それでは……
本編どうぞ!
「と、とじこ……おかしなところはないでしょうか!?」
「太子様、気をお静めください。大丈夫ですよ、何もおかしいところなんてありません」
「そ、そうか?よ、よし!後はお茶の準備を……!」
「太子様!雑用は我にお任せを!」
幻想郷に新たな住人たちが住み着いた。広大な建物に豪華な作りの一室で鏡の前で念入りに服装や髪形を気にする一人の乙女がいた。
豊聡耳神子は落ち着いていられなかった。今日、とある人物に会えるのだ。今日という日を、毎日毎日待ちわびていた。だが、当日になったら落ち着いていられないほどの気持ちの高ぶりを神子は感じていた。
神子達は幻想郷へ迎え入れられた。侵略まがいなことを仕出かそうとしたがそれはお咎めなしとなった。異変解決にやってきた永江衣玖、伊吹萃香、魂魄妖夢の説得によって罪は軽くなり、幻想郷の賢者である八雲紫からは多少睨まれたが、幻想郷は全てを受け入れる忘れ去られた者の最後の楽園のために情けをかけられた。重傷を負った神子は当分の間、永遠亭でお世話になるかと思っていたが、天才の八意永琳の薬にかかればなんのそのであった。退院後、神子達は幻想郷に神霊廟と共に移り住み新たな人生をスタートした。
人々を救うために今度は自分自身の力と支え合う仲間と共に歩む方法で救うことを誓った。二度とあのような異変を起こさないためにも……
そんなときに神子達に取材にきた烏天狗がいた。文だった。文は事情を知って取材させてもらう代わりに神子達が人々に受け入れてもらえるよう記事を書くことを条件とした。その時に一緒に神子の元を訪れたのが忘れることのできない人物とは比那名居天子だった。そして、今日は天子達が神霊廟を訪れるので気合を入れていたつもりだったのだが……
「布都!最高級のお茶を出すのですよ!それと芳香は食料を台所まで運んでください!青娥は……とりあえず何もしないで静かにしていてください!」
昨日は興奮して眠れずに朝からのテンションがおかしかった。それもそのはずである。神子は天子によって人生が大きく変わった。今までの苦痛も悲しみも全て癒してくれた。もう少しで取り返しのつかないことをしてしまうところであった神子を暗闇の底から救い上げたのだ。神子は天子に夢中になっていたのだ。天子のことを思うと眠れなくなってしまうほど重症だった。こればかりは永琳でもどうしようもできないことであった。
「太子様、まだ天子殿が訪れるまで時間がありますよ?」
「屠自古!もし天子殿が早くついてしまったらどうする!?おもてなしをせずに出迎えたとあっては、私は天子殿に失望されてしまうかもしないではないか!もしそんなことになったら私はこの七星剣で自らの首を!!」
「だから太子様落ち着いてください!!」
朝早くから騒がしいことになっていた。聖人と呼ばれた豊聡耳神子はどこへ行ったのやら……そんな光景を見守る一人の邪仙はニコニコと笑みを浮かべていた。
「(うふふ♪子供みたいに期待して……比那名居天子、あなたはとても魅力のある方ですわね♪)」
異変の時とはまるで別人のような神子、しかしそれはただこの世に生きる一人の女の子に戻ったようだった。
「た~い~し~!はこんだぞ~……せいが?うれしそ~だな~?」
「あらら、やっぱりわたくしの芳香ちゃんはわかっちゃう?」
「わ~か~る~ぞ~!せいがの~ことなら~なんでも~わかる~ぞ!」
「うふふ♪流石ね芳香ちゃん♪わたくしは今とても楽しんでいますわ」
青娥は今という
「天子~元気だったか?」
「天子さんも衣玖さんもこんにちわ」
天子と衣玖は地上に下りて萃香と妖夢と合流した。今日はみんなで神子に会うために集合した。あの異変以来、神子達に出会ったのは天子だけだ。怪我が治った天子が神子の様子をお忍びで見に行った時に文と偶然出会い、幻想郷に引っ越した神霊廟を一度訪れた。その時に衣玖達も連れて行く約束をして今日集まったわけだ。
「萃香さんも妖夢さんもこんにちわ。萃香さんの持っているものって……お酒……ですよね?」
「そうだぞ。みんなで飲めるのを選んで持って来たんだ!」
衣玖の問いに萃香はドンッ!っと手に持っていた酒を突き出す。
「萃香、神子は重症だったんだ。控えてあげないか?」
「ええ~!天子だって重症だったけど、今はもう大丈夫だよな?」
「ああ、私は大丈夫だが……」
「なら問題ない」
天子も重症だったが、神子の方がひどかったのだが……そう言おうとしたが諦めた様だ。萃香は酒盛りすることを望んでいるようだったから止めても無駄だと思った。病み上がりに酒を勧めるなんて普通ならできないのだが萃香だから仕方ないとさえ思えたのだ。まぁ、神子にはあまり飲ませないようにしないといけないと天子は注意するのであった。
「それでは皆さん行きましょうか。神子さん達を待たせてはいけないと思うので」
「そうだな妖夢、萃香も衣玖も行こう」
「おおー!」
「はい」
天子達は神霊廟へと向かって歩いて行った。
天子達は神霊廟へとやってきたのだが……
「「「……」」」
盛大におもてなしされ小さな宴会が開かれていた。食卓には盛大に盛り付けられた料理の数々のフルコースに様々な酒が置かれていた。自由に飲み食いができ、見た目も味も最高に良いものだろうとわかるだろう。これには誰もが喜びを隠せないはずだった。しかし、その中でも3人だけは静かにしていた。いや、先ほどまでは宴会を楽しむ気でいたのだが、とても気に入らないことが目の前で起きてしまっていた……
「天子殿♪お口を開けてください。私が食べさせてあげますから♪」
「神子よ、私は一人でも食べれるんだが……」
「……私に食べさせてもらうのが……嫌なんですか……?」
「そ、そんなことはないのだが……」
上目遣いで天子を見る神子の瞳に薄っすらと星々が光輝いているように見えた。その瞳を見てしまったら天子は嫌とは言えなくなってしまっていた。
「(神子かわいい!ギャップ萌えってやつ!?神子抱きしめて頭撫でてあげたい!)」
普段の神子とは別人のような愛らしさを目の当たりにして心躍っていた。だが、ここではしゃいでは比那名居家の者としての名に恥じてしまう。醜態を晒すことはできなかった。それと神子が直々に相手をしてくれているし、何よりも天子は神子の見つめてくる瞳に勝てるわけはなかった。
「……わかった」
「はい!あ~んしてください♪」
「あ、あ~ん……」
神子の手によって料理が天子の口に運ばれていく。天子は流石に照れ臭そうにしており、神子は満面の笑みを浮かべている。そして先ほどから神子は天子に付きっきりで、ひと時も離れようとはしなかった。それにボディタッチが多い気がしてならない……その光景を見せつけられている3人の表情に感情は存在しなかった。
「ぬ?どうしたのじゃ萃香?酒はもういらぬのか?」
「いる……ジャンジャン持ってこい……無性にやけ酒をしたい気分だ……」
「ん?そうか……ならば我に任せよ!すぐに新しいものを用意するぞ!」
萃香は手に持っている酒瓶に亀裂が走る。萃香はこの光景を見ていると無性に腹立たしくて仕方なかった。理由はわからないがとにかく腹が立ったのだ。今にもこの聖人ぶりしている女をぶちのめしたいぐらいに……
「あらあら?どうしたのかしらね?半人前の子である妖夢ちゃんが料理を食べませんと大きくなれませんよ?」
「青娥さん、私はまだ成長しますよ……なんだか今、食欲がないのです……先ほどまではなんともなかったのですけど……」
「青春ね。でも、食べませんと大きくなれませんよ?特に前の辺りが♪」
わざとらしく妖夢の胸を見て言った。咄嗟に胸を庇う妖夢……その前に庇う胸があるのかどうか疑わしいが……
「そ、それは関係ないでしょう!!」
「あらあら♪かわいい反応ねぇ♪」
「かわい~い~ぞ~!」
「なっ!?」
芳香にもかわいいと言われて慌てて視線を逸らしてしまう妖夢の顔は照れ隠しに頬が膨らんでいた。
「……」
「衣玖、気持ちはわかるが今は落ち着いてくれ。太子様は今日という日を楽しみにしていたんだから」
「ええ、わかっています……天子様の魅力に惹かれてしまうのはよくわかっています……そう、わかっていますよ。私は天子様のお傍にずっといたのですからね。何も怒ってませんよ……何もね……」
「そう言いながら体から放電するのやめてくれ……」
屠自古は衣玖の気持ちがよくわかった。同じく大切な人を思うことだから……しかし、天子は男で神子は女。屠自古は神子を大切で欠かせない存在だと思っているが、恋愛感情は持っていない。だが、衣玖は違う。男である天子を尊敬し、思う心は次第に恋心に変わっていった。それ故に今見ている光景は彼女にとって羨ましく、自分も憧れのシチュエーションだった。
神子は今まで辛い思いをしてきた。救い上げてくれた天子に夢中になる神子の行動を少しは我慢しようとしていた。空気を読んでジッとしていようかと思っていたが、萃香や妖夢と同じようにムカムカが止まらなかった。
その時、神子は自分に視線が向けられていることに気がつき……
あろうことか衣玖達に対してドヤ顔で「羨ましいだろ?」っと勝ち誇った顔をした。神子は能力で衣玖達の欲を聞いた。自分にはライバルが3人もいることを知るが、神子は焦らなかった。寧ろ神子は自信に満ち溢れていた。
「(君達には悪いが、天子殿は私を守ってくれると言ってくれた。君達はそんなこと言われたか?言われたことがあるのかな?つまりそういうことだ。私は君達よりも天子殿に注目されているのだよ。私の方が一歩上のステージに立っているのだよ♪)」
「「「(なん……だと!?)」」」
声には出ていないが視線でテレパシーのような会話?をする女達。勝ち誇った顔した神子と我慢できなくなった3人娘のバトルが始まろうとしていた。
「天子様!天子様もお怪我をなさった身であります故、私が食べさせてあげます!」
「いや、衣玖よ……知っているだろ?一人でもちゃんと食べれた……」
「おい天子!酒飲んでないじゃないか!私がお前のためにいっぱい飲ませてやるからな!」
「萃香!?ちょ、ちょっと待ってくれ!!そんな大量な酒を一度に飲ませたらアルハラ……」
「て、てんしさん!わ、わたし……
「妖夢!?意味が分からんぞ!?」
「君達邪魔だよ、そんなに邪魔したければ幻想郷のルールに則って弾幕勝負といこうじゃないか!」
「神子も落ち着いてくれ!」
天子に群がる女達に振り回され、何がなんだかわからない天子。そんな賑やかな光景を温かく眺める豪族達がいる。
「うふふ♪豊聡耳様ってかわいいですね♪」
「うぅ……笑顔の太子様が……帰ってきた……!」
「ふ~と~!これでなみだ~ふけ~!」
「すまぬ……!」
布都はボロボロと顔から液体を流してハンカチで鼻をかむ。腕を曲げれないキョンシーの芳香にぎこちなく頭を撫でられていた。
「布都……お前の気持ち凄くわかる。私はもうあの頃の太子様を見ることができないと思っていた。もう優しい声など聞けないと諦めていた。だが、あの異変以来太子様は私達を心配してくださり、共に支え合ってほしいと仰ってくれた……あの頃の太子様が……帰ってきたんだ……!」
屠自古の瞳からも何かが流れていた。もう見ることができない姿だと思っていた神子は屠自古達の目の前で女のバトルを繰り広げようとしていた。
「うふふ♪それじゃ……わたくし達も混ざりましょうか」
「何を言っている青娥殿?」
「このままだと宴会場が戦場に変わってしまいますわよ?それにわたくし達も幻想郷に迎え入れられたのですわよ。これからはこの世界に適した生き方をしないといけませんわ。異変を起こした側も解決した側も最後は宴会で閉める。それがこの世界の理……それに屠自古さんも衣玖さんとまだ十分に飲んでいないでしょ?」
「まぁ……そうだな」
「なら、混ざってわたくし達もどんちゃん騒ぎましょう!今までの鬱憤もあるでしょ?こういう時こそ発散させなければなりませんわよ。今まで長い間ため込んでいたのですから……これからは新しい道に向かって歩むべきですわよ?」
「新しい……道……」
青娥の言葉が心に響いた気がした。もう今までの自分達ではない。これから新しい人生を歩み、神子と共に生き、幻想郷の住人達と交流していくんだ。辛い過去の自分と決別するべく今という時間を楽しまないといけない……そう思えた。
「――そうじゃの!我も太子様と共に楽しむぞ!芳香殿ついてまいれ!!」
「おお~!」
「こら布都……全くもう……青娥殿は人を乗せるのがうまいな」
「うふふ♪屠自古さんは亡霊ですけどね♪」
「本当のことを言うな。だが、その通りだな……衣玖が誘っておいてこのままだと私だけ除け者になってしまうな。そうはいかないぞ!私だって今までいろいろなものが溜まっていたんだ!私だってやってやんよ!」
屠自古、布都、芳香も混ざって天子はこれからもみくちゃにされるであろう。
「……本当に……いい眺めね♪何時以来かしらね……」
青娥の瞳には幸せそうな笑顔の神子の姿が映っていた。
長い間見ることが無かった姿……生きている間も封印されていた間も蘇った姿も容姿は何も変わらない。しかし、一人の天人によって彼女は光り輝いた。冷たく野望に燃えた悲しき聖人は過去の人……彼女の新たな伝説はこれからこの幻想郷に刻まれていくであろう。彼女を想う者達と彼女が想う一人の天人と共に……豊聡耳神子はこれより新たなる伝説を生み出していくのだ。
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夜風に当たりながら今日の出来事を思い出す一人の賢者は静かに空の先の天を見ていた。
比那名居天子……異変を見事解決し、野望の虜となったあの者を救い出しただけではなく、萃香達にも影響を与え、彼女達を変えてしまった天人……あなたはどれほどの奇跡を起こすの?
幻想郷の賢者八雲紫は思い返していた。霊夢達は見事異変を解決した。3人とも無事であり、いつも通りの様子だった。いつもと変わらない光景だ。博麗の巫女達が異変を解決し、幻想郷に新たな住人が住み着く。しかし、片方の天子の方は幻想郷にとって危機的状況だったことを忘れてはいけない。神子達による幻想郷の者達の心を奪うという侵略行為に近いことを仕出かそうとした。紫は神子達を罰するつもりであったが、幽々子や神奈子に慧音といった者達が紫を説得した。それだけじゃない、異変を解決した当事者の萃香達も紫に頼み込んだ。そして極めつけは天子が紫に対してとった行動だ。
『「神子達に罰を与えるなとは言わない。だが、彼女にもやり直すチャンスをくれないか?」』
本来ならば神子達は日の光を見ることができないことになっていた。紫は幻想郷を愛しているが故に許せなかった。幻想郷が崩壊してしまう結果になるところだったのだ。天子はそんな神子達のために自ら土下座してまで頼み込んだのだ。そして天子自身も神子達と同じく罰を受けるとまで言った。紫は何故そこまでするのかと天子に問うとこう言った。
『「彼女を守ると誓ったから」』
強い目であった。何者にも揺るがせることのできない覚悟の目であったのだ。そのためならば自分などどうなっても構わない……そう天子が言っているように思えた。紫は比那名居天子という存在が今まで気がつけなかったことに戸惑いを感じているように見えた。
「……彼ほどの存在が幻想郷に居たなんてね……」
彼の瞳はとても迷いなどなかった。あんな瞳を見たのはとても久しぶりだった。長い人生であったけど、それでもあのような瞳はお目にかかることなんて滅多にない。私はあの聖人には罰を与えないことにした。賢い彼女ならば自らの罪は己で償っていくとわかっていたから。しかし、問題は比那名居天子の方だ。幽々子も守矢の神も彼にご執心のようだわ。別にそれはいいのだけれど、今までにない異変が起きた。彼が現れてから……これは偶然?もし彼が現れたことで何かの歯車が別の道を歩んでいるとしたら……
そんな時に紫に声をかける者がいた。
「紫様、お風呂が沸きました」
「そう、ありがとう。橙はどうしたの?」
「橙は相変わらず水が苦手でして……逃げられてしまいました」
「ふふ、藍も橙には厳しく
「は、はぁ……」
藍に橙を怒ることなんてできないと思うけどね。溺愛しているし……今日はいろいろあって疲れたわ。考え事はこれぐらいにしてゆっくり休みましょうか。
紫は今日の疲れを癒すために風呂場へ向かう。
でも、比那名居天子……私はまだあなたを観察することにしたわ。あなたは身も心も強い……比那名居天子という存在も幻想郷のパワーバランスに影響を及ぼす一人の名と言ってもいいぐらいよ。だからこそ、あなたには更なる試練が待ち受けているに違いないのだから……
次はあなたはどういったことを取るのかしらね……?