遂に正邪の過去が明らかになる……!
それでは……
本編どうぞ!
空間が歪む……
視界がぼやける……
一瞬世界全てが真っ黒に染まり、天子達は真っ黒な空間へと放り出された。
『「こりゃすげぇな、初めて見るぜこんなの」』
勇儀に同感だわ。これがさとりさんの能力か……でも真っ暗で何も見えないけど?
『「これからですよ、今は入り口に立っているだけです」』
『「そう言えば天邪鬼はどこに消えた?」』
勇儀が言うに正邪の姿はない。辺りを見渡しても天子と勇儀とさとりの三人の姿しか確認できない。
『「今回は天子さんと勇儀さんにも共有できるよう記憶にリンクしています……二人共わかっていないようですね。簡単に言えば正邪さんの頭の中に私達が入っていると思ってください。だから正邪さんはこの場にいないのです」』
『「なるほどねぇ」』
つまり正邪の記憶の中にシュー!したわけですかね?
『「ちょっと違いますね。あくまで記憶の具現化させていますので、正確には記憶の中ではありません。記憶を基にして作った空間にいると思ってください」』
なるへそ、大体わかったわ。
『「わかっていただけたのならそれでいいです。それでは記憶の扉を開きますよ!」』
遂に原因がわかるのか……心を引き締めないとね!
空間がまた歪み、真っ黒な空間が変わっていく。そして景色が現れた……古ぼけた小屋の中に場面が変わった。そこでは男と女、そして赤子がゆりかごの中で眠っていた。
『「おいさとり、私達これじゃ丸見えじゃないのか?」』
『「ここは正邪さんの記憶の具現化した世界なので私達は存在していないのです」』
へぇ~そうなのか……それにしてもこの男性と女性は誰だろう?記憶の具現化だから気配も読めない……見た目は……小さな角が生えているわね。もしかして正邪と同じ天邪鬼?
その男女には小さな角が生えていた。そしてゆりかごで眠っている赤子にも小さな小さな角がちょこんと生えていた。
『「この男と女は天邪鬼か?それじゃこの赤子は二人の子供か……」』
『「勇儀さん、お喋りはそれぐらいにして様子を見守りましょう」』
『「おっと、悪いなさとり」』
天子達はジッと様子を見守ることにした。
「あなた、この子になんて名前つけます?」
「名前か?ふむ、考えてなかった」
「呆れました、ダメ亭主ですね」
「それは酷すぎる、考えてなかっただけだ。今から考える」
「私はもう決めていますけど?」
「なに!?教えてくれ!」
「うふふ♪どうしよっかな~♪」
「
その男性と女性は夫婦のようだ。仲良さそうにしている光景を見ていると微笑ましいと感じる。
「この子の名前は……鬼人正邪よ」
「おお!なんか良さげな名前だ!よし!それに決めた!!」
「あなた早すぎるわよ?あなたの意見は?」
「俺はこの名前がいい!もう決めたんだ!変えるつもりなんてないからな!」
「あらあら、あなたが良いのならそれでいいですけどね」
「よーし!今日からお前の名前は鬼人正邪だ!強い妖怪になれよ!」
「ブバー!」
これが正邪の赤ん坊の時か……きゃわいいわね♪どこの赤ん坊も可愛いわ。それに正邪の両親もいい妖怪そうで良かったわ。今のところ問題はないみたいだけど……嫌な予感がするわね……
空間が歪み場面が変わるようだ。今度はまた別の場所……開けた場所に石柱が立ち並んだ不思議な場所だった。
なにこれ?中央に簡易な祭壇みたいな場所があるけど……儀式をする場所のような印象を受けるわね。それに誰かいる……
天子はこの場所に疑問を感じつつ先ほどの正邪の両親の姿を見つけた。その両親は年老いた天邪鬼らしき人物に正邪を手渡していた。その老人は正邪を祭壇の中心に置くと何やら訳の分からない呪文(?)のような言葉を呟き始めた。しばらく何かを呟いていたが、言葉を止めて静かに目を閉じた。
「長老様、私達の正邪はいか程のものでしょうか?」
「将来きっと大物の天邪鬼に育つはずです!」
老人の天邪鬼はここの長老らしい人物に二人は輝かしい目で訴えているようだった。それに対して呟き終わった長老は静かに語る。
「ふむ、この者には何の希望はないようじゃな」
両親は一瞬何を言っているのかわからない様子だった。しばらくして慌ただしく父親が長老に詰め寄る。
「そんなはずは!?この子には天邪鬼としての未来は無いと言う訳ですか?」
「その通りじゃ」
「何かの間違いです!私はこの子をお腹を痛めてまで生んだのですよ!?」
「じゃが何もないな。弱く儚い……しかもこの赤子には天邪鬼としての才は無い」
「どういうことですか!?」
両親の二人は驚きを隠せない。天邪鬼としての才が無いとはどういうことなのか?
「この赤子は悪いことばかり仕出かす。人を助け、困っている者には手を差し伸べる……そのような愚かなことをしてしまうようじゃ」
「そ、そんな馬鹿な!?」
ここで勇儀に疑問が生まれる。人を助けて困っている者に手を差し伸べる……それのどこが悪い事なのだと。
『「勇儀さん、彼らは天邪鬼です。私達とは反対の意味で考えればわかることですよ」』
『「つまりあいつらが言っている悪い事は私達で言う善意って訳か?」』
『「人助けってことで言えばそうですね。天邪鬼にとっては好かれることが悪い事、嫌われることが良い事という解釈になりますからね」』
ああそうか、ここに居るのは全員正邪含め天邪鬼だったのね。反対に考えないといけないからややこしいわね。それにしてもあの天邪鬼、祈祷師みたいなものか……天邪鬼って民族みたいな生活していたのね。
天邪鬼の知られざる意外な一面を見た後、また場面が変わり先ほどの古ぼけた小屋の中だった。先ほどの両親は帰って来ており、何やら意気消沈としているようだった。
「そんな……私達の子が……そんな!」
「諦めるな!正邪はそんな子にならない!きっとだ!」
「で、でも長老が……!」
「大丈夫、俺たちの子だぞ?立派な天邪鬼になるさ!」
「そ、そうね。正邪なら立派な天邪鬼になるわね!」
「そうだとも!だから飯にしよう。正邪も腹が減っているだろうしな!」
「ブバー!」
「ほら、早く食わせろとご所望みたいだ」
「あらあら、赤ん坊の時から強情ね」
ああ……いい親だ。あの老人が言ったことは予言みたいなものね。それを告げられたとしてもめげない親に恵まれていたのね……幸せな家庭に生まれてきたのね。
少し涙ぐんでしまう。転生前は両親から構ってもらえない存在だったのでこういった光景には弱い天子だった。
だが、天子はこの後知ることになる。妖怪と人間の認識には差異が生まれる。価値観の違い、文化の違い……様々な違いがある。その違いが時に残酷な運命を与えることになると……
『「少し進めましょう。今のところはそれほど原因になる要素はなさそうですね」』
ぐにゃりと空間が歪み天子達は次なる場面へと移動した。今度は外のようで、太陽の光が地上を照らしていた。
「や~い!や~い!わるものわるもの~♪」
耳に入って来たのは子供の声だった。そして視界に飛び込んできたのは一人の少女を取り囲む複数の子供達だった。その子供達は輪になって遊んでいる光景には見えなかった。天子にはハッキリとそれがなんなのかと一目でわかった。自分も昔にこの光景を見たことがあった。重く辛い感情が重しとなって体中を刺激する。
いじめ……か……
本当は見たくはない光景だった。子供の内はこういうことが起こってしまうだろうが、それでも見ていていい気分ではない。しかもその中心にいる女の子が先ほど見ていた赤ん坊が成長した正邪であったのだ。
「わ、わるものじゃないもん!」
「なんだよ?おまえはわるものじゃないか!」
「「「そうだそうだ!」」」
子供の中には女の子の妖怪も混じっていた。みんな天邪鬼であるが、誰もが正邪を悪者だと言っていた。そして悪者だと言われている正邪は自分が悪者だと言われているのかわかっていないようだった。
「どうしてわたしがわるものになるの!?」
「どうしてって?じぶんのてもとをみてみろよ!」
子供が示す指先、弱々しく鳴く力も残っていない小雀が居た。天敵にやられたのか無数の傷だらけだった。それを大事そうに守るように正邪の手元に握られていた。
「こ、このこはけがしていて……おとうさんとおかあさんにたすけてもらうの」
「おいきいたかよ?たすけてもらうだってさ!」
「「「クケケケケケ!!!」」」
馬鹿にした笑いが起こった。正邪以外の子供達がおかしいとばかりに正邪を笑う。
「な、なにがおかしいの!たすけないとこのこがしんじゃう!!」
「しんじゃえばいいじゃん」
「……えっ?」
子供の一言に正邪は呆然とした。
「おれたちはアマノジャクなのに~?たすける~?ケケ!おまえやっぱりわるものだ!おそわらなかったのかよ?アマノジャクはたにんをたすけることはしちゃだめだって!!」
「お、おそわったよ……で、でも……このこはいたそうにしているし、ほうっておくとしんじゃう!そんなのかわいそうだよ!」
「なによそれ?セイジャってまえまえからおもっていたけどバカなのね」
「わるもの!バカ!セイジャはわるものでバカ!ケッケケ!」
「「「わるもの!わるもの!わるもの!」」」
子供達は転がっている木の枝を拾いそのまま正邪に向かって振り下ろす。
「やめて!いたいよう!!」
「くやしかったらやりかえしてみろ!!」
「わるものはたいじしないとな~!」
「わるものせいばい!!」
手加減を知らない子供の力で枝を振るい正邪を叩く。痛くてうずくまる正邪だがそれでも子供達は止めてくれない……反撃してこないことをいい事にますます力を入れていき、正邪は堪らず子供達の輪から逃げるように飛び出した。
「わるものがにげた!おえー!みなのしゅう!!」
「わるものをにがすな!!」
「わるものはたいじしてやるんだから!!」
子供達は正邪を追って行く。遊びのつもりなのか落ちている石を拾い正邪めがけて投げつける。体に何発か硬い石が当たるが我慢して走る。小雀を守るように自分の体で庇いながら走ったが、正邪の頭に一つの石が当たりふらついた正邪はバランスを崩して転んでしまう。
「あぅ!」
その拍子に手から小雀がすり抜けて近くの川に落ちてしまった。
「ああ!?」
正邪はそれを見て川に這って近づこうとしたが、その前に子供達に取り囲まれてしまった。
「おまえがたすけたからスズメはかわにおちたんだ!!」
「ざまあみろ!!」
「いいきみだ!!」
口々に正邪を悪く言う。今にも泣き出しそうな顔をしながらも正邪は我慢して川へと向かおうとする。
「そこどいてよ!!」
正邪は子供達を押しのけて小雀を助けようとするが、力の弱い正邪は逆に押し返されてしまう。
「よわっちいおまえがおれたちにかなうわけないだろ?」
「くやしかったらかってみろ~!」
「ざこざこ♪ざこのセイジャ~♪」
「よわむし~♪」
「よわいやつはこうしてやる!!」
子供達は正邪を叩き始めた。やめてと願いも誰も聞き入れてくれない……何度も何度も叩かれて痛みに耐えられずにうずくまる。それでも何度も叩かれた……体が汚れ、切り傷が痛々しい。頭からは出血していたがそれでもお構いなしに叩かれ続けた。
その内に飽きたのか子供達は正邪を罵倒して去っていってしまった……汚れて傷が残った正邪は体を引きずりながら川へと近づいた。だけれどそこには小雀の姿はもうどこにもなく、流されてしまった後だった。傷だらけで抗う術を持たない小雀の命の灯はおそらく消えてしまっただろう……
正邪の瞳から何かがポタポタと流れ落ちる。
「スズメさん……ごめんなさい……ごめんなさい……わたしのせいで……ごめんなさい……!」
正邪は川を見つめながら何度も泣きながら謝っていた。
『「……!」』
『「勇儀さん、落ち着いてください。これは記憶の具現化ですのでどうしようもありません」』
『「わかっている!」』
勇儀はさとりに怒鳴ってもどうにもならないとわかっていたが、吐き出したかった。とても見ていていいものではない光景……こういうことが嫌いな勇儀が怒ってしまうのも無理はない。
『「……悪いさとり……怒鳴っちまって。お前に怒鳴ってもどうしようもないことぐらいわかっていたんだがどうしても……」』
ばつが悪そうに勇儀は口ごもる。
『「わかっています。私も見ていていい気分ではないですので」』
『「……悪い」』
『「お気になさらず。天子さんも大丈夫ですか?」』
『「あ、ああ……」』
ありがとうさとりさん、心配してくれて。でも私は我慢しても正邪の見てきたものを見たくちゃいけないの……だから大丈夫よ。このまま続けて……でももし勇儀が耐えきれなくなったら……
『「大丈夫だそうですよ、意地でも耐えてみせるって思っているみたいです」』
チラリと天子は勇儀を見る。不機嫌そうな顔つきだがそれでもちゃんと落ち着きを保っている様子だった。「私は大丈夫だ」と勇儀は天子に対して頷いて答えてみせた。
『「また場面が変わるようですね……天子さん、勇儀さん、まだまだこれからみたいですよ」』
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「また!?もう何度言えば気が済むの!?」
「……ごめんなさい……」
「また人助けしてきたのか!全く……あれほどダメだと言ったろ!?」
「……ごめんなさい……」
父親と母親に叱られていた。少し成長したようで幼さが残るとはいえ、特徴的な黒髪に白と赤のメッシュが目立つようになってきた。
正邪だ。
ボロボロの着物に身を包み、泥だらけで汚さが目立っていた。父親と母親はそんな正邪を見てため息をついていた。
「これで何度目よ……正邪、お父さんとお母さんの言う事聞けないの?」
「き、きけるよ……でも……泥沼に足を取られて動けなかったから……」
「それで助けたって?そんなの上から泥をかけてやりなさいよ!」
「そ、そんなことしたら……その人が困っちゃう……」
「困らせるんだよ!私とお父さんは何回教えた?1回や2回じゃないでしょ?何百回と教えたわよね!何度もこうしろああしろって言ったわよね!?」
「……ごめんなさい……」
「はぁ……もういいわ。さっさとその惨めな姿を洗ってらっしゃい」
トコトコと元気がなく外へと向かう。出ていった後姿を見送りながら両親はため息をついた。
「もうあなた、正邪は一向に変わろうとしない。このまま変わらなかったらあの子は天邪鬼の恥さらしになってしまいますわ!」
「ああ……だが、何度言っても人なんぞ助けたりする……どこで教育を間違えたんだ?」
「それにあの子は同じ年頃の子と喧嘩してもすぐ負けてしまう。あの子ったら誰にも勝ててないのよ?」
「本当か?妖怪としての力も弱いとは……」
「……あなた……このままじゃ私達までも……!」
「わかっている。もしそうなるのであれば……」
……わたしっておかしいのかな?
川の水で体の汚れを落としている。冷たく肌に触れるたびに体が凍えそうになる。だがそんなことよりも正邪の頭は別のことでいっぱいだった。
同じ天邪鬼仲間から揶揄われてきた。昔から自分はおかしい、悪者だと言われた。時にはバカ、アホなんて言われたこともある。でも何でそんなことを言われるのかわからなかった。
ある時に傷ついた動物を助けた……悪者だと言われた。
ある時に人を助けた……悪者だと言われた。
何度か耐えきれずに喧嘩したことがあった。全部負けた……負ければ弱者と呼ばれ叩かれた。
何がいけないの?どこが悪いの?わたしは弱いけど……それの何がいけないの……?
正邪には答えが出て来ない……
「うらぁ!」
「あぐぅ!?」
胃液をまき散らしながら吹き飛ばされ地面を無様に転がる。周りからは石や枝が投げつけられ体中に痛みが走る。ヨロヨロと立ち上がり対峙するは正邪よりも体が大きいガキ大将の天邪鬼仲間であった。
「やれ!正邪なんかやっつけちゃえ!」
「いいぞ!兄貴!」
「弱い正邪を痛めつけろ!」
「やり返してみろよ正邪!」
「うわ!胃液なんかまき散らして汚ねぇ!」
妖怪同士の喧嘩だ。周囲がまくし立て正邪を追い詰める。だが、正邪はやり返さない……諦めているからではない。傷つけたくないと手を出さないでいた。何度もやめようと提案しても誰にも相手をされなかった。覚えのない因縁を付けられて無理やり喧嘩させられることが最近多くなった。喧嘩をすれば正邪が一方的にやられる光景など見慣れた光景になっていた。
そんな日常的な光景に周りは飽きが来ていた仲間も中にはいた。寧ろ正邪はそっちの方がいいと思っていた。自分には関わらないでほしいとさえ思えるようになっていた。
「ねぇ、正邪を相手しているの飽きてこない?」
「そうね、やり返したりしないもの」
「一方的過ぎてつまんないわ」
「つまんないよね~」
「やり返したところで弱い正邪には無理だろうけど」
嘲笑う声が聞こえてくる。痛む体を支えながら悔しさで涙が出そうになる……それをグッと堪えている。涙を流せばまた笑われる……弱者と罵られることがとても悔しかった。一発でもいいから殴ってやりたい思いと相手を傷つけたくない感情が入り混じり拳を握りしめることしかできなかった。
「ねぇ!もう行こうよ?こんな奴放って置いて別のことしよう?」
「そうだな、弱虫正邪なんか相手にしていると時間が勿体ないな!」
「そうだそうだ!」
「よかったな弱者」
泥団子を投げられて顔にへばりつく。笑い声が周囲に響いた後、仲間たちは去って行った。
毎日毎日同じことの繰り返し……いじめられ、笑われ、汚れても周りは正邪を助けない。天邪鬼であっても仲間意識はある。その仲間からも弾かれた正邪は天邪鬼と言えるのだろうか……
人助けは天邪鬼にとって罪悪だ。人が嫌がることをしてこそ天邪鬼であり、嫌われてこその天邪鬼……仲間からも嫌われる点で言えば正邪は誰よりも天邪鬼であったのかもしれない……
『「お前弱いからいらないな」』
『「あっちいきなさい!弱っちいくせに!」』
『「生意気なんだよ!雑魚が!」』
『「弱い奴はゴミでも食ってろよ」』
『「ざまぁねぇ!お前が弱いからそうなるんだよ!』
様々な暴言を吐かれた。何度目だろうかわからない……ただ正邪はそれを我慢して聞き入れるしかできることは存在しない。
『「お前には……
『「自業自得だ!反省しろ!」』
『「お前は存在自体が邪魔なんだよ!」』
何度痛い目をみたか……痛いと言ってもやめてくれない。逃げ出したいと思ったことは何度目かわからない……でもどこかに逃げることもできない。正邪にとってここ以外の場所で生きていく術は持っていなかった。それに両親がいるこの場所から離れられることはできなかった……
ボロボロの姿はいつものこと、だけどまた両親に怒られるのかと思うと足取りが重くなる。最近の両親は正邪に対して素っ気ない。帰っても出迎えてくれることなどもうなくなっていた。
「……ただいま……」
「チッ!」
帰って来るだけで舌打ちされた。家には両親が冷めきった目で正邪を睨んでいる……もう見慣れた光景だ。
「……ただいま……お母さん……」
「ちょっと近づかないでくれる?あんたが近くにいるだけで不愉快なのよ」
向こう行けと手で返される。仕方なく部屋の隅っこである自分の居場所に縮こまって座る。
「全く……何故お前のような奴が生まれてきたんだ……」
父親がため息をつきながら呟いた。睨む父親の視線から逃れるために顔を伏せる……
「(お父さんが怒っている……わたしが悪い子だから……でもわたしの何が悪いの……?弱いわたしが悪いの……?)」
正邪は答えを探している。その答えに答えてくれる人物はどこにもいない……ただ正邪は疑問を抱えながら今日も生きている。
そんな時にお腹が鳴った。朝から何も食べられなかった。母親の元へ近づいてなんでもいいからほしいと要求した。今日も一握りの米しかありつけないのだろうかと思いながら……
「あんたにやる飯なんてないわよ!とっととあっちに行きなさい!」
叩かれた……今日は一握りの米すら食べさせてもらえないようだ。正邪はいつも通りにトボトボと食料を探して家を出ていくのであった。
「弱い……弱いガキだ……大した力なんて持ちやしねぇ」
「もうあなた!あれは疫病神よ!あんなの家に置いて居たら私達まで不幸が降りかかるかわからないわ!」
「そうだな、もうあいつには未来がない。長老が言っていた通りだった」
「これ以上関わる必要すらないわ。もううんざりよ!」
「長老の言葉に耳を傾けていれば俺たちがこんな目に遭うことはなかった……」
「そうね。はぁ……私、決めたわ」
「ああ……俺も決めた」
「「あんな弱者はもういらないな」」
「――ッ!?」
壊れた家の隙間から聞こえてくる両親の会話が気になり耳を澄ませていた……そして聞いてしてしまった。正邪は耳を抑え何も聞こえていないふりをして走り去った。
「……ごめんなさい……」
川に映った自分自身を目の前にして呟いた。誰に対してなのか、もしくは自分に対してなのか……その呟きはとても悲しそうであった。
ゴシゴシと目元を拭う。瞳から流れて来る液状のものはいくら拭っても溢れ出て来る。次第に嗚咽を漏らし始める。気分も悪くなり耐えられず胃から込み上がってくるものを吐き出す。
「おぇ!うぅえ……!」
こんな光景を仲間達に見られでもしたらまたいじめられる。でも我慢できなかった……我慢できるものではなかった。吐き続けた彼女はようやくマシになったのか落ち着きを取り戻す。
「……もう……家に帰れない……」
正邪が最後の居場所だと思っていた我が家にはもう自分の居場所などないのだと理解してしまった。聞きたくなかった……けど聞いてしまったあの言葉が胸に突き刺さる。
「うぅ……ううぅ……!」
また液状のものが溢れて来る……悲しくてうずくまり何もかも夢だと願うしかできない。
「おい、本当にやるのか?」
「――ッ!?」
そんな正邪の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。ハッと口を押え音が立たないように体が緊張する。
「へへへ、俺たち天邪鬼の恐ろしさ思い知らせてやろうぜ?」
その声は正邪をいじめていた天邪鬼の仲間達だった。ガキ大将の天邪鬼が中心となって仲間達が何やら話し込んでいる……体の緊張が解かれ気になった正邪はそっと草むらから顔を覗かせる。
「でも流石に危ないんじゃないのか?相手は小さな村だが数はそこそこいるんだからよ?」
「ビビッてんのかよお前?」
「び、びびってなんか……」
「そ、そうよ!ビビッてなんてないわ!」
「「「う、うん……」」」
「だったら行こうぜ!人間なんぞ俺たちに楯突くとどうなるか……ケケケ、見ものだぜ♪」
「(……一体何するつもりなんだろう?)」
正邪は話している内容が気になった。仲間達はぞろぞろとどこかへ向かって行く。いつもなら関わり合おうとしない正邪でも気になり後をついていく。家に帰るのを少しでも遅らせようとしていたのかもしれない……両親が考え直してくれるかも、あの言葉は嘘だったのだと叶わぬ希望を抱きながら……
「(どこに行ったんだ……?)」
正邪は運悪く見失ってしまった。足場が悪く、草木が生い茂っている場所で気づかれずに尾行するのには距離がいる。離れすぎていたために少し目を離した隙に仲間達の姿を見失ってしまい途方に暮れていた。
「(どうしよう……帰ろっかな……でも……)」
『「「あんな弱者はもういらないな」」』
あの言葉が思い出される。帰っても自分の居場所はない……嘘だと願っていても頭から離れることはない。その事実を受け入れるには彼女にはまだ早かった……
「(まだ……帰りたくない……)」
正邪の足は仲間達を探した。しばらく探していたが、日は落ち暗闇が辺りを支配し始めた。このままでは本格的に夜になってしまうだろう。諦めて戻ろうとした時、視界の端で動く影があった。その影は仲間達の一人であり、見つけた正邪は後を追った。
そして正邪は驚いた。仲間が入って行ったそこは天邪鬼だけが住まう場所の近くにある小さな人間の村だったからだ。仲間の一人は隠れながら突き進む……人間に見つかったら只では済まされない。震える足……だけど正邪は嫌な予感がした。止めないと大変なことになる……そんな予感が彼女の足を進ませた。隠れながら進んでいるとようやく仲間達の姿を見つけることができた。だが、正邪はそこで見てしまう……松明に火をつけて家に引火させようとする仲間の姿だった。
「よし!後は火をつけるだけだ」
「ほ、ほんとうにやる気か?」
「当たり前だろ!ここまで来て帰るわけないだろ!」
「こ、こえが大きいわよ……!」
「(と、とめないと!)」
正邪は仲間達の行動を止めようとした。だが、自分のやっていることは正しいことなのか?また悪者と呼ばれるのではないか?それに自分は……
「(……弱い……)」
誰よりも弱い彼女は止めることがそもそもできるのか?このまま関わらずに見なかったことにすれば自分は痛い目に遭わずにする。
「(だけど……それだとこの村の人達が!)」
止めないと村の人間達に被害が出る。自分には関係ないことだと思えばいい……妖怪ならば人間など知ったことではないとそっぽを向ける。天邪鬼ならば嫌われることが本望ならばそれこそ望みだろう。だが、彼女だけは違った……
「(そ、それは……ダメだ!)」
正邪は飛び出した。
「だ、だめだよ!そんなことしちゃ!」
「げっ!?お、おまえは正邪!?な、なんでこんなところに!?」
慌てふためく仲間達、正邪が尾行していたことなど誰も気づいていなかった。あまりのことに動揺する……だがそれがいけなかった。松明を持った仲間の一人の足がもつれてこけてしまう。その拍子に手から松明が抜け出て家に引火してしまった。
「ああ!?」
止めようとしたが返って引火させてしまう原因になってしまった。正邪は火を消そうとするが、木造である建物は火の手の回りが早く消すことができない程に広がりつつあった。そして更に運が悪く騒ぎを聞きつけた人間の足音が聞こえてきた。
「やば!?人間が来るぞ!!」
「に、にげよう!!」
「ま、まってくれよー!!」
仲間は一目散に逃げ去っていく。正邪だけ取り残されても必死に火を消そうとしていたがどうにもならない。
「(ど、どうしよう!?火の手が回るのが早くて消せない……!)」
そんな時に足音がピタリと止まり正邪は
「お、おまえは天邪鬼か!そ、それにこれは!?貴様なんてことを!!」
「ち、ちがうの!!わ、わたしは止めようとしただけなの!!」
「嘘をつくな!天邪鬼!こんなことをして只で済むと思うな!!」
「ひぃ!?」
正邪は人間の剣幕に怯えて駆けだした。後ろの方で何かを叫ぶ声が聞こえてきたが構わず足を止めることなく森の中へと逃げ去って行った。
所変わってここは村の村長宅、時々村に天邪鬼はちょっかいをかけに来る。悪戯程度だが、人間からしたら堪ったものではない。畑を荒らされ、家の物は壊され、時には怪我をしたりする。何度か退治されそうになったが、その度に天邪鬼達は逃げて事なき終えた。だが、最近になって天邪鬼のやっていることが過激になってきた。人間達は危機感を持っていた。このままでは我々は天邪鬼にいいようにされてしまうのではないかと。
それを危惧した村人達の前に今日、旅人たちがこの村を訪れた。なんでも妖怪退治を専門にする退治屋らしいのだ。村長はその者達を迎え入れ、このことを相談していた時だった。扉が勢いよく開け放たれ村人の一人がこう叫ぶ……
「火事だ!天邪鬼が火をつけたんだ!!」
村は大パニックに陥った。幸い早く見つけることができたために被害は最小限で済んだが、事態を重くみた村の人々は退治屋に依頼した。
「天邪鬼を退治してください!!」
正邪は帰れなかった。村からは火の手が上がり、紅く揺らめく光景から目を逸らして洞窟で一人うずくまっていた。
「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!)」
自分が飛び出さなければこんなことにはならなかったと自分を責めていた。村の人間がどうなったかは彼女にはわからない。しかし無事を祈ることしかできない……自分は放火魔として人間達に知れ渡っているだろう。もうあの村には近づくことはできない。
「……」
どれぐらい経ったかわからない。疲れ果て横になり、虚ろな瞳で洞窟の壁を見つめている……お腹が鳴った。腹が減ったと体が文句を言っている。だが食べ物などここにはない……ふっと視界に影が走る。小さな影は横切り視線がそれを追う。
ネズミが二匹洞窟内にいた。ここに暮らしている家族だろうかはわからないが仲良さそうに寄り添っている。
腹が鳴る……
体が動く……
手が伸びる……
手が止まる。正邪は伸びる手をそれ以上伸びないようにグッと堪えた。こちらを見上げるネズミは動こうとしない……正邪は動いてくれと願う。体は動くなと願う……
ぐぅ~
早かった。
チュウッ!と言う鳴き声が聞こえたがすぐに鳴りやんでしまった。ボキボキと何かを噛み砕く音だけが洞窟内に響いた。
そしてその音すら聞こえなくなった。その代わり正邪の口元には赤い液体で濡れていた。
「……まずい……」
正邪はようやくご飯にありつけた……
それからよく覚えていない。いつの間にか眠ってしまったのか目が覚めると真っ暗な夜だった。夜なので気温が低く、肌寒く凍える体を丸めてしのごうと我慢する。そんな時だ、真っ暗な夜の世界で紅い色に染まる一部の空を見つけた。何となくその空を見ていると肌寒さも我慢することなく洞窟を飛び出していた。
正邪は駆ける。急いで木にぶつかり転んだりしたがそれでも前に進んだ。あの紅い色に染まる空の下へと急いで……
「(そんな……こんなことって……!)」
燃えていた。自分が生まれた場所、育った場所が燃え上がり何もかもが炎の中に消えていった。
「ぐぅ!ちくしょう……!?」
声が聞こえてきた方を振り返る。するとそこにはガキ大将の天邪鬼が血まみれの姿で息を切らせながらこちらを睨んでいる。
「正邪!お前のせいだ!お前のせいで俺たちはこんな目にあったんだ!」
「そ、そんな……!わたしは止めようと!」
「うっせぇ言い訳するんじゃねぇよ!お前のせいで大勢の仲間が死んだんだぞ!!」
「――ッ!?」
死んだ……妖怪であっても死ねば元には戻れない。それが自分のせいで死んだ?例え嫌いな相手だったとしても
「(わたしは……天邪鬼ですらない……!?)」
天邪鬼の仲間から差別された正邪は天邪鬼なのか?正邪自身でも訳がわからなくなり頭の中がグチャグチャになっていた。
「お前のせいで……!ぐぎゃ!?」
天邪鬼が倒れた。倒れた天邪鬼からは血が流れでてその鼓動は動きが鈍くなりやがて止まった。背中には一太刀浴びせられた跡がある。それも今ついたものだ。天邪鬼が立っていたところには刀を持った人間が立っており、刀に血がついていた。
「まだ残っていたか天邪鬼!成敗してくれる!」
「――ッ!!」
正邪は走った。生きるために、殺されないためにも全力で走った。暗闇の中をところかまわず逃げ回った。そして逃げて逃げて逃げ延びた先には戻ることはないはずの燃える我が家があった。焼けこげる臭いが鼻につく……それと一緒に血の臭いも漂って来た。その臭いを頼りに裏手へと回ると正邪は目を見開く。
正邪の両親が血まみれの姿で倒れていた。すぐに正邪は駆けよって抱きかかえるが、父親の方は既に息絶えていた。冷たく光の無い瞳が虚空を映す……
「お父さん!」
返事は返って来ない……もう過ぎてしまったことなのだ。
「う……うぅ……」
「あっ!お母さん!!」
母親の方は息がまだあった。安堵と同時に絶望が彼女を襲う……母親の傷は深く素人の目でも助からないことがわかる。母親は正邪を見つけると恨めしそうに睨みつけた。
「お、おまえの……おまえのせいで……私達が……こんなめに……!」
「お、おかあさん……!」
触れようとした正邪の手を引っ掻いた。爪が皮膚に刺さり傷つける。
「来るな疫病神……!もう……おまえを生んだ……ことが……まちがいだったよ……!」
息も絶え絶えに恨み言を放つ。
「弱いくせに……弱者のくせに……人間を使って私達を……こんなめに合わせて……!」
「ち、ちがうよお母さん!ご、ごかいだよ!!」
「おまえの……母親になんて……ならなければ……おまえなんて……いなければよかったのに……」
その言葉を残してあっけなく母親は死んだ。
「そ、そんな……お母さん……お父さん……!!」
何度呼んでも返って来ることのない返事……体を揺すっても起きることのない冷たくなった遺体……
正邪は……呼び続けることをやめた。
「(わたしが悪い子だから……)」
人助けするのは悪い事と教わった。
「(わたしが弱いから……)」
誰よりも弱かったから守れなかった。
「(だからわたしは……!)」
「いたぞ!まだ生き残りがいたぞ!!」
「――ッ!?」
正邪の姿を見つけた退治屋、正邪は一目散に走った。
走って転び、また走って転び……ボロボロの着物から見える肌に傷だらけの体を動かして真っ暗な夜の森を空からの星々の光のみに頼って走り続ける。どこまで走ったかわからない、何度転んだかわからない、けれどようやく追手を撒いた。体力も限界でそれ以上動くことができなくなった。安心したのか急に力が入らなくなり地面に倒れる。視界に入る星々が美しく正邪の目に映っていた。
「……」
不思議と体が軽かった。あんなことが起きたのに、体が軽くなった気がした。
「(みんな……死んじゃったのか……お父さんもお母さんも……)」
正邪は笑った。笑うことができた……辺りには笑い声が木霊する。
「あはは……でもみんなわたしをいじめていた。お父さんもお母さんも構ってくれなくなった……死んで当然だったのかもしれない……」
地面に横たわる彼女はただ夜空をジッと見つめて考える。
「……これからどうしよう……?生きなきゃいけないよね……でも……弱いわたしは生きていけるかな?」
夜空は何も答えてくれない。
「……生き残るためには……どうしたらいいかな?」
その答えは……未だ誰も答えてはくれなかった。夜空も星々さえも……
「わたしは……何者なんだろう……?」
何度も口ずさむ。同じことを繰り返し夜空に向かって……
「わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは……そう……天邪鬼……!」
呪詛のように何度も何度も……
「そうだ……わたしは天邪鬼……誰からも嫌われ、誰からも疎まれる存在……同じ天邪鬼からも嫌われて、差別されて、人間からも嫌われればいいんだ!嘘をついて騙して利用して、最後に勝てばいい!それが本当の天邪鬼なんだ!みんなが間違っていたんだ。仲間からも嫌われ、見捨てられる者こそ本物の天邪鬼だったんだ!わたしこそが……真の天邪鬼だったんだ!!!」
正邪は見つけた……己の答えを。
「誰よりも天邪鬼らしく生きてやる!どんなに惨めでも、情けなくても生きてやる!生きて誰からも嫌われてやる……そう……だから……きらわれて……弱いわたしを……変えてやる!わたしは弱くないことを……思い知らせてやる!どんな手をつかっても……ひきょうものだといわれたとしても……に、にげのびてやる……うぅ……なかまもともだちもいらない!わ、わたしだけの……わたしだけのせかいを……うぅ……つ、つくってみせる……ひぐぅ……ケッ……ケケ……ケケケ……ケケケケケッ!!」
その日より鬼人正邪は生まれ変わった。同じ天邪鬼から嫌われ、誰からも忌み嫌われる存在へと昇り詰める、己のために生き、他者を利用する本当の天邪鬼になるために……
高らかに笑う彼女の瞳から液体が流れていることに……彼女自身は気がつくことはなかった。