さとり、これが絶望だ(無慈悲)
それでは……
本編どうぞ!
「それで?天界は巻き込むわけにはいかないと天界から去ったのはいいとして……地底は巻き込んでいいと思ったのですか?」
「……すまない……解決法が見つかったことで後先考えず行動してしまった」
さとりは怒っていた。小柄な体で見下ろすのは体を縮こませる天子……正座をして幼児体型のさとりに叱られている姿はあの比那名居天子なのかと疑いたくもなる光景だ。
「あなたには失望しましたよ」
「……すまない」
謝ることしか天子にはできなかった。さとりの事情も無視して地霊殿に直接乗り込んでひと時の安らぎを奪ってしまったのだから。
折角の休みにのんびりしようかと思っていたのに……おまけに厄介ごとまで持ってきて……あなたはバカなんですかね!?
「私がどれほど苦労しているかは……知っていますよね?」
「……はい」
「私がどれほど胃に穴が開きそうになったか……わかっていますよね?」
「……はい」
「私が厄介ごとに巻き込まれたくないことを……理解していますか?」
「……さとりの事情を考えずに急に訪れたことはすまないと思っている」
「わかっているのならば何故ですか?」
天子を冷めた目で見据える。正直言えばさとりは関わりたくはない……指名手配されている者を匿うだなんて八雲紫に睨まれることは間違いないからだ。
これ以上私の仕事を増やすつもりですかね……映姫さんから頼まれた報告書をやっとこさ書き上げて一休みできるかと思った矢先にこれですよ?いじめですかね?神様は私のこと嫌いなようですね……苦労人さとり(笑)とか思われているんでしょうかね……どちらにせよ、今回のことは断りましょう。こいしが連れてきたこともありますが、これ以上の厄介ごとはごめんです!
さとりは断ろうとした。非情だが仕方ない……これも幻想郷に生きる者の運命だと割り切るしかない。幻想郷とは良くも悪くもそういう世界なのだから……だが、一人だけは諦めていない。目の前の天人だけは決してその現実を受け入れようとしない。
「さとりさんには悪い事だと思っている。でも正邪は今も苦しんでいる……さとりさんしか解決できる人物はいないんだ!」
「――ッ!?」
真っすぐにさとりを見つめる瞳は強かった。そして
そこまでしてたった一人の妖怪を救おうとするのですか……八雲紫に睨まれてもあなたは天邪鬼の味方をすると……
「……こいし」
「なにお姉ちゃん?」
「お燐とお空を起こして来てくれない?それと傷薬があったはずだからそれも持ってきて」
「わかった」
こいしはさとりに言われるがまま部屋を飛び出していった。
「さとりさん!」
「はぁ……もうあなたにはうんざりですよ。厄介ごとに巻き込まれる私の身にもなってほしいものですね」
「す、すまない……」
「けれど……自分よりも他人を優先する意思は凄いと思います。
「信じてくれる者が一人ぐらい居てもいいだろ?」
全くあなたは……バカですね。どうしようもない程に……でもそういうところ嫌いじゃありませんよ。
「どうしたさとりさん?」
「いえ、もし彼女があなたの
「何を言っている?さとりさんも私と
……平然とそんなことを口にするなんて……あなたと言う天人は!
「……早く立って彼女をベッドまで運んであげたらどうです?」
「さとりさん……照れた?」
さとりの回し蹴りが顔に直撃した。痛くはなかったが、照れ隠しだったのだろうかと天子はその時のことを思ったそうな……
「すまない二人共、寝ているところを起こしてしまって……」
「いいよ、さとり様の友人であるおにぃさんの頼みならこれぐらいヘッチャラさ」
「ねむいよぉ……」
お燐とお空にも協力してもらい正邪は今のところぐっすりと眠っている。お空はまだ眠たそうにして目をこすっている。折角いい気持ちで眠っていたところを起こしてしまったんだ。無理もない……申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それでも協力してくれる二人には感謝してもしきれない。
「本当にありがとう、それに厄介ごとに巻き込むことになってしまって……」
「いいって言っているのに……さとり様が決めたことだからあたい達は文句言わないよ」
「うにゅ……」
「そうだよお兄さん、今はその子を助けるのが優先でしょ?」
「そうだなこいし、一応さとりさん達にも正邪に何が起こっているのか口頭で伝えておこう」
天子は詳細に自分が知る限りのことを伝えた。
なるほど……異変の黒幕は心を読んだから知っていましたが、情緒不安定なのですね。そこから考えればやはり過去にトラブルがあると見るのが自然ですね。
「大体わかりました。ですが私の能力では眠っている相手には効力が薄いのです」
「そうなのか?」
「意識が朦朧としている状態では不確定過ぎるのです。夢で見ている光景なのか現実で体験した記憶なのかがハッキリとしないのです。彼女が目を覚ましてからの方が確実です」
「そうか、ありがとうさとりさん。目が覚めるまで私は正邪の傍にいるよ」
「いつ目が覚めるかわかりませんが?」
「正邪を一人にしておくことはできないから」
まぁそうでしょうね。一人にしておくとどういった行動を起こすのかわかりませんし、お燐やお空にもしものことがあれば……許せなくなってしまいますからね。
「お燐、食事の時間になったら天子さんに料理を運んであげて」
「わかりましたさとり様」
「それとこいし、勇儀さんにも天子さんが地底に来ていることを伝えてくれる?」
「いいけどどうして?」
「前から天子さんに会いたいってうるさいんですよ。もしこのまま天子さんが帰ったことを知ったら『なんで教えてくれなかったんだ!』とか言いそうですからね」
もしもの時に勇儀さんが居てくれれば助かりますからね。力だけは取り柄がありますからね。
「わかったよ」
「お願いね」
「うん!」
こいしはスキップしながら部屋を出ていき、お燐は支度をするために部屋を後にした。残っているお空は指をくわえてジッとさとりを見つめる。自分には何もないのかと訴えているようだ。
「お空にもちゃんと仕事を与えますよ。お空は……そうですね、ペット達にご飯でもあげてきてください」
「うにゅ!任せて!!」
眠気を吹っ飛ばしてドタドタと廊下をかけていく。廊下は走ってはいけませんこれマナー!
「ひとまずはこれでよし」
「流石さとりさんだ。地霊殿の主だけはあるな」
「もう慣れました。人の上に立つのは苦労します」
「確かにその気持ちはわかる」
「お互いに苦労は絶えないわけですよ……今回はあなたのせいですけどね」
「……すまない」
ちょっと悪戯に天子に突き付けることで申し訳なさそうにする様子にクスリと笑みを浮かべる。
……さてと、ここからは少し真面目な話をしましょうか。
「天子さん、ここからは真面目な話をします。いいですか?」
さとりの顔が真剣な顔つきになった。天子も顔を引き締めて受け入れる態度を整える。
「鬼人正邪、天邪鬼の妖怪であることは承知でしょうね。なんせ
「ああ」
「彼女が目を覚ましたら記憶を読み取ります。しかし、ここで注意するべき点があります」
「注意するべき点とは?」
「まず、彼女の精神が情緒不安定であることが問題です。私の能力を使いトラウマを具現化させる……実際に体験したことと同じことをもう一度味わうことになります。精神が弱い者なら下手をすると精神がそのまま壊れてしまうことだってあるのです」
「……」
「彼女次第ですがね。それにトラウマを具現化させるのですから彼女には地獄となるでしょう。そんな苦しみを与えてまでも原因を知りたいのですか?」
「……」
天子は黙り込む。わかっていたことながら実際に指摘されると不安になってくる。おそらく正邪に聞いても話してくれないだろう。だから
「……」
あなたなら一体どうしますか……天子さん?
さとりはジッと天子を見つめる。天子の心は今、複雑な心境でグチャグチャになっている。だが、それもひと時の間……次第にグチャグチャになっていた心が平静を保ち始めていく。そして一つの決心へと変わった。
「……さとりさん、確かに正邪には苦しみを味合わせることになる。だが、私が正邪の苦しみを少しだけでも肩代わりしてあげたい。正邪が壊れないように寄り添うつもりだ。絶対って保証はないが、正邪を苦しめる原因を何とかできるなら……正邪に恨まれたっていい。お願いするさとりさん!」
はぁ……他人にそこまで人生をかけるとは……変な人ですね。
「わかりました。あなたが全ての責を背負うなら私は何も言いません」
「ありがとうさとりさん!」
満面の笑みで言われると……少し照れてしまいますね……
笑みを浮かべる天子の顔から視線を逸らすが、その時のさとりの頬がほんのりと赤みがかっていたことには天子は気づかなかった。
「ゴホン!まぁ、それは彼女が起きてからのことです。それまでは家でゆっくりしていってください」
「そうさせてもらう」
「それじゃ私は読書の続きをしますので……失礼させてもらいます」
さとりはそのまま部屋を出ていこうとした時に天子に呼び止められた。
「……なんです?」
「さとりさん、本当にありがとう。やっぱりさとりさんはいい妖怪だ」
「……褒めても何もでませんよ」
「……照れた?」
「照れてません!」
さとりはそそくさと立ち去ってしまった。
「全く……天然もいいところですね」
書斎に戻って来たさとりは椅子に腰かけながらため息をつく。
そういうところが女を泣かせるのですよ天子さん、鈍感なのやら天然なのやら、あなたの何気ない行動で何人落としてきたことやら……あなたの事情を知らなければ、あなたの心を読むことが出来なければ私もあなたの虜になっていたでしょうね。本当に罪づくりな方ですよ……その内に後ろから刺されてしまうんじゃないですかね。
やれやれと呆れてものも言えない様子である。何がともあれ書斎に戻って来て一人っきりになれたので、一息つこうと残っていたコーヒーを口に含む。
ぬるい……お燐に入れなおしてもらう……こともできますが、今忙しいですよね。仕方ありませんね、アイスコーヒーだと思って飲めばいいだけですし……
もう一度コーヒーを口に含む。
「さとり!天子がきているんだってな!!」
ブフゥー!!?
「お姉ちゃん汚い」
扉を豪快に開け放たれさとりの口からコーヒーが噴射された。
なに……このデジャブは……!?
さとりに休む暇などなかった。
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すぅーすぅー
寝息が聞こえる。ベッドに寝かされている正邪はぐっすりと夢の中にいた。そして傍で椅子に腰かけて見守るのは天子だ。
「……勇儀か?」
不意に天子が呟く。その呟きは扉の向こうに対しての投げかけだ。
「へぇ、誰か来たのかわかるのか……超能力でも持っているのかい?」
扉が静かに開いて姿を現したのは星熊勇儀であった。地上に住む萃香とは古き頃からの友人であり、以前の騒動で天子とは仲良くなった仲である。
「勇儀独特の力強い妖気を感じただけだ」
「~♪私の気を感じ取れるだけでも十分だよ。やっぱり天子はいい男だよ」
口笛を吹いて天子を褒めたたえる。
「そんなことはないさ。一人の少女を置いて傍から離れてしまったバカ者だよ」
「この天邪鬼のことかい?さとりから聞いたよ。訳ありだそうだな」
部屋の片隅に置かれた椅子を持ってきて天子の隣に陣取る。二人共ベッドを正面にして正邪を見つめていた。
「地上で異変を起こして指名手配されているんだって?あの八雲紫を怒らせるなんざさぞ悪党なんだろうな」
「どうしようもない小悪党だよ正邪は。でもそこが彼女の良さなのかもな」
「天子なら悪は許さないとか言いそうなんだがな?」
「憎めない悪役っているだろ?そんな感じだ」
「天子にそこまで言わせるとはね……一度戦ってみたいものだ」
「戦ったら確実に正邪が負けるのだが?」
「ちょっと喝でも入れてやろうって意味だよ。それで心入れ替えるかもしれないだろ?」
「……正邪はそう簡単にはいかないぞ」
「かはは!流石天邪鬼だ!それでこそ天邪鬼!!」
面白おかしく笑う。愉快といった感じだった。脅された程度で心変わりすることなど天邪鬼にはありえない……その根性が気に入られたようだ。
「だけど天邪鬼は恩を仇で返す妖怪だ。それが天邪鬼だ。それでも天子はこいつのために尽くすことができるのかい?」
勇儀の真剣な表情が天子に向けられる。だが既に天子の応えは決まっていた。
「約束したんだ。正邪と……何度も裏切られたとしても約束したんだ。天邪鬼でもお互いに話し合って、交流を深めて絆を結めば気にしてくれたり、優しく接してくれると信じている。天邪鬼だって生きているのだから笑ったり、泣いたり、怒ったりと私達と何も変わらない。だから向き合えばいつかはわからないが共に並んで道を歩むことができるようになるとな。それに……」
天子は眠っている正邪を見る。
「正邪とも
「……クッ、ククク……」
「勇儀?」
「クハハハハ!」
高らかに勇儀が笑いだした。どうしたのかと戸惑う天子に勇儀は手で悪いと表現した。
「悪い悪い、いきなり笑って悪かった。天子を笑ったんじゃないんだよ。もう予想通りでおかしくなっちまってさ!」
「予想通り?」
「天子なら見捨てる訳はないと思ったさ。そして『
バシバシと背中を叩いて褒めたたえる。ちょっと痛そうにしていたが勇儀はそんなこと気にしない。
「天子に目を付けられたこいつは幸運だよ。こんないい男に巡り合えたんだから、私ももう少し早く出会いたかったね♪」
「褒め過ぎじゃないか?」
「褒め過ぎが丁度いいんだよ」
「ふっ、勇儀もいい女性だよ」
「そう言ってくれると嬉しいね♪」
お互いに褒めたたえる。勇儀は萃香が先に天子と出会ったことが羨ましく感じる。友人でなければ力づくで天子を奪い取ってしまうぐらいだった。でもそんなことはしない……今では良き
「さてと、私は少し食堂を荒らしてくるよ」
「何するつもりだ?」
「決まっているだろ?天子が地底に来ているって知って急いで来たんだ。見ての通り手ぶらさ。後は……わかるよな?」
「ああ……」
容易に察することができた。きっと酒とつまみを物色しに行く気であると……心の中でさとりに対して合掌しておくのだった。
「それじゃまた後でな!」
部屋を出ていき、地霊殿は荒らされることになるだろう……またさとりの胃にダメージを与えることになるが、天子は止められない。時間がある時に胃薬を永遠亭でもらっておこうとさり気ない気遣いをするのであった。
勇儀が出ていってまた静かになる。聞こえてくるのは正邪の寝息だけ……
「あれだけ騒いだのに起きないか……」
勇儀が高らかに笑い声をあげた時は正邪が目を覚ましてしまうのではないかと心配したが、今でもぐっすりと眠っている。余程疲れていたのかちょっとやそっとのことでは起きそうにない。自然に目が覚めるまで待っておくしかなさそうだ。
「(……正邪の性格だ、目が覚めたら勝手に抜け出す可能性があるわね)」
地霊殿の中は安全だ。しかし旧都に出ればガラの悪い妖怪もこの地底には住んでいる。正邪ならは喧嘩を売ってしまうか心配だ。天子は正邪が逃げ出さないように手をそっと手を握りしめた。
「まだ食事時まで時間があるな……私も動きっぱなしだったから少し眠るか」
立て続けに色々なことが起きていたために少し疲れていた。天子は目を閉じて体を休めることにして夢の中へと身を流して行った。
「う……ん……?」
正邪が目を覚ましたのはそれから少ししてからのことだった。
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「すみません布都……あなたの事を無視したわけではないのです。だから許してください……」
「うぅ……我だって……おりますのに……」
「ダメだこりゃ、完全に自暴自棄になってるぜ」
「これで何本目なんですかね……?」
ここはミスティアの屋台で飲んでいるのは神子、妹紅、妖夢、そして酒に飲まれた布都がいた。存在を忘れ去られてしまった布都は屋台につくな否やありったけの酒を注文し飲み干した。神子達は久しぶりの再会に興が弾み、布都のことが蚊帳の外になってしまっていた。そのことでやけになった布都は現在の状況に至る。
「本当にすみません……布都元気出してください。あなたの憧れの太子様が自ら応援して差し上げますから……頑張って布都ちゃん♪」
「「「(うわぁ……)」」」
布都に元気を出してもらうと似合わない可愛さを前面に出す神子の姿に女将含め全員がドン引きした。そして布都は眠りこけてしまい見てもいなかった。
「なんですか!私が折角布都のためを思ってしたことなのに引くことないでしょ!?」
「い、いや……ただ……似合わないなぁって思ってな……」
「そ、そうですね。神子さんならもっとカッコイイ方がお似合いかと……」
「ふむ、そう言われてみればそうか……私はカリスマ溢れるが故に可愛さとは無縁……しかし天子殿には可愛いと思われたいし……ううむ……」
ぶつぶつと何か一人で呟き始めた。そんな神子は放っておいて新たにヤツメウナギを注文する妖夢と妹紅。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「サンキュー女将♪」
「いえいえ、それにしてもこんな時間から飲んで良かったのですか?布都さんは寝てしまいましたし、神子さんは『ここは私の美しさをアピールした方がいいのか?いや、それならばいっその事……ぶつくさぶつくさ』あの調子ですし」
「私もこんなことになるとは思わなかったんだ。一仕事前の一杯のつもりだったんだが……」
「妹紅さん、ここは私達だけでも鬼人正邪を捕まえましょう。それに他の方と協力して捕まえればいいことですから」
「そうだな妖夢、そうしよう」
話がまとまり、布都と神子はここに置いていった方がいいと判断した。そんな時に屋台に近づいてくる足音が聞こえてきた。
「女将さん一杯頂戴……先客がいたの……あっ!」
「うん?おっ!狼女の影狼じゃないか?こんなところで出会うとは奇遇だな」
「妹紅さん知り合いですか?」
妖夢が尋ねる。どうやら妹紅と影狼は面識がある様子だった。それも妹紅が住み着いているのは迷いの竹林、そして影狼も迷いの竹林に住んでいるために何度か出会ったことがある。
「初めのうちは何度か食われそうになったがな」
「そ、それは忘れてほしいな……」
妹紅と影狼の間柄には黒歴史があるようだが、そこは追及しないでおこう。
「影狼さんですね、私は魂魄妖夢と申します」
「あ、これはどうも……今泉影狼です。好物はお肉で、嫌いな物は野菜全般、悩み事は満月になると毛深くなるのが悩みどころです」
「おいおい、聞いてないことまで言うことないだろ?」
「あ、そっか」
笑いが起こる。影狼は恥ずかしさか顔を赤く染めていた。何がともあれ一緒に飲むことになった。眠っている布都と未だぶつくさ一人で呟いている神子が店の半分を占めているので、三人は店の外で飲むことにした。
「悪いな、あの二人は私達の友人なんだがちょっと変わっていてな。特にさっきからぶつくさ独り言を言っている方は豊聡耳神子って言うんだがこれがまた変わり者でよ」
妹紅は大体のことを影狼に伝えた。女将が店からヤツメウナギを運んできて一口くわえながらその話を聞いていた。
「それでこの妖夢と一緒にこの後、鬼人正邪を捕まえに行くんだ」
「鬼人正邪!」
「影狼さんどうかしましたか?」
鬼人正邪に反応した影狼に視線が集まる。
「さっきその鬼人正邪と会った」
「えっ!」
「本当かそれは!?」
「あ、うん、私達……わかさぎ姫と赤蛮奇って友達がいるんだけど、異変の影響で私達暴れちゃって……通りかかった人間達に退治されちゃってさ」
「多分霊夢さん達ですね。昔私も歌っているところ退治されました」
女将のミスティアも同情するように頷いていた。
「それは置いておいて……影狼がここに居るということは逃がしたのか?」
「そう、私達以外にもいたんだけどほとんどやられちゃって」
「鬼人正邪と言う者はそれほど強いのですか!?」
妖夢は驚いた。影狼達は妖怪としての力は十分にあるはず、他の妖怪達も報酬目当てなら腕に自信を持つ者が集まって来るはず……それを撃退したとなれば難敵……こちらもそれ相応の覚悟が必要になるのでは?そう妖夢は思った。
「あ、いや、鬼人正邪じゃなくてもう一人居たカッコイイ男性の方がいたの。その方にやられちゃってさ」
「正邪に仲間がいたのか?」
「特徴はわかりませんか?」
「名前なら蛮奇から聞いてるわ。比那名居天子だって」
「「天子(天子さん)だって!!?」」
ガバっと影狼に詰め寄る妹紅と妖夢の勢いは凄かった。影狼は二人に詰め寄られてあまりの剣幕に体が硬直してしまった。
「天子がなんで鬼人正邪についているんだよ!」
「そんなの何かの間違いです影狼さん!」
「天子はもしかしたら操られていたのかも……どうなんだ影狼!?」
「ハッキリ答えてください影狼さん!!」
「あ……うぅ……」
「ちょ、ちょっとお二人共!影狼さんが怯えているじゃないですか!」
女将の介入により、我に返った二人は申し訳なさそうにちょこんと元の席へと座る。
「大丈夫ですか影狼さん?ゆっくりでいいんで話してもらえますか?」
女将のミスティアによって場は静まり、影狼はポツポツと話し始めた。影狼も詳しくはわからないために状況説明しかできなかったが、それで精一杯であった。
妹紅と妖夢はジッと考え事をしていたが、顔を見合わせた後に立ち上がった。
「女将、悪いが私達はもう行くよ」
「ごちそうさまでした」
「あ、ちょっと!!」
二人はそのまま走り去ってしまい森の中へと消えて行った。
「お代もらってない……」
「びっくりした……一体どうしたんだろう?」
「影狼さんは知らなかったですね。少しお話しておきましょうか」
女将によって影狼は妹紅と妖夢が天子と縁があることを知ることとなる。そして天子には伊吹萃香や風見幽香といった大物までついていることに今更ながら戦慄するのであった。
「……やはり天子殿も男性……私の肩のラインから胸元をチラつかせることでその気にさせるやり方もアリではないですか!そう思いませんか妖夢殿、妹紅殿……あれ?」
「……我も……おりますぞ……むにゃむにゃ……」
神子は布都と共に置いていかれたのであった。
「暇だ」
「そうだね」
こころと小傘はブラブラしていた。雷鼓達と別れて、こいしも天子もいなくなりやることがなくなってしまった二人は気の向くままに歩いているだけだった。
「小傘、面白いことして」
「え!いきなり無茶ぶり過ぎるよ!」
「じゃ、面白いこと言って」
「さっきと変わらないよ!」
「はやくはやく」
「ええ……」
こころが期待を込めた眼差しで見つめて来るので仕方なく小傘は答える。
「隣の家に囲いができたんだって?へぇ~
「……」
「……」
「……今日はいい天気だな」
「こころ……せめて罵倒でもしてよ……」
こころに翻弄されながらも気ままに歩いて行く。そんな時、二人を見つける空飛ぶ影……その影は一直線に二人に向かって来る。その影は二人の前に下りてきた。その影の主には見覚えがあった。
「魔法使い」
「魔理沙さんだ」
「よぅ、面霊気に唐傘がこんな森の中で二人して何しているんだぜ?」
それは魔理沙だった。そしてもう一人……肩に載っているのは針妙丸、二人は初めて見る小さな小人に興味深々だ。こころなんか新しい玩具を見つけた子供のように目が輝いていた。
「魔法使い、それなんだ?」
「こいつか?こいつは少名針妙丸、小人だよ」
「ど、どうも初めまして」
「こちらこそ多々良小傘だよ」
「秦こころ」
「よ、よろしく」
初めてなのでぎこちない挨拶となってしまったが、こころも小傘も気にしない。
「なぁ、この辺りでこんな奴見なかったか?」
魔理沙が取り出したのは手配書だった。その手配書に載っている特徴的なイラストを見せられた二人は見たことはなかった。だが、名前を見た瞬間小傘は天子の言っていた天邪鬼だと確信した。きっとこの二人も天邪鬼を捕まえようと探しているのだろう……幻想郷のためならば教えるべきなんだろうが、天子から事情を聞いていた小傘は躊躇った。そもそも口止めされていたのだから喋ってはまずいと思い、知らないフリをすることにした。
そう……小傘だけは。
「……見たことないですね」
「見たことない……けど名前は聞いたぞ。天子から」
「本当か!」
「(こころぉおおおおおおおお!!?)」
平然と答えるこころに内心焦りだした。
「(どうして言っちゃうの!?天子さんから口止めされていたでしょ!!?)」
「本当なの!?正邪は!正邪はどこに!!?」
「地底に行くって」
「(喋っちゃダメだよ!!!)」
小傘がこころの口を塞ぐがもう遅い。ハッキリと聞いた魔理沙と針妙丸は次の目的地を決めたようだ。
「なんだかわからないが、助かったぜ!行くぜ針妙丸!」
「はい、魔理沙さん!」
「あっ」
そのまま魔理沙達は二人を置いて飛んで行ってしまった。小傘はそれをただ見送るしかできなかった。
「もうどうして言っちゃったの!?天子さんから口止めされていたでしょ!!?」
「あっ、うっかりしてた。てへぺろ♪」
「それで許されると思っているの!!?」
「メンゴメンゴ」
ため息をつく小傘は頭が痛くなる思いだった。信用してくれて話してくれたのにあっさりと話してしまった責任感が小傘を襲う。
「そう落ち込むなよ、天子なら何とかやれるさ」
「誰のせいだと思っているの!?」
「ねぇ、さっきの話……詳しく聞かせてくれるかしら?」
「ふぇ?」
聞き覚えのある声に小傘が振り向く。そこには紅白の巫女衣装を身に纏った博麗霊夢がいた。
「「あっ」」
「隠していること洗いざらい吐くのよ。嘘ついたら……わかるわよね?」
「「……はい」」
こころと小傘は霊夢に全てを話すしか選択肢がなくなった。