その後も血みどろ男爵が血みどろになった理由が謎に包まれている話、フレジョの一発芸が披露されていく。
ハーマイオニーと監督生パーシーの楽しそうな変身術談議を聞き流しながらひたすら芋料理を食べていると、どうやったのかメインが消えてピカピカになった皿にデザートが現れた。
それを見て、芋の食べ過ぎで死んだ私の眼と胃が生き返ったような気がした。
ありとあらゆる種類の甘いもの……アイスクリーム、ジェラート、エクレア、シュークリーム、ドーナツ。大皿に盛られたケーキの数々。
見ているだけで口の中に唾がこみ上げてくる。
この光景を見て幸せにならない女の子って、いないと思う。その証拠に、皆の眼がさっきの比じゃないくらいぎらぎらと輝いて、どんどんデザートを取っていく。
私もそれに習う事にする。ドーナツを一つシオンにあげてから、ジェラートやチョコレートケーキを取り分けていく。
ミルクとピスタチオらしき緑と白色のジェラートの甘さが口に広がるのを楽しむ。こんなに甘くて美味しいもの、食べた事ない。お母さん、今度作ってみる気は無いだろうか。今度手紙に書いておこう。
感じた事のないタイプの幸せを感じていると、とうとうデザートも消えてしまい、ダンブルドア先生が立ち上がった。
広間中が静まった。
「エヘン……全員よく食べ、よく飲んだ事じゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、構内にある森には入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒にも特に注意しておきます」
ダンブルドアのキラキラッとした目がセシルとフレジョを見た。……本当に何やっとんの、兄貴。
「管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにとの注意がありました。また、今学期は二週目にクィディッチの予選があります。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡して下さい……最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」
ああ、三頭犬か。確かに下手すれば生きたまま喰われるだろう。
それにしても、わざわざそんな言い方をしなくても良いのに、と思ってしまう。この言い方だと、子供の好奇心をくすぐってしまうだけだろう。どうせなら、おまるのコレクションがあったとか……いや、それはそれでセシルとか面白がっていきそうだな。おまるよりも、世紀のスネイプコレクションとかの方が誰一人として近寄らなさそうだし良いんじゃないだろうか。少なくともグリフィンドール・ハッフルパフ・レイブンクロー生は近寄らないだろう。いや、その前にダンブルドアがスネイプに殺されるか。
「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」
笑顔のダンブルドアとは反対に、他の先生の顔が引きつった。何故だろう、ただの校歌斉唱じゃないか。
ダンブルドアの杖から出た金色のリボンが校歌の歌詞を形取っていく。
「皆自分の好きなメロディーで。では、さん、し、はい!」
学校中がうねった。リズムもメロディも音程もばらばらな不協和音が私の耳をつんざいた時、先生方の引きつった顔の理由をやっと理解する。そして校歌開始三秒にして、生徒が死んだ目をしているか逆にきらきらと光輝く目をしているかの、どちらかに分かれている事に気がついた。もちろん私と生徒の大多数は前者である。
今すぐ耳を押さえてこの場から逃げ出したいのをぐっとこらえながらリボンを見ていると、とびきり遅い葬送行進曲で歌っていた3人組(もはや名前を言わずともお察しだろう)が歌い終わった。ダンブルドアは大きな拍手をして一言。
「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」
この言葉を聞いた時、ヴォルデモートが勝てないのが何となく分かる気がした。
「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」
いつの間にか眠っているシオンを手に入れ、立ち上がった。この場で眠れるのは、羨ましいという他ない。
グリフィンドールの一年生達は、パーシーに続いて肖像画と生徒の喋り声でうるさい廊下を通り、寮に向かう。
階段をいくつも登り、隠し扉をいくつも抜けて、やっと着いた廊下の突き当たりには、太った婦人の肖像画。
婦人は言う。
「合言葉は?」
そういえば、今時珍しいパスワード式なんだったか。まあでも、確かに肖像画を扉代わりに使うのは防犯面で見ればとても良い。合言葉がばれればグリフィンドール寮は筒抜けになってしまうが、仮にそこで犯罪が起きれば婦人が犯人の顔を見ている確率が高いのである。いうなれば監視カメラと同じような役割だ。まあ肖像画自体を破壊されたら元も子もないがその場合は誰も入れなくなってしまうから、この太った婦人の肖像画はちゃんと役に立っているのだろう。唯一の欠点は、酒好きな事だろうか。肝心な時に酔っ払っていたら話にならない。そんな事が起こらないように祈っておこう。
どうでもいいといえばどうでもいい事を考えていたら、パーシーが合言葉を言ったらしく肖像画がパッと開き、その後ろの壁の丸い穴が丸見えになる。
高い穴を這い上がると、心地よさそうな談話室があった。
細長い窓に挟まれた暖炉のそばには座り心地の良さそうな肘かけ椅子が置いてあり、勉強するのに適任なソファやテーブルが設置してある。
壁紙は落ち着く赤色で、植物や動物の細かい絵柄がほどこしてあった。
内心の興奮を押し殺し、茶髪をショートカットにした女子の先輩の言う通りに女子寮へと続く階段を登っていく。
螺旋階段のてっぺんに寝室があるらしかった。
部屋はアステリアさんとシェリーが同室らしい。校歌からずっと死んだ目をしているアステリアさんはともかく、シェリーとはある程度仲が良いので、安心する。
豪華な天蓋付きベッドにシオンを下ろしてからほっと息を吐いて視線を上げると、静かにパジャマに着替えるアステリアさんと目が合った。相変わらず光の無い瞳をしている。よし、このまま話しかけて打ち解けよう。何か良い話題は無いだろうか。
「あの、アステリアさん」
「……………何?」
次の瞬間、私は名前を呼んだ事を後悔した。死んでいる真っ黒な瞳が私を見下ろしてくる。
本来緩衝材になってくれるはずのシェリーは歯を磨いてくるとかで、洗面所へ行ってしまった。
そして焦った私は血迷った事を考えた。とりあえず家族の話題を振ればきっと心を開いてくれるはず!という人によっては地雷を刺激する事を。
「お兄さん……あの後、大丈夫……だった……の?」
「……あの後って?」
「本屋さんでの事だよ!」
あれ、もしかして覚えられてない?え、私そんなに影薄いのかな。まあ確かに一ヶ月前だし二言三言しか話していないけど。
ショックでひくひくと目元を震えさせているとアステリアさんが目を見開いた。やっと思い出したらしい。
「……ああ、あの時の子だったのね」
「そう、あの時の子……で、結局お兄さん大丈夫だったの?真っ青になってたけど」
「あの人はある意味あれが正常だから」
正常なのか……それもそれでどうかと思うけど。いや、持病なのかもしれない。と、するとあの時言ってた『飲ませておけばよかった』って言ってたのは、その薬の事だったんだろうか。
「で、それが何?」
「ええっと……綺麗なお兄さんだよね。アステリアさんによく似てて」
「…………そう?」
パジャマのボタンをとめていくアステリアさんの手が止まる。無表情の中で一瞬唇の端が上がった。よし、これは手応えを感じるぞ。
死んだ顔をしていても、やっぱり女の子らしく綺麗と言われれば嬉しいようだ。それとも、お兄さんに似ていると言ったのが良かったんだろうか。
「そうだよ!やっぱり、お母さんに似たのかな」
「……そうね。残念なことに、私と母さんはそんなに似てなくて」
ほんのりとこぼれたような微笑みを見て、やっぱりこの子は優しい子なんだと思った。いや、もしかしたらそれは見せかけで、ただ冷たいだけの人間なのかもしれない。でも、この子が家族を愛しているのは何となく分かった。
思わず口角を上げながら尋ねる。
「……じゃあお父さん」
「そんなわけがないでしょ、何言ってるの」
暖かいはずの寝室の空気が、一瞬で凍りついたような気がした。
……どうやら私はアステリアさんの地雷を踏み抜いてしまったらしい。今更後悔しても時は戻せない。
アステリアさんは嗤うように歪めた唇を開いた。
「そうだ、良い機会だから教えてあげる。私は、ブラック家の人間よ。大量殺人鬼の弟で死喰い人のレギュラス・ブラックが母さんを襲って産ませた子が私達兄弟」
「………え……?」
ちょっと待ってください、神様。冗談でしょう?
目を見開く私を見て、アステリアさんは更に笑みを深くする。
「あなたの言う通り、私はレギュラス・ブラックに似ているのかもね。散々人を傷つける事しかできないなんて」
ああ、何か言わないと。それは誤解だという事?それとも誰のことを言っているのかを聞く?
でも、頭の中を渦巻く言葉の内一つも言えなかった。私が口を動かせなかったのは、訳がある。
一つ目は、否定する勇気も証拠も無かったから。確かにレギュラス・ブラックは死喰い人だったらしいし、女の人を襲うなんて信じられないが完全に誤解だと言い切る事は私には出来ない。
もう一つの理由は、さっきの違和感の正体がやっと分かったから。
原作では、シリウス・ブラックの弟レギュラスは結婚などしていない。
つまり、シリウスの姪もレギュラスの娘も
それなのに、存在しているという事は……この世界が、必ずしも原作通りに進むとは限らない訳である。
考えてみればおかしかった。
魔法界では知らない人はほとんどいないと言われていたアルテミル家が原作に一度も出てこない。ドラゴン使いの家系なんて、出ない訳がないんだ。
逆に私は何故今まで気づかなかったんだろう。
「………どうしたんですか?」
という声に、シェリーがやっと帰って来た事に気がついた。
アステリアさんはシェリーに目を留めると、二、三度瞬きしてからすぐに目を逸らす。
「別に、何でもない。おやすみなさい」
アステリアさんはベッドに乗り、カーテンをぴっちりと閉めた。
「何があったんですか?」
一瞬知り合いらしいシェリーになら、さっきアステリアさんが言っていた事を聞けるかもしれないと思ったが、すんでのところで呑み込む。
シェリー相手にも誤魔化していたのだから、きっと赤の他人の私が踏み込んで良い話題では無いんだ。
「何も?……アステリアさん、疲れてたんじゃ無い?私も、歯磨きしてくるね」
曖昧な笑みで場を濁しながら、洗面用具を引っ掴んで逃げるようにその場を後にした。