慣れてみれば早いもので、今日は10月最後の日……ハロウィンだ。
その間何があったかといえば、私が遂に図書館デビューした事くらいだろうか。
英雄ハリー・ポッターは、相変わらず魔法界の英雄だったし、アステリア・ブラックは相変わらず独りだった。
何度か小さいいざこざはあったものの、その度にそれを避けていた為、平たく言えば平和だった。
だがしかし、平和はそう長くは続かない。
「良かったですね、その羽根」
かぼちゃのスイーツの甘い香りが立ち込める大広間で、シェリーが言った。
かぼちゃのアイスをスプーンですくい、口に運んでいる。頬が緩んでいるため、どうやら美味しいらしい。
くるくると純白の羽根を指先で回転させながら言葉を返す。
「えー、こんなのどこで使うの」
「でも、1位だったんですよ。意外な才能を見つけたと思えば良いじゃないですか」
「うー、こういう所で運使っちゃうんだよねぇ……」
それというのもこの羽根、妖精の魔法学で浮遊呪文を習ったという事で、先生が企画してくれたゲームで勝ち取った物。
そのゲームは、羽根を1番速く、高く浮かせた者が勝つゲーム。
実力がもの言うはずのこのゲームで、何故私が1番になれたかというと、ちょうど上位の人の羽根が、何故か先生の部屋で発生していた風に飛ばされたから。
そして何故か私の羽根は風に煽られる事なく天井に到達したのである。
そう、全ては運ゲーだったのである。
くしゃりと羽根をポケットに突っ込んでからオレンジ色のパイを口に入れる。サクサクのパイ生地を咀嚼すると、ふわりと甘いかぼちゃの味が広がった。
「運だって立派な才能です」
そう言ってシェリーは立ち上がった。
右手に分厚い本を抱えている。
「あれ、もう食べ終わったの?」
そう言ったところで、テーブルに空になったアイスの器だけが置かれているのに気がつく。
他の物には手をつけていない様だが、お腹が減らないのか心配になってくる。
いくらスイーツが多いからといって、一応スープなどの甘く無いかぼちゃ料理も数種類はあるので、それだけでも少しは食べれば良いのに。
「こうもかぼちゃスイーツばかりだと気が滅入るので、ちょっと気分転換に行ってきます……グレンジャーさん、何処にいるか分かりますか?」
「え?」
その名前に、一瞬どきりとして、目を一瞬見開く。
必死で驚きを隠そうとしたが、喉から出た声は少し震えていた。
「な、んで?」
「この本、返してこようと思いまして」
「今日は、止めといた方が良いんじゃないかな?そっとしておいた方が……」
別にハーマイオニーがどうなろうが知ったこっちゃないが、流石にシェリーが巻き込まれたら夢見が悪くなる。
それに、原作には居ない異端分子とも言える私達が首を突っ込めば、そこから物語が大幅にずれていく事も考えられる。
そんな事を思いながら、必死に頭を働かせた。
「何故ですか?」
「あー……彼女は今、とんでもなく落ち込んでる……気がする」
まさかトロール等と言えるわけもないので、お茶を濁す。
そして次の瞬間私は、自分が言葉を間違えた事に気がついた。
「それは……もしかして、私が長いことこの本を借りてしまったからでしょうか」
想像の斜め上の回答に目を丸くする。
シェリーの真剣な顔に、冗談を言っているわけではない事がよく分かった。
やはり、この茶髪の少女は、どこか抜けているらしい。
「い、いやそれは」
「これはいけません。早く返してきて、グレンジャーさんを安心させてあげなければ!」
「待って待ってシェリー」
今にも駆け出しそうなところを、危うくローブをひっ掴んだ。
何ですか、と怪訝な顔で尋てくるシェリー。
そして私は苦し紛れに口を開いた。
「本当に、今は行かない方が良いよ」
「だから何故?」
「え……っと、ロンが言った悪口で心を抉られてる、から」
今シェリーに言って良い事と駄目な事を頭の中で整理して、事実だけを口に出す。
その結果。
「ただのクズですね?」
シェリーは目を細めながら、辛辣な言葉を吐いた。
「随分とはっきりと言うね……」
「とにもかくにも、私はそういう人間は嫌いです……が、一面だけを聞いて判断するのも嫌なので、彼女からも話を聞いてきたいと思います」
形のいい眉を顰める。
茶色い瞳に濃厚な嫌悪感を漂わせながら、微妙にズレた事を言っている。
「という訳で、グレンジャーさんの所に行ってきますね。では」
速足になるシェリーの腕を掴んで引き止めた。
小さくため息をついてから、シェリーが振り返る。
「まだ、何か?」
「ええっと……」
冷やかな瞳に見つめられ、考えがまとまらなくなる。
いくつかある台詞の中で、どれを選ぶのが最適か。
そして、私の口をついて出たのは最低最悪な選択肢だった。
「グレンジャーさんは……マグル、でしょ?それに、午後の授業もさぼってたし。そんな子の所に、わざわざ今シェリーが行く必要無いよ」
「……はい?」
「だから、私が代わりに行って」
ぞくり、と背筋がこおりつきそうになった。
さっきの冷やかな瞳などほんの序の口と思わせるほどの鋭利な氷を思わせる目が、眼鏡を通して私を真っすぐに見つめていた。
そのせいだろうか、茶色いはずの瞳が青みを帯びている様にさえ見えた。
「……離してください」
「えっ、あの」
「離して!」
押し殺した様な叫び声に思わず手の力を緩めると、シェリーは茶色い髪を揺らして大広間から出て行った。
その背中には断固とした拒絶が感じられ、私は追いかける事も出来ずにただ立ち尽くすことしか出来なかった。