(※致命的なネタバレ注意) Forgotten world(HELLO WORLD二次創作) 作:従弟
・プロローグ1
堅書直実は、女性のお尻が柔らかく、心地よい弾力性をもったかぐわしいものだと、知った。
高校1年生の初めのころ、図書館へと向かうバスの中でのことだった。
そして、女性のビンタが与える物理的な痛みと、それを圧倒的に上回る心理的な絶望を知った。
バスから降りた、停留所でのことだった。
直実も、わざとその女性のお尻に顔をうずめたわけではないのだ。
本が落ちたのを拾おうとして、かがんだ際に、運悪くバスが揺れバランスを崩してしまった。
崩した先にたまたま、女性のお尻があっただけなのだ。
故意ではない。事故だ。
さらに、悪いことに、相手の女性は直実の知り合いだった。
友人と言えるほど親しくない。
かといって、赤の他人として割り切ることもできない。
同じ学校の、同じクラスの、同じ図書委員の女の子。
一行瑠璃。
それが、相手の女性の名前だった。
周りに流されず、自分の意見はオブラートなど一切かぶせずズバズバという、気高い孤高の狼のような女性だ。
周りを気にして、自分の意見も言えずに、流されてばかりの直実とは真逆だ。
唯一の共通点は、二人とも本が好きだということくらいだ。
それだけに、直実には、瑠璃に対する苦手意識も強かった。
同じ図書委員になったものの、できるだけ関わらないでおこうなどと考えていたくらいだ。
なのに、こんなことがあったのだ。
委員会の時など、気まずさは今までの比ではない。
図書委員は、一緒に本の整理や、カウンターで隣り合っての本の貸し出し返却手続き、諸連絡のやりとりなど必要となる。
そのことを考えると、クラスが変わり、委員会が変わる最低1年間は、一行瑠璃と地獄の様に気まずい時間を過ごさなくてはいけない。
「最近ついてないな。この間も、ドローンが頭にぶつかったし」
直実は、先日ドローンの直撃でできた頭の傷をなでながら、ため息をつく。
歩く気力もわかずに、その場にへたり込んだ。
ただでさえ、灰色の予感が漂っていた高校生活が、灰色どころか黒に染まる予感に脱力する。
「堅書君」
「うわあ!」
ぽんっと、肩をたたかれて、直実は跳ね上がった。
周りに注意を全く払っていなかった。
それに、そもそもが、直実は人に声をかけられること自体に慣れがない。
「見てたよ。瑠璃のお尻に顔を突っ込むなんて。やるねえ。
私でもまだやったことないのに」
いたずらっぽく笑うのは、勘解由小路三鈴だった。
同じ学校の、違うクラスの、同じ図書委員の女の子。
綺麗系の瑠璃とは違う、かわいい系のいかにも女の子な女の子だ。
明るく、周りには、常に男女問わず人が集まる。
三鈴は、人当たりが良く、社交的で孤高の狼のような一行瑠璃にも、果敢に声をかけている。
人付き合いの薄い瑠璃が友人と呼べるのは、三鈴を除けば本くらいだろう
だから、地味でほとんど交流のない直実に声をかけてきてもおかしくはない。
けれど、瑠璃のお尻に顔を突っ込んでいるところを見られたのは、良くない。
直実は、三鈴に憧れている。
あわてて、弁明しようとする直実を、三鈴が笑顔で止めた。
「大丈夫。分かってるから。
事故だったんでしょ。きちんと話せば、瑠璃だって分かってくれるよ」
「はあ、でも、そもそも、話を聞いてもらえるかどうか」
先程、ビンタの痛みは、まだ頬にしびれを残していた。
「仕方ないな。これを使って」
三鈴が、差し出したのは一葉の栞だった。
「これは?」
「瑠璃の栞。あの子、さっき落としちゃったみたいなの。
さっきの事故は、この栞を拾おうとしたってことにすれば、瑠璃もちょっと好意的に話を聞いてくれるんじゃないかな」
「それって、嘘をつくってことですか」
なんとなく、三鈴っぽくない提案だと直実は思った。
三鈴なら、変に策など弄さず一生懸命謝れとでもいいそうなイメージが、直実にはあったからだ。
直実の言葉に、三鈴が少したじろいだ。
「そ、それは……」
目が泳ぎ、右斜め上方向で、ぴたりと止まる。
そして、しばらくそちらを見てから、一つ頷くと、三鈴は直実に向き直った。
「いい。堅書君」
「は、はい」
「重要なのは真偽や過程じゃないの。
もっとも優先すべきは、上手くいったという結果なんだよ」
これまた、三鈴っぽくない言葉だった。
三鈴が、人の頑張りの過程などを無視して結果だけを優先している姿なんて、直実は見たことがなかった。
それに、そんな人間の周りにあんなに人が集まるとも思えない。
事実、言った三鈴本人も「これなんか違う」という顔をしている。
けれど、そんならしくないアドバイスをしてまで、三鈴は、直実と瑠璃の関係修復の後押しをしてくれているのだともいえる。
瑠璃の友人である三鈴の提案だ。
きっと、その方法が彼女が考えてくれた、もっともうまくいくやり方なのだろう。
「ありがとうございます。頑張ってみます」
直実は、三鈴から栞を受け取ると、大事にカバンの中にしまい込む。
そして、もう一度深々と頭を下げてから、三鈴に背を向けて歩き出した。
・プロローグ2
「がんばってねー」
遠ざかっていく直実の背に三鈴は、手を振る。
その背中が見えなくなったのを、見計らってスマホをとりだした。
「今ので、本当によかったんですか。せんせい」
「ああ、上出来だ」
応える声は、スマホからでなく、三鈴の横からだった。
そこには、一人の男がいた。
真っ白な防護服のようなフード付きの服を着た男だ。
けれど、その男が見えるのは、三鈴だけだし、声も三鈴にしか聞こえない。
かと言って、三鈴の妄想でもない。
「やはり、俺の存在がバタフライエフェクトを起こしているな。
堅書直実は、栞の存在に気が付かなかった。
あの栞がなければ、奴は一行瑠璃に話しかけられず、ずっとうだうだと高校3年間を教室の片隅で一人過ごしていただろう」
妙に断定的にいう男に、三鈴は首をかしげる。
三鈴の中での堅書直実の評価はもう少し高い。
「う~ん。そうかなあ」
「そうだ。本人が言うんだから間違いはない」
カタガキナオミ。
漢字に直せば、堅書直実。
それが、10年後の未来からデータとしてやってきた男の名前だった。