皆さんも休める時に休んでおかないと大変なことになりますのでお気をつけを。
それでは……
本編どうぞ!
辺り一面本だらけの空間にいる異質な二つの影。広々とした空間にポツンと辺りを眺めている。命の灯を灯す者はこの場で二人だけと示すように静けさしか存在しない。
「これは凄いな。辺り一面本だらけだ」
「あたいはお外で遊ぶ方がいいけどね」
チルノは図書館の本を読んだことがあるが、あまりにも頭の中のメモリが規定数値を満たしていなかったので何度パンクしたことがあったことかと自慢げに話した。フランと友達になってから紅魔館を訪れていたが、今だ紅魔館の内部を把握できていない。この子の頭が残念というわけだけではなく、それだけこの紅魔館は広いことを示している。その中で、禁書や外から流れついた漫画本もここに保管されている。本来ここにいるべきパチュリーも小悪魔も今は姿が見えない。途中で妖精メイドに出会うこともなくたどり着くことができた。紅魔館にはまるで生者がいないような沈黙した雰囲気を漂わせていた。
「小悪魔もいないか……本当にどうしたというんだ……レミリア」
今の紅魔館は天子が知っている紅魔館ではなくなっていた。もしかしたらこのまま元の紅魔館に戻らないのではないか?パチュリーと約束したことが嘘になってしまう……不安が募る。
天子はチルノからこの世界のレミリアのことを聞いていた。レミリアとフランの姉妹は仲が悪くなかった。何故フランが地下に閉じ込められていたのかはフラン自身も憶えていなかった。フラン自身は「思い出したくもないような気がする」そう言っていたようだった。レミリアもそのことになると口を閉ざしていた。結局フランは何故地下に閉じ込められていたか理由がはっきりしないまま異変は終息した。
異変が終息したことで地下から解放され、フランもチルノと大妖精と友達になれて一人でも外へ出かけるようになっていた。初めてのものに興味を示し、姉のレミリアとも仲良く暮らす日々を送っていた。そんなときに起こった今回の紅い霧……レミリアが起こしていることを考えると納得がいかない。もしフランのためだったとするならば辻褄が合わない。もうフランは友達もでき、レミリアと仲良くなったのだからそんなことをする必要などないのだから……地下に閉じ込められていた理由がはっきりしないのは気になるが今回の異変と関係あるのだろうか?
「天子、大丈夫か?」
チルノが心配そうに見つめる。天子はしまったと思った。チルノは人の感情に敏感なようだから負の感情もすぐに読み取ってしまう。それで心配をかけてしまったことに悪いと思ってしまったのだ。
「すまない、レミリアのことを考えていてな……私はまだ会ったことはないが、彼女がこんな異変を起こすなんてこと考えたくはないのだけどね」
「あたいも天子と一緒だ。レミリアがこんなことするわけない。それになんだかあの霧ずっっっごい嫌な気分になる!レミリアは偉そうにするけど、私達には優しくするぞ。だからレミリアが悪いことしないのだ」
「偉そうって……レミリアは紅魔館の当主だから偉いのだが……そうだな、チルノが言うならそうなんだろうな。レミリアは優しいのだろう。なら、この異変を終わらせて元の日常に帰ろうか」
「おー!」
図書館を抜けた通路の先に地下への入り口を発見した。天子とチルノは慎重に階段を下りて行くのであった。
天子はチルノと話して気が緩んでいた。天子達と入れ違いに地下から出て行く二人の吸血鬼が居たことに……彼は気づくことができなかった。
長い通路を進んで行く。途中でいくつもの道があったが曲がらずにそのまま突き進んでいく。チルノが先頭に立って勝手に進んで行ってしまっているからだ。
「チルノそんなに急ぐな!もし敵がいたら……!」
「でももしかしたらフランが待っているかもしれないじゃないか!それにここは誰も近寄らないって前にフランが言っていたから大丈夫だって」
「あっ……仕方ないな」
どんどん先に進んで行くチルノを追う天子は周りの状況を確認していた。通り過ぎる通路に面して鉄格子が並び、その中には簡易で粗末なベットが置いてあるだけ……牢屋だ。この地下は罪人を収容する牢屋となっているようだった。当然だが中に誰もいない……その結果に安心している自分がいた。この牢屋はただの昔の名残なのだと……
そんな中でチルノの驚きの声が地下に響く。
「ああー!魔理沙!!」
「なに!?」
足を走らせた。声が聞こえた曲がり角を曲がるとそこも牢屋になっていた。そしてその牢屋の中にいたのはぐったりとしていた魔理沙の姿だった。
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「魔理沙!!」
ぐったりと倒れている魔理沙を鉄格子の間から手を入れて脈を測る。
……よかった!生きている!でも気を失っているみたいだ。魔理沙が囚われているだなんて……レミリアに何かされたのか?体を調べなくちゃいけないわね。その前にこの鉄格子が邪魔だ。
天子は緋想の剣を取り出して2、3度振るう。すると鉄格子が切り裂かれて牢屋に新たな口が開かれた。
「すげー!」
チルノが私を輝く瞳で見てくる……照れちゃうけど、後に回すしかない。魔理沙の具合を調べるのが先だ。服に赤い痕……これは血!?ちょっとごめんね魔理沙!
天子は魔理沙の上半身の服を脱がし始める。その行動にチルノも女の子なので慌ててしまうが、それどころではない天子は魔理沙の服を脱がし終えると傷口を発見する。胸の部分に刺し傷があった。致命傷ではなかったものの小さくない傷口が開いていた。一度自然に閉じた傷口が再び開いたのであろうと推測する。天子は服の一部を引きちぎり傷口に当てて開かないように巻き付ける。天子にとっては手慣れたものだった。
天界で修行していた時はよく怪我をしていた。衣玖に教えてもらっていたことが役に立ててよかった。折角傷口が閉じたのに何か無理やり体を動かしたのかな?それによって再び開いてしまったみたいだけど、この刺し傷は刃物によるもの……っとなればこの傷をつけたのって……!?
天子は何かに気づいた。チルノをすぐさま引き寄せることで天子の胸に顔を埋める形となった。そして何かが二人に飛んできていた。一本はチルノを引き寄せたことで、チルノが立っていた場所を通過して壁に刺さった。もう一本は天子を狙っていたが、彼は緋想の剣でそれを叩き落とした。金属音が鳴り響いた……壁と床には銀のナイフがあった。
「来てしまったか……」
魔理沙を襲った当の本人登場ってところかしらね。本当ならこんな形では会いたくなかったけれど……相手するしか道はないし、逃げることもできない。何とかしないといけないわね……
「チルノ、魔理沙を頼む。後、私が離れたら牢屋の入り口を氷で壁を作って入れないようにしてくれ」
「て、てんし……?」
気を失っている魔理沙を任せ、チルノに耳打ちする。チルノを下がらせて暗闇に隠れている人物の名を呼ぶ。
「暗闇に隠れてないで出てきたらどうだ……咲夜」
ゆっくりと地下の蝋燭の炎に照らされて姿を現した。
容姿はまるっきり私が知っている咲夜だったけど同一人物か疑う程であった。パチュリーが言っていた通りに虚ろな目をしており、表情に温かみを感じられない……まるで彼女が持つスペル名の殺人ドールそのものを体現しているような印象だった。
彼女がここを探り当てたということは私達を始末しに来たと認識していい。警戒していた咲夜を相手にしないといけないし、彼女は人間であるが故に無理な攻撃は命を奪うことにも繋がってしまうのでできない。それでも咲夜は能力持ち……時間操作という難攻不落に対処しないといけなくなった。狭い地下での戦いはこちらが完全に不利であり、私なら咲夜の攻撃に耐えられるが、チルノか魔理沙を狙われれば助けることはできないため厄介だ。とにかくチルノに合図を出さなければね。
咲夜の目には天子が映る……片手にナイフを握りしめいつでも殺せる準備を整える。一歩ずつ牢屋から距離を取り
天子は咲夜に近づいた。
「チルノ!」
「う、うん!」
チルノは天子に言われたとおりに牢屋の入り口を氷で壁を作る。これで咲夜に時間を止められてもチルノと魔理沙には簡単には手出しが出せなくなった。しかし咲夜は天子だけを見据えていた。天子だけは必ず生かしておかないと言っているかのように虚ろな瞳が天子を捕らえて離さない。
「これで戦いに邪魔は入らなくなったぞ咲夜」
「オジョウサマノ……ゴメイレイ……ヒナナイテンシ……オマエダケハカナラズ……コロス」
レミリアの命令か……悪いけれど、あなたを倒してレミリアの元へ行って色々と事情を聴かないといけないの。少し痛いだろうけど我慢してね。
天子は緋想の剣を取り出して構える。静寂が支配する場をチルノは氷壁の向こう側から声援を送る。
「天子ー!負けるなよー!」
それが戦いの始まりの合図となった。
先に仕掛けてきたのは咲夜の方で、天子の視界から一瞬にして消えた。そして気づいたときには無数のナイフに取り囲まれていた。この後に待ち受けているのは普通ならば串刺しになる運命だがそうはならないのが天子だ。
肉体を鍛えに鍛え過ぎた強固に育った体にナイフの軍勢など意味を為さなかった。肉体に当たったナイフが金属音を立てて地面に落下する。防御力を極限まで上げることに成功した肉体にはナイフなど石に刃物を突き立てる様と一緒だ。しかし勘違いしないでほしいのは強固な肉体であっても痛みは感じるし、血も流れたりする。ノーダメージというわけではないのだ。当たりどころが悪かったり、特殊な力を宿した刃物であったりすれば天子の肉体であっても傷ついてしまう。咲夜のナイフはごく普通の投げナイフであったためにその心配はなかった。だが、天子が有利になったわけではない。
狭い地下での戦いは天子の行動を制限していた。ナイフに取り囲まれても逃げなかったのは逃げることができなかったためであった。狭い地下で展開された場合、上に逃げることは勿論できないし、チルノが作り上げた氷壁がもし壊れるようなことでもあれば、標的がチルノと気を失っている魔理沙に向く可能性があったためにド派手な攻撃を繰り出すわけにはいかない。しかし天子もこの状況をわかっていたので対処できた。視界から消えた咲夜を肉眼で見るよりも気配で察知する。ナイフの山が床に転がる中で天子は背後の先に存在する気配に駆け寄り緋想の剣で攻撃を仕掛けた。天子の背後の先には咲夜がおり、緋想の剣は手に持っていたナイフを弾き飛ばした。
「チェックメイトだ」
咲夜に勝つためには時間をかけていられない。瞬時に勝敗を決めるべきだと私は思った。私が想定していた通りに咲夜は能力を使って殺しにかかってきた。一瞬でナイフに取り囲まれて串刺しにされるはずなんだけれど私の肉体を考えて行動すればどうってことない。しかし、もしも読みが外れて肉体が耐えられなかったら私の方がチェックメイトだった……いや、ゲームオーバーだったでしょうね。萃香の拳を受けたから大丈夫と想定していたから気持ちが楽でいられた。肝心なのはその後……消えた咲夜は私を殺せると油断しているはずだからそこを無力化するしかない。彼女を傷つけさせずに勝つことはこれ以外ない。
天子は喉元に緋想の剣を突き付ける。彼女の目には一切の恐怖も感じられなかった。ただ天子を見つめていた……不動の二人……しかし咲夜の方が先に動き出した。しかも悪い方向へと……咲夜は自分の体を省みずに天子に向かって突撃してきた。当然天子に突撃することで、喉元に突き付けられている緋想の剣に咲夜の喉が押し当てられる。その瞬間がゆっくりと過ぎていく。時の流れがゆっくり動く中で、肉に刃が食い込み皮膚を裂けて突き刺さって行くのを黙っている天子ではない。彼は咄嗟に緋想の剣の刃の部分だけを収納することで突き刺さることはなくなった。咲夜が天子にぶつかって来ても男の肉体である天子を吹き飛ばすことなんてできない。咲夜は隠し持っていた新たなナイフが天子を襲おうとする。そのナイフも腕でガードすることで肉体にはじき返されてしまった。咲夜は腕を掴まれ投げ飛ばされたが身軽な体で難なく着地する。
二人の間に再び沈黙が流れる……
咲夜が命を捨てて特攻してきた時は冷や汗をかいてしまった。こんな展開を想定しておいたおかげだ。今の咲夜に自分の意思はない……レミリアに対する忠誠だけで動いているならまだマシだったけど、そうではないのが胸糞悪い。死という恐怖も忘れ、相手を殺す殺戮マシーンになってしまっている……どうにかしてあげないといけない。私でも解呪は無理だ。魔法のことは基本的な本で得られる知識しかないし、洗脳といった高度な魔法はさっぱりで魔法はというものは下手をしたら二度と解呪できなくなるものまである。素人の私では魔法を解呪することは不可能……でもどうにかして彼女に自分の心を取り戻させないと!
「咲夜聞くんだ。あなたは誰かに操られているんだ!」
「ワタシハ……オジョウサマ……レミリアオジョウサマノ……タメニ……」
「そのレミリアに何か異常が起きているんだ!目を覚ますんだ咲夜!」
天子は必死に咲夜の目を覚まそうと叫ぶ……しかし、彼女の瞳に意識が宿ることはない。
「オジョウサマ……ゴメイレイ……ヒナナイテンシ……コロス……!」
「くっ!」
咲夜の姿が消えた。そして天子の体に何かが当たった……ナイフだったが、それも弾かれ地面に落下する。
「やめろ咲夜!お願いだ!元に戻ってくれ!」
咲夜はそんなこと気にも留めずにナイフを投擲する。緋想の剣がナイフを弾く……何度も咲夜に声をかけるが応えてくれる様子はない。咲夜自身も天子の間合いに入ってくるが天子は剣を振るえない。時間だけが咲夜を味方するように刻一刻と進んでいった。
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「そこです!」
七星剣が美鈴に目掛けて振るわれるが、彼女はそれを気にしせずに神子に一撃を加えようとする。避けることもしない美鈴に七星剣を振るうわけにはいかなかった。神子は手を止めてしまった隙に腹に一発拳を入れられてしまった。
「ぐぅふ!?」
拳圧で吹き飛ばされてしまった神子を衣玖が受け止める。幸いなことに衝撃を受けただけで致命傷を負うことはなかった。
「大丈夫ですか豊聡耳ミミズクさん?」
「大丈夫ですよ、大丈夫ですが根に持つの止めてくれませんかね?あなたって本当は空気読めないのではないですか?それとミミズク言うのはやめなさい」
こんな状況でも冗談(?)を言い合える分まだ余裕がありそうな神子と衣玖の二人は状況を整理することにした。
美鈴は何かの力で操られており、こちら側から攻撃しても避けようとせずに攻めるだけの傀儡である。何とか気絶させようとしても美鈴の武闘家としての耐久力と精神の強さが仇となったのか彼女は今だ倒れずに向かって来ている。逃げる手段を取っても必ずどこまでも追いかけてくるとわかっている。
「しかし、残念ですね。これほど操られた状態で私達二人を相手取っても引けを取らないとは……スカウトしてもいいかもしれませんね」
「ミミズクさんのところって妖怪を弟子にしても大丈夫なのですか?」
「人間達の味方って位置にいるからね。不満に思う方もいることは間違いない、でも彼女はおしい存在だ。それ故におしいですね。操られていなければいい戦いになったのに……後ミミズク言うのやめなさいと言ったでしょ?」
衣玖は神子の注意を聞かずに話を進めていく。
「ならばどう対処しますか?」
「武闘家である彼女は中々の腕前だと判断しますので、気絶させるには隙を作らなければなりませんね」
「なるほど……ミミズクさんのいう通りですね」
「私達は二人なんですから衣玖殿は後方での支援をお願いします。接近戦は私が担当します……何度も言うようですが、ミミズク言うのをやめなさいと言っているでしょ……」
神子の顔に青筋が立つ。女の戦いに場所も関係など意味を為さないのだ。
「ごほん……とりあえず私に合わせてください。支援は衣玖殿にお任せしましたよ」
「任せてください。ミミズクさんご武運を……」
「(衣玖殿とは後で
神子の漂わせる空気を無視して美鈴に向き直る衣玖。
「オジョウサマ……マモル……」
「美鈴さん、あなたの主を想う気持ちはよくわかります……ですが、あなたを倒さなくてはいけません。神子さん接近戦任せましたよ!」
「衣玖殿、君という方は空気を読んでいるのか読んでいないのか……まぁいいです。お話は後回しです!美鈴殿、覚悟してもらいますよ!」
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「……コロス……!」
「咲夜!目を覚ますんだ!」
氷壁の外で繰り広げられる死闘に眺めているしかない自分はどうしたらいいのかと迷っている妖精がいる。
氷の妖精チルノはぐったりとする魔理沙の頭に氷を乗せて体の体温を冷まさせてあげていた。牢屋に氷壁を張ったことで咲夜がこちらを狙うことはなくなったが、天子が咲夜に狙われることとなっている。咲夜を傷つけることができない天子は防戦一方の状態であり時間が過ぎていく。その間チルノはずっと眺めていることしかできていない。
あたい……どうしたらいいの?天子は咲夜と戦っているけど、あたいは魔理沙を守らないといけない……でもこのままだと天子やられちゃう!あたいが天子も守ってやるって衣玖と神子に言ったのに……あたい嘘つきになっちゃう。でも、魔理沙のことも頼まれたし……どうしたらいいの大ちゃん!
チルノは悩んでいた。自分が天子を守ること、魔理沙を頼まれたことを放棄できない。彼女の純粋な心がどうしたらいいのかわからなかった。今すぐにでも天子を助けてやりたいけど、もしかしたら邪魔かもしれない。天子の肉体には咲夜のナイフ刺さることはない。だが、咲夜は戦い方を変えた。どんなに肉体を鍛えても天人とて生き物であるが故に鍛えられない場所や急所が存在する。目もその内の一つでそこを狙いに来たのだ。チルノの前で繰り広げられている戦いは弾幕ごっこなどの甘っちょろいものではない。普段では目にすることのできない殺気の満ちた目を見た。
チルノは怖かった。いつもはフランとレミリアのためにお茶を用意したり、招かれたチルノと大妖精を優しく出迎える姿を知っていたが、いつもの咲夜はじゃない。瞳には何も宿っていない空っぽの目……そんな目を見たこともないチルノは怖いと思ってしまった。咲夜が誰かに操られているのはわかる……でもチルノは知っている。命の尊さを……他の妖精にはない死の価値観を理解していた。悪戯しても命を決して取ることはないし、取ろうとも思わない。妖精以外の生き物は一部を除いて死んだら蘇ることなんてできないということを彼女は理解している。天子がもし咲夜に殺されてしまったら……殺した咲夜をどう思うのか……複雑な感情や思いが混じりあってチルノは怖かったのだ。
大ちゃん……あたいどうするべきなの……教えてよ大ちゃん!
いつも傍に居てくれる大妖精は今はいない。いつも難しいことは彼女に任せてきた。しかしチルノは今、難しい事態に直面している。答えは自分自身で導き出すしかない……そんな時、微かに魔理沙が動いた気がした。
「え?ま、まりさ生きてる?」
おそるおそる魔理沙に問いかけるとゆっくりだが、魔理沙は目を覚ました。
「……ち……ちるの……か……?」
「魔理沙!よがっだぁああああ!!」
チルノは鼻水を垂らして魔理沙に抱き着いた。心から心配していたチルノは魔理沙が生きている実感を感じて安堵してしまったため、顔から安心した証を垂れ流したのだ。
「チルノ……汚いぜ。私なら大丈夫だ。まだ胸は痛むけどな」
「ほんとう……?大丈夫なの?」
「ああ……それよりこれは……?」
魔理沙は牢屋にいることがわかったが肌寒さを感じた。そして鉄格子の在った場所には氷壁が存在する。チルノが張ったものだとすぐに理解した魔理沙はその先の光景を目の当たりにした。
天子と咲夜が戦っている光景……そして咲夜は魔理沙の思ったとおりにフランと同じ目をしていた。レミリアが赤い液体を咲夜にも飲ませたことが見て取れた。魔理沙は歯を強く噛み締めた。
「ちくしょう!レミリア、あいつ咲夜にまで……こうなったら私が止めてやる……!」
魔理沙はそう言って立とうとしたが体がふらついた。貧血症状だった。血を流し過ぎたため体に力が入らない。慌ててチルノが魔理沙を支えて壁にもたれかかる。魔理沙は自分がどこまでも不甲斐ないと実感した。それならばとチルノの肩を掴む。
「チルノ……頼む……私の代わりに咲夜を止めてくれ」
「え!でも魔理沙……あたいが咲夜を止められるかな……?」
いつも強気な妖精が普段みせないような弱気なチルノの姿を見た。不安なのだろう……弾幕ごっこで生きている幻想郷の生き物達は影の部分を知らない者だっている。妖精は全体的に命を楽観視しているところがある。だが、チルノはそうじゃない。自分が殺気に染まった咲夜を止められるか心配だった。だが、そんなチルノを魔理沙は励ます。
「私が動けないんだ。チルノ……お前だけしかいないんだ。天子の……役に立てるのは……!」
「で、でも……」
「お前は……『最強』じゃなかったのか?」
「!!?」
『最強』……それはチルノ自身を表している言葉だった。誰にも譲れない、チルノが自称していたが誇りを持っていた。自分は紛れもない『最強』であると、しかし今の自分はどうだ?魔理沙を理由に、天子に言われたことを理由に、チルノは恐れをなして理由をつけて身を守っている。それがチルノがしたかったことか?
違う!あたいはみんなを守りたい!誰かに言われたとかじゃない!あたいは誰にも傷ついてほしくない!怖いけれど……ここで引いたら大ちゃんと約束したことも嘘になっちゃう!フランも守ってやらないといけないんだ!天子もあたいが守ってやる!あたいは……
最強なんだ!!
天子は徐々に焦り始めている。時間だけが過ぎていき、咲夜は元には戻らない。このままでは異変が長引いてしまい外はどうなってしまうのか……悪い予感がした。諦めて咲夜を傷つけることになるが無力化する方法に移行しようかと
ピキッ!
音が聞こえた。その音は硬いものに亀裂が生じる音によく似ていた。違う……似ていたのではない。氷壁にひびが入りやがて……
雹符『ヘイルストーム』!!!
砕けた氷壁が今度は氷のつぶてとなり、氷の竜巻を起こし、雹を撒き散らす。地下の辺り一面は氷に包まれ壁や床に天井まで凍り付いてしまった。
「天子!あたいが加勢するぞ!」
自信満々に言い放った。誰がどう見ても助太刀しに来たチルノをカッコイイと思うだろう。チルノも胸を張った。
ふふん♪今のあたい……カッコイイ!大ちゃんにもあたいの勇姿を見せてやりたいぞ♪
……っとチルノは思っていたが、誰もチルノを称える者はいない。
「チルノ……私も巻き込んでどうするんだ……」
「あっ!」
凍り付いていたのは周囲のもの全てだった。運よく全身凍り付かなかった天子は足元だけ凍り付いて動けなくなっていた。チルノも我に返って後ろを振り向くと首から上だけ凍り付かずに凍えている魔理沙の姿が目に入る。
「魔理沙!?一体誰にやられたの!?」
「お……おまえ………だよ………!」
氷に包まれている地下の温度が下がり、更に氷のだるまになっている魔理沙はうまく喋れずに今にも凍え死にそうだった。吐く息は白く、カタカタと震え、みっともないけど止めることができない液体を鼻から流れていた。
「ごめん魔理沙!今すぐ解放してあげ……!」
チルノは思い出した。この場にはもう一人存在していることを……
チルノは振り返りその人物を見つけた。
「……」
咲夜は動けなかった。手と下半身を氷が覆っており、魔理沙ほどではないが氷のだるまとなっていた。運よく咲夜を拘束する形となった氷は能力を行使しても、咲夜自信動くことができないので能力すら封じることとなっていた。
チルノは咲夜の元へ足を踏み出す。隣で氷のだるまとなっている魔理沙の声がするが小さすぎて聞こえなかった。
「……コロス……オジョウサマノ……タメニ……」
氷のだるまとなっている状態でも主の命令に従っている。そんな咲夜の元へチルノが近寄ってい行く。天子はチルノがどうするのか見守ることにした。
「咲夜、フランは元気?」
「……コロス……コロス……」
何を聞いても咲夜は呪詛のように繰り返し同じ言葉を吐き出した。それでもチルノは咲夜に語り掛ける。
「あたいね、フランと友達になれてよかったよ。大ちゃんも……他のみんなもフランと仲良くなれて嬉しいと思うよ」
チルノは構わずに語った。
フランと初めて会った時、吸血鬼は他の生き物の生き血をすすると知っていたチルノは大妖精を守るためにフランに攻撃した。大妖精もフランのこと初めは怯えていた。フランは何もせずに帰っていったけど、その時の背中はとても寂しそうにしていたこと……そして日を改めてフランがまた霧に湖にやってきた。今度もチルノは撃退してやろうかと思っていたが、フランの手にはバスケットを持っておりその中には色んな種類のパンが入っていた。珍しいものにチルノは我を忘れて飛びついた。それからだ、フランと仲良くなり、大妖精も怯えることもなく交流が続き、紅魔館に御呼ばれしたことや、スカーレット姉妹のプリン争奪戦を目の当たりにしたり、居眠り門番に落書きしたり、咲夜のマネをして一日メイドをやって器物破損したりと様々な思い出を語った。フランと共に叱られたり、外で一緒に遊んだりと楽しかった日常を語っていた。
「あたいはフランが大切だ。友達は大切にしないと罰が当たるって大ちゃんは言っていた。それにあたいは咲夜も美鈴も小悪魔もパチュリーもレミリアもメイド達も大好きだ。だから咲夜にも大切な存在がいるでしょ!」
「……タイ……セツ……ナ……ソンザイ……?」
初めて咲夜に違う行動が現れた。瞳には動揺が走る……
「(チルノの語りで咲夜の心が動いたのか!?頑張ってくれチルノ!咲夜を正気に戻してくれ!)」
天子はチルノを応援していた。天子は咲夜の思い出までは知らない。意味しか持たない言葉でで説得していたが、チルノの場合は今までの数々の日常の思い出を語っていた。そこにはチルノの楽しかった思いが込められている。咲夜の心が支配から抵抗する意思を生み出したのだ。
「咲夜、元に戻ってよ……あたい悲しいよ……大切なみんなが傷つくなんて見たくないよ!咲夜もレミリアが傷つく姿なんて見たくないでしょ!」
「……オ……ジョウ……サマ……!」
咲夜は一点の光を見つけた……