しかし、犯罪を犯したくない少年はそれを振り切り逃げ出してしまう。
その翌日。学校へは行きたくないと親に告げるもそれは叶わなかった。 怯える少年だったが、何故かいじめグループは昨日のことに触れようとしない。
それどころか学校では昨日と同じ授業を行われており、誰も疑問を抱くことはなかった。
同じ日付、同じ行動。だけどそれに気づいているのは自分だけ。
同じ日々の繰り返しの中で少年はとる行動とは……。
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学校に行きたくない。
陰鬱なこの思いを誰が理解してくれるものでもなく、決して晴れることはない。
ボクは学校でいじめられていた。
腕やお腹にある痣は、動く度に鈍い痛みを訴えてくる。
両親に殴られたと言っても、お前がやり返さないからだとつっぱねられた。
ボクを助けてくれる人はいない。
だけど今日と明日さえ乗り切れば少しはマシになる。
明後日からは夏休みだ。それに終業式の日は半日で学校も終わる。
これでその後の1ヶ月は何事も無く過ごすことができる。
セミの声が鳴り響く通学路を、額を流れ落ちる汗を拭って進んでいく。
遅々として進まないこの足も、いつもと比べると軽くなっている気がする。
あと2日頑張れば良いだけ。
それならなんとか堪えられる。
学校へ行くとボクは空気だ。
ボクに視線をくれる人はいない。目があっても何も反応を示さないのだから空気と同じだろう。
かつての友人も今ではボクを空気だと思っている。
だけどそれを恨んでいるわけじゃない。ボクだってきっと立場が違えば同じことをするから。
どうせなら全員がボクを見ないふりをしてくれれば良いのに。
席に座り、昨日うっかり机の中に忘れてしまった教科書とノートを確認する。
以前は机の中に置きっぱなしにしていた教科書とノートだが、破られてからは持ち帰るようにしていた。
取り出した教科書とノートに何事も無いことを確認してほっと一息つく。
それもつかの間。あいつらが教室に入ってきた。
ボクをいじめている主犯グループ。中島、岡本、須藤、桐谷、藤田の5人。
こいつらさえいなければ、ボクは楽しく毎日を過ごすことができるのに。
「よう、米井。今日も懲りずに来たんだな。どうした、その痣?」
にやにやと薄ら笑いを浮かべて岡本が肩を掴む。
腹立たしいと思っていても愛想笑いを浮かべるしかできない。
すると他の四人も小突いてはあざ笑うようにして去っていく。
もっともこんなのは挨拶にすぎない。
本当に辛いのは放課後だ。
ボクはいつものように大人しくそのときが訪れないことを祈りながら授業を受けた。
あと2回リンチに耐えれば良いだけ。それだけを心の支えにして。
「ちょっとこいよ」
放課後になると、いつものようにあいつらに呼び出された。
いつもと違うのは、今日は体育倉庫ではなく学校の外に連れだされたこと。
太陽の強い日差しに目が眩みそうになる。
5人に囲まれながらボクは繁華街の方まで連れて行かれた。
着いた先は普通の商店街。
こんなところで何をするのかと逡巡していると、須藤がヘッドロックをかけてボクに囁いた。
「あの婆さんの荷物ひったくってこい」
「え?」
視線だけ動かして正面を見ると、そこにはATMコーナーから出てきたばかりのお婆さんがいた。
「”え?”じゃねぇよ。あの婆さんから金とってこいって言ってんだよ。できるよなぁ?」
強く首を締められて息が苦しくなる。
「だ、だけど…そんな…こと……」
「大丈夫、大丈夫。お前ならできるっての」
他の4人も厭らしい笑みを浮かべて口々にそう続ける。
背中を嫌な汗が流れ落ちた。
「夏休みなのに遊ぶ金ないんじゃ、なあ?」
「だけどーー」「やれよ」
ボクの腹を拳で一発殴りつけて低い声で言う。
抵抗なんてできない。ボクはうめき声をあげて、仕方なく小さく頷いた。
ヘッドロックから開放されたボクは、お婆さんをつけて歩いていた。
遠くからあいつらが見張っている視線を感じる。
心臓の鼓動が聞こえるくらいに緊張し、息が荒くなる。
お婆さんは少しずつ人気のいない方へ進んでいく。
「行け」
後ろから覗くあいつらにそう言われた気がした。
ボクは目を閉じておもいきり走りだし、お婆さんの横を全力で駆け抜けていった。
結論から言うとひったくりは失敗した。
罪悪感からではない、単に駆け出すことに夢中で手が出なかったのだ。
そして、そのままあいつらから逃げるように走り続けた。
すぐに追いかけてくるだろうと思ったあいつらは、意外なことに追って来なかった。
きっと明日は酷い目に合うだろう。
いつの間にか日が沈みはじめ、辺りは茜色に染まりだした。
「……明日なんて来なくていいのに」
翌日。
どうしても行きたくないと親に懇願したが、それでも家を追い出された。
今日このまま学校へ行ったら殺されてしまうかもしれない。
胃の中身が逆流しそうになるのを堪えて、震える足で学校へ向かっていく。
教室に入ると周りを見回した。
どうやらあいつらはまだ来ていないようだ。
自分の席に座り、ビクビクと震えながらあいつらが来ないことを祈る。
だけどそんな祈りは届くはずもなく、やつらのうるさい声が廊下から響いてきた。
息が詰まる。
涙が滲みそうになり、その時をじっと待つ。
ついにあいつらが教室に入ってきた。
ボクの姿を見つけると、岡本が真っ直ぐに向かってやってきた。
「よう、米井。今日も懲りずに来たんだな。どうした、その痣?」
にやにやと薄ら笑いを浮かべて岡本が肩を掴む。
「え?」
予想外の言葉に頭の中が真っ白になり、呆けたようにあいつらを見る。
他の四人も不思議なことに、適当にボクのことを小突いて去っていった。
どういうことだ?
あいつらの後ろ姿を眺めてボクはひとり考える。
もしかして昨日のことを忘れているのか。いや、そんなはずはない。
きっと、ひったくりのことが周囲にばれないようにしているんだ。
頭の中で考えをまとめていると、いつの間にかHRが終わっていた。
終業式なので体育館へ移動しようと立ち上がるが、クラスの皆は教科書とノートの準備を始めた。
なんだ? どうして体育館へ移動しないんだ?
先のHRで先生が何か言っていたのだろうか。
訳も分からずもう一度席に座り直し、皆の様子を覗う。
それからしばらくして英語の授業の担当教師がやってきた。
誰一人としてそれに疑問を抱くことなく、授業はそのまま行われた。
授業の内容は昨日と全く同じだった。
何故だ?
それに今日は終業式のはずなのに、誰もそのことに触れようとしない。
あいつらも昨日のことをまるで無かったことのよう振舞っている。
もしかしてループしている?
現実に起こっているこの現象に半信半疑になりながら頭を悩ませる。
どちらにしろ答えは放課後になってからだ。
その時になればきっとわかる。
放課後。
「ちょっとこいよ」
やはりボクは呼び出された。
いつもの体育倉庫ではない。商店街だ。
「あの婆さんの荷物ひったくってこい」
ヘッドロックをかける須藤は昨日と同じくお婆さんを示して告げる。
そしてボクは確信した。
やはりループしているのだと。
であればボクのやることは決まっていた。
昨日やったのと同じように、ボクはお婆さんの横を駆け抜けあいつらから逃げ出した。
乱れる呼吸を整え、彼らから逃げのびられたことに安堵する。
そのまま家に帰るとベッドに寝転がり、明日のことを考えて眠りに落ちた。
次の日もやはり同じ授業が繰り返された。
同じことを話し、同じ行動をとり、同じことをして過ごす。
誰一人として違う行動をするものはおらず、ボクもまたそれに習って同じ行動をとる。
しばらくは様子見をするために大人しくしていなければならない。
あれから一週間が経った。
今日は学校へは行かずに公園で過ごすことにした。
誰も同じ日々の繰り返しに疑問を抱くことはない。
人気のない公園のベンチにひとり座りながらジュースを飲む。
ようやく平穏な日々が戻ってきた。
ボクはこれからずっとこうやって自由に生きていくんだ。
あいつらなんてもう怖くない。
何をやっても日付が変われば無かったことになるんだ。
金やゲームでも盗むか。いや、そんなことをしても明日には元に戻ってるんだ。意味が無い。
手に入れた自由を満喫するために、ボクは一生懸命楽しいことを考える。
「ああ、そうだっ」
あまりの名案に手を叩いて自分を賞賛した。
一気に飲み干したジュースの空き缶を投げ捨て、ボクは言う。
「あいつらを殺そう」
あいつらを殺すと決めてから、ボクはずっとそのことだけを考えている。
一気に殺すか。じわじわと殺すか。それとも事故を装って殺そうか。
最終的にはすべての方法で殺すつもりだが、記念すべき最初の一回だけは趣向を凝らしたい。
バレても構わない繰り返しの日々だけど、それでも完全犯罪を目指したい。
きっとあいつらを殺すときは最高の瞬間だろうから。
だからあいつらに呼び出された時、ボクは笑い出しそうになるのを我慢して観察し、実験を繰り返した。
ひったくりを断ったらどうなるか。
反撃したらどうなるか。
本当にひったくりをしたらどうなるか。
お金を渡さなかったらどうなるか。
思いつく限りのことをやってみて、あいつらの反応をみる。
これは一種のゲームだ。
あいつらの行動パターンを理解してから殺してやろう。
半月ほど試して、ようやくあいつらを殺す計画を練り終えた。
色々悩んだけど、最初はシンプルに行こう。
とりあえずリハーサルだ。
予行演習をしておかないと、いざというときに失敗してしまうかもしれない。
お婆さんの横を駆け抜けたボクは、あいつらから見える位置で足を緩めた。
するとあいつらはバカみたいな面をしてボクのことを追いかけてくる。
走って、走って、走った。吊り上がる口元を隠すことが出来なかった。
土手沿いにある高架下。
そこまであいつらを誘導して、ようやくその足を止める。
電車の音が轟き、息を切らせて追いついてきたあいつらの怒声はかき消された。
この時間、この場所に他に誰もいないことは確認済み。
あいつらがノコノコとついてくることも今確認できた。
ボクはそのことに満足すると、逃げるようにその場をあとにした。
更に数日が経過した。
何度も高架下へ誘い出し、実験と検証を繰り返した。
いつも決まってあいつらはボクをここまで追いかけてくる。
今日も当然追いかけてきた。
もう十分だ。明日決行しよう。
家に帰る途中、ホームセンターで包丁を買おうと思ったがやはり止めた。
だって明日になったら元に戻ってるんだから。
そのことが可笑しくて、そして楽しみで。
まるで遠足の前のこどもの様にボクは笑った。
いつもうるさいくらいに響くセミの声が今日は気にならなかった。
早朝。
今日は決行の日。
あいつらにつけられた痣は消えていて、最高の日に拍車をかけるようだった。
学校へ行くといつものように岡本たちがボクに絡んでくる。
表面だけ普段通りを装い、心の中で笑う。
今は見逃してあげよう。何しろ今日は最高の罰が待ってるんだから。
いや、今日だけじゃない。ボクが飽きるまでしばらくはキミたちで遊んであげる。
放課後になり、あいつらに呼び出された。
ボクはリハーサル通りにあいつらを高架下までおびき寄せる。
「米井ぃ、てめぇなに逃げてんだよ」
須藤がバカ面を歪めて詰め寄ってくる。
この反応も確認済みだ。
ボクは口元を吊り上げ、須藤の懐に体当たりをするように飛び込んだ。
ーートスッーー
軽い音だった。
一拍遅れて須藤が痛みに呻き倒れこむ。
そこからは更に痛快だった。
他の四人はこともあろうに須藤のことを放って逃げたのだ。
それも情けなく小さな悲鳴をあげて。
可笑しくてバカみたいに笑った。
そしてまだ息のある須藤に告げる。
「バイバイ。思ったよりあっけないね。それに罪悪感なんてまるでない。害虫駆除と変わらなーーあ、もう死んじゃった?」
瞳孔が開きっぱなしになった須藤の顔を踏みつけると、ボクは家に帰る。
家に帰ったボクはベッドの上で明日のことを考える。
明日は別の武器で殺そうか。それより、他の四人が逃げられないように罠でも仕掛けてみようか。
まるでゲームのタイムアタックを試みるように色々なことを考える。
そんなときだった。
部屋の窓ガラスに小さな雫があることに気がついた。
「え?」
窓にかけより確かめる。
するとその雫はあっという間に数を増やし、外は篠つくような雨が降り始めた。
一睡もできなかった。
未だ降り止まない雨の中、ボクは通学路を歩く。
どうして雨が降るのか。
もしかして繰り返しが終わってしまったのかと震え上がっていたが、両親の反応からそうじゃないことは判明した。
では何故?
それを知るためにもボクは学校への道を急ぐ。
教室であいつらが来るのをじっと待つ。
つい最近まであいつらなんか来なければいいと思っていたのに、今日は早く気て欲しいと思った。
しばらくすると廊下からあいつらの声がした。
ほっと胸を撫で下ろした。
しかしそれもつかの間、すぐに違和感に気づきまたも不安がボクを襲う。
須藤がいない。
いつまで経っても須藤は教室のドアを潜ることはなく、また岡本たちも須藤がいないせいかボクのところへはやってこない。
「あの…須藤くん、は?」
思い切って聞いてみることにした。
いじめられているボクの方から話しかけたためか、教室中を一瞬の静寂が包み込む。
「うるせぇな、米井。話しかけんな、ボケ」
ボクに話しかけられたことが気に食わなかったのか、藤田はボクを突き飛ばすと話は終わったとばかりに背を向けて談笑を始めた。
気になることは色々とあったが、とりあえず大人しくしていることにした。
今日の放課後は呼び出されなかった。
その翌日、雨が止んでいた。
僅かな希望を感じて学校へ向かうも、昨日と同じで須藤は欠席だった。
その日も放課後呼び出されることはなかった。
更に2日が経過した。
相変わらず世の中は同じことを繰り返していたが、それでも須藤は戻らない。
ついに気になってボクはあの時の高架下へ向かうことにした。
学校をサボり何度も通った高架下までの道のりを進む。
やはり人通りは少なく、誰ともすれ違うことはなかった。
ようやく高架下に辿り着く。
高鳴る心臓を抑えこみ、ゆっくりと歩み寄るとそれはあった。
カラスの鳴き声とたかる蝿。強い腐敗臭によりボクはその場で嘔吐した。
いつかの岡本たちのように、ボクは小さな悲鳴をあげてその場から逃げる。
そうしてどれくらい走っただろうか。そこでようやくボクは気づいたんだ。
セミが鳴いていないことに。
繰り返し(時間が戻るとは言っていない)