タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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歴戦・2

「グレッグ、緊急停止!」

 

 砲塔で周囲警戒についていたアリサが、停止を指示してきた。

 

「どうした?」

 

「またいるわ。あの戦車よ、こっちに気づいてはいないみたいだけど」

 

「ちょっと見せろ」

 

 グレッグは砲塔に上がり、アリサの手から双眼鏡をもぎとった。

 

 距離、およそ2500。双眼鏡の倍率と視野に占める大きさからの目測だが、これが狂っているとすればよほど巨大か、逆に小さいか。いずれにせよ、まずまともな戦車ではないということになる。

 

「逆光でよく見えんが、確かに例のヤツのようだ。側面からだとかなり大きいな」

 

 それの車体上部には、かなり大きな箱型の区画があった。可動部があるようには見えないから、多分固定(ケースメート)式戦闘室だ。

 

 いずれにしろ今は相手にできない。おととい食らった命中弾の衝撃からすると、敵の備砲は百ミリ以上と予想できる。ファブニールの主砲が当てにならない今は、勝ち目はなかった。

 

「お、動いたぞ……高台の向こうへ消えた」

 

 どうやら気づかずに行ってくれたようだ。 本来の緑系の塗装でなく、この辺りの泥をオイルで溶いたものを上から荒っぽく塗っていたのが、功を奏したのかもしれなかった。

 

「助かったわね」

 

 

「何にしても物騒だ、先を急ごう」

 

 

 ペトラに着く頃にはすっかり日が落ちていた

 

 

「グレッグか! 久しぶりだな、調子はどうだ?」

 

 

 町に一つしかないドックに入るなり、ギルバートの手荒い抱擁で歓迎されて、グレッグは目を白黒させた。

 

「オクタポンドでは無茶をやったと聞いたぞ? 全く呆れたやつだ、機動戦もできんのに五台も相手取るやつがあるかよ」

 

 唐突に半年以上も前の話をされて,グレッグは面食らった。整備士見習の少年の助けを借りて、武装盗賊を装ったデュランの部下達と砲火を交えてから、もうずいぶんになる。あのころに比べるとファブニールでの戦いもずいぶん楽になったものだ。

 

「よく知ってるな、誰から聞いたんだ?」

 

「お前さんといっしょに戦った、可哀想な小僧からさ!」

 

「トミーか? まさか、ここにいるのか?」

 

「いや、先週までここで働いとった。生意気だが筋のいい小僧だったな。稼ぎ貯めたカネを握ってフォンダへ発ったばかりだ」

 

「フォンダだって?」

 

「ああ。勉強して一級整備士の資格をとるって言ってな」

 

 完全にすれ違った形だ。だがグレッグは妙にうれしくなった。誰しもそれぞれ自分なりの道を進んでいるのだ。

 そういえば、あの少年はファブニールを「世界最強」にしてくれると豪語していた。

 

(本気であのドックを再建する気かもしれんなあ、トミーのやつ)

 

 そのときはせいぜい贔屓にしてやりたいものだが。

 

「そちらの可愛らしいお嬢さんはどなたかね、グレッグ。紹介してくれんか?」

 

 ギルバートがアリサに目を向け、言葉と表情の両方でグレッグに説明を求めてきたのが分かった。

 

「ああ、彼女は――」

 

「アリサ・スチュアートです。グレッグの専属メカニックよ」

 

 言葉を遮って割り込んだアリサに、ギルバートが目を丸くした。目配せと手招きでグレッグだけを片隅に呼び寄せる。

 

「……乗客かなんかかと思えば、専属メカニックだと? とてもそうは見えんぞ。なあグレッグ、わしはお前さんの事が好きだ。そんな器用な真似ができるとも思わんし、思いたくないが――わしにも年頃の孫娘が一人いる。もしあんな娘をたぶらかして、いいようにしてるんなら……その」

 

(またこれか)

 

 グレッグはうんざりした気持ちになった。無論アリサに対して、何もやましい気持ちが無いとは言いきれないのだが――

 

(ええい、誰も彼も皆、そんなに俺が助平親父に見えるってのか)

 

「ギルバート、はっきりさせときたいんだが……」

 

 親父の方へ向き直った視線の、さらにその先に、アリサがいた。

 

「全部聞こえたわ、ギルバート親方」

 

 笑顔だが目は笑っていない。

 

「グレッグをそんなふうに言うのは私に対しても侮辱よ。……謝罪して下さる? 彼はそんな人じゃないわ。知ってるでしょ」

 

「……わ、わかった。済まん、あやまるよ」

 

 アリサの剣幕にギルバートはひどく慌てて、機械油まみれの帽子を手に取って頭を下げた。

 

「……解ってくださればいいんです。私だってグレッグのことは好きだわ。たぶらかされるのも悪くないって思えるくらいね」

 

 その一瞬、夜に咲くサボテンの花を思わせるような笑みが嫣然と彼女を彩った。次の瞬間には、それは紅潮した頬の色にかき消されてしまったが。

 

 アリサは自分の発した言葉に少し動揺した様子で、先に帰ってる、と言い残して宿へと向かった。二人の男はそれを無言で見送った。

 

「……たまげたな。また堂々と告白してくれたもんだ」

 

 グレッグはふう、と息をついた。ギルバートが恐ろしげに口を開く。

 

「どういう娘なんだ? あの目を見たときは寿命が縮んだかと思ったぞ」

 

「その印象は間違ってない……キレたら最期、手加減不能。完全殺戮の破壊の女神さ」

 

 帰る時の様子を見るとごく当たり前の、恥ずかしがりな女の子にしか見えなかったが、それは彼女のごく一面に過ぎない。

 

「お前さんはどう思っとるんだ?あの娘のことを」

 

「いわく言い難い、って感じだな。だが、彼女が居てくれるおかげでずいぶん救われてる」

 

「ふふん……世間ではそういうのを何と呼ぶんだったっけな? まあいい、ただ顔を見に来たわけでもなさそうだし、本題に入ろうじゃないか」

 

「その事なんだが」

 

 グレッグはペトラへ舞い戻る事になった今回のいきさつを、かいつまんでギルバートに説明し始めた。

 

「なるほどな、砲弾か」

 

「うん。あんたはあれを迷いもせずに出してきたよな?」

 

 ギルバートの皺ばんだ瞼に囲まれた瞳の奥が、ひどく遠くを見る色になった。

 

「……期待してるところすまんが、ここに71口径は無い。だが、砲弾の出処には心当たりがある。少し長い話になるが付き合ってくれるか?」

 

「勿論だとも、ギルバート。夜はまだこれからだし、俺には他に選択の余地は無い」

 

 ――よし、じゃあ腰を据えていくか。

 

 ギルバートはそう言いながら奥の戸棚の方へ行き、マグカップを二つと琥珀色の液体の入ったガラス瓶、それにポットと、口金の部分を紙で包んだ広口瓶を手に戻って来た。傍らのドラム缶をテーブルに見たててそれらの道具を並べ、粗末な椅子を二脚据えてグレッグを招いた。

 

「お前さんは酒が駄目だったな。驚くなよ、少し香りが飛んでるが、こいつは本物のフリーズドライ・レギュラーコーヒーだ。この間通ったトレーダーが私物にするつもりで持ってたのを見つけて、無理を言って買い取ったのさ」

 

「そいつはすごいな。高かったんじゃないのか?」

 

「なに、今のご時世、金やそのほかの値打ちモンをいちばん握ってるのはハンター相手のわしらドック職人だよ。コイツはユニット用のメモリー三個と交換だ、安い買い物さ。」

 

「そうか。あー、実は本物のコーヒーは初めてなんだ」

 

 グレッグは、あまり丈夫でない自分の胃袋を気遣ってギルバートに告げた。

 

「薄目で頼むよ」

 

 

 カップの底で湯を注がれたコーヒーが立てる独特の香りが、修理ドックのオイル臭を押しのけて拡がった。これで香りが飛んでいるというのなら、もとはどれほど芳醇であったことか。

 

「わしはこれを飲らせてもらう」

 

 ギルバートのマグカップにはビンの中の液体が注がれ、これもまたえもいわれぬ香りを辺りに漂わせた。

 

「……くそ、酒が飲めないのがこんなに悔しいのは初めてだ」

 

 ぼやきながら、自分のマグカップからコーヒーを口に含む。柔らかな苦みとほのかな酸味、そして鼻の奥に温かくたちこめた、郷愁を誘う炉辺の空気――

 

「美味い……!」

 

 そうだろう、そうだろうとギルバートは自分の手柄のように満足げに笑った。

 マグカップの液体を舌の上に転がすように味わい、半ば目を閉じて息を吐くと、ギルバートは話し始めた。

 

「あれはもう40年も前になるかな、わしが親父の見習いについて、このドックで働くようになって間も無い頃だ―」

 

 

         * * * * * * * *

 

 

「父さ――親方は留守だよ」

 

 ガレージの外に立った誰かのせいで急に手元が暗くなって、少年は少し不機嫌そうな声をあげた。

 

「修理かい? それとも……」

 

 足を開いて腰を下ろし、座り込んだそのそばには灯油を満たしたバット、その中にドブ漬けになった中古の点火プラグ。

 

 荒野を旅するトレーダーたちが乗る車は、大体いつも極限状況の中に有る。慣れない乗り手、迫るモンスター。

 砂にはまった僚車を救い出すために、ちぎれそうなほどに張り詰めた牽引ワイヤー。 

 アクセルを吹かし過ぎたせいでプラグが煤だらけになって、点火が上手く行かなることなど日常茶飯事だ。そんな時はこうして精油のなかで汚れを落とし、ブラシで丁寧に洗って再生してやらねばならない。

 

 工業生産がまともに行われていた旧時代なら新品のプラグに交換する所だが、いまやそんなものはフォンダ市あたりで大枚をはたくか、危険を侵して廃墟や放棄された施設に踏み入らなくては手に入らない。

 

 

「留守でもいい、大した手間は掛からないよ。君、名前は?」

 

 横幅のあるがっしりとした体格のその男は、見かけよりずっと若々しく聞こえる声でそう訊いてきた。この十年程で増えてきた、モンスター退治を生業にする男たち――ハンターの一人なのだろうと、少年は見当をつける。

 トレーダーが自衛用に持っている小火器で対処できないような、大型の変異生物や自動兵器を倒すために、戦車や装甲車といった戦闘車輛を操る、荒っぽい賞金稼ぎ達だ。

 

「ギルバートだよ。……おじさんは、誰?」

 

「ハンターさ――いや、ハンター『だった』だな。十日前に廃業したんだ――」

 

 

         * * * * * * * *

 

 

「……目的地までもうちょっとのところで車の燃料が尽きたって話だった。で、余剰の砲弾を担保に金を借りたいと言ってきたんだ」

 

「で、貸したって訳か」

 

「ハンターオフィスの機構が今ほど整備されていなかった昔のことだ、まあ事実上、買い取りだよな。外にはトラックが一台入ってくるところで、荷台の上には砲弾八十六発が、生活用品と一緒に積まれていた……助手席にはその男の女房だって言う若い女が乗ってた。今でも忘れられんよ、ありゃあどえらい美人だった」

 

 まだ少年だったギルバートは、その女の美しさに見とれてぼんやりとしてしまったのだった。

 査定表を見ながら、その男に規定どおりの金額を貸す手形を切ってやった。オフィスに持ち込めば発行主――この場合はギルバートの父を保証者として、記載の額を受け取れるものだ。

 

 額面にして800G。妥当な取引の筈であったが、少年は後で父から厳しく叱責を受けた。その見たことも無い大口径の砲弾を撃てる大砲は、知りうる範囲に一門も存在しなかったからだ。

 

「さほどの額じゃない、し砲弾が売れれば確かに金はすぐ戻ってくる、だがどこにも無い大砲の弾なんぞ誰が買うんだ、ってな。何発も殴られたよ。以来四十年、わしはあの砲弾の木箱を見ては、そのときの失敗を思い出して戒めにしたのさ。おかげでそれから商売でしくじった事は無い。あの砲弾はわしにとって、ある種のお守りだったってわけだ」

 

「なるほどな。教訓を得る授業料ということか……だが、その男はいったいどこに行ったんだ?」

 

「百キロほど北に住む兄のところに、夫婦で身を寄せると言っていた。探し出して文句を言おうと何度も思ったが、ドックはずっと繁盛して暇もなしさ。お前さんがあの戦車を持ち込んで、件の砲弾が主砲に合うことが判ったときは、心底自分の正気を疑ったよ」

 

「――ちょっと待った」

 

(百キロ北、だと?)

 

 グレッグの頭のなかで何かがカチリと音を立てて組み合わさり、ひとつになった。半年前、アンディーがこの町の酒場で酔っ払って喋っていた事――

 

「ハツブクカン――」

 

「なんだって?」

 

「いや、間違えた。博物館だ。百キロ北といえば、アンディーが以前立ち寄ってファブニールの情報を聞いた、戦争博物館がある」

 

 すっかり忘れていた。アンディーの話では、そこは大昔の戦争の記録を収めた場所だという。四十年前の男が向かった先は、その博物館である可能性が高い。旧式戦車であるファブニールの替えの部品も、そんな所にならあるいは残っているのではないか――

 

「よし、明日発とう。博物館に行ってみる。恩に着るよ、ギルバート。まだそのハンターが生きてたら、あんたの事を話してやろう」

 

 何か言伝はないか、と聞くグレッグにギルバートは答えた。

 

「そうだな……ありがとうと伝えてくれ。嫌味ではなく、な」

 

 立ちあがってドックを出るグレッグの方を、ギルバートはもう見ようとしなかった。秘蔵のウイスキーに酔って船を漕ぐその肩には、グレッグの手で仮眠室の毛布がすっぽりと掛けられていた。

 

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