比那名居天子(♂)の幻想郷生活   作:てへぺろん

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咲夜さんが紅魔館のメイドにどうしてなったのか回……


本編どうぞ!




26話 吸血鬼のメイド

 「あら?何かしらこの子供は?」

 

 

 優雅な夜に一人の吸血鬼は散歩をしていた。気分転換にのんびり歩いているときだった。茂みの方から物音がしたのを聞こえてそちらを見るとそこにいたのは少女だった。

 

 

 目の前に現れたのは服装は乱れていて肌の色も土や泥で汚れている小汚い少女。髪もぼさぼさで貧困な生活を送ってきたことがわかる。だが、それだけではなかった。少女に似合わない一本のナイフを両手に握りしめていた。そして、その目は真っすぐに吸血鬼を睨みつけていた。

 

 

 「おとうさんとおかあさんの……かたき!」

 

 

 少女は自分よりも少し大きい吸血鬼に向かって走り出し、その心臓にナイフを突き立てようとした。しかし、吸血鬼は軽い動作で避けて、少女の足を引っかけて転ばせた。土でますます汚れた体を気にも留めずに再び立ち上がりナイフを構える。その両手に更に力が入り、吸血鬼を逃がさんと睨み続けている……相当恨まれていることが見て取れる。

 

 

 吸血鬼は興味なさげに質問する。

 

 

 「私に用かしら?おチビちゃん?」

 

 「おまえもチビだろ!あくま!」

 

 「うぐっ!?」

 

 

 少女の殺気よりも吸血鬼の心に突き刺さった。少女にチビと言われる始末……吸血鬼と少女の身長差は吸血鬼の方が少しだけ高い。実はこの吸血鬼はもしかしたら自分はこのまま歳をとってもずっと身長が上がらないのでは?そんな思いがあったためか少女の言葉に傷ついた。少しめまいがしたところを少女は再び走り出し、吸血鬼の心臓に今度こそナイフを突き立てようとする。

 

 

 突如として目が光った。夜の道で二つの瞳が少女を睨んだ。少女はその瞳を見た瞬間、ナイフを握りしめたまま固まってしまった。足が震え、歯がカタカタと音を出し、瞳から自然と涙が溢れてくる。吸血鬼が少女を睨みつけていた……真っ赤な瞳が少女の恐怖を駆り立て、吸血鬼としての恐怖を植え付けた。

 

 

 「あら?どうしたのかしらお嬢ちゃん……そういえば、今宵はこんなに月が綺麗よね」

 

 

 震えて固まった少女の前に立ったまま空を見上げると雲一つない満月が広がっていた。

 

 

 「ねぇ、お嬢ちゃん……こんなに月が綺麗なら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「楽しい夜になりそうね♪」

 

 「ひっ!?」

 

 

 吸血鬼の放った言葉は彼女を押しつぶさんとする。恐怖に染まった体を更に追い打ちをかける言葉……少女を脅して帰ってもらうのが狙いだった。今まで吸血鬼であるという理由だけで命を狙われた。屈強な男達、神父に卑劣な手段を使う貴族までいたが皆返り討ちにした。その者達がどうなったか……吸血鬼に歯向かった者の末路など誰もが知っている。その中にこの少女の両親も含まれていたのだろうか……そう思った吸血鬼は情けをかけることにした。自分にもこれぐらいの妹がいたから余計に情けをかけることとなった。脅せば帰ってくれると思っていた。

 

 

 ザクッ!

 

 

 痛みを感じた。予想だにしていないものだった。この吸血鬼は同じ吸血鬼の中でも相当強い実力者であった。彼女が出す殺気に耐えられる人間はほとんどいない。それも10歳にも満たなさそうな少女が耐えられるわけはなかった。本来ならばそのはずだった。

 痛みを感じた場所を見て見ると胸にナイフが刺さっていた。そこから血が流れていた。刺したのは恐怖に支配されいるはずの少女だった。今まで脅すことで命を狙ってきた者達を少なからず逃がしていた。誰もが恐れをなして惨めに逃げ去っていた。目の前の少女は怯えながらもしっかりとこちらを睨んでいた。涙で顔がぐちゃぐちゃになりながらも震える足で立っていた。大の大人が惨めに逃げ去ったのに少女は恐怖に耐えて復讐を果たそうとしていた。

 

 

 「……見事ね」

 

 

 呟いていた。勝手に口から出ていた……吸血鬼は少女の勇気を称えた。自分よりも小さく、ひ弱な存在である人間の子供が吸血鬼である自分に刃を突き立てたのだ。

 そんな勇気ある少女を先ほどよりも強い殺気を込めて睨み返した。流石に今度は少女も耐えられなかったようだ。小刻みに震えたのち、意識を手放しその場に倒れてしまった。

 

 

 「……本当に見事ね。今まで相手にしてきた人間はあなたのように勇気ある者ばかりではなかったわよ」

 

 

 胸に刺さったナイフを引き抜いた。幸いにも心臓を貫くことはなく、急所は外れていた。次第に傷は塞がっていき、元通りになった体を確かめながらこの場に倒れて気を失っている少女を見つめる。

 

 

 「……人間のくせによく私に傷つけたわね。そんな年端もいかない子供なのに……」

 

 

 倒れた少女を抱き上げた。背中から悪魔の羽が現れ、少女と共に満月の光が照らしだす空に向かって羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……ここは?」

 

 

 少女は目を覚ました。知らない天井だった……周りを見渡すと豪華な家具に装飾が施されていた。少女の見たこともない物まであった。とても高そうな物ばかりでお金持ちの家であることがわかった。しかし自分が何故ここにいることはわからなかった。少女の服装も小汚いはずの体も綺麗さっぱりになっていた。一体誰が?そう思っていたそんな時に扉が開かれた。

 

 

 「あら?お目覚めかしらお嬢ちゃん」

 

 「!?」

 

 

 少女の目に驚愕な者が映った。それは先ほど対峙していた自分が殺そうと思っていた人物……吸血鬼がそこにいたからだ。少女は豪華なベットから飛び起き、そこらに在った家具を手にして警戒する。恨みが込められた瞳が吸血鬼を睨む……だが、そんな少女とは対照的に吸血鬼はため息をついて少女の近くまで寄った。少女は更に警戒を増す……そして、椅子を持ち出して少女の前に置いた後そこへ座る。

 

 

 「お嬢ちゃん、お話しましょうか」

 

 

 何を言っているんだ?そんな顔だった。少女は吸血鬼が何を考えているかわからない。警戒心は更に増す一方だ。

 

 

 そんな時に場違いな音が響き渡る。

 

 

 グゥ~っという腹の音が……

 

 

 「あっ」

 

 

 少女は何も食べていなかった。聞こえたのは少女のお腹からだった。しばらく沈黙が支配するが、吸血鬼が急に笑い出した。面白おかしく笑う吸血鬼が自分の腹の虫を笑っているかと思うと少女は顔を赤く染めることになった。

 

 

 「あはははは!ごめんなさいね。あなた何も食べていないんじゃないかしら?」

 

 「そ、そんな……こと……」

 

 

 グゥ~!

 

 

 今度はさっきよりも大きく音がなった。何も食べていないことを体が肯定するように聞こえた。

 

 

 「……!」

 

 「誰でもお腹が減っていれば怒り気味になるのは仕方ない事よね。美鈴!彼女に食事の準備をして頂戴。話はそれからよ」

 

 

 美鈴と呼ばれた肉体がしっかりとしたメイド服姿の女性が現れた。彼女は慌てて料理を作ったのだろうと見た目が雑な食事だった。これには吸血鬼も頭を抱えていたし、メイド自身も「あはは……」っと笑うだけで誤魔化していた。それでも何日もろくにまともな食事をしていない少女にしてみたらご馳走が目の前に現れた。目も鼻も料理に釘付けになっていたが、頭の中で罠だと自分に言い聞かせていた。だが、体が言うことを聞いてくれない。料理に釘付けになった目は瞬きを忘れて視界から離さないし、鼻も匂いを嗅ぎ続けて止まらない。口から流れ出ている液体もその証拠だった。

 

 

 「見た目はこんなんだけど、味は美味しいわよ。食べなさい」

 

 

 吸血鬼の言葉に素直に従うところだった。握りしめて警戒していたのにいつの間にか手から家具が手放されていた。そして少女は用意された椅子に腰かけ、テーブルの料理に手を掛けようとしていた。

 我に返りすぐに手を引っ込めた。この料理には毒が入っているに違いないと言い聞かせていた。これを食べてしまえば自分は死んでしまうと……それでも体は欲していた。久しぶりの食事を……目の前にある美味しそうな料理を求めていた。

 そんな少女に痺れをきらした吸血鬼がスプーンを手に取った。

 

 

 「毒なんか入っていないわよ。はい、あ~んして」

 

 「あっ……あん!」

 

 

 少女は欲には逆らえなかった。吸血鬼から差し出されたスプーンに乗った柔らかい美味しそうな名前も知らない物体が少女の口に運ばれた。ひと噛みすると甘い優しい食感が口の中に広がる……少女は天国でも見ている気分になった。それが少女の枷を外していった。少女は吸血鬼もメイドの視線も無視して食べ進めた。用意されたナイフもスプーンもフォークも使わずに手で次から次へと口に運んでいく。止まらない……どんどんと口に頬張り喉が詰まっても止めることはできなかった。美味しくて、今の自分が情けなくて涙が溢れ出ているけどそれでも決して止まることはなかった。数分後、テーブルに並べられた料理は米粒一つも残さずに少女の胃袋に収まった。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「ほらほら、なんて顔しているのよ。こっちに来なさい」

 

 

 吸血鬼は少女を抱き寄せてハンカチでグチャグチャになった顔を拭いてあげた。少女は初め抵抗しようかと思ったが、優しく拭いてくれる手に温かみを感じた。

 

 

 「これでもういいわよ。それじゃ、お話をしましょうか」

 

 「……どうして……わたしをたすけた?」

 

 

 少女には疑問だった。ナイフを胸に突き立てて吸血鬼を殺そうとしたのは少女だ。そんな自分を何故助けるのか?何故料理まで用意したのか?少女にとって訳がわからなかった。

 

 

 吸血鬼は語る。少女のような勇気ある者は今まで少なからず見てきたが、子供で年端もいかない少女が恐怖に屈せずにナイフを突き立てたことがこの吸血鬼の興味を誘ったのだ。この吸血鬼は変わり者であった。種族問わず才能のなるものは()り立ててきた。それに少女が命を狙う理由を知りたかった。

 少女は憎らしく吸血鬼を恨んでいた。少女の両親は吸血鬼に無残に殺されてしまった。それからの人生は落ちていった。毎日探し回った。両親を殺した吸血鬼を……そして、ようやく見つけた吸血鬼を殺すべくあの場に現れたのだ。しかしこの吸血鬼の方には全く身に覚えのないことであった。ここ数年間は人目に触れずに生活していたために人間と対面したことがなかった。それを少女に伝えたが認めようとしない……当然と言えば当然だ。

 

 

 「うそだ!おとうさんとおかあさんは吸血鬼にころされたんだ!」

 

 「私じゃないって……それ本当に私だったの?」

 

 「すがたはみていない……でも吸血鬼なんておまえしかいないだろ!」

 

 「いや、私だけが吸血鬼しているわけじゃないのよ?私の妹だって吸血鬼だけど、他にも吸血鬼はゴロゴロいるわよ?ねぇ、美鈴?」

 

 「そうですよ。お嬢様以外にも西の方にも吸血鬼の貴族がいるのは知っています。南にも北にも、それに海を渡った向こう側にも吸血鬼によく似た種族がいるみたいですよ?」

 

 「そ、そんな……うそつくな!」

 

 「嘘じゃないわよ」

 

 

 少女は知らなかった。吸血鬼が単一種族だと思っていた。目の前にいる吸血鬼が自分の両親を殺した張本人だと思っていた。しかしどこかそれが崩壊したようだった。少女が感じたのは嘘をついて騙そうとしている偽りのものではない、紛れもない本物の温もりだった。少女は知っている……両親が自分に向けて愛情を注いでいてくれた温もりと同じものだった。それをこの吸血鬼から感じてしまっていた。少女は頭の中で否定し続けるが、認めてしまっている自分がいた。この吸血鬼は両親を殺していないと……

 

 

 「うそ……うそだ……うそよ……!」

 

 

 少女は泣き崩れてしまった。長い間探し求めていた相手は吸血鬼であったが、両親を殺した吸血鬼でなかったこと、自分は吸血鬼を恨んでいたのにこの吸血鬼に安心してしまったこと……よくわからない感情が少女の思考を狂わせる。

 美鈴と呼ばれたメイドはどうしていいかわからずにオロオロしてしまう。そんな時に少女を抱きしめる存在がいた。

 

 

 「……えっ?」

 

 

 少女を抱きしめたのは吸血鬼だった。吸血鬼はただ少女を撫で耳元で囁く。

 

 

 「大丈夫よ、何もかも吐き出しなさい。ここにあなたを笑う者なんていやしないから」

 

 

 優しく語り掛けられた少女の中で何かが起こった。瞳から溢れ出てくる涙は止まることなく、声を荒げて泣き叫ぶ。今までため込んでいたものを全部吐き出すように……泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どう?落ち着いた?」

 

 「ぐすっ……うん……」

 

 「そう、よかったわ。ところであなたのお名前は?」

 

 「なまえ……」

 

 

 少女は感情を爆発させた。重みがなくなった少女の顔は付き物がなくなっていた。そんな時に名を聞かれた少女は折角付き物のなくなった顔に困惑した表情が宿った。

 

 

 「どうしたのかしら?」

 

 「さぁ……どうしたのでしょうか?」

 

 

 少女は口ごもる。吸血鬼もメイドもどうしたものかと様子を窺う。やがて少女がボソリと呟く。

 

 

 「わたし……なまえを……わすれちゃって……」

 

 「え?自分の名前を?」

 

 「……うん……」

 

 

 吸血鬼とメイドは顔を見合わせた。辛い人生が彼女の名前を奪って行ったようだった。少女は何度も答えを出そうとするが、それでも出てこなかった。名前はその者を表す証である……その証を失った少女は自分を示すものが無いということだ。哀れ……そう思う。しかし吸血鬼は哀れと思うよりいいことを思いついた。

 

 

 「なら、私が新しい名前をプレゼントするわ。そして、あなたは私の従者として新たな人生を踏み出すのよ!」

 

 

 吸血鬼の言った言葉の意味を初めは理解できなかった。名前をプレゼント?従者?何を言っているの?少女は思った。それでも吸血鬼は構わずに話を進めていく。

 

 

 「そうね……あなたにピッタリな名前がいいわね……美鈴何かいい名前ない?」

 

 「ええ!?いきなり言われても……そ、そうだ!髪が銀色で女の子なんですから、銀子なんて名前どうです?」

 

 「ネーミングセンス0ね……」

 

 「お嬢様に言われたくありませんよ!」

 

 「なんですって!?私のネーミングセンス最高でしょ!!」

 

 

 少女を無視して言い争いに発展していた。だが、その光景はとても見ていて心温まる感じがした。少女は昔を思い出す……両親と仲良くお出かけしたり、食事をしたあの時の記憶が……そして少女は目の前の光景がおかしいのか笑ってしまった。

 

 

 「私のネーミングセンス馬鹿にするんじゃないわよ!って、どうかしたのかしら?」

 

 「あっ!いえ……なんだか……なかがいいなって……おもっちゃって……」

 

 「……そう……あっ!いい名前が思いついたわ!」

 

 

 急に吸血鬼はそう言うと窓の方へ向かって行った。メイドも少女も見つめる中でこう言った。

 

 

 「十六夜咲夜、あなたにピッタリの名前よ」

 

 「いざよい……さくや……」

 

 

 「十六夜」とは十五夜の次の日のことであり、「咲夜」は書き換えれば「昨夜」となり、十六夜咲夜は満月を指していることになる。

 吸血鬼と出会ったのが満月の日、そして満月の元で名前を与える……まさに彼女にピッタリの名前であった。そのことに珍しくメイドは感心していた。

 

 

 「お嬢様には珍しくまともなネーミングですね!」

 

 「美鈴、血を見たいのかしら?」

 

 「それは勘弁してください!」

 

 「いざよい……さくや……」

 

 

 何度も新しく与えられた名前を口にする。これから自分を表す証となる名前を……

 

 

 「咲夜、どうかしら?私に仕える気になった?」

 

 「……うん、あっ!いえ……はい!わたし、十六夜咲夜はあなたのじゅうしゃになります!」

 

 

 元気よく答えた少女の回答に気分を良くする吸血鬼。しかし少女にはまだ知らないことがあった。

 

 

 「あの……メイドさんとおじょうさまのなまえ……」

 

 「あっ、そうだったわね。私としたことが忘れていたわ」

 

 「私は紅美鈴といいます。これからよろしくお願いしますね咲夜ちゃん」

 

 「うん……じゃなかった。はい!」

 

 「はわわ……!」

 

 

 美鈴は咲夜の笑顔の可愛さに抱きしめたくなった。小動物をぎゅってしたい衝動に駆られる美鈴を制する吸血鬼は今度は自分の番だと言うように咲夜の前に堂々と立った。

 

 

 「私はこの紅魔館の主であり、吸血鬼レミリア・スカーレットよ。これから私のお世話よろしく頼むわね咲夜」

 

 「はい!おじょうさま!」

 

 

 こうして十六夜咲夜は生まれたのであった。

 

 

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 懐かしい……私がレミリアお嬢様を仇だと思っていた頃の記憶ね。美鈴もメイドだった頃……この後の記憶も鮮明に思い出せる。パチュリー様に挨拶に行って見たこともないほど大きな図書館を目にした時は何も言えなかった。ただ凄いとだけしか思えなかった。あれから色々なことを経験したわね……

 

 

 咲夜は思い出していた。自分がレミリアと初めて会った記憶のこと、紅魔館でメイドとして働き始めたこと、どんどんと成長していく自分の姿を思い返していた。

 

 

 初めは失敗だらけで、あの美鈴にも劣っていたのよね……でもいつの間にか美鈴よりも私の紅茶の方がおいしくできるようになり、お嬢様がおいしいって言ってくれた時は本当に嬉しかった。美鈴が落ち込んでいたのも良く覚えている。初めの頃はよくパチュリー様にご本を読んでほしいとおねだりした自分の幼さも今となっては懐かしいことですね。そして、しばらく働いていて妹様の存在を知った時は妹様に何度も会いに行こうとしましたけど、お嬢様がそれを許してくれませんでした。でも、一度だけ内緒で妹様に会いに行きました。妹様はその時は問題を抱えていました。精神が不安定で、力の制御もできない。簡単に壊してしまう……けれど私は壊れなかった。何度か私を壊そうとした妹様、でも良心が残っていたのか、私を追い出すように怒った妹様……妹様にもまだ心が残っていると私は感じました。

 

 

 そして幻想郷へ私達はやってきました。そこはまさしく楽園でした。人間も妖怪も存在し、忘れ去られた者達の最後の楽園……妹様のためにお嬢様は異変を起こしました。結果は私達の惨敗でしたが、それがきっかけで妹様は外に興味を持ち、友達ができ、時々お嬢様と喧嘩し、今では精神も安定して力の使い方も慣れ始めていました。このままお嬢様も妹様のことを優しく見守ることにしたのです。私もこれから支えようと思います。それでも、何故妹様を地下に閉じ込めておく必要があったのか……お嬢様は答えてくれませんでした。妹様も自分が何故地下に閉じこもっているのか忘れているようでした……一体お二人に何があったのかわかりませんが、これから幸せな日々を送って行けるのなら私は何も聞かないようにしていました。

 

 

 そんな幸せを掴もうとしている時にある出来事が起こった。レミリアの様子が日に日におかしくなっていった、誰にも会いたがらず、ぶつぶつと何かを呟く姿に不安を覚える咲夜……大丈夫だと言うレミリア。そんな不安を日々感じている時にあの通達があった。「幻想郷を支配する」これは何かの間違いだとレミリアの元に急ぐ咲夜。レミリアに言われた「何があっても会いに来るな」と言われたいたことに背いてまでレミリアの寝室まで出向いたときに聞いてしまった。

 

 

 「ククク……もうすぐだ……もうすぐこの肉体は……私のもの……!」

 

 

 中にはお嬢様以外誰もいないはず……それにこの声はお嬢様!?一体どういうことなのですか!?

 

 

 咲夜は扉を開け放った。そして咲夜は見てしまった。

 

 

 「ククク……見たなメイド……残念ながらこの肉体は私の物だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この私の名は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はっ!?」

 

 「咲夜大丈夫!?」

 

 「あれチルノ……ここは……?」

 

 

 咲夜は目を覚ます。チルノが心配そうにのぞき込む。咲夜はチルノのおかげで正気を取り戻した。

 咲夜は周りを見渡すと図書館にいた。毛布に包まる魔理沙を発見する。そして咲夜は思い出した。そして自分はなんてことをしてしまったのかと後悔した。操られたとしてもその時の記憶は残っていた。魔理沙にしてしまったこと、そしてレミリアを止めることができなかった不甲斐なさに悔し涙が流れる。

 

 

 「咲夜、気分はどうだ?」

 

 「あ、あなたは……?」

 

 「私は比那名居天子、天界に住む天人くずれだ」

 

 

 そうだ。この方の命を奪えとお嬢様に……違う!あれはお嬢様ではない!

 

 

 咲夜は天子達に構わず、急いでレミリアの元へ向こうとしたが、体が自由に動かない。どれぐらい気を失っていたのかわからないが、体が冷え切っていた。魔理沙も毛布の中から動こうとしない。それでも咲夜は行かなければならなかった。吸血鬼を止めるために!

 

 

 「申し訳ありません天子様。命を狙っておきながら失礼でありますが、私は行かなければならないところがあるのです!」

 

 「レミリアだな」

 

 「はい……いえ!あれはレミリアお嬢様ですが、お嬢様ではないのです!」

 

 「どういうこと?」

 

 

 チルノには話が見えてこない。だが、天子は何か感じ取った。

 

 

 「……わかった。咲夜も連れて行こう」

 

 「つ、つれていくなら……わ、わたしも……つれていって……くれ……!

 

 

 凍える魔理沙の精一杯の言葉だった。氷のだるまとなって放っておかれた魔理沙はチルノを睨むが、何もわからないチルノは頭に?マークを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様!」

 

 「天子殿!」

 

 「二人共無事だったか!」

 

 

 天子に背負われている咲夜を見て一瞬顔をしかめる二人だが、彼女の真剣な眼差しが今の状況を物語っていた。ちなみに魔理沙は小さな荷台に乗せられチルノが引っ張っている。

 

 

 「君が魔理沙か?一体どうしたのですか?何やら凍えているようだが……?」

 

 「いやぁ……これは事故だ」

 

 

 天子は言いにくそうにしていた。まさかチルノが放ってしまったせいで魔理沙が凍死しそうになっていたことは内緒だ。それよりも今は早くレミリアの元へ行くことが先だ。

 

 

 「お願いします天子様!お嬢様の元へ早く!」

 

 

 無理を承知でお願いです。私はレミリアお嬢様を……あいつを止めなくてはいけないのです!

 

 

 真剣な剣幕に衣玖と神子も状況を理解して共に移動する。その間にお互いに情報交換しておいた。美鈴は縛り上げているので問題はない様子だ。パチュリーもアリスが見ていることを伝える。生憎だが小悪魔のことは天子達は知らない。でも、彼らが知らない所でぐっすりと眠っていた。

 

 

 咲夜は小悪魔の事と妖精メイド達のことが気になったが、自分は向かうべきところがあった。命を狙った天子にお願いしてまで向かわなければならなかったのだ。今回の異変を起こした黒幕の元へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通の扉とは一回りも二回りも大きい扉の前にやってきた。真紅色の扉……如何にもラスボスが居そうな扉だった。おそらくレミリアの趣味だろう。至る所に蝙蝠が描かれていた。

 

 

 「この先にレミリアがいるのだな?」

 

 「はい天子様、そしてあいつも……」

 

 「あいつ?」

 

 

 咲夜の言葉が引っかかった。まるでレミリア以外にもう一人そこにいるのがわかっているかのように……

 

 

 天子達は扉を開けた。するとそこには見知った顔がいた。

 

 

 博麗霊夢と射命丸文にフランドール・スカーレット……そして……!

 

 

 「メイド……洗脳が解けたか。それと貴様が比那名居天子か……やはり貴様は私の邪魔になる存在だな!」

 

 「あやや!天子さんに皆さんも!?」

 

 

 レミリア・スカーレットが咲夜と天子を睨む。そして、霊夢と対峙していたのはフランだ。フランの目には咲夜と同じように光など一切灯っていなかった。

 

 

 「フラン!?レミリアお前フランに何したんだ!」

 

 

 チルノは怒りを露わにした。友達がこんな目にあって黙っているなどチルノにはできなかった。

 

 

 「あいつは……フランに……飲ませた……飲ませた相手を……服従させる液体とか……

 

 「魔理沙しっかりしなさいよ!」

 

 

 凍えながら精一杯答えた魔理沙を心配して駆け寄る霊夢。魔理沙の胸には包帯で巻かれていたが傷つけられている証拠があった。

 

 

 「悪い……霊夢……私は……パチュリーの話を……聞いて……居ても立っても……居られなくなって……

 

 「あんた馬鹿ね。いつも一人で突っ走るんだから……」

 

 

 魔理沙の様子を見て安心する。だが、静かに怒っている……霊夢の瞳はレミリアを捉えていた。

 

 

 「待って霊夢!あれはお嬢様ではないの!」

 

 

 そう、あれはお嬢様であってお嬢様ではない。体はお嬢様の物でも中身が違う。私はあの時見た……お嬢様に宿るもう一つの影の男を……あいつの名を!

 

 

 「あやや!?それはどういうことですか?」

 

 

 咲夜は天子から降り、おぼつかない足取りで天子達の前に出ると言い放った。

 

 

 「お嬢様達を……レミリアお嬢様と妹様を返してください……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スカーレット卿!」

 

 

 予想もしていないことが起きようとしていた。

 

 


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