(※致命的なネタバレ注意) Forgotten world(HELLO WORLD二次創作) 作:従弟
・デート
その日は、絶好のデート日和だった。
事故が起きる運命の日は、もう来週に迫っている。
三鈴は、小走りで待ち合わせ場所へと向かう。
待ち合わせは、家から遠いものの京都駅にした。
変に効率を考えたりするよりも、一番それっぽい所で待ち合わせたほうが、デートの雰囲気が出ると考えたからだ。
三鈴が待ち合わせ場所に着くと、ナオミはまだ来ていなかった。
待ち合わせ時間の15分前。
ちょうどいいくらいの時間だ。
少し上がっていた息を、三鈴は整える。
胸の高鳴りも、体温の上昇も、小走りだった影響だけではない。
好きな人とのデートと言うものは、きっと、こんなに緊張するものなのだ。
「よし、着いたな」
もう一度深呼吸しようとしたところで、隣からナオミの声がした。
三鈴は、思わずむせてしまう。
「けっけほ、せんせい。いつからいたんですか」
「さっきだ。君が到着したのが見えたんでな、そこから降りてきた」
そう言って、ナオミが指さしたのは、京都駅の正面にある京都タワーだった。
三鈴が来る直前まで、京都タワーの上から、直実や瑠璃の様子を見ていたようだ。
デートの日にも、そういったチェックをかかさない。
休日まで仕事を持ち込むサラリーマンのようだ。
三鈴は、明らかに機嫌を損ねた態度で、ナオミに宣言した。
「やり直しです」
ナオミが、怪訝そうな顔をする。
「なんのことだ」
「せんせい。私は、デートだって言いましたよね。
恋人みたいなデートだって言いましたよね。
瑠璃と同等とまでは言わないですけど、これは、明らかにデートの態度じゃないです」
「む」
ナオミ自身も、自覚があったらしい。
反論できずに、押し黙る。
「まずは、格好です」
「いつも通りの格好だが」
「デートに、警官が制服で来ますか?」
「こないな」
「せめて、もっと、普段着みたいなのにしてください」
「ふむ」
ナオミにお洒落を求めるのは、酷だと三鈴は諦めていた。
けれど、いつも通りの白いコスプレ風防護服で、デートはない。
ナオミも指摘されて、納得したらしく、パチンと指を鳴らす。
いつもの服が消える。
そして、その下からは、濃い灰色のワイシャツと黒のスラックスが現れる。
くたびれた刑事みたいな服装だなと、三鈴は思った。
現在ナオミは26歳のはずだが、このくたびれた服装だと、下手したら40代くらいに見える。
一回くらい離婚して、子供の一人でもいそうなくたびれ具合だった。
「これでいいか」
「良くはないです」
「だが、俺はこれくらいしか普段着は持っていない」
「そうなんでしょうね」
瑠璃を救うために血眼になっていたナオミが、ファッションに時間を割いたりするわけがなかった。
三鈴にとっても、ある意味予想の範囲内だった。
「まあ、いいでしょう。
次は、待ち合わせ場所への到着方法です」
「ふむ」
興味深そうに、ナオミが顎に手を当てる。
全く未知の領域の話に、好奇心が沸いてきたらしい。
「待ち合わせ一つとっても、雰囲気っていうものがあるんです。
ドラマとかで見たことありませんか」
「そういえば、昔見たな。
待った。待ってないよ。というやつか。
なるほど、事前にそういった資料にあたって、対応を考えておくべきだったな」
「デートの行動を、会社のプレゼンみたいに反省するのもだめです」
ここまで、実は三鈴の想定の範囲内である。
ナオミが瑠璃以外に対して、どれだけ唐変木で朴念仁か。
そのことを、三鈴はよく理解していた。
今日のデートコースにしても、そのあたりを考慮して、三鈴が組んだものだ。
とはいえ、ここまで予想通りだと、それはそれで落胆してしまう。
予想通り、ナオミは三鈴を女性として全く意識していないということだからだ。
ため息が、思わず漏れた。
「まあ、いいです。じゃあ、行きましょうか」
「君がそういうなら、構わないが」
「それ」
ピシリと、三鈴がナオミを指さす。
「その君っていう呼び方。今日は禁止です。
恋人同士みたいなデートですよ。名前で呼び合いましょう」
「ふむ。勘解由小路さん」
「三鈴って呼んでください。わたしも今日は、ナオミさんって呼んでもいいですよね」
「分かったよ。三鈴。これでいいか」
「はい。ナオミさん」
満面の笑みで答える三鈴に、ナオミが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
大方「一行さんも名前で呼んだことないのに」とでも思っているのだろう。
だが、一度約束してしまえば、それをできる限り守ろうとするのが、ナオミだ。
恋人みたいなデートを了承してしまった以上、呼び方程度のこだわりは捨てざるを得ない。
「じゃあ、行きましょう」
こうして、三鈴とナオミの、最初で最後のデートが始まった。
・告白と独白
デート。
そうは言っても、二人にできることは少ない。
ナオミは他の人に見ることはできず、物体に干渉することもできない。
一緒に歩いて、会話をするだけのことだ。
服屋でも、長居はできないし。
ゲームセンターなどで遊ぶこともできない。
食事を一緒にとることもできない。
寺社仏閣などの施設では、携帯が使えないため、会話も制限される。
それでも、三鈴はこのデートを楽しんでいるようだった。
服屋では、ナオミに指示して、マネキンの服装をまねさせた。
ゲームセンターでは、クイズゲームなどを、ナオミの指示で三鈴がプレイした。
食事はテイクアウトして、ナオミに見せびらかしながら食べた。
寺社仏閣では、メモ帳を使って筆談をした。
普通の恋人同士のデートなら、いらない手間ばかりの、三鈴にばかり負担のかかるデートだった。
そんなデートなのに、三鈴はずっと笑っていた。
周りの人から変な目で見られることがあった。
そんなことは気にせずに、自分は好きなことをしているのだと、笑顔を絶やさなかった。
デートの最後、二人は伏見稲荷大社にいた。
ここについてから、三鈴の口数は減っていた。
無言で、伏見稲荷大社を通り過ぎ、千本鳥居を通り過ぎていく。
三鈴がどこに行こうとしているのかは、明白だった。
最初に三鈴とナオミが出会った。その場所だ。
だが、目的地はわかっても、ナオミには、三鈴がそこへ行こうとする意図が分からなかった。
だから、ただ、黙ってついていく。
二人が目的地に着いた時には、日が傾き始めていた。
まばらな観光客も、今はすっぽりといなかった。
時間も、場所も、状況も二人が出会った時のままだった。
「懐かしいな。三鈴とここで初めて出会ったのが、ずいぶん昔に感じられる」
先に口を開いたのは、ナオミだった。
ナオミが思ったことは、こうだ。
きっと、瑠璃の運命の日が終わればナオミとはお別れになることも察している。
だから、最初に直実と出会ったこの場所で、ナオミとの過去を懐かしみ、完全な思い出へと変えてしまうつもりだろう。
つまり、このデートは、お別れ会のようなものだ。
ナオミにだって、三鈴との日々に愛着がないわけではない。
愛着を持つこと自体が、分不相応で罪深い行為であることを、ナオミは自覚している。
それでも、今は三鈴に付き合おうと思った。
だから、先に、ナオミから話題を振った。
まったく、見当違いの気づかいをした。
「ナオミさん。わたしはあなたのことが好きです」
文脈も、前振りも、シチュエーションも、全て無視したむき出しの一言だった。
今日という日は、この一言のためだったのだと、ナオミは遅まきながら気づく。
とっさに、口を開く。
ナオミの返答は決まっている。
誰が相手でも、どんな時でも、ナオミが返せる言葉は一つしかない。
「答えは、全部が終わった後でお願いします」
三鈴が、ナオミの言葉を意志のこもった言葉で、押し返す。
ナオミの返答を知っている。
その返答が、三鈴自身を傷つけることを知っている。
そのことを承知の上で、強い意思をもって三鈴はその場に立っていた。
引き締められていた三鈴の顔が、ふわりと緩む。
「じゃあ、帰りましょ。せんせい」
伏見稲荷大社の本殿の方へと、三鈴は歩いていく。
まばらだった観光客が、ちらほらと姿を見せ始める。
そんな中で、一人、ナオミは立っていた。
「俺がやることに変わりはない。
今更引き返せはしない。
俺は、このために生きてきたんだ」
つぶやきながら、その顔は苦渋に満ちていた。
その場から一歩も動こうとしないナオミを、木の上から一羽のカラスが見つめていた。