それでも構わないと了承してくれた方は……
本編どうぞ!
「こっちです天子さん」
「すまない橙」
私達は今、橙を先頭にとある場所に向かっていた。今回の異変解決にあたって、異変解決専門の霊夢がこちら側につかなかったために、紫さんが橙をサポート役として付けてくれた。本来ならばあり得ない展開なのだが、私が男になっているから原作崩壊しているのは当然のことだ。だからもう気にしちゃダメ。それより私が気になっているのは……
「「「……」」」
私の後ろで沈黙状態の衣玖に萃香に妖夢の三人が気がかりだ。衣玖は先ほどから萃香と妖夢に警戒している模様だし、萃香は折角の宴会途中に異変を起こした連中に苛立っているのか笑っているが、目が笑っていない。妖夢に関しては真面目に異変を解決しようと意気込んでいるようだ。
妖夢以外は完全なるイレギュラーで霊夢達はいない。この状況が一体どういう結果を生み出すのか……それは私にはわからない。これもこの世界のでの幻想郷の歴史として刻みこまれるのであろう。ならば、私は自分のできることをするまでだ。
橙に連れられて天子達が向かっている最中に所々で霊達と遭遇した。地底から湧き出た怨霊とは違い、その霊達はどこかに向かっていた。天子達が向かう方角と同じ方へ向かって飛んでいく姿を目にする。
しばらく歩いていると、霊達が一か所に集まっている場所を発見する。そこは洞窟の入り口だったが、その洞窟の中が変わっていた。紫のスキマのようではないが、洞窟の入り口が輝いており、亜空間の入り口だと言えばわかるだろうか。そこに霊達が入って行っていた。その入り口はどこかと繋がっており、霊達はそこへ向かっていることが窺える。
「橙、あれは別の場所に通じる入り口のようだ」
「はい、紫様も既に発見しており、幻想郷の空間の隙間に繋がっていることが調べてわかっています」
紫さん流石ですね。予想外の事態にもう対応しているなんて……この洞窟の入り口の先がおそらく仙界の道場「神霊廟」に通じているのだろうね。あの聖人がいる場所……時期が時期だけに、道中何事もなくラスボスの本拠地まで来てしまった。こればかりはどうしようもないね。山彦や唐傘妖怪の二人は出てこなかったから。
「衣玖、萃香、妖夢、準備はできているか?」
「天子様が行くとこなら私はどこまでもお供致します」
「できているさ。天子との楽しみを邪魔されたんだから少しぐらい痛い目に合わせてもいいよね?」
「この魂魄妖夢、天子さんの弟子であることに恥じない働きをしてみせます!」
全員意気込みよし。衣玖は私のことを心配してくれているし、萃香は怒っているようだ。でも、ほどほどにしてあげてよね?妖夢は今回の主役でもあるんだから頑張って頂戴な。
さてと、私も準備OKだし突入しますかね。
「橙も行こうか」
「はい!」
天子達は洞窟の入り口に近づいて光の中に吸い込まれていった。
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「……幽々子どういうつもりよ?」
「なにがかしら?」
紫は幽々子に問う。
「比那名居天子を異変解決に向かわせるように私を説得したじゃない。本来ならば霊夢の役目なのに……」
「紫もわかっているんでしょ?あの子は自由で彼女の代わりになる者はいない。今回は別々の異変が同時に起きる変わった事態よ。霊夢ちゃんは優秀だけど、一人しかいないのだからね」
紫はわかっていた。博麗の巫女は一人しかいないし、今まで大きな異変が同時に起こることなんてなかった。それ故にどうしようか悩んでいたところに幽々子が介入して天子を筆頭に異変解決チームが組まれた。
「なんだい?何か問題でもあるのかい?」
「別にそんなんじゃないんだけど……」
「ならいいじゃないか?あの男はいい男だ。神である私が信頼したんだから何も問題はない」
「そうだよ。私と神奈子が信頼しているんだから何も心配いらないよ?」
その自信はどこから来るのだと紫は思った。地底の異変も神奈子の責任もあったのだし、外の技術を持ち込んで河童達に提供するわいろんなことを既に仕出かしていた。諏訪子も諏訪子で妖怪の山の天狗達を祟ってやるとか脅したことがあった。紫は内心でため息をついていた。
「あやや、それにしても異変が同時に起きるとは……これは特ダネですね!」
「文屋お前はいつも非常時でも安定しているな」
「慧音さん、非常時だからこそ特ダネが輝くのですよ?」
「知らん」
文は特ダネを見つけたと喜び、慧音は膝の上で呑気にいびきをかきながら寝ている妹紅の世話をしていた。
「紫様、橙からの連絡です。これより霊が集まっている場所へ向かうそうです」
「そう……橙に伝えて頂戴。比那名居天子の動向に目を光らせるようにと……」
「御意」
紫は一つの可能性を考えていた。
「(比那名居天子……あなたの存在がもし今回の異変が同時に起きたことに関わっているとしたら……)」
「(これから先、あなたは幻想郷に何をもたらすの……?)」
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天子達が現れた場所は巨大な建物の中心だった。周りには先ほどの霊達が至る所に存在しており、そこら中でフワフワと浮かんでいた。ここは幻想郷の隙間に作られた異次元世界のはずなのに周りの景色は幻想郷と変わらない。空も青く、雲が存在していた。この世界を作った創造主の力が余程凄いことが窺える。
「本当にここが異次元世界なのですか……」
「はにゃにゃ……!」
妖夢と橙はあまりにも見事な創りに驚きを隠せていない様子だった。衣玖も不思議そうにあたりを見回していた。萃香は興味なさげに周りの霊達を手に取って捏ねて遊んでいた。
そんな空間に何者かの声が響いた。
「これはこれは……ようこそ……そちらからおいでくださいましたね」
「お前は……豊聡耳神子……」
【豊聡耳神子】
獣耳のような尖った金髪に、「和」の文字が入ったヘッドホンのような耳当ては、能力による聞こえすぎのリミッターを制御する役割を担っている。紫色スカートに、ノースリーブの肩出しの服装をしている。腰には柄に太陽を象った剣を携えている。
天子は見た。ゲームと変わらない容姿をした神子を……しかし、違っていた。
「私を知っているとは……嬉しいですね。人間……いえ、天の人間……天人といったところですか。しかし、天人が私の前に現れるとは……それに妖怪も……半分だけの人間もいるようですね」
その神子の目は鋭く、敵意をむき出しにしていた。
……豊聡耳神子だけれど、鋭く睨んでくる。何故こんなに睨まれているの?特に私……彼女から向けられる視線が敵意MAXなんですけど……?異変解決しに来たから一応敵として見られていてもおかしくないのだけれど、なんか怖いです……なんかこう、憎しみが込められているような気がしてならないのですけど?
そう思っていたら、神子と同じく屋敷から何者かが現れた。
「太子様、この者達が我々の邪魔をする者達でございますか?」
「なら我に任せてくれれば簡単にやっつけてくれようぞ!」
【蘇我屠自古】
非常に薄い緑色をしたウェーブのかかったボブの髪、頭には紐が付いた黒い鳥帽子のようなものを被る。緑色のロングスカートのワンピースを着ている。人間の脚が無く、幽霊のような足が2本ある。尸解仙の豊聡耳神子に仕える人物であり、彼女の門人でもある。屠自古と同じ立場の人物にもう一人いる。それが神子の隣に控えていた。
【物部布都】
銀色の髪をポニーテールに纏め、頭には烏帽子、白装束を纏い、紺のスカートを履いている。豊聡耳神子の同志兼部下であり、仏教と神道の宗教戦争を裏で糸引いた人物である。神子には大きな信頼と忠誠を寄せている。
どうして神子はこんな感じなの?ずっと私の方を見ているけど、目を合わせていると敵意を通り越して殺意が伝わってきている気がする。命の危険性を神子から感じ取れた。
本来の彼女は聖人に相応しく物腰丁寧で礼儀正しく責任感も強い神子なのだが、私が今見ている神子にはそういったものは感じられない。笑みはなく、鋭い眼光が天子達を射抜く。
それでも幻想郷の賢者の代理としてここにいる橙は視線に屈することなく前に出る。
「私は橙と申す者です。幻想郷の賢者、八雲紫様の代理で問います。あなた達の目的はなんなのでしょうか!」
橙が神子に問う。霊達を集めて何かを企んでいるとみているのだろう。神子が橙と視線を交わすとゆっくりと口を開いた。
「目的ですか……私の目的は……」
「……悪を滅ぼすことです」
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これは昔々のお話
ある馬小屋で生まれた赤ん坊は、幼い頃から役人の訴えを全て聞き理解し、的確な指示を出すことが出来た。その子供は天才的な理解力と指導力を持ってこの世に君臨した。 周りはこの子供を聖人として持て
死んでいく人間の運命に不満を持っていた。例えどれだけの天才でも非凡な才しか持ち合わせない者でも「死」は平等に与えられるものであった。それ故に思った……「いくら頑張っても聖人だと言われていたとしても最終的には死んで全ての時間が無に帰す」……
その者は「死」をどうにかできないかと思った。そんな時に評判を聞きつけた仙人から道教を伝えられ、信奉するようになる。しかし、道教では誰でも修行すれば仙人になれるため、政治には向かないと相談したところ、仙人は表では仏教を普及させ、裏では権力者のみが道教を信仰すればいいという策を練る。その案を採用し、自らは道教の研究を進め超人的な力を手に入れた。不老不死の研究も行い、その過程で錬丹術にも手を出した。
だが、その者は優しかった。次第に自分達だけが命を永らえることに罪悪感を感じた。独り占めは良くないことだと自分の弟子たちにも教えることにした。それが本来の歴史を狂わせることとなることも知らずに……
その者は女であった。彼女は惹かれて集まった者達は多かった。悪しき妖怪達を討伐し、妖怪から人間を守る彼女は誰よりも有能で指導者として相応しかった。誰も疑いようがないほどに……それ故に彼女は……
恨まれた……
人間という者は自分より上の者には媚びへつらい、優秀な者には陰口を叩き、尊敬されている者を嫌う……人間とは罪深い生き物であり、自分より優れた者に嫉妬する。おかしなことではない、人間なら当然なことだ。自然のように人間の本能だと言えばそれで終わりだ。だが、彼女にとっては最悪の始まりだった……
「太子様……」
「おや?あなたは……」
「太子様の元で修行している者です」
太子と呼ばれる者の傍で膝をついて頭を下げる若者がいた。
「そうでしたね。それで私に何か御用ですか?」
「は、太子様に拝見してもらいたい書状がございます」
「そうですか。拝見いたしましょう」
「いえ、実は今手元にはなく、書庫にまで訪れてほしいのです」
「書庫までですか?書庫までは遠いですよ。今の時間なら夜になってしまいます。明日でもダメですか?」
「はい、今すぐに見てほしいとのことだったので……」
縁側から覗く空には夕日がさしていた。ここから書庫までは結構な距離がある。それ故についたとしても夜中になってしまうことを危惧していた。それでも若者は頑なに譲ろうとしなかった。しかし、彼女は優しかったので、若者の言う通りに書庫へ向けて歩き出した。
彼女が歩いていく様子を見送る若者の口がほくそ笑んでいたことを気づくことはなかった。
彼女は書庫に到着したが、辺りは真っ暗になっていた。案の定、夜中になっていた。手元にある蝋燭の灯のみが頼りである。しかし、彼女はよくここへやってきていたので入り口をすぐに見つけることができた。そして彼女は扉に手をかけて中に入ろうと扉を開け放った。
「きゃ!」
彼女は何かに突き飛ばされて転んだ。蝋燭が宙に投げ出され、地面に落ちた。書庫なので紙類に引火するかと思ったが、誰かが蝋燭の火を踏み消した。彼女が顔を上げて見たものは……!
「あ、あなた達は!?」
中では薄暗い明かりが灯されており、その明かりから照らされた顔は彼女がよく知っている者達……太子の弟子達が書庫の中に集まっていた。そして、自分は先ほど誰かに突き飛ばされた。彼女は扉の方へと視線を向けるとそこに居たのは先ほど自分に書庫へ行くようにと伝えに来た若者だった。
「あ、あなたはさっきの……何をしているのです!」
彼女は聞きたかった。何故こんなことをするのか、何故ここに呼び出したのかを……
「何をしているかだって?俺たちはお前のことが憎かったんだ!」
「な、なにを言っているの……!?」
彼女にはわからなかった。聖人と呼ばれた彼女でもこれだけは何のことか理解できなかった。
「てめぇは自分が誰よりも優秀だと見せびらかしたかったんだろ!自分は誰よりも優れている、俺たちとは全然違う次元の存在だと自慢したかったんだろ!!」
「ち、ちがう!そんなことを私は自慢したいんじゃない!自慢したいなんてこれっぽっちも思っていない!」
「じゃ、俺たちに教えたのはなんだ!不老不死の研究を伝えて、自分は命すら自由自在にできますよって言いたいのか!」
「違う!私はただ、
「
若者の手が彼女の頬を叩いた。叩かれた頬に手を当てて、彼女の表情は信じられないといった驚愕した顔になっていた。
「なんだよその目は!俺たちがお前を慕って弟子になったと思っているのか?そんな訳ねぇだろ!俺たちはお前の弟子だと名乗れば都合がよかったんだよ。太子の名を出すだけで、金を差し出す奴もいたしな」
「なっ!?」
「あん?知らなかったのか?いいだろう教えてやるよ。間抜けな太子様に……!」
若者は語った。太子の弟子というだけで、店には優遇され、太子に取り入ろうと媚びへつらうもの、太子の名を出せば奉納としてお金を差し出す者が居たりした。それに味を占めた弟子達が陰で太子の名を使い悪行を重ねていたことを……
「そ、そんな……!」
彼女が知らないところで自分の名を利用されていたことを知った。衝撃はそれだけではなかった。自分の信頼していた弟子たちが陰で悪行を重ねていたこと、それを知らずに民たちが騙されていたことに……彼女は大いに痛みを感じた。心が針で刺されるような痛みが彼女を襲うだけではない、心の中で何かが煮えたぎるような思いが生まれ始めていた。
彼女は今までこんな感情を抱いたことはなかった。それ故に言葉では知っていても、今まで感じたことのない痛みに苦しんでいた。それは言葉に表すならば……憎しみだろうか。
彼女は一度たりとも誰かにそんな感情を向けることはなかった。彼女は優しく、悪を許さなかった。人間を襲い食らう妖怪こそ悪だと思っていた。しかし、彼女の目の前には恐ろしい存在がいた。
「俺はお前が憎い!いい暮らしをするお前が!」
「俺もお前が憎いぞ!偉そうにしやがって!少し頭がいいからって調子に乗ってんじゃねぇ!」
「妖怪退治しているのは俺たちだろ!お前は後ろで指揮して楽しているだけだろうが!」
理不尽な理由だった。人間が抱く嫉妬が生み出した感情が彼女を責める。男達に囲まれて罵倒を浴びせられる彼女はそれでも耐えていた。人間が誰かを悪く言うことなど知っていたから、彼女は幼い頃から優れていたからそんな人間の
「聞いてんのかこらぁ!」
「がはぁ!」
弟子である一人の男が彼女の腹を蹴った。反動で彼女の体は浮き上がるが、すぐに地面に落ちる。彼女の口から胃液こぼれ落ち痛みに耐えきれずに声を漏らす。
「うぅ、ぐぅぅ……!」
痛みに耐えられずに目にも涙が浮かぶ。だが、彼女にとっては体の痛みよりも心の痛みの方が大きかった。自分が信じて育てていた弟子が自分を恨み、陰で太子の名を使っていたことに彼女は涙した。
「泣いてやがるぜ!みっともねぇ!あの太子様が俺たちの前で泣いてやがる!」
「ざまぁねぇな!」
「当然の報いだ。人をバカにするからだ」
反論したかった。何が当然の報いだ。報いを受けるのはお前たちの方だろ!そう言いたかった。彼女は心の底から叫びたかった。しかし、彼女の優しさが邪魔をした。言葉を飲み込んで、自分が耐えれば終わるのだと決めつけていた。
しかし、それに気を良くしたのか男達は行為は過激さを増した。
態度が気に入らない、ムカつく、偉そうに、見下した、理由は単純ないちゃもんだった。だが、男達を暴走させるには十分な理由だ。彼女は男達に殴られたり、蹴られたりした。服から肌が見えるところは他の連中にバレてしまうために服で見えないところだけを集中的に狙った。男達は知っている、少なからず彼女を慕う者はいることに、その者達に復讐されないように陰で彼女をいたぶるつもりだった。
「おい、太子様よ。明日も此処に来い。来ないとお前を慕っているあの娘達が痛い目を見るぞ」
「……そ、それだけは……や、やめてくれ……!」
口から血がにじみ出ても彼女には代えられない二人の大切な存在がいた。そんな存在に手を出させるわけにはいかない。痛みに耐えながらも弱りきった声で男達に懇願するもこう言った。
「人に頼む態度ってもんがあるだろ太子様?」
彼女の拳に力が入る。力を入れたことで拳から血が流れるが今の彼女は何もできない無力な存在だった。彼女は頭を床につける……
「お、おねがいだ……あの二人には……手を……出さないでくれ……!」
土下座だった。悔しかった……惨めだった……それでも守り通したい人がいた。だから彼女は我慢できた。屈辱に耐えて耐え抜いた。
「ばらしたら承知しないぞ……!」
男達は土下座する彼女をあざ笑いながら出て行った。残された彼女の目には留めなく雫がこぼれ落ちていた……
「あ、太子様おはようございます」
「!?お、おはよう……」
「?太子様なんだか顔色が悪いような……?」
「い、いえ!なんでもないんですよ……」
彼女には守りたい存在がいた。自分を慕ってくれる二人の娘の内一人と出くわしてしまった。
「そう……ですか?でも、体には注意してくださいね。太子様にもしものことがあったら私は……」
不安そうな顔で太子を見つめる娘の顔を直視することはできなかった。だって、彼女は娘に言えないことがあったから……
「あ、ああ……大丈夫……大丈夫だから……」
「あっ」
彼女は娘から逃げるように立ち去った……
「太子様~!おはようでございます!」
「お……おは……おはよう……」
「ムム!どうしたんですか?太子様?元気がないようですが?」
「い、いえ……わ、わたしはこんなに元気ですよ……!」
わざと力こぶを作るマネをする。笑顔を作り、なんでもないぞと言っているように……
「そうですか~?我には太子様の元気が空元気に見えるのですが……?」
「そ、それはきっと……私が仕事で疲れているからですよ。そう、その通りです。いやー!やっぱり仕事は中々きついですねー!」
「そうでしたか!ならば我が今夜太子様のお手伝いを……!」
そう娘が言おうとした時に太子の表情が険しくなり……!
「それだけは絶対にいけません!」
「た、たいし……さま……?」
娘は今まで一度も見たこともない太子の剣幕に唖然としていた。しばしの沈黙の後に太子の方が我に返り慌てて娘から離れる。
「と、とにかく私の手伝いをする必要などありません。あなたはゆっくりと休んでいてください」
「……太子様……」
振り返ることなくそそくさとその場を離れて行った。
その日から夜が来ることがどれだけ恨むようになったか……毎日の夜に例の書庫へ向かう。そこで男達が待っている。毎日罵倒を浴びせられ、暴力を振るわれ、こき使われた。金も要求された。ばらせば彼女の大切な存在に傷がつくぞと脅されて従うしかなかった。彼女には守りたいものがあったから……
「はぁ……はぁ……」
民衆の前では平静を装って振舞っていた。しかし、体の痛みに疲労、彼女の精神はボロボロに朽ち果てようとしていた……
「……太子様……あの……様子がおかしいようですが……?」
「そうですぞ!太子様は最近変ですぞ!我の目は誤魔化すことはできません!」
太子にとって守りたい存在が目の前にいた。もう何もかも捨てて二人に寄り添いたいと思い手を伸ばした……
『「ばらしたら承知しないぞ……!」』
そう頭の中で聞こえた気がした。彼女は理解した。もうどこにも逃げる道など存在しないことを……
「「……太子様?」」
「……ありがとう……二人とも……」
「「えっ?」」
太子はそれだけ娘達に言うと二人に背を向けて街中へと消えて行った……その光景を二人は見送る以外何もできなかった……
「……」
その光景を物陰から窺う仙人がいた……
その夜も呼び出された。今夜は極上の酒を用意しろと言われて持って来た。それに群がる男達と早くここから離れたいと思っている彼女だけが書庫にいる。男達は彼女に酌させた。早くしろと罵倒されながらも我慢しながら次々に酒を注いでいく。
「これうめぇ酒だ。こんなのを毎日飲んでいるとはやっぱり金持ちは違いますね太子様?」
「……」
彼女は何も答えない、答えたくなかった。一言でも話すことが彼女にとっては嫌なことになっていたから……
「なんだその態度は!」
「あぐぅ!」
顔を殴られた。殴られた箇所は赤く腫れあがり、痛みがヒリヒリと伝わってくる。
「おいおい、顔はやめてやれよ。もし醜い顔になっちまったら家から出てこれねぇだろ!」
「それもそうだな!がはははは!!」
男達の会話がこれほど耳障りだと思ったことはない。彼女の心は壊れかけていた。このままだと彼女はこの男達を手にかけてしまいそうだった。だが、彼女はそれだけはしたくなかった。彼女は優しかったし、それをしてしまえば自分を信頼してくれた者達を裏切ることになる。こいつらとは一緒になりたくなかったから……
そんなときに男が一人彼女の体を抱き寄せた。
「な、なにをするのです!?」
「へへへ!お前のことは確かに嫌いだが、体はいい体をしているよな。太子様よ、俺たちちょっと最近溜まっていてよ……お前の体で発散させてくれねぇか?」
「……はっ!?」
彼女の体から血の気が失せた。気が付いて見渡すと男達は我慢できないのか服を脱いでいた。体が震える……これから自分に起こることが鮮明に脳に浮かび上がった。
「まずは俺から堪能して――ぶべぇ!?」
彼女は男を蹴り飛ばして扉に向かって走り出した。もう耐えられなかった。例え聖人と呼ばれた彼女でも所詮は人間であり女……この現実から逃げ出そうとした……
走る……何もかも考えずに情けなくても構わない。ただここから離れたい、何も見たくない、穢されたくない、彼女にはもう何もかもが耐えられず現実から背いてしまいたかった。逃げ出したかった。
だが、彼女の足を掴む手があった。彼女は倒れ、男達が彼女を抑え込む。
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉおおおおお!!!」
「うるせぇ黙れ!今まで散々俺たちをバカにしてきた報いを受ける時がきたんだよ!」
「うわぁあああああ!はなせはなせぇえええええ!!」
恐怖で体が震えて叫んで懇願するが、男達は受け入れない。素っ裸の男達が彼女の服に手をかけ無理やり引きはがしていく。彼女は抵抗したが、そのたびに殴られて力ずくで抑え込まれる。それでも暴力には屈しなかった。受け入れてしまったら、こいつらのモノとして道具として扱われる。彼女は人でありたかった。「死」を恐れて不老不死の研究にも手を出した。そして、それを一人だけのものにせず、弟子達にも教えたが結果はひどいものだった。今までやってきたことは何だったのだろうか?彼女の中では疑問がいっぱいありすぎた。
人間は何故こうも他者を恨む?妖怪は悪い生き物だろうが、人間はどうだ?今彼女自身が体験しているのは人間として正しい事なのか?彼女は現実がこれほど腐っているものだと気づくことができたようだった。しかし、もう彼女に残されているのは絶望だけだ……
下着姿だけになった彼女に馬乗りになるように先ほどの男が勢いよくやってきた。
「さっきはよくもやってくれたな!いい気になりやがって!このアマ!!」
「――!」
男に殴られる、彼女は目をつむり今までの出来事が全てが夢であったならと願った……
「へっ?」
男の声が聞こえた。先ほどまでの興奮がいつの間にか消えて、静けさが支配していた。彼女は恐る恐る目を開けた。
男の腕がなくなっていた。きれいさっぱりと切り落とされていた。
「あらあら、ごめんなさいね。わたくしとしたことがケダモノと思って綺麗に斬ってしまいましたわ♪」
青い髪をした仙人が微笑みを浮かべていた。
「まぁ、ケダモノには変わりありませんよね……!」
それからどうなったか記憶にない。あるのは男達だったであろう肉塊が転がっているだけだった。不思議なことに血は一滴たりとも付着しておらず、青髪の仙人はそれでも表情を崩さなかった。太子の方へ向き直った仙人はやれやれといったように落ちていた布切れを太子に被せる。
「随分とはっちゃけていましたのね」
「……」
「だんまりですか~?聖人の太子様ともあろう者が救ってもらったのに感謝の一つもないだなんて、わたくしとてもとても悲しいですわ~」
しくしくと泣きマネをして揶揄おうとしていた。指と指の間から太子の様子を窺うと先ほどから表情一つ変えないままだった。感情など捨ててしまったかのような表情に……その変わり果てた様子を見て、仙人はため息をついた。
「太子様、誰かの上に立つことは誰かに恨まれることと同じなのですよ。人間というのは愚かな生き物ですわ。他人を憎み、嫉妬し、しまいには嘘や偽りで騙して自分の利益にしてしまうほどの醜い生き物なのです。太子様ならそれを知っていると思っていたのですが……」
仙人はそれでも応えない太子に……
パシンッ!
ビンタをくらわせた。
「太子様いい加減にしなさい!わたくしだって暇ではないのですよ。怖い目にあったからって、あなたの人生は簡単に変わらないのですわ。あなたは多くの人々を導くのではなかったのですか!」
「あっ……」
ようやく彼女は反応した。今まで見せたことがない仙人の一喝に太子の意識が呼び戻された。
「いいですか、あなたは多くの者に恨まれていますが、同時に尊敬もされています。街中を歩けば誰もが挨拶を交わし、悩みを相談する。信頼されていなければそんなことはしませんよ。今回の件を忘れろなんて言いませんわ。ですが、あなたは優しすぎます。時には、非情になることも指導者としての義務ですのよ」
「しかし……それでも私は……!」
「あなたは指導者としての器がある。それに、あなたを慕うあの二人の思いに応えなくてもいいのですか」
「……青娥」
「太子様……あなたはここで終わるような方ではないでしょう?太子……いえ、豊聡耳様の伝説はこれからですわ。わたくしが微力ながら陰からお手伝い差し上げましょう」
「……せ、せいがぁ……!」
彼女は仙人の胸の中で泣いた。今までのことを忘れるかのように……
それ以降の太子は数々の伝説を作り上げ、歴史に名を残すこととなる。
しかし、彼女は忘れることができなかった。人間の汚れた部分を、人間の悪しき心を……そして次第に彼女は一つの野望を抱くようになった。
「……私には野望があります……」
人間を救うには、人間の悪しき汚れた心を払う必要があると……彼女は師である青娥から多くのものを学んでいた。それを使い、自身を
「私は人々を正しい道に導かねばなりません……そして私は……」
「私は悪を決して許さない!」
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「……そして、私は一度死ぬことで
「あなたの野望とは一体……」
私は神子に聞いた。私がゲームで知っている神子の歴史とは違っていた。それに、神子が復活した訳も原作と異なっていた。そして、神子が言った悪を滅ぼすとは一体何か気になった。だから、聞きたかったのだ。神子の話を聞いていて、彼女が歩んだ人生は綺麗な道ではなかった。その過程で生まれた野望……その真意を……
「私はこの幻想郷に生きる全ての者から心を奪います」
「心を……ですか?」
妖夢が聞き返した。わけがわからないといった様子だ。しかし、私には嫌な予感がした。神子の瞳には憎しみがこもっていたから……
「私は術を駆使して、人々から妖怪までの心をなくし、何も感じず、何も求めず、醜い姿を晒すことのない新たな世界を作り上げるのです!」
神子は心があるから争いが起き、醜い姿を晒すこととなる……そう言いたいらしい。滅茶苦茶なことを言っているように思えるが、私にはわかった気がする。神子が語った話の中で、弟子に裏切られて苦痛の日々を送っていた彼女は耐えられなかったのかもしれない。彼女はどこか壊れているように思えた。彼女は人々の事を思い、生きてきたのであろう。信頼していたのに裏切られたことで、彼女の心は悲鳴をあげているに違いない。心があるから悪が生み出され続けると言っているようだった。
私も生前の頃には外で遊んでいた頃もあった。元気いっぱいな人生をそのまま送るものだと疑うことなどなかった。しかし、世の中はわからないことだらけだ。同じ人間なのにまるで別の生き物を見るようにいじめられている子がいた。私はかわいそうだったので、その子に手を差し伸べた。それが始まりだった。私も疫病が感染したようにいじめられた。知らない子からも暴言を吐かれることとなった。理不尽なことだ。いじめられていた子は耐えきれずに転校し、いじめは私の方に集中した。私は間違ったことなどしていなかったはずなのに……
思えばそれから私は人に関わることをやめることにもなった。そこから家でパソコンに向かって引きこもる人生を送るきっかけにもなった。人生とはわからないことだ。昨日まではよかったのに、いきなり変わることがある。きっと神子もそうなのだろう。人々のために生きていたのに嫉妬されて暴力を振るわれて理不尽だったと思う。だから、目の前にいる神子は根本的なところから変えようとしているように私は思う。
それに神子からココロという言葉が出てくるとは思わなかった。違うわね、寧ろ必然だったのだろうと私は思う。だって、神子が部下に贈った自作のお面に宿った付喪神の子の名前も【こころ】だったから……でも、神子は心を奪うと言った。後のことだが、人々に希望を与えようとした彼女が今では見る影もない暴走状態だ。
私はこの世界に転生し、比那名居天子として生まれた。性別は男で中身は女だ。本来とは違う歴史を辿っている。そして神子も……「私が知っている神子じゃないから、彼女は豊聡耳神子ではない。別人だ!」とは言わない。例えゲームとは違う神子でも私は彼女を否定しない。そして受け入れよう。彼女はまさしく豊聡耳神子であり、私と同じこの幻想郷に生きる一人なのだか……
「何も感じなければそれは生きていると言えるのですか?」
「私はもう見たくないのです。私が伝説を作り上げていく中で数々の陰の部分を見てきた。金のために命を奪う者、欲を満たすために女性を犯す者、地位のために弱者を虐げる者など……私には……耐えられない……」
衣玖の問いに本音を漏らしていた。彼女は本当は見たくなかった。人間の醜い部分を……
彼女は命を奪うのもよしとしませんでした。だから彼女は傷つけずに解決する方法を探した。そして、これしかないと思った。心を奪い、心を無にすることで争いが消え、傷つけあうことがなくなる……それがどんなに自己中心的で滅茶苦茶なことであってもそれしかなかったから……彼女はこれ以上の人間の欲を見たくなかったから!
「悪を滅ぼすには根本的なもの……心を無くすしかないのです!心さえ無くなれば世界は平和になるのですよ!」
確かに何も感じない世界、自分の意思などない世界なら糸が切れた人形のように生きていくだけだろう。争うこと自体存在しないなら平和だろう。でも、私は嫌だ。神子には悪いけど、差別は必ず生まれ、良し悪しだって当然存在する。命が無くなるから死ぬんじゃない……ただ息をしているから生きているのではない……笑い、泣き、怒り、時としては楽しむ感情があるから生きているのだと思う。心を失えばそれは死んでいると同じではないだろうか?
「神子よ」
私はたまらず神子の名前を呼んでいた。
「比那名居天子……君のことは青娥の集めた情報に載っていました。君が私に何か質問ですか?」
「ああ、神子よ……あなたは考えを直すつもりはないのですか?」
「……ええ、私は蘇ったのです。このために!だから誰にも邪魔などさせません!心さえなければみんな幸せになれるのですから!」
神子は自分に言い聞かせるように言葉を吐き出した。
そっか……神子の覚悟はわかった。このために一度命を絶ったのか……原作と違うけど、これが豊聡耳神子なんだね。でも、それを許すわけにはいかない。私はこの幻想郷が好きだ。ゲームの世界ではない、私が存在するここが大好きだ。だから、神子よ……
天子は歩きながら緋想の剣を取り出した。
「天子様……」
「衣玖、萃香、妖夢、橙……悪いが手を出さないでくれ。神子の相手は私がする」
「天子さん!」
妖夢がたまらず声をかける。
「妖夢すまない。本来なら妖夢をサポートする役を引き受けようかと思っていたんだが、私にはやるべきことができてしまった」
「天子さん……大丈夫です。天子さんは天子さんの思ったことをしてください」
「妖夢……ありがとう」
「まぁ、天子がそう言うなら私は手を出さないよ」
「天子様……信じています!」
「ちぇ、ちぇんは……天子さんのこと詳しくわかりませんが、天子さんの思いを蔑ろにできないので橙もここで見守ります」
ありがとう妖夢、萃香、衣玖、それに橙も……神子は私が何とかしないといけないみたい。この世界に生きるものとして、そして比那名居天子として苦しんでいる女の子を放っておけない……
さて、皆の了承も得たし、私にはやるべきことができた。後は……
天子は神子に向き直り、二人の視線が交錯する。
「やるべきことですか……幻想郷を守るために私を殺しますか?」
神子が天子に問いた。神子は命が尽きるまで戦いを止めることはないだろう……それ故に聞いた。殺すか?と……しかし帰って来たのは……
「そうだな……神子、幻想郷のためにも私はあなたを……」
「救ってみせる!!」
天子は覚悟した。神子を失意の底から救い上げてみせると!