「何故命を賭して人々の為に戦うのか」彼の心の内に遭った疑問は
ある少女との出会いを機に鋼の如き強い思いに変わっていく。
『牙狼-GARO-炎の刻印』の二次創作短編です。
短い話ですがよかったら読んでください。
草原の片隅にある街はずれの教会と併設された宿。貴族や商人の結婚式にも使われる白く美しい建物では、人々が幸せそうな顔で酒を酌み交わし話し合っている。彼らは明日行われる結婚式に参加する為に駆け付けた人々だった。
その中には遠方からわざわざ来た者もいる。
彼らが来たのは無論結婚式の為だ。明日行われる結婚式の花嫁は目が見えない物のその心優しい性格から多くの人に慕われ、幼馴染である新郎も彼女に相応しい立派な青年だった。
皆心から新郎新婦を祝っている。半世紀前の暗黒時代が終わった後穏やかな時代が長く続くこの国においてもこれほど幸せな結婚式はそうないだろう。
入れ代わり立ち代わり新郎新婦を寿ぐ参加者たち。見事な振舞で応対する新郎新婦の顔がぱっと明るくなる。
彼らが前にしているのは花嫁が兄のように慕う青年であった。
彼は5年前に花嫁を悪漢から救いそれ以降もまるで兄のように彼女を守ってきた。新郎からしても恩人というべき人物である。彼もまた新郎新婦を寿ぐ言葉を告げると少々外の様子を見てくると言って離れていく。雨上がりの為心配する彼女達に手を振り青年は扉を開け外に出た。後ろ手に扉を閉めたときにはその顔は真剣そのものであった。
青年はひたむきに歩く。風が咆哮を上げて吹きすさび、水をふんだんに含んだ草が揺れる暗天の草原をただ一人歩く。
青年は幸せな人々の喧騒を背に今や十年近い付き合いになった白いコートに身を包み、腰に見事な拵えの剣を履き歩いていく。彼には今宵もまた果たすべき使命があった。
その行く手には黒い影。人のシルエットをしたそれは言いようのない不吉さを湛えている。その姿を視止め、青年は眉根を寄せる。言われた通りの不吉な姿の存在だ。
体の中で緊迫感が高まっていく中こんな夜なのに、いやこんな夜だからこそ思い出される記憶が、鮮明に二つあった。それはいずれも青年の根幹を成す記憶だ。彼は回想する。最早魂に刻まれた記憶を。
おそらくあれは確か祖父が亡くなる前年だから八年前の事だったはずだ。俺がまだ十代で、家業を受け継いでまだ時期の浅い、半人前だった頃の事。
俺の曾祖母の代から改築を繰り返しながらもいまだ存在する家の2階で、穏やかに窓の外を見ていた祖父に俺は質問をした。
「なあ、爺さん」
「なんだ」
「唐突なんだけどさ、俺達の一族って何でこんな事してるんだろうな?」
それはちょっとした愚痴だ。まだ若く未熟な俺は昨日の稼業の首尾がいまいちだったことでこの稼業の誰もが抱くような鬱屈を抱えていた。
首尾というのは昨日の夜、俺が斬ったのは元は人気だったものの病を得て誰からも見捨てられ、人間を辞めてしまった元娼婦。他方俺が救ったのはそんな娼婦たちから悪どいピンハネで稼いでいた悪党。自分のせいで人間を辞めたに等しい元娼婦の絶望の声も聴かず、有り金を抱えてゴキブリのように逃げていたその醜悪な姿は眉を顰めるに値する物だった。
こんなことは人死にに関わる家業を継ぐ時から承知の上だ。しかし稼業にはつきものの醜い光景を見ると自分の中にも澱のような物が溜まってくる。ある時は下劣な人殺しを人であるからと庇い、またある時は本来は被害者であった者を切り捨て、更にある時はまだ生きたいという断末魔を背にする。そんな稼業を嫌と思わない程、俺たちは人間から乖離しちゃいない。
「そう、だな」
年老いてかつては炎のように紅かった髪を随分と退色させた祖父は頷いた。意外な事にその目に俺への叱責の色はない。
「お前のいう事も一理ある。私も、いや俺もお前くらいの頃はよくそう思っていた」
「え……マジで?」
その言葉は意外に過ぎた。まさか祖父もまた俺と同じような思いを抱いていたとは夢にも思わなかったからだ。
血縁の身であるからこそ気安く話している物の、俺の祖父は一言で言えば伝説の人物だ。かつての現役時代はこの国を先年没した先々代の王と共に幾度なく救い、無辜の人々の為に剣を振るい続けた。その功績は騎士の鏡とたたえられ同業者たちからは崇拝と言っていいほどの感情を今になってい儲けている。無論その戦歴においては守れなかった人も多くいるのだろうが、その功績は類を見ない。そんな尊敬すべき祖父が俺と同じような感情を覚えていたとは、大いなる驚きだった。
「俺もまた最初から騎士の鏡と言われるような人間ではなかった。お前と同じ頃は母の復讐しか考えていなかったよ。母の仇であるメンドーサを殺すことしか、な」
「あの暗黒時代の頃か……」
俺もその話については聞いていた。祖父が生まれる頃から成人するまでの間は暗黒時代と呼ばれている。この国では裏切り者の主導により大粛清が行われ、多くの同業者が理不尽に殺害された。その中には俺の曾祖母である祖父の母も含まれていたのだと。
「だったら一層不思議でならねえよ。なんで爺さんは世の為人の為、『守りし者』戦えるようになったんだ?」
「そうだな……お前にも分かる時がきっとくる。きっといつか分かる」
遠くない未来にお前の会う誰かが教えてくれるだろうさ。そう言って爺さんは目を窓の外へ向けた。窓の外、爺さんが毎日のように見舞いに行く草原にある誰かの墓地の方向を祖父は慈しみを込めた眼差しで見ていた。
夜の街の光の届かない暗がりの中、かつてとある廃絶された貴族が使っていたという邸宅は、なんらかの作用故か、怨念めいた闇の黒に塗りこめられていた。しかし、黒の闇の源が滅ぼされた事から、邸宅の中は月の光が差し込む不吉さよりも物悲しい静寂を感じる場所となった。
「オオオオォオオオォォ……」
風に吹き流されていく怨念の残滓を見届けて俺は剣を修めた。敵は生来の邪悪な怨念故か、それとも相棒の語る通りの名付きが故か非情に手強く、戦闘の制限時間にあと10秒というところまで迫った。だが結局として勝ったのは俺だ。当代最高位の称号を受け継ぐ俺が負けるはずもなく、また負けるわけにもいかなかった。
「はぁっはぁ……もう、大丈夫だ」
何故ならこの場には俺が護るべき人がいたからだ。ここに拉致されたらしき、まだ若いを通り越してあどけないとさえいえる容貌の少女は、透き通るような銀髪をしており、綺麗な髪が月光を受けてキラキラと輝いた。この館がさっきまで邪悪の巣食う忌まわしき場所であったという事を除けば幻想的な光景ですらある。
「悪魔はすでに去った。今なら目を開けても大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます。でも私……」
目が見えないんです。と少女はか細い声で告げた。俺は己の迂闊さに天を仰ぐ。少し観察すれば分かる事なのに
無神経にも少女に気を遣わせてしまった。ならば家まで彼女を送り届けなくてはならない。
「い、いやこちらも不作法をすまない。君の家は分かるか」
「は、はい。私の家は――――」
少女が告げた場所を聞き俺はやや驚いた。自分の家からは常人の足でも10分程度で行くことができる地区だ。だがこのような少女がいるとは微塵も知らなかった。
「そうか。なら俺送っていこう。あ、其処の床板が欠けているから気を付けて」
「んん……分かりました」
その後俺はその少女―――――ユナという名前の少女を家まで送っていった。目の見えない彼女を介助しながらゆっくりと歩く内に俺たち色々な事を話して知った。ユナは生まれつき目が見えないがそれでも多くの人が大切にしてくれているという事。実家は小間物屋をやっていて貴族相手にも商売出来る程の大店だという事。福祉に力を入れていた前の王様のおかげで出版された点字の本を読むことが好きだという事。隣の家に住んでいる幼馴染の男の子が最近気になるという事。邪悪から解放された事が原因なのか色々な事を話してくれた。
話していく内にしばらくして俺たちはユナの家にたどり着いた。家ではユナの家族や友人が突如行方をくらましたユナの身を案じており、ユナを見るなり泣き笑いながら抱き着いてきた。再会を喜び合うユナ達の姿を見て俺の胸にも暖かい物を感じる。それは死のまとわりつくこの稼業についてからは初めてのことで、その暖かい感覚は以前からあった澱を溶かしていってくれた。
その時になってようやく、祖父の言っていた言葉の意味が分かったような気がした。
ごう、と草原には風が吹き荒れる。先程までの大雨の影響からか風は随分と強い。だが明日からは一転して晴れた転機が続く事だろう。ユナの晴れの日を祝うように。実にめでたい事だ。
俺はまだ雨に濡れた土のにおいが強い草原を歩き続ける。この地の人々を守護する守りし者として今日この日だからこそやるべきことがあった。
俺は足を止める。前方には預言者のように黒布を全身に巻き付けた奇怪な男がいた。その目は禍禍しい人外の輝きを有しており、教会の関係者ならば悪魔と呼んだだろう。最も悪魔というのは男の正体、魔界より来りて人を喰らう魔獣『ホラー』の一体であることを考えるとそう的外れではあるまい。
俺がユナと知り合ってから5年の月日が流れていた。あの日以来俺はユナとよく会うようになり、多くの人から好かれる彼女と会う度に知り合いが増えていった。それまで没交渉だった俺の人生は多くの人の縁に囲まれたものといつの間にかなっていき、豊かなものになっていた。それは闘いの日々の間にある幸せな記憶だ。
だからなのかもしれない。俺は最初は妹のように思っていたが、成長していく内にいつの間にかユナの事が女性として好きになっていた。でも、結果としてユナが選んだのは同じ年の幼馴染だ。
無論そのことに痛痒を覚えないわけでない。彼女の隣にいるのが自分ではない事に心がきしむこともある。だが、それでもユナの幸せがそこにあるならば、彼女の築いた家庭いつまでも守り続けようと思う。それが自分が一時愛した人の幸福であるというなら。
「貴様、魔戒騎士か」
「そうだ、と言ったら?」
ホラーは人間には不可能な角度でその身を歪めながら俺に問う。黒布の中の身体を威圧的に膨張させながら問うホラーの名前はシンチェイン。幸福の絶頂にある人間を好んで喰らう極めて邪悪なホラーであり、隣国で魔戒騎士1人に魔戒法師2人を殺してこの国に流れ着いてきた。俺はこの極めて凶悪な敵に一人で立ち向かわなくてはならない。それが、最高位の騎士である俺の宿命だからだ。
「ならば押し通る、といいたいところだが魔戒騎士よ。ここは取引といかないか?」
無言の俺に対しシンチェインは良く回る舌で語り掛ける。
「貴様の後ろに居るのは貴様より遥かに弱く、さらに希少でもないどこにでもいるただの人間だ。少しばかり上等な砂上の幸福を築いている点を除けばな。そんな奴らの為に一つしかない命を賭して強大な私に挑む。割に合わない仕事であろうな。どうだ、私がこの国で喰らうのは今宵の獲物だけだ。ここは引か「断る」」
俺は戯言を断ち切った。同時に腰の鞘より剣を引き抜く。
「確かにお前が喰おうとしているのは平凡な人達だろうさ。だがな」
そして剣を天に掲げる。
「だからこそだ。だからこそ尊いし、かけがえのない人なんだよ」
そうだ。ユナは俺に教えてくれた。この世には数えきれない人たちが幸せに生きていて、それはかけがえのない暖かい物だって教えてくれた。そして人々の幸福は周りの人へこの先の未来に続いていくんだと。例え悪があろうと、悲しみがあろうとそれは命を賭して守るべき価値があるのだと。
あの時未熟な俺はそれを理解していなかった。しかし、今ならそれが分かる。俺たち魔戒騎士『守りし者』が剣を取り、人々を守るのはその為なのだと!
「貴様らホラーに喰われていい人間など―――――1人もいるものか!!」
円を描くようにして剣を一閃。剣の奇跡に沿って描かれた魔法陣よりは黄金の輝きが降り注ぐ。その姿はまるで
「バカな……黄金の狼だと……!ならば貴様は……!!」
光の後に立つのは黄金の狼頭の騎士。美と雄々しさという概念を具現化したような黄金の鎧に身を包んだ騎士は半身をとり、右手に握った一回り巨大化した『牙狼剣』を左腕の手甲にこすれ合わせる。煌めく鎧から火花が散った。2メートル弱の鎧が勇ましい闘気によって何倍にも膨れ上がる。
「来いよシンチェイン。お前の陰我は―――――」
黄金の狼めいたその姿は古来よりホラーから人々を守り続ける魔戒騎士の最高位の証明。数え切れぬほどの英雄が纏いこれまでも、これからも未来永劫人々の幸福を護りし者がいる限り受け継がれ続ける黄金の騎士。その名は
「黄金騎士!牙狼が断ち切るッッ!!!」
受け継がれし守護の魂を継ぐ黄金騎士牙狼が咆哮した。
護りし者の証である黄金の鎧。それは永遠に受け継がれていく。