えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
異世界転生って、ロマンがあるじゃん?
――そう思ってたけど、案外シビアなのな。
誰も来ない店のカウンターで、ひとり頬杖をつきながら座っている。
湯気の立ちのぼる湯のみを手に取り、口元へ運ぶ。
「熱っ」
開店して一週間が経ったが、未だに誰一人、商品を買ってくれない。
何人か来客はあった。だが皆、商品を手に取っては適当に時間をつぶし、やがて立ち去っていった。
このままでは破産まっしぐらだ。
穏やかな昼下がり。窓から差しこむ暖かな日差しの中で、俺は猛烈な焦りを感じていた。
+
――ことの始まりは、十日前。
俺は日本のC県で会社員をしていた。
仕事は忙しかったが、それでも休日や空いた時間には、学生時代からの気の合う友人たちとよく会っていた。
中々に充実した毎日だった。
……だが、それも幻想だったと言わんばかりに、世界は終焉の時を迎えた。
厨二病っぽい言い回しだが、本当にそうなのだから仕方がない。
前兆はあった。
世界各地で謎の疫病が流行し、人間――いや、あらゆる生物が、ものすごい勢いで死に始めたのだ。
最初にニュースで見た時は「マスコミがまた大げさに騒いでるだけだろ」と思った。
けれど、すぐに思い知らされることになる。
友人グループの中島と宮本が、相次いで死んだのだ。
身近な人間が犠牲になったとなると、もはや他人事ではいられない。現実味の重さがまるで違う。
突然、仲の良い友人を失った俺は、大きなショックを受けた。
自分はドライな性格だと思っていた。だが、どうやら違ったようだ。
だが、現実というものは非情にも、その傷に追い打ちをかけてきた。
友人が死んでから一週間後――世界そのものが、消滅した。
消滅、などと断言しているが、その瞬間の光景を見たわけじゃない。
なにせ、俺自身も一緒に消えたからだ。
気づいたときには、天界か死後の世界か、それとも別の何かか――とにかくそんな場所にいた。
そこに現れたのは、天使を名乗る美しい女性だった。
彼女は、俺たちの世界に何が起きたのか、事の顛末を事細かに説明してくれた。
話によると、世界というのはパラレルワールド的に分岐しているらしい。
といっても、昼にうどんを食ったかそばを食ったか――なんて生ぬるいレベルじゃない。
原子の位置が1ピコメートルずれたかどうか、という極限の単位で宇宙は分岐していくのだ。
「無量大数」などという言葉では到底足りないほどの、膨大な世界と宇宙が存在している。
それをすべて、たった一人の神様が管理しているというのだから、恐れ入る。
そして、神様がいるなら、当然ながら悪魔もいるらしい。
俺たちの世界が消滅したのは、その悪魔のせい――とのことだった。
詳細は教えてもらえなかったが、とにかく俺たちは、不運にもその「選ばれしひとつ」だったわけだ。
無限に近いほど世界があるというのに、わざわざ俺たちの世界を選んで消すとは、どれだけ運がないのか。
あの朝、二度寝していれば、ここに来ていたのは別の俺だったかもしれない。そう思わずにいられない。
本来ならば、世界が消えた後、魂は天国や地獄、あるいは輪廻に進むという。
だがその前に、「試練」が与えられることになった。
すなわち、異世界へ転生し、その行動次第で魂の行き先が決まるというものだった。
+
俺に与えられた試練は、「あることを達成すること」。
その“あること”が何なのか、ヒントすら与えられなかった。期限は、死ぬまで。
もし達成できなければ、地獄行きだという。
しかもその地獄の内容がひどい。
“あらゆる苦痛を一万年かけて与え、それを一万回繰り返す。その後に待つのは完全な無。”
その地獄は「冥界獄」と呼ばれているらしい。名前からしてすでにヤバい。
それにどこかで聞いたことがあるような……そう、幽☆遊☆白書で戸愚呂が落ちたという、あの地獄の名だ。
どうやら地獄の設定は、堕ちる本人の記憶や想像に応じて決まるらしい。
つまり、俺にとって一番恐ろしい“地獄”が、それだったのだ。
もし他にもっと恐ろしい地獄を知っていたら、さらに過酷な拷問が待っていたのかもしれない。
なんて惨たらしいシステムだ。
はあ〜……世知辛ぇ。
当然、俺は天使様に低姿勢で抗議じみた質問をした。
「俺って……何か悪いことしましたか?」
天使様に逆らうなんて、人間風情がやることじゃないのかもしれない。
けれど、冥界獄に堕ちるかもしれないって状況じゃ、誰だって聞きたくなるだろう。
だが、天使様はそんな俺の問いを、まるで意に介すことなく、
その美しすぎる顔をわずかも崩さずに、冷たく言い放った。
「決まりですので」
+
――そんなこんなで、俺はこの世界へとやってきた。
転生特典は、なし。
強いて言うなら、現代日本の知識を持っていること……だが、正直、それも微妙だ。
俺はそんなに頭がいい方でもないし、与えられた「試練の条件」もわからない。
それでも、文句を言ったって仕方ない。
神様に逆らって得することなんて、何一つないのだから。
あの地獄に堕ちるなんて、まっぴらごめんだ。
だから俺はここで、必ず条件を果たしてみせる。
この“ロロナのアトリエ”の世界で――。