えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
中和剤の小瓶が飛ぶように売れ、俺の懐にはそこそこの資金が残っていた。
だが、安泰かと言われればまったくそんなことはない。
「いいかい店主。客に毎日足を運ばせる――これこそが商売の鉄則だぜぃ」
作業台の上でふんぞり返ったペペチが、短い腕を組んで講釈を垂れる。
「小瓶のお守りは大ヒットしたが、所詮は子どものおもちゃ。一回買ったらそれでおしまいだ。リピート性がない。毎日店に通わせるなら、やっぱり『食品』を置くべきだな」
「食品かぁ……。でも食品ってすぐ腐るし、毎日仕込みに追われるのは面倒じゃないか?」
「バ〜カ、商売を舐めるな! ただ飯を作ったってサンライズ食堂のイクセルには敵わねえ。野菜や肉を仕入れて並べても、ティファナの店に太刀打ちできねえ。つまり普通に食品を取り扱っても売れねえんだ。……ってことで店主、他の手を考えろ」
「丸投げかよ!」
ちっこい鬼軍曹の理不尽な要求にため息をつきつつ、俺は本棚からレシピ本を引っ張り出してめくった。
イクセルともティファナさんとも競合せず、日持ちして、毎日売れるもの……。
「……あ、これどうだ? 『お酒』」
「酒ぇ?」
「そう。アルコールなら殺菌作用があるから腐らない。毎日仕込む必要もないし、なにより大人……年配の客層をガッチリ掴める。子どもは中和剤で集められたんだから、次は大人を狙うべきだろ?」
ペペチは顎に手を当てて「ふむ……」と目を細めた。
「悪くねえな。呑兵衛どもは一度ハマれば毎日金を落としていく。よし、さっそく試作だぜぃ!」
+
まず取りかかるのは、酒の原料となる『お酒のもと』の精製だ。
幸い、両親からの仕送りの中に『お酒の木の樹液』という、名前そのまんまな素材があった。
【必要な材料】
・お酒の木の樹液
【使用器具】
・手回し遠心分離器、目の細かいろ布、ガラス瓶
【精製手順】
1. 樹液をろ布に通し、大きな木の皮やゴミを大まかに取り除く。
2. 遠心分離器の容器に樹液を注ぎ、取っ手を全力で数分間回す。
3. 比重の違いを利用し、底に沈んだ沈殿物と、浮き上がった上澄み液(高純度アルコール層)を分離する。
4. 上澄み液だけを慎重にガラス瓶へと移す。
「ふぅ……できた」
瓶のコルクを抜いた瞬間、ツンと鼻を突く猛烈な刺激臭が漂った。
匂いを嗅いだだけで頭がクラクラしてくる。小皿に垂らしてペロッと舐めてみると――。
「カハッ!? にがっ……辛っ……!」
喉が焼けるようだ。
アルコール度数だけは無駄に高いが、旨味も甘味もゼロ。ただ酔うためだけに存在する劇薬のような液体だった。
「……ケッ、商品としては10点ってとこだが、まあ呑兵衛どもならこれでも飲むだろ。店頭に並べる準備を――」
ペペチがそう言いかけた、その時だった。
カランコロン、と店のドアベルが重々しく鳴り響いた。
入ってきたのは――全身を黒衣で包んだ、長身の男だった。
彫りの深い顔立ちに、常に何かを怒っているかのような鋭い眼光。眉間のシワが凄まじい威圧感を放っている。
間違いない。王国の騎士――ステルケンブルク・クラナッハさんだ!
(うわぁぁ本物だ! 顔のこわさ、ゲームの三倍増しだよ……!)
内心で大興奮する俺に、ステルクさんは低く厳格な声で告げた。
「……キミがここの店主か。職人通りに怪しげな店ができたと聞いて見回りに来たのだが……ふむ、何やら強い臭いがするな」
「あ、はい! 今ちょうど、新商品のお酒を試作していたところでして!」
「酒だと?」
ステルクさんの眉間のシワがさらに深くなった。
「少年、聞くが……お前は今年でいくつだ?」
「え? じ、十五ですけど……」
「ならば許可は出せん」
「へ?」
ステルクさんは腕を組み、事務的に説明を始めた。
「このアーランドにおいて、私的に酒を醸造すること自体は禁じられてはいない。だが、それを『販売』するとなれば話は別だ。国への厳格な届け出と、酒類販売免許が必要になる。そしてその申請資格は、成人――つまり十八歳以上でなければならん。十五のお前に、酒を売る資格はない」
「そ、そんなぁ……!」
ガーンと頭を殴られたようなショックを受ける。
販売禁止の法律、異世界にもあったのか……!
ってそりゃ普通に考えたらあるよね。
+
「ちっ、あの堅物め。融通の利かねえ野郎だぜぃ」
ステルクさんが去った後、ペペチが毒づきながら机を蹴る。
せっかく作ったお酒のもとも、売れないならただの危険物だ。俺がため息をついていると、ふと脳裏にレシピ本の別のページが閃いた。
「……待てよ。お酒そのものがダメなら、『これ』ならいけるんじゃないか?」
本を引っ張り出し、ペペチに指し示す。
そこに載っていたのは――【お酒アメ】というアイテムだった。
「アルコールを含んだ一口サイズのアメ……? 舐めるとほんのりほろ酔い気分になれる……ほう」
ペペチがパチンと指を鳴らした。
「酒場の隅でクダを巻いてる呑兵衛のオッサンどもに、『仕事中でも隠れて酔えるアメだぜ』って売り込めば……いける! 大ヒットの予感だぜぃ!」
「仕事中はどうかと思うが、とにかく調合だ!」
お酒アメを作るには、ベースとなる『みずあめ』を作らなければならない。
俺は腕まくりをして、本格的な古式調合に取りかかった。
【お酒アメの調合レシピ】
■用意する材料
・お酒のもと:少量
・いも類:中2個(デンプン源)
・ザラメ(粗糖):適量
・中和剤(緑):1本(酵素・有機分解用)
■使用器具
・乳鉢、片手鍋、アタノール(弱火)、温度計、真鍮の成形型
■調合手順
1. 【デンプンの抽出とすり潰し】
皮を剥いた芋を角切りにし、乳鉢へ投入。
乳棒を使い、外側から円を描くように体重を乗せてゴリゴリとすり潰していく。繊維が完全に崩れ、白く粘り気のあるペースト状になるまで徹底的に擦る。
2. 【緑の中和剤による『糖化』反応】
すり潰したいもペーストを片手鍋に移し、ぬるま湯を加えて伸ばす。
そこへ『中和剤(緑)』を数滴垂らす。
中和剤(緑)に含まれる植物分解成分が、いものデンプンを麦芽糖へと急速に分解していく。アタノールで鍋を60度前後の超弱火に保ちながら、木べらでゆっくりとかき混ぜる。
すると、白く濁っていたペーストが、徐々にサラサラとした透明感を帯び、甘い香りを放ち始める。
3. 【煮詰めとザラメの投入】
布で鍋の中身を一度ろ過し、絞り出された甘い液体を再び鍋へ。
火力を少し上げ、ザラメを投入。水分を飛ばすように泡立たせながら煮詰めていく。
ヘラを持ち上げたとき、タラーッと糸を引くような粘り気が出たら、黄金色に輝く『みずあめ』の完成だ。
4. 【お酒のもとの練り込み】
ここが一番の勝負所らしい。
火を止めて少し冷まし、飴が固まる直前の絶妙な温度で、『お酒のもと』を手早く回し入れる。
熱すぎるとアルコールがすべて蒸発してしまい、冷めすぎると混ざらずに分離する。立ち上る湯気とアルコール臭に目をシバシバさせながら、全体が均一な琥珀色になるまで全力で練り上げる!
5. 【成形と冷却】
油を薄く塗った真鍮の型へ、温かい飴を手早く流し込む。
水に型を浸して急冷すると――カチリ、と心地よい音を立てて飴が固まった。
「……よし、できたぁっ!!」
型から取り出すと、手のひらの上に、琥珀色に透き通ったビー玉のようなアメがコロコロと転がり出た。さっそく口に放り込んでみる。
「ん……!」
最初は、みずあめの濃厚で優しい甘みが広がる。
そして飴が溶けるにつれて、中からお酒の芳醇な香りと、ピリッとしたアルコールの心地よい熱が喉の奥へと広がっていく。
ツンツンしていた粗悪な酒の味が、みずあめの甘さで包み込まれている。粗悪なウイスキーボンボンみないな感じだが、それなりの味に仕上がっていた。
「へっ……まぁいいんじゃねえか。これなら40点だぜぃ!」
そう言ってペペチはアメをガリガリとかみ砕いた。
+
翌日、巡回で再び通りかかったステルクさんに、完成したお酒アメを見せて確認を取った。
ステルクさんはアメをじっと観察し、一つ口に含むと、眉間のシワを一瞬だけ緩めた。
「……ふむ。確かに酒の風味はあるが、これはあくまで菓子だな。菓子である以上、酒類販売の法律には抵触しない。販売しても問題ない」
「本当ですか!? やったぁ!」
「ただし、子どもには絶対に売るなよ。もし子どもを酔っ払わせたら……その時は容赦なく騎士団へ連行するので気をつけるように」
「は、はいぃっ!!」
鬼の形相で釘を刺され、直立不動で敬礼する。
こうして店頭に並んだ『大人のほろ酔いアメ』は、酒場の常連や仕事帰りの職人のおじさんたちに大ヒットした。
「仕事の合間に舐めると気合が入る」「かみさんにバレずに酒が飲める」と評判になり、毎日決まったオジサンたちが買いに来るようになったのだ。
……リピート客を掴むという目標は達成できた。
できたのだが、店の前で赤ら顔のおじさんたちが飴を舐めながらたむろしている光景を見て、俺は少し遠い目をせざるを得なかった。
「……なんか、店の格が一段階下がった気がするなぁ」
「贅沢言ってんじぇねえぞ店主! 金が儲かれば店の格なんてどうでもいいんだよ!」