比那名居天子(♂)の幻想郷生活   作:てへぺろん

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いきなりお気に入りの数が激増してビックリしました!皆様は混沌がお好きのようですね。
作者も好きです。


そんなわけでして……


本編どうぞ!




57話 這いよる者達

 幻想郷に一つの情報が飛び交っていた。その情報は幻想郷の至る所へと流れていき様々な人妖達の耳に届いていくき、めでたい話だと祝うかもしれない……しかしそれが全ての者に対してめでたい話になると言う事はない。

 

 

 その情報は天界に住む比那名居天子と仙人の茨木華扇が結婚するというものであった。

 

 

 多くの者達はこの二人が誰なのか知っていた。特に天子の方は新聞でも度々記事を飾っていたため人里では知らない人などいない程だ。華扇の方も人里でよく食べ歩きをしているのを目撃されていたので何かと有名である。そんな人里の飲食店で話し合う集団がいた。

 

 

 「それ本当なのですか慧音さん?」

 

 「ああ、本当のことらしいぞ阿求」

 

 

 【稗田阿求

 髪は紫色で、花の髪飾りをつけており、若草色の着物の上に、袖の部分に花が描かれた黄色の中振袖の着物を艶姿のような感じで重ね着しており、その上で赤い袴(行灯袴)を履いている。

 『幻想郷の記憶』と言う二つ名があるように、彼女には【一度見た物を忘れない程度の能力】を持っている。この能力を持っていることで、目に入ったものは一生忘れずに、幻想郷において人間の安全を守るために作られた【幻想郷縁起】を書いている。この書物には幻想郷で目立った妖怪について纏めており、昔からのことについても書かれている。

 阿求は転生体であり、九回目となる転生で妖怪と人間の距離が近くなった現在の幻想郷ではかつてのように「人間を守るための書物」としての意義は薄れており、妖怪からのアピールも取り入れた「読み物」としての側面が強くなっている。そしてどの転生体も30年前後しか生きられないがそれでも毎日を楽しく過ごしている。

 

 

 慧音と話をしている阿求はどこか半信半疑であった。実は阿求と天子は面識があり、幻想郷縁起に天子を載せようと会いに行ったことがきっかけで知り合った。

 

 

 「でも私は華扇さんのことも知っていますが、天子さんと付き合っている話も聞いたことがありませんし、そのような素振りも見たことがありません」

 

 「そうだよね、もし本当に天子さんが結婚するなら……ちょっと残念だなぁ……」

 

 

 そして慧音と阿求とは別にもう一人……

 

 

 【本居小鈴

 飴色の髪を鈴がついた髪留めでツインテール、紅色と薄紅色の市松模様の着物に若草色の袴(行灯袴)を履いている。

 人里の貸本屋、【鈴奈庵】に住む人間の少女で、そこで店番をしている。両親と一緒に暮らしている読書家で、幻想入りした本は読み飽きるほど読んでいる。

 【あらゆる文字を読める程度の能力】を持っており、妖魔本を手をかざすことで読んでいただけではなく、人外語に限らず英語といった外国語も読めるが、鏡文字など文字として認識できないものは読むことが出来ない。

 稗田阿求とは書物関係でよくつるみ、友人同士である。

 

 

 「一体何が残念なんだ?」

 

 「慧音先生、あんなイケメンで頼れる男性はこの幻想郷を探しても中々見つかりませんよ!礼儀も正しいし、親切だし、何よりも見た目が完璧とかおとぎ話に出てくる王子様かと思ったんですもん!」

 

 

 小鈴はひょんなことから天子と知り合った。人里で新しい幻想入りした外来本を手に入れた小鈴は急いで我が家に向かって走っていたが、そんな時に曲がり角で誰かとぶつかった。そのぶつかった相手が天子であり、偶然にもそこから天子との交流ができた。度々小鈴の家である鈴奈庵に出入りするようになり、色々と小鈴が知らない本の話を聞いているうちに常連客となっていた。時間があれば小鈴の手伝いをしており、小鈴の家族からも頼られる存在となっていた。

 

 

 「まぁ……天子はいいやつ過ぎるのは間違ってないがな」

 

 「慧音先生もそろそろ身を固める相手が必要なんじゃないですか?」

 

 「こら小鈴!慧音さんに失礼よ」

 

 「あはは……構わないさ。私はまだ身を固めようとは思っていないしな」

 

 

 そう言ってお茶を一口飲む。慧音も半妖であるためすぐに身を固めようとは思ってもいない。それに女性にとって結婚は大切な一生ものでありそう簡単に決めるべきではないのだ。

 

 

 「天子も色々悩んで決めたんだと思うぞ?天子ならば女性を蔑ろにすることはないだろうから心配ないがな」

 

 

 慧音が言う色々悩んでと言うのが結婚話をどう無くさせようかというものであったということは知る由もないので仕方のないことだ。

 

 

 「慧音さんが言うなら本当の話かもしれないですね」

 

 

 阿求は腑に落ちなかったが、納得せざるを得ないと割り切るしかないと思った時だった。声が聞こえてきた……誰かわからないが動揺した声だった。そして冷たい風……いや、冷たく感じる風と言った方がいいだろう。背筋が凍るような嫌な感じ……慧音と小鈴も感じたのか身震いする。一体何が?そう思った矢先に店先に誰かがいることがわかった。暖簾(のれん)で顔は見えないが、白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカートに、その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている姿がそこにはあった。そして……

 

 

 「ぁ……ぁ!」

 

 

 そう阿求の口から小さな息が洩れた。阿求は【一度見た物を忘れない程度の能力】を持っていたため決して忘れない……この能力のせいで阿求はそこに誰がいるのかわかってしまい体中の血の気が一気に引いた。

 

 

 「――か……ゕかぁ……ざみぃ!!」

 

 

 必死に声を出そうとするも詰まって言葉が出て来ない。肺の空気を抜かれたように呼吸が苦しくなる……二人も阿求の様子の変化に気づき、阿求の目が向いている暖簾(のれん)へと目を向ける。すると暖簾(のれん)をかき分けて店に入って来たのは……

 

 

 「……こんにちは」

 

 「風見……幽香……!?」

 

 

 大妖怪……風見幽香だった。店の中は先ほどよりも気温が低下し、その場に居た者達は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。中には失神してしまう者や黄金水を漏らしてしまう者までいた。しかし誰もそれどころではない……恐怖の象徴である幽香がこの店にやってきたと言う事だけで事件だ。この店の亭主でさえ、裏に隠れてしまい誰も対応する者はいなかった……一人を除けば。

 

 

 ゴクリッ!

 

 

 「……ゆ、ゆうか……ここへは一体何しに来たんだ……?」

 

 

 息を呑み込み意を決して話しかけたのは慧音だ。慧音は寺子屋の教師で半妖であるため人里の人間達と一緒に子供の頃に授業をした教師と生徒の仲だ。顔馴染みが多いこの人里で生徒としてみんなを見てきたし、今でも見守っている。一人の教師として人間が大好きな彼女は人里の連中に危害を加える者は誰であろうと許さない……例え相手が風見幽香であってもだ。この場に頼れる存在は慧音しかいないのだから……

 

 

 「そう構えないで頂戴、私はこの店には用はないもの」

 

 「だ、だったら何しに来たんだ?別にお前を束縛するつもりはないが……」

 

 「あなたに用があったのよ」

 

 「……わ、わたし……にか!?」

 

 「そうよ」

 

 

 ニコリと笑う。その笑顔に秘められた意味など慧音はわからない……わからないから恐ろしかった。必死に震える手を握りしめ弱みを見せないように心を落ち着かせようとする。

 

 

 「そ、そうか……私に用があったのか」

 

 「ええ、あなたを探して至る所を回ったのよ。でもみんな不甲斐ないから私が声をかけたら逃げるか失神しちゃって……ようやくあなたがいる場所を見つけたのよ」

 

 

 人里は知らない内に幽香という恐怖に侵略されていたようだ。被害は尋常なものではないだろう……

 

 

 「な、なら場所を変えようか。私も今し方、食事を終えたところでな……阿求、小鈴、お代はココに置いておくから亭主に払っておいてくれ」

 

 

 コクコクッ!!

 

 

 阿求と小鈴はただ首を縦に振る動作がやっとだった。そして慧音は幽香と一緒に店を後にした。幽香の姿が見えなくなり、気配が遠のいていくと気温も元に戻り始め重苦しい空気はいつもの快適なものへと戻って行った。

 

 

 「――はぁ……はぁ……び、びっくりした……!」

 

 「ま、まさか風見幽香がやってくるだなんて……」

 

 「殺されるかと思ったよ阿求……」

 

 「わ、わたしもよ……」

 

 

 店の客たちは自分の命があったことをお互いに喜び合った。しかし幽香と共に姿を消した慧音だけはこの喜びを味わえずにいるだろう。阿求と小鈴は無事で慧音が帰って来ることを祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここなら邪魔は入らないわね」

 

 

 幽香と慧音は人里の大通りから離れた裏路地にやってきた。幽香が誰にも邪魔されない場所として選んだ。ここは元々人通りが少なく、建物の影になって昼間でも少々暗いため人里の人間でも用が無い限り近寄ることはない。そんなところに連れてこられている慧音はこれから何をされるのか気が気ではなかった。

 

 

 相手はあの風見幽香であり、人間からも同じ妖怪からも恐ろしがられているだけではなく幻想郷の中でもその実力は八雲紫ですら認める程だ。そんな幽香が接点のあまりない慧音に用事があること自体なにかあるとふんでもおかしくはない。しかも今いる場所が場所だ……人里で暴れることはないだろうが不安が募る。

 

 

 「(私に一体何の用があると言うのだ……こんな場所にまで連れて来て……)」

 

 

 緊張のあまり流れる汗を幽香に見られないようにしようにも自然に流れ出る汗を止めるすべはない。心臓の鼓動も視線を合わせるだけでその鼓動は高まり苦しくなっていく。

 

 

 「ふふ、苦しそうね」

 

 「……そ、そんなことはない。ただ少し熱いだけだ……」

 

 「無理しちゃダメよ?」

 

 「……あ、ああ……」

 

 

 慧音は幽香の思考がさっぱりわからなかった。人里に時々訪れる彼女はなりふり構わずに買い物だけ済ませてさっさと帰ってしまうのに今日ばかりは慧音を探してまで現れた。彼女の表情は笑っているが……楽しんでいる笑みではなさそうだ。何かが秘められてその笑顔を見続けることは精神的にとても苦痛だ……慧音にとって風見幽香とは得体の知れない存在として認識できないのだ。ただ一つわかることがある……今の幽香は不機嫌であると。

 

 

 「ならこっちは気にしないわ。それで用件を言うわね」

 

 

 ゴクリッ!

 

 

 息を呑んだ。一体どんな用があるのか……慧音は覚悟を決めた。

 

 

 「……比那名居天子の……結婚話について聞かせなさい……」

 

 「……はっ?」

 

 

 慧音は一瞬耳を疑った。だが思い出した。幽香は天子と再び戦って見事幽香を打ち破ったこと、それから天子のことを認めたことを風の噂で聞いた。カメラが成仏してしまい、記事に載せられなかった文が泣きながら愚痴を言っていたのを聞いたことがほとんどだったが……

 しかし慧音は何故天子の結婚話に興味を持ったのかわからなかった。そもそもあのお人好しの天子から聞いていないのか?そう思ったが幽香が聞いて来るなら直接本人から何も聞かされていないのだろう。それも結婚話を聞いて一体何の得があるのか……

 

 

 「早く言いなさい。それとも言いたくないのかしら?」

 

 

 慧音は考えを捨て去った。幽香の鋭い瞳に睨まれては考え事などできやしない……

 

 

 「い、いや!私は詳しい内容まで知っているわけではないのだが……」

 

 「それでもいいわ。聞かせて頂戴」

 

 「わ、わかった」

 

 

 慧音は幽香に自分が知っていることを伝えた。それを聞いている間の幽香は大人しかったが時折手に持っている日傘からミシミシと(きし)む音が聞こえたのは気にしてはいけない。

 

 

 「……っと今語ったので全部だ。私の知るところはここまでだ」

 

 「……」

 

 

 沈黙が流れる……幽香は何も言わずにただ突っ立っているだけだ。ただ慧音は()()を感じていた……その()()はわからないが誰もが抱えてしまう感情的なものを感じていたのだ。だが後少しのなのだがそれが何なのかはわからなかった。幽香は先ほどから黙ったままだ。そんな幽香にどう声をかけたらいいのかわからずにいた時だった。

 

 

 「……慧音」

 

 

 背後から聞き覚えのある声がした。振り返るとやはり見知った顔の人物がそこにいた。

 

 

 「妹紅!?どうしてここに……!?」

 

 

 そこにいたのは友人の藤原妹紅だったが、慧音は妹紅を見て目を疑った。いや、いつも妹紅の傍にいる彼女だから見ただけでわかったのだろう。妹紅の瞳には光は灯っておらず、妹紅と初めてあった時のことを嫌でも思い出してしまった。

 

 

 「妹紅どうしたんだ!?一体何があった!?」

 

 

 友人である妹紅が人生に絶望している時のようになっていたら黙っていられない。駆け寄り体中に何もないことを確かめる。体には傷一つ付いていないことからひとまず安心するが、問題は心だろうか……何が原因でこうなってしまったのか一体誰が妹紅をここまで追い詰めたのか、複雑な心境の中で慧音はただ妹紅の身の安全を優先する。

 

 

 「大丈夫か妹紅?大丈夫だぞ、私が傍についているから……」

 

 

 妹紅を安心させるために言葉をかける。そんな時に妹紅がゆっくりと口を開いた。

 

 

 「私は……大丈夫だ……慧音……ちょっと聞きたいことがあったから探していたんだけどさ……」

 

 「ああ、なんだ?私にできることならなんでもやるぞ?」

 

 「……天子が……結婚するって……本当か……?」

 

 「……はっ?」

 

 

 慧音は妹紅も幽香と同じように結婚話について聞いて来た。何故と思ったが、慧音には心当たりがあった。

 

 

 妹紅は天子に好意を持っている。ミスティア屋台の一件の時に妹紅を介護したから慧音もその場に居た。はっきりと妹紅は言わなかったが何年も妹紅と友人関係である慧音には察することができた。そして陰ながら応援していた。

 不老不死になってから妹紅は恋心と言うものを捨ててきた。そんな時に捨て去ったはずの恋心が再び芽生えて心許せる相手が天子だった。そんな矢先にその相手である天子が他の女性の結婚すると言う話を聞けば……同じ女性である慧音もその気持ちは理解できる。

 

 

 嫉妬……今の妹紅に宿っているのは好きな天子を取られたくないと言う嫉妬が妹紅を支配している。嫉妬の力は強大だ。小さな百鬼夜行の鬼も嫉妬で我を失ったぐらいだから……そして慧音は気づいた。これと似たものを先ほど感じた。そうつい先ほど感じていたものと同じだった。

 

 

 風見幽香から感じていた()()と同じ感覚だった。

 

 

 慧音の頭の中でピースが揃いその形が出来上がった。妹紅と同じく幽香は嫉妬していたのだ……そして妹紅と同じ理由で嫉妬しているならば天子のことを……!

 

 

 「幽香……居たのか」

 

 「ええ、居たわよ」

 

 

 妹紅は今ようやく慧音の姿が重なって隠れていた幽香を見つけその存在に気がついたようだ。

 

 

 「……お前も例の話を慧音に聞きに来たのか?」

 

 「そうよ」

 

 「……そうか」

 

 

 会話が続かず間に挟まれている慧音はどうしたらいいのかオロオロとしていると……

 

 

 「ねぇ、不死身の不死鳥さん……私と手を組まない?」

 

 「……手を組むだと?」

 

 

 幽香が妹紅に対して何かの協力を持ち掛けた。妹紅に近くに寄れと手招きする。妹紅は何の疑いもなしに近づいていき、耳を傾ける。そして幽香が妹紅に対して耳打ちをしてしばらく聞き入っていた。話が終わったのか妹紅が離れて……

 

 

 「ああ、その話に乗るぜ」

 

 「ふふ、そう来なくちゃね」

 

 

 取引に応じた妹紅は幽香と同じように笑みを浮かべていた。

 

 

 「それじゃ行きましょ」

 

 「ああ、慧音……またな」

 

 「ちょ、ちょっと待て妹紅!幽香も何を言ったんだ!?」

 

 

 蚊帳の外になっていた慧音は二人に問いかけるが幽香は慧音を無視して裏路地の奥へと消えてしまう。

 

 

 「……悪い慧音、天子には悪いが私は簡単に、はいそうですかっと諦める程の軽い女じゃないんだ」

 

 「……妹紅……?」

 

 

 そう言うと妹紅も幽香と同じく奥へと向かって消えてしまった。

 

 

 「……」

 

 

 一人取り残された慧音は二人が消えて行った裏路地を見ていることしかできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お別れは済んだかしら?」

 

 「ああ、一生の別れじゃないんだから心配ないさ」

 

 「ふふ……私を嫌っていたんじゃないかしら?」

 

 「今は一時休戦だ。だがその前にやることができたからな……」

 

 「悪い子になったわね♪」

 

 「ふん、自分で言うのもあれだが……私はどうやら重い女らしい……」

 

 「そういうところ嫌いじゃないわ♪」

 

 「言ってろ……早く行こうぜ」

 

 「ええ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「仲間を集めにな!!(ね!!)」」

 

 

 暗い裏路地で赤い目が光っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虫たちが逃げていく……

 

 

 鳥たちも物陰に隠れてしまう……

 

 

 微生物たちですら近寄りたくはない……

 

 

 地底へと繋がる大穴の前には4人立ち並んでいた。

 

 

 「……地上だ……」

 

 「……そうですね……」

 

 「……久しぶりの太陽ですね……」

 

 「……天界が待ち遠しいです……」

 

 

 萃香、神子、妖夢、衣玖は地底での生活に終止符を打ち、ようやく地上に帰って来た。彼女達にとっての長い長い囚人生活は苦悩の日々の連続だった。それらに耐えて耐え抜いた彼女達は地上に帰って来た喜びを分かち合う……はずであった。地底で聞いたあの話さえなければ……

 

 

 比那名居天子が結婚する

 

 

 その話さえなければ彼女達は幸せであった。だが神は残酷な運命を突き付けた……彼女達の心は今、荒野のど真ん中に放り出された小鹿同様であった。水などの希望もない、残酷な太陽が彼女達を照らしていた。

 

 

 「……天子様……私のことを忘れてしまったのでしょうか……」

 

 

 衣玖の被っていた帽子が地面に落ちる。顔は俯き表情は読み取れないが雨が降っていないにも関わらず衣玖の足元には大粒の雨が降っていた。

 

 

 「……天子さんからまだ色々と学びたいことがあったのに……もう……何も得ることができないのですね……」

 

 

 妖夢は己の命のように大事にしていた刀が手から滑り落ちた。まるで魂そのものを失ったかのように半霊も力無く地面に横たわった。

 

 

 「……天子殿成分を摂取しても……私の心が晴れることはなくなってしまった……やはり心など無ければこんな思いもしなくてよかったのですよ……」

 

 

 神子は何もかも絶望していた頃の神子に戻りかけていた。頭に生えている耳の形をした毛も今ではシワシワと力なく垂れていた。

 

 

 「……なんで……なんで私達がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ……」

 

 

 萃香は拳を握りしめ、力を入れ過ぎているのか拳から血がにじみ出ていた。そんなことも気にもならない程に悔しい気分でいっぱいだ。

 

 

 「それもこれもみんなあいつのせいだ!華扇の野郎……きっと私達がいないから寂しい思いをしていた天子に近づいて誘惑したに違いない!天子の優しさに付け込んで奪い取るなんて……あの野郎め!!」

 

 

 萃香は歯が砕かれんばかりに力が入る。(まさ)しくそこにいるのはれっきとした鬼であった。

 

 

 「萃香さん、()()()というメス豚はどこにいるのでしょうか?今すぐに血祭りにして差し上げたいのですが……!」

 

 「衣玖さん、(とど)めは私にさせてください。輪廻転生できないようにしますから……」

 

 「待ちたまえ衣玖殿、妖夢殿、ただ簡単に死なせてしまうのは惜しい……私の師にキョンシーを操ることができる方がいますのでその方に提供してじっくりとキョンシーにしてしまうのがいいかと……」

 

 

 傍から聞けばトラウマになりかねない会話を平然と話すこのメンツはどこか長い地底生活でおかしくなってしまったのかもしれない。

 

 

 「華扇がいるのは妖怪の山の奥地だ。結界で普段は入れないのだが……私達ならばやれる!()ッテヤル!お前ら私についてこい!!」

 

 

 そう妖怪の山に攻め入ろうとした時だ。

 

 

 「待てよ」

 

 「――何者!?」

 

 

 謎の声が萃香達を呼び止めた。地面に落ちた刀をすぐさま広い臨戦態勢に入る妖夢……そして声がした方を振り向くと……

 

 

 「妹紅さん……!?」

 

 

 衣玖は意外な人物に驚いた。そして見知らぬ人物が隣にいた。

 

 

 「……君は誰だね?妹紅殿は知っているが……?」

 

 「幽香かよ、お前がいるなんて珍しいことがあるもんだね」

 

 「久しぶりね萃香、殺し合った以来かしらね?」

 

 「随分と昔だから忘れちまったさ」

 

 

 神子も妹紅のことは知っていたが幽香のことは知らなかった。しかし萃香と幽香は顔馴染みのようだ。妖夢も幽香を知っている……だからと言って警戒を解くことはない。妹紅は100歩譲ってあり得るかもしれないが、幽香がこんな場所に現れるなど普通ならば考えられないからだ。萃香の頭の中でもしかしたら華扇の差し金かとまで考えたが……

 

 

 「警戒しないで頂戴、私達はあなた達と事を構えることはしないわ」

 

 「それでは妹紅さんと……幽香さんでしたか?私達は今から()()()とか言うメス豚を血祭りにしに行くので邪魔しないでもらえますか?」

 

 

 衣玖には珍しいドスのきいた声だった。しかし幽香も妹紅もそれぐらいのことでは怯まない。緊張した空気が張り詰めるが……

 

 

 「やめろやめろ!私達は戦いに来たのでも邪魔しに来たのでもないんだ」

 

 「じゃあなんなんだよ!」

 

 

 不機嫌な萃香が喧嘩気味に聞く。

 

 

 「……私達は同じだ……お前たちとな……」

 

 「……同じ?」

 

 

 妖夢は妹紅の言ったことがわからないようだ。衣玖も萃香も……そんな中、神子は「和」の文字が入ったヘッドホンのような耳当てをずらしていた。神子の能力で人の欲している事を察することで二人の本質を見抜いていた。

 

 

 「……なるほど、妹紅殿らも天子殿の虜になってしまったわけですね」

 

 「んなぁ!?幽香お前がか!!?」

 

 「……別に……私はただあいつが結婚すれば……面白くないだけよ……」

 

 

 プイとそっぽを向いてしまう幽香はこういう時も素直ではないらしい。しかしこの場にいる全員が天子を気にかけている者同士であることが伝わったわけだ。

 

 

 「つまり……ここにいる私達の目的は皆様同じ……と言う事ですね?」

 

 「衣玖のいう通りだ。その……私も知らず知らずのうちにあいつのことが気になっていてな……お前たちがいない間に色々とあってな……」

 

 「……まぁそれが何かは後で聞くことにしましょう。それで?」

 

 「目的は同じならここは協力しようじゃないかって話だ。どうだ?」

 

 

 妹紅の提案に衣玖達は顔を見合わせる。自分達が地底で過ごしている間に、知らぬ間に天子が他の女を落としているとは思いもしなかったが何故か納得してしまうところがあった。ここにいる全員天子の魅力に取りつかれてしまった者達であったために共感できるところがあった。時には敵として、時には仲間として……今もこれからもそうなる仲であることに間違いはないのだ。ならば答えは決まったも同然だ。

 

 

 「いいでしょう。私達も妹紅さん達に協力します」

 

 「サンキュー♪」

 

 「ですが、これだけの数が集まって一人をリンチするのは剣士としての私のプライドが……」

 

 

 妖夢は少し思うところがあるのか幻想郷内でもこれだけの戦力が集まってたった一人をボコボコにするのは気が引けるところがあった。

 

 

 「何言ってやがる半人前、華扇を甘く見ていると痛い目を見るぞ?」

 

 「しかし……萃香さんは何かその仙人のこと知っているんですか?」

 

 「良くも悪くも知っているさ……あいつの本性もな……」

 

 

 萃香には珍しく冷や汗をかいていた。そのことに気がついていたのは幽香だけだった。

 

 

 「まぁ、それはともかく……今から全員で乗り込むんだろ?それならば準備しないと返り討ちに遭う可能性だってないとは言い切れない相手だってことさ」

 

 「そ、そんなになんですか……!」

 

 

 妖夢に一瞬の緊張が走る。鬼の萃香が嘘などつくわけもなくそれほどの実力者であることは違いない。しかしここで幽香が言った。

 

 

 「()()乗り込むことなんてしないわよ」

 

 「はぁ!?華扇の奴をぶっ飛ばさないのかよ!?天子取られちゃったんだぞ!!」

 

 「待てよ、幽香は()()って言ったろ?それにまだ天子は結婚しちゃいねぇ。地底にいたお前達は知らないのは仕方ないが、結婚式は明日らしい」

 

 

 妹紅の言った言葉に地底組メンバーの瞳に僅か……ほんの僅かだが光が戻った気がした。しかしそれはそんな気がしただけだった。結婚すると聞いて急いで地上に帰って来たが、いつ結婚するかなど聞いていなかった。もしかしたらもう既に結婚式が終わってしまっているのかもと言う不安があったが何とかなったようだ。しかしまだ油断ができない。結婚式は明日なのだから……

 

 

 「今ではない、明日だ。私達が乗り込むのは……結婚式当日に仙人が結界など用意しているわけもなく、結婚式場は天界らしいから罠を張ることもできないはずだ。返り討ちに遭う可能性があるならば、返り討ちに遭わない時を狙えばいい!それが明日だ!」

 

 「「「「おおー!!」」」」

 

 

 妹紅の説明に目を輝かせる4人組。彼女達はわかっていない……結婚式場に乱入すれば自分達の信用も無くなるなど普段ならばわかることだが……嫉妬に支配された者達は正しい判断などつくわけもなく……

 

 

 「メス豚に裁きの雷を与える時が楽しみです♪妹紅さんあなたも(ワル)ですね♪」

 

 「いやぁ、それほどでもないぞ♪」

 

 「不肖ながらこの魂魄妖夢、精一杯頑張ります!」

 

 「天子殿待っていてください!あなたに守られるだけでなく今度は私が守ってみせます!」

 

 「暴れるならば鬼である私の出番だ!華扇待ってろよー!抜け駆けした罪は重いぞ!」

 

 「ふふ……あなたが悪いのよ。私と親友(とも)になりたいなんて言うから……でもダメ、まだ友達のまま……私と親友(とも)になるとどういうことに巻き込まれるか……身を持って知るといいわ♪」

 

 

 会話が成立しているのでまともに見えるような彼女達……しかしその瞳には一切の光は灯っていなかった……

 

 


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