(※致命的なネタバレ注意) Forgotten world(HELLO WORLD二次創作) 作:従弟
・失恋と失望
時間は、さかのぼる。
勘解由小路三鈴も、一行瑠璃も、堅書直実も、まだ、誰一人として高校に入学していない時間までさかのぼる。
勘解由小路三鈴が、推薦入学の合格通知を受け取った日のことだ。
推薦入試の合否判定を受けるのに必要なのは、まず、推薦入試を受ける必要がある。
そして、試験の後、三鈴は落ち込んでいた。
試験で失敗したわけではない。
練習通り、満天の受け答えをすることができた。
ただ、その日、三鈴は失恋をした。
いや、正しくは、失望した。
推薦試験で、一人の女子生徒が泣いていた。
試験での受け答えに失敗したのだという。
そして、そのクラスメイトを一人の男子生徒が慰めていた。
優しく抱きしめ、慰めていた。
彼らが付き合っているのは、明白だった。
彼らの様子を見て、三鈴は胸の内が苦しくなった。
その男子生徒を好きだったのだと自覚するまでにそう時間はかからなかった。
けれど、それ以上に三鈴にとって衝撃的だったことがある。
はっきりと失恋するまで、自分が恋していると気づかなかったことだ。
気付こうともしなかった。
見てるだけでいい。ただの憧れ。これは、恋じゃない。
そうやって、自分の中に線を引き、一歩を踏み出そうとしなかった。
仮にそれが、意識的に、踏み出さなかったのなら、ありふれた失恋だった。
けれど、そうではなかった。
三鈴は、気づかなかった。
彼に恋人ができ、はっきりと失恋し、手が届かなくなって、過去を思い返して、初めて自分が恋をしていたことを発見した。
そうまでしないと、気付くことすらできなかった。
そうして、中学時代を思い返せば、三鈴は常に自然に踏み出さない一線を引いていた。
自分でも気付かないほどの自然さだ。
家庭円満。
交友関係もそこそこ。
学校生活に問題もなく。
教師からの評価も高い。
高校も希望の高校に推薦が決まった。
絵にかいたような順風満帆な人生。
ぶつからず、傷つかず、穏やかな日々。
物語のような素敵な恋をしてみたかった。
そして、それは確かにあった。
傍目には、ありふれた恋だったかもしれない。
きっと、恋が成就することもなかっただろう。
それでも、確かにあった好きだという恋心を、三鈴は黙殺した。
道端の蟻を踏み殺すように。
それは、恋心に限らない。
三鈴のこれまでの人生は、虐殺の人生だった。
自身の素直な気持ちを、臆病という刃で手あたり次第殺し続ける人生だった。
「いやだ」
もっと、素直に生きたかった。
「いやだ」
自分の気持ちを大切にしてあげたかった。
「いやだ」
変わりたい。
「いやだ」
だけど、三鈴には変わり方なんてわからなかった。
ずっと、一線を引きつき続けて生きてきたのだ。
臆病と言う名の刃は、使い慣れていて、絶対的な安心感があった。
自分の気持ちをさらけ出す勇気の出し方なんて知らなかった。
だから、勘解由小路三鈴は失望していた。
今この間にも、臆病という刃に、一線を引かれ、殺され続ける自分の気持ちの断末魔を聞いていた。
今まで、無視していたその声を聴きながら、一歩も踏み出せない自分に、失望していた。
・異変の始まり
伏見稲荷大社。
そう言われて、ピンとくる人は、どれくらいいるだろうか。
千本鳥居。
そこまで言われれば、ほとんどの人が同じ映像を思い浮かべるだろう。
無限に続くかのように思える赤い鳥居の連続。
TVや小説、漫画なんかでも良く取り上げられる。
京都有数の観光スポットの一つである。
三鈴は、そこにいた。
失恋と失望から一週間経っていた。
三鈴が推薦入学の合格通知を受け取った日のことだった。
変わりたい。変われない。
そう思い続けた一週間だった。
伏見稲荷大社に来たのは、ほんの些細な反抗心だった。
推薦の合格が決まったのに、学業成就のお守りを買いに行く。
なんとなくあべこべなちょっとずれたことをやって、常識を少し逸脱してやった。
その成功体験をきっかけに一つ変わってやろうと考えたのだ。
「何してるんだろ。わたし」
受験の後に学業成就のお守りを買うことは、別におかしなことではない。
卒業以降も高校、大学と勉強の必要は出てくる。
神様への報告という意味で、受験の後に参拝することもある。
そんな当たり前の事実に三鈴が気付いたのは、本殿にごった返す人込みを見た時だった。
そのまま回れ右して帰ってしまえばよかったのだが、なんとなく意地になってしまった。
本殿を通り過ぎ、千本鳥居を通り過ぎ、三ツ辻・四ツ辻を超えた山間の峰の参道まで歩いてきてしまった。
ここまで来ると、観光客の数もまばらになる。
三鈴は、立ち止まって息を整えた。
結構な距離を歩いたので、少し息が上がっている。
大きめのフレームのメガネが、汗で少し、鼻からずれていた。
長く伸ばした髪が、ほおに張り付いて不快だった。
ローファーではなく、歩きやすいスニーカーを履いてきてよかったと思う。
きっかけが欲しい。
何か一つでいいのだ。
変わるための一押し。
変わっていいのだという保証が、三鈴は欲しかった。
日が落ち始めていた。
そろそろ帰らないと、暗くなってしまう。
三鈴は、日の高さを確認しようと、空を見上げた。
そこには、薄暗い京都の夕暮れの空が広がっている、はずだった。
「なに、これ」
オーロラだった。
赤いオーロラ。
空にたなびく自然のカーテン。
本来なら、北極圏や近くても北海道などでしか見られない代物だ。
日本の京都で見られるようなものではない。
けれど、三鈴にはそんなことを気にはしなかった。
理屈も、先程までの悩みも、すべてを忘れて頭上の超常現象の美しさにとらわれていた。
だから、三鈴は気付かなかった。
まばらにいた観光客がいなくなっていること。
そして、周りの鳥居が「ブレ」ていることに、気付かなかった。
その光景を外から見ている人間がいたとしたら、その「ブレ」は「ノイズ」の様に観測できたかもしれない。
「ノイズ」が次第に大きくなる。
・闖入者
スコン。と何かが挟み込まれた。
パラパラ漫画の途中に、一枚だけ写真が混じったような違和感で、三鈴は我に返った。
赤いオーロラはすでに消え、夕焼け空には、一羽のカラスが悠々と空を舞っている。
三鈴は、知らずに詰めていた息を吐きだした。
先程感じた違和感は、すでになくなっている。
帰ろうと思った。
すごいものを見た。
もしかしたら、神様が三鈴の願いを聞き届け、変わるためのきっかけとして、あのオーロラを見せてくれたのかもしれない。
そんなことを考えて、苦笑する。
そんなわけはない。
けど、そんなことにしておくことにした。
神様から後押しされてしまえば、三鈴のような小市民は、その後押しに押し切られてしまうのだ。
だから、まずは明日、髪を切ろうと決めた。
今まで、勇気が出なくてできなかったセミロングに挑戦しよう。
見た目が変われば、気持ちも変わる。
そんな小さな、ちょっとずつを積み重ねていこう。
まだ、髪を切ってはいないというのに、少し体が軽くなった気がした。
家に帰って、本棚の奥底にしまい込んだファッション誌でも発掘しようと、三鈴は本殿の方へと体を向ける。
「おい、今日、何日だ」
背後から、声をかけられた。
男の人の声だった。
ひどくぶっきらぼうで、差し迫っていて、最初三鈴は、それが自分にかけられた声だとは気付かなかった。
けれど、周囲には自分しかいない。
恐る恐る振り返る。
そこにいたのは、長身の男性だった。
防護服のような白い服を着ていて、目元は深くかぶさったフードで見えない。
何かのコスプレのようにも見える。
が、一言で言って、不審者だった。
三鈴は、じわりと後ずさる。
そのまま逃げてしまえば良いのだが、生来の人の好さが災いした。
今のところ男は、格好が不審者で態度が横柄なだけだ。
別に日付をこたえるぐらいは良いじゃないかと思ってしまった。
「えっと、今日は……」
「そうか、見えてないのか」
三鈴の答えと、男の声が重なった。
男が、ハッと三鈴の方を見る。
まるで、独り言に答えが返ってきたような、そんな驚き方。
「見えてるのか」
男からの問いかけ。
三鈴は、何か致命的な失敗をしてしまった気がした。
男を視線から離さないようにしたまま、じりじりと後ずさる。
男には、その反応だけで十分だった。
「どういうことだ。ほかの人間に見えている?
失敗したのか?情報を集める必要があるか」
ぶつぶつと独り言をつぶやいたかと思うと、空を見上げる。
あっ本格的におかしな人だと三鈴は確信した。
「驚かせて悪かったな。今日のことは忘れろ」
男は、三鈴にそう言うと、ふわりと宙へと浮き上がり山の向こうへと消えていった。
ドローンのように飛んで行った。
その様子を目の当たりにした三鈴はぼんやりとつぶやくのだった。
「幽霊?」
これが、勘解由小路三鈴とカタガキナオミとの最初の出会いだった。
・状況説明
「ただいま」
三鈴が伏見稲荷大社から家に帰った時には、すっかり日は暮れていた。
母親は、まだ家に帰っていないらしい。
玄関の電気は消えたままだった。
センサーが感知して、三鈴が玄関に入ると同時に家の明かりがついていく。
玄関、廊下、階段。
灯っていく明かりの温かさに、三鈴はほっと気を緩める。
家に帰ってきたという実感が安心感を三鈴に与えた。
三鈴は、ふらふらと自室へと向かうと、ドアを開け、そのままベッドへとダイブした。三鈴はきっかけとなる後押しを必要としていた。
確かに、そうだ。
けれど、赤いオーロラだけなら良かったのだ。
その後の幽霊は余計だった。
完全にキャパシティオーバーだった。
「なにもするきりょくがおきない」
ファッション誌でも取り出そうと思っていたのが、その気力がわかない。
かといって、今日を逃せば、変わろうという決意がまた揺らぎそうな気もする。
ベッドから視線だけ動かした三鈴の目に、クローゼットが映る。
三鈴は、ふらふらとクローゼットに近寄り、その扉を開けた。
そして、引き出しの中に手を突っ込む。
中から取り出したのは、ピンク色のリボンだった。
友達との付き合いで行った京都マルイの小物屋で、衝動買いしてしまったリボン。
可愛すぎて、気後れして、今までつけることのできなかった。
こんなのを自然に付けられるような女の子になりたい。
三鈴は手に持ったリボンを、恐る恐る、丁寧に顔のそばに持ってくる。
一ふさ髪の毛を分けると、願いを込めたおみくじの様に、リボンを結わえる。
疲れすぎていて判断力が低下していた。
そこに、これまでの遠慮や、気後れというものはなく、自分がしたいという欲求に正直な行動だった。
コンコン
「ひゃっ、ひゃい!どうぞ!」
突然のノックの音に、三鈴は飛び上がる。
いつの間にか、母親が帰ってきていたのだろうか。
反射的に返事をしてしまう。
身構えて、ドアの方を見るが、ドアが開くことはなかった。
「邪魔するぞ」
訪問者は、壁を突き抜けて部屋に入ってきた。
長身で、ぶっきらぼうな、白い防護服のような服を着た男。
肩に一羽のカラスを乗せている。
足が三本ある不思議なカラスだが、顔に愛嬌があってなかなかかわいらしい。
「さ、さっきの幽霊!」
三鈴の言葉に、男は眉をひそめた。
「幽霊じゃない。俺は、未来から来た。いわば、未来人だ」
・データ
未来から来た。
そう言い切った男の口から次いで出てきたのは、三鈴には理解しがたい荒唐無稽な話だった。
今の三鈴がいるこの世界も、そして、三鈴自体もデータに過ぎない。
そして、男はデータ改ざんのために、10年後の未来からデータの世界アクセスしている。
男自身は、このデータ世界に直接干渉することはできない。
本来は、過去の自分に指示して、データを改ざんする予定だった。
けれど、なんらかのアクシデントにより、それが不可能となった。
「君には、俺を手伝ってもらいたい。
この世界で、俺を認識できるのは、何故か君だけみたいだからな」
「な、んで、私が」
「さっきも言っただろう。
アクシデントで君以外に俺は認識できない。
そして、俺にはこの世界に直接干渉する手段がない。
なら、君に俺が指示を出して、データの改ざんをしてもらうしかないだろ」
「そういうことじゃありません!」
何でもないことのように言う男。
三鈴は、弱弱しく首を振る。
「そもそも、ここが、わたしが、データなんて」
「クロニクル京都のことは知ってるだろ。
詳しく知りたければ、京都府庁の京都府歴史記録事業センターに行ってみればいい。
見学ツアーもあるし、なんなら、俺が詳しく解説を加えてもいい。
とにかく、ここは無限の情報を記録する量子記録装置「アルタラ」によって、記録されたされた無限の情報の集合体だ。
君も、アルタラに記録された脳の電気信号の記録に過ぎない。
人間の電気信号まで、逐一記録する無限記録領域なんてな。
アルタラを作った人は、本当に天才だよ」
ほほえましそうに言う男だが、三鈴はそれどころではない。
自分が過去のデータで、自分の周りもデータで、つまり、ここは、自分が生きてきた世界は、虚構に過ぎないと言われて。
グラリと足元が崩れる感覚に襲われる。
これまでの自分の人生も、先程までの自分の悩みも、決意も、過去の記録に過ぎない。
三鈴は、青ざめ、すがるように口を開く。
「この世界は、本当に全部記録されたものなんですか」
「ああ。と言っても、その真偽に意味はないけどな。
アルタラに記録されたこの世界は、現実世界の完全な模写として成立している。
それこそ、現実世界とこの世界が入れ替わっても、誰も気づかないくらいに、正確だ。
逆に、俺がデータ世界の人間で、ここが現実世界だってこともあり得る。
だから、ここがデータかどうか。なんて議論に意味はない」
男が言い切るが、三鈴としては、そう簡単に納得できるものでもない。
「納得はできなくてもいいぞ。
答えの出る問題じゃないし、出たところで何が変わるってわけでもない」
そこで、男は、一度言葉を止めて三鈴と目を合わせた。
強い瞳だった。
決意をもった強い瞳。
そこには暗い執念じみたものが隠れているようで、恐ろしくもある。
けれど、それ以上に、
なんて、悲しい瞳なんだろうか。
データと言われた衝撃も消え、三鈴は、男の瞳に引き込まれた。
男が、口を開く。
「やることは変わらない。
君には、俺の恋人を、一行瑠璃を助ける手助けをしてほしい。
お願いします」
そう言って、直角に腰を曲げ、頭を下げる男を前にして、三鈴は無意識のまま、小さく首を縦に振った。