神霊廟編もそろそろ終わりです。
本編どうぞ!
「終わりの時が来たのだ」
神子は見上げる形で天子を見ていた。
神子の体は限界だった。血が額、鼻、耳、目や体中から流れ出て、霊達から無理に得た力に体が持たなくなっていた。血で視界がぼやけるが、それよりも目の前に映る天子の姿に釘付けになっていた。
そんな……私が……負ける?私が今まで我慢してやってきたことが……無駄になる?そんな……ありえない……私は今まで人々のためにやってきたことが無駄!?私は野望を叶えられずここで死ぬの?
神子は目の前にいる天子が急に怖くなった。そして、嫌な記憶が思い起こされる……!
『「ばらしたら承知しないぞ……!」』
「!!?」
『「何をしているかだって?俺たちはお前のことが憎かったんだ!」』
あの時の記憶が神子の脳内で再生される。
『「てめぇは自分が誰よりも優秀だと見せびらかしたかったんだろ!自分は誰よりも優れている、俺たちとは全然違う次元の存在だと自慢したかったんだろ!!」』
『「じゃ、俺たちに教えたのはなんだ!不老不死の研究を伝えて、自分は命すら自由自在にできますよって言いたいのか!」』
『「
暴力を振るわれた記憶……
『「俺はお前が憎い!いい暮らしをするお前が!」』
『「俺もお前が憎いぞ!偉そうにしやがって!少し頭がいいからって調子に乗ってんじゃねぇ!」』
『「妖怪退治しているのは俺たちだろ!お前は後ろで指揮して楽しているだけだろうが!」』
理不尽な理由で罵倒された記憶……
『「泣いてやがるぜ!みっともねぇ!あの太子様が俺たちの前で泣いてやがる!」』
『「ざまぁねぇな!」』
『「当然の報いだ。人をバカにするからだ」』
反論したくてもできなかった記憶……
『「人に頼む態度ってもんがあるだろ太子様?」』
悔しくて涙した記憶……
『「へへへ!お前のことは確かに嫌いだが、体はいい体をしているよな。太子様よ、俺たちちょっと最近溜まっていてよ……お前の体で発散させてくれねぇか?」』
穢されそうになった時の記憶……
それらが今行われようとしているかのような錯覚を起こす。天子の姿があの時の弟子達の姿に見えてしまった。恐怖が神子を襲う。恐ろしくて怖くてどうしようもない気持ちが神子を支配する。
嫌だ……来るなあっちいけ近寄るな私を見るな触るなしゃべるな!!!
「神子……」
「くるなぁあああああああ!!!」
神子は叫んだ。恐怖に支配された声だった。神子は天子を見て恐怖でおかしくなっているようだった。
「くるなくるなクルナくるナ!!あっちいけ……!ちか……よるな……!!」
天子から逃げるように後ずさる。目からは血涙と共に本物の涙も流れ出ていた。顔がぐちゃぐちゃになり、血と涙で赤く染まった顔には恐怖しか宿っていなかった。
もういや!もうぼうりょくなんかうけたくない!もうゆるしてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさごめんなさいごめんなさいごめんなさいいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
神子はうずくまり震えた。怖くて、また暴力を振るわれ罵倒を浴びせられるかと思った。
「神子……」
「ひっ!?」
顔を上げると目の前には天子がいた。神子には天子の表情が自分を地獄に突き落とす悪魔に見えていた。天子の手が神子に伸びる……
やめて……もうぼうりょくをふるわないで……もういじわるしないで……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!だからおねがいします……だから……
たすけて……ください……!
「………………えっ?」
天子は神子の体を優しく抱きしめていた……
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「終わりの時が来たのだ」
私は神子が体に無理を強いていることはわかっていた。そして今の神子には判断力がかけていた。だから私は時間をかける必要があった。今の私では神子の攻撃を防御するだけでも精一杯なのに、それから攻め入るのは難しいと判断した。そして、神子の体が力に耐えきれずに自壊していくことを待った。
私には防御力を底上げする萃香戦で使った『無念無想の境地』があったのだが、あれのデメリットは肉体を強化できるが消費がとても激しいことだ。相手の攻撃に怯むことなくスーパーアーマー状態になるが、もし長期にわたって使用してしまい、効力が切れてしまえば体に負担がかかって動けなくなる可能性が高い。神子の攻撃をその間受けなければならなくなる。萃香の時は条件付きと短期間で勝ち筋はあったが、防御力が底上げされると言ってもダメージを受けないわけではない。もしも突破されればただの案山子状態でフルボッコにされてしまう。だから使えなかった。
だからこそ、私は防御に徹して時間を稼いだのだ。私の思った通り力に耐えきれなくなった体が自壊した。冷静な判断力があったなら途中でそのことに気づけたはずなのに……
天子は戦いが決したことで神子に声をかけようとした。
「神子……」
「くるなぁあああああああ!!!」
私は神子の叫びを聞いた。心の底から私を拒絶する声だった。恐怖に染まり、神子はおかしくなっているように見えた。
「くるなくるなクルナくるナ!!あっちいけ……!ちか……よるな……!!」
私から逃げる神子……その表情は今までの神子にはありえないものだった。弱々しく血涙と本物の涙が流れ出て顔が血と恐怖で染まっていた。
神子はここまで追い詰められていたのか……神子の心にこれほどまでの傷が存在していたのか……私は気づいてあげられなかった。神子と対峙し、神子の思いを受け止めると言っていたのに、私は彼女がここまでの姿を見せなければ気がつけなかった。わかっているつもりになっていたようだった私の姿は笑いたくなるぐらいひどいものだ。現に私は神子に声をかけてあげられない……どう声をかけたらいいのかわからない。不甲斐ないわね、こんな時なら元天子ちゃんはどう対応するんだろうな……でも、今それを思ってもどうしようもない。今の状態を放っておけば本当に神子が壊れてしまう……そんなことさせるものか!
「神子……」
「ひっ!?」
私に何かされるのだろうと思ったらしい……私も外見男だから怖いよね。でも、安心できないだろうけど中身あなたと同じ女の子なの。だから怖がらないで……大丈夫だから……ここにはあなたをいじめる人なんてだれ一人いないのだから……
そして私は言葉よりも相手に伝わる一番の方法をとった……
「………………えっ?」
天子は神子の体を優しく抱きしめていた……
「大丈夫だ、何もしない……誰もあなたを傷つけたりなんかしない。ここにいるのは皆優しい方達ばかりだから……」
天子は神子に優しく語り掛け、優しく包み込むように頭を撫でる。
こんなに綺麗な髪に柔らかい肌なんだよ?血まみれなんか似合ってないよ?今まで怖い思いをしてきたんだ。誰かのために頑張ったんだ。だから、そろそろ褒美をもらわないといけない時期だよ。これからは幸せに生き、泣いて、笑って、喜んで、楽しんでいくんだ。ここからが神子の出発点だよ。もし、神子を傷つけようとしたりする奴が現れたなら……
「大丈夫……私があなたを守るから……」
「あ……ああ……!」
小さな声が震え、神子から恐怖が消えていく……
「うぅ……えぐぅ……うわぁあああああ!!!」
一人の女の子が天子に抱きしめられながら泣いていた。
橙が紫さんに報告して一件落着!っとはいかなかった……妖夢が青娥さんを倒したことで少し結界が緩んで藍の元へ連絡することができた。少し緩んだことだけでは連絡できないほどの結界だったのだが、橙がそこは頑張ってくれたみたいだ。こう見えても藍さんの式だから優秀なんだね。そして、紫さんがスキマを作ってくれて、私達と神子達は幻想郷に戻って来た。屠自古と布都は消耗していたので永遠亭へスキマを繋げてくれて急いで搬送された。そして、重症なのは神子だった。無理に力を得た代償に体がボロボロとなっただけじゃなく、精神的にも安らぐことが必要だった。私は神子を青娥さんに任せ、私自身も重症なことは重症なので治療を受けることになった。そして私は今、永遠亭のベットの上である人物に診察されていた。
「派手にやったみたいね」
「ああ、でも結果良ければ全て良しだ。私の傷なんて屁でもないさ……神子の心の傷に比べればね」
「変わっているわねあなた」
「神子に言われたよ……永琳さん」
【八意永琳】
長い銀髪を三つ編みに、左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている。上の服は右が赤で左が青、スカートは上の服の左右逆の変わった配色の服を着ている。蓬莱人で、彼女は蓬莱の薬を飲んだ人間である。不老不死の存在となり、長き時間を生きている。元々月にいたのだが、訳があって迷いの竹林の中にある永遠亭で生活している薬師である。
美しい永琳さんに私の体をさらけ出している……恥ずかしい!中身は女の子ですけど、体は男なのだけどやっぱり自分の体を診察とはいえ見せるのは恥ずかしいです。まじまじ見ないでください永琳さん……!
「そうなのね。それにしても天人の体を見るなんて機会がなかったから丁度よかったわ。ねぇ?私の実験の被験者になってみない?」
「勘弁してくださいよ永琳さん……」
「冗談よ、でも本当に変わった体ね。筋肉のように弾力があるけど、話によると岩よりも硬いのでしょ?天人とはみんなこんな体をしているのかしらね?」
永琳さんは私の体に興味深々で困っている。上半身裸は寒いし恥ずかしいんですよ!それに神子達の様子を見に行きたいんですが……
「……永琳さんそろそろ……」
「ああ、ごめんなさい。つい興味にいってしまったわ。それで?」
それで?ってなに?もしかして私が聞きたいことわかってるの?流石天才だわ。何億年も生きているのは伊達じゃないね。
天子は神子達の様子を見たいと伝えるとわかっていたのか何も言わずに誰かの名前を呼んだ。
「師匠お呼びですか……あっ!ご、ごめんなしゃい!!」
部屋に入って来たうさ耳の子が天子を見るなり顔を赤く染めて襖を閉めてしまった。天子は上半身が裸であったために先ほどの子は恥ずかしくなったのだ。
あちゃ~!
天子が服を着て、合図すると恐る恐る襖を開けて入ってくる先ほどのうさ耳の子が入って来た。
【鈴仙・優曇華院・イナバ】
足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪に、紅い瞳を持つ。頭にはうさ耳があり、制服的な衣装に身を包む。月に住む妖怪ウサギで、とある理由で月から逃げ出してきた逃亡者。八意永琳を師匠と仰ぎ、薬師としての技能を始め様々な事を学んでいる。
鈴仙はチラチラと天子の方を窺っている。先ほどの光景が頭から離れないのか顔がほんのりと赤いままだった。
「優曇華、そんなに天子さんの裸が見たいなら見たいと言えばいいのに」
「し、ししし、ししょう!?な、なにをいいだすんでしゅか!?」
鈴仙噛んだね。鈴仙を揶揄う永琳さんとても楽しんでそうだった。強い……私の本能が囁いた。永琳さんには失礼なことがないようにしないと絶対実験体にされる未来が待っている……逆らわないようにしないと。
慌てふためく鈴仙をよそに、永琳は話し始めた。
「天子さんは彼女達に会いに行きたいのね?」
「ああ……私が神子と戦って傷つけたのは事実だ。それを踏まえて謝りたいのだが……」
「そう、診察が終わったら八雲紫があなたを呼ぶように伝わっているけど?」
紫さんが私に言った。「後で会いましょう」っと……恐らくだが、神子達の処遇についてだろう。神子達は未遂であるが、幻想郷でスペルカードルールに違反した行為を仕出かそうとしたし、紫さんにとっては完全に敵だ。橙も厳しい顔つきだったしね。その前に私は神子に会っておきたい。一目だけでもいいから私自身が安心したいんだ。
「その前に神子に会いたい。お願いできますか?」
「そうね……患者の意思を尊重するのも大切なことだわ。優曇華、彼女達の具合はどうなの?」
「えっと……屠自古さんと布都さんの方はもう大丈夫ですけど、神子さんの方はまだ意識が……」
そうか……無理もないわね。肉体的にも精神的にも私が追い詰めてしまったようなものだから……でも、会いに行きたい。意識が戻っていなくても会うだけでも意味がある。この後、紫さんが神子をどうするかわからないけど私は神子を守りたい。私は神子に「私があなたを守るから」って言ったのに無責任なことはできない。中身が女の子でも男として生きているならば約束は守り通さないといけないしね。
「それでも私は神子に会いたい。鈴仙頼めるか?」
鈴仙を見つめる天子の瞳は真剣そのものだった。鈴仙は永琳に了解を取り、天子を連れて神子がいる病室の前へたどり着いた。そこには見知った顔の三人が居た。
「天子様!」
「おお!天子ひどくやられたな」
「天子さん大丈夫ですか!?」
衣玖と萃香と妖夢の三人だ。三人は天子の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「天子様……傷の具合は……」
衣玖が今にも泣きそうな顔して心配してくれている。大丈夫だよ、確かにまだ痛みはあるけど、こんなの神子が今まで受けた屈辱に比べたら軽いものだ。だから私は大丈夫。心配いらないよ衣玖。
「心配してくれてありがとう衣玖。私なら問題ないし、皆の方こそ大丈夫だったのか?萃香、顔に火傷の跡が……」
萃香を見ると右頬に火傷の跡があった。天子はそのことが気になったが、萃香は笑っていた。
「いや~!中々興奮したよ。私に火傷を負わせるなんてびっくりした。でも安心しろ天子、傷はすぐに元通りになるから……この火傷は天子と戦った時のように思い出の証なんだよ。布都の奴、最初は退屈だったけど最後のは私の心まで燃えてしまうんじゃないかってくらいに熱くなる戦いだったよ!」
萃香は満足しているみたいで心配いらないようだった。布都は萃香を満足させられたようね。子供みたいな笑顔しちゃって……かわいい鬼だな♪
「天子さん、あなたと稽古した時間は無駄ではありませんでした!あの時の体験が無ければ私はきっと負けていたでしょう」
「私は何もやってないけどね。早苗に感謝するといいさ」
「はい、今度早苗さんにもお礼を言っておきます」
妖夢も清々しい顔になっていた。この戦いで妖夢は成長できたようだ。この調子で一歩ずつゆっくりでいいから頑張っていってほしい。応援しているよ妖夢。
神子達に会うまでの三人は何かギスギスした感じだったけど、今ではそんなことないようだ。あれは何だったんだろうか?まぁいいや。仲良くなってくれたのはいいことだ。よし、三人は元気そうだし、心配いらないね。神子に会わないと……
私は襖に手をかけて開けた。そこには屠自古、布都、青娥に芳香……そして……
「神子……」
静かに眠っている神子の姿があった……
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……ここはどこ……私は一体何をしていたの……?
自分以外の全てが黒一色で染められた空間にたった一人存在する者がいた。
豊聡耳神子は知らない空間で目を覚ました。暗く自分以外に誰もいない物音一つすら聞こえてこなかった。
私は何故こんなところに……私は今まで何を……していたのだ……?
神子は何かを思い出そうとした。そんな時に何も聞こえてこない空間に音がした……声だった。誰かの声……聴いたことのある声……一つだけではない。そして暗い空間に一筋の光が差し込み
光に照らされ、映し出される光景を神子は知っていた。
『「あなたが豊聡耳神子様ですね?あなたの噂を聞いて会いに来た所存でございます』
これは……初めて青娥と出会った時の……私は夢でも見ているのか?あの時の光景が鮮明に映し出されているなんて……
『「太子様!我の作った月見饅頭食べてくだされ!」』
布都が私のために作ってくれた饅頭はとても食べられる味ではなかったけど、布都の悲しい顔が見たくなかったので頑張って食べた時の記憶……あの時は辛った……
『「た、たいし様とお食事だなんて……いえ!嫌とかではなくてですね……その……」』
これは屠自古を初めて食事に誘った時の記憶ですね。懐かしい……あの時の屠自古はガッチガチに固まっていましたね。本当に懐かしい……
それからまた違う光景が光の中に映し出された。笑顔で挨拶する老夫婦、子供たちに遊んでとせがまれた時の記憶、お忍びでおいしい団子屋で見つかった時の騒ぎになったことも映し出された。神子の記憶が呼び起こされるように次々に映し出され、神子はそれを眺めていた。
いつからだったんだ……私は彼らを忘れてしまっていたのだろうか……屠自古と布都と一緒に都を練り歩いた記憶も青娥と密かに仙術を稽古した時の記憶も私は忘れていたようだ。見ていて温かく、気持ちが軽くなるような気分だ。そして、私には次第に慕う者達が現れ……
そう言いかけた時に、映し出される光景が変わる……
思い出したくもない嫌な記憶……全てが崩壊し始めたあの時の記憶……
弟子に裏切られるとは知らずに、夜の道を歩む自分の姿が映し出された。
!?や、やめろ……ダメだ!そっちに行ってダメだ!!
光の中に映る自分自身を引き留めようと手を伸ばすがその手は空をきる。何度も何度も掴もうとするがそれは記憶なので触れることすらできない。そして、映し出されたのは例の書庫だ。
い、いや……もう見たくない!もうあんなの見たくない!!やめろ!これ以上はやめてくれ!!
神子の悲願が届かない。映し出される神子は弟子達に囲まれあの日からの苦痛な記憶が呼び起こされる……
誰かの声が聞こえた。誰かがいた。一体誰……?
その誰かは光の中に映し出された神子とこの場に存在する神子の手を取った。まるで救い上げるように……
そして二人の神子はその誰かの顔を見た……
あなたは……比那名居……天子……?
『「神子……」』
『「大丈夫……私があなたを守るから……」』
そこには優しく、太陽のように神子を照らす笑顔の天子が居た。
「ん……ううん……」
神子は目を覚ました。
さっきのは……夢……だったのか?リアルな夢だったな……
神子がベットから起き上がろうとした時だった。神子は寝起きで気が付かなかったが、一つの陰が飛び出した。
「太子様!!」
「おぁ!?」
布都が神子に抱き着いた。布都が神子の腹にタックルする形で抱き着いてしまったために神子は再びベットに寝かされる形に倒れた。
「布都何やっている!太子様無事ですか!?」
「……屠自古……布都……?」
布都を引きはがしたのは屠自古だ。引きはがされた布都は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
布都……あなたという人は昔からそうでしたね。私のことを一番に思ってくれる……屠自古も布都みたいに泣きそうな顔をして……二人共、一体どうしたんですか?それに青娥と芳香まで……?
そして気が付いた。いつの間にか自分はベットの上に寝ていたこと、先ほどまで自分は戦っていたことを……そしてこの場には4人のみならず、神子の記憶に鮮明に残る人物がいた。
「比那名居……天子……!」
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部屋に入ると屠自古達が神子の傍に寄り添っていた。皆とても心配そうな顔だった。あの邪仙で有名な青娥さんと芳香まで心配していた。神子はあれだけ体に負担をかけたので当分の間、目を覚まさないのではないかと思い、眠る神子に伝わらないが、一言声をかけようとした時だった。重症だった神子が目を覚ましたのだ。それを見た布都が神子の腹に突っ込み、屠自古がそれを叱る。離れた布都の顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ……ああ、神子の服が……洗濯行きだわね。そう思っていると神子と目があった。私を見て大層驚いた様子だった。私も驚いている。神子がこんなにすぐに目を覚ますなんて思わなかったもん。
それより、なんて声かけよう……なに言おうとしたか忘れてしまった。それほどびっくりしたんだから……
天子と神子はお互いに見つめる形になっていた。しゃべることもなくただ目と目が合い二人共魔法がかかったように動かない。そんな様子を見て動いたのは青娥だ。
「あら!わたくし達、用事を思い出したのですわ。申し訳ございませんが天子殿は怪我人である豊聡耳様の傍にいてくださいね♪」
「えっ?」
「さぁ芳香ちゃん行きましょう。屠自古さんも布都さんも」
青娥の言いたいことが理解した屠自古は神子の元を離れたくない布都を引っ張って天子の隣を過ぎようとした時……
「太子様のこと……お願いします」
屠自古は天子だけに聞こえるように言ったようだった。部屋に残されたのは天子と神子の二人だけだった。
青娥さん気を利かせてくれたのね。ありがたいけど、どうしようか……?
天子がどうしようかと悩んでいると声をかけたのは神子の方だった。
「あ、あの……よければ……こっちに来てお話……しませんか?」
「……そうだね。そうさせてもらおう」
私は神子の隣に椅子を置き、体に負担をかけないようにした。私も神子もお互いに傷を負っているため安静にしてないといけないからね。さてと、いろいろ話すことが山盛りだね。どこから話そうか……
「……すみません……」
「どうしたいきなり?」
神子が私に謝罪した。まぁ、予想はついているんだけど……
「私は君にひどいことを……君の命をもう少しで奪うとこでした……」
そうだよね。でも私は怒っていないよ?神子にも覚悟があったし、私にも譲れない覚悟があった。萃香の時と同じように私達喧嘩したんだよ。喧嘩した後はお互いに仲直りしなくちゃいけないし、称え合わなきゃ!
「確かにそうだ。だけど、神子にも譲れないものがあった。そうだろ?」
「そう……ですが……」
だいぶ落ち込んでいるみたいだね。このままだとまた過去を引きずってしまうかも……ダメだよ神子。女の子は笑顔が一番!笑顔は人を幸せにするし、自分も幸せにする。笑わないとダメだぞ?笑わない子は……!
天子は神子の頬を指で摘み引っ張る。
「!?な、なにぃをしゅりゅんでしゅか!?」
それでも天子は神子の頬を弄ぶ。引っ張ったりこねたりひと通り弄んだ後、頬から手を離す。
「き、きみは一体私の顔で何をするんだ!?」
「どうだ?元気出たかな?神子が笑ってくれないので笑わせてみた」
「わ、わらわせてみたって……物理的に笑わせてどうするんですか……それになんで私が笑わないといけないのですか?」
あらら……睨まれちゃった。折角笑ってもらおうとしたのに……流石に笑い(物理)はダメだったかな?どう笑ってもらうか……一発ギャグなんて私にはセンスがなさすぎるし、芸人じゃないから面白いことなんて言えないからね……
「……君は本当に変わっているね」
そんな時に神子が天子に言った。
「君みたいな人……天人だったね。何故私を助けたんだ……?」
真剣な表情で天子を見つめる瞳……それは何故助けたのかを訴えるような瞳だった。
何故?そんなの決まってる。私はこの幻想郷に生きているうちの一人であり、天界に住み、比那名居家の名を持つ者でもあり、そして……
「あなたの笑顔が見たいから……じゃダメかな?」
「……私の笑顔なんて……見ていていいものではありませんよ。人々を助けたいなどと抜かしておいて、結局あなたを殺めそうになった。力に溺れて醜態を見せた……そんな私を笑顔を見たいなんて……」
神子はたまらず天子から目を逸らす。
「神子……」
天子は神子の顔にそっと両手を添えて振り向かせる。
「な、なにを……!?」
「そんなことない。私が保証するよ。だから今、私に向かって笑ってくれないか?」
天子と神子は息がかかるほどの距離にいる。天子は優しく語り掛け待っている。神子はそんな天子に見つめられて体が小刻みに震えるが、意を決して笑って見せた。
「こ、こう……ですか……?」
うつくしい……まるで笑顔の花が咲いている錯覚を感じたわ……照れて頬が赤みを浴び、ぎこちなく笑う姿……それでも女である私もドキッとしてしまった。ずっと見ていたい……イケメンである私が虜にされてしまうかと思った。やっぱり神子は笑顔が似合う。私は確信した。神子はやっぱり素敵だと!異論は認めん!!
それでも天子は神子に添えた両手を離そうとしないので、神子は段々と耐えられなくなり更に顔に赤みをおびていく。
「て、てんし……そ、そろそろ離してくれ……ないだろうか……」
「!す、すまなかった」
慌てて二人の距離が開く。お互いに目を合わせずにしばらく沈黙していた。
「そ、そう言えば私に何か用があるのではないか?」
そうだった。神子の美しい笑顔に見惚れていて忘れてしまっていた。ここからが本題だ。気持ちを切り替えて行かないと。
私は神子に伝えた。おそらく紫さんは神子に対する処遇を言い渡すはずだ。そのことを伝えると神子はわかっていたように納得した。
「私は元々野望のために覚悟していたつもりです。だから重い罪でも受け入れます。もしも代償がこの命で済むならそれはそれで構いませんよ……」
紫さんが神子の命を奪う選択をするわけはないと信じている。だが、もしそれほどまで思い罰が下されるとしても私は神子を守る。だってそうでしょう……
「神子、忘れたか……?」
「何を……でしょうか?」
「『大丈夫……私があなたを守るから』そう約束しただろ?」
「あっ……!」
神子の瞳に光を感じた。その光は天子を映し出しているようにも見えた。
大丈夫、約束したんだから……私の身勝手で約束しちゃったけど、私はあなたを……神子を……相手が紫さんだったとしても……
天子はそれだけ言うと立ち上がり扉の元へ向かった。そして、去り際に神子の方を振り返り……
「心配するな、私が必ずあなたを守ってみせるから」
そう……あなたを守ってみせるからね……
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ずっと私は暗い底沼に居た……
誰にも助けを求められない暗い世界……
痛みも悲しみも何もかもが私をあざ笑う……
いつまで続くのだろうか……
どうしてこうなったのだろうか……
人間とはこんなに醜い生き物だったのか……
そんなことばかり考えていた。毎日恐怖に怯え、夜が来るのをどれほど憎んだことか……
でもみんなが私に期待している。私はやっぱり人々の期待を裏切れない。人々が私に助けを求めている。私は助けたい……助けてあげなくてはいけない。人々を導くのが聖人である私の役目であり生きる意味である。
私はただの人の身では人々を救えない、導けないと悟った。仙人になるためには一度死ななければならない。しかし、失敗は許されない。私は躊躇してしまった……死の恐怖ではなしに、私が死んでしまったら誰が人々を救い導くのか……そう思うと怖くなった。だから布都に頼み、実験体になってもらった。それだけではなく、屠自古も……布都とは違うやり方で実験体になってもらい結果を知りたかった。布都の方は成功したが、再び蘇った屠自古は肉体を失い亡霊として幻想郷に復活した。私はそんな屠自古と布都に謝りもせずに野望のために動き出した。今思えば最低なことをした。人々を救いたいとか言っていた私が二人を自分のために殺したも同然だった。青娥も私が眠っている間に色々と準備してくれた。芳香もずっと尽くしていた。そんな二人にお礼も言わずに幻想郷に乗り出そうとしていた私はバカ同然だった。人々の醜さを知るよりも自分自身の醜さを知るべきだった。
私は目覚めたばかりで力も戻っていなかった。しかし、ここで立ち止まることなどできなかった。青娥に命じて霊達を集めさせたのも私だ。罠だとも知らずに集まってきた霊達を見てこう思ってしまった……哀れな連中と……欲のことなら私はよく知っているつもりだったし、欲の醜さをもわかっている。己の欲を叶えようとする自分勝手な霊達を見下していたのだ。だが、私こそ自分勝手で醜いものであった……しまいには犠牲にして力を得ようとバカなことをしてしまった。あのままだったら私はきっと……
だけど、そうはならなかった。私達の前に現れた者達がいた。竜宮の使いに鬼と半人半霊に妖獣……そして彼に出会った。忘れもしない、忘れることができなくなってしまった彼が私の前に立ち塞がった。
比那名居天子……私の運命を変えてしまった変わり者の天人である。初めは野望の障害となる危険な存在だと認識していた。存在するだけで邪魔になる……その時はそう思っていた。
何度も剣と剣がぶつかり合い、お互いに引けぬものがあった。血を流し、傷つけ、傷つき、どちらかの命が尽きるまで続くものだと思っていたが、それは私の醜さによって終わりを告げることになった。私は愚かにも力を欲してしまい仙術の中でも禁術とされていたものに手をだした。青娥が私を止めるぐらいの代物だった。対象物の魂を取り込んで自分の力に変えてしまう術でした。あの時に止めておけばよかったものを強引に青娥から教わった。昔の私は歯止めが効かなくなっていたみたいですね……すみません青娥……あなたの忠告を聞いていればこんなことにはならなかったものを……
私は負けた……自分の力に溺れてしまった醜い負け方だった……だが、当然な結果だった。私という存在は醜くなってしまっていたのだから……
比那名居天子は変わり者だ。醜い私を救いたいと言った、醜い私の笑顔を見たいと言った……彼はそう言ってくれた。そして、彼は約束してくれた。忘れもしないあの言葉……私に送られた温かいあの言葉を……
『大丈夫……私があなたを守るから』
彼と私を結ぶ言葉……一生忘れることができない言葉……そして比那名居天子、私はあなたに守られたい。誰でもないあなたがいい。そして傍に寄り添ってほしい……
あなたの温もりを感じていたいから……