本編どうぞ!
13話 二つの異変
「紫様、藍様大変です!」
八雲紫が住む屋敷に一人の女の子がやってきた。
【橙】
緑色の帽子を被り、茶髪のショートヘアー、リボンが付いた赤と白の長袖のワンピース服、ピアスの付いた黒い猫耳に猫又が生えている。彼女は八雲藍の式であり、橙は人里離れた山奥の廃村に猫を集めており、藍にも可愛がられているようであるが、基本的に別居している。
橙は慌ててやってきたらしく、息が上がっていたが、それよりも藍に伝えることがあるらしく急いで来たのだ。
そんな橙を出迎えたのは藍ではなく紫だった。
「橙、そんなに急いでどうしたのかしら」
「紫様!藍様は?」
「藍なら今、異変の調査を任せているわ」
その言葉を聞いて橙は驚く。
「紫様は既にご存じだったのですか!?」
「ええ、例の空に浮かぶ船の事でしょ?」
紫は当然知っていた。数日前から空に浮かぶ大きな船のことを……雲に隠れて潜伏していることから誰かが存在を隠しているものだと思われる。紫はそのことで藍を調査に向かわせていた。だが、今回はそれだけではなかった。
「それもなんですけど……あの、霊が発生していることも関連しているのでしょうか?」
「霊……ですって……?」
橙の口から出たのは紫の知らないことだった。霊が発生しているなど紫は承知していない。一瞬地底の怨霊がまた現れたのかと思ったがそうではないらしい。スキマを開けてしばらくスキマの中を観察していると察したようにスキマを閉じ、橙に言った。
「橙、情報ありがとう。橙のおかげで私が知りえなかったことを知れたわ。お利口さんね」
「い、いえ!私は紫様と藍様のためにと思ったので当然のことをしたまでで……」
「素直に感謝されるといいわ。遠慮することないわよ。まずは上がって」
「は、はい!」
緊張する橙を屋敷に上がらせると紫はスキマを開いた。
「藍、すぐに戻って来て頂戴」
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「天子~!じゃんじゃん飲めよ~♪」
「いい飲みっぷりじゃないか、気に入ったよ」
もう勘弁してください。萃香に止まることなく酌されて、神奈子さんにも酌されて飲まないなんてできないから口に酒を運べばまたおちょこの中に入れられる……このままじゃ私の腹が酒の貯蔵庫になってしまうわよ……何とか回避しないと!
「萃香、神奈子さんも飲むがいい。私が酌しよう」
「おお、そうだった。ついつい注いじゃったよ」
「なら、頼んだ。神様に酌できることを光栄に思うといいぞ」
萃香と神奈子は注いでくれとおちょこを差し出してきた。
危なかった!もしずっと酌されていたら貯蔵庫を通り越してキラキラ流星群が私の口から発射されるところだったわよ。それにしても、他の皆も楽しそうだな。
天子は周りを見ると沈黙状態だった宴会場は再び大盛り上がりしていた。
「よぅし!わたしが慧音のものまねをしぃましゅぅ!」
「妹紅やめろ!やめてくれ!」
「シャッターチャンスですね!」
「文屋取るな!だから妹紅は私のマネなんかするなー!」
「あぐぅえ!」
妹紅が慧音の頭突きを食らい伸びている光景をカメラに収める文の姿、料理を黙々と食べている霊夢と幽々子の姿、相変わらず簀巻きにされている魔理沙などの姿が見える中、天子の目に留まったのは……
「「……」」
衣玖に妖夢はなんでそんな目で私を見ているの?なんで睨んでいるの……どうしたの!?衣玖さっきからおかしいよ?それに妖夢がそんな目するなんて……私が男だから萃香と神奈子に酔ったふりして抱き着こうかとかそんなの思ってないよ?だって私中身女の子ですから安心してよ。そんな女の子の気持ちを考えない獣じゃないからね?
楽しい宴会は時間が過ぎていき、酒に酔いしれる者、興に酔う者がいる中でそれは起こった。
「……」
「どうしたんですか霊夢さん?」
霊夢は持ち帰るために料理を詰め込んでいた手がピタリと止まった。その様子を見て早苗が問う。
「……紫、何の用?」
「えっ?」
霊夢の言葉に答えるようにスキマが守矢神社の宴会場に現れた。
「霊夢……異変よ」
紫さん!?それに藍と橙もいる。異変と言うことは……【地霊殿】の次だから【星蓮船】だね。それなら早苗の出番だな。霊夢と魔理沙と早苗の三人が異変解決に乗り出すはずだったしね。遂に【星蓮船】か……この前までは地底だったのに、今度は空なのね。早いなぁ、私が地上に下りたってそんなに日付が経っていないのにもう異変か。こんなに早かったっけ?
「紫、また異変なの?この前地底に行って来たばかりなんだけど?」
霊夢もそう思う?一か月も経っていないから霊夢の顔がめんどくさそうって顔してるからまるわかりだ。博麗の巫女って中々ハードなお仕事だったんだ……霊夢だって文句言いたいよね。
「ええ、異変よ。空に浮かぶ宝船なんだけれど……」
「宝船!?」
紫の言葉に即座に反応する霊夢の瞳に映っているのは『円』という文字が映っている気がした。
紫さんがそれ言っちゃう?霊夢飛びついちゃったけど……まぁ、霊夢が解決しにいかないとストーリー的に駄目だからいいけれど。
「霊夢は
霊夢と天子は紫の物言いに違和感を感じた。
「
霊夢も気がついたのね。やっぱり博麗の巫女って凄いわ。いえ、霊夢が凄い子なんだわきっとそうよね。主人公だもの……それよりも紫さん
紫は語った。現在、空と地上で起きている出来事を……
●空に浮かぶ大きな船は何かを探すかのように雲の間を回遊しているらしいこと。
●地上で現れては消え消えては現れる不思議な霊がどこかに向かっているということ。
この二点が現在起きていた。どこからどう見ても異変である。ここに居る者達はこの二つが関連性があるのか頭を悩ませている時に一人だけは内心驚愕していた。
ええ!?【星蓮船】だよね?空に浮かぶ船の異変は……だとすると霊がどこかに向かっているというのはおそらく【神霊廟】のことだ。あれれ!?【非想天則】は?【ダブルスポイラー】は?【妖精大戦争】は?何すっ飛ばしているの?それに皆は知らないだろうけど、二つの異変が同時に起きたら自機どうするの?原作崩壊しているじゃない……って私が男の時点で既に崩壊していたわ。私が男になってから原作崩壊し始めていたのは薄々感じていたけど、これは確信に変わったわ。私のせいじゃんこれ……
東方をやり込んだ天子は知っていた。この二つの出来事は本来なら別々に起きる異変である。しかし、それが同時に起きていること自体異変なのだ。だが、そんなことは天子以外の者は誰も知らない。本当ならば【星蓮船】と【神霊廟】の間で起きる異変もスルーしていることに天子は焦っていた。
別に幻想郷を侵略しようとする者の異変じゃないからいいんだけど、このまま放っておくのは何かと支障が出てきそう。放っておいたら後々の異変が発生して幻想郷大混乱とかなったらもう私泣いちゃうもん。元天子ちゃんが登場する作品事々にスルーされちゃっている……悲しいです……私の存在がこの幻想郷に大きく影響していること間違いないし、自機組の霊夢と魔理沙の負担が大きいだろう。この前も地底に行ってきたばかりだし、若いから問題ないと思うけどここは……!
「紫、少しいいか」
「……比那名居天子……」
天子は今回の出来事を紫に伝えた。伝えられた紫はやっぱりと言った表情で事を重く見ていたようだった。
「二つの異変が同時に……霊夢いけるかしら?」
「無茶言わないでよ!私は一人、それに霊の方はどうでもいいわよ。今はそれよりも早く宝船に行って金目の物をあさらないといけないんだから!」
霊夢は頑固として空に浮かぶ宝船だと思い込んでいる方へ行きたいみたいだ。魔理沙と早苗はどうかな?
「私もそっちに興味あるぜ!宝船ならお宝があるに決まっているからな!」
「私も同感です。きっとあの船にはジェノサイド砲が積まれているに違いないです!それで地上の者達を焼き払おうとしているのですよ!これは幻想郷最大の危機!!」
魔理沙は宝物に興味あり、早苗は早苗で安定していた。なるほど、必然的に【星蓮船】の方には本来の自機らが集まったことはいい。けれど、こっちが問題だ。霊夢達が異変解決している最中こっちが放っておかれるわけだ。今から行っても絶対今日中には間に合わないし、どうしたものかね……?
「紫ちょっといい?」
「幽々子なにかしら?」
幽々子が紫の元へやってきた。
「天子さんに協力してもらったらどうかしら?空は霊夢ちゃん達に任せ、地上は天子さんに任せるのは?」
なるほど私が……およ?幽々子さん今何と言ったの?【神霊廟】の方を任せるって……ええ!?私が異変解決するんですか!?私全く原作に登場しないんですけど……?
しかし、その後、天子の思いとは裏腹に何故か話がとんとん拍子に進んでいきその結果……
「妖夢、天子さんに負けないように頑張ってきなさい」
「はい、幽々子様」
妖夢はわかるよ。本来の異変でも妖夢は自機として参加するしね。でも……
「萃香、暴れるのはそこそこにしないといけないわよ?」
「わかっているよ紫。折角の宴会を台無しにした連中には痛い目を見てもらわないとね」
萃香が異変解決同行することとなった。そして……
「天子様、私が必ずお守り致します」
衣玖も同行することに……どうしてこうなった?
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「天子さんに協力してもらったらどうかしら?空は霊夢ちゃん達に任せ、地上は天子さんに任せるのは?」
始まりは彼女、西行寺幽々子と名乗る白玉楼に住まう亡霊が言った一言だった。
天子様を異変解決に向かわせる?異変解決は博麗の巫女の役割のはずですよ。天子様の偉大なる知識と知性で導き出された結果、今二つの異変が幻想郷で起こっている。確かに博麗の巫女は一人ですし、有能で立派な天子様にご助力申し出るのはわかりますけど、相手は未知数です。もし、スペルカードルールに乗っ取らない戦いが起こってしまい、天子様にもしものことがあれば……!
衣玖はもう天子が子供でないことはわかっていた。わかっていたが、どうしても納得できなかった。そう、どうしても納得できないことが……
萃香が天子と一緒に異変解決しに行くと言ったから。
衣玖は萃香からいい印象を持たれなかった。妖怪同士の相性もあるし、価値観の違いもあるのはわかるが衣玖は納得できていない。天子の友人となった萃香のことは、天子本人から聞かされていた。そういう鬼だということも知っている……が、衣玖は萃香が天子に向ける目が友人としての目でないことに気がついていた。
この鬼、天子様のことが……!
衣玖の体に電流が走る。無意識に拳に力が入る。
嫉妬……衣玖は萃香に嫉妬していた。先ほどから天子にべったりくっついている萃香に向ける視線が知らぬ間に鋭さを宿していることだった。
しかも、それだけではなかったのだ。
亡霊の従者である天子の弟子となった魂魄妖夢の存在も衣玖に嫉妬させる原因となっていた。
妖夢が纏う空気が萃香と同じものであることに衣玖には感じ取れていた。
あの剣士は鬼と同じく天子様を……自分では気づいていないとはいえ、天子様に向ける視線に苛立ちを感じてしまいます。しかし、お二人は天子様の友人であり、弟子である。そんな二人に私が嫉妬してどうするんですか!落ち着くのよ私……私は天子様のお傍に毎日居られるし、天子様のお仕事の手伝いもしています。子供の頃から天子様を知っているのは私だけです。なので、有利なのは私のはずです!一番お傍にいるのは私ですし、天子様がそちらになびくことなど……
そういえば最近天子様が地上に出ることが多い。私が許可したとはいえ、回数が多いような気がする。それに、宴会を楽しみにしておられたご様子ですし、昨日は弟子に稽古を付けに行くと言って地上に下りて行きました。今回の宴会に私と一緒に行きたいと言ってくれましたが、天子様が私に構ってもらうことが以前よりも少なくなっている気がしてきました……
こ、これはまずいです!!このままでは私はただの仕事を手伝ってくれる便利な女として、天子様に思われてしまうかもしれません!天子様もきっと天界の生活は退屈だったのかもしれません!地上に楽しみができて、それで地上に頻繁に向かうようになったのかも……それに、天子様は優しい方なので二人を蔑ろにすることはないと思いますので、もしも二人からの好意が実ってしまったら……!
衣玖は想像してしまった。天子からはただの仕事を手伝ってくれる便利な女と思われ、天子の家に行けば出迎えるのは鬼と半霊半人に、腕に抱かれた赤ん坊の姿を……そこに自分の姿がどこにもないという未来を想像してしまう。いつもの衣玖なら正常な判断ができただろうが、嫉妬というものに駆られた思いは歯止めが効かない。衣玖は今、自分が不要な存在ではないかと焦りを感じていた。
それは……嫌です!
「天子さん、妖夢を連れて行ってくれないかしら?きっと役に立つわよ」
「あ、ああ……そもそも男である私が異変解決して良いのか……『待ってください!』……衣玖どうした?」
「私も天子様に同行致します」
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「比那名居天子さんでしたよね?」
「天子でいい。霊夢」
料理を堪能し、持ち帰り用の箱に料理を詰め終わった霊夢が天子の元へとやってきた。そこにいたのは、先ほどまで料理をあさっていた霊夢ではなく、妖怪退治をし、数々の異変を解決してきたエキスパートの博麗の巫女である博麗霊夢であった。
「そう……あなたに任せていいのよね?」
「ああ、成り行きこうなってしまったが、妖夢は私の弟子でもあるからな。それに……」
「それに……?」
「それに私のせいでもある」っと言いかけたがやめた。また話がややこしくなりそうだもん。ゲームで展開知ってますって言えないしね。それに、私の存在のせいで異変が同時に起きてしまうバグが発生したんだからどうにかしないと……
「お前が噂の天人だな。私達のことは心配するなよ。それに天子なら問題なく解決しそうな気がするぜ!」
魔理沙元気だね。さっきまで簀巻きにされていたのに……元気なことはいいことだ。それに私を全く警戒してこない。気軽に話せる存在で安心したわよ。
「天子さん!幻想郷の危機は私が救ってみせます!ジェノサイド砲など木っ端みじんに壊してみせましょう!幻想郷を焼け野原にはさせませんから!」
早苗はもう心配もなにもない。いつも通りです。でも、後ろで悲しい目をしている神奈子さんと諏訪子さんの表情がとても心に響く……元気なのはいいことなんだけどね。神奈子さん、諏訪子さん、頑張ってください。
霊夢達は空に浮かぶ船を目指して飛んで行き、天子達は慧音や紫に幽々子らに見送られながら目的の場所へと向かった。
私は知っている。これから何が起きるのか、誰がこの異変を起こしているのか、転生した私にとっては今回の異変など容易いものだと思っていた。本来の自機である妖夢を全力でサポートする方向に徹底しようとしていた。私のせいでこの時期に異変が起きたのだろうが、それでも妖夢に活躍の場所を与えてあげたい。妖夢はもっと強く、経験を積んで成長したいと思っていた。なら、私はそれをサポートする役に回るだけだ。萃香と衣玖にもお願いして前線にはなるべく立たないようにしようと思っていた。
彼女が私の前に現れるまでは……
「うふふ♪何者かがこちらに向かって来ているようですよ」
「せ~い~が?そ~な~のか?」
「撃退しますか……?」
「なら我にお任せを!」
薄暗くて顔がわからないが、空中にフワフワと浮いている足がない娘と元気いっぱいを体現したような小童がいた。その者達4人が見つめる先には……
「……」
何も言わずに立ち上がった影は扉の入り口まで歩いていき……扉を開け放った。
「……私の目指す野望のため……誰も私の邪魔などさせませんよ……!」
強い決意を宿したその者はこう呼ばれていた……
聖徳王と……