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森を飛び立ってから数日が経つと、イーリスの国境を越えてぺレジアに辿り着いた。
眼下に広がる景色が、緑豊かなイーリスとは異なり、何処までも続いているかの様に見える砂の海か、岩が転がる荒れた土地が多くなってきた事から、国境を超えた事は直ぐに分かった。
人家が近くに無い小さなオアシスなどを転々と経由しながら、ルキナ達はひたすらに西へ西へと……海を目指し続けている。
こうして空を飛べる事は……認めるのは少し複雑な気持ちにはなるけれど、ルキナにとっても楽しい事であった。
『竜』の姿になって唯一良かった事だと言えるかもしれない。
この翼があれば、何処までも飛んで行けそうな気がする。
……初めてこの翼を使って無我夢中で空を飛んだあの日は、「死」への恐怖に苛まれていた為、とてもではないけれどそんな気持ちにはなれなかったのだけれども。
今はこうしてこんなにも心が弾むのは、この蒼穹を何処までも行きたいとそう思えるのは。
きっと、ルフレが共に居てくれるからなのだろう。
『真実の泉』を目指すのはルキナの事情であって、ルフレは本来全くと言って良い程に関係は無いのに、こうして一緒に来てくれているだけではなくて。『竜』であるルキナが共にいる事で自由に街に出入り出来ずに半ば強制的に野宿生活になっていると言うのに、ルフレはそれに関して何一つ文句は言わない。
森での暮らしに慣れてるから平気だよ、とそう笑うばかりで。
それを心苦しくは思うのだけれども、その一方でずっと自分と共に居てくれる事が嬉しかった。
共に寄り添い合って眠る夜は、砂漠の冷えきった夜であっても何処か暖かくて。
この旅で新たに見た物・見た景色を語らう一時は至福だった。
王城で暮らしていた時には知らなかった物、森で生活していた間にも見た事が無かった物。それらを見付けながら行く旅は、自分が想像していた以上に楽しくて幸せなものであった。
この旅の目的が叶わなかったとしても、旅をした事は決して無駄ではなかったと……そう言えると確信出来る程に。
それはルフレにとってもそうなのだろう。
旅の中で、ルフレは何時もその眼を輝かせていた。
元々、ルフレは本の虫と言うかその知識欲は強い方なのだ。
こうして「未知」を見て知る事が、彼にとって楽しくない筈も無かったのだろう。
そうやって、ルキナとルフレは旅を続けていた。
そして、砂漠を飛ぶ内に、眼下に何か大きな岩の様な物が点々と転がっている事に気が付いた。
ただの岩かと思っていたのだが、それにしては妙に等間隔に転がっているのが気に掛かる。
ルキナが気にしている事に気が付いたのだろうか。
背の上のルフレは、眼下の岩を指さした。
「あれは、かつてこの地で滅ぼされたギムレーの骨だと……そう伝えられているモノなんだって」
ギムレー……それはルキナにとってはある意味で馴染みが深い、しかしそれと同時に目にした事は決してない存在の名だ。
かつて、ルキナの先祖にあたる初代聖王が神竜ナーガから授けられた神剣ファルシオンで討ち滅ぼした強大な邪竜……。
その身一つで世界を滅ぼしかけた大災厄の名である。
聖王家に連なる者で……否この世界に住まう者で、その名を知らぬものは誰一人として居ない……。それ程の強大な存在だ。
その骨と言われて、ルキナは改めて眼下の岩を見る。
骨だと言うその岩は、等間隔に遥か彼方まで続いていた。
その全貌は、こうして遥か上空から見下ろしていても全く掴める気配はなかった。
「余りにも巨大な竜だったからその骨も凄まじく大きくて、ぺレジア全土に骨が散らばっているらしいよ。
ぺレジアを往く旅人たちの目印になっているんだって。
本によると、ぺレジアの王都はその頭の骨の下に、王城は骨の上に建てられているらしいよ。巨大な都や城がすっぽりと入ってしまえる大きさの骨なんて……全く想像がつかないね。
そんな大きさだったなら、一体何を食べていたんだろう?」
不思議だね、とルフレは言う。
伝説の中の存在の、その実在の証拠がこんなにも無造作とも言える形で転がっている事には驚いたが、今のルキナ達にギムレーは全く関係が無い。珍しいモノを見たと言う感慨だけだ。
ギムレーの頭の骨を利用した都と言うモノには多少興味は惹かれるけれども。
だからと言って寄り道をする様に王都へと向かう事は無い。
ルキナ達が目指すのは、遥か海の彼方のヴァルム大陸なのだ。
その目的を間違えたりはしない。
だから、ルキナは骨が続いている方向には半ば背を向ける様にして海を目指し続ける。
「……!?」
その時、ふと何かを気にする様に、ルフレは骨の続く先……彼が言う所の王都があると言う方向へと勢いよく振り返った。
どうかしたのかと、問う様にルキナが鳴きかけると。
ルフレは慌てて前を見て、何かを振り払う様に首を振る。
「いや、一瞬あっちの方向から誰かに呼ばれた様な気がしたんだけど……まあ気の所為に間違いないね。気にしないで」
そう言ってルフレは微笑んだ。
その言葉に、ルキナは疑問を抱く事なく頷くのであった。
◆◆◆◆◆
── ……まただ……。
まだ薄明の空を見上げ、目覚めたルフレは横で寄り添う様に眠っているルキナを起こさぬ様に、小さな小さな溜息を吐いた。
ルフレの身体が冷えぬ様にと言う心遣いから、ルキナはその翼で寄り添い眠るルフレの身体を包む様に眠っている。
海を渡り始めてもう数日経ったが、幸いな事に今の所は少し雨に降られた事がある程度で悪天候に巻き込まれてはいない。
が、それでも疲れたら何時でも降り立てる地上があった時とは違い、少なくとも次の島に辿り着くまでは休息を取る事は出来ない海上の移動はやはり疲れが溜まる様で、一回一回しっかりと休息を取る様にはしているのだけれども、毎晩こうしてぐっすりと眠ってしまう程にルキナは疲れている様であった。
『神竜の森』を離れて、半月に近い時間が過ぎた。
思えば、随分と遠くまで来たものだ。
何時か共に見てみたいと思っていた『海』をこんな機会で共に見る事になろうとは、あの時では想像も着かなかっただろう。
『海』に出た瞬間の感動は、それは素晴らしいものだった。
夏の陽光に照らされた海は、まるで蒼い宝石をちりばめた様にキラキラと輝いて見えて……。
ルキナと共に、思わず無邪気にはしゃいでしまった。
こうしてルキナと旅に出てから様々な物を見てきたのだけれども、そのどれもが掛け替えの無い宝物の様な思い出で……。
何時か、この旅の最後で……『真実の泉』に辿り着いて。
そして、元の『人間』の姿に戻る事の出来たルキナと共に、見てきたモノを二人で語り合いながら、来た道を辿る様にあの森に帰れたら……とそう思うのだ。
それが、ルフレにとっての『夢』であった。
元の姿に戻れた彼女には帰らなくてはならない場所があるのかも知れなくても……。そんな、もしもを考えてしまう。
それはきっと、とても『幸せ』な事だから。
……だけれども。
ここ最近……ぺレジアに足を踏み入れてから……否もっと正確に言えば、『神竜の森』を離れて少し経った頃から。
どうにも、毎晩の様に妙な夢を見ている。
目覚めた時には、内容は殆ど覚えてはいないのだけれど……。
煌めく様に走った鋭い剣先と、そして何かに対して【呪う】様な言葉を吐きかけていた事だけはボンヤリと覚えていた。
夢は、多くの場合記憶の整理をしているかの様に、自分が見聞きした物事が出てくる事が大半なのだけれど。
生憎とルフレには誰かに剣で斬りつけられた記憶など無いし、況してや誰かを【呪った】事など一度も無い。
そもそも森暮らし故に関わる人間が極端に少ないルフレが、誰かを【呪う】程に他人に対して強い執着を持つ事など無い。
……ルキナと出逢ってからは、少しばかり違うのだけれども。
それにしたって、他人を【呪う】事はやはり無いだろう。
呪術師でもあるルフレは、他人を【呪う】事の危険性もその恐ろしさも、人よりも深く知っている。
故に、その動機も無いのに軽々しく【呪う】事は有り得ない。
それが悪夢と呼べるものであるのかは記憶が朧気である為分からないけれども……少なくとも愉快な夢ではなかった。
……思い出したくも無い過去を無理矢理に思い出させられようとしているかの様な、そんな不快感が残っている。
だからなのか、最近は妙に早く目覚めてしまう。
眠りが浅いと言う訳ではない……寧ろ寝入っている時は旅を始める前よりも遥かに深く眠りに沈んでいる。
……何かが変わってきている様な、そんな気がするけれど。
その漠然とした感覚を上手く自分でも捉えきれない。
二度寝する気にはなれなかったルフレは、僅かに欠伸を零して薄れゆく夜闇を見送る様に空を見上げた。
ゆっくりと世界を照らし始める陽の光に掻き消されてしまったかの様に、空の星々の輝きを捉える事はもう難しい。
それでも、こうして海を渡ってあの森から遥か遠い場所にまでやって来ても見上げた夜空に輝いている星々はそう変わらなくて……それが何だか不思議な気持ちになるのだ。
古くから星々は、方角を捉える事ですら容易ではない海渡る人々にとっては大切な指標であったと言う。
特に、一年を通してその天の玉座から動く事の無い極星は、昔から様々な逸話や伝承を紐付けられて信仰されている。
導きの星、旅人の道標……様々な名で呼ばれるそれは、今は微かにしか見えないがまた夜になれば再び天極に輝くだろう。
そうやって道標があると言う事は、やはりとても心が安らぐ。
ルフレは、母の手記を取り出してその表紙を撫でた。
ルフレ達にとっての一番の道標は、この手記だ。
『真実の泉』の在処はここには書かれてはいないけれども……それを知っているかもしれない存在について記述があった。
古の大英雄マルス王の時代よりも遥か昔からこの世に在ったと言われている、【竜族】の姫君。その齢は既に三千年を超えると言う、人の世の移り変わりをその眼で見詰めてきた……まさに歴史の生き証人と呼べる者。今では『神竜の巫女』としてヴァルム大陸に於ける神竜信仰の象徴的存在となっている者。
古の【竜族】の末裔である彼女ならば。
ヴァルム大陸に存在する、同じ【竜族】が関係している可能性が高い『真実の泉』についても何か知っているかもしれない。
『神竜の巫女』が住まうのは、ヴァルム大陸の中央に天地を支えるかの様に立つ『ミラの大樹』と呼ばれる樹の上の神殿だ。
『ミラ』……母の手記の中にも記されている、古のヴァルム大陸にあってその南半分の地を豊穣の力で以て支えていたと言う慈悲深い女神の名だ。
兄神である力の神ドーマとは争っていたが、ドーマが英雄王アルムによって討たれた後は共に永遠の眠りに就いたと言う。
その二柱の神の亡骸の上に生えたのが、『ミラの大樹』であると……そう伝説では伝えられていた。
ミラとドーマは【竜族】であったと言う説もあり、実際にその二柱の神は【竜】の姿で描かれる事もあったと言う。
それが事実なのかは今となっては確かめようが無いが、そう言った下地もあった為、ヴァルム大陸には古くから【竜族】への信仰……ひいては神竜信仰の下地が存在したらしい。
それが、千年前の邪竜ギムレーによる世界滅亡の危機に際してそれを救った神竜ナーガへの信仰へと繋がったのだとか。
イーリスでの神竜信仰の中心は、聖地である『虹の降る山』、そして初代聖王の時代から脈々と『聖痕』と言う形でその加護を繋ぎ続けている聖王家、そして聖王家所有の神剣ファルシオンと、『炎の台座』と呼ばれる神宝で。
このヴァルム大陸においてはその信仰の形が『神竜の巫女』に全て集約されていて、『神竜の巫女』はまさに生き神の如く人々の尊崇を集めているのだそうだ。
ヴァルム大陸は大小様々な諸国が群雄割拠する状態が長く続いているのだけれども、そんな中であっても『神竜の巫女』と彼女が住まう『ミラの大樹』は絶対中立の象徴であるらしい。
……そんな彼女に、ヴァルム大陸の諸侯に何の伝手も無いルフレ達がお目通り叶う方法は殆ど無いのだけれども。
……もしどうしようも無いならば、半ば強行的に『ミラの大樹』の頂上を目指して飛ぶ事もルフレは考えていた。
賊か何かと思われる可能性は高いけれども……。
【竜】である彼女ならば、ルキナの窮状を理解してくれる可能性は低くないと思うし、『竜』であるルキナの言葉だって理解してくれるかもしれない。……期待の域を出ないけれども。
蛮行を咎められて最悪ヴァルム大陸を追放されたとしても、元よりルフレはヴァルムの民では無いしそこはあまり困る所ではない。……流石にそれは褒められた考えでは無いのだが。
何はともあれ、今目指すべきはヴァルム大陸であり、そこに居る『神竜の巫女』だ。
海ももう半ばを渡った所で、後一週間もしない内にヴァルム大陸へと辿り着けるであろう。
願わくは、そこに『希望』がある事を信じたい。
まだ眠りの中に居るルキナのその身体をそっと撫でて、ルフレは慈しむ様に微笑むのだった。
◆◆◆◆◆
それはもう十数年前程の事。
ヴァルム大陸全土に、戦乱の嵐が吹き荒れていた。
古のアルム王の血統を今に継ぐ大陸北部の小国の一つであったヴァルム帝国を、覇王と呼び表されたヴァルハルトが継いだ事を発端に、彼が掲げた覇道は大陸全土を戦火に沈める程の戦乱を引き起こした。神竜を信仰するあまり、自身の足で大地を踏み締め生きる事を半ば放棄していた人々を憂いたが故の覇道であったが……その代償として流された血は余りにも多く。
今も尚「覇王ヴァルハルト」の名は畏怖と共に語られている。
一時は南部の僅かな小国を残して、ヴァルムに存在する他の全ての国々が彼の支配下となる程の勢力を誇り、大陸の統一を果たした暁には他の大陸へとその覇を轟かせるであろう事は間違いないと誰もが思っていたのだが……。
しかしその覇道は、呆気無い程にある日突然に終わった。
ヴァルハルトが病に斃れたのだ。
如何に精強な武人でも、病を倒す事は叶わず。
覇王ヴァルハルトは、彼の覇道の行く先の未来を夢に描きながら、志半ばにしてこの世を去った。そして、ヴァルム大陸全土を更なる波乱と混沌が襲ったのはその直後の事であった。
ヴァルハルトは、己の後継者を定めてはいなかった。
故に、ヴァルハルト亡き後のヴァルム帝国とその支配地域は乱れに乱れ、我こそは覇王の後継なりと主張する有力将校達が互いを喰い合う泥沼の戦乱の時代が訪れたのだ。
覇王ヴァルハルトの威光の下に全てが等しく曳き潰されていった時代の戦乱と、先が見えぬままに争い続ける泥沼の戦いと……そのどちらが「マシ」なのかは誰にも答えは出せないが。
少なくとも、ヴァルハルトによる侵略と同等かそれ以上の血が、その泥沼の戦いの中で流されていった。
ヴァルハルトが斃れて十数年の時が経って漸く、ある程度の膠着状態に陥って見せ掛けの安定が訪れはしたが。
それでも何かの切っ掛けがあれば再びヴァルムの大陸は容易く血で赤く染まる事になるのは、誰が見ても明らかであった。
さて、そんな戦乱に揺れ明日も分からぬ世の中で人々が最後に縋ろうとするものは往々にして「信仰」であり、それはこのヴァルムの地でも変わりはしなかった。
神竜の信仰に傾倒し過ぎていた民を憂いて始まった筈の覇道は、彼の思惑とは反対に、民達に益々強く信仰を根付かせる事となり、そしてその動きはその後の混乱の中で益々強まった。
ヴァルム大陸に於ける神竜信仰のその中心的存在である『神竜の巫女』は、民達のその様な信仰の在り方を憂う様な眼差しで見詰めては居たが、結局は何も言わずに中立を保ち続け。
そして代々『神竜の巫女』を守護する事を己が使命としているヴァルム大陸南端にあるソンシン王国もまた、如何なる戦乱の中に在っても独立不羈を保ち続けていたのであった。
『神竜の巫女』とソンシンの関係は非常に深い。
かつて邪竜ギムレーによって世界が滅びの危機に瀕していた時に、初代聖王は『神竜の巫女』の助力を得て神竜ナーガより神剣と神宝を賜りギムレーを討った事は広く知られているが、凡そ千年前のその頃『神竜の巫女』がヴァルム大陸へと渡ってきた辺りから既に、ソンシン王家は彼女の護衛を行っていた。
故に、『神竜の巫女』からのソンシン王家への信頼は厚く、彼女が所持していた竜族の秘宝の一つを託される程であった。
『神竜の巫女』より託された竜族の秘宝……強大なる力を秘めた宝玉の一つ『碧炎』は、ソンシン王家の誇りであり。
『神竜の巫女』からの信頼の証として、王家の秘中の至宝とされて代々大切に受け継がれ守られてきた。 ……だが……。
ヴァルハルトによる戦乱と、その後に巻き起こった大陸全土を巻き込んだ混乱の中で、ソンシンもまた大きく揺れ動き。
その隙を突くかの様に、何者かがソンシン王家から『碧炎』を盗み出したのだ。
秘宝として扱われていた『碧炎』が王家の者達の目にであっても晒される事は王位継承の儀などの極めて重要な儀式の時だけであって……それが仇となって『何時』盗み出されたのかも判断出来ず、下手人もその足取りも未だに追えていない。
『神竜の巫女』より託された『碧炎』を奪われるなど有ってはならぬ事態で……その為ソンシン王家は非常に揺らいだ。
他ならぬ『神竜の巫女』が止めなければ、王家の者の中には自刃する者すら出ていたであろう……。
……過ぎてしまった事はどうする事も出来ず、故にソンシン王家はより己が使命を全うする事でその償いをしようとした。
『碧炎』と同じく【竜族】の至宝である『蒼炎』を所有する『神竜の巫女』を守る事、『蒼炎』を守り通す事。
それこそが、今のソンシン王家の絶対の使命であるのだった。
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遥かなる上空へとその枝葉を広げている巨大な……一本の大木であるとは思えない程に巨大な大樹を見上げ、ルフレは言葉を喪って、ただそれを仰ぎ見る様に見上げるばかりであった。
天地を支えているかの様……と表現されていたそれが決して誇張などではなく、事実に限りなく近い事を表現していたのだと理解するばかりである。
木の幹の周りを歩くだけで一日掛かってしまうかもしれない。
よくよく見ると、幹の周囲を螺旋を描く様に樹に直接板を打ち付ける様にして、遥かその頂上までその足場が伸びている様に見えるけれども……。
高所に強い恐怖を感じる者は元より、豪胆な者ですらその高さと足場の狭さには冷や汗をかくしかないだろう。
こうして空からその頂上を目指そうとしているルフレ達ですら驚く程の高さまで登っていかねばならないのだから……。
目の前一杯に聳え立つ『ミラの大樹』。
その頂上に、『神竜の巫女』は居る。
……ヴァルム大陸に辿り着いてから、正規の方法で『神竜の巫女』に会おうと手は尽くしてみたのだけれども、どれも敢え無く門前払いを喰らってしまい断念せざるを得なかった。
元より、神聖にして崇高なる存在だと人々から崇められている『神竜の巫女』へと、一介の旅人がお目通り叶う可能性は殆ど無かったのだけれども……。
だがそこで諦める訳にはいかないと、強行手段ではあるけれどもルフレ達は直接頂上を目指す事にしたのであった。
今にも雲の端に届きそうな程の高みに、大樹の天辺はあった。
地上を警備する者に見付からぬ様に、そして上空で警備する者達も極力見付からぬ様にと、大樹から離れた場所から飛び立って雲の合間に隠れる様にして飛び続けて暫しして、漸くルフレ達は眼下に大樹の頂上を目にする。
無数の枝葉がまるで編み込まれる様にして足場を形成して。
大樹の中央に当たる場所に、立派な神殿が建っていてその周辺には細々とした施設がある様だ。
恐らくは眼下の神殿が、『神竜の巫女』の住まう場所である。
今から大それた事をしでかそうとしている自覚はある為、どうしても緊張してしまうけれど。
それでも、ここまで来て後に引く気はない。ルフレはルキナに合図を出して、一気に大樹の頂上へ向けて降下した。
大樹の上で警備を行っていた者達が異常に気付き矢を番えているのが見えるが、飛んでくる矢には構わずにそのまま突っ込む様な勢いで木の上に着地し、ルキナの背から飛び降りる様にルフレも樹上に降り立つ。
木の上であると言うのにまるで地面の上であるかの様にしっかりと身体を支えられる不思議な感覚に驚いたが、それに気を取られる前に、ルフレは護身用と狩りの為に持っていた武器を転がす様に樹上に放り投げ、決して交戦の意志は無い事を示す様に無手の状態で両手を上げた。
ルキナも、敵対する気は決して無いと示す様に威嚇などと捉えられかねない唸り声は出さず、静かに姿勢を正す。
強襲してきた筈の闖入者が、唐突にその様な行動に出た事に驚いたのか、警備を行っていた者達は油断無く矢を番え弦を引き絞ったままではあったが困惑した様な顔をする。
即座に殺される事は無いと判断したルフレは声を上げた。
「この様な形での突然の来訪、無礼千万の蛮行である事は百も承知の事ではありますが、どうしても『神竜の巫女』様のお力をお借りしたく、この様な無礼を働いてしまいました。
我々に『神竜の巫女』様を、そしてその警護の方々を害しようなどと言う意図は露程もございません。
ただ、『神竜の巫女』様にお目通り願いたく──」
「ならぬ」
だがそれは、凛とした気配を纏う女武者の一声に遮られた。
「何処の者とも知れぬ痴れ者に巫女様を会わせる訳にいかぬ。
巫女様の御前を血で汚す事は憚られる為命は見逃してやる。
即刻ここから去ね」
彼女は剣の切っ先をルフレの首に突き付け、そう宣告する。
「いいえ、その必要は無いわ」
だがその瞬間。何処か神秘的な静かな声が、その場に響いた。
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