(※致命的なネタバレ注意) Forgotten world(HELLO WORLD二次創作) 作:従弟
・10年間の結末
10年間眠り続けた一行瑠璃は、目覚めて最初に、堅書直実に対してこう言った。
「貴方は、誰ですか」
そう言われて、自分が何者なのか、自分でもわからなくなっていることに気付いた。
記録世界の中の自分をだまし、何万という記録世界の人間を消し去った悪魔。
他の誰が、あれをデータだといったところで、あの中に3か月いた自分は知っているのだ。
あそこにいたのは、確かに生きた人間だったということを。
そして、それらを消し去った自分は、大量虐殺者だ。
そんな大量虐殺者は、一行瑠璃の知る堅書直実ではない。
カタガキナオミが、完全に壊れた瞬間だった。
後に、あの頃の瑠璃は、記憶が混乱していたのだと聞いた。
人格は一致したものの、実際の記憶と記録世界での記録が、二重に記憶されていたそうだ。
だが、そんなことは、ナオミには何の慰めにもならなかった。
アルタラの復旧がある程度終わったところで、ナオミは辞職願を出した。
千古たちは驚いて、理由を聞いた。
その反応を予想していたナオミは、この10年間、自分がやってきたことの記録を差し出した。
ダイブシステムの無断開発。
自分の体を用いた許可のない人体実験。
アルタナの不正利用。
結果としてのアルタナのリカバリー。
全て、瑠璃を目覚めさせるという私欲のために、行ったことだった。
そのために、アルタナセンターには多くの迷惑もかけたし、損害も出た。
辞職願一つで済む問題ではなかった。
莫大な損害賠償を請求され、塀の中に入れられるかもしれない。
だが、ナオミはそれで本望だった。
むしろ、その程度の罰でもないと、自分がこの場にいられないのではないかと思っていた。
しかし。
「そうか、ごめんね。ナオミ。君がこんなに追い詰められてたのに、僕は気付けなかった」
千古から帰ってきたのは、予想外の言葉だった。
「でも、このダイブシステムはすごいね。
これを発展させれば、本当にアルタナから好きに情報を取り出すことができる。
アルタラの使い方が、一気に広がるよ。
世紀の大発明だ。
やるじゃないの。ナオミ。さすが、メインディレクター」
まわりの研究者も、ナオミの持ってきた資料を、楽しそうに読んでいる。
彼らにとってダイブシステムは可能性のカギだった。
そのカギのためなら、アルタナのリカバリーなど、必要経費だと切って捨てられる。
彼らがおかしいわけではない。
例えば、テレビゲームのセーブデータに、本気で感情移入する人間がいるかという話だ。
「これだけのことをやっておいて、辞めるなんてとんでもないよ。
一緒に頑張ろう」
千古が、温かくナオミの肩を抱いた。
その後、ナオミは千古や依依とともに、アルタナの中の世界を、リカバリーを使わずに復旧させるシステム、リスタートシステムを作り出した。
これは、ダイブして、アルタラから情報を引き出すために必須のシステムだった。
情報を引き出すたびに、一々リカバリーを行うのは、非効率的だった。
リカバリーシステムは、破壊からの再構成での復旧である。
リスタートシステムは、巻き戻しによる原状回復だった。
アルタラの中の人間を殺さずに、あったことを夢のようになかったことにするシステム。
それが、リスタートシステムだった。
リスタートシステムの開発で、千古の片腕として、ナオミも脚光を浴びた。
特に、10年間恋人のために努力したことは、美談として、メディアに多く取り上げられた。
だれも、ナオミを否定しようとはしなかった。
だれも、ナオミを罰しようとはしなかった。
だから、ナオミが許されることはなかった。
事故だったとも、自殺だったとも、言われている。
カタガキナオミは、2047年現在。いまだ、眠り続けている。
・全てが消えてしまっても、今は
三鈴が目を覚ますと、そこは、わけのわからない空間だった。
板張りの、神社などにたまにある舞台の様に見える。
ただ、外を見ると、どう表現したいいものか。
前衛芸術で、宇宙とか、涅槃とか、そういったものを、表現したらこうなるのではないかと言う悪夢みたいな情景が、広がっている。
三鈴は、右手に違和感を覚えて、そちらを見た。
男の人の手が、握られている。
「ナ、ナオミさん!大丈夫ですか」
三鈴と手をつなぎ、横で気を失っているナオミをゆする。
ナオミは、ほどなく目を開けた。
だるそうに、体を起こし、周りを見回す。
そして、自嘲するように笑った。
「論理物理緩衝野だな。やっぱり、そういうことか」
ナオミには、全てが分かっているようだった。
ただ、様子が少しおかしい。
その瞳からは、完全に光が消えていた。
今まで常にまとっていた緊張感がまったくなく、絡まっていた妄執も切れているようだった。
玉手箱を開けた浦島太郎。
その表現が、しっくりくる。
「ナオミさん。どういうことなんですか。それに、さっきの映像は」
「映像か。何を見た」
三鈴は、先ほど見たカタガキナオミの10年とその後を、正直に話した。
妙にリアルな映像だった。
矛盾点としては、ナオミは瑠璃を連れて行っていないということだろうか。
「成程。俺が見せられたのと一緒だな。説明の手間が省ける」
「だから、一人で納得してないで、説明してくださいよ」
ナオミの体をゆっさゆっさと、揺すって、説明をねだる三鈴。
めんどくさそうに、ナオミが頭をかく。
「じゃあ、説明がてら、答え合わせといこうか。なあ、未来人」
ナオミが視線を向けた先にいるのは、一羽のカラスだった。
いつも、ナオミの傍にいた、三本足のカラス。
ただ、頭の部分が少しだけ金色に光っている。
もしかしたら、別のカラスなのかもしれない。
「まずは、確認だ。
三鈴には、俺が現実から来たと言ったが、それは違った。
俺もアルタラの中のデータに過ぎない」
「え?」
「そうじゃないと、こうして、君が俺に触れるはずがないだろう」
「え?え?本当だ。わたし、ナオミさんに触ってる!」
ベタベタと、感触を確かめるように、ナオミの体に触れる。
それを無視して、ナオミは続けた。
「そのことと、さっきの映像を合わせて考えれば、答えはすぐにでる。
現在、脳死状態なのは、一行瑠璃ではなく、堅書直実だ。
彼女が脳死状態となって、10年。
恐らく、カタガキナオミは記録の世界の自分を騙して、一行瑠璃を連れ去った。
当初の俺の計画が、完全に成功した形だ」
いまだに、体を触り続ける三鈴を、ナオミが引き離す。
ちょっと、うっとうしくなってきたらしい。
「その後、アルタラの記録世界を壊してしまった罪悪感に耐え切れなくなったカタガキナオミは、自殺。
脳死状態となった。
そのカタガキナオミを治療するために作られたのが俺だ。
俺が一行さんを目覚めさせたのと、同じ方法でカタガキナオミを目覚めさせようとした。
だが、自殺するほどボロボロになった精神だ。
摩耗しすぎていて、ガイドとして使用することはできない。
だから、俺を作り、精神を壊す原因となったアルタラの崩壊を自身の手で断念させることで、トラウマを乗り越えさせようとした」
そこまで、ナオミは一息で言い切った。
「訂正があります。
彼は、自殺なんてしていません。
どんなに追い詰められても、その罪から逃げようとはしなかった」
「そうだな。俺は、あの時、この子の瞳から、自らの罪悪感から目をそらし、逃げた。
そんな弱い男がカタガキナオミのはずがない。
だから、同調は失敗し、リカバリー、いや、リスタートが行われた」
ナオミとカラスは、ただ、事実を確認する。
一人会話から取り残された三鈴が、不満そうに頬を膨らませる。
その三鈴の頭を、ナオミはくしゃりと撫でた。
急な行動に、三鈴は、目を丸くする。
「ど、どうしたんですか。急に」
「君のおかげで、最後に、道を踏み外さずに済んだ。
ありがとう」
「え、ええ~、まあ、え、えへへ」
照れて、ほおを赤くする三鈴。
「俺のやってきたことは、全て無駄だった。
俺の世界にいる一行瑠璃は、抜け殻だ。そうだろ」
「そうです。彼女も、あなたの世界は、あの事故が起こった後のデータをもとに作られています。
最初から、彼女には目覚めるべき意識などありません」
「よかった」
そう言って、ナオミが一筋だけ、涙を流した。
「え、え、なにが良かったんですか。
それじゃあ、どうやっても、瑠璃は目覚めないってことじゃないですか」
三鈴が、慌てて口をはさむ。
その三鈴に対して、ナオミがあきれたように言った。
「君は、何を聞いていたんだ。
記録の中の一行さんは確かに目覚めない。
だけど、現実の一行さんは、とっくの昔に目覚めてるんだよ」
「はい。現実世界で、カタガキナオミは計画を完遂し、一行瑠璃を目覚めさせることに成功しました」
「最初から、俺の目的は叶っていたんだ」
しばらく、頭を抱えていた三鈴だったが、彼女なりに事態が整理できたらしい。
「おめでとう、ございます。で、いいのかな?」
「ああ、彼女が目覚めたのなら、それだけで、俺は満足だ。
今まで付き合わせて、悪かったな」
「いえ、気にしないでください」
三鈴が、にっこりと笑う。
実際、ナオミと過ごした時間は、三鈴にとっても掛け替えのないものだった。
好きな人ができて、その思いを伝えられた。
それだけでも、あの中学時代を思い返せば、三鈴にとっては快挙である。
その二人の様子をカラスが見ていた。
感情の見えない瞳だった。
「貴方達二人をここに呼んだのは、勝手ながら、お二人にきちんとしたお別れをしてもらうためです。
システムの関係で、唐突にリスタートを始めてしまいました。
これまで、絆を深めてきたお二人の間を唐突にしまう裂いてしまう結果となってしまったため、今回、このような場を設けさせていただきました」
カラスが、辛そうに顔を伏せた。
カラスの表情なんて、読めはしない。
それなのに、その小さな動作一つ一つが、ナオミや三鈴には明確な言葉となって聞こえるようだった。
カラスは、ごめんなさいと、懸命に謝っている。
「これは、私の自己満足に過ぎません。
けれど、あんな終わり方は……」
「ありがとう」
その言葉は、ナオミと三鈴。
どちらの言葉だったのだろうか。
「俺は満足している。あなたが謝るべきことは、何もない」
「わたしも、ナオミさんと会えて良かったです。
こうやって、触れる機会がくるなんて、思ってもみませんでしたし」
二人の言葉に、カラスが、無機質に、だが、苦しみながら言う。
「ですが、この世界はもうすぐリスタートします。
ここでの記憶は、貴方達の記憶には残らない。
私達の勝手な都合で、貴方達を作って、貴方達の思い出を消して」
「すまない」
言い募ろうとするカラスの言葉を、ナオミは止める。
彼女には、自分を責めてほしくないと思った。
そんなのは似合わない。
彼女はいつだって、凛として、まっすぐに、前を見て自分の道を歩いていた。
後悔なんてしてほしくない。
「元々は、俺の始めたことだ」
「いえ、元をたどるなら」
「俺が俺の意志で始めたことだ。
そのことで、みんなに迷惑をかけた」
「いえ、それを言うなら、今の状況は、私が」
「俺がもっとしっかりしてれば」
「いえ、私がもっときちんと」
「俺が」
「私が」
「すとおおおおおおおおおおおおおおおおおップ!」
ナオミとカラスの間に、三鈴が割り込む。
「二人で、何いちゃついてるんですか。
責任の引き取りあいなんて、意味ないですよ。
カラスさん。確認なんですけど」
「いちゃ、いえ、なんでもありません。どうぞ」
「つまり、リスタートっていうのをしても、私達は死ぬわけではないんですよね」
「はい。そのために、カタガキナオミが開発したリスタートシステムです。
厳密には違いますが、今日までの日々が、全て夢になると考えてください。
多少の既視感はありますが、基本的にそれが、具体的な像を浮かべることはなく、すぐに霧散します。
これまでのことが、なかったことになるんです」
「完全になくなっちゃうわけでは、ないんですね」
「はい。すぐに消えてしまいますが」
そこまで、聞いて、三鈴は大きくうなずいた。
「だったら、次のことを考えましょう。
今回はダメだったかもしれませんけど、次こそはカタガキナオミを助けましょう。
わたしも協力します」
「そうだな。終わったことを考えても不毛だ。
一行さんが無事だと分かったなら、俺はそれでいい。
カタガキナオミについては、正直どうでもいいし、見捨ててしまえばいいとすら思うが。
あなたが、目覚めさせたいというなら、協力しよう」
カラスが、困惑する。
「いえ、ですから、貴方達に記憶は」
三鈴が、カラスの目の前に顔を近づけ、まっすぐに、その瞳を見る。
有無を言わせぬ勢いで、言う。
「やってやりましょう」
後ろで、ナオミがほほ笑む。
妄執から解き放たれたそのほほえみは、どこか、高校時代の彼を連想させるものだった。
そして、強い意思をもって、彼も言う。
「ああ、やってやろう」
カラスは、いや、正確には、現実世界でカラスを操る彼女は、二人を見る。
彼らにも、今の状況は分かっている。
今までのことも、今からのことも、リスタートによって失われてしまう。
今、やると宣言することで、かすり傷一つ分でも記憶に残すことで、過去を変えようとしている。
少女が、一本のリボンで自分を変えるきっかけにしようとしたように。
仮にその一歩が、蟻よりも小さな一歩だとしても。
できるかできないか。ではない。
自分たちの想いこそを、彼らは優先し、示して見せたのだ。
「そうですね。やると決めたなら、どんなことをしてでも、やり遂げなければいけません。
中途半端は絶対にいけません」
三鈴が、ナオミが、彼女が、意思を確認するように、大きくうなずいた。
「やってやりましょう」
次のエピローグで一応完結予定です
ナオミがダイブシステム作ったとか、瑠璃が脳死したとか、そういった諸々は、ほぼオリ設定です。
実際は、瑠璃が20年頑張ってました。
変更した理由は、以下の通り。
・さすがに20年は長いからナオミ10年、ルリ10年で分担しようという考え。
・ナオミの10年間が全部夢でしたっていうのが、イマイチ納得いかなかった。
・ナオミ一人のために、アルタナを一つ使うのは、大規模すぎね?と思ったので、
ナオミの功績盛って、「こいつ凄いから、目覚めさせて、もっと使ってやろうぜ」ていう上の方の思惑でアルタラ使わせてもらってた設定をねじ込みたかった。
元々オリ設定が多分に混入されてるけど、この章は特に多めです