に落ちる。結局接近しなければならなくなるのでは、現状とたいした変わりがない。

 

「命と稼ぎがかかってるんだから仕方がないんだろうけどさ、無理を言っても始まんないと思うけどね」

 

 結局、親方には手数料だけを払ってドックを後にした。

 

「困ったわね。何かいい方法がないかしら?」

 

 アリサが歩きながら首をかしげる。グレッグはそれに応えないまま考えこんだ。

 

 何かあるはずだ。いや、何かあって欲しいと自分が思っているだけかもしれないが、それにしては気になる事がある――

 

「問題は……砲弾なんだ」

 

「え?」

 

「ファブニールがペトラを出るときに積みこんだ砲弾は86発。フル搭載だ。修理ドックのギルバート親方が餞別に呉れたんだが、あれはどう考えても流用品なんかじゃない。ファブニール――いや、71口径88mm砲の専用砲弾に間違いないんだ」

 

 それだけまとまった数の砲弾が、偶然で存在したとは考えにくい。

 

「同じ砲を使う戦車がどこかに在った、って事になるわけね?」

 

 アリサが目を輝かせた。

 

「ここからペトラへはさほど遠くない。ファブニールで移動しても問題ないだろう」

 

 ギルバートが71口径を秘蔵していたりすれば万々歳だ。そこまで都合よくは運ばなくても、手がかりくらいはあってもおかしくない。

 

「すぐ行こ! 私、ツナギ取ってくる!」

 

 アリサが駆け出した。出掛けに宿のカウンターに頼んだ洗濯物は、乾燥ぐらいまでは終わった所のはずだ。

 

 雨季の後、今のこの季節は日が長い。風は珍しくぴたりと止み、強い西日が澄んだ空を薄いジンジャーエールの色に染めている。ファブニールは砂塵を低く捲き上げ、緩やかに黄昏へと向かう長い午後の中を南へと走った。

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