タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪―― 作:茅葺
グレッグ達が宿をとったのは、ハンターたちが集まる酒場やパーツ屋が建ち並ぶ、場末に近い一角だった。夜が更けるまでは騒がしいのだが、さすがに朝の早い時間には、ひっそりと静まり返っている。
昼近く、ようやく町が動き始めた頃、グレッグは部屋のドアをノックする音で目を覚ました。
「アンディーか? 入れよ」
答えながら壁の時計を見る。あまり正確ではないだろうが表示は十一時過ぎ。もうこんな時間か、と溜息をつきながらベッドを降りる。
「アンディーじゃないわよ」
ドアの向こうの返事はアリサの声だった。
「じゃあちょっと待て。着替えが済んでない」
グレッグは大慌てでズボンに足を通し始めた。
ドアを開けて外を見ると、アリサはドアの横の壁に背を向けてもたれるように立っている。
「買い物に行くんでしょ?」こちらへ向かって斜め上を見上げる格好で言った。
(そう言えば昨夜アンディー達が話している横で、訊かれたままに今日の予定を教えたんだっけな)
グレッグは耳の後を掻いた。
「……そうだ、買い物に出る」
「私も連れていってくれない? ママは医者の仕事は手伝わせてくれないの。一人で部屋にいたってつまらないし」
「構わないが、戦車の部品やショットガンの弾を買いに行くのもそんなに面白くは――」
言いかけて思いなおす。この娘はむしろそんな物が好きなのだろう、と。
「……はぐれるなよ」
「私もカートに乗るから大丈夫よ」
さも当然そうにそう言うと、アリサはグレッグの後を追った。
駐車場で貸してくれたのは、ごついタイヤを二本づつ履いた二軸四輪のエンジンつきカートで、サスペンションを不整地用に取り替えて装甲と武装を施せば充分に戦車として使えそうにさえ見える、大型のものだった。
「三トンまでの荷物ならどうにかなりそうね」
オレンジ色に塗られたカートのクッションの悪い座席に上がりながら、アリサはそう評した。
「東部じゃあどんな風に暮らしてたんだ?あんなうまい操縦は見たことがない」
カートの横を流れていく街の雑踏に目をやりながらグレッグはアリサに話しかける。
「戦車の操縦は十時間ほど教習を受けただけ。近所のドックで週二日働いて、後はコンピューター技術の学校に通ってたわ」
「それであの腕か……たいしたもんだな。あれならハンターか、さもなくばメカニックの資格が取れる。やってみたらどうだ? ハンター歴五年以上の者の推薦があれば、試験の一部は免除になる」
お袋さんとは同じ道に進む気も無いんだろうしな、とグレッグは口の中でつぶやいた。年頃の娘の常といえばその通りだが、アリサには母親に対する反発が強いように思える。
「ハンターかあ……考えてみる」
頭の後ろに腕を組んで空を見上げながら、アリサはそう答えた。
商店街には意外なほどたくさんの商品がおかれていた。工場設備の破壊や資源の供給停滞によって、ほとんどの重工業が産業として維持できなくなった現在、工業製品の供給手段としては、このパインブリッジで行われているような発掘と、トレーダーの中でも特に「スカベンジャー」と呼ばれる者達による資源リサイクル活動―つまりはゴミ拾い―がそのほとんどを占める。
オーバーホールが追いつかないほどに破損し放置された車輛や、砂漠に埋もれた工場の製品ストック――それらはいわば現代の金鉱脈だ。
そうした発掘品を横眼で眺めながらスチュアート母子のことを考えたとき、グレッグの思いは自然に自分の親のことに向かった。
(……親か。俺もこうして生きている以上は、親がいたんだろうが)
グレッグは両親の顔を知らない。物心ついたころにはもう、当時この街を牛耳っていた地方ボスに管理される、奴隷として暮らしていた。
武装した男たちに監視されながら電子部品を地中から掘り出し、わずかな代用貨幣に引き換えて食事や被服を贖いながらのその日暮らしだった――彼が十五歳の時に一人のハンターが一味を壊滅させ、町を解放するまで。
この町はグレッグの故郷だ。だがグレッグは、この町があまり好きではなかった。
「こっちの方が軽そうじゃない?」
「駄目だ、筐体がヤワ過ぎる。
「でもそれ重いし、処理も遅いわよ。CPUだけでも積みかえられないかしら」
商店街の一角、主に車載用の電子部品を扱うパーツ屋で、二人はファブニールに積むコンピューターを物色していた。幾つか並べてあるユニットはいずれも発掘した部品からこの街で組上げた、この時代における意味での新品だ。
グレッグが買おうとしているのは、比較的安価なパーツで組んだ本体に最低限の射撃統制ソフトと、戦闘時の自動操縦プログラムを自作できるツールが搭載された「
一人で戦車を操るには少々ハンターの負担が重いものだが、とにかく衝撃や熱に対して耐久性があるのが強みだった。
価格千二百ゴールド。今のグレッグにとってはこのくらいが手ごろなところでもある。
「どの道今の段階では、ファブニールの全てを統制する程のシステムは見込めない。だからいずれはもっと高性能のものに換装するとしても、今欲しいのは稼ぐ間ちょっとやそっとでは壊れないような丈夫なやつだ、解るかい?」
「そういう事なら確かにこっちがよさそうね。でもそれじゃあ、車体のダメージはどうやってチェックするの? あまり沢山のセンサー情報を処理するのは、このユニットでは無理よ?」
「ファブニールが立てる音を、耳で聞くのさ」
「できるの?そんな事」
不可能ではない。そう答えるグレッグを、アリサは奇妙な物のように見つめた。
「エイダ」を梱包してもらうのを待つ間にファブニールに使えそうな各種のネジを買い漁って戻ってくると、カートの番をしていたアリサが二枚の紙片をグレッグの方に突き出して見せた。
「これ、どうしよう?」
「何だ、こりゃ」
「今の店でくれたの。『エイガのチケット』だって」
グレッグはそこに活版で印刷された文字をのぞきこんだ。
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鋼 鉄 の 幻 影
大破壊以前の人類の文化遺産「映画」が蘇る!!
各地の廃墟から収集されたフィルム、ヴィデオの断片から
可能な限り復元され再構成された旧世紀の総合娯楽。
現代的に再解釈されたストーリーにそって、原形を極力損なわずに編集、
音声の一部を新規録音。
ハンター必見!!
戦車! 戦車! 戦車! 無数の戦車が戦場を駆ける!!
戦車の原点、ここにあり!
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主催:人類文化復興学会パインブリッジ支部
テアトル電気館1階ホールにて本日より先行上映
入場料:30ゴールド・本券持参の方三割引き
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「……面白そうだな」
グレッグはその『映画』とやらにひどく興味をそそられた。
娯楽といえば場末のテント小屋で営業する、ストリップまがいのダンスショーくらいしかないこのご時世に、これだけ手の込んだことをする連中がいることに感動すら覚える。
ジェインがいささか美化された旧時代の歴史を子供らに教えることに情熱を燃やしていた事を思い出す。この催しの主催者と彼女の間に、何かしら通じるものが有るような気がして胸の奥がまたうずいた。
「……行ってみよう」
二人はカートと荷物を駐車場に預けると、早速その上映場所に向かった。
「テアトル電気館」の薄暗いホールに入ると、古いキャンバス地のスクリーンに投射された光の中で、砲身に日除けカバーをかけた戦車が古めかしい町並みの中をゆっくりと走り回っているところだった。
周囲の暗がりを見まわして、グレッグは舌打ちした。
(汚いな)
客の多くは娯楽に飢え暇を持て余した、町の住人達の中でも特に犯罪すれすれの仕事に携わる連中のようだ。
グレッグの立っている通路から三つほど奥の座席では、映画そっちのけで上半身をひん剥いた女と絡み合っている男さえいる。その体液の匂いらしきものがかすかに鼻をついた。
(教育上よくない)
無意識に「父親」の感覚になっていた。アリサの手を引いて前列の方、スクリーンからの反射でやや明るい辺りへと向かう。
「あの戦車、ファブニールに似てない?」
画面のほうを見やってアリサが言った。
「そう言えば車体の感じや転輪の並び方がよく似てるな。設計思想が共通なのかも知れない……っと、ここ、空いてますか?」
通路際に座った大柄な男にグレッグは尋ねた。たぶんハンターであろうその男の隣には、席が二人分空いている。
男は黙ってうなずき、グレッグはアリサとその男の間に入る形に座った。
「さっきのあれはな、『パンター』と呼ばれる戦車だ」
突然、隣の大男が口を開いた。二人の会話が聞こえていたらしい。
「第二次世界大戦と呼ばれた戦争で、ドイツって国が作った優秀な戦車さ」
うれしそうに話す男は、最初の印象ほど無口というわけではなさそうだった。
「お詳しいですね」
グレッグはそっけない風を装って答えた。
画面の中では黒い服を着た軍人らしい男達が、地下室のような場所で足を踏み鳴らしながら、古風なメロディーの行進曲風の歌を歌っている。
「パンターによく似た戦車って、あんたのか。じゃあ駐車場に停まってる、あの緑色と茶色のまだら模様の怪物がそうだな?」
「そうです」
グレッグは仕方なく答えた。
「とすると、あんたがグレッグ・マイヤーか。噂になってるぜ、コンピューターも積んでないキングタイガー重戦車で戦いつづけてる、大馬鹿野郎がいるってな」
グレッグは穏やかならぬ心境になった。これを観終わったら早いところ「エイダ」をファブニールに装備してしまおう。
「そう嫌そうな顔をするなよ、あれはいい戦車だ」
「静かにしやがれ!」
前の席から小声で罵声が飛んできた。大男が苦笑いをする。
「俺はキーロフ。セルゲイ・キーロフだ。気を付けな、あんたの事をあちこちで聞いて廻ってるヤツらがいたぜ。」
席を立って詰め寄ってきた先ほどの罵声の主を、小脇に抱えて連れ出しながら、大男はグレッグに呼びかけた。
「そいつはご忠告どうも……気を付けるとしますよ」
「うん。あんたとはその内に、組んで仕事がしたいもんだ。そっちのお嬢さんにもよろしくな」
小脇に抱えた男のモヒカン頭を手で撫でながら、話し掛けているのが聞こえた。
「さあ、外でゆっくり相手してやるぜ」
画面では軍服姿にチョビ髭の小男が、地球儀の形の風船を尻で天井のほうへ跳ね上げたところだった。