タイガーマイヤー戦記・第一部 ――ネメシスの動輪―― 作:茅葺
「あの制服を着た人達は、どうしてさっきの人達を追いまわしてたのかしら」
「よく解らないな。だがどうやら制服につかまると、あの市民達は恐ろしい目に遭うことが決まっているらしい」
そんな会話を小声でかわしながら、二人は「鋼鉄の幻影」を鑑賞していた。
かつてヨーロッパと呼ばれた地域を席巻した「ドイツ国」はチョビ髭の男に率いられて暴虐の限りを尽くした――そんな経緯が何となく伝わってくる。
だが無理な戦争による疲弊と、非人道的な行為によって国際社会の支持を失った事とがたたって、彼らは結局敗北の道を歩んだらしかった。
画面では今しも最後の賭けに出たドイツ国が、ヘスラー大佐と呼ばれる男の指揮する戦車隊を「アルデンの森」地帯に出撃させた所だ。
その一方で――チョビ髭の男と寸分たがわぬ顔の床屋が、旧友の高官をチョビ髭の手から救うために強制収容所出を試みるさなかで、チョビ髭本人と取り違えられるという椿事が起きていた。
「やたらと『大佐』が出てくるな、この映画には」
グレッグは少々不快になった。大佐といえばどうしてもデュランを思い出してしまう。
おまけに、その「大佐」の一人であるヘスラーが搭乗する「キングタイガー戦車」は別の車種をそれと見たてているらしく、ファブニールとは似ても似つかぬ醜悪な物なのだった。
上映時間は思いのほか長かった。途中で入ったので結局ラストシーンを二回見ている。およそ誰の体にも合わないように設計されたとしか思えない座席のせいで、尻から腰のあたりにかけて不快な痺れと痛みがあった。
「けっこう面白かったわね。ラストの演説が良かったな」
アリサは別に腰を痛めた様子もなく元気そうだ。グレッグは自分がひどく年寄りになってしまったような気分になった。
テアトル電気館を出ると辺りはすっかり暗く、製造の容易な白熱電球の黄色っぽい光が、街のそこかしこを照らし出している。その分暗がりの闇の深さも増すようだ。
近くで営業する食い物屋の屋台から、脂っぽい煙の匂いが漂って来た。
「すっかり遅くなったな、ホテルまで送ろう」
辺りを見回して首をすくめると、アリサは小さくうなずいてグレッグの手首をつかんだ。ひどく力が入っていて、少女の手というより万力のようだ。
「……おい、そんなに握ったら痛いって」
そう抗議すると、握力が少しだけ緩んだ。
ホテルに帰るとフロント係の男が声をかけてきた。
「お帰りなさいませ。お連れ様はお出かけになられましたよ」
「ママが?」
「ええ、二人連れの男の方とご一緒でしたが」
二人は思わず顔を見合わせた。グレッグの表情をどう理解したのか、アリサは(そんな事はありえない)とでも言いたげに首を振った。
「……行き先は聞いてる?」
「いいえ」
「どんな連中だった?」
グレッグも思わず口を挟んだ。
「ハンターの方でしょう。そちらの方と同じ様な、腰のベルトに
「ありがとう……!」
言うや否や、二人は三階への階段を駆け上っていた。
(何が起きてるのか判らんがこいつはどうも厄介そうだ)
グレッグはショットガンを引き抜くと、ドアの横の壁に背中を向けてへばりついた。
アリサはドアをはさんで反対側の壁。何処に隠し持っていたのか長さ四十センチほどのモンキースパナを手にしている。
(あの怪力でスパナを振り回されたら、食らったヤツはとんだ災難だな)
彼女との初対面のときに平手でひっぱたかれた事を思い出して、グレッグの首筋を冷や汗が流れた。
物音は無い。どうやら部屋の中に人はいないようだ。
ドアを蹴り開けて踏み込んでみると、部屋の中は照明が消えて静まり返っていた。手探りでスイッチを探し当てて明かりをつける。
部屋は特に荒らされた形跡も無く、サマンサを連れ去った侵入者達の正体や意図を窺わせる物は何も残っていなかった。
「『テアトル電気館』で会った人が言ってた事と、関係あるのかしら」
「判らん。お袋さんには人に狙われるような事情が何かあったのか?」
「そんな事、私だって判らないわよ。研究所の仕事については何も話して呉れなかったもの」
グレッグはもう一度辺りを見まわした。
(考えろ、グレッグ。ゆうべここで話をしたときと、何か変わっている事は?)
視線が、部屋の一角に並んだベッドのところでふと止まった。
(……あの時、このベッドのそばには確かスチュアート先生の荷物があったはずだ。すこし大き目の茶色いボストンバッグだ……今は?)
無い。
侵入者の目的はサマンサ自身にあると思って間違いなさそうだが、荷物も込みで連れ出したということは?
「グレッグ……これ」
言いよどみながらアリサが小さなブリーフケースを抱えてきた。
「これは?」
「ママが荷物から出して別にしまっていたのを思い出したの。クロゼットの奥にあったわ」
中を覗いてみると細かい字でタイプされた書類の束だ。化学式や分子構造図、それに何かの機械部品のような図面の一部が書類の端に覗いていた。だが今の所熟読する暇はなさそうだ。
「でかしたぞ。よし、行動開始だ。アリサ、君はこれを持ってレンタル屋に行くんだ」
グレッグはアリサに自分のIDの入った駐車場のカードを手渡した。終着点のはっきりしない、しかも迅速を要求される追跡行には、ファブニールは向いていないのが明らかだ。
「これを提示して、俺の代理だと言えば車を貸してくれる。七番ガレージにあった軽装甲車がいいだろう。スピードが出るし航続距離も長い。武装もあのクラスのクルマとしてはまあまあだ」
「レンタ7号ってプレートがついてたあれね……?」
「そうだ。ガレージから出たら街の門の前で待て。朝まで俺が来なかったら一旦街に戻って、アンディーの所で合流だ。俺はこれからハンターオフィスに行く」
粉屋のテッドが形見に残した、例のリボルバーもホルスターごと手渡した。
「念のためにこれも持っていけ。使えるな?」
アリサはグレッグの目を見つめながら無言でうなずいた。
街によって多少の違いはあるが、たいていの場合ハンターオフィスは夜かなり遅くまで開いている。パインブリッジのオフィスもそうだった。カウンターには眠たげな様子の青年が、代用コーヒーをすすり古い雑誌を拾い読みしながら座っていた。
「今晩は。ご用事は?」
運悪く遅番にあたったらしい青年は、面倒くさそうに声をかけてきた。多分頭の中は家にさっさと帰って寝ることか、途中の酒場で安い酒を引っ掛けることで一杯だろう。
「調べものだ。オフィスのネットワーク端末を借りたい」
「……困ったな。後三十分で閉めますよ」
「すまないが、終業までに終わらなければ君には残業してもらう事になる」
「そんな!いったいなんの権利があって――」目をむいて抗議する青年を押し退けて端末に歩み寄りながらグレッグは答えた。
「人の命がかかってるんだ。『
「何ですって」
青年は凍りついた。
モンスターハンターが職業として成立してから半世紀ほどになる。その存在意義はもとより人類の生活圏の防衛と重犯罪者の取り締まりにあるのが建前だが、まれにそうした倫理と無関係に活動する、ハンターの姿を装った悪質な犯罪者が存在する。
オフィスのネットワークに暗号化された形で紛れ込んだ非合法な仕事の依頼を、表向きの安い仕事――普通のハンターなら見向きもしないような物を装って受け、裏でかけられた高額の報酬を手にする。
悪質な寄生虫のようにオフィスのシステムを悪用する、職業倫理の破壊者。それが「
その存在は以前から取り沙汰されているが、いまだにその多くは摘発されないままで、新たな被害も後を絶たない。
「……お手伝いしましょう」
青年がそう言ってグレッグの隣の端末に向かった。
「助かる。そうだな、一週間以内にこの町に立ち寄ったハンターをリストアップしてみてくれないか」
駐車場のIDカードリーダーからのデータは、ネットワークを介してここからもアクセス可能だ。数秒の間、青年の行う入力操作の、軽快な合成音が響いた。
「出ました。そちらのモニターへ表示出します」
十数名のハンターの名前とプロフィールがリストアップされた。
「意外と多いな」
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・バランス=ダイン :登録ナンバーb4430001289
使用車輛/サンダーバグ
車種/デューンバギーFV450型
・ケイン=サルワタリ :登録ナンバーk5719003321
使用車両/ルクス2
車種/六輪装甲車JF87式
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・アンドリュー=メレンキャンプ:登録ナンバーa0098070308
使用車両/アルバトロス
車種/装甲バス
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「あいつ、そんな本名だったのか」
グレッグは苦笑した。そう言えばアンディのフルネームは一度も聞いたことが無かった。
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・グレッグ=マイヤー :登録ナンバーg11830000102
使用車両/ファブニール
車種/発掘戦車・形式不明
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(これは当然除外だ。それにしてもオフィスも知らんファブニールの形式名を知ってるあのセルゲイって男、相当の戦車通だな)
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・セルゲイ=キーロフ :登録ナンバーs30880000026
使用車両/ロジーナMkⅡ
車種/T-34-85
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・オスカー=ヴォネガット :登録ナンバーo27780930082
使用車両/ハインリッヒ
車種/ゲパルト
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(ん?このゲパルトってのは……昨日のヤツか?)
滞在記録の欄がグレッグの注意を引いた。九月十二日、つまり昨日の夕方にチェックインして、今日十三日の夕方早くに街を出ている。ハンターが街に滞在する時間としては、グレッグ自身の感覚に照らして異常に短かった。
(クサいな)
ヴォネガットが受けた依頼のリストを呼び出すと確かにいくつか、妙に報酬が安く内容の不明瞭な依頼がある。
グレッグは隣の端末を操作する青年に呼びかけた。
「こいつの請負リストをチェックしてくれないか。暗号化メッセージのデコードは俺じゃ難しそうだ」
「任せてください」
「黒ハンター」を摘発できればオフィスでの地位と出世は保証されたようなものだ。青年は今やあらん限りの情熱を込めて、膨大な通信ログファイルの樹海へと分け入って行った。
時間にしておよそ一時間半。ヴォネガットの請け負った依頼がその正体を現した。二人は天井を見上げ、溜息をついた。
「ありがとう。これでスチュアート先生を助けに行ける」
「お礼なんか言わないで下さい。この仕事について始めて自分の仕事に誇りを持てましたよ。こちらこそ、ありがとうを言わなくちゃ」
青年はカウンターに戻ると何かの伝票にサインした。
「これを持って行ってください。クラス2までのどんな携帯武器でも、駐車場付属の遺失物ロッカーから借り出せます。損失、消耗した場合はオフィスで負担しますから」
パインブリッジのような大きな街なら大抵、駐車場にはハンターやソルジャーが当座の間使わない装備や部品―仕事中に手に入れたものなど―を一時預かりして呉れる、
けではない。
時折、持ち主が死亡もしくは行方不明になって、そのままになる預かり品が発生する。遺失物ロッカーとはそうした物品が一定期間を過ぎて町の武器店やドックに払い下げられるまでの間、保管する場所なのだ。
いいのか、と聞き返すグレッグに青年は片目をつぶって答えた。
「ご心配なく。こういうケースに関しては最大限の権限を発揮できるんですよ、我々オフィス職員は」
グレッグはロッカーから擲弾筒付きのアサルトライフルと対戦車ロケットを借り出して、街の門前で待つアリサの軽装甲車に合流した。
時刻は午後十一時四十三分。ヴォネガットが依頼者と合流するまで、四十八時間と十七分。場所はパインブリッジから北東へ直線で五百キロに位置する小さな廃墟、「ロックヘッド」だ。