タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪――   作:茅葺

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第一章・蘇る虎
復活・前編


 ザクッ――

 

 少し錆びたシャベルが、今日何千掬い目かの砂を、ほんの1mほど移動させた。グレッグの体を照らす陽光が次第に角度を変え、地面に落ちるその影を短くしてゆく。

 

 ザクッ――

 

 グレッグは腰を伸ばして一息つくと空を見上げた。

 

 昔はつやのある栗色だった彼の髪は年とともに半白に変わり、目尻と口元には細かい皺が増えた。本来は鼻梁の高い整った顔だが、不精ひげと砂埃のせいで、くたびれた野卑な印象がそこに加わっている。

 だが、苦々しげに天を仰ぐ瞳の澄んだ輝きだけは、少年の頃のままだ。

 

「潮時だな」

 

 グレッグは呟いた。

 

 一時間も経てば太陽はこの砂漠をフライパンに変えてしまうだろう。夕方までは作業を再開できないし、一度町まで戻って必要なものを買い足して来た方がいい。

 

 水とかガソリンとか、食料とか――そんな物を。

 

 

 町のハンターオフィスで最後に受け取った報酬ももう残り少なかった事だし、レンタルしているこのハーフトラックに七.九二ミリ機銃の弾薬も補充しておきたかった。何かひとつの事を始めれば次々にやる事は増えてゆくものだ。

 

(この砂漠と同じだな。掘り返し始めればキリがない)

 

 そんな思念とともに、グレッグはハーフトラックの座席に体を押し上げた。

 

(だが俺は本当のところ砂漠を全部掘り返さなきゃならん訳じゃない――金属探知機は確かにあの場所を示してるんだからな。あそこには間違いなく埋まってるんだ)

 

 次の言葉はグレッグの舌の上で、半ば歌のように踊った。

 

「俺の、戦車が」

 

 

 

 

 直射日光を遮る物といえば古びたキャンバス地の幌より他にはない座席で、グレッグは大破壊以前に作られた古いメロディーを唄っていた。

 

 駆け出しのハンターだった十五年前。掘り出し物でもないかと足を踏み入れた廃墟の、打ち捨てられたジュークボックスから流れ出した曲だ。今ではハンターたちの間で少しずつアレンジを変えて口伝えに広まり、「ルート99」というタイトルで知られている。だが本来の音は彼だけが知っている。

 

 もしかすると彼がハンター生活の中で手にした、最高の宝物だったかも知れなかった――ジェインとリサを除けば。

 

 

 結局のところグレッグが5年前に現役を退いたのは、ジェインのためだった。

 

 小さな町の学校で教師をしていた彼女にとっては、毎日のように荒野を駆け回ってはモンスター化した野生動物や大破壊前の自動兵器と戦い、いつ冷たい骸と化すかしれない、彼のような男を夫にする事には抵抗があった。何よりグレッグ自身、放浪の日々にはいささかくたびれてもいた。

 

 三十歳といえば、この時代においては普通以上の幸運に恵まれない限り到達困難な年齢だ。そんな幸運な男はできればその運が続くうちに定住し、モンスターよりはもう少し微妙な戦い方の必要な相手、つまり人生というやつと戦うべきなのだ。

 

 

           * * * * * * * *

 

 

 ペトラの町は人口が千人ほど。さほど大きな人口集中地ではないのだが、前時代のいつ頃かに造られたらしい石油採掘施設と精製プラントの一部が残されていて、その事がこの町を、付近でも特異な存在に仕立てている。

 この近隣で活動するハンターの多くがこの町で給油し、モンスター退治のギャラを受け取り、車の損傷を繕い、人間としてのささやかな欲求を満たして、また荒野へと出て行くのだ。

 

 

「人間の土地を守るために」

 

 

 通りに面したハンターオフィスの壁にそんなスローガンが掲げられているのを見て、グレッグの心はほんの少し和んだ。だが、三ヶ月前のあの日から心に焼きついた妻の死に顔が、すぐにそんな和らいだ気持ちを粉微塵にした。

 それでも、同じ壁に張り出された駆逐キャンペーンのポスターは見逃さない。

 

 ――キャノンホッパー。

 

 このあたりでも結構見かけるやつだ。障害物の間をピョンピョンと飛び跳ねて、二十ミリくらいの砲弾を、動くものと見れば手当たり次第に撃ちかけてくる。自動兵器としては冗談のような部類だが、遠出をしすぎた不運な子供を行方不明者のリストに追加するには、それでも充分過ぎるくらいだ。

 

(機銃弾はやっぱり補充しなきゃな)

 

 キャンペーンの対象モンスターを仕留めれば、通常の報酬以外にも配当金がつく。今のグレッグにとってはこの上なくありがたい収入になるはずだ。

 

 

 ハーフトラックに補給品を積み込んで酒場へ立ち寄ると、アンディーがカウンターにいた。大型の装甲バスに強力なエンジンと十二.七ミリガトリング砲を積んで、長距離間を往復する運び屋だ。ハンターとしてオフィスへの登録もしている。

 

 大酒飲みなのが欠点だが、勘のいい男だ。彼のアルバトロス号は決してトラブルに巻き込まれないと、交易商人たちには絶大な信用が有る。

 

 グレッグにとっても古い馴染みで、何度か二人で困難な依頼を片付けた事もあった。そして、今回砂漠に埋まった戦車の情報をもたらしたのも彼だった。

 

「見つけたらしいな、相棒」

 

 垢染みた野球帽の下から覗くアンディーの目はもう真っ赤だ。既に大分きこしめしていた所らしかった。

 

「なぜそう思う?」

 

「あんたがこの時間にここに来るってことは、そういう事だろうさ」

 

「……見つけたよ。流石だな、どうしてあんな所に何か有るなんて判った?」

 

「俺だって勘だけで仕事しちゃあいない」

 

 アンディーが自慢気な様子になった。

 

「古い時代の戦争の記録を収めた場所が、ここから百キロほど北にあるんだ。そこのヌシはハツブクカンとかいっていたっけな。そこのライブラリにあったビデオであのあたりを映してた」

 

(そりゃあ博物館だろう)

 

 グレッグは口の中でぼやいた。

 

 ジェインが聞いたら行ってみたがった事だろう。あいつは大破壊以前の事となるとやけに熱心だった。

 

「ジェインの事は昨日、マスターから聞いたよ。残念だったろうなあ」

 

「え?」

 

「一度は足を洗ったあんたが戦車を欲しがるなんて、よくよくの事だとは思ったが」

 

 どうも後ろのほうを声に出してしまっていたらしい事に気づき、グレッグは狼狽した。どうにもいたたまれなくなって、酒場のマスターに水代だけ形式的に払い、そそくさとその場を離れる。

 

「礼は掘り出してからでいいぜ。牽引に車が足りないときは連絡してくれ」

 

「ああ、また来る」

 

 片手を挙げてドアを出ながらグレッグはアンディーに叫んだ。

 

「飲みすぎるなよ」

 

 あの様子だともう二、三日はこの町にいるだろう。石油施設を守る当番のときにへべれけになっていなければいいが、とグレッグは思った。

 

 

 

 乾いた気候のおかげで掘る事自体はさほど苦労はなかったが、砂が崩れやすいのには閉口させられる。一度などは危うく生き埋めになりかけたりもしながら、グレッグのシャベルは三日目の朝にようやく、ゴツゴツした金属の塊にぶち当たった。次第に姿を現していくそれは恐ろしく巨大な重戦車らしかった。

 

 グレッグはこんな化け物のような戦車を見た事がない。だいたい戦車など今では造る事が難しいから、ハンター仲間でも本当の「戦車」を所有している者は数えるほどだ。

 

 大抵は危険な事この上ない昔の軍事施設の奥や、権力者用のシェルターの中などに取り残されていて、そこまでたどり着いて持ち帰る事などまずおぼつかない。その上、維持するのにひどく金がかかるし、燃費も悪くてへたをすればハンターの生活を一層過酷なものにしかねなかった。

 

 そしてしばしばその強力な大砲には恐怖にさらされた人々がすがりつき、もっと強力な武装を持つ敵によって、彼らはもろともに破滅させられるのだ――

 

 

 グレッグがこれまでに見た事がある戦車で最も強力なのは、大破壊の直前に造られたという、「ウルフ」とよばれる車種だった。

 

 暴徒鎮圧や反対派の武力制圧用に造られたというそれは、前面投影面積を絞り込んだ車体に高性能な火砲を備えた、いかにも機能的な戦車で、シルバーの綽名で知られるトップクラスのハンターがその主だった。

 

 だが、これは。

 

 サイズ的にはウルフと大差ない。全長にいたっては十メートルではきかないだろう。車高も車幅も不必要に大きく感じるがその車型は奇妙に美しく、戦闘のための機能などとは別の意思をもってデザインされているとさえ感じられる。グレッグはだんだんその戦車が好きになり始めていた。

 

 湿気のない砂漠に埋もれていたおかげで、車体には殆ど腐蝕は見られない。全体に較べてむしろ細身に見える主砲は口径にして九十ミリに少し足りないようだが、その分砲弾は多く積めそうだった。

 

 ただ、ハッチから車内に入ってみて驚いたのは、どうやら五人乗りらしいということだ。見た限りでは火器管制用コンピューターのシステムなども無いらしい。

 

 

 ――とんでもなく古い戦車なんじゃないのか。

 

 グレッグは不安を覚えながら、車体前部の牽引用リングに、ハーフトラックから伸びた牽引ワイヤーをシャックルで固定した。アクセルをゆっくりと踏み込むとワイヤーがピンと張って、パワーが売り物のエンジンが悲鳴を上げる――動かない。

 

「アンディーを呼ぶしかないな」

 

ぺトラのオフィスを経由して通信機で呼び出してから、アンディーのバスが姿を現すまで軽く二時間ほどかかった。

 

「十八トンハーフトラック一台じゃ、足りなかったか」

 

 アンディーがあきれたように戦車を見上げた。いまグレッグがレンタルしているハーフトラックは、これでもぺトラで貸し出している車両の中では抜きん出た大きさとエンジン出力を誇るものだ。三十トン程度の戦車ならどうにか牽引して町まで戻れるはずだったのだが。

 

「こんなデカブツが出てくるとは思わなかったよ」

 

 アンディーの装甲バス、アルバトロス号なら、ほぼハーフトラックと同格の馬力の筈だ。苦心してもう一本、非常識な太さのワイヤーを取り付ける。

 夕刻に再開した作業は夜半に及んだが、バスとハーフトラック、二台のエンジンがぶるぶると咳き込み、繋ぎあわされた三頭の鉄の獣は砂塵を捲き上げながら、ペトラの町へと進んでいった。

 

 

           * * * * * * * *

 

 

 ジェインと結婚して現役を退いたグレッグが住み着いたのは、ペトラから二十キロほど離れた、シーダーレイクという人口三百人ばかりの小さな村だった。ここでは近くの山の斜面を利用して良質の木材が生産されている。

 杉、と慣用的に呼ばれるその針葉樹は生育にやや時間がかかるが、村ができたころ自生していたものを伐採したあとに植えた二世代目、三世代目に当たる若木がそろそろ商品になるほどに育っていた。

 

 初めは製材所で丸太を材木に加工する仕事についたが、程なく彼がハンターであることは村人の知るところとなり、数日後グレッグは作業所のラインから外された。

 

 比較的平和で自然も豊かな土地とはいえ、敵意ある世界に生きる村人たちにとっては、彼のハンターとしての経歴は到底無視できないものだったのだ。結局は週に三日、ペトラのレンタル屋で借りたバギーを乗り回して近隣のパトロールをするのが、彼の主な仕事になった。

 

 パトロールに出ない日は林から製材所へ丸太を運ぶトラックを運転したり、機械類の整備を請け負ったりした。ジェインはグレッグがパトロールに出るのを少し嫌がったが、暮し向きは製材所の仕事だけよりは良くなったし、村には読み書きを教える必要のある子供達が大勢いた。

 

 都会からきた夫婦が村に必要とされる人物として受け入れられていくのには、さほどの時間はかからなかった。

 そして、結婚前から妊娠の兆候のあったジェインは間もなく赤ん坊を産んだ。リサと名づけたその女の子は、村中から愛されてすくすくと育っていった――あの日までは。

 

 

 

 レンタル屋は、まだ車を入手できない駆け出しや、グレッグのように一線を退いた『予備役』ハンターにとっては便利なものだ。ペトラ程度の町なら大抵どこにでも、小さなオフィスを構え、二台か三台、多いときはそれ以上の中古の戦車を、ガレージに置いて営業している。

 

 置いてある戦車の多くは、バギーや装甲バスか、せいぜい小型の装甲車といったところだから、あまり広範囲にまたがる任務や、一部のきわめて凶悪なモンスターに対処するには不向きだ。だがもとよりそんな仕事は限られた一握りのハンターたちのものだ。近郊の小物モンスターを掃討したり交易の護衛をしたりするには、これで充分といえた。

 

 グレッグが今乗っているバギーは、剛性の高い軽合金製のフレームで構成された車体に高出力のガソリンエンジンと七.九二ミリ機銃、それに火炎放射器を積んでいる。現状ではそれなりに満足できるクルマだ。

 今日は一日中付近の丘陵地帯を走り回って、何体かのモンスター――巨大アリやバイオマイマイ、それに「交易隊(トレーダー)殺し」と呼ばれるここいらではとりわけ危険な軽戦車タイプの自動兵器を仕留めて、村へ戻るところなのだった。

 

 

 バギーを走らせるグレッグの前方遠くに、砂煙が見えた。

 

 この辺を哨戒中のハンターの誰かだろうかとも思ったが、その砂煙は遠目にも長く、高い。決して一台や二台の車が立てるそれではなかった。奇妙な胸騒ぎを覚えてグレッグはバギーを急停止させ双眼鏡を覗きこんだ。

 

「何だ、あれは」

 

 そう言葉にしたものの、双眼鏡ごしに見えたのは間違えようのない物の群れだった。

 戦車。装甲車に、大型の装甲トラック。その他のあらゆる車輛。

 

(どういう事なんだ)

 

 グレッグは呟いた。あれだけの数の戦闘用車輛と支援車輛がひとつ所に集まるなどという事は、大破壊を経たこの時代、通常では考えられない。ということは――

 

(……軍隊?)

 

 

 遠い昔に死語となったはずのそんな単語が頭の中を駆け巡る。しかし、誰が、何者に対して、何のために組織した軍隊だというのか?

 

 今のところこちらに気づいた様子は無い。というよりは気にも留めてはいまい。長蛇の列を成したその大部隊はゆっくりと彼方の砂丘を横切って、ペトラを始めとした町々の点在する街道とは大きく外れた、砂漠の真っ只中へと進んでいく。

 

 

 グレッグが知る限り、その方角に人の住む町や村は無い。白昼に幽霊に出会ったような不気味さに、胃袋のあたりが不快にひきつれた。

 

 そして――砂煙のおさまった地平線の向こう、シーダーレイクの方角に立ち昇る狼煙のような黒煙を見出したとき、グレッグは我知らず絶叫を上げながら、急発進させたバギーのアクセルペダルをさらに、さらに強く、床を突きぬけんばかりに踏み込んでいた。

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