比那名居天子(♂)の幻想郷生活   作:てへぺろん

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指名手配されている正邪を地底へと連れていこうとするが……


そろそろ日常回が恋しいレベルになってきました。シリアス書くの難しい……


それでは……


本編どうぞ!




71話 孤独の天邪鬼

 「うぅ……ここは……」

 

 

 薄っすらとぼやける視界で辺りを見渡しながら呟いた。次第に目が慣れていき、ここは森の中であるということが理解できた。目が覚めたばかりで思う様にいかない体をゆっくりと起こす。

 

 

 ……あれ?さっきのへなちょこ妖怪共はどこ行ったんだ?

 

 

 辺りを見回しても妖怪一匹の姿もない。倒れ伏す妖怪もこちらを睨んでいた妖怪も誰一人……そう誰一人もいなかった。正邪以外には誰もいない。

 

 

 「あっ」

 

 

 ここで正邪は気づいた。自分しかこの場にいないことに……

 

 

 「あいつ!あいつはどこいった!?」

 

 

 正邪は立ち上がり辺りを再び見回した。それでもこの場には正邪がポツンと立っているだけ……

 

 

 どこだ……どこ行ったんだよあいつは!?私を守る騎士(ナイト)ぐらいの役目は背負うって言ってたじゃねぇかよ!!

 

 

 一人……森の中で一人で放置された。そのことがいつもならばそんなもんだと納得していたのに急に不安になったってしまった。探して、探して、探して……結局一人……草むら、木陰、木の上など人が隠れられなさそうな場所までくまなく探した……だが一人だ。いくら探してもこの場には正邪しかいない。

 

 

 なんだよ……なんだよ!放っておけないからって……私の傍に居たいって言ってたのに!!嘘だったのかよ!?

 

 

 落ちていた木の枝を踏みしめる。バキッという音だけが虚しく辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「捨てられた~捨てられた~正邪ちゃんは捨てられた~♪」』

 

 

 「――ッ!?だ、だれだ!!?」

 

 

 謎の声が響いて来た。正邪は辺りを見回すが誰もいない……この場にいるのは正邪一人だけなのだから。

 

 

 『「君は捨てられたんだよ~♪使えないから、弱いから~♪」』

 

 

 その声は正邪と同じ声で耳元で囁いていた。正邪を馬鹿にするように……だが、正邪自身は聞こえてくる声がどこか探す……必死に探しだそうとする。その声の主を見つけて今すぐ黙らせてやりたい衝動で胸がいっぱいに溢れていた。

 

 

 「だれだ……出てこい!出てきやがれ!!」

 

 

 『「一人ぼっちは寂しいね~♪一人ぼっちは悲しいね~♪」』

 

 

 うるさい!黙れ!一人なんて慣れている……寂しくなんかない!悲しくなんかない!

 

 

 『「噓つき噓つきだ。嘘をつくのだけはいっちょまえ~♪妖怪としては弱い正邪ちゃんの得意なことは嘘をつくことだけでした~♪ケラケラケラッ♪」』

 

 

 声が笑う。面白そうに愚かしそうに馬鹿にしたように……正邪は聞こえてくる声に堪らず言い返す。

 

 

 「うるさい!お前に何がわかる!?お前に弱者の気持ちの何がわかる!!」

 

 

 『「わかる、わかるよ。だってわたし達とあなたは同じ正邪じゃない♪」』

 

 

 な、なにを言っているんだ!?だれなんだ……だれなんだよ一体!!?

 

 

 だんだん声の言っていることが訳がわからなくなり体が震え始める。そんな声の主はクスっと耳元で笑ったように思えた。

 

 

 『「~♪わたし達はあなた自身なの♪」』

 

 

 そう声が言うと幻覚なのか幻なのか、正邪と同じ姿をした影が無数に現れ正邪自身を取り囲む。

 

 

 わ、わたしと同じ!?ど、どこかの妖怪が私に幻を見せているんだな!そうだ……そうに違いない!惑わされるなッ!!

 

 

 正邪は自分に言い聞かせる。そうしないと現実を直視できる自信がないから……どっかの妖怪が自分を罠にはめようとしている……そうであると願っていた。

 

 

 『「考えていることわかるよ~♪だってわたし自身だからね♪」』

 

 

 影は正邪を笑う。クスクスと馬鹿にする……正邪には何となく影が言っていることが本当のことだとわかる。自分自身がそう言っていると理解できてしまう……体中から嫌な汗がとめどなく流れてくる。

 

 

 『「……弱者♪」』

 

 

 ピクッ!

 

 

 正邪の体が反応する。

 

 

 『「弱っちいものね~わたし達は~♪」』

 

 

 『「わたし達は必要とされていないものね~♪」』

 

 

 『「天邪鬼として出来損ないだもんね~♪」』

 

 

 影の一つ一つの言葉が正邪自身が言っているかに感じた。言われるたびに体が反応し、震えが止まらなくなる。

 

 

 違う……違う……ちがうッ!

 

 

 『「違わない……そうだったでしょ?わたし達は……捨てられた……そうでしょう?」』

 

 

 捨てられてなんか……すてられてなんかッ!!

 

 

 『「痛かったよね~?打たれて、蹴られて……憎かったでしょ~♪」』

 

 

 震えた体を鎮めようと自分自身の体に手を伸ばす……違和感を感じて体を見てみるとそこには紫色に変色した肌が体中に広がっていた。打撲跡のような痣のような痕跡が体の至る所に浮き上がっていた。

 正邪は目を疑った。ついさっきまでは体にこんな跡はなかった……これは幻覚なのだろうと決めつける。決めつけるが現実味があった。まるで昔付けられたような経験したことのあるように……

 

 

 『「お前弱いからいらないな」』

 

 

 『「あっちいきなさい!弱っちいくせに!」』

 

 

 『「生意気なんだよ!雑魚が!」』

 

 

 『「弱い奴はゴミでも食ってろよ」』

 

 

 『「ざまぁねぇ!お前が弱いからそうなるんだよ!』

 

 

 今度はまた違う声……男女、大人から子供まで様々な声が聞こえてきた。だが、その声も正邪を馬鹿にして追い詰める言葉を放っていた。

 そして体中に痛みが走る……まるで()()()のように……!

 

 

 ――やめろ!やめろやめろ!!やめ……やめて……いたいの……いたいのは……いやだッ!!

 

 

 正邪はうずくまる。身を守るように頭を抱えて震える体を必死に縮こませる……全てを拒むように……

 

 

 『「不要な存在」』

 

 

 『「生きる価値なし」』

 

 

 『「ボロ屑」』

 

 

 『「使えない」』

 

 

 『「生まれてきたのが間違い」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」』

 

 

 やめろ……やめろ……やめて……やめて……わたしは……わたしは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「弱者に生きる価値なし♪」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やめろ!!!

 

 

 正邪は飛び掛かった。爪を立て牙を剥き出しにして影に襲い掛かる……が影は笑っている。

 

 

 影に触れることなく正邪は地面に転がる。影は透き通り霧のように掴めない……そもそも正邪が見ている幻なのかそこには本来存在しないはず……なのに正邪は構わずに再び襲い掛かる。何度も何度も……触れることができない影に何度も爪を立てようと牙で噛みつこうとするが無意味。代わりに正邪が木にぶつかり、石に歯を立てて体から血が流れるがそれでも何度も襲う。傷口が開いても痛みを感じていないのか、それとも痛みに慣れてしまったのか爪が折れようと歯が欠けようと構わず飛び掛かる……消えることのない影は正邪を笑い続ける。

 

 

 「がぁああああああ!!!」

 

 

 『「馬鹿で可哀想な正邪ちゃん~♪このまま疲れ果てて死んじゃえ……ッ!?」』

 

 

 影は急にざわめき始めた。

 

 

 『「近づいてくる!」』

 

 

 『「あいつだ……!」』

 

 

 『「邪魔者だ、邪魔者がやってきた!」』

 

 

 何かが近づいてくると感じ取り、影は悔しそうに舌打ちし姿が霧のように散った。

 

 

 「――正邪!!」

 

 

 その時、新たな声が聞こえた。正邪の名を呼ぶ声が!

 

 

 コロス……コロス……コロス!!

 

 

 だが、正邪は新たな標的を見つけただけに過ぎなかった……

 

 

 ------------------

 

 

 「――正邪!!」

 

 

 天子は目の前の光景に堪らず声を上げた。森の真ん中に血を流す一人の少女……正邪がいた。

 

 

 天子はこの場に辿り着く前に嫌な気配を感じて足を速めた。嫌な予感がした……その予感は当たってしまった。

 

 

 正邪!?しまった!やっぱり正邪を一人にするのはまずかった……正邪の身に何が起きたのかわからないが今の正邪は完全に敵意むき出しにしている。それにまた怪我をしている……襲われたわけではなさそうね。それでも安心はできない……正邪を助けなくちゃ!

 

 

 「こいし、離れてくれ」

 

 「……お兄さん大丈夫?」

 

 「大丈夫、すぐに終わる」

 

 「うん、わかった」

 

 

 こいしを巻き込まないように離れさせる。唸り声をあげ、今にも飛び掛かって来そうな正邪は天子を睨みつけている。その姿はまるで獣のような表情で少女の面影を感じさせない……何がここまで彼女を変えてしまうのか?

 それを知るためにも地底へ行かなければならない。天子は正邪に睨まれても眉一つ動かさずにその瞳を見つめていた。

 

 

 正邪……一人にしてごめんなさい。待ってて!私が必ず救ってあげる……比那名居天子の名にかけて!!

 

 

 「がぁああああああ!!!」

 

 

 正邪は飛び掛かった。獣が獲物の命を狩り取るように折れた爪を首に立てんとする……その刹那、緋想の剣が線を描き天子と正邪がすれ違う。ドサリッと倒れる音がした。正邪が地に伏していた。すれ違う一瞬に正邪の意識を狩り取ったのだ。緋想の剣を振るい、刃を収めて正邪の元へと急いで近づく。こいしは木陰からひょっこりと顔を覗かせて駆け寄って行く。

 

 

 「すごいねお兄さん!一瞬だったね♪」

 

 「今の正邪は我を見失っていた。力任せの攻撃では私には触れることすらできないだろう。それにしても……」

 

 

 天子は改めて正邪の体を見る。傷つき血が流れ、爪が折れて中には剥がれている爪もある。歯の何本かは折れて口からも血が滲み出ている。爪も歯も妖怪なら生え変わるのも早いためそう気にすることではないとは思うが……

 傷だらけの正邪を見てしまい天子はとても心苦しかった。痛々しい姿を見て顔をしかめる……

 

 

 私が正邪を一人にしたからかしら……傍に居ると言っておきながらこの有様か……肝心な時にいない大馬鹿者ねこれでは……元天子ちゃんが聞いたら呆れるわね……

 

 

 正邪を一人にさせるのは良くないと言ってついて来たのはどこの誰だ……結局一人にして正邪をおかしくさせてしまった。そんな自分が恥ずかしいとさえ思えた。拳を握りしめた……これでは口先だけのお調子者ではないかと自分自身を恥じた。

 そんな天子の心を読み取ったのかこいしが優しく手を握った。

 

 

 「大丈夫お兄さん?」

 

 

 その言葉で天子の気持ちがどれほど楽になったか……傍に誰かが居てくれることがこれほど気持ちが楽になるのかと思えた。傍に居るのと居ないのとではこれほど違うものなのだと……正邪は寂しかったのではないかと心の隅で感じていた。

 

 

 そうだ……正邪も同じ思いのはず……誰かが傍に居てくれるだけで寂しさも紛らわせることができる。ごめんね正邪……私のせいよ。だからさとりに会って正邪の原因を知る必要がある。私はどんなことがあっても正邪を受け入れてあげる。だから……私と一緒に来て!

 

 

 天子は正邪を担いでこいしと一緒に地底へと足を踏み出した。

 

 

 ------------------

 

 

 ところ変わって人里では人間達でにぎわっていた。正直なところ人間達にとって手配書などは特に意味を持たない。意味を持つのは一握りの人間だけだ。多くの者は手配書を見れば「こんな妖怪がいるのか」と思うぐらいだ。誰も自ら退治しに行こうとは思わない。腕が立つ者は人里でも何人かは居るが、報酬が出ると言っても相手は八雲紫……妖怪が約束を守るのかどうかさえわからない条件を信じようと思う者は少なかった。それにそもそも自分達で妖怪を退治できるのかが問題だ。それに幻想郷中のどこにいるかもわからない……人里から外へ出れば別の妖怪に襲われるかもしれないと危険が多いし、リスクが高すぎる。危険を冒してまで鬼人正邪を捕まえようと考えはしなかった。しかし、一人の剣士は違った。

 

 

 「よう妖夢、元気にしてたか?」

 

 「どうも妹紅さん、こんにちは」

 

 

 人里で刀を腰に差すのは魂魄妖夢だった。そして会話をしている相手は蓬莱人である藤原妹紅、偶然出会った二人であったが、お互いに共通する物を手に持っていた。

 

 

 「それ、手配書か?」

 

 「ええそうです。妹紅さんも?」

 

 「ああそうだ。癪だがあの八雲紫に恩を売っておくチャンスかもしれないと思ってな」

 

 「私は紫様のためにも鬼人正邪なる者を捕らえるつもりです」

 

 「それは心強い味方が付いているな」

 

 

 二人共鬼人正邪を捕らえる気でいる。人里は付喪神となった道具達が逃げ回る事件が起きたが被害は最小限だった。しかし妹紅ははた迷惑な異変を起こした鬼人正邪を許さない。それに八雲紫に協力すれば人里のためにも恩を売れるとふんで動く算段だ。妖夢も幽々子の友人である紫のため協力する形で動いていた。

 

 

 「おやおや、これは妖夢殿と妹紅殿ではないですか」

 

 「この声は……神子さん!」

 

 「我もおるぞ!」

 

 

 二人の前に姿を現したのは豊聡耳神子と物部布都であった。そして神子の手には妖夢と妹紅と同じ手配書が握られている。

 

 

 「あんたも手配書を……私達と同じようだな」

 

 「妹紅殿も……それに妖夢殿も……なるほど、人々のために天邪鬼を捕らえようと言うのですね。素晴らしいことです」

 

 「私は紫様のためですが……ですが目的は同じのようですね!」

 

 「そのようですね。同士がいるのは心強いです」

 

 「我もいるぞ!」

 

 「同じ目的を持つ者が集まった訳だ。出発する前に私が知っている美味しいヤツメウナギの店があるんだがそこで一杯やらないか太子さんよ?」

 

 「それはいいですね。誓いの一杯とは言ったものです……妖夢殿もいいですか?」

 

 「そうですね、ここはお言葉に甘えさせていただきます」

 

 「我もいるぞ!!?」

 

 

 妹紅の提案に載った妖夢と神子は仲良く()()並んで人里を後にするのであった。

 

 

 「太子様!妖夢殿も妹紅殿も何故我を無視するのじゃぁああああああ!!!」

 

 

 次々に広がりを見せる手配書……鬼人正邪を捕まえるべく動き出す者達……だが、妖夢も妹紅も神子もまだ知らない。天子がその正邪と共に居ることを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 天界で一人ポツンと薄暗い部屋の中で、机の上に置かれた一枚の紙を見つめるのは永江衣玖。彼女はただその紙一枚を見つめている……何をするわけでもなくただジッとしていた。

 

 

 「……天子様……」

 

 

 ポツリと呟いた名は衣玖の大切な想い人。だが、この場にはいない……天界のどこを探してもいない。彼は地上にいる。そして……手紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 衣玖へ

 

 

 私は天界を去る

 

 身勝手なことながら申し訳ないと思う だけどわかってほしい

 

 救わなければならない少女がいる

 

 そのために天界の皆を 衣玖を巻き込まないためにここを去る

 

 きっと衣玖ならばわかってくれると信じている

 

 

                       比那名居天子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……天子様……」

 

 

 衣玖は知っている。正邪と共に天子は天界を去ったのだと……天界の者達を巻き込まないために天子は去った。天界では正邪を匿うことなどできない。もし匿うことが露見すれば加担した天子が悪い事になり、他の天人から悪く言われる可能性だってある。天子の敵を天界に作らないようにするためには心を鬼にしてまで天子の頼みごとを衣玖は断ったのだ。天子自身の身を守るためには衣玖は協力できないときっぱり断った。

 しかしそれでも天子ならば正邪を助けようとする。心優しい天子ならばそうするだろうと衣玖はわかっていた。だから衣玖は黙って見送った……何も知らないフリをして天界でいつもの仕事にとりかかろうとした時に見つけてしまった。衣玖宛に書いて天子の手紙……その手紙を読んだ途端に寂しくなってしまい、何もやる気が起こらなくなってしまった。

 

 

 「(天子様……天子様がいない天界は寂しいです……)」

 

 

 優しすぎる天子は恩を仇で返すしかない天邪鬼を救おうとする……無理なことだと衣玖は思う。だがそれでも天子は諦めないだろう。なんだか天邪鬼に天子を取られたような感覚を感じて嫉妬してしまう。

 天邪鬼について行った天子はいつ帰って来るかわからない。今までとは違いどれほど長くなるか……1日?1年?それとも……長くなれば長くなるほど心にぽっかりと穴が広がっていく。天子に味方できない立場であり、天界に帰って来てくれるかわからない……それを思うと何もやる気が起こらなくなってしまう。

 

 

 ポツリ

 

 

 「(……雨……?)」

 

 

 膝が濡れた。水滴が落ちてきた……雨かと思った。しかし部屋の中で雨が降ることも天界で雨が降ることはありえない。

 

 

 「……あっ」

 

 

 衣玖はこの水滴が何なのかすぐに理解した。それは……

 

 

 「(……涙……)」

 

 

 衣玖は自分自身が泣いていることを理解した。

 

 

 「(そうですか……やはり天子様がいないとこんなに悲しいのですか……)」

 

 

 ぎゅっと手紙を握りしめる。早く会いたい……その一心だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お取込み中かしら」

 

 「――ッ!?」

 

 

 衣玖以外には誰もいないはずの部屋に声が響いた。すぐに顔を上げ、そこで衣玖が見たものは意外な人物であった。

 

 

 「もうこんなくらい部屋で手紙なんか読んだら目を悪くするわよ」

 

 「……八雲……紫さん……」

 

 「こんにちは、こうして会うのは初めてね」

 

 

 紫は明かりをつけた。光に照らされた衣玖の頬に涙の痕が残っていた。

 

 

 「あなたが泣くだなんて……ハンカチを貸してあげるからその涙を拭きなさい」

 

 「す、すみません」

 

 「綺麗な顔が台無しよ」

 

 「す、すみません……」

 

 

 いきなり現れた紫を警戒するまでもなくただ謝ることばかりだった。

 

 

 「謝らないで、勝手に上がり込んだ私の方が悪いのだから」

 

 「そ、そうですか……ありがとうございました。もう大丈夫です」

 

 「そう?ちょっと座らせて頂戴ね」

 

 

 椅子を引き正面の位置に座る。そしてゆっくりと口を開く。

 

 

 「いきなり押しかけてごめんなさい。ちょっとあなたとお話したかったのよ」

 

 「私と……ですか?」

 

 「ええそうよ、主に彼のことだけどね」

 

 「……天子様のことですね」

 

 「そう、でもその前にあなたのことも色々と知りたいと思ったの」

 

 「私のこともですか?」

 

 「ええ」

 

 

 スキマから酒瓶を取り出して差し出す。

 

 

 「一杯やりながら話しましょう」

 

 

 酒というものは飲む者を酔わせ感情を浮き彫りにする。ある者は普段の鬱憤を晴らすように怒ったり、またある者は態度が大きくなってしまうものもいる。そしてまたある者は溜まっていたものを吐き出すように泣き出す者も色々な効果がある。酒に飲まれるとはよく言ったものだ。酒には不思議と気分を好調する効力がある。目上の者に対しても普段では遠慮してしまうのに、酒を飲む席では気楽に話しかけることも話しかけられることだってある。酔う者、酔わぬ者それぞれだが衣玖は今だけは酒に酔いしれてしまいたい気分だった。

 

 

 「それで……てぇんししゃまわ……わらひのことを『美しい』といってくれたのれふよ……」

 

 「はいはい」

 

 

 紫から天子との出会いと今まで何をして来たのか色々と聞かれた。何故そんなことを聞くのだろうと初めは警戒してしまった。状況も状況で天子が天邪鬼といるタイミングでの出来事……無関係なわけはないと思った。下手に喋れば悪い結果に繋がってしまうのではないかと……だが、衣玖は誰かに心の内を吐き出してしまいたかった。天子に味方したいが天界を放っておくことはできないもどかしさ、天邪鬼が改心することなく天子を連れまわすのではないかという不安……色々とごちゃ混ぜになり訳がわからない感情が渦巻いていた。そんな時に紫が現れた……衣玖は誰でもいいから愚痴を聞いてほしかった。自分の弱さを誰でもいいから知ってほしいと……

 衣玖の手前には何本目かわからない酒瓶が横たわっていた。初めはちょこちょこと口につける程度だったが、天子との過去話を話しているとどんどん手が酒瓶に伸びていった。次第に衣玖の顔は赤く酔いしれて、体中に酔いが回ってしまい呂律も回っていなかった。そんな衣玖の面倒を見ているのが紫なわけだが、おかしそうに笑っていた。

 

 

 「なにがおかしいのれふか!」

 

 

 ダンッ!と机を叩きつけた拍子に酒瓶がバランスを崩して床へと落ちていく……だが割れる音は聞こえて来ず、酒瓶はスキマの中へと消えて行った。

 

 

 「ごめんなさい、あなたを笑ったわけじゃないのよ」

 

 「じゃあなんなんれふか!」

 

 

 あの賢者である紫相手にこのような態度を取れる衣玖は凄いものだ。藍が見ていたら気が気ではない状況だが、紫から誘ったことなので本人は気にしない。ジッと紫を睨みつける視線……衣玖は色々と複雑な感情が混じりあって何もかも吐き出したい気分だった。そして今、酒の力で内に秘めていたものを吐き出している。そしてそれを紫は受け止めている。

 

 

 「彼のこと……そこまで信用しているのね」

 

 「とうぜんれふ!てぇんし様は……わらしのいとしいお方なのれふ!」

 

 「愛しい方ね……」

 

 

 衣玖は赤い顔を更に赤くして自信満々に誇る。疑いもない様子……そんな衣玖を見ている紫の瞳はどこか寂しそうだ。

 紫が酒瓶を差し出すとそれを奪い取って直接口に運ぶ。ごくごくと音を立てて酒瓶の中身を飲み干していく……

 

 

 「ぷはっ!なのに……てぇんししゃまはお優しい方れふから……あまのじゃくぅが……改心してくれると……しんじて……ついていったんれふ!」

 

 「……」

 

 「ゆかりしゃん!わらひはあまのじゃくという妖怪がどんなものか……知っていましゅ!恩をあだでかえして嘲笑うだけでなく、いやがることをこのんでたのしむ妖怪だということを!」

 

 「……そうね」

 

 「てぇんし様は改心するとしんじているみたいれふが……わらひはそうおもえましぇん!むかしからあまのじゃくはそういう妖怪なのれふ!てぇんししゃまを信用しないわけれはないのれふが……それでも……!」

 

 

 ダンッ!と再び机を叩く。

 

 

 「わらひは……あまのじゃくをしんようできましぇん!!」

 

 「……」

 

 

 衣玖は吐き出した。天子は正邪を信用したが衣玖は信用できなかった。天子が信用したのなら信用しようと思ったが彼女は天邪鬼……嫌われることこそ存在意義である。その存在意義を曲げてまで天子の思いに応えるか……考えられなかったのだ。

 

 

 「あまのじゃくが改心しないかぎり……てぇんし様はかえってくることはないはずれふ……そうなればいつ……ふたたび会えるのか……わらひはさびしいれふ……!」

 

 

 ポロポロと涙が流れる。悲しくて嗚咽を漏らしながら子供のように泣き出してしまう……そんな衣玖を優しく背中をさすりながらその泣き声を聞いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか衣玖は眠ってしまった。泣いて疲れたのかスヤスヤと眠っている……衣玖の背中には毛布がかけられており転がっていた酒瓶は一本も残らずに消えていた。そして一緒に飲んでいたはずの紫の姿もどこにもなかった……

 

 

 ------------------

 

 

 「今日は平和な一日になりそうね」

 

 

 地霊殿の主であるさとりは一杯のコーヒーを味わっていた。

 

 

 お燐もお空も仕事は休みで、部屋でおねんね中……こいしはどこかに行っているから仕方ないけど、誰も私を邪魔する者はいない……ふふん♪今まで散々苦労させられて来たんですから今日ぐらいはゆっくりと部屋でくつろぎながら読書に明け暮れることができる♪

 

 

 そう楽しみにしてもう一杯コーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さとり助けてくれ!!

 

 

 ブフゥー!!?

 

 

 「お姉ちゃん汚い」

 

 

 扉を豪快に開け放たれさとりの口からコーヒーが噴射された。

 

 

 「ゲホゲホッ!?い、いったい何事ですか!!?」

 

 

 ……あっ、天子さんにこいし……うわぁ……また厄介なことを持ち込んでくれたわね。連れてきたのはこいしなのね……ああ……私の平和な一日が音を出して崩れていく……

 

 

 古明地さとりの平和な一日は今日もやってくることはなかった……

 

 

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