タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪―― 作:茅葺
ぎらぎらと照りつける太陽
死せる大地を貫くハイウエィ
おれは車をひた走らせ
昨日と明日の間
終わりの無い旅の途中
ラジオを点けてあの娘の歌を聴こう
古い昔の歌を
ああもちろん解ってるさ
あの娘が今では 変わり果てた
姿になっているくらいの事は
(「ルート99」作曲者不詳・新紀元前52年、グレッグ・マイヤーにより採集。歌詞は最も良く知られたヴァージョンに基づき和訳されたものより抜粋。)
街道と言っても、明確に舗装された道などが残っているわけではない。
それでも、周囲に対する監視の容易さや地形の平坦さ、緊急の際の補給の便など様々な要因によって、人と物と、そして情報の運ばれるルートはおのずと決まってくる。
ひとたび確立されればそれはより多くの行き来をうながし、そして街道となる。有史以来、人間はその様にして交通網を発達させてきた。
この地、この時代においてもそれは同様だ。
東部の山岳地帯を抜けて西へ延びて来た、かつての五十七号ハイウェイは、ペトラの町を分岐点として二つに分かれる。
砂漠の北部、ニューサウスキャニオンと呼ばれる細長い渓谷に並走する「北ルート」と、遥か南の海岸地帯へと向かう「南ルート」。
渓谷の底には一筋の川。乾季には殆ど単なる湿った砂の堆積に変わるその流れは、彼方上流の形を失いかけた都市の跡を通るときに、風化したコンクリートの微粒子を含んで白く濁る。
ホワイトリバー。人々はそう呼ぶ。
グレッグは北ルートをとって、渓谷を越えた北にある大きな街、パインブリッジ市へ向かっていた。目的は情報収集ともうひとつ――これは途中で運良く高額の賞金首やキャンペーン対象のモンスターを倒せればだが――戦車用の電子部品だ。
この辺りでのもっとも高性能なものが、そこで売られている。パインブリッジはかつてコンピューター工場の立ち並ぶ工業都市だったし、今でも地中から掘り出される集積回路やその他の電子機器の中には、かなりの割合で使えるものが残っているのだ。
オクタポンドでの戦いからは一ヶ月と少しが経っている。この間収穫と言えるものが幾らかあった。自動装填装置をファブニールに搭載した事と、デュランの一味の動向が少し判った事だ。
二ヶ月ほど前から北ルート周辺の一帯を、複数の盗賊団が脅かしている。その多くは戦車や装甲車などを数台所有し、交易商人のキャラバンや、時には小さな町を脅かしているらしかった。オクタポンドの町を襲った一隊もその一つだ。
それらの盗賊団と遭遇した何人かのハンター達の証言に、グレッグは着目していた。
統一された装備を持ち、敵の手に落ちると口腔に忍ばせた毒物で自決する盗賊団。それはグレッグの忌まわしい体験と一致する。デュランの部下達が戦闘車輛の一部を持ち出して盗賊に扮し、定期的に物資の調達をしているのに違いなかった。
とすれば連中は、自給自足の困難な砂漠の奥深い地域に止まり続けているのに違いない。
ファブニール一台でそこまで行くのは航続距離から言ってかなり無理があるといえる。砂漠を突破して敵の本拠地にたどり着くには、なんらかの手段を講じる必要があった。だが、グレッグは今のところその問題については考えあぐねているところだった。
リサの生存についてはもはや絶望に近いと、諦めかけている。それは一人の父親にとって堪え難いことだったが、この時代にあっては子供の行方不明は特に珍しい事ではない。その点に関しては彼だけが不幸なわけではないのだ。
砲弾セレクターつきの自動装填装置は好調だったが、グレッグはファブニールの操縦席で、ひとり憂鬱を持て余していた。
いつになったらデュランにたどり着けるのか。ファブニールの維持と強化、そして自分の生存。それだけのために日々が過ぎていくもどかしさに、ともすると挫けてしまいそうな気がする。戦車乗りがしばしば陥るジレンマの中に、グレッグもどっぷりと浸かってしまっているのだった。
パインブリッジへ向かうルートには難所が一つあった。ニューサウスキャニオンに懸かる、全長一キロ、橋脚の高さ五十メートルの巨大な橋梁だ。「ロング・シックス」と呼ばれるこの橋を渡るには、かなりの困難が伴う。
橋の上で車が通れる部分は、その幅およそ六メートル。この幅では、全幅がほぼ四メートルのファブニールや同様のサイズの戦車は、橋の上ですれちがえない。反対側から誰かが来れば、元の地点、つまり橋のたもとまで戻って待機しなければならないのだ。
どちらが?
無論、急ぎでない方がだ。
しかしこの時代に、レジャーとして車を走らせる者など居はしない。車に乗るには、大抵それなりの理由があるものだ。
たとえば伝染病の発生した町に医療チームと器材、そしてワクチンを届ける者。
逆に、病人を設備の整った町へと運ぶ者。
罪を犯し逃げる者と、追う者。
ありとあらゆる急ぎの用事が、人をして荒野に車を駆らせしめる。その優先度を測るのは、簡単な事ではない。だからこんな橋は、えてしてトラブルの舞台となる。
それに一キロの道のりを一直線に進むのは、途中でモンスターに襲われた場合、かなり危険な状況だ。そしてもしそれが強力な火器を持つものならば、橋が崩れ落ちることでさえ有りうる。
交通網を遮断してしまう結果になった場合、その罪は重い。「ロング・シックス」のような大掛かりな建造物にいたっては、死を持ってすら償う事は出来ない。恐らくは全財産を没収の上荒野へ追放、そして無数の人間の生存に壊滅的な影響を及ぼした「人類の敵」として半永久的に記録されるだろう。考えただけで気の滅入るような話だが、運が悪ければ誰の身にも起こり得る事なのだ。
〈ロング・シックスまで十キロ〉
そう書かれた標識の傍らで、グレッグはファブニールを停車して昼食を摂っていた。
ペトラの石油から作った合成タンパク質のハンバーガーと、オクタポンドの水。長距離移動の際の携行食料としては、まあましな方だ。バクテリアの力を借りて石油から作られる合成ビーフは、数千年間変わる事の無い人間の味覚をとりあえずは満足させてくれるし、なまじな天然素材と違って汚染の心配も無い。
本当に最悪なのは、パインブリッジのような都市でも貧民達に配給されることのある、「Sレーション」と呼ばれる物だ。
昔の軍隊の糧食だともうわさされる、四角い緑色のプレート状のそれは厚さが七ミリ、大きさが十センチ四方。原料不明、栄養満点。ただし味のほうはボール紙よりはほんの少し上といった所。
グレッグも口にした事はあるが、稼ぐ力がある限りは二度とご免だった。
「ジェインの手料理は最高だったよなあ」
グレッグは呟いた。もさもさしたバンズの最後の一片をオクタポンドの水で流し込む。ボトルには未だ三分の一程残っているが、それは操縦席の後のラックに収めた。飲料水は貴重なのだ。
砂漠はこの辺りまで北へ来るとようやく表情を変えて、まばらな草なども所々に見ることができる。こうした小休止の後はハッチを閉めて操縦席に戻る前に、いつも周囲を三百六十度見廻すのが習慣になっていた。それで危ういところを助かった事なども一度ならず有る。
「全周監視、異常無し。ファブニール発……」
自分に言い聞かせるように確認したその時、どこかでかすかな砲声が響いた。グレッグの眼が日なたに出た猫の瞳孔のように細められる。
もう一発。ひどく遠くだ。こんな開けた地形でなければ聞き逃していたに違いない。一度おろした双眼鏡をもう一度覗きこむ。四時の方向にそれはいた。
「間違いない。
かなり大型の車輌を追う、やや小さな戦車の姿。時折、甲高い砲声を響かせて、大型車を狙い撃っているのが見て取れる。側面に廻りこもうと蛇行するような動きはAT独特の、見間違えようの無いパターンだ。
それにしても何という速さか! 先行する大型の装輪車輌はかなりのスピードを出している筈なのだが、後の戦車は離されることもなくついて行く。あんなスピードで走る戦車を、グレッグは見たことがない。
「誰か知らんが助けてやらなきゃあな」
イグニション・キーをひねると、未だ冷え切っていなかったファブニールのエンジンはすぐに低い鼓動を響かせ始める。
「なんてこった、アルバトロス号じゃないか」
追われている方の車輌の見なれたシルエットを視認したそのとき、グレッグは思わず息を呑んだ。
全長十三メートル、全高四メートルの巨体に、最大六十ミリ厚の装甲を施した大型長距離バス。それはグレッグの古い友人、「運び屋」アンディーの愛車なのだった。
通信機のスイッチを入れ、ハンター専用の同期回線を開く。敵による通信傍受を防ぐため、一度通信が繋がった後は通信機の内蔵プログラムに従って、互いの周波数をタイミングを同期させながら絶えず変更しつづける仕組みだ。
込み合ったフロアの上をいっぱいに使って旋転しながらペアで踊る大昔のダンスになぞらえて、ハンターたちの間では「フォックストロット回線」とも呼ばれている。
「こちらモンスターハンター、グレッグ・マイヤー。アルバトロス号、応答せよ」
ややあって、雑音混じりながら聞きなれた声が、グレッグの通信機のヘッドセットに飛び込んできた。
〈こちらアルバトロス。グレッグなのか?どこにいるんだ?〉
「そちらからだと九時の方向だ。距離七五〇」
ヘッドセットから安堵のため息が聞こえた。
〈……よく来てくれた〉
「たまたまだ。それよりまだ無事なのか、アンディー。あれは何だ?」
〈あまり無事とは言いがたいな。側面に一発食らって、車体の破片が太腿に刺さってる。そんなに長くは保たないぜ、俺も、こいつも〉
事態は急を要するな、とグレッグは思った。アンディーの説明が続く。
〈あれを見るのは始めてだが、たぶん海岸地方のハンターたちが『地獄猫戦車』と呼んでる奴だ。主砲は中口径でたいしたことないがとにかく速い。朝からずっと追われてるんだ。しつこい奴だぜ〉
「よし、助けてやるぞ。アンディー、お前のアルバトロスには確かご自慢の広域地形照合システムが付いていたよな?」
〈ああ。それがどうした?〉
「この辺りにどこか、くぼんだ地形はないか?この戦車が隠れられるくらいの」
〈どういう事だ?〉
「俺のファブニール――この戦車の事だが、まだ砲塔も操縦系も自動化していない。だから、その敵戦車をやるには待ち伏せするしかないんだ。ぎりぎりまで引き付けて主砲で迎え撃つ。チャンスは多分一度っきりだ」
「ひでえ話だな」
アンディーのヤケになったような笑い声がした。
〈よし、あったぜ。こっちからだと十時の方向、距離三〇〇〇だ〉
「判った。もう少しだけそのまま時間を稼いでくれ、準備でき次第連絡する」
ファブニールは一旦接近しつつあった二輌から、再び背を向けるように離れていく。
アンディーはハンター仲間にそう思われているほどには、勘と幸運だけに助けられている男ではない。不測の事態に対応するだけの準備は決して怠らない、慎重な一面を持っている。
広域地形照合システムなどという、高度な電子機器を大枚はたいて装備しているのがそのいい例だし、アルバトロスの屋根の後方に取り付けられた十二.七ミリガトリング砲も、本来ならば彼の普段の仕事には強力過ぎるくらいの代物だ。グレッグにしても、アンディーから学んだ事は数多い。
「うまく行くとすれば、アンディーの用意の良さが呼びこんだ運って所だな」
そう呟きながらグレッグは窪地を探す。早くしなければアンディーを失いかねない。
やがてその窪地が姿を見せた。丁度いい広さと深さだ。グレッグはファブニールをその窪地に収めた。砲塔だけが顔を出すような形になる。
「いいぞ、アンディー。こっちへ向かってくれ」
ヘッドセットのマイクに叫んだ。
〈了解。待ちわびたぜ。そろそろ限界だ〉
彼方から砂塵を上げてアルバトロスが「地獄猫」を連れてきた。
「よしアンディー、奴との距離を500まで縮めろ。合図したらシフトダウンして、右へ九十度ターン、その後全速力で離脱だ」
〈マジかよ。左の太腿をやられてるんだぜ、俺は。今どうやってシフトチェンジしてると思う?〉
「さあ?」
グレッグは照準器の距離メーターを調節しながら答えた。
〈アクセルを急に踏み込むと、回転が上がって遠心力でクラッチが離れるだろ、その時に回転数に合わせたギアに……〉
「たいした腕だ。戦車じゃあそうはいかん、流石だな」
〈……ひとごとだと思いやがって〉
笑い声が帰ってくる。
あの陽気さもあいつの強みだ、とグレッグは微笑んだ。腕自慢をできる余裕もあるくらいだし、これならきっと勝てる。
照準器の中のアルバトロスが次第に大きく膨れ上がる。よし、今だ。
「アンディー!ターンだ!!」
危うく横転しそうになりながら、アルバトロスが右へターンしていく。「地獄猫」が備える砲塔の、四角ばったシルエットがグレッグの眼を射た。
「ファイアー!」
ファブニールの主砲が咆哮を上げ、発射された高速徹甲弾が「地獄猫」の正面装甲をやや斜めに撃ちぬいた。車体が一瞬ぐらつき、煙が上がる。
だが、「地獄猫戦車」は止まらない。よろよろと速度を落として、恨めしげにファブニールの方へ砲口を向けたまま後退していくと、不意に反転して速度を上げ、その場を離れて行った。
危険はひとまず去った。アンディーを手当てしなければ。
「アンディー、大丈夫か。今からそっちへ行く」
〈猫ちゃんはどうした?〉
猫ちゃんか。アンディーらしい能天気さだ。
「命中したが、逃げられた。とりあえずは一安心だ」
〈了解。言い忘れてたが、ご婦人のお客さん方がいるんだ〉
「ほう?」
〈彼女達もあんたに会いたいとさ〉
じゃあひとつ正義の騎士の登場といくか。そんな冗談を言いながら通信を切った。砂煙を上げながらアルバトロスとの合流点へと向かう。グレッグは絶えず砲塔上面の旋回式ペリスコープにつながったカメラの映像を睨み続けた。勝利の後の気の緩みが元で、何でもないようなモンスターの犠牲になったハンターも多いのだ。
「地獄猫」の主砲を受けて痛々しい姿になったアルバトロスのそばに、ファブニールが車体をうずくまらせた。
車体前部のハッチを開けて降りると、白いツナギを着込んだ小柄な見なれない人影がグレッグのほうに近づいてくる。十五、六歳くらいの少年のようだが、胸の辺りがわずかに膨らんでいるところから察して、アンディーの話していた女性客の一人だろう。頭にかぶったサンバイザーから、まとまりの悪い短い金髪がはみ出していた。色白の顔を紅潮させて、大きな緑色の瞳でこちらを睨んでいる。
「さっきの作戦を考えたのはあなた?」
つかつかとグレッグの前まで歩いて来ると少女はそう聞いた。
「そうだ」
次の瞬間、目の前を肌色の物体がかすめ、左頬に衝撃を受けてグレッグは右上を向く格好になった。何がおきたのか解らずに正面へ向き直ると、右腕を振り抜いたまま、怒りの表情で肩を震わせグレッグを見上げるその少女がいた。
「人でなし……!」
「なに……?」
左頬がひどく痛んだ。小柄な割にかなりの力だ。とっくに涸れ果てたはずの涙が、じわりと涙腺にあふれてくる。反射作用ばかりは如何ともしがたい。たたみ掛けるように少女がまくし立てた。
「あなたのあの戦車なら、『地獄猫』を威嚇射撃で追い払うくらいの事は簡単でしょう? アンドリューさんは負傷していたのよ、それをあなたはおとりに使って、彼だけではなく私達二人も危険にさらした。そんなにしてまで、モンスター退治のギャラが欲しい? それとも待ち伏せしなけりゃ当てられないほど、射撃が下手ってわけ?」
(あー……アンディーの奴、通信内容を車内に放送してなかったんだな)
グレッグはため息をついた。
(そりゃそうだ、普通そんな事をしてわざわざ客を恐慌に陥れるような真似はハンターなら避けるはずさ)
女子供に説明してもわかるまい。それに俺の事情は個人的な事に過ぎない。
「……俺が金を欲しいのは本当の事だ。射撃も実際あまり得意じゃあない。照準器に頼りっきりで、戦車を降りたらショットガンくらいしか使えないんだからな。ああ、君の言う通りだ。君と連れを危険に巻き込んだ事はすまなかった。謝る。だがこれだけは理解してくれ。俺とアンディーは長年の親友なんだ。決して好きであんな作戦を立てたわけじゃない」
少女は答えずにアルバトロス号の方へと歩き出した。そして背中を向けたまま言った。
「……アンドリューさんはママが手当てしています。行きましょう」