本編どうぞ!
異変が無事に終わって神社に集まる影があった。
その神社の名は博麗神社と言う。幻想郷と外の世界を隔てている博麗大結界を管理している。神社周辺には森があり、道は木の枝や葉が落ちて整備などされているわけもない。周りも森なので、妖怪が潜んでいてもわからない。人間にとっては博麗神社を訪れることは危険を冒すことでわざわざ参拝しようと思わない。神社なのに、賽銭箱の中身はいつもさみしい思いをしている。しかし、今日はそんな博麗神社には人間以外にも集まっている者達がいた。
「もっとさけぇをもってこ~い!きりさめまりしゃ様のためにジャンジャンもってこ~い!」
「魔理沙は飲み過ぎよ。紅茶を入れてあげたから飲むといいわ」
「いやじゃー!わらひはさけぇを飲むんだじぇ!」
異変を解決した魔理沙は飲まずにはいられなかった。アリスが入れてくれた紅茶よりも今は酒が欲しい気分だった。
魔理沙は無事に異変を解決することに成功したが、最後が大変であった。
魔理沙は霊夢に見栄を張ったために一人で異変を起こした黒幕と戦うことになってしまった。自業自得なことだが何度痛い目を見たか……やっとの思いで黒幕を倒せそうな時にそれを見た。霊夢がその間に地霊殿の主におもてなしされていた。そして、魔理沙が倒そうとしていた黒幕は地霊殿の主を見つけるやいなや、弾幕勝負を止めて主の元へ行ってしまった。主に黒幕は叱られた。結局「うにゅ?異変ってなに?」っと異変を起こしたこと自体気づいていなかったり「私悪いことしてたの!?ごめんなさい~!」って謝ったせいで異変は終息した。
呆気ない終わり方だった。霊夢は楽でよかったと言っていたが魔理沙は今までの苦労はなんだったのだと思った。それで帰ってきて酒に執着していたのだ。
「さけぇを飲んでないとぉ~やってられないじぇ~!!」
「はいはい、魔理沙動かないでね。動くと熱いわよ?」
「わらひががんばったのにぃ~……アチッ!?なにするんだじぇ!!」
「動かないでって言ったのに動くからじゃない……」
アリスはため息をついていた。駄々をこねる子供をあやす母親のようにも見えていた。こぼれた紅茶を布巾で拭き取ってあげるその姿がより一層そのように見えた。
「あやや……星熊様は負けてしまったんですね」
「そうね。中々手強かったわね」
文が酌をする相手は博麗の巫女である博麗霊夢。彼女は落ち着いた様子で静かに飲んでいた。
「それで?」
「『それで?』とはなんでしょうか?」
「とぼけないでくれる?ここにいない連中はどうしたのよ?」
霊夢は疑問を文に問いかける。文も表では何のことだと表情を作っていたが、流石にこの宴会の小ささに霊夢は気づかないわけはなかった。
霊夢のサポート役として支援を任されていた萃香の姿がない。それに紫の姿もどこにもなかった。スキマの中で密かに飲んでいる可能性を感じたがそれは無くなった。全く感じ取れなかったのだ。霊夢は博麗の巫女としての勘が冴えていた。勘だけでなく、気配も感じ取れるほどの神経を研ぎ澄ましていつ現れるか様子を窺っていたが一向に姿も気配もなかった。紫ならまだわかる……しかし、あの鬼の萃香がここにいないなんておかしい。宴会と聞けば、幻想郷の隅から隅まででも姿を現すのに、地上に戻ってきてからは一度も会っていない。宴会をすることなどわかっていたはずなのに……
「ああ、それは話せば長くなるんだけどね……」
文の代わりににとりが答える。この場にいるのは霊夢、魔理沙、アリス、文、にとり、パチュリーだけだった。やけに小さな宴会だった。本来ならばもっと多くの人妖達が集まってもいいはずなのに……
「博麗霊夢とあろう者が……もしかして寂しいの?」
「違うわよ。万年引きこもりの動かない図書館じゃあるまいし……」
「だ、だれが万年引きこもりよ!?ちゃんと今回私は外にいるじゃない!」
「はいはい、どうでもいいわよ」
「ちょっと……あなた私の扱いひどくない?」
霊夢からの扱いにショックを受けるパチュリー。博麗霊夢は自分のペースで生きている人間である。相手が同じ人間でも妖怪であっても分け隔てなく接する。いい意味でも悪い意味でも……
「それでにとり、話してくれるの?くれないの?」
「話すよ。ええっと今日地上で八雲紫から招集がかかって……」
霊夢は天界に比那名居天子という存在が居ることを知った。魔理沙の方は酔いが醒めるまではこのことを知ることはないだろう……
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「それで私の腹をおもいっきり殴りやがってよ。それでな、その後は顎と来たもんだから危うく舌を噛みちぎってしまう所だったよ!油断していたとはいえ、凄い一撃だったんだ!それも二発!あんなの受けたの久しぶりだったから私は驚いたよ!」
「マジか!?それでどうなったんだよ?」
「それを受けたら酔いなんて吹っ飛んだよ。でもまた酔ってしまったんだ。戦いの興ってやつにさ!」
地底、異変が起きた地底では旧都と呼ばれる場所がある。古い時代の建物が立ち並び、ぶら下がる無数の提灯が街を照らし出している。地下とは思えない明るさが広がっていた。
そこを多くの妖怪達が行き交っていた。店の数々があり、屋台も多い。まるで毎日がお祭りのように錯覚するような光景だった。そして聞こえるのは笑い声ばかりではなく、罵声や物の壊れる音、喧嘩が起こっているようだったが、妖怪達は気にも止めてない。それが普通なのだと、それが旧都の日常なのだ。
異変が終息して数日後、とあるお店でテーブルで向かい合う者がいた。
一人は小柄な鬼の萃香であった。萃香は自分の傷ついた体を向かいにいる同族の鬼に見せびらかしていた。
【星熊勇儀】
金髪ロングで、鬼の象徴である赤い角が一本頭から生えている。角には黄色い星のマークがあり、服装は体操服をイメージした服にロングスカートをはいている。
伊吹萃香と同じ山の四天王の一人で『力の勇儀』と言われていた。かつて妖怪の山に居たときには萃香らと共に『四天王』と呼ばれて恐れられていた。とある理由で勇儀は地上の生活をやめて地底へ移り住んだ。現在は地下に堕とされた怨霊を妖怪達と鎮める代わりに、地底での暮らしを満喫している。
そんな勇儀は友である萃香の話を身を乗り出して聞いていた。萃香の話の続きを聞きたくてうずうずしているように見えた。
「それでどうなったんだよ!?」
「それから何度も私が拳で潰そうとしてもそれを難なく避けて反撃してきたんだ。何度殴られたことか……ああ!あの時の感触が忘れられない!」
「それだけじゃないんだろ!?もっと教えてくれよ!」
勇儀は続きが気になって仕方なかった。こんなに興味をそそられる話は久しぶりだったから……
勇儀は異変が終息して地底で被害が出た場所を修理している時だった。
萃香が霧状になって勇儀の前に現れた。勇儀は初め酒でも飲みに来たのかと思ったが、勇儀の目は萃香の体についていた傷に釘付けになった。鬼の体は砕かれることも切り裂かれることもそう容易ではない。しかも、その傷はかすり傷などではなかった。正真正銘の痛みを感じる傷であった。自分と同じ鬼であり、山の四天王である萃香の体が傷ついていたのだ。興味が湧かないなど決してありえなかった。勇儀は修理を放りっぱなしにして話を聞くために萃香と共に店に入った。そこで萃香は語った……比那名居天子と喧嘩したことを……
「それでそれで?続きを早く聞かせてくれよ萃香!」
「慌てるなよ。じっくりと語ってやるよ。私の体験した最高の時間を……!」
萃香は上半身を脱いで勇儀に傷跡を見せびらかす。勇儀はその数々の傷跡、打撲跡を見るたびに興奮した。鬼にとっての戦いの傷は名誉であり誇りである。傷はすぐに元通りになってしまうが、萃香の受けた傷はまだ治っていない。それはただの傷ではなく鬼でも深々とした傷をつけたことになる。簡単なことではない鬼に傷をつけたその天人は称賛に価する。萃香の傷を興味津々にしているのは勇儀だけではなかった。女である上半身を脱いだ萃香の裸体を見ようとするスケベな妖怪共もこの場に居たが勇儀が軽く拳を振るうだけで店の壁を壊して飛んで行ってしまった。残ったのは勇儀と萃香だけになった。それでも勇儀は傷跡から目を逸らさない……否、逸らせない程の興味を引いたのだから……
「これなんか天子が操るカナメイシ?って奴にブチ当てられた時についた跡なんだ。こっちもそう……それにこれも、ここもだ。まるで生き物かって思うぐらいの動きで相手にするのは苦労したんだよ!」
「萃香が苦労するなんて滅多に聞かないぞ?その天人の名は天子って言うのか?」
「比那名居天子!私が
「萃香に勝っただって!?」
勇儀は心底驚いた。萃香が負けた……勇儀も異変の時に負けた。博麗の巫女に……しかし弾幕勝負といったお遊びではない
「そうさ!天子は緋想の剣って奴で私の体をズタボロに切り裂いたんだ。私の肉体が軽々と切り刻まれて痛いのなんの!でも、その痛みが良かった。そして、私が最大の本気を見せようとした時に天子は言ったんだ」
「な、なにを言ったんだ!?」
もう勇儀は気になって仕方がなく、遂にテーブルを乗り越えて萃香の隣まで来てしまっていた。体が続きを欲していた。萃香はふふーんっと鼻を高くした。
「私が『思う存分味わってくれ』って言ったら天子なんて言ったと思う?」
「勿体ぶらせるなよ!ええっとな……なら『俺の技も思う存分味わってくれ!』とか?」
勇儀はその天人ならばどういうかと想像して言った。萃香はちょっと違うなっと言った。ならばなんだ?勇儀には思いつかなかった。萃香の本気を目の当たりにして生きていた者などいないから想像などできなかった。勇儀は答えを出せなかった……
そんな勇儀を見て誇らしげに語る。
「天子は『味わってくれと言っただろ?ならば私は萃香の攻撃をこの体で受けてやる!』って言ったんだ!」
「はぁ!?そいつ死ぬぞ!?」
「私も『本気か!?耐えられなかったら死ぬぞ!?』って言ったんだけどね……」
そして萃香はその時のことを思い出しているかのようにとろりととけた表情で……
「『死なないさ。それに期待に応えずに逃げるなんて死んだ方がましだと思えるからな』って私に言ってくれたんだよ!!」
「うおぉ!?マジか!!なんだその男!?最高じゃないか!!そして天子はお前の攻撃を受けても平気だったのか?」
「ああ!ほんっっっっっっっとうに最高な奴だよ!もう負けを認めるしかなかったよ。それに首をくれてやると言っても断って一緒に宴会しようって約束までしてきたんだ」
「羨ましいぞ萃香!」
勇儀は心の底から叫ぶ。目の前の萃香が羨ましくて堪らなかった。萃香の姿は負けを語る身でありながら、まるで自慢話をするかのように誇らしげだった。
「羨ましいだろ!それに
天子と一緒に酒を飲む姿を想像すると萃香の頬がほんのり赤くなる。酒で酔っているわけではなかった。表情も気づかない内にうっとりした顔になっていた。それを見た勇儀が揶揄う。
「萃香、お前その天子の事好きなのか?」
「す、すき!?ば、ばか言ってんじゃないよ勇儀!!私が天子の事が好きとか……た、ただ天子と一緒に酒を飲むのが楽しみってだけで……!?」
勇儀は予想外の反応を示す萃香に口笛を吹く。揶揄うつもりで言ったが、明らかに萃香は動揺していた。鬼が嘘をつかないのは確かだからこれは嘘ではないだろう。すると、萃香自身は気がついていないのだろうと勇儀は確信した。
勇儀の目の前にいるのはいつも自分と酒を飲み交わし、バカなことを言い合う鬼ではなかった。
「ハハハ!悪かった萃香!揶揄ってすまん。このとおり許してくれ」
「も、もう……勇儀にしては悪い冗談だぞ。わ、わたしが天子の事を……そ、そんなわけないだろ!確かに天子はカッコよくていい奴だし、喧嘩も強いし、知り合ったばかりだけど、これから先もっといい所を知ることができるだろうけど……す、すきだなんて……ボソボソ」
後の方は小さくて聞き取れなかったが、顔を真っ赤にしている萃香を見るのは初めてだった。
そこにいるのは鬼ではなく、伊吹萃香と呼ばれる一人の女が居た……
「今日は楽しい話を聞かせてくれてありがとうな萃香」
「良いってことよ。それに私が自慢したいがためにわざわざ地底まで来たんだから」
「ハハハ!話を聞いていると天子と喧嘩したくなってきたよ」
「気を抜くなよ。気を抜くと私の二の舞だぞ」
「わかってるよ」
壁に無数の人型の穴がある店の前で二人が語る。二人の姿はとても清々しい感じであった。
「それで天子の奴に送るものは決まったのか?」
「ああ、勇儀のおかげで決まったよ。回りくどい物よりも単純な物がいいって思ったんだ。私は鬼だし」
「そうか、なら気をつけて帰れよ。妖怪共に食われないようにな」
「私がそこらの妖怪共に食われるかよ。私を食えるのは天子ぐらいなもんだけどな」
「天子になら食われても(意味深)いいのか?」
帰ろうとする萃香が噴出した。勇儀に振り返り、詰め寄ってポカポカと腹を殴る。だが、全然痛くない拳だった。あまりに動揺し過ぎて力が抜けているようであった。
「ち、ちがうわ!そんなので言ったんじゃない!」
「悪い悪い、萃香があまりにも面白いからさ♪」
こんな萃香は滅多に見られない。勇儀は揶揄いたくて仕方ない。萃香は恥ずかしくて仕方ない。何故かわからないがそんな気分に萃香はなっていた。これ以上揶揄われたくないので萃香はさっさと体を霧に変えて地上を目指すことにした。
一人残された勇儀は萃香の話を思い出す。
「地上に……地上よりも高い天界にそんな猛者が居たとはね……」
勇儀は頭上を見つめた。地底を、地上を、空のその先の天界を……勇儀は呟いた。
「私も天子という奴と
その後、勇儀は地霊殿の主に見つかり、修理をサボった罰としてみっちりと叱られたのであった……
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「紫様、宴会に出席しなかったのですか?」
異変が終息した当日のとある場所にある屋敷内で、夜空を見上げる自分の主に語りかえる式……
【八雲藍】
金髪のショートボブ、服装は道教の法師が着ているような服、ゆったりとした長袖ロングスカートを着用している。頭には角のように二本の尖がりを持つ帽子を被っている。9本の尻尾をもつ妖狐、九尾の狐である藍は八雲紫の式である。
藍は主である紫が異変解決の手助けをするべく博麗霊夢の元へ向かったことは知っていた。無事に異変も解決され神社で宴会を楽しんで帰って来るのは夜遅くだと思っていた。しかし、紫はすぐに帰ってきた。何も語らず空を見上げる主は縁側に長いこと座っていた。おかげで空は星々が輝く夜空になっていた。何も語らない主に痺れをきらした藍が紫に聞く。
「藍、あなたは空に何があると思う?」
「え?空……ですか」
藍はわからなかった。紫が言っている意味が……空に何がある?それは直接的な意味なのかそれとも比喩的なものなのか……主である紫が開口一番に言ったことがそれだ。
「空には……雲があります」
「他には?」
「他……太陽、月、星々などが見えたりします」
「……それだけ?」
藍は汗をかいた。何かを求めるように藍を見る紫の表情に戸惑ってしまう。自分の主は何かを求めていたがその何かがわからない……式として恥ずかしいことながら藍はわからないものはわからないのだと心の中で悲鳴を上げていた。
「ごめんなさいね藍。私が意地悪だったわ……私が求めていた回答は
「
天界は知っている。天人達が住まう世界のことだ。空の雲の上にあると言う……それが一体どうしたと言うのだ?藍はそうとしか思わなかった。天子のことなど知るわけがなかったから……
「私達が霊夢と魔理沙をサポートしている時に現れたの……天人が」
「な!?」
天人が地上に下りてくることなどありえない事だった。天人達は地上を良く思っていない。それに天人達は天界で何不自由のない暮らしをしているはず……もしかしたら幻想郷の賢者である紫もしくは幻想郷の覇権を狙った者かと思い、藍の目には警戒という二文字が浮き上がっていた。
「藍、警戒する必要はないわ。あなたが考えているような天人ではなかったからね」
「紫様、どういう天人だったのでしょうか?」
「ん?そうねぇ……」
紫は藍に説明した。比那名居天子という存在を、人助けをする変わった天人であり、侮れない力を所有し、あの伊吹萃香を倒してしまったことを……
藍は驚いて目を見開いた。それもそのはず、伊吹萃香という鬼を知っていたし、紫の結界を抜けてきたとあってはその力は決して甘く見れないものであるということを意味していたからだ。
「そんな!?あの伊吹萃香殿が……!?」
「そうよ、それに萃香ったら彼のことを大変気に入ってしまってね、異変解決後の宴会を放って帰っちゃったぐらいだから」
「な!?た、たいへんです!明日は嵐のようですね!すぐに橙を避難させないと……!」
「落ち着きなさいよ。確かに異変のようだけど、異変じゃないわ。でも、それぐらいの変化があったってことよ」
紫は静かに言った。紫の冷静な態度に藍は我に返り取り乱したことを謝った。しかし、それを
「それにしてもその比那名居天子という天人がいるだなんて知りませんでした」
「それはそうよ。天界は私達にとって関わる必要のなかった場所よ。今まではね……」
そうだ。今までは天界など気にも留めなかった。天人なんてただ天界にいる
「私は比那名居天子の様子を窺うことにするわ。藍も手伝って頂戴。彼が幻想郷に何をもたらすのか見定めるために……」
「御意」
藍の同意を得た紫は再び夜空に視線を向ける。空の上にいる一人の天人に向けて……
クシュン!
「ズズズ……誰か私の噂でもしているのかな……?」
くしゃみをする天人が天界に居た……