暴力的表現あり注意です。
それでも構わぬぞ!という方は……
本編どうぞ!
22話 二度目の紅い霧
「天子様……紅い霧が地上を覆っていますね」
「あ、ああ……」
え”え”!?どうして終わったはずの異変が再び始まったの!?これってあれだよね?【紅魔郷】で起きる異変だよね?紅い霧と言えば紅魔館という館のあの吸血鬼が起こした異変……だが、私は知っている。この異変は既にこの幻想郷でも起きて解決されていた。今となってまた起こす理由がわからない。ただあの吸血鬼はこの幻想郷でも再び異変を起こさないとは言えないのだけど……それにしてもなんだか嫌な予感がする……
「天子様……気になりますか?」
衣玖もこの異変のことは知っていたため、同じ異変を起こすなんておかしいと疑問に思っているようだった。前回の時でも紅い霧が発生するのが確認できたのだ。見落としていたことなど決してありえなかった。
「ああ、この異変は紅魔館の主である吸血鬼が起こした異変だ。一度解決された異変を再び起こすなど一体何を考えているのやら……」
「しかしこの漂ってくる空気……なんだか嫌な気分がします……」
やっぱり衣玖もそう思っているのね。地上を覆う紅い霧はとても嫌な感じがする。何かとまではわからないけど……私は内心不安でいっぱいだ。神子の件があり、もしかしたら紅魔館の吸血鬼にも何かあったのかもしれない。
それにこの紅い霧に感化された妖怪達が暴れだすとも限らない。そうなれば人里にも危害が及ぶかもしれない。衣玖には悪いけど私はジッとしていられない。妙な胸騒ぎがするの……行かないといけないような……そんな気がするんだ。
そう衣玖に伝えようとしたが、衣玖は何も言わずに頷いた。天子と何十年も一緒にいた衣玖には天子の言いたいことが既にわかっているようだ。
「天子様の言いたいことはわかっています。行きましょう地上へ」
衣玖も付いてきてくれるのか……ありがとう衣玖。まずは人里へ行って情報収集しなくちゃね。
天人と竜宮の使いは紅い霧に包まれていく地上へと向けて飛び出した。
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「みんな家の中に避難していてくれ!ほら急いでくれ!」
「扉しっかり閉めておけよ!妖怪が入って来ても知らないからな!」
人里はパニックになっていた。いきなり紅い霧が発生し、幻想郷を覆いつくそうとしていた。今も紅い霧はその規模を拡大しつつある。そんな人里で人々を誘導するのは上白沢慧音と藤原妹紅の姿があった。しかし、それだけではなかった。
「屠自古!布都!女性と子供と老人を最優先に避難させなさい。そして人里の警戒の周りにも注意するように!」
「はい太子様!」
「我にお任せを!」
指示を出す神子の姿があった。屠自古と布都も一緒だった。
神子達はお咎めなしとなったが、自分自身が許せなかった。これからは人々を正しいやり方で導き、人々を守っていくことを自身に誓った。偶然人里で買い物をしに来ていた神子達は紅い霧の異変に遭遇し、その場に居合わせた慧音と妹紅と共に避難を誘導していたのだ。
「ありがとう神子殿、手伝ってくれて」
「いえ、私達は罪滅ぼしにやっているだけですよ。それよりも私が聞いた話ですと、この紅い霧は以前もあったと伺っておりますが?」
「そうなんだ。くそっ!あのガキンチョ吸血鬼め!面倒な異変をまた起こしやがって!!」
妹紅は怒っていた。今日は永遠亭にいるというお姫様と殺し合いをする予定だったのだが、紅い霧が発生したためにそれどころではなくなってしまった。これさえなければ殺し合えたのに!っと言っていたが、それを聞いていた神子は何故そこまで殺し合いたいのか理解したくなかった。
「殺し合いを望むなんて……変わった方ですね」
「妹紅と永遠亭に住む姫は昔からああやってお互いに鬱憤を発散させているんだ。私は殺し合いなんかしてほしくないのだが、当の本人同士の問題なので手が出せなくてな……」
「ふむ、ある意味救い出すのは難しい方のようですね……」
慧音はため息をついていた。色々な出来事に悩まされてシワでも増えるのではないのかと彼女は苦労していることが窺える。そんな慧音を哀れに思いながら避難を誘導していると忘れられない声が聞こえてきた。
「慧音、妹紅!」
忘れることなどできない男の声……なのに重みよりも温かみを感じられて、まるで体を包み込まれるような感覚に陥る神子の心……
「(こ、この声は……!?)」
神子に電流走る。振り向いた先にいたのは……
「天子!それに衣玖殿も来てくれたのか!」
「ああ、慧音人里の様子は?」
「それが……『天子殿ー!!』神子殿!?」
神子が全速力で走ってきて天子の前で止まった。その表情は先ほどのたくましい頼れる顔とは程遠い女の子のような顔であった。耳のような髪がピコピコと犬が飼い主に尻尾を振っているように揺れて、頬も薄い赤色に染まっている。恋する女の子が好きな男の子と出会っているかのような姿であった。神子は元々女の子なのだが……先ほどとは違うギャップに慧音も妹紅も口をポカンと開けていた。
「神子?神子も人里に来ていたのか?」
「はい、私が起こした罪の償いをしたいと思いまして……偶然ですが、お手伝いしています」
「えらいな神子、流石だな」
「そ、そんなこと……天子殿に褒められることなんて何一つとしてしていません♪」
頬は赤く火照っていた。決して紅い霧のせいでそう見えるのではなかった。照れているのが誰から見ても一目瞭然だった。神子の耳のような髪が更に激しさを増して揺れていた。
「……」
それとは正反対に衣玖の目から光が失われつつあった。神子を見つめるその視線は体温など一切感じられないような凍り付いた視線であり、そんな視線を知ってか神子は勝ち誇った顔をしていた。二人の視線の間には稲妻が発生し、火花を散っているようだった。慧音と妹紅は自然と二人から距離をとってしまっていた。
「神子……?衣玖も……どうしたんだ?なんだか怖いぞ……?」
「イイエ、テンシサマ、ナンデモゴザイマセンヨ?」
「衣玖、カタコトなんだが……」
「ええなんでもないのです。そうですよね?衣玖殿♪」
「ハハ……ソウデスネ……」
二人の間に得体の知れない何かが交差しているが、天子は何も知らない方がいいと思って聞くのを止めた。知らないことも良いことだってあるのだから……
「と、とりあえず……慧音、情報がほしい。誰かこの状況についてわからないか?」
慧音に妹紅と神子も首を横に振る。何も知らないようだ。当然と言えば当然か……それなら人里の誰かに聞いて回る手しかないか……状況が緊迫しているために効率は悪そうだが、それしかないと行動に移そうとした時だった。
「この異変についてなら私が知っているわ」
この場にいるメンバーとは違う声がした。全員声のした方を向くとそこにいたのは……
「アリス!?」
七色の人形遣いのアリス・マーガトロイドだった。
「……っということになっているわ」
「紅魔館の魔法使いがそんなことになっているだなんてな……」
アリスの話に妹紅が腕組してどうしたものかと考える。この紅い霧を発生させている原因はやはり紅魔館の主にして【紅魔郷】のラスボスである吸血鬼レミリア・スカーレットであった。
【レミリア・スカーレット】
青みがかった銀髪にナイトキャップを被っている。全体的にピンク色をしており、太い赤い線が入り、レースがついた襟のドレスのような服装である。人間で言えば10歳にも満たないような子供の姿、背中に大きな悪魔の翼が生えている。彼女は吸血鬼であるが、その中でも最も強大な力を持ち、今や幻想郷のパワーバランスの一つを担っている。
そしてアリスが語ったのはこうだ。
昨日の夜中に物音で目を覚ましたアリスは音の正体が気になって真夜中の森へと入って行った。彼女は魔法の森に住んでいるので散歩感覚で家を出た。すると見つけたのは紅魔館の魔法使いであるパチュリーが襲われているの姿を発見した。襲撃者を撃退するもパチュリーは披露しきっており、彼女をこのままにしておくこともできなかった。一度家へ戻り、再び襲撃者が襲ってこない可能性が0ではなかったため、パチュリーと人形たちを連れて友人の家へ向かって泊めてもらった。目が覚めたパチュリーから聞いた話では……
最近紅魔館の主である吸血鬼レミリアの様子がおかしかった。話しかけても「何でもない」と言ってどこかへ行ってしまうし、落ち着きがなく、寝ている時には何かにうなされている様子だったという。紅魔館の者達も心配して医者に見せようかと思っていた。そんな時に出来事が起こった……レミリアは突然「幻想郷を支配する」ことを通達した。これには紅魔館の者達は事情を聞こうとレミリアの元へ集まったが、力でねじ伏せられた。レミリアの様子がおかしくなっていた。レミリアを抑えようとしたが誰もできなかった。パチュリーは紅魔館の者達によって守られ、運よく逃げ出すことができた。それで助けを求めて森を彷徨っていたとアリスに伝えた。
そしてその襲撃者というのが……
「十六夜咲夜……」
天子がその名を呟いた。
【十六夜咲夜】
髪型は銀髪のボブカット、もみあげ辺りから三つ編みを結っている。また髪の先に緑色のリボンを付け、服装は青と白の二つの色からなるメイド服であり、頭にはカチューシャを装備している。紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに仕えるメイド長で、紅魔館に住んでいる唯一の人間である。
その十六夜咲夜が 同じ家族同然のパチュリーを襲撃すること自体おかしなことだ。それもパチュリーが言っていたことによるとまるで操り人形のようになっていたとアリスから聞いた。おそらく洗脳的な何かが行使されたのだろうが、レミリアの手によってとは考えたくないが、状況的にそうなのだろう。この場に緊張が走った。
「操り人形ですか……太子様、どうしますか?」
「そのような不埒ものは我に任せてくだされ!」
屠自古と布都は神子の対応を待っていた。神子はアリスの話が本当ならば自分の時と同じような取り返しのつかない出来事が起こってしまうのではないかと考えた。それに紅魔館の吸血鬼の様子がおかしかったということが何より気がかりだった。
「天子殿……あなたはどう思います?」
天子はまだレミリアとは会ったことはない。どんな性格でどういった人生を歩んできたのか、この世界のレミリアのことは全くもって知らなかった。レミリアとパチュリーは昔からの友人であることは間違っていないと思われる。咲夜もレミリアに忠実だろうけどこんなことは絶対にしないと天子は信じたいと思っていた。
「私は紅魔館へ向かうことにするよ。それにパチュリーにも会っておきたい。アリス、今パチュリーがいるのはもしかして魔理沙の家か?」
「正解よ、でも魔理沙はいないわよ」
「どこかへ出かけているのか?」
慧音の問いに首を横に振るアリス。
「魔理沙は……既に紅魔館へ行ってしまったわ」
「なに!?」
紅い霧で光が遮られた廊下には無数の蝋燭が立ち並ぶくらいにしか光が灯っていない。それでもまだ明るい方だ。相手の顔をしっかり認識できるのだから……そのせいで一人の白黒魔法使いは異変を解決できずにいた。
「ちくしょう!お前らどうしたっていうんだよ!」
魔理沙の目の前には何も答えず、感情など持ち合わせていないような冷たい表情をした娘が立ちはだかっていた。魔理沙は知っている顔だった。だから攻撃したくないと思った。でも倒さなくては異変を解決できない、話して元に戻せないならば、力づくで元に戻すまでだ!
「だんまりか……なら私が目を覚まさせてやるぜ!くらいな!マスター……」
魔理沙は懐から取り出した八卦炉を構え魔力を集束した時だった。
「………………えっ?」
魔理沙の胸に一本のナイフが突き刺さっていた。魔理沙の手に持っていた八卦炉は滑り落ち地面に転がる。そして意識は歪みやがて……
ドサッ!
魔理沙は冷たい床の上に倒れて動かなくなった……
「ククク……一人で来るとは馬鹿な小娘だ……なぁ、メイド?」
「……」
真っ暗な奥から現れたその小さな体の影は横に控える咲夜に問うが何も答えない。目は虚ろで周りの娘達と同じく自分の意思など存在しないような印象だった。
「ククク……答えられないか。それもそうか……私のために働いてくれる道具はいくらあってもいい。しかし、魔法使いを取り逃がしたのは残念だ。奴は必ず助けを求めそれに答えようとする者達が集まる……メイドの失敗が仇となった」
横に控える咲夜の頬が赤く腫れていた。パチュリーを殺せなかったことで罰を受けたのだ。咲夜の瞳は虚ろのままだが、どこか吸血鬼を睨んでいるようにも見える……
「ククク……だが、所詮醜い生き物共が集まってくるだけよ。どうとでもなるわ……だからお前達は安心するといい。近いうちに私の呪縛から開放してやるさ。この魔法使いのガキが辿る末路のように、死ぬ時が来れば解放してやるからな。はっ!聞こえてないか……クハハハハハ!」
真紅の瞳を持つ小さな吸血鬼が高らかに笑っていた。
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「気分はどうだパチュリー?」
「あ、あなたは……」
天子達は魔理沙の家に寄った。パチュリーの様子を見るためにやってきたのだが、ベットの上で横になり、現在も顔色が良くない様子だった。
「あなたのことを心配しに来てくれたのよ」
「あなたとは……伊吹萃香の時に会ったぐらいだったけど……」
アリスの言葉を聞いて何故一度しか会っていない自分を心配しにやってきたのかとパチュリーは思った。
「傷ついた子を放っておけなくてな」
「……変わっているわね……あなた」
「よく言われるよ。安心するといい。この異変を起こしたのはレミリアかもしれないが大丈夫だ。元のレミリアに戻して元の紅魔館の日常に返してやるからな」
その言葉を聞いて何故かパチュリーは安心できた。この人ならきっと大丈夫と心から思えた。パチュリーは疲労と眠気に負けて瞳を閉じた。元々体の弱かった彼女の体力は限界だったのだ。パチュリーが寝静まったのを確認すると天子達は作戦会議を始めた。
「私は紅魔館へと向かう。レミリアや咲夜達自体に異変が起こっていると見ている」
「天子様の言う通りだと思います」
「私も天子殿と同意見だ」
衣玖と神子は天子の意見と同じことを思っていた。話によると元凶はレミリアのようだが、そのレミリアに何か異変が起こったと見て間違いはなかった。それに魔理沙が先に紅魔館に向かってしまっていたこともあり、この異変を放置しておくと大変なことになると危機感を覚えた天子達は紅魔館へと向かおうとした。
「パチュリーを見ておかないといけないから私はここに残るわ。もし狙われたら守ってあげられる人がいないといけないからね」
「わかった。アリス、魔理沙は必ず連れて帰るから安心してくれ」
「ああ見えて魔理沙は丈夫よ。でも、危なくなったら助けてあげて……お願い」
アリスの瞳の中には不安という言葉が浮かび上がっているように見えた。だが、それを安心させてあげるように天子は優しい言葉をアリスに向けた。
「大丈夫だアリス、魔理沙は簡単に死ぬような子じゃないさ。アリスの言う通り危なくなったら私が命に代えても守ってやる」
「あなた優しすぎるわよ……でもありがとう……気をつけて……」
アリスに見送られながら、天子、衣玖、神子の三人は紅魔館へと足を踏み出した。
一方の博麗神社の方では……
「だーかーら!紅魔館へ行けと言っておるじゃろう!」
「うるさいわね!それよりあんた誰よ!?」
「我は太子様に仕える物部布都じゃ!」
「……
「布都じゃ!」
屠自古は頭を抱えていた。神子の命令で博麗の巫女に今回の異変の危険性を説明し、協力させようとしたのだが、その博麗の巫女……博麗霊夢に問題があった。
「さっきからうるわいのよあんた達は!せんべいぐらい食べさせなさいよ!」
「それ、一つ食べるのにどれぐらいかかっているんだよ……」
屠自古は数々の異変を解決してきた博麗の巫女に期待していた。神子のように素晴らしい方であると……そう思っていたのだが、実際にこの目で見て見ると呆れる以外に何もなかった。博麗神社までは紅い霧はやってきていないがその内に必ずやってくる。そうとも関わらずのんびりお茶を飲み、せんべいを食べている。それに食べる速度が非常に遅い……よく味わって噛みしめ、味わい、噛みしめの繰り返しで一枚が中々なくならない。このままでは異変自体終わってしまうのではないか?それならばいいが、もしものことがあれば神子の身が危ない。何とかして動いてもらわないと!
「博麗の巫女よ、私達は太子……豊聡耳神子に仕えている者だ。その太子様からあなたに異変解決の協力を要請しに来た」
「ふ~ん」
興味ないように二枚目のせんべいに手をかけ口に運ぶ。
「で?」
「で?って……協力してくれないのか?」
「別に協力してあげてもいいけど……私は気分的に動きたくないのよ。この前の空飛ぶ船には宝物なんてなかったし、骨折り損のくたびれ儲けよ……」
霊夢はあの時のことが抜けてないのか落ち込んでしまった。このままでは使い物にならない紅白の置物に成り下がるのではないかと困っていた。
「早くせよ!博麗の巫女!太子様は今回の異変を重く見ておるのじゃぞ!話では
布都が言った言葉に霊夢は反応した。そして、霊夢は見た。テーブルの上に置かれていた湯呑に亀裂が生じた瞬間を……まるで誰かに何かが起こったことを伝えるように……先ほどまでのぐうたらな博麗の巫女ではない目つきに変わっていた。
「ど、どうしたのじゃ?」
「布都とか言ったわね?魔法使いって……魔理沙のこと?」
「た、たしかそんな名前じゃったかの?」
「……そう……」
霊夢はそう言うと湯呑に入ったお茶を飲み干し、せんべいを片づける。そして支度を済ませて先ほどとはまるで違う博麗の巫女に呆然としている屠自古と布都に言う。
「あんた達は帰りなさい。私はやることができたから……」
それだけ言い残して霊夢は空へと飛んで行った。残った二人は何も言えずに巫女を見送ることしかできなかった。
「……行ってくれたのか?」
「そ、そうみたいだな布都……」
「……我らはどうするのじゃ?」
「太子様が戻って来るまで人里を警備しよう。慧音と妹紅の二人では人里は広い。それにこの霧の影響で妖怪が攻撃的になっていることも踏まえるとそれがいい」
「わかったのじゃ」
二人はお互いに頷き人里へと向かうことにした。
「魔理沙……」
博麗の巫女としての勘が友の危機を伝えていた……
暗い……とても暗い……地下の冷たい……冷たい檻の中……そこにいるのは一人の少女……
子供……10歳にも満たない子供の姿をした女の子……その子は動けなかった。動こうとしても動けなかった。動きたくても動かせなかった。少女の体には冷たく、重く、非情なものが付けられていた……
鎖だ。一つや二つだけでなく、首に手首、足元にまで少女の体が繋がれていた。その鎖は魔術が施されていて、鎖に囚われた女の子の力を封じてしまっていた。その少女は人間ではなかった……その子もまた吸血鬼だった。
【フランドール・スカーレット】
黄色の髪をサイドテールにまとめ、ナイトキャップを被っている。瞳の色は真紅で、服装も真紅色をしており、半袖とミニスカートを着用している。背中からは、一対の枝に七色の結晶がぶら下ったような特徴的な翼が生えている。紅魔館の主レミリア・スカーレットの妹で、姉と同じ吸血鬼である。
フランは鎖に繋がれていた。何故こうなっているのか彼女にもわからなかった。わからなかったが、確かなことが一つある。この鎖を自分に付けた者はよく知っている相手だったから……
コツン……コツン……
足音が聞こえてきた。ゆっくりとこちらに向かってくる……フランは近づいてくる音の正体を知っていた。
「お姉様!!」
足音の主はレミリアだった。微笑を浮かべまるで生き物全てを見下し、モノとしか見ていないような歪んだ瞳をしていた。フランは怖いと思った。彼女は地下に495年も過ごしていた。そして幻想郷でレミリアは異変を起こし、異変を解決しにやってきた博麗霊夢と霧雨魔理沙の手によって無事に解決された。その時にフランも初めてスペルカードルールに従って戦い負けた。面白く、清々しい負けだった。それから彼女は外の世界に興味を持った。人間や妖精や自分の見たこと聞いたことのないものばかりだった。友達ができたし、とても楽しかった……そう、少し前までは……
姉の様子がおかしいことは紅魔館の誰もが知っていた。何かを隠すように何かを避けるようにレミリアは生活していた。フランも心配になり、レミリアに会いに行こうとしたが、面会を拒否されてしまった。どうやったら姉のレミリアに元気になってもらえるか彼女なりに考えていた時だった。
紅魔館が騒がしかった。妖精メイド達がお遊びで騒いでいる声ではなかった。悲鳴や破裂音などが聞こえていた。彼女は様子を見ようと部屋から出ようとする。
「妹様!ここから出てはいけません!」
「咲夜……一体どうしたの?」
咲夜がいた。何やら慌てている様子で咲夜には珍しくメイド服が乱れていた。フランはそのことを聞こうとしたが、咲夜はそれどころではなかった。
「妹様は部屋に鍵を掛けて静かにしていてください!」
「で、でも……」
咲夜はフランのことも聞かずに部屋に押し入れた。フランは一体何が起こっているのかわからなかった。
そしてしばらくしてあれだけ誰かの声や物音が飛び交っていた紅魔館は……
……何も音がしなくなった。
フランはどうしたのかと思って外に出ようとしたが、咲夜が言った言葉を思い出し、扉にかけていた手を離した……その時に誰かの足音が近づいていた。フランは不安に駆られた……真っすぐこちらに向かってくる足音に……
フランは扉から距離を取り、手に炎で作られた剣のレーヴァテインを握りしめ返り討ちにしようとした。そして扉が引かれるが鍵が掛かっているため扉は開かない……が、扉自体がひしゃげ、鍵も無意味な形となって扉は壊された。しかしフランは更なる不安に駆られることはなかった。寧ろ安心してしまった。それは何故か?それは自分がよく知る顔であり、自分の愛する姉であるレミリアだったから。フランはレーヴァテインをしまいレミリアに駆け寄ろうとしたが……
フランはレミリアの元へ駆け寄るのを止めてしまった。
「……お姉様……それは……なに……!?」
レミリアが何かを持っていることに気づいてしまった。フランは信じられないような瞳で姉を見る。すると姉は愉快に笑い、冷たく、見下し、血まみれの体のレミリアはこう言った。
「これかぁ?これはぁ……」
「腕……だ!」
「お姉様どうしてこんなことを!?」
冷たくフランの声が響き渡る地下の檻の中でフランが叫んだ。幸いあの時の腕はフランが想像している人物の物ではなかった。寧ろ最悪だった。その腕はなんとレミリア自身の腕だったのだ。おそらく咲夜に切り落とされた腕だったのだろう。吸血鬼は腕が落とされても再生して新しい腕が生えてくる。前の落とされた腕は次第に腐敗し消滅する。その前に冗談でフランに見せに来たのなら悪質なジョークで済まされたけど……そうではなかった。
あの後、フランはレミリアに気絶させられ気がついたら地下の牢屋に閉じ込められていた。フランを鎖に繋いだのはレミリア本人……何故自分の姉がこんなことをするのか理解できなかったし、理解したくなかった。それにレミリアはおかしいとそう思えた。まるで別人のように変わってしまっていた。優しい温もりを感じることはなくなり、冷たく冷酷な吸血鬼に変貌したようだった。
「ククク……フラン、お前は私のために生まれてきたんだ。お前の力は私の物、お前の人生も私の物、お前の全ては私の物、お前をどうしようが私の自由なのだ」
「何を言っているのお姉様!言っていることわかんないよ!?」
フランが必死に声を届かせようとする。これは悪い夢だ、目が覚めれば優しい姉に戻っていると自分を夢から目覚めさせるように……
「お前は何も知らなくていい。お前は知ることもなければ知る価値もない。力しか価値のないお前はただ私の物になっていればいいんだ」
フランは耳を塞ぎたかった。自分の姉が、優しかった姉が、つまらないことで喧嘩した姉が……こんなひどいことを言うわけないと否定したかった。聞きたくなかった。フランの心が痛みで泣いていた。
「お姉様はそんなこと言わない!お前は偽物だ!お姉様の姿をした偽物なんだ!きっとそうなんだ!だから……」
そう言うとしたら言えなくなった。
「がぁは!」
レミリアの鋭利な爪がフランの喉に突き刺さっていた。そこからは血が流れ、言葉は遮られ、痛みがフランを飲み込んでいく。フランがもがき苦しむ姿をつまらなさそうにしばらく見ていたレミリアは腕をフランの喉から引き抜いた。そこから大量の血が流れるがレミリアは何も気にせず唾を吐き捨てる。
「喉を潰しても死なない再生力に感謝することだぞフラン。お前のような出来損ないが私によって生かされていることを忘れるなよ!このクズめ!」
フランの顔を殴る。体に痛みなど感じなかった……フランの意識は
出血によってフランの意識は徐々に崩れて行った。その意識の中で彼女は見た。
今までフランを温かく見守り、優しい言葉をかけてくれた姉などどこにもいなかった……
そこにいるのは冷酷な真紅の瞳を持つ吸血鬼だった……