えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか?   作:どか0623

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中和剤と小瓶とツンデレお嬢様

 ロロナちゃんにフラムを売りつけて……いや、お買い上げいただいてから数日。

 俺の懐には、まだ温かいお金の重みがあった。

 

 だが、いつまでも前回の稼ぎに甘えているわけにはいかない。地獄行きを回避するためにも、店を安定して軌道に乗せる必要がある。

 

 というわけで、俺は再び王城の受付へとやってきていた。

 

「あら、カール君。いらっしゃい」

 

 カウンターの奥から、エスティさんが親しみやすい笑顔で手を振ってくれる。

 掲示板に目を走らせると、一枚の依頼書が目に留まった。

 

「エスティさん、この『中和剤』っていうの、受けてもいいですか?」

「ええ、もちろんよ。でもカール君、中和剤なんて作れたかしら?」

「……これから勉強します!」

 

 威勢よく依頼書を引き剥がし、俺は店へと取って返した。

 しかし、店に戻った俺は、作業台の前で腕を組んでフリーズすることになる。

 

「……で、中和剤ってどうやって作るんだ?」

 

 ゲームでは水と適当な草を釜に放り込んでぐるぐる混ぜればポコンと完成していたが、今の俺には魔法の釜がない。

 

 すると、棚の上からペペチが呆れたように飛び降りてきた。

 

「おいおい店主、作れもしねえもんを引き受けてきたのかい」

 

「だって、ロロナちゃんのアトリエにもいっぱい置いてあったし、基本アイテムなんだろ? 水と草を煮込めばできるんじゃないのか?」

 

「バ〜カ! あいつら魔法使いの『中和剤』と一緒にするな!」

 

 ペペチが俺のすねをペチッと蹴飛ばす。もう慣れた。

 

「ロロナ嬢ちゃんたちが釜で作る中和剤はな、魔力によって万物の属性を無理やり調和させる『万能中和剤』だ。だから一種類で何にでも使える。だが、古式錬金術には魔法がねえ。熱、酸、アルカリ、比重……物理的な法則に従って、用途別に作り分ける必要があるんだよ」

 

「用途別……?」

「そうだ。基本は三色――赤、青、緑だぜぃ!」

 

 ペペチは作業台に羊皮紙を広げ、すらすらと解説を書き殴った。

 

「まず【青】は、水と酸の調停だ。鉱石や金属を溶かす強酸を中和し、熱を冷ます。これがないと金属加工で器具が溶けちまう。

 次に【赤】は、油と熱の調停。カノーネ岩みてえな火薬や油分を水と乳化させて、暴発を防ぐ。

 最後の【緑】は、生と毒の調停だ。植物のアクや毒を抜き、薬効だけを綺麗に抽出する。……わかったかい?」

「な、なるほど……? 魔法がない分、理屈で解決するんだな」

 

 俄然、やる気が湧いてきた。

 

 俺はペペチの指示のもと、アタノールに火を入れ、蒸留器とフラスコをセットした。

 両親から送られてきていた鉱石や薬草を調合し、熱を加え、冷やし、ろ過を繰り返すこと数時間――。

 

 作業台の上には、大きなガラス瓶に入った、息を呑むほど美しい三色の液体が並んでいた。

 

 深紅のルビーのように透き通る【赤】。

 どこまでも澄んだ青空のような【青】。

 新緑の森を溶かし込んだような【緑】。

 

「……できた。めちゃくちゃ綺麗だな……」

「へっ、見た目だけは一丁前だな。よし、さっさと城へ納品しに行くぞ!」

 

 +

 

「――あ、ごめんねぇ。もうその依頼、キャンセルになっちゃったのよ」

 

 城の受付で、エスティさんが申し訳なさそうに眉を下げた。

 俺は大瓶を抱えたまま、間抜けな声を漏らす。

 

「え……? キャンセル……?」

 

「ええ。さっきロロナちゃんが来てね、とっても品質の良い中和剤を納品していってくれたの。依頼人の方も『やっぱりアトリエの中和剤はすごいねえ』って、大喜びで帰っちゃって……」

 

「そ、そうですか……」

 

 がっくりと肩を落とす。

 ロロナちゃんの万能中和剤に、完全に先を越されてしまったのだ。しかもあちらは一瓶で何にでも使える万能品。どちらが欲しいかなんて考えるまでもない。

 

 まぁいいさ。ロロナちゃんの懐が潤うのが一番だ。俺は二の次でいいんだ。

 っていうか依頼人はいったい中和剤なんか何に使うつもりなのか。

 

 そんなことを考えながらトボトボと、重い足取りで城の階段を下りる。

 抱えた三つの大瓶が、カチャリと虚しい音を立てた。苦労して作ったのに、ただの不良在庫になってしまった。

 

「……うぅ、せっかく作ったのに……」

「ケッ、湿気た面すんなよ店主。商売に空振りはつきもんだ。それに調合するのには必ず必要になる。無駄にはならねえ」

 

 ペペチが俺の肩の上で気楽に言うが、落ち込んだ気分は晴れない。

 職人通りへと続く広場を横切ろうとした、その時だった。

 

「わあ……! 見て見て、あのお兄ちゃん、すっごく綺麗なお水を持ってる!」

「ホントだ! 赤と青と緑だ! 宝石みたい!」

 

 広場で遊んでいた町の子どもたちが、俺の手元を指差して駆け寄ってきた。

 ガラス瓶の中の液体が、太陽の光を浴びてキラキラとプリズムのような光を地面に落としている。

 

「あ、これ? これは中和剤っていってね、大人の実験に使うお薬なんだよ」

「えー、お薬なの? ゼリーみたいで美味しそう!」

「飲んじゃダメだよ! お腹壊しちゃうからね!」

 

 子どもたちに苦笑いしながら説明していると――突然、肩の上のペペチがピクッと耳を跳ねさせた。

 

 その目が、ギラリと獲物を狙う肉食獣のように輝く。

 

「……おい、小僧」

 

 ペペチは身を乗り出し、極上の営業スマイルを浮かべた。

 

「このピカピカ光るお水、欲しいかい?」

 

「うん! 欲しい! お部屋に飾りたい!」

 

「よし、よく言った! 明日、職人通りの外れにあるオイラたちの店に来な! もっと小さくて、もっとピッカピカの魔法のお水を、特別に用意して待っててやるぜぃ!」

 

「わーい! 絶対行くー!」

 

 歓声を上げて散っていく子どもたち。

 俺は呆気にとられながら、肩の上のチビ助を見上げた。

 

「……ペペチ? お前、何を企んでるんだ?」

「企む? 人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。――商売の時間だぜぃ、店主!」

 

 +

 

 店に戻るなり、ペペチは棚の奥から埃を被った木箱を引っ張り出してきた。

 中に入っていたのは、親指ほどの大きさしかない、手のひらサイズの可愛らしいガラスの小瓶だった。化粧水や香水を入れるようなやつだ。

 

「おい店主、スポイトでその大瓶の中和剤を、この小瓶に一滴残らず小分けにしろ!」

 

「えっ!? こんなちっちゃい瓶に入れたら、調合に使えないだろ! スプーン一杯分くらいしかないぞ!」

 

「だから誰が調合用に売ると言った? 『観賞用のお守りボトル』として売るんだよ!」

 

 ペペチの指示通り、俺は夜なべをして中和剤を小瓶へと移し替えていった。

 コルク栓をして麻紐で縛ると……なんということだろう。まるで高級な香水か、妖精の涙を閉じ込めた宝物のように見えてくる。

 

 そして翌日。

 ペペチは店の窓際に小瓶をずらりと並べ、手書きの看板を立てかけた。

 

『光を閉じ込めた奇跡のしずく 各色5コール』

 

「ご、5コール……!? ペペチ、これ大瓶一本から小瓶が何十本も取れたぞ!? 全部売れたら大瓶の何倍の儲けになるんだよ!?」

 

「原価はタダ同然の水と端材。内容量あたりの利益率は……ククク、9割超のボロ儲けだぜぃ!」

 

「な、なんて奴だ……! こんなの許されるはずがない……!」

 

 俺の戦慄をよそに、店の前には、昨日の子どもたちが小遣いを握りしめて押し寄せてきた。

 まさか追い返す訳にもいかず、俺は店の開けることにした。

 

「おじちゃん、青いのちょうだい!」

「誰がおじちゃんじゃい! はいよ、絶対にフタを開けちゃダメだからね!」

 

 飛ぶように売れていく小瓶。

 

 窓際に差し込む光が乱反射し、店内がステンドグラスのように美しく彩られる。子どもたちの笑顔と、チャリンチャリンと小金庫に吸い込まれていくお金の音。

 

 ……本来は強酸を中和したり火薬の暴発を防ぐガチの工業薬品なのだが、子どもたちが喜んでいるなら、まあいいのだろうか。俺の倫理観が音を立てて麻痺していく。

 

 +

 

「――子どもたちの間で流行ってるっていう『綺麗なお水』って、ここね」

 

 客足が落ち着いた昼下がり。

 鈴の音とともに現れたのは、ゆるふわパーマの金髪を揺らした、豪奢で小柄な美少女だった。

 

 気品のあるフリル付きのドレス風な服を身に纏っている。

 間違いない。ロロナちゃんの幼馴染で親友、貴族のお嬢様冒険者――クーデリア・フォン・フォイエルバッハだ!

 

「い、いらっしゃいませ!」

「アンタが店主?」

 

 本物だ、本物のくーちゃんだ……!と思ったのも束の間。

 ずいぶん冴えない男ね(ぼそっと)と聞こえたが無視することにした。お客様ですからね。

 

 クーデリアはツカツカと窓際へ歩み寄り、並んだ小瓶を値踏みするように見つめた。

 

「ふーん……確かに、無駄にキラキラしてて綺麗じゃない。あの子、こういうの好きそうだし……」

 

「あの子?」

 

 とぼけて尋ねると、クーデリアはハッと我に返り、ツンと顔を背けた。

 

「な、何でもないわよ!」

 

「あ、ちなみにそれ『中和剤』といって、20本もあれば調合の素材としても使えますよ」

「は? 中和剤……? 調合に使えるって、本当……?」

 

 クーデリアは怪訝そうに眉をひそめ、小瓶を光に透かした。

 

「中和剤って……こんなにカラフルで綺麗なものだったかしら? あの子が作るのは、もっと濁った地味な液体だった気がするけど……」

 

「それは魔法の釜で作ったからですね。これは古式の製法で、性質ごとに赤・青・緑に分かれてるんです」

 

「ふーん……よく分からないけど、まあいいわ。三色とも全部ちょうだい。20本ずつ。はい、お釣りはいらないわよ」

 

 クーデリアは硬貨の入った袋をカウンターに置くと、丁寧に包装した小瓶セットを大事そうに抱えて、足早に店を出て行った。

 

 去り際、耳まで真っ赤になっていたのを俺は見逃さなかった。本当にロロナちゃんのことが大好きなんだなぁ。

 

「……ふぅ。まさか、巡り巡ってロロナちゃんの元へ届くことになるとはね」

 

 俺がしみじみと呟くと、カウンターの上で山積みの硬貨を数えていたペペチが、ニヤリと鼻を鳴らした。

 

「お前もなかなか商売がうまいじゃねえか。物は売り方次第なんだよ。さあ店主、明日の分の小瓶をもっと仕入れるぞ! 稼げる時に徹底的に搾り取るのが、商売の鉄則だぜぃ!」

 

 相棒の号令に、俺は「イエス・ボス」と応えるのだった。

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