タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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歴戦・3

 変異植物の貧相な群落でまばらに覆われた岩山の間を、履帯をきしませながらファブニールが進んでいく。

 

 アリサは今日も操縦をグレッグと交代し、砲塔のハッチを開いて周囲を警戒していた。いつものサンバイザーだけでこの晴天の下を行くには日射病の危険があるため、彼女の頭には白くさらした厚手の布でできた、頭巾状の物が載っている。

 トレーダーが良く使う、「エジプト人(エジプシャン)」と呼ばれる簡素な帽子だが、軽くて通気性が良い上に、要所には防弾メッシュや金属繊維が組み込まれており、そこそこの防具としても使える物だ。

 

 砂塵よけのゴーグルまでつけると鼻と口しか見えないが、アリサの整った造作はその分余計に引き立って見えた。

 

 ハミングで歌っているのが聞こえる。「ルート99」だ――オリジナルの方の。

 昨晩の告白が思い出された。グレッグが家族や近しい者にしか教えていない歌を歌っている彼女は、やはりそう言いたいのだろうか?

 

「あなたと私は家族よ」と。

 

(そんなに簡単じゃない)

 

 心の中でそう呟いた。

 

(出来ることならアリサ、君と一つになりたい。娘や妹でなく――)

 

 グレッグはいつのまにか自分が、アリサを一人の女として意識していたことに思い至って、軽い驚きを覚えた。

 

(だが俺の本来の家族は―奴らにぼろ切れのように引き裂かれ、奪われた。あの日以来、娘のリサは行方もわからない。多分もう生きてはいないだろう。ああ、リサはまだ五歳になったばかりの子供だったんだ)

 

(俺は生きるよりどころのすべてを失った。ジェインを殺され、右膝を砕かれ、男であることすら覚束ない。今は復讐と、そして――)

 

 

「グレッグ!」

 

 アリサの声がヘッドセットから響いて、グレッグの築いた不明瞭な思考の迷宮を消し飛ばした。

 

「二時方向にかなり大きな建物の屋根が見えるわ。あれじゃないかしら?」

 

 全周旋回式ペリスコープの映像が操縦席のモニターに送られる。グレッグもその建物を確認した。博物館というよりは待避壕のような、灰色の塊。打ち放しのコンクリートと強化ガラスらしき透明なパネル。

 

「間違いないだろう。このまま接近する」

 

 崩れたゲートの上、板切れと鉄パイプで作りなおしたらしい看板に、青いペンキで描かれた「ホワイトリバー軍事博物館」の文字が見て取れる。

 ちょうどゲートをくぐったとき、奥の建物から走り出てきた人影が 感に堪えかねたように両腕を高く掲げ、叫んだ。

 

「ファブニール!? まさかまた会えるとは!!」

 

 それぞれのハッチから頭を突き出して顔を見合わせた二人の前で、その年老いた男は禿げ上がった頭を振りながら、ファブニールのフェンダーに頬擦りをした。あっけにとられる二人を見上げると、彼は心外そうに肩をすくめて見せた。

 

「……そんなに驚かんでも良かろう。このファブニールは元々、ここに展示されていた戦車の一台なのだ」

 

 老人は呆れ顔のグレッグたちにそう語った。

 

「まあ中に入りなさい。ここは暑いし、ファブニールで来たとなれば屋外駐車などさせるわけにはいかんからな」

 

 老人の案内でファブニールを地下の搬入口に駐車し、その後は歩いて博物館の奥へと進む。老人――館長は、コンラッドと名乗った。もう五十年ほど、ほとんど一人でこの博物館を管理しているのだという。

 

 建物の中は意外に広かった。空気はひんやりとして、外が砂漠地帯の夏を迎えていることなど、嘘のように思える。

 

「見物に来る者など殆ど居らんからな。暇な物さ。たまにハンターオフィスに頼んで、手の空いたハンターやトレーダーに生活物資を配達してもらうこともあるが、それも半年かそこらに一回だ」

 

 アリサが、あきれ果てたと言いたげに声を上げた。

 

「どうして五十年も、そんな暮らしを?」

 

「……世を捨てる人間にはそれなりの理由がある。そして、それを自分だけの胸にしまいこむ理由もな」

 

 そう答える老人は振り返ることなく、グレッグ達の二メートルほど先をすたすたと歩いた。その姿は奇妙に小さく、萎びて見える気がする。

 

 グレッグは気になっていた問いを口に出した。

 

「弟さんがいると聞いたんだが――」

 

「ずいぶん懐かしい話をしてくれる。正確にはわしの妹と、その連れ合いだ」

 

 コンラッドが立ち止まって、遠くを見る目になった。

 

「……義弟は妹が出産する直前に事故で死んだ。一年経たぬうちに妹も、子供を残して後を追ったよ。元々あんまり丈夫な体ではなかったし、夫を失ったのがこたえたのだろうな」

 

 床に落ちていた小さなネジか何かがグレッグのつま先に当たり、カラカラと音を立ててどこかへ転がって消えた。

 

「済まない、館長。悪いことを聞いてしまった」

 

「何、かまわんよ。もう四十年も前のことだ。よかったら帰りに二人の墓に花でも供えてやって呉れ。妹達も喜ぶだろう」

 

 そういいながら、コンラッド館長は突き当たりの重そうな扉に手を掛けた。

 

「ようこそ、ホワイトリバー軍事博物館・主展示室へ!!」

 

 

 扉の奥に現れた空間は、壮観としか言いようがなかった。大きな修理ドックを更に十倍ほどにしたほどの規模で、壁と天井はつや消しの塗料で白く塗り上げられている。

 天井の高さは十メートルほどあり、二階フロアを貫いた吹き抜けの上には半透明な――恐らくは強化ガラスだろう、パネルがはめ込まれた天窓があって、そこから柔らかな光が差しこんでいた。

 

 そして。

 

 三十台ほどの、大小さまざまな種類の戦車やその他の装甲車輛と、牽引あるいは据付式の重火器類――機関砲や野砲、対戦車砲などが所狭しと並べられ、木漏れ日の下でまどろむ獣のように息を潜めて鎮座していた。

 

 幾つかの懐かしい車種もそこにはあった。グレッグがかつて愛用した「マムルーク」と同タイプの六輪装甲車。ペトラまでファブニールを牽引するのに使った物に良く似たハーフトラック。

 車台だけだが、ファブニールに良く似た転輪配置のやや小さな戦車もあった。おそらく以前パインブリッジでみた映画に登場したタイプ、「パンター」だろう。

 

「すごい。これまさか、全部動くの?」

 

 目を輝かせて展示室を見回すアリサに、グレッグは半ば呆然としながら答えた。

 

「――だとしたら犯罪だ、これは! これだけの戦車(クルマ)があれば、この辺りの主だったハンター達が、みんな乗り込める。町々の防衛や交易路の安全確保が、どれだけ楽になるか――」

 

 言い募る声がひどくしわがれ、かすれているのが自分でも分かる。

 

「そいつはできん相談だな」

 

 コンラッドは二人を振り向いて、にやりと笑いながらそう言った。

 

「ここの戦車は殆どが外形だけで、砲もその多くはダミー、エンジンすら積んでいない物が殆どなのだから――ああ、そんな顔をするな。ファブニールはまあ、数少ない例外なのだよ」

 

「どういうことだ……?」

 

「別に難しい理屈があるわけではない。義弟はここを見つけて何度か足を運ぶうちに、妹と恋仲になった。ずるずると家族同様の付き合いになれば、わしも便宜を図ってやらない理由はなかった。強力なモンスターとの戦いでも生き残れるように、彼にファブニールと、たまたまセットで存在していた砲を与えた――エンジンは彼が手に入る中で一番強力なものを運び込んで乗せたが、それでもやや力不足だったのは否めなかったな」

 

「つまり、身内びいきってやつか……」

 

 半ば呆れながら、続きを促す。コンラッドはゆっくりと首を左右に振りながら言葉を継いだ。

 

「結局はエンジンばかりではなく、何もかも足りなかったのだ。当時、我々が持つ工業力は大破壊前で言う1930年代のレベルにまで落ちこんでいた。あれを牽引できる車輛もなく、いざというときに修理できる者もいなかった。それで、戦闘で損傷、擱座したファブニールを、義弟は砂漠にうずめるしかなかったというわけだ。彼の戦歴はそれで終わった」

 

 グレッグはふと首を傾げた。アンディーから以前聞いた話とは大分違う。では、ファブニールは大破壊前の戦争で使われた戦車ではなかったのか?  

 

「その、砂漠のあのあたりで昔、戦争があったというのは……」

 

「ああ。そうか、君は以前ここに来た運び屋から情報を得たのだな? あの男がやたらと遺棄戦車の情報を知りたがるので、適当な砂漠戦の映像に、展示していたころのファブニールを撮ったものをつなぎ合わせて、見せてやったのさ。それ以上の責任も義務も、わしにはないと思っていた。まさか本当に掘り出すとは思わなかった」

 

 そこまで一気に語るとコンラッドは骨ばった指をグレッグに突き付けて言った。

 

「だが今日、君はここに来た! 義弟の足跡と運び屋の伝をたどり、かつての義弟を思い起こさせる姿で。見目麗しいパートナーを連れ、見事に蘇ったファブニールと共に現れた……ならば、わしも蘇らねばなるまい。さあ、言ってくれ、何が欲しいのだ? 何を求めてここに来た?」

 

 グレッグは老人の気迫に圧倒されながらも、正面から答えた。

 

「新品の71口径が――88mm砲が要る」

 

「ああ。なるほど……」

 

「砲身命数っていうのが終わってるらしいの、今搭載している88mmは。グレッグにはどうしてもファブニールの力が必要なのに――」

 

 アリサが傍らから食い下がる。コンラッドはややあって静かに息をついた。

 

「……良く来てくれた。71口径は恐らく、ここ以外では手に入るまい。奥へ進みたまえ、いい物を見せてあげよう」

 

 入ってきたときのドアとは反対側、主展示室の奥には、おそろしく大きなシャッターがあった。高さ五メートル程、幅も同じくらい。

 シャッターの右手下方、ボタンの並んだパネルから察するに動力式で開閉する物のようだ。

 

「この奥へ?」

「そうだ。そのパネルにPASSコードを入力して、『OPEN』のスイッチを。コードは『194555』だ」

 

 言われるままに操作するグレッグの前で、埃と錆びた鉄粉を捲きあげながら巨大なシャッターが開いていった。


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